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烏鷺鳩(うろく)

切手・鉱物・文学。好きな事楽しい事についてのブログ

カンボジア 恐竜切手 1995年:多彩な角竜類(2)

2018-06-19 | 切手


セントロサウルスは、多彩な角竜類の中でも際だって複雑な、凝った作りのフリルを備えている。推定全長は4~5m、体重1~2トンである。

平均的な大きさの中型種である。フリルの縁がとげとげしている。また、フリル中央上端にある2対4本の突起(とげ)は曲がっている。目の上の角はごく小さい。(『ニュートン』p.127)

切手の図案だとちょっとわかりにくい部分なので、こちらの図を紹介したい。


『恐竜学入門』p.122

フリル中央部にある2対のトゲのうち、下側にある1対が手前に向かってくるりとカールしているのである。上側のもう一対が中央で上向きにとがっているのだ。
こうしたフリルの多様化については、次のような説がある。

より派生的なケラトプシダエ類になると、派手なフリルに加えて鼻角や後眼窩角まで発達させた。例えばカスモサウルスやペンタケラトプス、トロサウルスのように長いフリルをもったケラトプシダエ類であるカスモサウリナエ類では、フリルのディスプレイ機能がより強調されていただろう。対照的に、セントロサウルスやアヴァケラトプス、そしてパキリノサウルスのようなフリルの短いケラトプシダエ類であるセントロサウリナエ類はもっとサイのような外見をしており、おそらく対戦相手と互いに鼻角で組み合うことで、目や耳、吻部など体が被る損傷をなるべく減らすように闘争を行ったのだろう。(『恐竜学入門』p.122)




さて続いては、スティラコサウルスとトリケラトプスである。スティラコサウルスは推定全長4~5m、推定体重は1~2トンである。生息していたのは約7600万年前頃である。フリルの縁に、長いトゲが並んでいる。見た目がとっても派手である。かっこいい。

一方のトリケラトプスは推定全長5~9m、推定体重は4~8トンにもなる。角竜類で最も大きい部類である。6600万年前に生息していたので、恐竜絶滅の直前の時代に生息していたのである。
トリケラトプスは角竜類で最も進化した、容姿の洗練された種であったのではなかろうか。完璧とも言えるその形の美しさは、種として完成された美しさではないかと思ってしまうのだ。


ところで、角竜類は、アジアでプシッタコサウルスのような原始的な種類が生まれ、プロトケラトプスのようなネオケラトプシア類が生まれる。そしてこのネオケラトプシア類の段階で角竜類は北アメリカ大陸へと渡ったと考えられているのである。北米へと渡った種類は大きく2つのグループに分かれて発展した。

北米に渡った仲間のうち、祖先種のもっていたやや原始的な形態的特徴を保持していた系統はごくわずかであった。その他の仲間は、豪華で多様な、もっと大型で派手なケラトプシダエ類に含まれる二つのグループへと分岐していった。それはカスモサウルスを模式属とするカスモサウリナエ類と、セントロサウルスを模式属とするセントロサウリナエ類である。カスモサウリナエ類は巨大で幅広いフリルを発達させる傾向にあったことから、“長いフリルをもったケラトプシダエ類”ともよばれる。一方のセントロサウリナエ類はフリルが短い傾向にあったことから、“短いフリルをもったケラトプシダエ類”ともよばれている。(『恐竜学入門』p.121)

カンボジアの切手のうち、セントロサウルスとスティラコサウルスは「短いフリルをもった」セントロサウリナエ類である。トリケラトプスは「長いフリルをもった」カスモサウリナエ類に属するのである。


というわけで、このカンボジア切手、額面順に図案を並べてみると、角竜類の進化の歴史が辿れるようになっているのである。
ジュラ紀に現在のアジアで生まれた角竜類は、大陸の分岐にあわせたかのように北米へと渡り、めざましい進化を遂げたのである。現在でも新種の角竜類が相次いで発見されているようである。どんな個性的な姿をした角竜類が出てくるか、今後も非常に楽しみなのである。



