バッカス日記

酒をこよなく愛し。屁理屈をこよなく愛し。そこで、ペンネームも「リクツ(理屈)バッカス」のオジサンです。

コロナ過騒動別荘暮らし

2020-06-06 13:08:14 | Weblog
コロナ過騒動の世の中。
検査予約を3か月も後送りにして、騒動を避けた形になり
「良かった、々かった。」と呑気に出かけたマイホスピタル。



ハハハ、甘かった。病院はコロナ騒動真っ盛り。




何時も入る売店、飲食店集合ビルからの入口は閉鎖。
表玄関に回ると、5~6人の職員がマスク姿でお出迎え。
遠隔検温器で体温測定し「最近咳き込んだりしてませんか?」。
関所を抜け、採血して貰ってから「珈琲でも飲むか・・」
と、向かったスタバも「暫くの間休業します」看板。

「大変だなぁ~」呑気に構え、検診を受けた。
「極度の貧血が認められますので、今から輸血入院して下さい。」
血液が健康人の半分を切り、何時「虚血性心不全」で亡くなる可能性が高いとのこと。

てな訳で、正月に続いて「別荘暮らし」決定。
唯、不良患者はカァちゃんの入院準備とマイショップの休日を考えて、
「今日は忙しいから次の火曜日に入院します。」
「それ迄発作が起きたら如何するんですか?」
「そんときゃ救急車で来ます。」

火曜日(5/26)に別荘暮らしを始める。



早速輸血、CT検査造影用接続用針を静脈に打ち込まれ、CT検査、帰室後1クール目輸血開始。
目の回る様な初日は終了した。




その時は、「コロナの娑婆から離れ、呑気に別荘暮らしもいいね!」と思っていた。
病室も「自治医大温泉」、「洗濯室」の隣。期待は更に膨らむ。

2日目、早速入浴を予約。輸血後に入るぞー。
2クール目の輸血担当は初心者の看護師君。
「慣れている所で宜しく。」「ホイホーイ。」
でも、新人君苦戦して4時間終了予定が大幅に遅れ、6時間以上終わらない。
入浴予約時間はとっくに終わってしまった。
しょげる彼に「発熱もないし、無事終了したのだから気にするな。」と慰める。
気の好い彼は輸血終了後、身体を温水で拭いてくれた。

さて、コロナ騒動は入院患者にも大きな影響が・・・




何時もの食堂を患者が利用できない。
面会は全面禁止。家族の入院必需品搬入はこの食堂迄、
その先はスタッフが病室に届けるというシステムになっていた。
この、赤いラインが境界線・・・



BS受信が出来る大型TV(各部屋TVではBS受信できない)も使用禁止。
正月の「別荘暮らし」では楽しめたBS放送の「おしん」、
そして、そもそも中止になってしまった大相撲・・・
お陰で病室での食事。広々とした食堂と比べ何とせせ細しい食事。
何より、食事止め患者と同室での食事は、
せっかく温かい美食を膳してくれた厨房の皆さんには申し訳ないが、
味わいも半減してしまう。(個人情報出まくりなので、ここはフォト無し。)




誠に不便な「別荘暮らし」に成ったが、ここで挫けない「不良患者」。
目を付けたのが、本館消化器内科と新館消化器外科の空中連絡路。
普段は関係者以外通行禁止だがコロナで運動不足の患者に、
歩行用開放してるのに目を付け、ここでAMラジオ電波が拾えるのを発見(!)
毎日ラジオ体操を楽しめた(ハハハ)




治療は順調に進み、血液量も危険値を超えたので退院日が決まり、
退院前日(金曜日)早朝、私は入院後初めて野外に出た。
スポーツウェアだったので、警備員室もすんなりパス。
大学グラウンドである人を待つ。



ラジオ体操が終る頃、「その人」がグラウンドに走りこんできた。
毎週金曜日だけ診察する、マイタウンホスピタルの主治医。
「やぁ、先生お早うございます。」
「関塚さん!何時退院ですか?」
それから、早朝青空無料診察。
これで、1週間のブランク無しで担当リーダーへの指導を頂ける。
今の自治医大担当チームリーダーは、私の主治医の下で半年ほど
指導を受けた医師。
これで、誠に面倒くさい私の病歴と治療方針について、
私の主治医と意思疎通がスムーズになる。
これも長年生き延びた「ベテラン患者」の知恵。

