りりあんのめーぷるしろっぷ

季節感あふれる身辺雑記。

大聖堂のある町

2006-01-25 | Weblog
映画「リトルダンサー」の舞台になったダーラムという町には、親しくしていた友人が住んでいたので、一度訪ねたことがあります。
ダーラムは、スコットランドとの境界に近いイングランド北西部にある中世の面影を色濃く残す町です。町の中央にウィアー川が流れ、町を見下ろす高台に大聖堂が建っています。このダーラム大聖堂は建立が1132年、13世紀に一部改修されて現在に至るノルマン・ロマネスク様式の美しい聖堂で、1986年に世界遺産に登録されています。薔薇窓といわれる円形のステンドグラスが目を引く、この大聖堂の内部は、映画「ハリーポッターと賢者の石」の魔術学校の授業の場面で撮影に使われたそうです(映画は見たのに気づかなかった・・・汗)。

ロンドンにチェルシーという地域があります。パンク発祥の地キングス・ストリートに近い、昔から芸術家や知識人が住んでいる場所でした。古くは『ユートピア』を書いたトマス・モアもここに住んでいたそうです。チェルシー在住の某氏のブログを最近、読んでいたら、下の部屋から毎晩、音楽が聞こえてくる話が出てきました。その部屋の住人がどういう人かはわかりませんが、アルファベットのAで始まる題名の曲を次々に流し、Aの次はBとアルファベット順に夜毎のコンサートが始まるそうです。今はFかGくらいまで進んでいるのかな。最後のzまでいくのかしら。世の中には面白い人がいますね。

その昔、ロンドンに住んでいた頃、友人の部屋の下に住んでいた女性二人の話題で盛り上がったことがありました。彼女たちの一人は夫と離婚し、もう一人は未婚の女性。離婚した女性には小さな女の子がいて、フラットに三人で暮らしていましたが、上の友人の部屋に聞こえるくらいに派手なけんかを始終していたそうです。ある日、あまりにも言い争う声が凄まじいので、友人が様子を見に行くと、心配していた刃傷沙汰の気配はなく、彼女たちが大声を出した言い訳をするあいだ、友人がふと開いていたバスルームのドアの奥を見ると、「それがさ、羽枕の羽根がバスルーム中に散らばっているんだ。ぎょっとしたよ」その話を4、5人で聞いていたでしょうか。羽根が散乱していた理由をああでもない、こうでもないと暇にあかせて、妄想をふくらましたのでした。もちろん、妄想ですから、とっても刺激的な方向に暴走したわけで・・・。


いまごろ鏡開き?

2006-01-22 | Weblog
昨日は深夜、映画『リトルダンサー』を見ながら、小豆をことこと煮ました。年末に関東在住の友人が有機栽培農家からじかに購入している野菜とお餅を送ってくれたのです(感謝)が、三が日にお雑煮やきなこ餅を食べただけで、まだお餅が残っていたので、遅ればせながら鏡開きもどきに、ぜんざいを作りました。
少し前に地元の新聞に「団塊ジュニア どう生きる」という記事がありました。記事でとりあげていたのは、30代になったばかりのご夫婦です。長崎の五島列島に移住し、夫婦で有機・無農薬の農業を営みはじめて5年になるそうです。二人が知り合ったのは北海道の畜産大学。食品関係の大企業や官公庁への就職をめざす学友とは違って、二人は「自分たちで食べる物を自分たちで作る暮らし」を理想としていたそうです。ご主人のほうは、小・中学のころ、サラリーマンの父親が米や野菜作りをするのを手伝ううちに土に触れ、作物を作ることが好きになり、中学時代に学校で進路希望を「農業」と書いたところ、担任に「ふざけるな」と怒られ、「自由に生きなさい」と高校教師の父親に教えられてきた奥さまのほうも、高校時代に希望進路を「農業」と書いて、先生やクラスメートに笑われたそうです。
私から見ると、夢を着実に現実に変えている若い二人の生き方は清々しいと思うのですが、突出して人数の多い団塊ジュニアのこの奥さまの「人の数ほど価値観は多くないみたい」という言葉は、重く響きました。
そういえば、団塊世代ど真ん中の私は「お前たちは墓場に入るまで競争だ」とか「2、3歳年上の男と結婚するとしたら、男一人に女がトラック一台分だ」と高校時代の担任教師に競争をあおられたなぁ。大学の学部も多様になり、情報化がこれほど進んでいても、価値観の多様化にはつながっていないのでしょうか。
『リトルダンサー』を見るのは2回目でしたが、最初に見た時は途中からだったせいもあって、最後に登場するスワンに扮したアダム・クーパーがなんといっても印象に残っていましたが、今回は家族や周囲の大人がダンスの才能のある男の子の夢をなんとか叶えさせようとそれぞれの立場でバックアップする姿にうるうるしました。若い世代の夢が自分の価値観から外れているからといって、怒ったり笑ったりするのではなく、しばらく見守るくらいの余裕がもっと大勢の大人にあれば、少し世の中の風通しがよくなるのでは、と思ったりしました。
甘さひかえめのぜんざいは無事に出来上がりましたが、鍋いっぱいのぜんざいをどうやって胃袋におさめよう・・・高校の担任に脅されたとおりトラックから降りることなく来てしまったので、作るのはいいのですが、消費するのがたいへん。かといって、料理を作る時に少量は作れないんですよね。なんだか美味しくない気がして。ふう・・・。