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烏鷺鳩(うろく)

切手・鉱物・文学。好きな事楽しい事についてのブログ

サントメ・プリンシペ 恐竜と鉱物の切手シート 2009年(2)

2018-08-01 | 切手


カウディプテリクスとダイオプテーズ。下段左側の切手である。
カウディプテリクスは「羽毛を持った恐竜化石」として有名な種の一つである。白亜紀に生息していた、体長90cmほどの小型の獣脚類なのだが、歯を持たない。
ここで、羽毛がどのようにして進化していったのかを見てみたい。


羽毛の進化の段階的変化(『恐竜学入門』p.216)

タイプ1:単純な中空の筒状繊維。
タイプ2:1本の根から多数に枝分かれした繊維が伸長した房の状態。
タイプ3:繊維状の房が平面に一列に並んだ状態(タイプ3a)もしくは、羽枝と小羽枝が発達した状態(タイプ3b)。そしてついに羽枝が平面上に並んだ構造が新たに発達する(タイプ3a+b)。
タイプ4:羽板が閉じた状態、すなわち小さなフック状の小羽枝が隣接する小羽枝の溝にはまり、一体化したしっかりした構造の羽板を形成することで空気をほとんど通さないような状態。
タイプ5:羽板が羽軸に対して非対称になっている(例、風切羽)。


段階でいうと、カウディプテリクスは「タイプ4」の羽毛を持つのである。同じタイプの羽毛を持つ恐竜に、なんと、ティラノサウルスとオヴィラプトルがいるのだ。

近年、羽毛を持った獣脚類の化石が続々と発見されている。プシッタコサウルスのような鳥盤類にも羽毛があったことから、「鳥=恐竜説」はほぼ確定といっても良いのではないだろうか。ということは、まだ恐竜は絶滅していない・・・!!


さて、そのカウディプテリクスの横に描かれているのが、”Dioptase”(「翠銅鉱」)である。
その美しさはエメラルドと誤認されたほどなのだ。

翠銅鉱がこれほど柔らかくなければ、また劈開が強くなければ、色調の美しいエメラルドにひけをとることはなかったことだろう。菱形の端面を備えた柱状結晶の中には、非常に透明度が高いものがある。その性質に因み、“通して”と“見える”を意味するギリシャ語diaとopazeinからとって、dioptaseと名付けられたものである。(『岩石と宝石の大図鑑』p.286)

図鑑で見ると、青みがかった深い緑色が大変美しい鉱物である。これも是非現物を見てみたいものだ。




さて、セントロサウルスを挟んで右端には、コンプソグナトゥスとヴァナディナイト(褐鉛鉱)が。
コンプソグナトゥスはジュラ紀に生息していた獣脚類で、体長は1.3mほど。意外に大きい。「ロスト・ワールド」で、集団で人間を襲っていた、あの小さくて怖いやつである。本当にそのような狩りをしていたのかは定かではないが、すばしっこい獲物を捕まえていたことは確かなようだ。というのも、「すばしっこいトカゲのほぼ全身骨格を飲み込んだ状態」(『恐竜学入門』p.188)で発見された化石が存在するのである!

さて「褐鉛鉱」は以前、「モロッコの褐鉛鉱」の回にてご紹介したことがあるので、写真をもう一度見て頂くことにしよう。



六角形の結晶が煌めいていて美しい。


今回の切手は恐竜と鉱物という、私の二大好物盛りだくさんだった。ゴージャスすぎて一つ一つを大まかにしか紹介できなかった。私としては、次回のミネラルショーで見つけたい鉱物ができたので、楽しみが増えたというものである。



【参考文献】
・『岩石と宝石の大図鑑』 青木 正博 翻訳 (誠文堂新光社 2007年4月10日)
・『恐竜学入門』Fastovsky, Weishampel 著、真鍋真 監訳、藤原慎一・松本涼子 訳 (東京化学同人、2015年1月30日)

サントメ・プリンシペ 恐竜と鉱物の切手シート 2009年(1)

2018-07-31 | 切手


恐竜(一部翼竜)と鉱物が1枚の切手シートに!!夢のコラボ切手である!ステーキの上にホアグラとトリュフをのせたと想像して頂いても結構である。兎に角、ゴージャス・プレミア丼の感が否めない、スペシャル切手なのである。


