(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 四

2010-01-21 20:35:23 | 新転地はお化け屋敷
「大吾殿、入ってもいいでありますか?」
「ん? ああ、いいぞ。話だけ変に長くなったな」
 言って、ウェンズデーを脇から持ち上げる大吾。そういう抱え方をするとウェンズデーはもう人形にしか見えないなあ、なんて思うわけですが、それはともかく着水です。
「そんなに深くなさそうですし、私も入っちゃって大丈夫そうですね」
 縦に伸ばした体をタライの縁に引っ掛けて中を覗いたナタリーさんも、そのままつるんと滑るようにして水の中へ。そしてその目算の通り、水の底に体をつけても掲げた頭を悠々と水面から出せる深さなのでした。今回は誰かにしがみつく必要もないようです。
「猫殿もどうでありますか?」
「うむ……。しかし、入った後はずぶ濡れになるしな……」
 縁に立ったままの猫さんをウェンズデーが誘いますが、猫さんは躊躇います。とはいえ、ずぶ濡れになるという問題くらいならこちらからどうとでもフォローできるわけで、
「それは大丈夫であります。外に出た時は、大吾殿がタオルで拭いてくれるであります」
「タオル? で、拭く?」
 タオルというものをご存じないのは当然のこととして、もしかしたら「水気を取り除くために何かで体を拭く」という行為自体も同様なのかもしれません。猫さん、首を捻るのでした。
 が、
「そういえば昨日、成美に風呂というものに入れてもらった後、それらしいことをしてもらったな。柔らかくてふわふわした……あれのことか? タオルというのは」
 昨日から今日にかけて202号室にお泊まりしていた猫さん、どうやらタオルで拭かれるということは経験済みだったようです。
「あれのことであります。ゴシゴシされるのは案外気持ち良いでありますよ」
「ああ、それだったら俺にも分かる。チューズデーも同じような表情だったしな」
 言いながら、猫さんはついに水の中へその身を下ろしました。飛び込んだ形なのに着水音が控えめなのは、さすがの身のこなしと言いましょうか。
 ところで、こちらはどうでもいいことかもしれませんが、どうやら同じく202号室に泊まったチューズデーさんも一緒にお風呂に入っていたようです。まあ、猫さんだけ入れてというのも変な話ですしね。
 猫さんとチューズデーさんは恋人同士、というところまではまだ到達していないっぽいですが、それなりの関係ではあるようです。そんな二人が一緒に入浴というのは――しかし、それでどうこうということになるのは人間だけなのでしょう。当たり前っちゃあ当たり前ですけど。
 で、そこから派生する考えとしまして一つ。
「成美ちゃんも一緒に入ったの? 昨日のお風呂って」
 浮かんだ考えと全く同じことを、栞さんが尋ねてくれました。どうせ僕からじゃあ訊けなかったわけですけど、それにしたってやっぱり考えちゃいますか、その点。
「ああ。どうせ面倒を見てやらなきゃならんのだし、なら一緒に入ってしまったほうが手っ取り早いからな」
「ふうん」
「ところで喜坂、何か言いたいんじゃないのか? チューズデーだけならともかくこいつも一緒で、恥ずかしくなかったのかとか、そういうことを」
「いやいや、そんなの全然だよ?」
 まさか家守さんや椛さんでなし、栞さんがそんなことを考える筈も。――しかしもし、さっき思ったように栞さんの考えが僕のそれと全く同じなのならば。
 ……栞さん、いつもの笑顔にいやらしさが込められているような気がします。
 するとそんな様子をタライの中から眺めていた猫さん、成美さんへ語り掛けます。
「どうした成美、頬の辺りが赤くなっているが。どういうことを表しているんだ? それは」
 それは嫌味ったらしい言い回しでも何でもなく、全身を毛に覆われている猫としては、肌の色がどうなるなんてことは本当に理解の範囲外なのでしょう。まあ、そんな調子だからこそ余計に赤くなる成美さんの頬ではあるわけですけど。
