BLOG夜半亭

「HP夜半亭」などのトピックス的記事

俳諧 桃桜(巴人撰)その一

2005-09-29 14:02:12 | 下野俳諧研究会
芝光興行                              

一  今もその彼岸桜はしだれたり          芝光

春(彼岸桜)。○ 彼岸桜=桜の一種で春の彼岸の頃花の開くもの。○ しだれ=枝垂れで、下に垂れていること。◎ 春分の彼岸の頃咲くその彼岸桜は、今も、かっての在りしままに、枝垂れ咲いているの意。「今も」には其角師匠が在世の頃のままに、その俳風が影響力を及ぼしているの意も込められている。

二  きさらぎ廿九日遠道(とほみち)         宋阿

春(きさらぎ)。○ きさらぎ=「如月」で陰暦二月の別称。陽暦のほぼ三月にあたる。○廿九日=二月二十九日は閏日で、平年の二月より一日多い。ここは、其角の命日の宝永二年(一七〇七)二月二十九日が背景にある。○ 遠道=①遠い道。②遠い道のりを歩くこと。③まわりみち。ここは②の意。 ◎ 発句の其角師匠の在世の頃のままに咲いている枝垂れ桜を見ての付け。今日は二月二十九の其角師匠の命日にあたる。閏年の二月が平年の二月より一日多いように、普段よりも遠い道のりを歩いてしまったの意。

三  ほうれいの秤に蝶のうつろひて         筆端

春(蝶)。○ ほうれい=「法礼」で法礼綿の略。○ うつろひ=「移ろひ」で、移ろい飛んでいること。◎ 脇句の「遠道」で目にした「ほうれいの秤」と意外性のある道具を登場させ、場面を一変させるている。法礼綿を計る天秤の上に春の訪れを告げる蝶が行ったり来たり飛んでいるの意。

四  主(ぬし)なし犬の鶏(にはとり)を追(おひ)    芝光

雑。◎ 前句の長閑な景の場所を、農家の庭先の景に特定して、さらに、華麗な蝶に対して猛々しい「主なし犬」が放し飼いの「鶏」を追っている景へと転じている。飼い主のいない野犬が鶏をおかけっているの意。

五  折レ草の氷の上に弓の影            宋阿

月。冬(氷)。○ 弓=ここは月の定座でこの弓は弓張月を意味し、いわゆる、「抜け」(俳諧で主題を句の表面に表さないで、暗にそれをほのめかす技法のこと。この句では次に影をもってきて月の光を暗にほのめかしている)の句仕立てにしている。○ 弓張月=陰暦下旬の下弦の月で、弓の弦を張ったような形の月のこと。陰暦八月三日の三日月とは異なる。◎ 前句の昼間の景を夜明けの景に転じ、岸辺の枯れ草は氷りに閉じこめられ、その氷の上に弓張り月の光が射しているの意。  

六  いそがぬ普請大工相剃(あひそり)        筆端

雑。○ 普請=本来の意味は堂塔の建築などの労役に従事して貰う意であるが、転じて建築や土木工事のこと。○ 相剃り=互いに月代などを剃り合うこと。◎ 前句の夜明けの叙景景から、普請大工の人事の句に転じている。期限が定めらていないのでそれほど急がれていない建物の建築に大工が仕事始めのまえに互いに月代などを剃り合って身を正しているの意。

七  誂(あつらへ)の鮫と一所に唐(から)茶(ちゃ)来る 芝光

雑。裏の折立の句。○ 誂え=ここは誂え物の意で、かねて注文していたという意。○ 鮫=魚の鮫というよりも刀剣の柄や鞘に用いた鮫皮の略称で、輸入品であった。○ 一所=相伴っての意。○ 唐茶=中国から輸入された茶。◎ 前句の豪華な屋敷の普請から高価な貴重品の誂え物を連想しての付け。かねて注文していた輸入品の刀剣用の鮫皮と相伴って中国のお茶が届いたの意。

八  鐘引まはし白雲に入(いり)            宋阿

雑。○ 鐘=ここは小形の叩いて鳴らす叩き鐘ではなく釣り鐘の意。「白雲」=白い雲の意であるが、ここは、白雲のたなびく山寺のような用例で、山寺が省略されていると解せられる。◎ 前句の貴重な渡来物からかねて注文していた釣り鐘の場面に転じている。注文していた吊り鐘が出来上がり、それを檀家の家々にお披露目の意味で引きまわしなどして、折からの白雲がなびく山寺へ運び消え去るのであったの意。

