ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

日常を恋う

2020-04-19 | わたしの思い

 

今週に入って、南部のある州で、オキュペイショナル・セラピストである甥が、感染して自宅隔離をしていると知りました。まだ31歳で、妻と二人自宅隔離しています。防護服に身を包み、マスクもシールドも付けて働いていたのに、感染したようです。まだまだ若いし、既往症もないので、症状が悪化せず、早い回復を望んでいます。ほとんどの甥や姪は、医師、歯科医師など医療関係者で、私たちの長男を含め、なかなか大変な時を過ごているのです。まるで戦時中の銃後の生活を守るように、私はマスクを作り、提供し、感染を避けるために自宅にこもる事が、前線の医療従事者を助けることになるのだ、と思い、そして1日も早くこの奇禍から抜け出す事ができるように、と祈っています。

 

コメントへの返信どころか、ブログさえなかなか毎日書く事ができない多忙さ、信じられません。返信コメントが即時にできないのは、無礼以外の何物でもありませんが、どうぞお許しください。依頼されたマスクは全品近辺の病院へ寄付され、フロリダの息子にも送りました。するとまた依頼があり、大量生産が始まりました。中にはオフィス仲間からのもあり、これは今週火曜日からの加州やこの市の要請で、エッセンシャル・オフィスで働く人は特に、マスク着用必須となったためです。こんな時、子供五人分の服を作ってきた過去のあまり布、それもほとんど綿生地が大量にある事が幸いです。不織布のインターフェイシングもあれやこれや残っていて、昔夜なべ仕事のまでして子供服を製作していた事を感謝するに至ります。子供の小さな頃は専業主婦・母でしたから、午後2時間の子供達の昼寝時間も大いに利用したものです。まさか今になってそうした端切れや残していた生地が役立つとは思いもしない事でした。

 

私が休職に入ったのは、先月半ばで、その頃はまだダウンジャケットを羽織って出勤していたのですが、今はすっかり若葉の季節。居間のピクチャーウィンドウから見える桑の大木は、その頃芽吹いたかどうかという状態でしたが、今では青々とした葉を茂らせ、隣家のチムニーが見えなくなるほどになっています。人間がどうであろうと、自然は巡り、人に見られようが見られまいが、花は咲き、桃やネクタリンは、小さな小さな青く固い実を付け始めています。縫い物に疲れた目を癒すために、あるいは気分転換に、時折夫がドライブに誘ってくれ、車窓から眺める山の麓の小高い丘に寄り添うようにある果樹園の様子を目にしては、それだけのことなのに、心が安まります。

 

お耳のようなのは、末娘のT-シャツの模様。偶然イースターバニーのようになった孫#7。

 

明日は、今日と同じでも、終息の日に一日近づいていると信じて。

 

コメント (3)
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