音楽屋は何処まで行っても道楽屋。        

もう戻る事は無いかもしれない?
暫くは此の侭にして、もう少しの間現役でいる為に片方の草鞋を繕う必要がある。

飛鳥

2008-02-22 09:50:24 | 一人旅

            飛鳥Ⅱ


            神戸メリケン波止場・飛鳥Ⅱ
 たった一度だけ深緑に飛鳥の仕事をしてもらった事があります。
三泊四日の船旅のショウを受け持つわけですが、嫌がる本人を説得し空路
奄美まで移動してもらい名瀬からの復路のショウを受け持つ事で合意。
 往路は高知沖でかなりの時化にあい、歌い手はステージで立って居れず
客席に降りステージに掴って歌い、ピアノは船の傾き同調しづれ演奏がま
まならい状況、深緑の予感は的中しました。飛行機で移動してもらって良
かったと安堵した事を思い出します。


 

三羽の鳩

2008-02-21 08:58:42 | 一人旅

              熱海海岸通
 ガス灯の上で仲睦まじい二羽の鳩!その横で一羽の鳩がふて腐った様に
腹ばいになり二羽を気にしていた。
閑なおじんの勝手な想像ですが。


              箱根・
 若い二人が車から降りると行き成り走りだし写真の場所に立った。
何となく目で追っていた私は思わずシャッターを押していた。
閑なおじんの事など意に介せず騒ぎながら戻ってきた二人は、車に乗り
込み走り去った。
一瞬の若者の行動が何だか爽やかに印象に残っている。

フェードアウト!

2008-02-20 09:23:12 | 一人旅

             遠州灘


 静かに暮れゆく様は正にフェードアウト、音楽の現場ではPA技術の
進歩は目覚しく、録音でもライブでもフェーダーを使えば、フェード
アウトも、カットアウトも想いのまま、少し詰らない気がしますが・・・。

カットイン・カットアウト!

2008-02-19 10:41:42 | 一人旅

            遠州灘の海岸に???・・・?


            奈良・竹取の翁公園の竜
 竹取物語と竜がどんな関係なのかはよく知れべずに帰ってきましたが、
兎に角池の真中に竜が居ました。
そして、遠州灘の海岸では一瞬我が目を疑う物体を見ました。
恐る恐る近づいて見てやっと正体が解ったのですが、遠目にはまさか?
と思う光景でした。
勿論、こじ付けですが、私にとってのカットイン・カットアウトでした。

フェードイン・フェードアウト!

2008-02-18 10:28:46 | 一人旅

            伊良湖岬


 一日の終わりを自然の中に居ると良く思う事は、音楽の曲創りの基本は、フェードイン・フェードアウト。
人間の体に心地良いからですが、何事にも通じる事でしょう。
今日はスタットレスタイヤを履いて積雪の残る湖西へそろりそりと雪道をフエードインフエードアウト、出掛けなくては成りません。
春のライヴを実現する為に!

カメラと散歩

2008-02-17 09:39:03 | アンチエイジング

              松本城

              大阪城
 十数年前、安土城跡へ出掛けた時、一回り違う兄の後を汗ビッショリ、息は絶え絶え、アナログのカメラバッグが邪魔で仕方なくやっとの思いで天守閣跡に辿り着いた事が有ります。
兄と比較して自分の体力の無さにショックを受け、一枚の写真も撮れず帰った事がきっかけで、歩く事を始め、数年後にはタバコ、酒、シュガーを断ち、アンチエイジングを大いに意識しだしました。
 アナログカメラを全て甥っ子にやり、今は散歩と言えばデジカメを持って出掛けています。

雪の比良

2008-02-16 09:53:44 | 一人旅



               比良山

 何時ものコース・行きがけの駄賃、瀬田東で名神を出て浜街道を近江八幡へ向う。お気に入りの湖岸道路、ホテルでも建てれば最高のロケーション、と思い続けていた帰帆島の大掛かりな造成地は、スーパーだと解りがっかり。
 比良の冠雪に機嫌を直し、完全に仕事は二の次?・・・

珍しい雪につられて

2008-02-15 22:33:55 | 一人旅

           金閣寺


           広沢の池
 先日京都で珍しい雪につられて撮った写真は約300枚、デジタルは素晴らしい?
私は写真をパソコンで修整する事は絶対にしません。
写真は「下手な鉄砲も・・・」が主義で、デジタルのお陰で目的を簡単に達成できます。
ただ、棄てるのが大変です。

悪童の遊び場だった金閣寺

2008-02-15 09:04:59 | 一人旅

              金閣寺


 金閣寺と言えばどうしても子供の頃を思い出してしまいます。
高校生の頃の通学電車の隣の駅であり、受験の為に毎日の様に登り発声練習をした左大文字の麓であり、付いてくる子犬を拾ってしまった処であり、市電の車掌が「きんかくすー!きんかくすー!」と訛っていた駅であり、先生や友人が住んで居て歩いて10分位の所、町内みたいな物でした。
 しかし、当時金閣寺は焼失後で姿は見ていない筈です。