再び「神野山(コウノヤマ)」へ、羊に会い、ダム経由で残念石とは?

2024-07-10 18:07:37 | つれづれ思うまま
もう、ほぼ無鉄砲としかいいようがないのですが、
先般、大雨後にドライブした時の続編のような話です💦
あの時は「目の前の橋が流れにのみ込まれているサマ」に驚いたものです。
布引山地や青山高原・高見山地辺りの木津川の源流域から思うと、
流れ流れてずい分遠くまできたもんですが、
幾つもの川が合流して大河原・笠置辺りに来るので流域の方々にとっては、
大雨のたびに生活道路が封鎖され、さぞ大変な迂回なんだろうと想像していました。

そんな光景を興味本位ではなく、上流域の人間として怖いなぁと眺めていたのです。
まだ梅雨は開けていませんが、雨もさることながら
この激暑・酷暑をどう乗り切ったらいいのかと悩む今日この頃。
先日(6/21)の訪問先を少々並べてみます…もう、過去話です、すでに。

名阪国道山添インター下車、
コロナ禍、野外で人のいないところならいいだろうとあちこち出かけていた頃、
懐かしく思い出す光景ばかりです。

『塩瀬のお地蔵さん』(正式には「塩瀬地蔵坐像」山添村指定文化財)
 
雨後の巨樹に芸術を感じ、そのまま西へ

神野山鍋倉渓」、ここも自然の成せる風景に不思議を感じる。
奈良県景観資産でもあります。
  

   

岩の風景を壊さぬように「ボードウォーク」とでもいうのか、
「木道」があって、それを見ていると微妙なカーブの作り方などに「技」を見た思い。
  

駐車場では、てんまるたちがお出迎え。
 

もう少し先に行くと「雲海絶景スポット」、伊賀盆地を右手に見ゆる。
田んぼの真ん中にいる人、実は案山子です。
見事に騙されました、あまりにリアルで(笑)。

 
うふっ、いよいよ羊さんにご対面。
奥の駐車場から「大和高原一帯」を望む。
 
「めぇめぇ牧場(まきば)」で羊さんの大歓迎を受ける、
いやただただ雑草をムシャムシャハムハムしてるだけなんですが、人が近づくと…
網から顔を出してこの通り。
  


牧場内で場所を変えて、ここには「サフォーク種」の羊さん。自由奔放に駆け寄ってくれました。
いずれ羊肉になるコかなぁ💦
命をいただく。有難く。

場所を変えて、山添村桐山の「わんぱく動物園」にちょい寄り。※公式HPです。
  

近くには「首切り地蔵」とか…
目の前に「ネムノキの花」、まだまだ蕾多し!
  
ネムノキなんて大木が多く、まさかこんな近くで撮れるとは思ってもいなかったので「激写」。

走ること数分、「布引ダム管理事務所」近くで休憩。
腹ごしらえに必死で肝心のダム写真はなし、あれぇ?
振り返れどないものはなくて、ダムカードももちろんもらわなくて、
何やってんだか💦 ショック💦
 

ここでは奈良市内辺りからの小学中学年くらいの子たちの社会見学だったらしく
大きな観光バスで帰るところ、そのバスの後ろを走って途中まで(柳生辺り)同行。
もう少し時間が許せたので、せっかくならということで
「高虎さんの残念石」とやらを見に行くことに。

しかし、
以下の記事を知らなかったので、現場に行って「あれっない?」というトホホ。
「残念石移設のニュース」二題。(帰宅後調べたもの)
「再建に使われず放置400年…残念石移設」(京都新聞2021/1/25)

「大阪城に使うはずだった…」(朝日新聞2023/5/30)

  
本当ならこの場所に竹藪があって、ここに「残念石」が置かれていた・・・と。
変わり果てた景色をしばし眺めていた知人、
河原近くに下りて、対岸を見渡すと…
あったんですよ(笑)、やれ。
しかしデカいなぁ!