「お前がもし赤の他人だったら、さすがにこうはならなかっただろうさ。男だとはいえどもな」
「ん? どういうことだ?」
「買い物に行くぞ喜坂! ついでに二人乗りの練習だ!」
 猫さんの疑問の声を掻き消すように声を張り上げた成美さん、おののいて「は、はいっ」と敬語になってしまう栞さんを引き連れ、自転車置き場のほうへ向かっていってしまうのでした。
 見えなくなるまでその背を追ってみたところ、栞さん、成美さんに謝っているようでした。まあ、その栞さんを連れて行ったわけですから、成美さんはあまりどうとも思ってないのかもしれませんけど。
 さて、残されたこちら側ですが。
「大吾、俺は何かあいつに失礼を働いたか?」
 何の説明もされないまま去られてしまった猫さんは、不安そうなのでした。
「いえ、そういうことじゃないです。前にも言ったと思いますけど……その、人間ってあんまり肌を見せることを良しとしてないんで、風呂のことを言われると恥ずかしかったんですよ」
「そういえばそうだったな。ふむ、だから昨日、お前はわざわざ時間をずらして風呂に入っていたんだな?」
 人間としてはごく当たり前の光景なのですが、しかし大吾、「ええ、まあ」と返事をするその表情が引きつり始めます。恐らくは、話の流れに嫌な予感でもしたのでしょう。
「となると、お前は成美の全身を直接見たことはないということになるのか? あの、服とかいうもの越しに見ているだけで」
 嫌な予感がしたのだろうという僕の想像が正しかったとするならば、見事に予感的中です。猫さんは当然ながら悪意の欠片もないわけでしょうが、こちらとしてはモロ過ぎる話です。
「……そのへんのことは、二人になった時にでも話します。後でなんとか時間取りますから」
「よく分からんが、お前がそう言うならそれに従おう。成美がああなんだ、俺も人間のことはある程度でも知っておきたいしな」
 大吾が大変そうなのはもちろん、猫さんも食い下がるだけの理由があるようです。そりゃまあ、そうなりますよね。
 しかしまあ大吾が今ここでは話せない(当たり前にもほどがありますけど)というのなら、それはともかくとしておいて。
 猫さん、今はタライの側面に前足を掛けて突っ張って話しているのですが、それを止めると水底に足が付かないようです。だからと言ってそう問題があるわけでもなく、音も立てずに犬かきでゆったり泳いでらっしゃいますけど。
 さて、それを間近で見ているのは同じタライに入ったウェンズデーとナタリーさん。
「猫殿」
 猫さん、呼ばれたとなればそちらを見ます。見るだけで返事はありませんでしたが、しかし猫さんがそういう方だというのは、ウェンズデーも知っているのでしょう。構わず話を続けます。
「朝に言われたことを気にしているわけではないでありますが、ペンギンというものがどういう動物なのか、今ここでお見せするであります」
 もちろん朝となると僕は大学に行っていたわけで、何があったか見たわけではありません。が、こんな話を聞いていました。猫さんがウェンズデーに対して、「この奇怪な生き物は何なんだ」と言ったらしいことを。
「ナタリー殿にも、お目にかけるのは初めてであります。ご一緒にどうでありますか?」
 言いながら、両の羽をバンザイさせるウェンズデー。そのポーズも含めてどういう意味なんだろうと一瞬考えはしたものの、
「いいんですか? じゃあ、失礼します」
 とウェンズデーの腰に一周分だけ巻き付くナタリーさんを見て、ようやく理解できました。
 巻き付いたナタリーさんの胴体が浮き輪みたいになっちゃってちょっと泳ぎ辛そうですが、まあしかし何とかなるのでしょう。そしてそのナタリーさんも、一周分巻き付いたくらいではまだまだ水面に顔を出す余裕もあるようです。
