MIYAGI VILLAGE

夏は雷、冬はからっ風、人は義理人情を重んじる・・・。

久々にHOTEST

2005-11-16 23:12:52 | 政治・経済
今日は夜に就職エージェントっていうところがやってるセミナーに行ってきました。


内容は三菱商事の若手社員が私たちの質問に答えてくれるという形式。商社は先日の学校での業界研究セミナーであんま興味ないかもなぁ、と思っていたんですけど、思い過ごしの危険性もあるし、なんだかんだで人気業界、どうして人気なのか知りたい、そんな思いもあって今日は参加してみました。

社員の方は非常に気さくな方でした。仕事の話もありましたが、参加者からの質問は多岐にわたり、いろいろな話がありました。この社員の方は石炭の事業にかかわっている方で、海外の人にメールして失敗した話だとか、会社に入ったときの人事の評価の紙を見たら「元気」と書かれていて、これだけで受かっちゃった、みたいな裏話もありました。本人も言っておられたんですけど、普通の人なんですよね。英語もしゃべれない、勉強もできるわけじゃない、でもバイタリティーはすごくある、そんな人でした。バイタリティーだけでも商社は受かるんだなぁ、とちょっと感動。

ただ、自分の志望する会社としてはどうなんかなぁ、って感じでした。いろいろ自由に出来るとはいっても、やはり決められた枠組みの中でしか出来ないし、本当に好きなことが出来るのかどうか、というとやはり難しい。自分の目指す会社とはちょっと違うなぁ、という印象を受けました。

そして、今日最大の収穫だったのはその後のメシ。偶然セミナーにいた大学の友人と、その友人の隣に座っていた大学院生の方とメシにいくことになったんです。そこで、めちゃくちゃアツくしゃべってきました。

友人は、かなり就活マニアということもあり、その活動を通して学んだことを教えてくれたし、また彼はすさまじいほどの好奇心の持ち主で、自身が今までにやってきたことへの思い入れみたいなものもしゃべってくれました。また、大学院生の方も、理系の大学院なのになんで商社を受けるのかという話などをしてくれて、お互いの人生観について熱く語り合うことが出来ました。

でも、何に驚いたって、一番は熱く語っている自分がいることでした。何で俺はこんなに熱く語っているんだろう、みたいな。俺の政治への思いについてかなりの熱さで語っていました。そして友人からは「じゃぁ、お前のジャーナリズムの芯って何?」と核心をつく質問が飛んできました。

さらに彼の質問は「目の前に死にそうな人がいる、お前は助けるか?それとも写真を撮るか?写真を撮れば多くの人にそれを伝えることでその人たちが救われるかもしれない、どっちをとる?」という深い質問へ。

驚くべきことに、この質問に俺は即答していました。「俺は目の前の人を助ける。写真を撮ることで救われるのは未来のことでそんなのは分からない。でも確実に目の前には死にそうな人がいるじゃないか、その人を俺は助ける。目の前の死にそうな人を救えないで何がジャーナリズムだろうか、未来の人を救うためにという理由で目の前の人を見殺しにするなんてそんなの偽善だ」と。

俺がこの答えを出したのには実は一つの前例があったからなんです。実際に俺が語ったことと同じことをした人がいたから。その人は佐藤和孝さん。この人はジャパンプレスに所属するフリージャーナリストで主にアフガン・イラク戦争で取材をされていました。

事件はイラクの首都バクダッドで起きました。記者たちが宿泊するパレスチナホテルに爆撃があったんです。そして、それがロイター通信の記者の部屋に直撃・・・。佐藤さんの部屋はその部屋の隣の部屋でした。佐藤さんは一目散に血まみれの部屋の中へと飛び込み救出活動を行いました。そして、写真を撮ろうとする記者を一喝、「何をしているんだ!早く助けろ!」と。周りの多くが気が動転している中で、佐藤さんの必死の救出活動・・・。ついさっきまで元気だった仲間が一瞬にして血まみれになってしまう、戦争の残酷さ。この様子を日テレは生放送し続けました。