今の世ならクレーンなど使って運べますが、その昔どうやって??と考えると…
壮大な船運計画があったんだろうなぁと(想像するしかありませんが💦)

『残念石』とは・・・
≪大阪城の建築にあたって、使わなかった巨石を河原に置いていったものです。
放置したのは安土桃山〜江戸時代の大名の藤堂高虎。
巨石には切り出したクサビの跡がしっかり残っており、歴史的な価値はあります。
運ばなかったので、建設する側にすれば「運べず残念」ですが、
江戸時代の加茂の人にすれば「巨石を川原に置き去りにされて残念」。
今で言うここは京都ですが、伊勢藤堂藩の所領だったのでこんな物が残っていました。≫というお話です。

そして、実はこの巨石。こんな使われ方をするらしいと、お怒りの方々もおられます。
残念石の残念な使われ方」。(東京新聞/2024/1/19付)

最後は、高虎さん絡みでまとまっちゃいました。

 こんなコースで
「恭仁京跡」に印をしたのは、いずれ行きたいなという希望。

ではまた
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月ヶ瀬・毛原・下笠間経由で室生深野へ。実質前編②

2024-06-27 00:12:52 | 花や風景など
月ヶ瀬橋を後に、名張川沿いに南下
目指すは山添村毛原。
月ヶ瀬からの道中はこんな感じで…
 再掲

行く前に「山添村観光情報/毛原廃寺跡」を調べてみました。
名張川から分かれた「笠間川」このが流れる山の中のこの谷あいに・・・
≪奈良時代平城京の大寺院と同じくらいの
大規模な七堂伽藍が建立されていたことを示す金堂跡、南門跡などの礎石が当時のまま残っています。
付近から出土した軒丸瓦、軒平瓦はいずれも奈良時代後期のもので、
廃寺跡より下流にある岩屋瓦窯跡で焼かれたことが発掘調査で判明しています。>と。
そして「国指定史跡」でもあるのです、ちょっと気になる場所ではありませんか。
室生深野の棚田を見に行くためにあえて今回このルートを選んだのはやはり好奇心だろうか。
ほぼ迷うことなく毛原地区に着いたものの、
その途中にある廃寺跡への道はなかなかの狭小道で、
まぁ慣れぬ間は軽自動車がいいか、少し広い所に止めて歩くか、二択です。

しかし、訪れてみて普通に民家が立つここにさり気なく、
こんなに大きな礎石がぼんぼんとそのまま残ってる??
   
そのことにびっくりです。

近辺を辿れば「山辺の御井(ミイ)」があります。
民家の敷地内かもしれません…
 

確か、大きな説明版があるはずと思いつつ探していたら
  
「毛原廃寺跡」はしっかりありました。
詳しい情報はこちら「史跡毛原廃寺跡PDF」で。

「金堂跡」か
 

「西方建物跡礎石」
  
文献によると
≪毛原廃寺には、現在も南門・中門・金堂の礎石が残されている。
当時の都からも東へ遠く離れた山中に存在するにも関わらず、
現地に残されている礎石は平城京内の著名な大寺院と同レベルの
加工技術が用いられていること、大寺院と同規模の建物が存在することなどから、
大正15 年に国指定史跡となっている>そうです。

この礎石跡の横は、スクールバスや行政バスなど交通の要所。

近くには「構造改善センター」、地区の集会所風の建物、
そしてその横には「長久寺」の石仏めぐりマップ。
  

改善センター玄関に飾られていた絵画を撮らせていただき、
よく似た毛原地区の風景を撮ってみた、まさに「大和高原」の中って感じですね。
 

では、先を進むことにしますが、ずっと笠間川に沿います。
標識を見るとすでに山添村を越え、ここは宇陀市?
  
宇陀市 永仁阿弥陀摩崖仏」(下笠間/鎌倉時代)です。
巨石に立派な摩崖仏が線刻されています。
久々に大っきな仏様を拝ませていただきました。
   


この先どんどん進むと「室生深野」のあの勧請縄に出ます。
 

そして、深野の棚田風景へやっとつながったわけでございます。

未体験ゾーンの道中記でしたが、どこへ行くにも峠を越え厳しい山道の往復かと思うと、
なぜここにこんな立派な伽藍を持つ大寺院があったのか、と不思議でなりません。
立派な官道があったわけでもなさそうだし、
それでも「都には必要な場所」だったということでしょうか?
東大寺の杣支配所だったかもしれぬと解説にはありましたが、
ともかくミステリアスゾーンの旅は終わります。

ではまた
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岡八幡宮(白樫)の「流鏑馬神事」初見学。大川(オオコ)摩崖仏(治田)に会い、花垣の八重桜も…