【参考文献】
・『恐竜学入門』Fastovsky, Weishampel 著、真鍋真 監訳、藤原慎一・松本涼子 訳 (東京化学同人、2015年1月30日)
・『世界恐竜発見地図(ちしきのぽけっと 18)』 ヒサ クニヒコ 絵・文 (岩崎書店、2017年5月31日)
・『ニュートン(2015年10月号)』(2015年10月7日、ニュートン プレス)

カンボジア 恐竜切手 1995年:多彩な角竜類(1)

2018-06-12 | 切手


角竜類。大きな襟飾りと角を持つ。その襟飾りと角の形は多彩であり、近年、北アメリカから様々な種類が発見されている。
上段左から、プシッタコサウルス、プロトケラトプス、モンタノケラトプス。下段左から、セントロサウルス、スティラコサウルス、トリケラトプス。


いずれも恐竜界の人気者達である。トリケラトプスを始めとする角竜類(つのりゅうるい)は私の一番好きな恐竜である。
特に、トリケラトプスの鼻角と後眼窩角の三本角の配置、フリルのついた襟飾り、太くたくましい四肢、背中から尾にかけての緩やかなカーブ。何だか、完成された造形美のようなものを感じさせるのだ。とてつもなく魅力的だ。


カンボジアで1995年に発行されたシリーズである。国名の”ROYAUME DU CAMBODGE”はフランス語で「カンボジア王国」ある。かつては旧フランス植民地であった。現在ポピュラーなのは英語だそうだが、高齢者や医者などの特別な職業に就いている人々にはフランス語がある程度通じるのだそうだ。通貨はリエル(Riel)である。

カンボジアと言えば、1975年に政権に着いたポル・ポトの独裁下で無数の人々が犠牲となった。その後の内戦でも数え切れない人々が亡くなっている。国連による統治が始まったのが1992年である。その間17年。このことを思い起こさずにはいられない。

そのカンボジアもようやく平和になり、こんな素敵な恐竜切手を発行するようになったのだろうか、と、ふと考えてしまう。


さて、切手に描かれている恐竜たちに注目しよう。
まずは、プシッタコサウルスである。原始的な角竜類で、アジアに生息していた。その後に派生してくる様々な角竜類とは異なり、プシッタコサウルスは2足歩行をしていた。大きさも1.8m、推定体重10~20kgと小型だ。1億2600万年前頃生息していた。
切手には描かれていないのだが、2002年に報告された中国の化石には、なんと羽毛が残っていたのである。



もっとも羽毛とはいっても長さは数十センチ、幅数ミリの竹ひごみたいなものである。しっぽの辺りからもさっと生えていて、少しヤマアラシに似ている。しかしトゲではない。しなやかに曲がっているのだ。(『大人の恐竜図鑑』p.151)

モンゴル中部や中国の山東省などから見つかっている。ちなみに、カンボジアのお隣、タイでも発見されているのだ。その名は「オウムトカゲ」である。

このプシッタコサウルス、角も襟飾りも持たない。どうして角竜(ケラトプシア類)の仲間に入るのかというと、以下のような特徴によるのだ。

角があろうとなかろうと、それがケラトプシア類だと判別できる特徴がある。ケラトプシア類にはすべて、その先端にある鋭く湾曲したくちばしを備えた幅の狭い頭骨をもっていたが、その頭骨は頬の領域で左右に張り出すという特徴をもっていた。そして上顎の吻部の先端には、ケラトプシア類が固有に進化させた吻骨が備わっていた。(『恐竜学入門』p.111)

「角竜」というけど、角のない仲間も結構含まれているのである。角竜を角竜たらしめているのはオウムのような口と頬の張り出しと吻骨なのである。


プシッタコサウルスやインロンといった原始的な角竜類から次に派生したのが、プロトケラトプスやモンタノケラトプスである。
プロトケラトプスといえば、白亜紀後期のモンゴルから発見された、「格闘恐竜化石」で有名である。


『恐竜学入門』p.187

この標本では、ヴェロキラプトルの両後肢が、亜成体のプロトケラトプスのお腹に蹴り込まれており、これから餌にされようとしてるプロトケラトプスの顎に手でつかみかかっている(または顎にくわえ込まれている)。(『恐竜学入門』p.188)

