股関節骨折の管理
N Engl J Med 2017;377:2053-2061
健康で活動的な 65 歳の女性が、転倒から数時間後に救急外来を受診した。滑って転倒してから数時間後、救急外来を受診した。右足に体重をかけることができず、動こうとすると痛みがあるという。検査では、右脚は短縮し、外旋している。骨盤と股関節の単純 X 線写真で、大腿骨頚部の転位をともなわない骨折 (nondisposed fracture) が確認された。レントゲン写真を注意深く検討した結果、彼女の骨折は大腿骨頸部 (femoral neck) の基部に位置し(頸基部骨折 [basicervical fracture] と呼ばれることもある)、骨折線はどちらかと言えば垂直方向であることが判明した。本症例はどのように どのように対処すべきだろう?
臨床上のポイント
急性股関節骨折
・股関節骨折 (hip fracture)(解剖学的部位により大腿骨頚部骨折 [femoral neck fracture]、転子部骨折 [intertrochanteric fracture]、転子下骨折 [subtrochanteric fracture] に分類される)は、QOL と機能に壊滅的な影響を及ぼし、1 年後の死亡リスクが高い。
・大腿骨頸部骨折は、非転位型 (nondisplased) または若年患者の場合、一般的に内固定術 (internal fixation) で治療される。
・大腿骨頸部基部の骨折(頸基部骨折と呼ばれることもある)、転位骨折、および骨折線が垂直方向にある骨折では、複数の海綿骨スクリュー (cancellous screws) を使用する場合よりも、スライディングヒップスクリュー (sliding hip screw) を使用する場合の方が再手術率は低い。
海綿骨スクリューとスライディングヒップスクリュー
https://naruoseikei.com/blog/2025/03/hipfx-CHS-CCS.html
・大腿骨頚部転位骨折に対するアプローチは依然として議論の的であるが、現在のところ、特に 65 歳以上の患者では、内固定術よりも人工関節置換術が有利であるというエビデンスがある。
・不安定な大腿骨転子部骨折や大腿骨転子下骨折は髄内釘 (intramedullar nails) を用いて治療されるが、これらのタイプの安定した骨折は、一般的にスライディングヒップスクリューを用いて治療される。
・周術期の集学的治療は、骨粗鬆症の評価と治療、および術後の機能的可動性に関して重要である。
世界全体では、毎年 450 万人が股関節骨折 (hip fracture) により障害を負っており、今後 40 年間で、この障害を持つ人は 2,100 万人に増加すると予想されている。世界的に、股関節骨折は障害の原因のトップ 10 にランクされており、2040 年までに、年間の医療費は米国で 98 億ドル、カナダで 6 億 5,000 万ドルに達すると推定されている。しかし、世界人口の 4 分の 3 がアジアに居住していることから、今後数年間はアジア諸国が股関節骨折の増加に貢献すると予測されている。股関節骨折は、股関節包との関係から解剖学的に、股関節包内骨折 (intra-capsular fracture)(すなわち、大腿骨頸部骨折)または股関節包外骨折 (extracapsular fracture)(すなわち、転子部骨折または転子下骨折)に分類される(図 1 および 2)。
図 1. 骨折部位に基づく股関節骨折の分類
図 2. さまざまな股関節骨折の単純 X 線写真
転子部骨折と大腿骨頚部骨折は股関節骨折の大部分を占め、発生頻度も同程度である。大腿骨頸部骨折には、非転位型 (nondisplaced)(骨折部位の離開がほとんどないもの、大腿骨頸部骨折の約 3 分の 1 にみられる)と転位型 (displaced)(離開が大きいもの)がある。慣例により、大腿骨頚部の骨折はさらに、非転位骨折または嵌入骨折 (impacted fracture, 折れた骨の先端がもう一方の折れた骨の先端にはまり込んでいる骨折のこと) のパターンを示す Garden type I または II と、転位骨折のパターンを示す Garden type III または IV に分類することができる。大腿骨頸部より下の骨折は転子部骨折、小転子 (lesser trochanter) より (5 cm) 下の骨折は転子下骨折と呼ばれる(図 1)。股関節骨折を放置しておくと、その自然経過 (natural history) は悲惨なものとなる。股関節骨折をした患者は、心血管系、肺、血栓性、感染性、出血性の合併症を起こすリスクがある。これらの合併症は死に至ることもある。したがって、股関節骨折に対するタイムリーな手術は、現在でも治療の柱である。しかし、手術後の機能低下や QOL の低下は多い。股関節骨折手術後 1 ヵ月以内の死亡率は 10%に近い。さらに、30 日まで生存した患者には、身体障害のかなりのリスクがある。股関節骨折前に地域生活をしていた患者でも、股関節骨折 1 年後には 11%が寝たきりになり、16%が介護施設に入所し、80%が歩行補助具を使用している。手術やリハビリを含む積極的な管理にもかかわらず、股関節骨折後 1 年以内の死亡率は 36%と高い。この死亡率は、急性心筋梗塞など他の原因による死亡率が低下しているのとは対照的に、長期にわたって比較的安定している。最初の股関節骨折手術後の再手術のリスクが 10~49%と許容できないほど高いことから、エビデンスに基づいた管理戦略を明らかにすることを目的とした研究が盛んに行われている。