2024-04-22 10:53:55 | 神社仏閣など
4/21は白樫の「岡八幡宮の流鏑馬」があると教えられ、初見学に。

せっかくの流鏑馬だったのに、雨模様の中の疾走で、ちょっと気の毒だったかな。
でもお馬さんは元気、騎乗の人も雨に濡れながらですが見事「的を射る」方もおられ、
拍手喝采を浴びてました、良かったよかった。
しっかり降っていたのと傘がいっぱいだったので結局写真に撮ること叶わず💦

知人から、先に送ってもらった昨年の様子をどうぞ~~


過去ログ/懐かしの「忍者回廊巡り/岡八幡宮」。

中日新聞朝刊から


観覧席になっている場所に巨樹/スダジイがあります。
あまりにも立派なので、やっぱり撮ってしまいますねぇ

お馬さんは撮れなかったけど、岡八幡さんのシンボルツリーですから…

ここ白樫の地まで来たので、同じ花垣地区つながりということで、
久々に「大川地蔵(巨大摩崖仏)」を見たくなり、
三重と奈良の県境である五月川(名張川)を渡りました。
車は途中の道に止め、つり橋を歩いて渡ったのですが、
以前2022/4/28に来た時と何かが違うんですね・・・
よくよく思い出せば「川の水量」がハンパなく違ったのです。

比べてみると歴然!
今年、
   

2022年4月撮影
   

奈良県山添村に渡って、大川カントリーパークというキャンプ場からの撮影なんですが、
丁度管理棟に寄ると管理人さんがおられ、水量が多いですねぇとお聞きしたら、
「ここは高山ダム湖の一番端っこで、今はいっぱい溜まっているから」と。
雨だけのせいでもなさそうですが、以前に比べると淀んでいるようにも見える、
こんなものなのかしらんと、ちょっと気になった水位でした。
「大雨などで高山ダムの堰堤まで水が溜まると、このキャンプ場は水没する」とおっしゃってました。
そうならないに越したことはないので、降り過ぎないことを祈ることしかできません…

今日の訪問、最後は「花垣の八重桜」

満開、雨がしっかり降ってきたのでコレ一枚で終わり。
残念ですが、また改めて来れたらいいなぁ…と。
Web情報Youより「花垣の八重桜見頃

そうそう、ここの八重桜はめしべが二本、とても珍しい。
2023/4/21撮影のアップ写真でご確認あれ
  

ではまた
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続・二つ目の吊り橋渡るとそこは山添、大川(オオコ)遺跡とキャンプ場、そして大川地蔵(魔崖仏)。

2022-04-29 17:12:09 | つれづれ思うまま
二つ目の吊り橋「大川橋」に出会うまでの道中では、
寂れた道ではありますが、自然はがいっぱいでした。
  
「白拍子橋」の傍の満開のヤマフジの下に🚙を停め、
左に山の斜面、右に予野川を見ながら歩きます。
「ギフチョウ」は「伊賀市天然記念物」です、むやみに獲ってはいけません!
 
ツクバネウツギ、ツツジ、フジなど春の彩り、桜は散り初めし…
  
ピンクの道は「 の花びら」 と「大滝峡(オオダイキョウ)入口」。

いよいよ「吊り橋」を渡ります、今度は「」です(笑)。
橋の真ん中から名張川上流と下流湾曲部辺りで予野川と合流します、
  

渡り切って振り返り三重県側と「大滝峡谷」の眺め、素晴らしい
 

さてどこに着いたのか?
当日はこの時まで、まさか渡り切ったところに「キャンプ場」とは想定外でした。
ここへは🚙でしか来れない!と思っていたので…
何かラッキーな気分で、これは連休中の遊び場の下調べになりそうなので、
グルっと一周してみます。
ここからは『大川遺跡カントリーパーク大川』のご紹介
 
駐車場とキャンプの案内(リンクは問合せ先です)

  
橋一つ渡ると、そこは「山添」だったという地理案内と
縄文時代の大川遺跡を公園化
キャンプ、バーベキューなど家族で楽しめます
≫ 
少し見ただけでもなかなかいいところです、休日の込み具合を知らないので
すでに3台ほどキャンプ準備されてましたよ…
 