プロトケラトプスは体長約2m、推定体重50kgとやや大きくなった。名前は「始めの(prot)角(cera)の顔(tops)」という意味だ。モンタノケラトプスは体長3mである。プロトケラトプスには角が無いが、モンタノケラトプスには鼻先に立派な角がある。両者ともいかにも角竜っぽい、しかしながら小さな襟飾りができてきて、四足歩行するようになる。


アジアで誕生した角竜類は、この後、北アメリカ大陸を中心に多種多様な種類が派生することになるのだ。
角竜類についてはまだまだご紹介したいので、次回へ続く。



【参考サイト・文献】
・ウィキペディア 「カンボジア」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%82%B8%E3%82%A2
・『大人の恐竜図鑑』(ちくま新書1315)北村 雄一 著 (2018年3月10日、筑摩書房)
・『恐竜学入門』Fastovsky, Weishampel 著、真鍋真 監訳、藤原慎一・松本涼子 訳 (東京化学同人、2015年1月30日)
・『世界恐竜発見地図(ちしきのぽけっと 18)』 ヒサ クニヒコ 絵・文 (岩崎書店、2017年5月31日)
・『ニュートン(2015年10月号)』(2015年10月7日、ニュートン プレス)

和の食文化シリーズ 第3集 : おにぎり切手

2018-06-08 | 切手
大切な方にお手紙を出そうと、町の小さな郵便局へ出かけた。
便せんに合わせたデザインの切手を探すためだ。
切手は収集するけど筆無精な私が、珍しく切手本来の使い方をするために購入するのだ。
「確かあんなのが出てるはず」「あれもいいけどこっちも良かったよね」と思いつつ窓口へ。

「すみません、82円切手のきれいなのありますか?」と私。
「はい、こちらの2種類でしたら1枚ずつお売りできます」と局員さん。
勧められたのは「日露友好」のきれいな花束切手と、「切手趣味週間」の風神・雷神切手。どちらも魅力的である。
ふと記念切手の掛かったラックを見上げると、なんと!あのおにぎり切手が!
「おにぎり切手、まだあったんですか?!」と急に鼻息の上がる私。
「はい、ございますよ」と微笑みを浮かべる局員さん。
「1シート下さい!!!」



「おにぎり切手」と言えば、今年の『さくら日本切手カタログ2019』の表紙を飾るかわいい系切手である。普段私は「かわいい系切手」を購入することがほとんどない。「そういうのは切手女子が集めるものさ」とクールにスルーしていたのである。私は「恐竜切手収集家」であるから。ふっ。




ところがどっこい、である。『さくら日本切手カタログ2019』を参照する度に、どうも刷り込みが起きていたようだ。表紙を見る度にものすごく魅力を感じてしまったのである。とくに「おいなりさん」を図案化する辺り、渋くてかわいい!と思うようになったのだ。

日本郵便のHPで購入しようとしたら・・・売り切れだったのである。
そりゃそうだ。これ、去年2017年の10月24日に発行された切手なのだ。大分前に発行された上、めちゃくちゃかわいいときたら、複数シート購入する方々がいて当然で、とっくの昔に完売していてもちっともおかしくないのである。
だから、ちょっぴりがっかりしていたのだ。

それが、こんな片田舎の小さな町の郵便局に堂々と陳列されているなんて「奇跡である!」と思ったのだ。というわけで、遠慮深く1シート購入。


日本郵便のHPにこの「おにぎり切手」ならぬ、「おむすび切手」の紹介が載っている。
「人と人をむすぶ」お手紙にちなんで「おむすび」という意味が込められているとか。

日本郵便株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 横山 邦男)は、ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」について、その社会性、機能性、地域性などを題材としたシリーズの第3弾として、特殊切手「和の食文化シリーズ 第3集」を発行します。
第3集では「生活に根ざした米料理」をテーマとしています。



ちょっと長いのだけど、図案化された各おむすびについて事細かに説明がなされているので、せっかくだから一気に引用しよう!