「さすがにこの中で全力を出すのは控えるでありますが……いくであります!」
 勇ましい声を発したウェンズデー、そのままトポンと前に倒れ、水中でうつ伏せに。
「おい、どうし――」
 猫さんはこの時点でもまだ、ウェンズデーが何をしようとしているか気付けていなかったのでしょう。突然倒れて水中に沈んだウェンズデーに声を掛けるのですが、
「なんだ!?」
 そのウェンズデーがこれまた突然に水中を高速で移動し始めると、これにはさすがの猫さんも驚きを隠せないようでした。
 ちなみにナタリーさんはその間もずっと水面から顔を出していて、その様子はどこか、潜水艦の潜望鏡を彷彿とさせるのでした。驚いているのか楽しんでいるのか、猫さんと違って声すら出してはいませんが。
 ウェンズデー、タライの側面に沿ってぐるぐると泳ぎ続けます。するとタライの中央辺りに位置していた猫さん、さながらウェンズデーとナタリーさんの二人に取り囲まれたような格好に。もちろんそれは、ウェンズデーの速さがあって初めてそう見えるんでしょうけど。
 ……暫くしてウェンズデーの円運動が収まると、猫さんが犬かきでそちらへ近付きます。
「これはお見それした。なるほど、その羽は水を掻くためのものなのだな。しかも全力でないとも言っていたし……」
「はいであります。壁にぶつかったりすると危ないでありますし、ナタリー殿のこともあるでありますので」
 どことなく自慢げなウェンズデーでしたが、これはもう自慢しないと逆におかしいぐらいの長所なのでしょう。ぶっちぎりにもほどがありますし。
「どうでありましたか? ナタリー殿」
「面白かったし、気持ち良かったです。ウォータースライダー、でしたっけ? 前のあれは怖かったですけど、ウェンズデーさんの泳ぎは全然そんなことなくて」
「それは良かったであります」
 そういえばナタリーさん、前にみんなでプールに行った時は、ウォータスライダーでちょっと気分が悪くなっちゃったんでしたっけ。ならばそういう意味でも、ウェンズデーの手加減はいい塩梅だったのでしょう。

 さて、それから暫く。水の中でくつろぐ三名にジョンがいい加減うずうずし始めたのですが、飛び込まれるとその狭さゆえに危ないということで、現在は大吾がなんとか抑えています。
 するとそこへ、表庭から自転車が近付く気配。ちりちりちりちりと聞くからに低速なタイヤの音の通り、ゆっくりと駐輪場へインする成美さん。とはいえ、後ろにはきちんと栞さんが乗っていました。そしてその栞さん、膝の上に荷物を乗せているのですが、随分と大きいようです。
「買ってきたぞ」
「おう、ありがとな」
 昼の散歩時に比べればそう疲労した様子もない成美さんでしたが、しかし自転車の話よりも前に買い物の話のようです。栞さんが持っているものとは別に前籠に入れてあった荷物を持ち、その栞さんと一緒にこちらへ。
「なるべく大きいのを選んだつもりだけど、大丈夫かな?」
 大きなほうの荷物を持っていた栞さん、紙袋の中身を取り出しました。それはもちろんゴムプールだったのですが、では成美さんが持っているほうの荷物は何なんでしょうか? ゴムプールを膨らませるための足踏みポンプ……は、どうやらゴムプールとセットになってるみたいですし。
「んー……まあ、こんだけありゃ大丈夫だろ」
 記載してある大きさを確認したんでしょう、外箱を眺めた大吾は納得したようでした。
 さて、そうなれば次にどうするかは大体決まったようなもの。大吾はウェンズデーに尋ねました。
「どうする? 今すぐに使ってみるか?」
「ジョン殿も一緒に入れるでありますか?」
「いけると思うぞ」
「じゃあお願いするであります!」
 ウェンズデーが真っ先に尋ね返してきたのは、ジョンが一緒に入れるかどうか。入れないのなら今ここでタライと入れ替えてもそれほど意味はない、ということなのでしょう。
 それだけでも微笑ましいのですが、
「仲が良いのだな」