戦略とエビデンス
エビデンスに基づいた股関節骨折の管理には、手術の選択肢と周術期のケアが含まれる(図 3)。観察研究では、股関節骨折患者の短期および中期死亡の危険因子として、高齢、男性であること、社会経済的困窮、併存疾患、認知症、介護施設入所者などが挙げられている。残念ながら、ほとんどの危険因子は修正不可能である。
手術管理
外科医は急性股関節骨折患者の治療において 3 つの大きな決断に迫られる。患者の健康状態を考えると、手術は選択肢となり得るか?もし手術を行うなら、骨折の解剖学的な位置、変位の程度、患者の生理学的状態を考慮した上で、どのくらい手術を急ぐのか?そして、どのような種類の手術が必要なのか?患者の健康状態が術中死亡のリスクが高いか、手術治療へのアクセスが困難な場合を除き、ほとんどの股関節骨折には手術治療が推奨される。ある単一施設のレトロスペクティブ研究では、非手術的治療を受けた股関節骨折患者の 1 年後の死亡リスクは手術を受けた患者のリスクの 4 倍、2 年後の死亡リスクは 3 倍であった。別のレトロスペクティブ研究では、ベッド上安静を伴う非手術的治療を受けた患者の 30 日後の死亡リスクは、早期リハビリテーションを受けた患者の 3.8 倍(絶対リスク 73%)であった。手術を受けた患者と非手術的治療を受けたが早期にリハビリテーションが開始された患者で死亡率に有意差がなかったという観察結果は、手術を受けるには病状が悪すぎる患者の早期リハビリテーションを支持するものである。
手術までの期間
ガイドラインでは、股関節骨折の手術は発症後 48 時間以内に行うことを推奨している。この推奨は、手術までの時間が短いほど患者の転帰が改善することを示唆する観察研究に基づいている。さらに、急性股関節骨折に伴う疼痛、出血、不動が、炎症、凝固亢進、異化を引き起こすことを示す生理学的データも早期手術を勧める根拠となっている。最近のエビデンスによると、入院から手術までの時間を 6 時間未満に短縮することは、6 時間以上経ってから手術する場合と比べて 30 日後の術後合併症の発生率が減少することが示唆されている。観察研究(4,208 人の患者および 721 人の死亡を含む)のメタアナリシスにおいて、米国麻酔科学会スコア(患者の手術に対する適合性の指標)、年齢、および性別で調整したところ、早期の手術(入院後 24 時間以下)は、遅期の手術よりも有意に死亡率の低下と関連していた(相対リスク、0.81;95%信頼区間 [confidence interval: CI], 0.68~0.96;P = 0.01)。未調整の解析では、早期の手術は院内肺炎のリスク低下とも関連していた。しかし、これらの研究における重要な交絡因子は、入院時に病状の悪い患者(したがって、手術とは無関係に死亡する可能性が高い)では手術が遅れる(あるいはまったく行われない)可能性が高いということである。
60 人の患者を対象とした小規模無作為化パイロット試験(Hip Fracture Accelerated Surgical Treatment and Care Track [HIP ATTACK], ClinicalTrials.gov number, NCT01344343)において、周術期の主要合併症の発生率は股関節骨折の早期手術(入院後 6 時間以下)では 30%、標準治療では 47%であった(ハザード比、0.60;95%CI, 0.26~1.39;P=0.20)。股関節骨折の早期手術(6 時間以下)と後期手術の大規模な国際試験が現在進行中である(NCT02027896)。
大腿骨頚部骨折
大腿骨頚部骨折に対する手術の選択肢には、内固定術(すなわち、複数の海綿骨スクリュー、または 1 本の太いスクリューとサイドプレート [スライディングヒップスクリューと呼ばれることもある] による固定)、人工関節置換術 (arthroplasty) (半関節形成術 [hemiarthroplasty] または人工股関節全置換術 [total hip arthroplasty])がある (図 4)。
図 4. 大腿骨頚部骨折手術のインプラントの種類