握り飯については、おにぎりやおむすび等、様々な呼び名がありますが、当シリーズでは、人と人をむすぶお手紙にちなみ、「おむすび」という意匠名を採用しています。

(1)太巻き
巻き寿司の誕生は江戸時代とされ、18世紀に出版された江戸料理書の中に、その製法が確認できます。また巻き寿司といなり寿司のお弁当といえば、歌舞伎の十八番「助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の幕間に提供された「助六弁当」が挙げられます。その名称は、主人公・助六と恋仲になる吉原の花魁・揚巻(揚=いなり寿司・巻=巻き寿司)の名前に由来するといわれています。

(2)おむすび(おぼろ昆布)
北陸で定番のおぼろ昆布のおむすび。北海道や東北の一部でしか収穫できない昆布が、北陸の食文化として根付いた理由は、北前船の西回り航路(別名 昆布ロード)の重要な中継地として栄えた歴史的背景が要因でした。ちなみに昆布を幾重にも重ねて削るとろろ昆布に対し、おぼろ昆布とは、一枚の昆布の表面を薄く削ったもの。まさに職人技を味わえる伝統食品です。

(3)おむすび(うめぼし)
お弁当界の救世主、うめぼし。うめぼしのもつ殺菌・防腐効果は、鎌倉時代より兵糧食にいかされるなど、時代の目的に沿った形で重宝されてきた歴史があります。
また明治時代に出版された料理書には、安全面を考慮し、子供の夏のお弁当に、うめぼしおむすびをすすめる著者のあたたかなアドバイスがみえます。さらに昭和初期の児童書には、士気を高めるために「日の丸おむすび」を分け合う兵隊たちのお話も登場。うめぼしおむすびは、日本人の心遣いの歴史をそっと物語ってくれるのです。

(4)おむすび(鮭)
日本人と鮭の関係は古く、その関わり合いの歴史は縄文時代にまでさかのぼるとも伝えられます。奈良時代には都への献上品に重用され、中世以降も多くの武士たちに賞玩されました。
江戸時代の教訓集「雨窓閑話」には、3代将軍・徳川家光に仕えていた毛利秀元の鮭の逸話が紹介されています。それによれば、秀元がお弁当のおかずに干鮭を持参したところ、同席していた仲間たちに「珍しい」と注目され、仲良く分け合って食べたとあります。
現在もお弁当のおむすびの定番として、広く親しまれている鮭。昔も今もその人気ぶりは変わらないようです。

(5)おむすび(しらす)
俵型のおむすびをデザインしました。おむすびの形にも地域差はあり、関東では三角形、関西では黒ゴマをまぶした俵型が定着し、さらに北海道・東北では太鼓型、東海・北陸では球型を主流とする見方もあります。
また昨今の「おにぎらず」の流行で、サンドイッチ型という新たな形も登場。しかし今日ではコンビニのおむすびの影響で、地域差が薄れ、全国で三角形が定番となりつつある状況も否めません。

(6)いなり寿司
江戸時代に生まれ、屋台の人気者として愛されてきたいなり寿司。
初午の稲荷神への奉納品としても、古くから日本人の生活に根づいてきました。いなり寿司の形は、関東では俵型、関西では三角形が定番とされ、俵型は五穀豊穣を象徴する稲荷神にちなんだ米俵を意味し、三角形は稲荷神の使いである狐の耳を模していると伝えられます。また信太寿司、こんこん寿司、きつね寿司、おいなりさんなど、地域によって、その呼び名もさまざまです。

(7)おむすび(赤飯)
お食い初め、七五三、成人式、結婚式、還暦といった人生儀礼にかかせない赤飯。その歴史は古く、弥生時代にまでさかのぼると伝えられます。しかし当時は、赤色に邪気を払う魔力があると信じられ、赤米を神にそなえ、祭礼を行っていました。もち米と小豆を組み合わせるようになったのは江戸時代以降とされ、庶民の世界でも、五節句をはじめ、お祝いごとに用いられるようになりました。

(8)天むす
ナゴヤめしの定番として認知されている天むすですが、実はその発祥は三重県津市。昭和30年代初め、天ぷら定食屋を切り盛りしていた女性がまかない料理として、車エビの天ぷらで作ったおむすびを考案したのが始まりとされています。「せめて夫には栄養があるものを」という女性のあたたかな心遣いが生んだ一品として、今に伝えられます。

