先週、私の子どもが加入しているスポーツ少年団で、「学校祭を欠席して、大会に参加するかどうか」ということについて、保護者会で議論になりました。
「参加したい」という方には、「勉強はできない子だが、サッカーには打ち込んできた。今回の大会も、体調も悪い中、必死に頑張って予選を勝ち抜いた」と語るお父さんがいました。
その方は、団の活動の中心となって黙々と頑張ってきた人であり、その思いには私も心を揺さぶられました。
しかし私は、冷たいと思われるかも知れませんが、スポ少は子どもの健全育成をめざす活動であり、学校を後回しにしていいとは思えませんでした。
例えば学校祭は、クラス・学年で一つのテーマに取り組み、夏休み明けから毎日のように練習を重ねてきています。
私の子どものいる4年生では、土田義晴さんの「まほういろのえの具」を朗読と歌・演奏で発表するという取り組みがおこなわれます。
子どもたちが幸いにも直接ふれ合って親しんできた土田さんの、本当に心温まるこの作品を、みんなが心を一つにして表現していくこの取り組みは、子どもの人間形成上、極めて大きなインパクトを与えてくれるものだと思います。
これを欠席してしまうマイナスと大会に参加するプラスのどちらが大きいかということは、詰まるところひとりひとりの親が判断することになると思いますが、それよりも、このようにして日々練習を重ねてきた取り組みが、スポ少の一つの大会よりも値打ちが無いということになれば、「学校なんて大したものではない」と子どもらに教えこんでいるようなものではないかと思います。
そしてそのことは、スポ少の子どもらだけではなく、他のすべての子どもらに、そういう否定的なメッセージを送ることになってしまいます。
やはり、我慢するべき、子どもに我慢を教えるべきではないかと考えます。
9月市議会でスポ少の活動と子どもの健康の問題などを取り上げましたが、その際に鶴岡市スポーツ少年団本部の役員の方のお話しを伺うことができました。
その方は、「スポ少絶対」も「勝利至上」も微塵も無く、スポ少は、子どもの健全育成をめざす活動であるとして、指導者育成など、全国的にもすぐれた活動を推進してきたことを話して下さいました。
私も、スポ少の活動は、現在ではまだ色々と弊害もありますが、正しくおこなわれるならば、他では中々得られない貴重な体験を子どもらに与え、優しく、たくましい子どもの育成に貢献するものだと実感します。
活動の健全な発展を願って、私も頑張っていきたいと思います。