 
「炊事棟」を通って園内へ入ると、ツツジ満開 

  
縄文時代の「竪穴式住居」が残され、遺跡の案内もあって、ともかく広い
芝生の管理も余念なく綺麗に管理されています。

ここで本来の目的を思い出して、川岸近くの散策路へ出てみることに。
そこからしか例の「摩崖仏」は見られない、とのことなので…
  
真ん中に見える岩かな、良く見える場所もあったのですが、
いかんせん遠い、船で行くか、泳ぐか、
穏やかな流れとは言えそれはムリなことなので、
アップにして撮るしかないかな…ということで撮ってみましたが 精一杯。

再び、振り返りになりますが「白拍子橋」を渡ると、
右に「白拍子滝説明」、左に「大川地蔵説明」がありました。
ここから見える対岸にある巨岩に彫られた「摩崖仏」の説明です、
あの「摩崖仏」の住所は「三重県伊賀市治田(ハッタ)になります、
ワタシが立っているココは、「奈良県山辺郡山添村中峰山(チュウムザン)」
  
「大川地蔵(魔崖仏)」(伊賀市指定文化財)
広報いが(2018/8/1号)より


いよいよ、この場所を後にしますが、
初訪問でしたがすごくいい場所だったなということでご紹介したいと思った次第。
  
お子様向けに「ローラーすべり台」もあります。
 
バーベキューOK。


「室生・比奈知・青蓮寺ダム」から最終「高山ダム」へ、
こうやって守られているんですね。
 ここまで🚙で来れそう…
但し、橋は3tまでです。
向こうにキャンプ場
  
「白拍子橋」通過、「車屋橋」を渡って広い道に出ます。
  

今日は、ほぼ一日雨だったので、ゆっくり書いてましたので、
長くなってしまいました

ではまた

2024/4/19追記
中日新聞朝刊より

幻のギフチョウ、ちゃんと子どもたちが見守ってくれているのかと思うと嬉しい限りです。
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笠置町飛鳥路、布目川散策で「勧請縄」と「甌穴(オウケツ)」へ、その前段

2022-03-08 18:23:44 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
伊賀市の10地区の「勧請縄探索は無事終了、
正月から旧正月という期間に新調される「大注連縄」掛け行事です。
今のうちが真新しくて、気合の入った(地区の人たちの「心」のこもった)「勧請縄」です。
探索するワタシ自身も初めてのもの見たさもあり、気合も入り、
何日間かかけて見てきました(笑)。(他にもあれば教えてくださいね)


「広報いが2021.10号」の紹介もあったので、
次に、伊賀を飛び出て「山添村」「笠置町」方面へ向かいました。
「山添村菅生地区」は2日かけて何とか完了。(報告済み)

最後の訪問先は「笠置町飛鳥路(アスカジ)」、さてどんなところなのか調べないといけません。
いろいろ検索してたら ↓ 先ずWeb記事が出てきました。
飛鳥路布目川の勧請縄」(asahi webより)
≪京都府笠置町の飛鳥路地区を流れる木津川支流の布目川に10日、
 巨大なしめ縄「勧請(かんじょう)縄」がかけられた。
 五穀豊穣(ほうじょう)などを願う伝統行事で、府の無形民俗文化財。≫(2022/1/11掲載)

そしてとっておきは、コレ☟
「笠置のイカした生き方帖」
これを読んでいただければ笠置町の事はバッチリ!というものを見つけました、
 
ワタシなんぞがグダグダ書くより、、、と思いますが、
そこは「実地検分」主流派なので行っちゃいます(笑)。

国道163号線(別名チャーミングロードとか)、【笠置 国津神社】(過去ログより)を過ぎて、
木津川に架かる潜没橋を渡ります、

渡るとすぐに町営か何かの駐車場がありましたので入ります。
情報では有料(500円)と書かれていましたが、平日のためか、
シーズンオフだからかはわかりませんが「無料」で駐車できました
 
石の国/笠置西部の観光案内図があり、
東海自然歩道 押原~柳生コース案内図』もあります。
笠置観光協会で調べると「銀の帯ハイキングコース」という名前も付いているので、
「布目川」沿いの散策は(昔は)なかなか有名だったのかもしれません。

では、その駐車場から山に向かってどんどん上ります
途中には「JR関西線:飛鳥路踏切」(笠置⇔大河原間にある)を渡ります。

川へ行くのに「上り」?と思われるかもしれませんが
木津川本流に流れ込む支流なので笠置の山から流れてくる感じですね。
だから「少し山道を登る」のです。
途中小高い峠辺りに差し掛かると
   
