バッカス日記

酒をこよなく愛し。屁理屈をこよなく愛し。そこで、ペンネームも「リクツ(理屈)バッカス」のオジサンです。

42年ぶり

2015-01-25 11:14:19 | Weblog
 

市内のとある会場。おっさん達が集まる。
すわ、新春政治パーティーか?

 

実は、卒業以来集まらなかった高校時代の同級生が、還暦を迎えて、42年ぶりに同窓会を開いたのだ。司会は、巨漢I嶋君。迫力ある声量は健在で、市内の中学校長を務める。

 

実行委員長挨拶はN村。当時生徒会長だった。「生徒会長は勉強の出来ない、いい加減なやつが先生に言われてやるものだった。」と、挨拶。
恩師への花束贈呈。男ばかりでむさくるしく締まらない。苦笑が起こる。



ともあれ、駆けつけてくれた恩師お二人に花束を贈呈して記念撮影。



恩師のA部先生がご挨拶。

「君達は、人生を山に例えれば頂上に立っている。ここまで登るのも大変だったと思うが、下りはもっと大変だ。医者に、お歳ですから…加齢ですから…と、言われた時の情けなさをかみ締めなければならなくなった先輩から助言する。下りもしっかり歩き続けて欲しい。」



乾杯後はクラスごとの席で先ず歓談。それぞれの近況を話す。



恩師のところへ行き、当時迷惑をかけた者が揃って「ハイチーズ。」このグループは以前この恩師と温泉一泊旅行もした仲。
向かって左端が今回事務局長をしてくれたM橋、市役所の部長で元山岳部。面倒見は一番。



左フォト。中学時代からの同級生。右がO和田,中学生の時ソフトテニス部でペアを組んでいた。長じて自治医大消化器外科の医者になり、私の最初の大腸がんの手術をしてくれた。
左はS水。小学校からの幼馴染。常に1番の持て男、今や主婦に絶大な人気を誇る歯医者。

右フォト。右は中学時代からの同級のY口。サッカー部だった。左は、S市で病院長をしているI下。こいつの奥さんは私が紹介した。



2年のときの同じクラスS石君。柔道で組み手の相方だった。無口で真面目な男だったが、今や栃木市の共産党市会議員。「絶対にお前より私のほうが演説上手いぞ!」と言ったら笑っていた。



最後に皆で校歌斉唱。「男体の~高き峰より…」この校歌が唄いたくて子供の入学式、卒業式に出席した馬鹿親父は絶唱した。


 
我がクラスメート。うちのクラスは私立文化系クラス。S口、私、S宮の順と言う出席番号順に並んだ。フォトで見ると結構おっさんだ。

そして、



全員集合写真。同級生約300人中、約半数が集合。
よくもまぁ集まったもんだ。

小さなショップ経営の身で、出席を憚ったが、出てみれば、誰が偉いも無い。青春の初めを共に歩んだ、ただ懐かしい面々。顔を出して良かった。
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再会

2015-01-12 17:46:02 | Weblog
 

菩提寺。今日は親爺の四十九日忌、並びに納骨式。

 

本堂で新しく作った親爺とお袋並列の位牌に魂を入れてもらって、法要をする。
法要後、墓地に歩いて移動。珍しく風もふかない好日で助かった。

 

納骨をし、埋葬団子を皆で食べる。49日間遅くなったが、三十数年待たせたお袋の骨壷と並べてやった。手前には兄貴の骨壷も…順番では次に入るのは私だ。

最後に皆で埋葬団子を頂く。最近無くなった風習だが、子供の頃していたのを思い出し、今回、復活してみた。「珍しいねぇ~。」と好評だった。



場所を移し、宴席。住職と語る。U大の先生をしている住職は博識で楽しい話が出来る。
先日読んだ「慟哭の海峡」を是非にと謹呈した。
曹洞宗の関係や主役と苗字が一緒、など多分楽しく読んでいただけると思う。



本日の参加者は22人。お世話になった隣保班の方々と親戚。
粗餐ではあるが、皆さんに少しでも感謝を伝えようと酌をして回る。



陰膳の席の親爺も笑っている。しみじみとした良き法要が出来た。



法要後、自宅に帰り、お袋方の親戚。子供の頃夏休みになると預けられた静岡で遊んでくれた従兄弟達と兄の一粒種の甥で記念撮影。

あらためて見れば、皆、社会の重鎮に納まっている立派な方々だ。
片田舎の商人に過ぎない自分を省み、恥じ入る。

それはともかく、ようやく親爺をお袋に再会させてやれた。
心地よい疲労感に酔っている。
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買った物

2015-01-03 16:19:01 | Weblog
親爺の月命日、年末の28日。

 

長男、三男を引き連れ、お袋と兄の眠る墓地掃除。(兄夫婦の墓は新設されたが、その前に分骨して兄も入っている。)
「もう直ぐ、親爺も来るからね。」
と、お袋に報告。



「お墓掃除してきたよ。お袋に四十九日法要の時に納骨と言って来たよ。」
三十数年ぶりに、また一緒になれる。
子供の頃4人で暮らした一家はとうとう私だけ残された。

今年の我が家は正月が来ない。



先達から送られた高級馬刺しで、家族一同、舌鼓を打つ位が最大の喜び。

親爺の口が減っただけ一人当たりの分量が多い。

身体がポ~と温まる。貧血気味の私の体に滋養が染み渡る。(多謝)

元日は年賀状の楽しみもなく、ひたすら体の疲れをとる寝正月。



二日は、「お祝いじゃないんだから、良いんだろう?」と自問しながら太平山神社目指して山登り。寒い、空気が乾燥した日だったので富士山がはっきり見えた。



長男連れだったので、途中、山本有三碑など見学し、

 

神社では、無事に父を送れたことを感謝し、変調をきたしている私の身体の快癒と、今年の家族安寧、天下泰平を祈願した。

 

お参り後、いつもの茶屋で名物、焼き鳥と卵焼きを肴に一杯。



ざるがサービスで持って帰れる、盛蕎麦五合打ちに挑戦。二人ではチョッと多いかなと心配したが、やっぱり好きなものは食べれる。しっかり堪能した。

さて、帰宅している長男が歳末に買ったものは、



レコードプレーヤー。

これが、ナイスチョイス。
親爺が集めたSPレコードから兄、私のドーナッツ版まで聞くことが出切る様になった。
親父は森進一、美空ひばりが好きだった。そして、クラッシックからボサノバまで色んなレコードを収集していた。長男の好きなジャズも少なからずあるそうだ。

隣のLP版は森山良子の「サトウキビ畑」声が若いのと、音楽自体がウェットに聞こえて最高!一気に昔の若かった時代に戻ったようだ!




そして、あがたもりおの「赤色エレジー」(!)

「親父はこんな音楽を聴いていたんだ…」
「そうだよ、フォークだ!そして、みんなで声を合わせて唄ったんだよ!」

喪中で、外に呑みに出無い私に、新しい楽しみが出来た。



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