「ジョン殿のことでありますか? もちろんであります」
 猫さんとのその遣り取りは、こちらを更に微笑ましくさせるのでした。
 さて一方、大吾はゴムプールを膨らませる作業に取り掛かります。僕と同じく頬がちょっとだけ緩んでますが、まあそれはいいでしょう。
「大吾、喜坂なら後ろに乗せて走れるようになったぞ。となれば、多少は重いとは言え、お前を乗せても大丈夫なんじゃないか?」
「かもな。じゃあ今度、二人でどっか――って、ここで話すようなことじゃねえか」
「はは、それもそうだ。それに、そもそもの自転車が借り物だしな」
 ということで、大吾と成美さんの視線は僕のほうへ。
「いや、いつでも使ってくれて構いませんよ? 散歩の時にも言ったような気がしますけど」
 と返事をし、そしてそれは嘘偽りなしのことなのですが、そう言えば僕も栞さんと出掛けてないなあ、とも。大学と買い物に行くのは一緒なんですけどね。
 しかしまあそれは横に置いておきまして、ポンプの取り付けを完了させた大吾、しゅっこしゅっことポンプを踏み始めます。見た目は楽そうでも割と足疲れますよね、あれ。
 ――ということで。
「足痛え……」
 ウェンズデー達を待たせているなら急がねば、という面もあったのでしょう。張り切ってポンプを踏み続けた大吾は、脛のあたりを抱えてうずくまってしまうのでした。そんな状態でゴムプールが膨らみ切るまで漕ぎ着けたのは天晴れです。
 実のところ、成美さんが途中で交代を申し出てもいたのですが、大吾はそれを拒否したのでした。いつもと同じく仕事は仕事、ということなのでしょう。
 しかしその仕事もあと少し。タライの水をゴムプールに移し、ウェンズデー達も移し、足りない分の水をホースで足して、ようやくちょっと大きくなったプールが完成しました。
「お疲れ様、だな」
 成美さん、地面に座り込んだ大吾に労いの言葉を投げ掛けます。疲れのせいか大吾は返事をしませんでしたが、それは猫さんの普段の様子のようでもありました。無駄口が嫌いだという猫さんは、分かり切った質問に返事をしないのです。
 成美さん、にっこりと微笑みながら、大吾の隣へ座り込みました。
「行って来い、ジョン」
「ワフッ」
 ゴムプールを指差しながら成美さんがそう言うと、ジョンはそちらへ歩み寄り、縁を跨ぐようにしてその中へ。
 一番最後の仕事を成美さんに取られた、と意地悪な見方をすることもできますが、それでも大吾は黙ったままでした。が、ジョンの入場で騒がしくなったプールを見遣りつつ、微笑んでもいたのでした。
 自転車デートの話を引っ込めた割には人の目の前でいい雰囲気になっちゃってますが、まあそこは指摘しないでおきましょう。
「そういえば栞さん、その荷物は何なんですか?」
「ん? ああ」
 すっかり意識の外でしたが、栞さんと成美さんが買ってきたものはゴムプールだけではないのです。今は栞さんの足元に紙袋のまま置いてあるそれが何なのか、結局今の今まで聞けていないのでした。
 さて、栞さんがその紙袋を手に持ちながら嬉しそうに言うには、
「服、買ってみたの。ちょうど成美ちゃんと一緒だったしね」
 とのことでした。そういう話があったことは当然覚えているわけですが、まさか同日中に実行されるとは思っていませんでした。僕と一緒だった時は、まだどんな服を買うか決めかねていたようでしたし。
 しかし想定していようがいまいが、そうなるとまあ、その新しい服がどんなものなのか及び、それを着た栞さんがどうなのか、ということは気になるわけです。とはいえ「今すぐ着替えてきてください」なんてお願いもそれはそれでどうだろうか、なんて躊躇っていたところ。
「その……服選びって、あんまり自信がなくてね。ちょっと変だったりするかもしれないから、過度な期待をされちゃうと心苦しいかもしれないです」
「そうですか? 今来てるその服だって、僕は好きですけど」