現在、我々が目にしている鉱物は数百万年、数千万年の時を経ている。それこそ、恐竜が生きていた時代に形成がはじまり、1億年経って美しい形に出来上がったのだろうと想像できるのだ。それぞれ描かれている恐竜と鉱物がどういったつながりで絵が描かれたのかはわからないのだが、鉱物の「種」ともいえる結晶のはじまりが、恐竜と共に存在していたのだという事を表しているのかもしれない。


ご覧のように、様々な種類の恐竜、翼竜、そして鉱物が描かれている。
まずは上段左の切手から見てみよう。



トリケラトプスの横に”Siderite e Sphalerite ps. Calcite”(「シデライトとスファレライトps.カルサイト」)と書かれた鉱物が描かれている。シデライトは「菱鉄鉱」。スファレライトは「閃亜鉛鉱」である。カルサイトは「方解石」。
ところで、この菱鉄鉱は方解石グループの一つである。方解石の組成式CaCO3のCa部分が鉄になると、菱鉄鉱FeCo3となるのだが、他にもニッケルなどの様々な金属によって置き換わったのが方解石グループの鉱物なのである。

という点を踏まえて、「ps.」という部分が何を意味するのか考えてみた。サントメ・プリンシペはポルトガル語が公用語である。「ps.」を調べてみたが出てこない。何かの略語であることがわかる。「ps」で始まる鉱物用語というのでまっさきに思いつくのが”Pseudomorph”(仮像[かぞう]/仮晶)なのだ。
ここで、方解石グループというのがヒントになるのである。どういう事かというと、似た組成の鉱物は、仮像を形成しやすいのである。化学組成の一部分を置き換えるからだ。
絵を見る限り、形は方解石の犬牙状結晶に似ている。というわけで、ここに描かれているのは、「菱鉄鉱と閃亜鉛鉱、方解石仮晶」ではないかと考えられるのだ。
ちなみに、「仮晶」は2つ持っているので、後でご紹介しよう。(残念ながら私の手元には菱鉄鉱も閃亜鉛鉱も無いので、手に入れたあかつきにはご紹介したいと思うのである。いつかはわからないが・・・。)


続いて右の切手である。



奇妙なフォルムをした翼竜、「バトラコグナトゥス」が描かれている。その下には「パイロモルファイト」、すなわち「緑鉛鉱」が描かれている。緑鉛鉱は、美しい緑色の鉱物なのだが、これまた残念なことに私の手元にない。
バトラコグナトゥス、なんだか非常に気になるので調べてみた。翼竜グッズをデザイン、販売するサイトに、詳しい説明が掲載されていたので、拙訳にてご紹介する。

The tiny pterosaur Batrachognathus volans is known from Upper Jurassic rocks of the Karabastau Formation in the central Asian republic of Kazakhstan. The depositional environment was a warm water lagoon, similar to what's seen in similarly aged rocks of Germany's Solnhofen limestone.

小さな翼竜、「バトラコグナトゥス・ヴォランス」は中央アジアに位置するカザフスタン共和国のKarabastau累層の上部ジュラ紀の岩によって知られている。堆積物によると生息環境は、暖かい沼地で、ドイツのゾルンホーフェンの石灰岩の同時代の岩石に同様に見られるものと似ている。

Batrachoganthus volans was first described in 1948 by Soviet paleontologist Anatoly Riabinin. The name Batrachognathus comes from the Greek words for “frog jaw” and the species name, volans, Latin for “flying.”

バトラコグナトゥス・ヴォランスは1948年にソビエトの古生物学者、アナトリー・リャビーニンによって初めて記述された。バトラコグナトゥスという名前はギリシャ語の「カエルの顎」に由来し、種名の「ヴォランス」はラテン語で「飛んでいる」という意味である。

The name references the short-faced skull with a round jaw seen in the only known specimen. Batrachognathus's delicate skull is incompletely preserved but shows that it had very large eyes set far forward and its jaws had a number of small, conical and slightly recurved teeth. The remainder of the skeleton is incompletely known, but does preserve some vertebrae, portions of the wings, and hind-limbs. Comparison of preserved elements with the same bones in similar pterosaurs shows that Batrachognathus had a wingspan of approximately 50 cm (20 inches).

