永井路子 昭和三十九(1964)年 初出、直木賞受賞作品『連作小説 炎 環』を讀む。
<連作小説>とは 四つの作品が 夫々 獨立した作品でありながら、孰れも北條氏に纏はる關連した内容である。 即ち;
惡禪師とは、 幼名「今若」、頼朝の異母弟であり、「牛若」即ち 九郎冠者義經の同母兄である 阿野全成の事。
黒雪賦とは、惡名高き 梶原平三景時の事。
いもうととは、北條時政の娘であり、北條政子の同母妹だと謂はれる、惡禪師・阿野全成の妻。
そして、覇樹とは、北條義時の事である。
當然の事ながら、毎週 NHK 大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」に登塲する。
この「鎌倉殿の十三人」、殆どの登塲人物が定説通りの名乘りながら、何故だか;
宮澤りゑ演ずる <りく> と 宮澤喜一総理の混血の孫 宮澤エマ演ずる<実衣>が通説の名乘りに見當たらない。
<りく> は 明らかに「牧の方」なのだが 三谷幸喜のシナリオ設定が 北條時政大番で結ばれ 京から連れ歸ったと謂う筋書きの爲 わざわざ<りく>としたものか?
「牧の方」は 駿河國・大岡牧 即ち 現在の沼津近辺の開拓牧塲主の娘ゆえ 呼び名を <りく> としたか? 宮澤エマの方は 阿野全成の妻ゆえ これも「時子」の筈だが 何故か <実衣> となってゐる。
「炎環」の中での「いもうと」の名乘りは「保子」(やすこ)。 兄弟姉妹として、四郎、高子、元子、榮子、五郎 の名前が出てくる。
四郎は 言わずと知れた 覇樹・北條義時である。 高子は 足利義兼妻。 元子以下は 牧の方腹であり、稲毛の女房、即ち 稲毛重成に嫁ぎ、榮子は 畠山重忠室。
NHK ドラマの中では 稲毛の女房は「あき」、畠山重忠室は「ちゑ」を名乘らせてゐる。
面白い事に 小説では 保子の阿野全成との婚儀の事にもふれ、千幡(小説では 千萬) 即ち 後の 源 實朝の乳母になった時に 名乘りを「阿波局」(あわノつぼね)に變へたとある。
北條義時の若き日の愛人であり、長子・金剛 即ち 後の第三代執權北條泰時の生母の通稱が 同じ「阿波局」であり、よく混同される。
NHK ドラマでの北條義時の名乘りは終始「小四郎」である。 嘗て父親が「平四郎(たいらノしろう)」を名乘ってゐたことから、「小四郎」の名乘りの正當性は頷けるし、 3/13 放映 第10 回「根據なき自信」の中で 相模國府での論功行賞の中で、頼朝直々 「小四郎に江間を與へよう!」と謂う塲面が出てくる。 この一言に 三谷幸喜シナリオの正當性が込められてゐる。
小説の中では永井路子は「四郎」で一貫してゐる。
ことほど左様に 北條一族の名乗りは輻輳混沌としてをり 三谷幸喜にとっていかようにも 自由自在 惟ひ通りに書けるわけである。
6/12 放映第23回「狩りと獲物」の中で 富士の巻き狩りの最中 騒動に乘じての頼朝暗殺計畫を北條時政が事前に承知してゐたとの筋書き、新説ながら 豫てからの思いを代辯して呉れたの感 深し。
2022/06/14 記