さて、次ぐ日は退院日。土曜日なので、正面玄関は通れず、
守衛室前玄関迄しか、家族は来れない。、
患者は荷物をもってそこ迄運ぶ。



荷造りは大型カートいっぱい。
心配性のカァちゃんが用意した着替え等はほとんど使わず、
自治医大温泉のついでに洗濯室で洗ってある。
「荷物多いですね。」同室患者に冷やかされて
守衛室前玄関迄えっちらおっちら。

そこに長男が待っていてくれた。
「やっと退院だぁ~」




帰りは、同級生の蕎麦屋で入院中口に出来なかった刺身、
そして、笊蕎麦で日本酒。
退院を実感しました。

退院後は数日、目覚めると我が家なので驚く事が続きました。
これが、今回のコロナ騒動真っ盛りの「別荘暮らし」でした。



入院中の読書は「琉球王国はだれがつくったのか」吉成 直樹著 七月社
今迄の定説を覆す新資料を元に、ダイナミックな古琉球時代を解き明かす好著
心が晴れ々れする。











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4 コメント

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出所おめでとう (高崎)
2020-06-11 00:34:33
土曜日に出所してたんだ~、気が付きませんでしたわ。
しかし貧血って命に関わるとは侮れないものなんだね~!
やはり先進のかかりつけ医がいるというのは実に心強いものだね。

快適であるはずの別荘もコロナ禍ではこんな状態になってしまうとは当てがはずれちゃって残念でござんした。
次回は旨い飯とくつろげるコ-ヒ-ショップで読書三昧を送ってくんさいね。
刺身とざるそばと日本酒、やっぱり娑婆の開放感が一番だね、っと仕事は当分の間はそこそこにしておくべし!
僅かの間に2階級特進! (リクツバッカス)
2020-06-13 12:25:59
先輩
人生の半分以上癌と付き合ってきた、「ベテラン患者」。
クレイマーぎりぎりの挙動は、スタッフの皆さんにご迷惑を掛けた事と恐縮しております。
さて、そんな呑気な生活も、様子が変わった様です。
退院後検診外来で、色々病状進行を見つけられてしまいました。膵癌の腹腔部撒種、舌癌の転移・・・どちらも致命的な病状。
「やったー!2階級特進だ!」
膵癌の方は可能性も高く、多少覚悟がありましたが、舌癌転移にはビックリ!進行が早く、直に肺などへ転移しちまうそうな。
こちらは、呑気に「緩和ケア生活」を想像していたのに、それも叶わない可能性が出てきました。
全ては、6/18の口腔外科チームの最終診断、対症計画説明待ち。
ハハハ・・・来年の桜どころか、正月迄持たないかもしれません。
余程前世の行いが悪かったようです。
奇跡 (高崎)
2020-06-18 02:05:39
バッカスちゃん

僕もあちこち悪くて時々カミサンに弱気を漏らすことがあります。

40代の頃に脳卒中で死を宣告されたのに親父の年齢を越えたし
交通事故に遭ったのに死なずに68歳まで生きられたし、これはまさに命の奇跡!
だからこれからは余禄の人生、何があっても素直に受け入れる覚悟はできている、
なんて~ことをほざくとカミさんはナニばかなこと言ってるのなんて言うけど
僕の気持ちを分かっているのかどうなのかね~、、、、

バッカスちゃん、君も僕もこの世に生まれてきたことの使命は
充分すぎるほどに果たしたんだからこれからはお互いに自分の時間を過ごしたいね~!
Unknown (リクツバッカス)
2020-06-28 18:25:11
先輩
先輩も大変な命の危機を乗り越えて「余禄の人生」を楽しんでらっしゃるのですねぇ。
私も、目標にしていたお袋の享年65歳を超え、当に余禄の人生。幸せ者です。
先輩は、お仕事でご本人の使命を果たされ、私は兄貴分の町長と地域マイステーション駅前公園を作り、「俺らが公園」で地域イベントを幾つも実施させて貰えました。お陰で皆さんが仲間意識を持ち、元気に挨拶する地域が出来つつある様です。
一つだけ申し訳ないのが、癌と言う居なくなる迄長々と時間のかかる病で皆さんに迷惑を掛けた事。
困ったもんです。

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