2月も最終日となりました。今日も色々あるでしょうが色々あったひと月でした。最近は毎月色々あるわけですから、来月も色々あるでしょう。そうして人生過ぎていくのでしょう。それでも当店は平々凡々営業していきたいものです。
船橋歩き、本日ご覧いただくのは海老川橋です。橋の中央には今回彷徨している「船橋」の由来を記しています。それによるとその昔、古代の英雄が東征の折にこの川を渡ることができなかた際、地元民が小舟を並べて橋の代わりとし無事に向こう岸に送り届けたこと、即ち船による橋が由来となって船橋になったといいます。
北上川や利根川、あるいは鬼怒川ならともかく、この程度の川幅も渡れない英雄ってどのような方だったのでしょう?
(船のデザイン付きの海老川 -船橋市本町 2013/01/20-)
とはいえ一寸の虫にも五分の魂、海老川は船橋の都市化に従い浸水被害が繰り返されました。河川改修が行なわれ、橋も新しくなったのは1987(昭和62)年のことです。海老川橋の脇に以前の海老川橋の写真がありましたので、今の姿と合わせてご覧下さい。
(かつての海老川橋)
(現在の海老川橋)
川幅も随分広げられたようですね。そうであるからこそ余計、この川を渡れなかった英雄が誰か知りたいものです。
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2012/02/28の一品・・・1244)きどうみち跡追伸(旧片貝町 片貝漁港)
2011/02/28の一品・・・893)私的岩手通史の旅 第70回(前九年合戦 第15幕)
2010/02/28の一品・・・658)私的岩手通史の旅 縄文時代5
2009/02/28の一品・・・459)栃木散歩 日光市(板垣退助と日光)
2008/02/28の一品・・・192)栃木散歩 那須町(3丁目の夕日?)
船橋歩き、本日ご覧いただくのは海老川橋です。橋の中央には今回彷徨している「船橋」の由来を記しています。それによるとその昔、古代の英雄が東征の折にこの川を渡ることができなかた際、地元民が小舟を並べて橋の代わりとし無事に向こう岸に送り届けたこと、即ち船による橋が由来となって船橋になったといいます。
北上川や利根川、あるいは鬼怒川ならともかく、この程度の川幅も渡れない英雄ってどのような方だったのでしょう?
(船のデザイン付きの海老川 -船橋市本町 2013/01/20-)
とはいえ一寸の虫にも五分の魂、海老川は船橋の都市化に従い浸水被害が繰り返されました。河川改修が行なわれ、橋も新しくなったのは1987(昭和62)年のことです。海老川橋の脇に以前の海老川橋の写真がありましたので、今の姿と合わせてご覧下さい。
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川幅も随分広げられたようですね。そうであるからこそ余計、この川を渡れなかった英雄が誰か知りたいものです。
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