半関節形成術では、大腿骨近位部に金属製の人工関節を挿入するのに対し、人工股関節全置換術では、大腿骨に金属製の人工関節を挿入し、さらに寛骨臼コンポーネント (acetabular compornent) を追加する。インプラントの選択は、変位の程度と患者の生理的状態に大きく左右される。骨折の変位の程度が大きいと、大腿骨頭への重要な血液供給が途絶える危険性が高くなる。この血液供給は、主に内側大腿回旋動脈 (medial circumflex femoral artery) の分枝である外側大腿回旋動脈 (lateral circumflex femoral artery) から供給されている (図 1)。関節包内の骨折からの出血は静脈を圧排することでタンポナーデ効果をもたらし、大腿骨頭の微小血管にも影響を及ぼす可能性がある。血液供給が損なわれると、大腿骨頭壊死や骨折の癒合不全につながる。手術を行うかどうかの判断は、骨折の整復、安定したインプラント固定、および関節内圧減圧のための関節包切開により、大腿骨頭への血液供給を回復させられるかどうかを考えなければならない。非転位型骨折(Garden I 型または II 型)の患者には、内固定が選択すべき治療法である。患者の年齢に関係なく、小規模の無作為化試験では、複数の海綿骨スクリューによる内固定後と、スライディングヒップスクリューによる内固定後の転帰はほぼ同じであることが示されている。最近の大規模試験(Fixation Alternatives in the Treatment of Hip Fractures [FAITH])では、大腿骨頸部骨折患者 1,079 人(非転位骨折 729 人、転位骨折 350 人)を、複数の海綿骨スクリューを用いる群とスライディングヒップスクリューを用いる群に無作為に割り付けたところ、2 年間の再手術リスクに群間で有意差は認められなかった(17.5% v.s. 17.4%;相対リスク、1.04;95%CI, 0.72~1.50)。しかし、サブグループ解析によると、骨折が転位していたり、大腿骨頸部の基部に位置していたり、骨折線が垂直方向である場合には、スライディングヒップスクリューを使用した方が予後が改善することが示唆された。これらの骨折タイプを含む実験 (laboratory testing) では、スライディングヒップスクリューの方が大腿骨頚部骨折に対する忍容性が高いことが示されている。一般に、65 歳以上の低エネルギー骨折または脆弱型骨折を有する患者の大腿骨頸部転位骨折の管理には、内固定術よりも人工関節置換術が望ましい。65 歳以上の患者におけるこれらの外科的アプローチを比較した 14 件の無作為化試験(1,907 人の患者が参加)のメタアナリシスによると、 人工関節置換術は、内固定術よりも再手術のリスクが低いことが示された(相対リスク、0.23;95%CI, 0.13~0.42)。内固定術群の再手術率は 10.0~48.8%であり、多くの場合、骨折の癒合不全(患者の 18.5%)または血管壊死(9.7%)が原因であった。半関節形成術と人工股関節全置換術はそれぞれ、内固定術よりも術後 1 年以内の機能的転帰と QOL が良好であった。100 人の患者を対象とした無作為化試験の長期追跡調査から、Harris Hip Score で測定した 17 年後の股関節機能は、人工股関節全置換術後の方が内固定術よりも良好であることが示された。しかし、人工関節置換術には欠点もある。メタアナリシスでは、人工股関節全置換術は内固定術よりも感染リスクが高いことが示された(相対リスク、1.81;95%CI, 1.16~2.85)。脱臼も関節形成術後に起こる可能性がある。関節形成術を行う場合、どのインプラント(人工股関節全置換術または半関節形成術)が望ましいかについてのコンセンサスは得られていない。1,890人の患者を含む 14 件の試験についてのメタアナリシスでは、人工股関節全置換術後の再手術のリスクは半置換術後よりも低いことが示された(相対リスク、0.57;95%CI, 0.34~0.96)。しかし、この効果は主に、治療割り付けに関する情報を隠蔽しなかった試験によってもたらされた。12~48 ヵ月の追跡期間後の股関節機能の評価でも半関節形成術よりも人工股関節全置換術の方が一貫して良好であった。しかし 脱臼のリスクは、人工股関節全置換術後の方が半置換術後よりも高かった(9% v.s. 3%;相対リスク、2.53;95%CI, 1.05~6.10)。大腿骨頚部転位骨折患者 1,500 人を対象に、人工股関節全置換術と半置換術を比較する大規模無作為化試験が現在進行中である (HEALTH)。あまり行われないが、大腿骨頚部転位骨折に対する内固定術は、侵襲性が低いこと、 感染のリスクが低いこと (前述の通り)、他の選択肢を提示された場合に多くの患者に好まれることなど、いくつかの利点がある。高エネルギー外傷(自動車事故によるものなど)で股関節骨折を起こした若年患者は、人工関節置換術のインプラントが 20 年以上持つ可能性は低いことから、転位の有無に関係なく、内固定術で治療するのが一般的である。大腿骨頚部転位骨折に内固定術を用いる際の重要な要因は、スクリューやプレートを挿入する前に骨折を正確に整復することである。不十分な骨折整復は、その後の固定不全の危険因子である。転子部骨折は、大腿骨頭への血液供給が保たれることが多いので、主にスライディングヒップスクリューまたは髄内釘による内固定によって管理される。これらのインプラントを比較した無作為化試験では、安定と判断された骨折については機能的転帰に有意差は認められなかったが、股関節スライディングスクリューは髄内釘よりも費用対効果が高かった。