(9)おむすび(ごま塩)
1987(昭和62)年、石川県・杉谷「チャノバタケ」遺跡で、弥生時代中~後期のものとみられるチマキ型炭化米が発見されました。この三角形に握られた炭化米は、日本最古のおむすびの化石としても評価されています。
携帯食としてのおむすびの歴史は、平安時代にさかのぼることが出来ます。その起源は宮中や貴族社会でふるまわれた「屯食(とんじき)」(蒸したもち米を握り固めたもの)とされ、『源氏物語』にもその名称は登場します。やがて江戸時代には浅草海苔の養殖が開始されたのを機に、おむすびに海苔が使用されるようになります。
ちなみに海苔の嗜好にも東西の違いはあり、関東では焼きのり、関西では味付け海苔の人気が高い模様。ちなみに「パリパリ」の海苔が好まれるようになったのは、コンビニおむすびが誕生する1970年代後半以降とされています。

(10)おむすび(豆ご飯)
米といろいろな食材を組み合わせて味わう楽しみもまた米食文化の醍醐味です。実際江戸時代の料理書にも、米に野菜や芋、雑穀、海藻などを混ぜる多彩な製法が記されています。しかし当時の混ぜご飯は、米の増量剤として具材を加えた「かてめし」が主流とされ、米の収穫の少ない地域や飢饉対策に対応して考案されたものがほとんどでした。ちなみに豆ご飯といえば、関西では「うすいえんどう」が定番。優しい香りと甘さが、春の訪れを教えてくれます。


切手の図案についてこんなに詳細に説明がなされるというのも珍しいのではないだろうか。
こうした変形切手が貼ってあったらちょっと嬉しい。



よく見ると、カラーマークが米粒の形をしている!



裏側にはたこさんウィンナーとたくわんが添えられている!

この切手、どうやら「隠し文字」が仕込まれているらしいのだが、私はまだ「しらす」しか発見できていない。


ちなみに、肝心の大切な方へのお手紙に貼る切手であるが、こちらも素敵な変形切手にしてみた。



「夏のグリーティング切手 2018」である。涼しげで、うちわと浴衣の形の切手がかわいい。砂浜のパラソルの下に蟹が歩いているのも素敵。便せんが貝殻の模様であるから、このシートが一番合うのではないかと思い、購入した。
お手紙を出すって、なんかいいなあ。送る相手の顔を思い浮かべながら便せんを選び、切手を選ぶまで。その過程がなんとも楽しい。


しかし私、切手1枚買うつもりがなんと20枚も購入している・・・。
これって日本郵便の策略なのか!!



【参考サイト】
・日本郵便 
https://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2017/h291024_t.html

恐竜のほっぺ

2018-06-03 | 切手


恐竜の体のうち化石に残るものというのは、骨、角、爪、歯などの固い部分だけである。まれに羽が残った物があったりして、それはそれで大発見なのである。生物の体の主に内側にある物から、全体像を復元する。
他に、「印象化石」というのが存在する。皮膚や足跡など、いわばスタンプを押した跡が鉱物と置換されて固い石として残るケースである。
皮膚自体が特別固かった、固い鱗や角質で鎧のようになっていた、というのでない限り化石に残ることは極めて少ないから、恐竜たちがどんなお肌をしていたのかは想像するしかないのだ。


残された骨の化石から、皮膚や筋肉がどのように付いていたのかを想像して復元するのは結構大変だが、その恐竜復元図の変遷の一つに面白い部位がある。
ほっぺである。
私はほっぺの存在については、それをふくらませて不満を表示したりする以外、何か特別な役割があるとは正直考えたこともなかった。
が、食いしん坊に「ほっぺ」は必要なのである。

どういうことかと言うと、「咀嚼」する生き物には必ず「ほっぺ」があるということなのだ。
もしほっぺが無くて咀嚼、つまり「もぐもぐ」するとどうなるか。せっかくの美味しい物はぼろぼろと口の外へ流れ出てしまうのだ。
「ほっぺ」は食物を咀嚼する植物食恐竜に必要なパーツなのである。