九  人買(ひとかひ)にだかれて渡る丸木橋       筆端

雑。○ 人買∧い∨=女子どもを買ったり、だまして連れだしりして他に売ってしまう人。。◎ 前句の消え果ててしまったということから、人買いへの連想である。人買いにまだ幼いので抱かれて丸木橋を渡るの意。

一〇 文字は見えねど禁断の札(ふだ)          芝光

雑。○ 禁断=ある行為をすることを禁じ止めること。厳重に禁止すること。○ 札=文字・絵・記号などを記して、人に知らせたり目印にしたりするもの。ここは所定の場所に立てる札の「立札」の意であろう。◎ 前句の「人買い」から、その種の行為を禁じている立て札の景へ転じている。書かれている文字がかすれて見えないけれどもあることをしてはならないと禁じている立て札が立っているの意。

一一 堤重に杯ふたつわすれ草              宋阿

夏(わすれ草)。恋。○ 提重=提げ重(じゅう)で行楽用と日常用とあり、酒器や小皿などの入れて置くもの。ここは花見などに使った行楽用のものであろう。忘れ草=萱草の花のこと。この草の若葉を食べると憂いが晴れるという中国の習俗が伝わったものといわれているが、後に、花の美しさを賞するだけで憂いを忘れるということからこの名がある。◎ 前句の「禁断の札」から許されぬ男女の不倫の恋、それを「わすれ草」として失恋の恋句仕立てにしている。忘れ草が咲いている野で、行楽用の提げ重を広げると、杯がかねて酌み交わしたように二つ用意されているの意。

一二 尻をつねつた手を見ての糸           筆端

雑。恋。○ 尻=後方・後部・うしろの意。ここは、「糸尻」の「糸」が略されていて、裁縫するときの糸の最後のところの意。◎ 前句の失恋の句から、その相手の一方を針子としての付け。針子が裁縫している糸の最後のところをつねった、その手と切った糸を見ているの意。

一三 歯並から先へ生れし比丘尼共          芝光

雑。○ 比丘尼=①出家して定めの戒を受け正式に僧となった女子。尼僧のこと。②鎌倉・室町時代に尼僧姿で諸国を遊行した旅芸人。③江戸時代、尼僧姿の下級の売春婦。ここは③とも解せるが、「歯斉相」(仏の歯が美しい)との関連で①と解する。◎ 前句の「糸尻」を切るから「糸切り歯」を連想しての付け。仏の歯の美しいことを「歯斉相」というけれども、その歯斉相を地でいくごとく仏に仕える比丘尼さんたちは、歯並みから先に生まれたように美しい歯並みをしている意。

一四 升から芋のこける窖(あなぐら)         宋阿

秋(いも)。○ 窖(あなぐら)=地下に穴を掘って物を蓄えておく所。○ こける=転げる。◎ 前句の均整がとれた美しさに対して、こちらは、その反対の均整のとれていない泥のついた芋の景を付けての逆付け。地下の穴蔵で升に芋を入れようとしたら、芋が転げてしまったの意。

一五 きり ぐ す髭のみ動く朝の月         筆端

秋(きりぎりす)。月。十三句目の月の定座をここにこぼしている。◎ 前句の穴蔵の景をその周辺の景に転じて、さらに、芋という静的なものからきりぎりすという動的なものに転じている。朝ぼらけの月がかかっている静寂な景色の中で、きりぎりすの髭のみが動いているの意。

一六 芦の温泉(ゆ)寒く霧に人声           芝光

秋(霧)。○ 芦の湯=箱根七湯の一つで、現在の神奈川県箱根町にある温泉。『夜半亭発句帖』の句に「芦の温泉(ゆ)の石に精あり秋の風」(宋阿) がある。芦の温泉は箱根七湯の中で第一の高地にあり、周囲は山々に囲まれて幽境の地である。◎ 前句の静寂な朝の月の中のきりぎりすの景、その静寂さを破る人の声を配置している。箱根七湯の一つの幽境の地の芦の温泉は寒々として霧の中より人声がするの意。