佐藤さんはその後の報道で、キャスターから「被害者の容態は?」という質問に対して、「言っちゃっていいのかな・・・」という一言の後に「内臓が全部飛び出ていました・・・」とコメント。キャスターもショックが隠しきれない様子で、テレビから緊張がものすごい伝わってきました。

さらに佐藤さんは「僕たちジャーナリストは命を張って、覚悟をしてイラクに来ている。でも、死ぬために来ているんじゃない!覚悟はしてるけど、それでも悔しすぎる!!」と心からの叫び・・・。涙をこらえながら。

俺は泣きました。初めてニュースで泣いたのはこのときかもしれないです。

イラクっていうのは自分が政治を考えるうえでの一つの大きなポイントなんですよね。大学入学と同時にこの戦争が始まって、毎日テレビに釘付けになって・・・。9・11の衝撃もすごかったけど、この戦争はなんていうかやるせなかった。本当に必要な戦争なのかどうかも分からないままに始まって・・・。ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは「ここでだまって戦争が始まるのを見ていることしかできない自分が悔しい」と言っていましたが、俺も同じ気持ちでした。

そして、12月にあった岡本行夫さんの講演会。イラクで死んだ奥大使の話。授業で泣くなんて初めてでしたよ。ある学生が泣きながら質問をしているのを見て思わず・・・。その学生の質問は「先日、アフガンで活動をしているユネスコの人たちに会って来ました。今まで彼らが歓迎されてきたのは日本が中東といい関係を保ってきたからなんです。でも日本はイラク戦争を支持した。彼ら現場の人間の生命の安全を越えてまで戦争を支持しなければならなかったのはなんでですか、僕もイラク戦争には賛成できない。岡本さん、教えてください、日本が身体を張ってまで守らなければならないことって何ですか、どうして戦争を支持しなければならなかったんですか、日本が守るべきものとは何なんですか!」というものでした。彼は嗚咽をこらえながらこの質問をしていました。

対する岡本さんも「ありがとう。私は今まで多くの質問に受けてきたが、君の質問には一番感動した。私はこの授業に参加できたことを誇りに思う」と答え、そして、「テロリストには人道支援も関係ないんです。赤十字の職員が殺されました。お前は赤十字か?と聞かれて、そうだと答えたら殺されたんです。彼らは今ある秩序を破壊することで自分たちの目的を達成しようとしている。日本人だけが安全ではいられない。だから世界中が悩みながらも立ち上がらなければならないんです。こうした戦いに私たちが巻き込まれなければならばいことはとても辛いことです。しかし、今は世界中が団結して、毅然とした態度を彼らに見せ付けるしかないと思います」と続けました。心と心のぶつかりあい。現実は小説より奇なりというけど、こういうことだと思うんですよね。

自分のマスコミへの思いの原点はイラクだったのかもしれません。俺はイラク戦争は侵略戦争だったと思います。あれは先制自衛の戦争なんかじゃない。国連による査察が途中であった中での攻撃。あれは米英による世界へのケンカだった。そしてそれに「無条件で支持する」と表明した小泉さん。いろいろな不満が自分の中で渦巻いています。そういった自分の中にある混沌としたものをより深く知ることが出来るのは記者という仕事なんじゃないかなぁ、と思うんですよね。もっと知りたいんですよ、俺は。あまりにも知らないことが多すぎて。

そう考えるとマスコミ行きたいなぁ、ってすげー思います。花形だからとか給料がいいからとかじゃなくて、好奇心ゆえに、無知ゆえに。そして多くの人に自分の知ったことを伝えたい。もちろんテレビや紙面じゃ伝えきれない。だからネットを通して、このブログを通して。そういった使命感を大切にしていきたいと思います。



今日は、3人それぞれHOTESTな状態でしゃべったし、大満足のメシでした。機会があるのならまたこういう話ができたらいいな、って思います。

友人は財産、出会いも財産。