相洲遁世隠居老人

近事茫々。

とんだ災難;Diamond Princess 乘船記

2020-03-14 08:35:49 | 日記

とんだ災難;
地獄の船室監禁十日目の 2/13 夕刻、突然 今から隔離入院だから、五分で準備せよとの慌ただしさで、横濱から救急車で三時間、北関東の公立病院に 公權力による強制隔離入院。

以來 23 日間、毎日三回の體温測定、血中酸素濃度測定、血壓測定。 加へて、胸部聴診、レントゲン、血液検査が合計三回。
48時間間隔、二回聯續のビールス檢査を通過して、先週金曜日の3/06 に退院許可がおり歸宅を許される。

治療方法が無いため、投薬もなく、唯々ベッドに横になってゐる、糖尿病患者の病院食の23 日間。

最新鋭設備の整った隔離病棟は減壓室で カードキーなしではドアも開かず、四六時中 監視カメラで監視された、 まさしく格子無き牢獄。
カルロス・ゴーンの氣持ちも 痛いほど分かったし、「死んだほうがましだ!」と言った池江璃花子の感慨も實感した。

思い起こせば、2/03 横濱檢疫所檢疫官に據る夜を徹しての乘客全員の體温測定があり、其の時點での健常者は 豫定通り 2/04 に下船させるべきであったと 今でも確信してゐる。

  厚生省横濱檢疫所長として一番 責任を問はれる事のない 全員14日間船室隔離が決まったのは2/04 正午頃。

 船室監禁隔離の判斷を下すには、「豪華客船」の船社の謳い文句が 權限者である 横濱檢疫所長(北澤 潤 厚生醫官)の頭の中を占めてゐたのではないか?

結果的に乘員乘客3,711名中 712 名の罹患者を出したのは その所爲であることは明白である。


糖尿病の基礎疾患のある小生は輕症ですんだが、私の家内(70歳未満)のように、船内監禁中 連日37.5℃、二回のPCR檢査で「陰性」、しかし その間に39.0℃で容態重篤の爲、隔離病院に緊急搬送されて 三度目の檢査で「陽性」判定。

即ち 檢査そのものの信頼性と信憑性にも問題あり。
HCUでの酸素吸入とHIV特効薬のカレトラで 一命を取り留める。
幸い 快復して一昨日 無事退院。


船が那覇に入港した 2/01 (土)には問題發生が明かとなってゐたのだから、直ちに横濱港大黒埠頭に對策本部を立ち上げて 2/03 (月)の入港を待ち構えておくべきであった。

それが 入港してから 厚生・防衛・総務各省から参事官クラスが派遣されて鳩首協議という體たらく。

地獄の船室監禁中の出來事で有名なのは報道で廣く知られた 「藥よこせ」 騒動。

船室監禁が決まった2/04、老人乘船客の多い事を承知の醫務室では いち早く起こり得る事態を豫測してアンケート用紙を印刷、各人に配布、夕刻には用紙を回収して醫藥品名、必要量、緊急性を把握してゐた。 これがどうhandleされたのか?
船室監禁中、唯一の船内情報である船長アナウンスで最初にこの事に触れられたのは2/08 朝。 この頃 船内はパニック状態であった事は 廣く報道された通り。 私の分が船室に 届けられたのは2/09 4:55pm。

その間、偶々 乘り併せていた私の會社の先輩は、毎日 4 回のインスリン注射が必要で一刻の猶豫もならず、一計を案じて 種々 傳手を頼りに工作した。

眞っ先に反應したのが日本共産黨所属の市會議員。 自ら 厚生省に電話をすると共に、
神奈川縣選出の畑野君枝衆議院議員を通じ、黨内で本件を総括する 秋田縣のご出身で、東北ブロック選出の高橋千鶴子衆議院議員と直接メールが繋がったのが 市議に御願いして一時間もたたぬ迅速さ。 國會開會中の 超多忙な高橋議員とメールを交わすこと十数回。

困った時の神頼み であったにも拘らず、實に熱心に そして 誠實に對應して呉れました。 日本共産黨國會議員團のみならず、乘船中の自民黨 橋本岳厚生政務次官(龍太郎次男、龍伍の孫で三代續きの厚生族議員)にまで聯絡をとってくれました。

日本共産黨の組織力と行動力には端倪すべからざるものがあります。
爾今、市政國政に限らず 必ず日本共産黨公認候補に投票する事を堅く心に誓った次第。


騒動の第二幕は 崎陽軒焼賣(しゅうまい)辨當事件
船室監禁九日目の 3/12日朝、崎陽軒から4,000個の焼賣辨當の差し入れがありました。
船のウエイター、ルームスチュワードの大半はフィリッピン人、一方 崎陽軒の工場従業員も 全部 フィリッピンからの出稼ぎの人達。
察するに 同胞の苦境を知った彼女らの發案で なんとか 少しでも同胞を慰める方法はないものかと經營側に頼んで 早朝から、乘員乘客に加え 支援の醫療スタッフ分も含めて 4,000個の焼賣辨當を丹精込めて作り 差し入れて呉れたものに違いない。
待てど暮らせど船室には届かず。 4,000個 全部廢棄處分を知ったのは 翌日のメディア報道。
  それを知った 彼等、彼女等の 落膽と失望は 察するに余りある。

何の豫測もたてず、何の準備もなしに14日の隔離を安易に決めた 現場の混亂ぶりを示す 二つの出來事です。

的確な総指揮が執れる有能なる現場指揮官不在が招いた結果でもあります。

此度のこと、1/20 日の時點で、一氣に出入國禁止とまではいかなくとも、支那・朝鮮からの第一段階での入國制限を發動すべきであった。
然れば、國内での感染擴大の様相は違った展開になってゐた筈である。

Inboundの旗がいつまでも降ろせず、習近平の顔色ばかり窺って、その來日延期が正式に決定するまで なにも決断出來なかった安倍官邸。

入國制限が發動されたのが今週に入ってからとは何とも理解出來ないお粗末さである。
即刻 退陣すべし。
令和(りょうわ)二年彌生三月十三日(金曜日)記


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1 コメント

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追 伸 (相洲遁世隠居老人)
2020-10-28 19:35:26
1.主治医はじめ 病院スタッフは危險を顧みず懇切に治療に専念してくれました。
病院食が口に合わなかったのは、糖尿病患者の病院食のせいです。 三月三日の雛祭には 特別の配膳をしてくれました。 厚く御禮申上げます。
2.後にNHK特集番組で、14日間の船室監禁を決めたのが 時の内閣官房長官 菅義偉、現 内閣総理大臣だと知りました。 完全な政治決定。 横浜檢疫所長、厚生大臣(現 加藤内閣官房長官)、専門家会議は 何をなさってをられたのでしょうか?
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