一七 せめられてわりなく咄す花衣          宋阿

春(花衣)。花。○ せめる=言葉で追い詰められる。○ わりない=筋が通らない。やむを得ない。○ 花衣=①花見に来ていく晴れ着。②桜の花が人に散りかかるのを衣に見立ての語。ここは①の意。◎ 前句の「霧に人声」から、特定の場面を連想しての付け。晴れやかな花衣を着ていくことを、言葉で追い詰められて、やむをえず白状することとなったの意。

一八 禿(かむろ)を一ツ羽子板で打つ         筆端

春(羽子板)。禿=遊女の使う十歳前後の少女のこと。「かむろ」または「かぶろ」と読む。また、「禿立」といって、禿から仕立てあげられた遊女の意の用例もあるが、ここは、その遊女ではなく、遊女に仕える少女の意。◎ 前句の者を遊女に仕える少女と特定しての付け。遊女に仕える少女の頭を羽子板で軽く打ったの意。

一九 春なれやいらぬ所に燈がとぼり         ゝ

春(春)・名残の表の一句目。○ 春なれや=「春なれや名もなき山の薄霞(芭蕉)」の冒頭のそれをもってきてのパロデイ化。◎ 芭蕉の句の本句取りのパロディ化で、前句の昼間の景から夕方の景へと転じている。まことに春が来たという思いがするが、そんな思いにとらわれていると、、遊里の灯火であろう、ぽつぽつと灯火が点り始めてきたの意。

二〇 角(す)ミで飯喰ふ乳母が父親          筆端

雑。○ 角ミで=「隅(すみ)で」の詠みと意。◎ 前句から「厄介者」のイメージを連想して、春の大景から屋敷内の景に転じている。乳母の父親は小さくなって台所の隅の方で飯を食っているの意。

二一 雨露の蜀(もろく)漆(こし)(黍)の虫を枝ながら ゝ

秋(蜀黍)。○ 蜀黍=玉蜀黍。◎ 前句の屋敷内の景を台所のもう一つの景へ転じている。玉蜀黍の枝に雨露を帯びた虫がはりついたままだの意。

二二 漸々(やふやふ)汐のとゝく牛込         筆端

雑。○ 牛込=東京都新宿区の東部の地名。万治三年(一六六〇)の頃、神田川の改修工事があり、牛込まで船が入れるようになったという。◎ 前句の「雨露」から「汐」を連想しての付け。牛込まで船が通るようにやっと改修されて、海の汐が届くようになったの意。

二三 生酔(なまよひ)を寺に預ケて帰る也      宋阿

雑。○ 生酔=酒に酔うこと、または、酔っぱらいのこと。◎ 前句の「馬の耳に念仏、牛込の経」などと、当時の牛込柳町界隈は寺町といわれ、寺社などが多く、前句の遠景を近景へと転じている。。深酒をした人を寺に預けて一人帰ってきてしまったの意。

二四 鑓だらけなるけふの地謡           芝光   

雑。○ 地謡=能または狂言で登場する人物(シテ・ワキなど)以外の者によって斉唱される謡。また、その演者たち。鑓=「やりとは拙き芸をののしり、さまたぐること」(滑稽本『田舎操』)の「拙き芸をののしり」ときに用いる用例。◎ 前句の人物が地謡を演ずる場面に転じての付け。今日の地謡はどうにも調子があわずののしりたくなるばかりであるの意。

二五 御家風に猫も杓子も糠袋            筆端

雑。○ 糠袋=糠を入れた布製の袋。入浴時、肌をこすって洗う。板張りや柱などを磨くのに用いた。○ 「猫も杓子も」=なにもかも。だれもかれも。◎ 前句に対して、徹底した「潔癖性の御家風」をもってきて、その対比の面白さを狙っての付け。その家の家風の一つに清潔を尊び、猫も杓子も糠袋をもっているというのがあるの意。

二六 此櫛買ば罰や当らむ              宋阿

雑。◎ 前句が、物を大事にする御家風に対し、新しいものを買うとその御家風に背くことになるのだろうかと思案している付け。この新しい櫛を買ったならば罰が当たるであろうか、いや、櫛一つ位ならば罰は当たるまいとの意。