①『庄屋庄七翁終焉の地
≪庄七は興ヶ原村に生まれ、25歳で大庄屋を受け継ぎました。
 興ヶ原村の水田はしばしば干ばつの被害を受けたことから、
 嘉永4年(1851)に布目川の水を引く工事を開始し、
 約1年かけて工事を完了させました
 しかし水路の各所に漏水があり、自らの財産をつぎ込んで補修工事を継続します。
 安政元年(1854)の大地震により水路が壊滅すると庄七への非難が高まり、
 村から郡山藩へ訴えられ大和追放、財産没収となり失意の晩年をおくることになりました≫とのことです。
②『道案内版』一番下は【天照御門神社】と書いてあります、
 帰り道に寄ります、「勧請縄」作りの現場になるようです。
③【笠置形燈篭
≪奈良時代から弥勒の聖地として信仰を集めてきた笠置山の参道に
 並べられていた笠置形燈篭を再現したもの≫
≪擬宝珠柱の上部に火袋を設けた形のもの。笠置山にあった道標をかたどったといわれる≫

歴史的なものの宝庫です、やっぱり…
ではつづきます、また
 

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山添村菅生(スゴウ) 地区「谷出西庵の山の神」と「峯出の勧請縄」(後編)

2022-03-05 00:39:48 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
枝道に入ってギュッと登ると四つ辻に案内石柱?
 
ど素人のワタシには読めませんが、何かの案内があるのでしょうか?
誰も通らなさそうなところに🚙を停めて…と思ったら山からロードバイクの人と遭遇!
あービックリした(笑)。
少し先に行くとすぐ目の前にちょっと盛り上がった杉林、
  
いろんな人のblogなどで見た通りの「山の神&勧請縄」です。
林の中に入らせていただきますがここは「山の神」の碑はありません。
クラタテ」(倉が建ちます様にという呪具(ジュグ)とか)と「真新しい農耕道具」と
奉納金?」に、そして「カギヒキ」?
  
「奉納 金参兆円 峯出小場」、おぉこりゃ「倉」も建ちますねぇ…
ここは地域にとって神聖なる場所=神が宿り=なんでも叶えてくれるところ、なんでしょうか?
地元の方にお会いしたわけではないので、詳しいことはわかりません、あしからず。
  
「菅生の勧請縄」の全体としてはこんな風に…

参考文献として、
山の神祭りにおける木製祭具の研究」(松崎憲三氏著)より
奈良県山辺郡山添村菅生
男子は七日早朝大きな木綿の袋に、餅と干柿、洗米を白紙で捻り包んだオハナシ
及び山の神に捧げる農道具・山道具の木製雛型とやはり木製の刀
それに藁数把を持って祭場に赴く。そして、カシ・クヌギ・ナラなどの4・5尺の小枝を伐りとり、
中程にホウデン(藁苞ワラヅツ)を結びつけたものを自分の家の男の数だけ作る。
これをカギと称している。カギを作り終えると先ずクラタテをし、
そして白紙の上に持参のお供物、刀,オハナシ,農道具、山道具を傍に置く。
その後でカギを神木にひっかけ「東の国の糸綿、西の国の銭米、赤牛につけて倉へどっさりこ」と
三回繰り返して引っ張る。
そうして持参の餅をトソドで焼いて真二つにし干柿を挟んで食べる。
そうしている間にも、青年・壮年の人達は太さ2・3尺、長さ4・5間もある勧請縄を
持ち寄った藁で綯う(ナウ)。それができ上がると二人の若者がY字型の木の枝(女木)と
Ⅰ字型の木の枝(男木)を持って勧請縄を中に両側に立ち、互いに重ね合わせて「わあい」と囃し
拍手をして終わる。勧請縄はその後、神木と最寄りの木にかけ渡す。≫と書かれていました。

現代ではどこまで昔のままの祭事が行われているのかわかりませんが、
このような状態で真新しい「勧請縄」や「お供え物」等々を拝見するに、
代々伝承されている「神事」なのだと思います。
これを自分たちの代で絶やすわけにはいかない大切な行事。
  
ここで「神事」が行われ、ここから「菅生の里」風景。
 (追加)
「十二社神社」「菅生のあたごさん」「谷出・峯出地区山の神など」の位置関係。
帰りがけ見送ってくれたニャンズ3匹、わかるかな?
 屋根の上はポカポカだったのかな

