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きっこ の つぶやき

美容心理学を追求し続ける職につく日々
Sence Up Club 代表

きっこの軌跡(7) ~ひらめきと気分転換~

2006年04月06日 11時25分17秒 | きっこの軌跡
 
 きっこのこころは、晴れの日が消え・・・・・言葉でどんだけ、謝って貰っても、過去の時間には、戻れない。・・・あの時の、仲間の 励ましも 慰めも ・・・・・ 逆に 辛かった・・・きっこの心 そう、グチャグチャのバラバラになった、きっこの心は、工事中・・・イヤ・・・まだ工事も出来ず、
って叫んでたんだ

~そんな、死んだ人みたいに、病院のベッドにいた 私のところへ、毎日毎日・・・明けても暮れても。。。毎日毎日・・・来てくれていたのが、高一の時 同じクラスになって、私から話かけて行って友達になった~たまちゃん~、いっつも
バカ笑いし続けて、先生からも 2人笑ってるだけやのに、「コラー松岡校舎が揺れる!!!わらうなぁ~」って無理なお叱りうけたもんだ^^怒鳴る時、決まって、たまちゃんの名前は出ない必ず「松岡!!」って怒鳴られてたxxxxxxx

 その、たまちゃんが、「毎日こんでも、ええよ」って言う、私の裏の・・・{さびしいよ~xxxxxxx」の叫び、聞こえたみたいに、毎日毎日・・・きてくれたんだ。 たまちゃんは きっこ高2の時の盲腸手術の時も、およげたいやきくん
のように、毎日毎日 来てくれた。~本当に感謝してるありがとね 今も 変わらず 大親友
 ~何も語らずとも、そばに いるだけで ホッとするそんな仲間が大事で やっぱり 人は 1人ぼっちでは いきていけないと きっこは 実感したのです。 支え合う、本当の仲間達

  半年が過ぎ、家に帰った私は、バイクには、
2度と乗らないと決心していた
 きっこは よっしゃ
重い腰をあげました。
  
 には いたくない。そやの免許取ろう
仕事の復帰もあるから、短期間で手ごろな値段の合宿教習やぁ

免許に 誘ったのが、Y子
「えぇ~今の暮らしには、必要ないがなぁぁぁぁぁ いやや いかへんって」 と言う Y子に 当時なぜか くいさがった私・・・・・「行こうやぁ~この先、取ってて、損ないってぇ~行こう なぁ行こう」って、アハハッ

 シツコカッタナァ 私~単純に 一人がいややっただけやったんやけど
今、そのY子の方が、重宝してて、「あん時、誘ってくれてたおかげで、助かるわぁ~ワッハッハッハ」
と、Y子ここにあり

結果オ~ライ
彼女も高校の時からの、大親友

 そして、京都は、宮津・・・天野橋立あたりまで、2人、合宿教習の旅の・・・これまた、すごい・・・珍道中。。。19歳の修行に行きました。

私ら、~休みには、帰りたいし、近くに行こう
~で、京都にしたのに、乗っても
乗っても、しまいにわ、無人電車に遭遇し 
ヒェ~・・・!!!どうやって乗るんやどうやって降りるねぇん

エッなんでキップ売り場ないね~んゼィハァゼィハァ・・・・・やっとの思いで、着いて・・・・・「京都ってすっげぇ~ひろいやぁんこりゃ・・・終わるまで、帰れんなぁ・・・」って 2人 ボヤキつつ・・・・・ぐったり眠りに着いたのを 覚えている・・・・・でも、どこまでも遠く広がる 真っ青な海
緑一杯の山々
晴れ渡る青空に おいしそうにフワフワ浮かぶ 白い雲達が、私達に
 
~ようこそ いらっしゃいませ~って微笑んだ そんな気がした きっこです^^ 

‘辛いは半年 忘れるが半年‘ 1年かければ、リセット 
出来る・・・・・そう心に誓った、19の10代最後の、試練を 乗り越えようと 必死なきっこが そこに いたんだ。・・・とさ・・・つづく