「これ、楓さんに初めて買ってもらったものなんだよね。それで結局、これと同じような服を着続けてるわけだしね」
「ああ、そうだったんですか」
 と軽く返してみたものの、それは意外かつほんのちょっとだけ気が重くなる話でした。
 まずは意外という部分。上は袖無し、下もスカートとはいえそう裾が長いわけでもなく、色はピンクな今のその服装は、軽装である点は家守さんっぽいかもしれませんが、色合いがどうもそうではないような。まあ、他人の服となったらそういう選び方になっても不思議ではないんですけど。
 次にほんのちょっとだけ気が重くなるという部分。初めて買ってもらったということは、あまくに荘に住むことになった直後の話なのでしょう。となればそれまで栞さんが何を着ていたかというと、以前に聞かせてもらった「家守さんにここへ招かれるまでは病院から出られなかった」という話もあって、病院での服装だろうなと想像できてしまうわけです。つまるところ、高確率で患者服だろうなと。
「あ、でも別に、引きずるようなことがあってこの服を着続けてるとか、そういうことじゃないからね? 単にその、自分で買った服を着るのが不安だったって言うか」
 僕の表情がどうにかなっていたのでしょう、栞さん、やや慌てながらそう言います。周囲にそれなりの人数がいるこの状況なので詳しく述べられるわけではありませんでしたが、内容は僕が考えたことと同様のものなのでしょう、やっぱり。
 しかしもちろん、栞さんが何かを引きずっているとまでは思いません。少なくとも胸の傷跡が消えてから以降は確実に在り得ない、と断言だってできます。
 なのでそこには触れずにおいて、
「『自分で買った服を』っていうのは、これまでもそれ以外の服を持ってはいたってことですか?」
「うん。まあ、それでも大した量じゃないんだけどね。今日だって上と下で一着ずつしか買ってないし」
「それを聞いちゃうと、見てはみたくなりますよ? やっぱり」
「あはは、だよねえやっぱり」
「と言っても、今すぐにとは言いませんけど」
「うん、そうなっちゃうとこっちもちょっと心の準備がね」
 ということは、遅かれ早かれ披露してはもらえるのでしょう。あまり期待をされると困るという話でしたが、そりゃちょっと無理というものですよ栞さん。
 ……服を着るのに心の準備が必要だというのが、普通に考えれば変なことだというのは否定しません。しかし、だからといって栞さんを変だとも思えませんでした。
 僕は、入院をしたことがないどころか、そもそも病院にお世話になったこと自体がそう多くはありません。なので「ほぼずっと患者服で過ごしていた」ということがどうその本人に影響するのかなんて、手探りで想像してみるくらいしかできないわけです。
 となれば、実際にそんな状況の中にあった栞さんを変だと決め付けることもまた難しいのです。僕だって状況が同じなら同じようになったのかもしれませんし。
 さて、一瞬のうちにあれやこれやと考えが巡ったわけですが、それはともかく栞さんが言葉を繋げます。
「それにただ着るってだけならともかく、見せる相手も相手だし」
 ――ああ、その点も問題になるわけですか。それもそうでしたね、考えてみれば。
 ……もうちょっと考えてみるに、自分はちょいと服装に無頓着すぎやしないだろうか? 毎日栞さんに会ってる割に、そんなことを考えた覚えが全く無いけども。
 しかしそんなことを考えたところで現在所持している服から無頓着さが抜けるわけではなく、ならばあれこれ思案したところで無駄でしょう。というわけで、それはそれとしておきます。
「賑やかだなあ。わたしも混ざりたいくらいだが、それはさすがに狭くなるか」
「耳引っ込めてくりゃ、お前一人くらいならなんとかなるんじゃないか?」
 何のかんのですっかり馴染んだ猫さんも加えてのプールの様子に、成美さんが誘惑されているようです。そして、大吾の言っていることも確かなのですが――。