個人として見て回った「カンジョウナワ行事」山添版でした。
奈良県全体としてはかなり多くの「山の神及び勧請縄」行事が残っているそうです。
その中のほんの一つ二つを巡りましたが一人で行くには奥が深過ぎました。

伊賀では「川」に掛かっていることが多く、これは「木津川の水運」との関わりであったり、
水害が多いことへの祈りの神事だったかもしれないと思ったり、、、

最後は、木津川支流の布目川沿い「笠置町飛鳥路の勧請縄へ行きます。

山添村菅生からはやっぱり「月ケ瀬」経由で帰ります。
 (3/3撮影)
「月ケ瀬梅林公園」入り口辺りの寒紅梅。
梅は種類も多く、咲く時期もいろいろ。
一斉に「満開」とはなりませんので、気の向くままのお出掛けがいいかもです(笑)。

ではまた

追記(2022/3/6)
「山の神」のことで伊賀の古山地区に伺った時のこと思い出しました。
過去ログですがご覧ください→「こんなところに『山の神』(古山界外~鍛冶屋境界辺り)」
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山添村菅生(スゴウ) 地区「谷出西庵の山の神」と「峯出の勧請縄」(前編)

2022-03-04 15:49:15 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
思い起こして「山添の旅」(過去ログより)
昨日投稿の「菅生」(訪問日は2/26)も加わりました。
山も深ければ、奥も深い、そして巨石巨岩は底知れず…

山添菅生の二度目の訪問は昨日(3/3)、「山の神」や「「カンジョウナワ」探索。
どちらも地図上では大体どこそことわかっても現地では悩ましい…
本道から逸れて細い山道を登って行くところに「山の神」はあります、
その地域を見渡すようなところ或いははずれ辺りに。
なので🚙は便利だけど、不便さもあることを実感しつつ、
邪魔にならないところに停めて、あとは歩いて探すのがベストでした。
ここは、情報によると「山添谷出」という集落のようです。
一番高いところを行き過ぎて「六地蔵」様にご面会、そこは墓地だったかな、
 谷出の六地蔵様
お地蔵に見守って頂いて🚙を駐車、少し逆戻りすると
 
「谷出の山の神」とお供え物
ありました、ここで場所は正解ですが残念ながらすでに「勧請縄」はありませんでした。
本来は「こんな感じの勧請縄山の神への供え物」(写真あり)のようです。(「奈良大和路~悠~遊~」さんより拝借)

ここは「菅生ふれあい館」、奥は墓地です。

敷地内に入ると、なんと「五輪塔(郷搭)」です。
 
説明版によると
山添村指定文化財 (昭和四十一年九月二十日指定)
 五輪塔 菅生西庵 正中二年(一三二五)
 郷塔(ごうどう)とよぶ五輪塔 のひとつで、形式的には村内にある正中二年の一群の五輪塔と同時造立とみられ、
 三行の銘文痕跡がある。
 円と角を組みわせて、密教にいう空・風・火・水・地の五輪を表象した塔で、
 複雑な立体面が調和した独特の構成美を示している。≫

では敷地内から「山の神」を見ましたが、
 
「お供え物」傍に立っているのは「クラタデ」(御幣のようなものでしょうか?)というものらしく、
おそらく「蔵が建ちますように…」ってお願いするものかな。
お正月の神事らしいおまじない??

さて次に、本道に戻り再び反対側の山に登る感じで進みます。
この大木を通り過ぎて左へ…
 (再掲「大井戸の杉」)

本日前編終了
またのちほど…
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山添村菅生へ勧請縄探し、その前に「菅生のあたごさん」「十二社神社」「大井戸の杉」

2022-03-03 16:33:18 | 伊賀のカンジョウナワ行事(伊賀城和含む)
「広報いが2021・10月号」掲載の伊賀市以外の「勧請縄」の案内デス。

ここに掲載されている「山添村菅生」(奈良県)「笠置町飛鳥路」(京都府)は、
何としても押さえておきたいと…
「カンジョウナワ行事」は、近畿地方に濃密に分布しているそうで、
滋賀県は141、奈良県は115、・・・三重県14とか。
なので、とりあえず行ける範囲(伊賀城和定住自立圏内)であと2件。