その名前は、唯一知られている標本に見られる、丸い顎を持った短い頭骨に由来する。バトラコグナトゥスの繊細な頭骨は保存状態があまり完璧ではないが、前向きに離れている大変大きな目を持っており、顎には幾つもの円錐形でわずかに上向きに沿った歯があった事を示している。残りの骨格は不完全にしか知られていないのだが、いくつかの椎骨、翼の一部、そして後肢が残されている。似たような翼竜の同じ骨で保存されているものと比較するとバトラコグナトゥスの翼幅は50cmだったことがわかる。

Riabinin initially described Batrachognathus as being a member of the Rhamphorhynchidae, but noted strong similarities to the short-faced German genus Anurognathus (thought to be a rhamphorhynchid at the time). Subsequent research has confirmed the close relationship of Batrachognathus and Anurognathus as members of the Anurognathidae. Batrachognathus itself appears to be most closely related to the Middle Jurassic Chinese genera Dendrorhynchoides and Jeholopterus. All known anurognathids have short faces and those with preserved hindquarters show that they have short tails.

リャビーニンは始め、バトラコグナトゥスをランフォリンキダエ類の一種であると説明していたが、短い顔のドイツの種であるアヌログナトゥス(当時ランフォリンキダエ類だと思われていた)との非常に似ている点も記載していた。後の調査により、バトラコグナトゥスとアヌログナトゥスが、アヌログナティダエ類としての近縁種であることが確認されている。バトラコグナトゥス自体はジュラ紀中期の中国の種類、デンドロリンコイデスとジェホロプテルスと最も近しい関係であることが明らかになっている。アヌログナティダエ類として知られるすべてが短い顎を持ち、後肢が保存されているものには、短い尾を持っていたことが認められる。


Batrachognathus, like other anurognathids, is thought to have been an aerial insect hunter. They all share a number of adaptations for swift and acrobatic flight and likely pursued insects on the wing like bats, swifts, nightjars, and swallows. Well-preserved anurognathid specimens show that at least some species had long whisker-like filaments around their mouth, similar to what is found in nightjars.

バトラコグナトゥスは、他のアヌログナティダエ類同様、飛行する昆虫を捕らえていたと考えられている。彼らは敏捷かつアクロバティックに飛ぶための適用を幾つも経ており、コウモリやヨタカ、ツバメに似た翼で昆虫を追いかけていた。保存状態の良いアヌログナティダエ類の標本のうち、少なくともいくつかの種類には、ヨタカに見られるような物によく似た、ひげのような繊維が口の周りに認められるのである。


というわけで、バトラコグナトゥスはとても小さな翼竜で、面白い特徴を備えていることがわかった。その顔も想像してみると大変ユーモラスである。


まだまだご紹介したい恐竜と鉱物が満載なので、次回へ続く。



【参考サイト】
・PTEROS http://www.pteros.com/pterosaurs/batrachognathus.html 

美しい恐竜切手:マナマ(アジュマン)古生物切手

2018-07-15 | 切手


これほどまでに美しいデザインの恐竜・古生物の切手があったであろうか。
まるでガラスの板に絵の具を塗りつけ、勢いよく描いたかのような躍動感を感じる。
恐竜と古生物の白い輪郭線は、大胆に描いたようにも、また、鳥の羽のような繊細な線のようにも見える。


ロータス・フィラティックセンターさんで、恐竜切手のバインダーを眺めていて見つけた。この鮮やかな色合いと、白い羽毛のような線が目に飛び込んできた。そしてすぐに魅了されてしまったのである。「なんて美しい恐竜切手だろう!」と。



上段・左から、プラテオサウルス、スティラコサウルス、アロサウルス。


さて、この切手、どこで・いつ発行されたものなのだろう。発行年は記載されていない。発行したのは、なんと、”Manama, Dependency of Ajman”(マナマ/アジュマン属国)だったのである。
アジュマンといえば、郵趣家のあいだでは悪名高き「アラブ土候国」と呼ばれる国の一つなのである。

切手収集の趣味は世界的なものであり、世界各国も比重に差こそあれ郵便事業の利潤獲得のために、収集家が喜んで購入し死蔵されるような美しい切手が発行されることは少なくない。また小国では国家財政の重要な歳入源になっている。

しかし土侯国切手は、実際には郵便事業に使われないような切手を濫発した結果、世界中の切手収集家の顰蹙を買った。伝統的な切手の収集家は、こうした郵便事業の趣旨から大きく逸脱した切手を「いかがわしい切手(doubtful stamps)」と呼んでいる[1]。世界的な切手カタログである「スコットカタログ」に収録されていないほか、切手収集家による国際的な切手展(切手コレクションコンクール)の出品リーフに土侯国切手を入れると大きな減点にされる。(ウィキペディア「土候国切手」)