それでは、恐竜のほっぺについて見てみよう。

鳥盤類(Ornithischia)の特徴として特筆すべき点のひとつは、多かれ少なかれ、すべての鳥盤類が食物を咀嚼したということである。われわれヒトを含め、多くの哺乳類の仲間が咀嚼をおこなうことはご存じの通りだが、実は脊椎動物のほとんどは咀嚼することができないという事実を知ると驚かれるかもしれない。咀嚼をしない脊椎動物は、食物に単純にかみついているだけなのだ。(『恐竜学入門』p.69)

アンキロサウリア類の例をとって「咀嚼」と「頬」の関係についての説明がある。

食物が口に入った後、それを飲み込むまでにどうのような処理をしていたかについては、まだよくわかっていない。ステゴサウリア類(剣竜類)やパキケファロサウリア類と同様に、ノドサウリダエ類とアンキロサウリダエ類のもっていた三角形の歯は小さく、特別複雑な形をしていない。また、咀嚼を得意とする動物と異なり、隙間なく歯が並ぶようなことはない。しかし、歯に残された摩耗痕から、彼らがすりつぶしをおこなっていたことが示唆される。さらに、アンキロサウリア類の仲間は長くて器用な舌をもっていたようだ(彼らののどには大きな舌骨があり、舌の基部を支えていた)。さらに、二次口蓋も発達しており、咀嚼と呼吸が同時にできるようになっていた。もっといえば、歯列が頬の内側深く入り込んだ場所に並んでいたことから、頬がよく発達していて、かんでいる食物が口からこぼれ落ちるのを防いでいたと考えられる。顎の骨そのものは比較的大きくて堅牢であった(ただし、咀嚼のための筋の付着領域が発達していたというわけではない)。実際、アンキロサウリア類の仲間の多くは、歯の形態や配置は別として、顎の特徴から、彼らがよく咀嚼して物を食べていたことが伺えるのである。(『恐竜学入門』p.92)

歯が発達していないのに頬が発達しているという矛盾点については、その肥大化した腹部がポイントであるとも述べられている。お腹の中で食物を発酵させ、消化させていたのだ。




1965年~1993年頃の切手を例に出してみた。この頃(1990年代)の植物食恐竜は、よく見るとほっぺが無い。顎に生えている歯が奥歯の方まで見えるくらい、なんというか、口が裂けて描かれているのである。ブラキオサウルスやイグアノドン、トリケラトプスなんかも、口が裂けてワニか大型のトカゲを思わせる顔である。

これがいつの頃からか、ほっぺが付いて、ちょっとおちょぼ口っぽく描かれるようになったのだ。



特にサンマリノとタンザニアのイグアノドンの切手と、福井のイグアノドン(実はフクイサウルス※「日本初の恐竜切手」の回参照)を比べて頂きたい。
以前は恐竜の姿というのは、現生の爬虫類、特にワニを参考に描かれるということが多かったようだ。そう考えると、恐竜全般=ワニの仲間とされた時期の復元図に「ほっぺ」が描かれていないのにはうなずける。
最近は、恐竜の食生活についても色々なことが分かってきたから、そういった研究成果も復元図に反映されてきている。




私は食べ物をほおばりすぎてほっぺを噛むことが時々ある。恐竜たちも自分のほっぺを噛んでしまうことがあったのかなあ、とか、ふと考えてしまうのである。



【参考文献】
・『恐竜学入門』 Fastovsky, Weishampel 著、真鍋真 監訳、藤原慎一・松本涼子 訳 (東京化学同人、2015年1月30日)

タンザニア 恐竜切手 1991年

2018-05-31 | 切手


私が恐竜切手を集め始めた頃に、おこづかいで買った切手である。
コントラストのはっきりした迫力のある色遣いと、トリケラトプスのかっこよさに一目惚れした。たしか、デパートの切手・コイン売り場だったと思う。