山添村といっても知っているのは「鍋倉山」界隈、「わんぱく動物園」、、、あと神社少々
「菅生地区」となると自信がないので、一度ではムリかもしれません。
そんな思いで出発して、名阪山添IC下車左へ、山添村役場前を右折、
クネクネっと山道を数分走ると視界が広がり、赤い火の見櫓大きな木と岩
目につきます! まるでシンボルタワーのようにそびえています…足元を見ると
『菅生のあたごさん』
  
ここは広いので🚙は駐車OK。
巨石です、さすが山添から笠置辺りの巨石・巨岩巡りを思い出しますが、
この形はさすがに初めてです。では、ひと回りしてみましょうか…
  
向かって右から見ると3枚に、左から見ると1枚?
後ろに回ると、こんなん、
  
基礎石もデカい、石仏さんも佇んでおられます。

 
再び前に廻って小さな石段を少し上がると、
青空を見つめる巨石3枚岩! そして「祠」。
自然が重ねたのか、人間の技か? 迫力満点!
山添村のイワクラmap」にも掲載されていました…

次は、目の前が「十二社神社」です。
 石灯籠
この坂道ではなく、やっぱり「石鳥居」から入らせていただきましょう
  境内全景

「拝殿」と「狛犬さん」
 

 

横に廻ると
  
隣に
  
拝殿奥を見せていただくと石段の上に「鳥居」と「石灯籠」と「本殿」が少し…


たまたまお参りに来られた地元の方とお話が出来て、
「ココへ嫁に来た時からずっと拝んでます、
 神社の祭礼は12年に一度行われてますよ」とのことでした。
「毎週?当番組が清掃してるから綺麗ですよ」と、
そう確かにおっしゃる通りスッキリと清潔感溢れている神社です。
大層古い「絵馬」も飾られています、
 
昭和14年時の「雨乞満願絵馬」と
年代もわからない古い「絵馬」(何かの合戦の様子でしょうか)など掛かっていました。

ゆっくりお参りさせていただきました。
地元の方に「勧請縄」とか「山の神」のことなどお聞きしましたが、
今回は「道だけを覚えよう」とりあえずこの近辺をドライブ。
「勧請縄」などのことはもう少しじっくり調べて後日改めて、、、
それだけ「道」が細くてややこしい、どの道も山に向かって急坂を登るんです

途中で「大井戸の杉」という説明版を見つけたので、寄り道(笑)。

「十二社神社」から2・3分のところ
 「大井戸の杉」全体

 
元々「5本の杉」だったとのこと、
≪山添村指定天然記念物
 大井戸の杉 (菅生 中上氏所有)
   平成四年十月二十七日指定
 伊勢街道に面する湧水池の背面に植栽されたスギの巨樹で、
 当初五本前後植栽されたものが成長するにつれて基部が合着(ゴウチャク)し、
 あたかも一本のスギのような形状を示し、現在四本が生存している。
 樹高26m、樹齢は350年~400年と推定される。
    山添村 ≫

山添菅生の「シンボルツリー」ですね。

ではまた
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山添村北野「法楽地蔵立像摩崖仏」、やっと会えました

2021-09-07 23:33:21 | 神社仏閣など
よく通るこの県道80号線で、この案内板はいつも気になっていたのです…
🚙はハザードを付けて路肩に寄せて駐車しました。
この県道は「奈良市と名張市」を結ぶ主要地方道なので交通量が比較的多い、
できるだけ遠慮?して止めた方がいいと思いました、
きっと、止まり難さもあって(ワタシハ)敬遠していたかもしれない…と。(止まってみて思う)
 案内板通りに進みます、

さて、山道を入りますが、その先はなんと「茶畑」だった…
案内板はとても親切、
   道からは絶対見えない隠れ茶畑
人一人通れる、枯葉で被われたふかふかの道を歩きますが、
傍らは崖!落ちたらけがをしそうです、気を付けて歩きます。

ほんの少し歩けば目の前に、巨石出現!
 