というわけで、土候国と呼ばれる国から発行された切手というのは、ちょっと怪しいというか、大分危険な香りが漂うのである。というのも、切手本来の価値、「郵便に貼って送れる」という大事な一面が抜け落ちているかもしれないからである。
「かもしれない」と言ったのは、実際に使用された形跡のある切手も存在する、という説もあるからだ。


上段、ステゴサウルス、ブロントサウルス。

石油ショック以前は、石油はメジャ-と呼ばれる多国籍企業が牛耳っておりおかげで石油の値段は安く定められ産油国といえども今のように豊かではありませんでした。現在のアラブ連合が国家として成立する前その地には土侯国と言われる国家?が数多く存在し、乏しい収益を補うため英国の代理店と手を組み大量の切手を発行しました。

もちろん外国のコレクタ-や子供相手の商売ですからその国に受けそうな題材が選ばれまたあまりに大量の種類の切手が発行されたため国際機関より切手として認めないということになってしまいました。

さてこの切手は日本では土侯国切手と呼ばれ最初は、雑誌「郵趣」等でも販売していましたが後には「これは切手ではないから収集の対象にならない」と方針転換しこれは「シ-ル」であるということで抹殺?されてしまいました。

ところで、この切手は実逓便もあり(私は写真でしか見たことはない)実際はその国では使用できたそうなので(国際機関で認められない切手がなぜ流通したのかは各説があります)まるっきり無視するというのはどうでしょうか。

土侯国切手は、国名が アブダビ、アジマン(マナマ)、デュバイ、フジエラ、ラサールカイナ、シャルジャ、ウムアルキウェン となっています。 (「切手の世界」)


実は、この切手を発見した後、使用済み切手の山を漁っていた時に、この「スティラコサウルス」の使用済みを発見したのである。



辛うじて”MANAMA”の最初のほうが読める気がする。しかも、印は○ではないようだ。
正直、この使用済み切手を発見した際、そう、例えるならば「彼女、悪い女だってみんなに言われているけど、本当はこんな純粋な一面もあることを発見したんだよね、自分だけは」とのたまう純朴な青年の心境を一瞬だけ感じたことは否定できない。「悪名高き土候国の切手っぽいけど、ちゃんと使用済みもあるから、切手としての価値もあるよね」みたいな。
ただし、使用済み切手、つまり消印が押されていても安心してはいけない。例えば、「FDC」(初日印をおしたもの)だとか、記念印を押したものを、台紙から剥がした可能性も否定はできないからだ。

しかしながら、ただの土候国切手ではないと思わせる点がもう一つ。上段右端のブロントサウルスと下段右端のディアトリマの切手にご注目いただきたい。この2枚だけ「地の色」が金色であることに気づかれるだろう。この2枚は額面が他よりも高く、さらに”AIR MAIL”の表記がなされている。わざわざ、航空便用の切手を収集家の死蔵品として作るものだろうか? これは実際使用する目的で発行したのではなかろうか、という大変心許ない希望が沸いてくるのである。
怪しい。そして妖しくも美しいのである。


下段、左からマストドン、ウインタテリウム、ディアトリマ。


ところで英語版ウィキペディアによると、「マナマ」というのは、アラブ首長国連邦の内の一国、アジュマン(アジマン)首長国の「飛び地」であるそうだ。
1920年代に真珠採取業が破綻し、当時のアジュマン首長がその飛び地・マナマを「パン籠」(穀倉地帯の意味もある)とすることにし、パパイヤやレモンの木が植えられたのだそうだ。その後、野生のミツバチによる蜂蜜採取産業も盛んになった。

さらに、切手発行に関する経緯が英語版には載っていた。拙訳でご紹介しよう。

Philately(郵趣)

In 1963, Britain ceded responsibility for the Trucial States' postal systems. An American philatelic entrepreneur, Finbar Kenny, saw the opportunity to create a number of editions of stamps aimed at the lucrative collector's market and in 1964 concluded a deal with cash-strapped Ajman to take the franchise for the production of stamps for the government. Kenny had made something of a specialty out of signing these deals, also signing with the Ruler of Fujairah in 1964[2] - and getting involved in a bribery case in the USA over his dealings with the government of the Cook Islands.[3]