きっこの軌跡(6) ~まさかの二度と逢えぬ運命とは~

2006年04月06日 01時45分01秒 | きっこの軌跡

~まさかの、ダイドンデン返し~  山あり谷あり・・・登るのもいっきなら、落ちるのって、もっといっき!!!きっこの第一の~谷底の道~


 楽しくて、楽しくて、きっこらしく、過ごせたのは、19歳 2月半ばまでだった。

わたしは、3回目の舞台で、なんとまた主演
が決まっていた  台本も貰い、2度程、セリフ合わせの稽古もして、もちろん、天野先生の脚本で、演出に舞台監督の舞台主演だった。

NACの中でも、注目されつつある、大事な時期だった。 その時私は、{よっしゃ
この道で、やっていくぞ きっこは、ずっと天野先生について行く 表現する事、演じる事、注目される事、すべて、私らしい}って思ってた。

当時、私は、某化粧品会社で、パートで働いていた。
NACを続けたかったから、社員は、無理だった。 本当は、大学へ行きたかったが、「大学?自分で行くなら、行け」と、親に言われ、もう、これ以上は、無理と考え
、大学は、断念し、化粧品会社にパート就職をした

そして、きっこ19才 2月半ばの ある朝、1号線の信号が赤で、すこーし後ろで バイク(原付き)に乗って、信号待ちしてた。ヘルメットはいらない時代だった。
 
青になったあわてて、発進した その直後、青で、直進優先なのに、右折車を入れてあげたみたいで、
私は、その 右折車にドッカーン 跳ね飛ばされました。

そこから・・・・・ドンドン 私の人生の はぐるまが、狂いはじめました。

その日から2週間 意識不明の重体となり、友達、皆、きっこは、「植物人間か?」 はたまた 「死ぬんちゃうか?」 そんな、噂で、もちきりだったそうです・・・・・

そして、その事故をきっかけに、主演舞台の降板、そして、NACをやめる事となった きっこだったのです。

何よりも、一番、私の復帰を 心待ちにしてくれていた、天野先生に、
お世話になりました。」たった、その 一言の電話が、出来ませんでした・・・・・先生の声を聞くと、逢いたくなるし、復帰したくなるに決まってるから・・・・・あえて、避けていた、そう わざと、電話 しなかった。
 
そして 今 会いたいと思っても、もういない・・・きっと、天国から
  ~きっこきっこスマイルや きっこ きっこは、本間におもろいなぁ~  きっこ まだまだこれからや 頑張れ
 きっこなら やれる~  そんな声、響いてきます。・・・・・

あの日の 2度目のセリフ合わせが、永遠のお別れになるなんて・・・・・
考えもしなかった きっこの・・・・・最初の・・・・・大試練の旅の スタートだった。

~いいことばかりも、あるわけない。でも、いいことと 悪いことの「差」が・・・・・とっても 激しい きっこの 道のり・・・・・始まりはじまりー ~   これから ますます きっこのブログから、目が離せないよ

そう、何が起きるか わからない  だから  毎日毎日を ~精一杯 生きるんだ~  本気で そう 思う きっこです




きっこの軌跡(5) ~天野先生との思い出~

2006年04月05日 18時27分27秒 | きっこの軌跡
あれは 確か・・・・


(4)でお話した、主演舞台稽古の合間に 
私のバイトの差しさわりがないように、
天野先生が、「おい!百合・小百合!今日はバイト何時からや?稽古の後、ちょっと飯つきあってぇな」とのお誘い。
へっ・・・~ハラハラドキドキ~{演技の説教かなぁ・・・えっもしかしてあんたには、主演降りて貰う・・・とかヒェ~~~なんやろう・・・}

行った先は、ヤキトリ屋
緊張中の私に ニコニコ顔で、「名前、松岡さんやったっけ」「あ・・・ハイ・・・」
先生「まっちゃんかぁ、なんか、もひとつ呼びにくいなぁ!なんかあだ名かなんかないの?」  ~このフレーズ、そう言えば、初めてのバイト先でも言われた言葉だった・・・
「あの~バイト先では、きっこって言われてます」
先生「えっ!きっこ~・・なんできっこなんや???」「バイト先のマネージャーさんが~まっちゃんも、とっちゃんもへんやなぁ・・・あっ!そういうたら 松岡キッコっておったなぁ!よし、今日から、きっこって呼ぶからなぁー~って決められてから、私 きっこ なんです。」
先生「あっハハハハハ~そうかぁ~なるほど~ほな、僕も、これから、きっこって呼ぶことにしよう」 「えっ・・あ・・ハイ・・・」
  ~私の呼び名は15歳からこんな成り行きで「きっこ」になりました~