先に見たのは「裏側」でした、表にはちゃんとお地蔵様がおられました。
酔ってるように斜めになってますが、これは人間がまっすぐ立って見ると
巨岩に角度がついているので「斜めに」見えてしまうんです
なので写真を撮るには足場の確保が重要! けっこう難しいもんです(笑)。
 

  
できるだけ真っ直ぐに撮れるように、と努力はしましたが、
素人目には「厳しいお顔」のように見えましたが、、、

では、「説明版」を
≪山添村指定文化財
  (昭和41年9月20日指定)
法楽地藏立像
  建武5年(1338年) 北野区
「建武五年戊寅七月十□日□大夫」 の造像銘の磨崖地蔵像で、
鎌倉時代 (南北朝)のすぐれた石仏である。像高75cm である。
ホーラクというのは、ホーラクを割って(しまったことを)悲観して死んだ炮烙(ほうらく)売りを
供養するために造立した(ことから出る)といわれる。
また、ホーラクは法楽の意で、法楽は神に向かって誦経(しょうけい)し、
陀羅尼(だらに)を唱えることをいう。
あたかも、ここは伊勢参宮街道に面して、伊勢神宮に奉謝の本願から
造立されたともみられる。    山添村 ≫

 茶畑から見る「地蔵様」への道

 茶畑と杉林、そして空

 名阪山添IC方面からの案内板
(往復すると矢印の方向が違う、当たり前ですけど

大和高原にはこうした磨崖石仏が数多く残されていて、
奈良の都に近いという地理的条件と(県道80号線は「ならまち」に向かいます)
山岳(巨石)宗教に根ざした信仰が折り重なっているのでしょうか?

伊賀ではそこかしこで「役行者(エンノギョウジャ)」様にお会いしますが、
そういえば、役行者さまも「山岳修行」してますよねぇ、奈良との「縁の」行者さま?
「鬼行列」絡みの思考回路なので、あしからず…

ではまた、
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山添村桐山「戸隠神社」へ、そして「鳥ヶ淵の地蔵」様に会う

2021-09-07 00:17:32 | 神社仏閣など
google地図上で見つけた「戸隠神社」(桐山)、本殿の色彩や石段や紅葉が綺麗との噂。
こういうところへ行ってみたい!と思うのがワタシの常(笑)。

布目川の橋の🚥から「わんぱくどうぶつえん」が見えます、今日はお休み(笑)。
その🚥を右へ、少し走ると「布目まごころ市」という地場産市場や「桐山公民館」、
そして「布目ダム湖」が目の前です。
 
そのダム湖の前にこの神社はあります。
では、wakuwakuお参りです。
戸隠神社(山添村桐山)
  苔生す石段と(まだまだ)青もみじの景色

   
(あわてんぼうの)彼岸花一輪と小さな滝が見え、
ご神体かもしれない山からの清水が冷たく気持ち良かったです。
小さな滝の手前に、小さな仏様
  (ワタシにはどなたなのかわかりません アシカラズ)
石段の途中から綺麗な拝殿や朱色の本殿が垣間見えます
  
周りの緑のグラデーションにやがて来る秋が楽しみです
本殿を右から
  
木造の覆屋に囲まれた本殿
  
摂社は左から「秋葉神社」「杵築(きづき)神社」「春日若宮神社」。

木々の霊気をいただきながら下りますが、
目の前の布目のダム湖の安全も見守ってくれている神社なんだなぁと、
詳しい経緯はわかりませんが心落ち着く穏やかな場所でした。
  きっと紅葉も綺麗ですよ

※参考:山添村語り部のはなし「三か村縁組みご法度

さて、目的はココだけのつもりが、ダム湖を見たら心躍ります…
ほんの少しだけ周りを歩くと
  岩の並ぶミニ公園っぽいところ
よく見ると「鯉」さんも泳ぐ、何か謂れのありそうな雰囲気です
   
かなり古いのか、水の中にでもいらしたのかよくわかりませんが、
きちんとした説明書きがありましたので転書いたします…

【烏ヶ淵阿弥陀地藏二尊磨崖仏
≪村指定史跡
阿弥陀像と地蔵像を淵の中にある巨石に彫った磨崖仏で他に類例がなく、
寛政の年号と法名が刻まれています。 二尊とも像高は87cmあります。
島ヶ淵の堰を築造した故人の供養と度重なる水害を逃れるために
切りつけたと考えられます。
なお、布目ダムの建設による水没を免れるため、巨岩を切断して移築し、
ここに復元した。移転前の状態を維持するよう、池を設けて安置している。
山添村教育委員会(てんまる) ≫

荒ぶる川とダムの歴史に翻弄されつつも
村を見守り続けてくれた摩崖仏様たち かもしれませんね。

さて、帰り道の寄り道先は、また次回。
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