光のかけ橋

心と癒しの世界

無心で見て聞く

2008-02-24 19:18:21 | Weblog
道元に「聞くままに、また心なき身にしあらば、己れなりけりの軒の玉水」と言う歌があります。
自己を忘れて、無心に聞く時、軒の玉水がそのままで自己であったと言うのです。

芭蕉が松島を見たとき、「松島や あ、松島や松島や」
松島以外の言葉がでていませんでした。

「花は紅、柳は緑」といいます。きのうなずなの花を見、柳の木を見ていたのですが、
きょうは全然違って見えたというのです。

白秋は「ばらの木にばらの花咲く何事の不思議なけれど」
歌っています。

「尋常一様窓の月、僅かに梅花あってまた同じからず」と言う句がある見たいですが、
いつも見ている窓辺の月に変わりはないけれど、きょうは梅一輪の匂いのために、
同じ月が、まったく違って見えるみたいです。

自己を忘れて、無心になずなの花を見て、軒の雨ざれを聞いて、自己がそのものになった。
花や軒のあまざれになりきる三昧のとき自己を悟られされると思います。

心も妄念とかある間は見るものも歪んで写ります。
人の心も同じようで、風がふいて波が立つとそこに写っている対象物もぐにゃぐにゃに揺れると思います。

妄念や雑念に支配されなくなるとちょうど、
月が湖面に映し出されるように空にもお月さんが浮かんでいるように心そのものだけが現れてくると思います。、

本当の自分をはっきりとつかめないとしてもうっすらぼんやりとかいま見る事ができるかもしれません。
道元や芭蕉のように無心で見て聞く極致になってみたいものです。

思いと行いの大切さ

2008-02-13 12:44:32 | Weblog
まず健康には日頃の思いや行いが大切かと思います。

深層意識の内部には日頃溜めつづけたネガティブなもの(恐怖、悲しみ、不安、怒り、)あまりお目に関りたくないドロドロしているものをいっぱい積め込んでいます。

このネガティブなものをいっぱい積め込んでる者は疲れやすいと言われています。なんにもしなくても疲れやすいですし、または原因不明の病気とかあるいは自律神経に影響を及ぼし(心身の不調)誤魔化して生きていかないといけなくなると思います。

この深層意識の積め込んでいるネガティブなものを意識上に開放してあげて、ほったらかしにしておけば心の掃除にもなりますし心が澄んできます。例えば炭酸の入った瓶の蓋を取ったらいっぱい泡が出てきて、出っ放しにしておけば泡もなくなりだんだん弱いあぶくのようになり全て出尽くしてしまえば波のたたない湖面のように穏やかになります。

この深層意識(無意識)いわれるものを意識上にあげるのはなかなか至難の技だと思います。

自分の体験上、瞑想(他のワーク)とかしていて機が熟したなら想念体に亀裂が入り(見性、悟り)とかいわれている事が起り深層意識から今まで生きて来て、集めたものが意識上の表れてきます。

これは自分と向き合わないといけないから辛い体験だと思います。

昔、ある師匠が催眠とかは暗示で押し込むからあまり良くないから瞑想とか開放した方が良いと言われました。

この説明は日々の思いと行いの正しさを書きましたけど、病気治しに瞑想、座禅をすれば外道の道になりますし瞑想、座禅とか(座り)修業していればおのずと表れ消えて行くものだと思いますから瞑想、座禅の本道目的にそって、行うようにしてください。

自分の体験、言葉は少しでも病気や心の世界の一面を知って貰いたかったからあえて、タブーだったものをあえて書きました。
これから先、学をもった者が研究されて解明できたらきっと幸せになれるのだと思います。



クンダリニー開発のもつ危険性

2008-02-08 23:03:18 | Weblog
クンダリニー開発のもつ危険性は充分認識しないといけないし
生半可な初学者が独学で実修できるようなものではありません。

◆修業を積んだ経験深い師匠からの明確な指示がない限りこのおそるべき蛇の火の実修を行なうべきではないとされています。

◆宗教(心霊力、超能力)などに興味を持ちクンダリニーを覚醒させようとある種の行法を取り組むことは非常に危険です。

◆必ず修業を積んだ経験深い導師とかに相談することを進めます。

◆なんだかの偶然によりクンダリニーを目覚めさせてしまったなら経験深い師匠に必ず相談してください。

◆この恐るべき蛇の火が目覚めて、コントロールできずに肉体的苦痛や身体組織を損傷し生命さえ奪うこともあるそうです。

◆クンダリニーをおろすことに失敗して高熱を発したまま死んでいった者も随分いると言われていますからヨガの導師や経験豊かな人に指導を受けるようにしてください。

◆このクンダリニー覚醒をした秘伝者は日本いや世界でもごくわずかだと言われていますが、それは世襲的要素が難しく、精神的、肉体的に資質が関係するように思いますし経験深い師匠がなかなかいないのが実情だと思います。
クンダリニー覚醒体験者で、本山博と言う経験深く修業を積んだ巨匠がいますが、必ずそのような経験豊富な修業者に相談する事を進めます。

◆生半可な初学者が(心霊力.超能力)を求めて、修業して摂り返しのつかない事にもなりかねません。

◆修業者は自我を滅して、心の進化させるトレーニングを怠らずに人格者になるように努めなくてはならないと師匠に言われた事があります。

◆自己を練磨して純粋意識を達成するようにせず心霊力、超能力を求める事は非常に危険ばかりか摂り返しのつかない事態が必ず発生するから修業を積んだ経験深い導師、師匠にご指導してもらえるようにしてください。

◆クンダリニー覚醒が起って、如来とか菩薩の再来だと勘違いをし自分を優越感に浸れば本道を踏み外す事にもなりかねません。

◆クンダリニー覚醒は悟りの第一歩だと自分を戒め次のステップに進むように心がけてください。