先生「なぁ~きっこ、きっこは、何で、NACに入ったんや?」
「はい、実は、私、中学の時、友達同士だけで初めて見に行った、~グリース~の中の、オリビアニュートンジョンみたいに、歌って踊ってって、どうしても、やりたいって思ってる時、新聞広告に、NACの応募が目に入って、応募したんです。」
~真剣に答えたのに、先生と言うと、
 ガハハハハハハハハハァ~~~って、しばらく腹抱え笑う笑う・・・そしてやっと出た言葉が、笑い過ぎの涙を出しながら、
「あぁ、おもしろい子やなぁ~!せやけど、きっこらしいわアッハッハッッハッハ そうかぁ グリースなぁ、僕も見たなぁ~・・・ほんなら、きっこ~安奈~の舞台の~ホッピーズ役~そのまんまやんかぁ~」
待ってましたと言わんばかりに、私、「はい
だからね、ホッピーズの役、めっちゃくちゃ、嬉しかったんです」
先生「なるほどな~ほんで、きっこは、あんなに、いい顔しっとったんやぁぁぁ」
「はい!!とっても楽しくて楽しくて


今度は、私が聞きました
「ねぇ先生今回の主役、どうして、私に、決められたんですか

先生「きっこの笑顔や 安奈の舞台で見た、きっこの まぶしいくらいに、輝いてるきっこの表情が、イキイキ踊る、きっこが、僕は好きやったなぁ・・・だから僕は、どうしても、今回の、百合・小百合には、きっこが演じて欲しいと、思ってたんや!ワハハハハハァ~楽しみや~頑張ってや

世界一、嬉しい、感動の言葉を貰いましたありがとうございます

あの時ばかりは、心の中で、感謝の言葉を、何万回も、先生に 言ってました。
本当にもう、稽古の合間に、私に話しかけては、ガハハハハハハハハァァァ~~~ってよく、笑ってましたよねぇ~ 今でも、ずっと、私の心の中の、大恩師です

そう、心にいつづける 心の恩師に、夢 まっしぐらの時に、きっこは出会い 沢山の、勇気・元気・くじけない気持ちを 貰って、どんな時でも 「きっこ!きっこスマイルや~!!」って、恩師の声、きこえっちゃうんですよ



きっこの軌跡(4)「百合・小百合2役の奇跡の主演獲得」

2006年04月05日 12時41分53秒 | きっこの軌跡
お待たせしました^^  きっこは 今 しみじみ思うのです。私の運を キット この10代で 全部使い果たしたのだと・・・きっこが今まで生きてきた中で、やっぱり、この出来事がNO1の奇跡だから・・・この奇跡が叶ったから、続けれない体になった時、スッパッっと NACをやめれたんだ・・・。だから、その奇跡をくれた、(2)でお話した、~天野先生~は、私の中の、お観音様みたいな 有難くて偉大で きっこの心の中にいつも笑顔の~天野先生~がいるん
です。
 
 2度目の舞台公演が決まり、しかも 演じる舞台は、今も尚、有名な 
 あの 回転舞台で有名な ~国立文楽劇場~
こんな大チャンス もちろん 天野先生が脚本・演出兼舞台監督の方の「青春風雲禄」に
手を上げた 
台本を渡され、「来週までにしっかり読んで、何の役がいいか、考えてきなさい」そう言われ、いくら読んでも 何回読んでも、どうしても、主演の~百合・小百合~を演じたかった
しかし・・・当時のきっこの心の中は、{ん~~~大先輩が沢山いる中で、しかも、まだ舞台経験1回しかないし、太秦行ってもスカタンやったし、ハァァァ~~~取れるわけないかぁ~主役・・・
 
そして やってきた 1週間後
「それでは、配役を決めていきます」 きっこの心はズット
~きっこ、落ち着けあかんでもともとやん。そや、あかんでもともとやねんから、絶対の絶対に
手、あげよ
 
