こんなキャンペーンがありますのでご紹介させてください。
● 薪炭が持つ魅力を発掘・見直し、世のなかに発信
●日本や世界の薪炭等の生産・流通・消費を取りまく状況を発信
●薪炭に関わるNPO・事業者・個人の皆さまの情報発信・交流をお手伝い
こんなことをキャンペーンとしてアピールしています。
なかなか充実した内容です。ご興味があれば是非ご一読ください。
日本の森林を育てる薪炭利用キャンペーン
TOPページから抜粋
そばにいると明るく、暖かく、触れるほどに近づけば熱い。
常に形を変え、色を変え、とどまることをしらない。
この上もなく便利で、この上もなく危険な「火」。
そんな火に好奇心を駆られた遠い祖先が、これを手にし、さまざまな工夫を凝らして、ついには暮らしの中に取り込んだことから、今の私たちの文化が生まれた。そういっても過言ではないでしょう。
私たちの住むこの日本では、ほんの50年前まで、暮らしの中の「火」は、森林の産物である薪や炭から得ていました。薪でお風呂を沸かし、竈でご飯を炊き、火鉢や囲炉裏を囲んで暖をとる。(中略)
私たちは、薪炭による「火のある暮らし」を提案します。
もちろん、過去を懐かしんでいるわけではありません。
国内の薪炭等の木質バイオマスを、今の時代にあった形で、暮らしの中に取り戻していくことで、家庭においては家族の絆を育み、さらには、海外の森林資源の枯渇への影響を軽減し、また、放置されている日本の森林を活用し育てることにつながる、と考えるからです。(後略)
「趣旨」の文章から抜粋
人類の文明は、140万年前に火を使用する知恵と技術を身につけたことに原点があるといわれている。薪を焚いて作られてきた火は、やがて身近な場所でも扱いやすいように、先人の知恵と技術が結晶となり、煙が出にくく軽量の燃料である炭の火へと発展した。こうした火は、地域の自然の恵みを賢く、そして持続的に利用しながら、人類の豊かな暮らしを支える良き友人として、長年多くの恵みをもたらしてくれてきた。
しかしながら人類は、火を熱源としての価値のみを切り抜いて、効率性のみを求めて化石燃料や核燃料等へと転換してきた結果、人類が培ってきた暮らしの知恵や技術は忘れ去られ、身近な自然の恵みを活かす循環も途切れさせてしまった。さらには、地球の有する次世代の資源をも収奪することで、私たちの暮らしの快適さを実現する暮らしを無意識に行うようになってしまった。
一方では、私たちが効率的な暮らしを求めるプロセスは、人類が本来持っていた豊かさを見失うプロセスにもなっていた。そもそも、私たちが身近な暮らしの中で焚くことができる火は、芯から身体を温め、炎の揺らぎが心を癒し、家族や友人との関係を和ませて、落ち着いた対話を引き立ててくれる。そして、調理の際には素材の旨味を引き出し、祭事では日本の伝統的な和の文化と神秘さを演出するなど、多彩な豊かさをもたらしてくれていた。
つまり、身近な暮らしの中で焚かれる火は、私たち人類の暮らしの豊かさを生み出す源泉であり、さらには地域社会と地球環境の安全・安心や持続性をもたらしてくれることを忘れてはならない。こうした「火のある暮らし」を改めて取り戻すことこそが、私たちが本当の意味で「人間に還る」第一歩になるのではないだろうか。(後略)
● 薪炭が持つ魅力を発掘・見直し、世のなかに発信
●日本や世界の薪炭等の生産・流通・消費を取りまく状況を発信
●薪炭に関わるNPO・事業者・個人の皆さまの情報発信・交流をお手伝い
こんなことをキャンペーンとしてアピールしています。
なかなか充実した内容です。ご興味があれば是非ご一読ください。
日本の森林を育てる薪炭利用キャンペーン
TOPページから抜粋
そばにいると明るく、暖かく、触れるほどに近づけば熱い。
常に形を変え、色を変え、とどまることをしらない。
この上もなく便利で、この上もなく危険な「火」。
そんな火に好奇心を駆られた遠い祖先が、これを手にし、さまざまな工夫を凝らして、ついには暮らしの中に取り込んだことから、今の私たちの文化が生まれた。そういっても過言ではないでしょう。
私たちの住むこの日本では、ほんの50年前まで、暮らしの中の「火」は、森林の産物である薪や炭から得ていました。薪でお風呂を沸かし、竈でご飯を炊き、火鉢や囲炉裏を囲んで暖をとる。(中略)
私たちは、薪炭による「火のある暮らし」を提案します。
もちろん、過去を懐かしんでいるわけではありません。