不安定骨折 (すなわち、後内側に大きな骨折片がある骨折) や骨折線が逆斜め (reverseoblique) の骨折は、一般的に髄内釘で管理される。8 件の無作為化試験(合計 1,322 人の患者を含む)のメタアナリシスでは、髄内釘の使用による可動性の改善が示されている。
転子下骨折
転子下骨折は股関節骨折の中で最も頻度の低い骨折であるが骨折片が不安定であるため固定術の失敗率は 35%にも上ると報告されている。まれにみられる転子下骨折(いわゆる非定型大腿骨骨折)は、ビスフォスフォネート製剤 (bisphosphonate) の長期使用と関連しており、新しい骨吸収抑制薬 (antiresorptive agent) を服用している患者にも起こることが報告されている。転子下骨折患者 232 人を対象としたメタアナリシスでは、髄内釘の使用は、髄外プレートやスクリューの使用よりも、再手術や非結合 (nonunion) の発生率が有意に低かった。髄内釘を使用した患者と髄外プレートおよびスクリューを使用した患者では、1 年後の死亡率および全機能は同程度であっ たが、髄内釘は、転子下骨折および非定型大腿骨骨折変形の高齢患者の大半の治療における標準となっている。
周術期ケア
老年病棟における包括的で学際的なケアは、整形外科病棟における通常のケアと比較して、運動能力、日常生活動作、および QOL を有意に改善することが示されている。積極的かつ早期のモビライゼーションが強く推奨されるが、股関節骨折のリハビリテーション後、運動障害は数ヵ月間持続する可能性がある。ケアには静脈血栓予防と抗菌薬による感染予防、骨粗鬆症の評価と治療も含まれる。骨粗鬆症は股関節骨折患者によくみられ、治療が十分でないことが多い。骨折後にはカルシウムとビタミン D の補給が日常的に推奨され、骨密度評価のための二重エネルギー X 線吸収測定 (dual-energy x-ray absorptiometry) も推奨される。骨折後のビスフォスフォネート製剤の投与は、その後の骨折のリスクを減少させるために、骨折後速やかに開始することが推奨される。ビスフォスフォネート製剤の投与は骨折治癒に対して悪影響を与えない。
不確実な領域
受傷後迅速に手術を行うことが主要な手術転帰に影響するかどうかは不明である。現在進行中の HIP ATTACK 試験では、死亡と重篤な周術期合併症の複合転帰に関して、早期医療クリアランス(来院後 6 時間以内に股関節骨折の手術を開始することを目標)と標準治療を比較している。データは限られているが、大腿骨頚部転位骨折に対する人工股関節全置換術と半置換術の選択の指針を得るための無作為化試験(HEALTH 試験)、および 60 歳以下の患者における大腿骨頚部骨折の管理の指針を得るための無作為化試験が進行中である(FAITH-2試験;NCT01908751)。
ガイドライン
National Institutes of Health and Care Excellence、American Academy of Orthopaedic Surgeons、National Hip Fracture Model of Care and Toolkit など、いくつかの団体が股関節骨折の手術治療に関するガイドラインを発表している。心臓リスクの術前評価に関連するガイドラインは、カナダ心臓血管学会から発表されている。本稿の推奨は、これらのガイドラインと概ね一致している。
結論と提言
この女性の大腿骨頸部骨折は、非転位型である。他の非転位型大腿骨骨折と同様、この骨折は内固定術で管理するのが最善である。以前から活動的な生活習慣があり、健康状態も良好であることから、この手術のよい候補者である。大腿骨頚部の基部に骨折があり、骨折線が垂直方向であるため、スライディングヒップスクリューの使用を推奨する。手術は遅らせるべきではない。手術を早めた患者の転帰がより良いことを示した研究や、迅速な手術とそうでない手術の転帰を比較したランダム化試験の結果が待たれていることから、可能であれば同日中に手術を行うことを勧めたい。患者の周術期ケアには、老年病専門医、理学療法士、作業療法士を含む集学的アプローチが推奨され、機能回復、日常生活動作、その後の骨折のリスクを軽減するための骨粗鬆症の適切な評価と治療に重点を置く。
元論文
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMcp1611090?url_ver=Z39.88-2003