20年くらい前までは、百貨店のおもちゃ売り場の近くなどに、切手の専門店が必ずといっていいほどあった。小さなスペースだけれど、ガラスケースの中やケースの上の箱に、外国の切手がたくさん並んでいたのだ。
家族でデパートに行くこと自体、我が家では1~2ヶ月に一度くらいの大きな楽しみであったから、おしゃれをして、おこづかいを握りしめて、わくわくしながら車に乗り込んだものである。大人の買い物が終わり、みんなで喫茶店に入ってチョコレートパフェや白玉あんみつを食べたら、子どものお買い物の時間である。おもちゃ売り場へ向かい、そこを素通りして切手売り場へ向かうのだ。
そんな、切手収集の最初の頃を思い出す。


さて、そんな思い出の「タンザニア切手 1991年」をご紹介しよう。
上段左から、ステゴサウルス、トリケラトプス、エドモントサウルス。
下段左からディプロドクス、プラテオサウルス、イグアノドン、シルヴィサウルスである。

恐竜自体の描き方も、なんというか、アフリカの民族絵画みたいな色合いを感じる。独特の色遣いが私は好きだ。
存在感のある恐竜の背後を見てみると、繊細なタッチで背景が描かれている。恐竜の背後に奥行きを感じさせる。




ステゴサウルスとトリケラトプスの背後の森の描き方が細かい。神秘的な感じすらする。
エドモントサウルスの後ろに見えるのは、どうやら滝のようだ。




ディプロドクスは湖から上がって来るところで、対岸の山がみえる。プラテオサウルスの背後に生えているのはシダ植物だろうか。ラベンダーの花のようなものがみえる。イグアノドンの後ろの山も美しいし、シルヴィサウルスの背後の河原も素敵だ。
プラテオサウルスとイグアノドンの頭に額面が隠れている。ディプロドクスの頭は「Tanzania」のaを隠している。恐竜の大きさを表現する演出なのか。
こういうところも、ちょっと珍しいのではないかと思うのだ。


さて、タンザニアと言えば、フンボルト大学のジラファティタン(ブラキオサウルスの亜種)が発見された、「テンダグル」という化石の宝庫がある。
そんな「タンザニア 恐竜切手 1991年」の中で興味深いのが、「プラテオサウルス」である。「古竜脚類」と呼ばれるグループに属する。

古竜脚類(Prosauropoda)の仲間は比較的原始的な恐竜の仲間で、小さい頭部に長い頸部、円筒状の胴体、そして長い尾をもっていた動物で、三畳紀後期からジュラ紀前期のオーストラリア大陸を除くすべての大陸に分布していた。多くの種で前肢が後肢よりもやや短く、前肢後肢ともに5本の指がそろっていた。古竜脚類の手の親指には半月状の大きな鉤爪が備わっていた。この鉤爪は食物を採るのに使っていたのか防御に使っていたのか、あるいは何らかの社会的行動に用いられていたのか、その機能についてはよく分かっていない。(『恐竜学入門』p.149)

古竜脚類(Prosauropoda)はかつて、竜脚類よりも初期に現れた祖先的な仲間だと考えられていたこともあった。現在では、古竜脚類が十分に特殊かしているため、竜脚類の直接的な祖先ではなかったということが共通認識として広まりつつある。というよりも、おそらく三畳紀後期の初期には古竜脚類と竜脚類の恐竜祖先である竜脚形類の一種がいて、古竜脚類はこの共通祖先がもっていた数多くの特徴を保持した仲間であると認識されている。古竜脚類は単系統であり、系統解析を行った近年の研究によると、古竜脚類はおもに二つのグループに分岐し、一部の種がそれらの外群に位置するという結果が得られたようだ。(『恐竜学入門』p.162)


トリケラトプスやステゴサウルスなどの人気恐竜の影に隠れて、ちょっと地味な存在のプラテオサウルスだが、結構面白い存在なのではないかと思う。
最近気になる恐竜の一種である。



【参考文献】
・『恐竜学入門』 Fastovsky, Weishampel 著、真鍋真 監訳、藤原慎一・松本涼子 訳 (東京化学同人、2015年1月30日)
・『世界恐竜発見地図(ちしきのぽけっと 18)』 ヒサ クニヒコ 絵・文 (岩崎書店、2017年5月31日)