国内の薪炭等の木質バイオマスを、今の時代にあった形で、暮らしの中に取り戻していくことで、家庭においては家族の絆を育み、さらには、海外の森林資源の枯渇への影響を軽減し、また、放置されている日本の森林を活用し育てることにつながる、と考えるからです。(後略)
「趣旨」の文章から抜粋
人類の文明は、140万年前に火を使用する知恵と技術を身につけたことに原点があるといわれている。薪を焚いて作られてきた火は、やがて身近な場所でも扱いやすいように、先人の知恵と技術が結晶となり、煙が出にくく軽量の燃料である炭の火へと発展した。こうした火は、地域の自然の恵みを賢く、そして持続的に利用しながら、人類の豊かな暮らしを支える良き友人として、長年多くの恵みをもたらしてくれてきた。
しかしながら人類は、火を熱源としての価値のみを切り抜いて、効率性のみを求めて化石燃料や核燃料等へと転換してきた結果、人類が培ってきた暮らしの知恵や技術は忘れ去られ、身近な自然の恵みを活かす循環も途切れさせてしまった。さらには、地球の有する次世代の資源をも収奪することで、私たちの暮らしの快適さを実現する暮らしを無意識に行うようになってしまった。
一方では、私たちが効率的な暮らしを求めるプロセスは、人類が本来持っていた豊かさを見失うプロセスにもなっていた。そもそも、私たちが身近な暮らしの中で焚くことができる火は、芯から身体を温め、炎の揺らぎが心を癒し、家族や友人との関係を和ませて、落ち着いた対話を引き立ててくれる。そして、調理の際には素材の旨味を引き出し、祭事では日本の伝統的な和の文化と神秘さを演出するなど、多彩な豊かさをもたらしてくれていた。
つまり、身近な暮らしの中で焚かれる火は、私たち人類の暮らしの豊かさを生み出す源泉であり、さらには地域社会と地球環境の安全・安心や持続性をもたらしてくれることを忘れてはならない。こうした「火のある暮らし」を改めて取り戻すことこそが、私たちが本当の意味で「人間に還る」第一歩になるのではないだろうか。(後略)
お湯加減はよく覚えていませんが、長~くぼんやりと湯に浸かっていたんじゃないでしょうか。(笑)
薪で焚くお風呂はむっくりすると言いますねえ。
特に下から焚くタイプは、ガスと違って炎のゆらぎでも温度が変わるでしょうし、一定とはいきませんからいいのかもしれませんね。
私の家にはなかったのですが、よく行っていた親戚の家に五右衛門風呂があって、底板にうまく乗りながら入らないと、やけどしそうになるのがおもしろかった想い出があります。
マッチから、松明に付けてそれから小さい枝に火を付けて小学生になれば皆やっていたと思うけど、誰も事故など起こさなかったし、子どもが火遊びで火事になったこともなかったですね。各家庭、松の根っこの燃えそうな所を割り箸ぐらいに割って火を付けるために置いてありました。垣根の古くなった竹や杉の落ち葉などは立派な着火剤でした。
火の怖さやさしさを知らずに大人になるのは、おっしゃるように恐ろしい気がします。
私は消防団に入っているので、何度も火事の現場で恐ろしい光景を見ていますし、火の恐ろしさは十二分にわかっているつもりです。
その一方で火の持つやさしさに何度も慰められてもいます。
こんなことも・・・
思い起こせばもう随分前、失恋して彼女との想い出を風呂のかまどで全部燃やしたなあ。
一枚一枚の写真の思い出は炎とともに、きっぱりと(いや、たぶんかな?)、未練を断ち切ることができました。
こんな使い方はもうしたくないですけど(笑)、こういう使い道もあるということで・・・
それにしても、今の話題としては暑すぎましたね。(笑)
確かに安全かも知れませんが、火を見たことがない子どもというのも、何か恐ろしい気がしますね。
不思議ですが 古代からのヒトの記憶が 眠っているのかしら、とも思います。
無機質なものの中に囲まれて過ごしている都会の人こそ
やわらかな炎と 自分自身とを見つめる時間が欲しいものです。
不思議と頭がクールダウンしてくることと思います。
身近な所では 焚き火もいいのですが・・・暑いですね、きょうは。
風さんも火との関わりが多かったようですし、身近な体験者としての感想も教えてください。
私も家業の商売柄、ずいぶん遅くまで薪で風呂を焚いていましたし、ご飯もそうでした。
冬の火鉢は今も楽しんでいますが、若い人にとっては新しいホッとするような、そして体験者にはなつかしい落ち着く感覚なんだと思います。
この写真のように、祖父がいろりの側で奈半利川で捕れた大きなアユを炭火でじっくりと飴色に焼き上げていたのが思い出されます。