と、その時、声が響いた「主演の 百合・小百合したい人」

ほぼ全員の女子が手をあげていた・・・100人もっとかな・・いた中に、当時は細短い私の腕は(今は太短いです。アシカラズ)、天野先生には、とうてい見えない程、私の前の沢山の人達の 手を上にあげ 何重にも重なり合う 後ろで 「ヒェ~私の手、見えてへんやん!ウッソ~!!たいへんやぁん

そこへ、天野先生の声が響いた
「ホォォォ~なんとまぁぎょうさん手あげてんなぁ・・・。実は、もう 僕の中で 百合・小百合役 決めてます
今から発表しますから、呼ばれた人は、その場で立って下さい


 ドキドキ ドキドキ ドキドキドキドキ・・・・・

「発表します主演、百合・小百合役は、

~松岡豊子~
さんに決定しました」

 ヘッ うっそ~~~
~涙 うっすら浮かんだ記憶がありました


きっこ17才、Bigな夢を手にした瞬間でした



きっこ 17才 頑張ってると 必死に頑張ってると、いいことあるもんだ
願いは 叶うんだ
そんな 真っ直ぐだった きっこが いました。

わずか、15歳から(本当はもっと前から)、自分の事は 全部、自分で解決し(お金も心も)、バイトしてんねんから、と、おこずかいもなく、ひたすら 1人 ~なにークッソォー~根性で迎えた17歳・・・私の 今も尚 NO1の きっこの つかんだ 最高の夢
 

2回目 舞台 国立文楽劇場
にて、「主演、百合・小百合、松岡豊子」演じきりました。

 

百合のソロで 歌うシーンがあって、スタジオでのレコーディングも、初体験し、舞台当日、そのシーンで、百合の歌声が、劇場に鳴り響きました とさ・・・








きっこの軌跡(3)「京都太秦撮影珍道中」

2006年03月30日 12時26分05秒 | きっこの軌跡
さてさて 南は今はなき~朝日座~での初舞台が終わり 間もない頃 nacから 「京都太秦へエキストラの仕事がありますが行ますか?」と 言われ 「はい」と返事はしたものの現地集合で撮影日時と「現地にnacのW氏がいてるから、着いたらW氏見つけなさい」たったそれだけ言われ、まだ高校1年の16歳きっこはいつもなら兄ちゃんに付いて来て貰うのだが平日だった為、兄ちゃんは仕事があった
当時の私の心の声
{太秦ってどこや?どうやって行く?交通費いくらかかるんや?1人で現地に着くのか?迷子になるで絶対!
仕事をキャンセルは出来たが1度断ると2度と声かからない とか噂もあり、「いくっきゃないでしょう」と腹をくくった私。親は相変わらず「知らんでぇ勝手に行きやぁ」の返事。言ってみたものの、あんたの事やあんたがなんとかしい!!昔から 私の{どうしよう}の気持ちなんか、気に留めて貰うどころか、完璧無視 きっこが強い理由、わかるかなぁ^^
でもね、当時は、そんな私を兄ちゃんとてつばぁちゃんが一杯励ましてくれたから、歪みそうな真っ直ぐに戻れてたんだ
話は戻って、やっぱり1人で行く自信なくて、中学からの大親友で、今回のSUCのカラーちらしにも、娘と共にモデル登場している^^~かっちゃん~に
お願いして、太秦までと撮影終わるまで、付き合って貰える事になった今でも本当に感謝してるよ

色々乗り継いで無事たどり着いたし、時間は、途中間違えてリターンしたりしたから、ギリギリセーフ
2人 ハァハァ言ってたの覚えてる
16歳2人、京都太秦までの大珍道中

ホットしてるのは つかの間で、私はスグに撮影準備
アワワワワワワワァァァと言ってる間に、メイク室に連れて行かれた。{ところで一体私は何の番組で何になるんだか聞かされてなくて、心の中は?????}