「でもまあ、買い物行く前に喜坂も言ってたけど、服どうすんだってことにはなるよな」
「むう。わたしとしても、ここで水着というのはちょっと抵抗があるしな……。いや待て、濡れてしまって構わない服ならそれでもいい、とも言っていたよな?」
 それを言ったのは栞さんでなく僕ですが、まあそんな細かいことはいいとしましょう。
「替えもあるし、今着ているこの大きいほうもあるし、小さいほうのいつもの服は濡らしてしまっても構わないんじゃないか?」
 大きい身体でも小さい身体でも、白いワンピースを普段着としている成美さん。今の話からすれば小さいほうが最低でも二着、大きいほうが最低でも一着、計三着あるということになります。
 が、それ以前に考えるべきこととして、
「透けるぞ」
「なぬ」
 という問題が。
「生地が厚いとか色が濃いとかだった大丈夫だろうけど、そんな真っ白でヒラヒラした服じゃあ、濡らしたらまず間違いなく透ける」
「し、白でヒラヒラだとそうなるのか?……ヒラヒラかどうかは判断し辛いが、下着も白なん」
「そこまで言わんでいい」
 言葉を遮られた成美さん、しょんぼりと俯いてしまいました。もちろん恥ずかしい話になってしまったということもあるにはあるんでしょうけど、それよりは落胆のほうが強かったようです。
「服の下に水着を着ればいいんじゃない?」
 そこでこう提案したのは、栞さんでした。
「もちろん服が透けちゃうのは変わらないから水着は見えちゃうけど、そのまま水着だけ着てくるよりはまだいいんじゃないかな」
「おおっ。――うむ、確かにそれなら何とかできそうだ」
 言われた光景をそのまま想像してみたのでしょう、少しだけ考えるような間が空き、そして力強く頷く成美さんなのでした。
「ありがとう喜坂。それじゃあ早速着替えてくるぞ」
「いってらっしゃーい」

 というわけで、それから五分ほどののち。
「おや、想像以上なことになってるね」
 101号室の裏庭に面した窓が開き、そこから顔を覗かせたのは椛さん。想像以上というのは恐らく成美さんのことなのでしょう、面白そうにプールを眺めるのでした。
 そのまますぐに顔を引っ込めた椛さんでしたが、どうやらそれは玄関に靴を取りに行っていたようで、すぐにまたその窓から出てきました。もちろんと言うべきか、姉夫婦も一緒です。
 で、そのお姉さん。
「どしたの? このゴムプール」
「さっき喜坂と一緒に買ってきたのだ。この通り、わたしまで入れるほど広くなったぞ」
 プールの中で座ったまま、ふふんと胸を張る成美さん。
 胸を張る、なんて言うと思い付くことがないわけでもないですが、これまでにも何度か同じことを思った気がするので、それは横に置いときまして。
 胸を張った成美さんでしたが、それに続けて苦笑の表情。
「……まあ、髪の毛を纏めるような何かも買っておけば良かったなとは思うが」
 耳を引っ込めた成美さんは、今更言うまでもなく小さいです。しかし、その真っ白でところどころ跳ねている髪は、とても長いままなのです。結果として、水に浮いた髪がその小さい体以上に場所を取ってしまうのでした。
「広いプールだとあんまり気にならないけどねー」
 と、栞さんはそう言います。しかしまあ、中には気にする人もいるだろうということも分からないではありません。学校の授業やテレビで見るような水泳の大会以外ではあまり見かけないとは言え、水泳帽というものがあるくらいですし。
 ――という指摘もあるにはあるのですが、それを言うならその前にこっちを、ということようなことがもう一つ。
「俺達は気にならんが」
「ならないですよねえ」
「ならないであります」
「ワウ」
 成美さんと一緒にプールに入っている方々は、そう口を揃えるのでした。ならば少なくともこの場はこれで問題ないわけです。


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