二七 雲の浪上り兜の星月夜             芝光

月・秋(星月夜)。二十九句目の月の定座を引き上げている。「雲の浪」=雲を海路の波に見立てての用例で、「行く人も天のとわたるここちして雲の波路に月を見るかな」(『詞花集』)など、月を詠むときによく用いられるものの一つ。○ 上り兜=端午のお祝い用の幟兜で三日月で飾り立てたものもあり、その種の兜の用例と解する。◎ 夜の雲が波路のようで、そこに幟兜を飾るような月が上っていく星月夜の夜だの意。前句の関係は、前句の櫛の形と月の形が類似していることの連想と解する。

二八 三味線引の足を蚊が喰(くひ)          筆端

秋(残り蚊)。◎ 三味線引きの足を蚊が食って、三味線引きはほうほうの態であるの意。前句を月見の景としてとらえ、その月見の景に三味線引きを登場させ、その三味線引きが蚊に足を食われている景に仕立てている。

二九 暖簾(のうれん)の江戸紫は宿はづれ       宋阿

雑。○ 暖簾=「のんれん」の転化した「のうれん」の変化した語が「のれん」。ここは「のうれん」の詠みで、「のん」は「暖」の唐音で、もと禅家で寒さよけにかけた垂れ布のこと。後に、商店で屋号などを染め抜いて店先に掲げるようになった。○ 江戸紫=青みがかった紫色のこと。「江戸紫に京鹿の子」とは、紫は江戸が第一で、鹿の子絞りは京都が第一の意である。◎ 江戸紫の目の覚めるような暖簾が掛かっている宿屋をこの宿場街の外れで見かけましたの意。前句の野卑な景から、高尚な宿屋の景へと転じている。

三〇 神さび渡る金平の絵馬             芝光

雑。○ 金平=「金比羅」(四国の海上の守護神の金比羅大権現)の意。○ さび=「寂」で閑寂なおもむきのあるさまの意。◎ 金平大権現の守護神が神々しくお渡りになる絵馬が並び飾られているの意。前句の江戸紫の宿の暖簾から一転して、金平の絵馬の場面への転回である。

三一 筏にも賑ふ民の煙数(けむりかず)       ゝ

雑。名残の裏の一句目。○ 筏=木材・竹などを何本も並べ、綱などで結び、木材の運搬など舟の代用としたもの。○ 民の煙数=「高き屋にのぼりて見れば煙り立つ民のかまどもにぎわひにけり」(仁徳天皇)がある。◎ 家ならず筏にも煙りが立っていて、その煙りを見ただけでも筏に乗っている民が賑わっていることが想像できるの意。前句の船の守護神に対し、海上の賑わいぶりに転じている。

三二 倅に箸をいたゝいて見せ            筆端

雑。○ 箸=「箸初め」(食い初め)の箸。◎ 今日は倅のお箸初めの日で、親がその箸で、「いただきます」と使い方などを教えているの意。前句の食事の賑わいから、「箸初め」の景への転じである。

三三 朔日は朝寝をせぬが癖と成リ          宋阿

雑。○ 朔日=陰暦の毎月の第一日のこと。◎ 月の朔日は朝寝をしないということが習慣となっているの意。前句の「箸初め」から、毎月朔日のその主の勤めへの転じである。

三四 建前どものいろは呼(よぶ)空(そら)       芝光

雑。○ 建前=家屋建築で棟上げなどをすること。上棟式。○ いろは=ここは、鳶職人などの「いろは」四十七文字に因んでの「い組み」・「ろ組み」・「は組み」の組み分けの意と解する。◎ 上棟式に当たり、「い組み」・「ろ組み」・「は組み」と、呼び合う声が空に反響しているの意。前句の一家の主を職人に見立てての付けである。

三五 師匠筋咲∧き∨つゞけたり花盛(はなさかり)   筆端

春(花盛)。花。○ 師匠=稽古事などを教えるひと ○ 筋=血筋・血統・系列。◎ 師匠の血筋は今や花が咲き続けて盛りであるの意。前句の職人から、俳諧などの師匠とその血筋とへの連想で、其角師匠とその血筋の見立てと解せる。

三六 苗代水の日をめぐる道             宋阿      

春(苗代水)。○ 苗代水=苗代に注ぐ水。◎ 苗代の水によく陽が行き渡っているか、一日中田の中を道があるように巡りに巡っているの意。前句を受けて、其角師匠の影響が俳諧の隅々まで及んでいることを暗に詠っている。 

最新の画像もっと見る