1963年、英国はアラブ首長国連邦の郵政システムの権限を割譲した。アメリカ人の郵趣家で起業家のFinbar Kennyは、富をもたらす郵趣市場を目的とする数々の切手発行を生み出すという機会に遭遇し、金欠のアジュマンとの協定で政府の代わりに切手を生産するという特権を得るに至ったのだ。Kennyはこのような協定にサインするために専門知識を利用し、1964年にもフジャイラの統治者とも協定を結んだ―さらにはクック・アイランドの政府との協定に関して、アメリカで贈賄事件に巻き込まれている。


These stamps, luridly illustrated and irrelevant to the actual emirate of Ajman (editions included 'Space Research' and 'Tokyo Olympic Games') became known together with stamps produced by other Trucial States at the time, as 'dunes'. Their proliferation eventually devalued them. Among these editions, following the opening of a 'post office' in Manama on July 5, 1966, were nine editions published from 'Manama, Dependency of Ajman'.[4]

こうした、けばけばしく描かれ、アジュマン首長国とは実際関連性のない(「宇宙探査」や「東京オリンピック」を含む発行)切手は、他の首長国で制作された切手と共に、’dunes’(「砂丘」の意味。所謂「土候国切手」のこと)として知られるようになるのだ。こうした切手の急増は結果的に、それ自体の価値を下げることになった。これらの発行の中には、1966年7月5日、マナマでの「郵便局」開設をうけて、’Manama, Dependency of Ajman’(「マナマ、アジュマンに属する」)として、9回の発行が行われたのである。

Few collectors would realise Manama was a remote agricultural village consisting of a few adobe houses on a plain overlooked by the Hajar Mountains.

マナマが、ハジャール山脈を望む平原にわずかな日干しレンガ造りの家からなる、飛び地の農村であることに気づいたコレクターはほとんどいなかったのだ。


(※‘edition’は「版」という意味なのだが、印刷の回数という意味で「発行」と訳している。)


以上が「土候国切手」と呼ばれるものが発行された経緯である。Finbar Kennyという郵趣家は、自分の発行したい切手を発行したいように発行する権限を得たことで、使用実態のない切手を乱発することになったのだ。
ただし、それはかなり目を引くものだった。はっきり言って、魅力的だったのである。


さて、このマナマの古生物切手であるが、1966年から1974年ころまで発行された切手の中に含まれているものなのだろうか? 果たしてそれ以降の発行による、「実態を伴った切手」であるのだろうか。謎は謎のままである。
世界的権威(スコット切手カタログのこと)に認められなくとも、大変魅力的で、「妖しく美しい切手」なのである。



【参考サイト】
・「切手の世界」 http://www.urban.ne.jp/home/shoji/arabu.htm 
・ウィキペディア「土候国切手」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BE%AF%E5%9B%BD%E5%88%87%E6%89%8B
・Wikipedia “Manama, Ajman” https://en.wikipedia.org/wiki/Manama,_Ajman

沖縄 慰霊の日

2018-06-23 | 切手


今から73年前。1945年6月23日、組織的な沖縄戦が終了したとされる日である。
沖縄では県民の4人に1人が、沖縄戦によって命を落とした。
家族に必ず1人~2人の犠牲者が出たと想像すれば、戦争を知らない私達にとってより分かりやすいだろうか。おそらく、それ以上に身内を亡くした方々が多かったのだろう。そんなことが、現実に起こってしまったのである。


戦争とは、人が人の命を奪うことである。そこに大儀など無い。ただの国家をあげての人殺しにすぎない。
犠牲になるのは、戦争を言い出した本人ではない。必ず一般の国民達、すなわち我々のような名もない人間達が、平然と殺されていくのである。弱い物ほど犠牲となっていく。


今でも地球の何処かで戦争が起こっている。ニュース映像はもはや当たり前すぎて、驚きを覚えなくなってくるほどだ。感覚が麻痺してしまっている。戦争に対してだけではない。太平洋戦争後から現在も続く沖縄の基地問題に対しても、である。


きっと、そうやって感覚が麻痺したような雰囲気の中で、戦争への一歩が踏み出されているのだろう。ひとしれず、ひっそりと、でも確実に。


今日は、過去の悲惨な歴史が紛れもない現実であることに思いをめぐらせ、平和であることの尊さを確かめる日にしたいと思った。
戦争の犠牲になった方々―沖縄も現在の何処かでも―に祈りを捧げたいと思うのである。

