肝炎Sabavian:風になる日記

《優 し く 吹 く 風 に な る》
やさしく吹く、そよ風のような人になるために・・

少し体調がよくなったかな

2010年04月21日 | Weblog

昨夜は久しぶりに眠ることが出来た一夜でした。

薬が効いたのか睡眠を欲する脳がそうさせたのかはわからないけど、

とにかく眠った感があるのは間違いないね。


まぁ何日間も一睡もできなければセキなど関係なく眠ることができちゃうの

かもしれないけどさ。とにかく眠ったと思える朝でした。


セキはまだでるけど、何日か前よりはだいぶ良くなっているかんじのセキだ。

このまま良い状態へいってくれたらうれしいのだけどねぇ。期待しちゃうよ。


今も睡魔と闘いながら仕事をしているけど、なにしろ間違えてはいけない

ところの仕事なので、すごく集中しなければならないし、見直しもいつもより丁寧

にしなきゃならない。あとで間違えを探すのは大変だからさ。


薬を変えたと娘に話をしたら、ブログ見たから知ってるって。ウヒョー!

しっかりチェックしているのね。。今娘も忙しく、運動会の練習や部活の勧誘を

することに追われているようです。結構体験入部する子の数が多いらしく、

うまくいけば大所帯になるのでしょう。増えたら増えたでまとめるのも難しい。

まぁ、部長としてがんばってもらいたいところですねぇ。


介護の現実

2010年04月21日 | Weblog
介護がどれだけの愛情と労力を必要とするのか、

私は経験がないので知ることはできない。


しかし容易に大変さを想像することはできる。


いかに愛情があったとしても、時に重くのしかかり、精神的にも

肉体的にも時間的にも疲労を伴うのだろう。


血がつながっている方の介護と、仕事としてする介護の違いは大きいはずだ。

自分の言動に対するフォローができるかどうか、

もちろん相手に対しても自分に対してもだ。


人と人が接することの難しさを、介護のたびに思い知る。

身内であればちょっとした通じ合いでフォローされる。

身内でないと、だれがいつフォローをしてくれるのか??

もちろん他人相手でも通じることがあるだろうが、それが何かにつながるとは思えない。


前に『洛陽』という介護をする家族を描いた本を読んだことがあるが、そこには

生々しい現実が表現されていたことを思い出す。確か読み終えた時、うーーーん、と

うなるしかなかったことが記憶されている。



介護は人を癒す。しかしそれは誰かの心を踏みつけて生まれる癒しなのかもしれない。

言葉は悪いが現実はそうだと思うんだ。



仕事として頑張る介護にはやはり限界があって、それを越えると個人が耐え忍ぶしか

手段はないのかもしれない。介護制度は介護される側だけでなく、

する側の立場にも視点を向けて包括的に考えられるべきなんだろう。