着いたメイク室で驚いたぁ
なんと私の右隣に、あの~火野正平さん~、左隣にはあの~堤大二郎さん~がメイクしてるじゃぁあ~りませんか{頑張って来たかいがあったわこんなまじかでナンテラッキー}そんなウキウキも、それこそ つかのま 次はかつら合わせに連れて行かれ
「あれ、これもあかん。あらこれもあかんやん。あんた頭おっきいなぁ。まぁええかぁぁこれで。アハッちょっと変やけど、ええわええわ」そんな いいかげんな かつらをかぶせられ、私{デコッぱちで、変!!いややなぁぁぁ}かなりムってしてる そんな暇もなく 衣装室着。
あっと言う間に着付け終了。着付けの人に「あんた足袋ひとつようはかれへんの~ほんまにもう忙しいのに」 ボヤキ着付けされ、なんてみんなひどいんやぁ メイクもかつらも着付けも最悪やぁぁぁそりゃぁ私はたかがエキストラや!!年月たって私が大物になったら、コロって、手のひら返すんや。お前らみたいなオバハンに、私はならへんぞ そう、かたくなに心に誓ったきっこだった。
その 着付けの人が 「衣装のすそ長いから気をつけや!格が高い、中老役の衣装やから、汚さんといてや」 そう言われ初めて、えっ、私の役は、中老なんやと、わかった。 すべてが初体験で、なされるがままで いやみタラタラ言われるがままを、ぐっと、こらえる心を、ここで、かなり、習得した きっこです。
 
私は 休む暇なく、な気分で、仕上がったからスタンバイの所で立っていた。 そこへ、手を振るかっちゃん登場! 暗い私の顔とは うって変わって、超ニコニコ顔のかっちゃん その横には、怖顔のでもオーラバリバリの、おじさんも、私に手を振っている。どうやら、かっちゃんの美しさに惹かれ、かっちゃんをナンパしたようでした。そのおじさん、私に「あんたが友達か?ヘ~頑張りやぁ!せやけど、あんたより、こっちの子の方が、ええ女優さんになれるでぇ」 ここで又きっこは、Wパンチ くらいました。{どうせかっちゃんの方が美人やもん。かっちゃんの顔に変わりたいぞぉ}って、おもったなぁ  その 面食いおじさん 何を隠そう、太秦の大有名人、斬られ悪役の~小舟氏~だった。たぶん 必殺の撮影もあったので、出番待ちだったんだ。でも、小舟氏は、夕方~の撮影みたいで、ずっと、私達についてくれて面倒をみてくれて、お弁当もエキストラにはなかったから、どこに食べに行っていいやらどうしよう、かっちゃんにも付いて来て貰ったから、お昼位、ご馳走しようって思ってたけど、小舟氏が、おいしい所、案内してくれて、私達のご飯を、ご馳走してくれたのです。  かっちゃんに「もう!変なおっさん連れてこんといてぇや!!」と、ぶつぶつ言ってた私は、おなかが一杯になって、ゴチしてくれて、 やっと機嫌がなおった事を、覚えている。 小舟氏が有名な役者さんと知ったのは、太秦を後にしてからだった。~本当に有難うございました

この撮影が、初代~大奥~の撮影で、「坂口良子」がお妃役、「沖雅也」さんが殿役、殿を出迎える、2列の中老役が、私で、ふすまがバッと開き、殿が真ん中をさっそうと歩くシーンで、ッパッパッパッパッパと中老役の顔もTVに写る。私の顔も一瞬映る。まさかねぇ~このシーンが、~4月1日9時~「大奥」スタート~の、CM撮影だったことは、撮影後、たまたまTVで、私が見つけ、知ったんでした 何話のシーンかなぁ、いつかなぁって思ってたら、CMの度、「うひゃっあたし」って、喜んでたもんです。

ねぇ~かっちゃん  懐かしいなぁぁぁぁぁ  今も尚 べっぴんさんで、綺麗ですよ  そして やっぱり きっこに振り回されて、今も尚、不思議な経験をさせられてる、かっちゃんとかっちゃんの娘、べっぴん姉妹でありまする~アハハハハハハハァ


と言うことで、人は、見た目で、判断せず、なんや、このクソガキって思っても、なんやコイツ~!って思っても、何やこのオッサンって思っても、よくその人を知るまでは、嫌な事、いやみな事は、言わないでおこう。そんな心の勉強を、きっこは、16で、実感したのでした。  (4)につづく