切手の博物館 再訪

2018-06-20 | 切手


そぼ降る雨の中、目白の「切手の博物館」を訪れた。再訪である。ちょうど到着した時、郵便屋さんも博物館前に到着。ぐわしポストから郵便物を回収していた。こんな光景に出くわすなんて、ちょっとラッキーだなと思う。

前回、私はなんと博物館を見学せずにミュージアムショップとテナントショップを堪能して帰るという暴挙(「中国古生物切手(特22)とウドムルト共和国加刷切手」の回参照)に出たので、今度はきちんと博物館を見学してからショップに向かうことにした。






チケットがかわいい!目白だけに「めじろ」である。
ちなみに、このきれいなクリアファイルは、企画展の画像を受付でお見せして、頂いた物である。企画展のチラシの画像を印刷して持って行くか、スクリーンショットなどで保存して受付で提示すると、なんと記念品がもらえちゃう、とHPに書いてあったのだ。


4月4日~7月1日の企画展は、「チクタク・チクタク―時を刻む―」である。
学校の時間割のような構成で、「時」をテーマに様々な切手が展示してあった。非常に面白い。

◎1時間目「時間を観測する」
月の満ち欠け、動植物の生態などから時間を割り出す方法にまつわる切手や、日時計や天文時計の切手など。さらには、イギリスのエリザベス女王の様々な年齢の切手などまであった。

◎2時間目「時間を考える」
プラトン、アリストテレス、コペルニクスといった、「時」について思考していた人物の切手、時の流れを詠んだ和歌、時間がキーワードの物語などの切手。地球には3分間しかいられないウルトラマンの切手(20世紀シリーズ)も展示してあった。

◎3時間目「時計を作る」
機械式時計、ぜんまいや振り子、鐘楼や時計台、美しい時計の切手など。時計産業に関する切手もあった。

◎4時間目「時計を使う」
正解の標準時、日付変更線などに関する切手。スポーツやチェスの図案の中にさりげなく描かれている切手も。

◎5時間目「時間と郵便」
郵便業務、消印について。郵便を受け付けた日時を刻印しているため。

このように、「テーマティク」という切手収集のジャンルとして、「こんな風に発展して集めるのか」と、大変参考になった。
「時」がテーマだと、つい時計なんかに集中してしまいそうだが、時を詠んだ和歌、時について思考していた人物なんか、コレクションの幅を広げ、一層面白味を付加してくれそうだなあと感じた。
なるほど、こうやって発展させるのか。「恐竜」についても、もうちょっと幅を広げられそうじゃないだろうか。少し考えてみることにしよう。


有料スペースのミュージアムショップには、楽しい切手やグッズが並んでいる。
実は私は恐竜の他に、「文学」に関する切手も収集している。アイルランドから出ている「オスカー・ワイルド」の小型シートを見つけた時は小躍りしそうになった。ワイルドといえば、『サロメ』、『ドリアン・グレイの肖像』なんかで有名な作家だ。その人生も波瀾万丈で、なかなか興味深い人物なのだ。
スペインの「闘牛2種」も購入したのだが、これ「文学」に含んでしまえるのである。なぜかは今後をどうぞお楽しみに。


さて、ロータスフィラテリックセンターさんにお邪魔する。ちょっと馴染みになってきたのだ。顔を覚えられている。うれしい。
以前お邪魔した時に、「今度来る時には恐竜切手をさがしといてあげる」とご主人が言って下さっていた。その通り、今日は迷いに迷うくらい恐竜切手がわんさかあった。どれにしようかしばらく悩んで、小型シート2枚と、未使用の切手10枚を選んだ。本当は全部買い占めちゃいたい位ですよ。



というわけで、本日の漁獲である。ロータスフィラテリックセンターさんでは、ついに秘密の小部屋に案内していただき、面白い使用済み切手を発見!!例のごとく、小出しにご紹介していくつもりなので、お楽しみに。


今回はモナリザスタンプさんにお邪魔する時間が無かったのが残念だったが、またの機会を楽しみにしよう。
そして、ロータスフィラテリックセンターさんには、まだまだお宝が眠っていそうだということが分かった。
次の企画展が始まったらまた訪れたいと思う。次は「世界の鉄道」展(7月4日~9月30日)である。こちらも楽しみである。



【参考】
・切手の博物館 展示案内No.89