(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 五

2010-01-26 20:44:26 | 新転地はお化け屋敷
「ふんふん。そういうことなら気にすることはないんじゃない? なっちゃん」
「まあ、そうだな。そのようだ」
 ということで成美さんの顔から陰りが消え、ならば話題は次のものへ。
「せーいっさんは部屋にいるの?」
 辺りを見回した椛さんが、誰にともなく質問を投げ掛けました。続けて、両手の親指と人差し指で四角の枠を作り、そこにプールを納めるようにしながら言うには、
「何かこう、絵になりそうな感じなんだけど」
 とのことでした。小さな女の子と複数の動物がゴムプールの中で水浸しになって戯れている――言われてみれば、それもそうかもしれません。もちろん素人考えですけど。
 素人考えとかそういうことはともかく、そういうわけで。
「楽さーん」
 高次さんが102号室に声を掛けます。
 ほぼ常に薄暗く、なので何なのかは分からないながらも、何かがゴチャゴチャしているということだけは分かる私室。そちら側のカーテンはいつも通り閉じられていますが、どうやら清さんは居間の側にいたようです。「んっふっふ、そろそろお声が掛かる頃だと思ってましたよ」と窓から顔を出すのでした。
 まあ、清さん以外の全員が集まったんですもんね。
「おや、新しいプールですか。んっふっふっふ――……こう言うと失礼かもしれませんが、和やかな光景ですねえ」
「ふん、失礼も何も、わたしは遊びたい相手と遊んでいるだけだぞ。和やかで当然だろう、そういう状況というのは」
 清さんが失礼だと言ったのはそういう点についてではなく、成美さんの容姿に重点を置いてのことだったんでしょうけど――まあ、成美さんも分かっていてそう返しているんでしょう。「ふん」って言いましたし。
「で、だ。楽、椛が言うには、この光景は絵になりそうなんだそうだ。どうだ? お前としては」
「なるほど、それは面白い考えですねえ」
 どうやら清さん、椛さんの意見に納得したようです。ならこのまま絵を描く流れに、と思ったらここで猫さんから質問が。
「絵というのは、一体何なんだ?」
「ふむ、どこからどう説明しましょうか。私がよく使うのは鉛筆というものなんですが、要はまあ黒くて脆い塊を押し当てて線を描く道具ですね。それを使って、例えば猫さんを描くわけです」
「器用なことだな。うむ、それで?」
「それで完成とするもよし、更に色を加えてより本物に近付けるも良しなのですが――しかし何も本物に近付けたものやもっと言えば実際にあるものを描いたものだけが絵というわけではなく例えば頭の中にイメージとしてだけ存在するような何が何だか分からない形を描いたり場合によっては形すら描かず色をぶちまけただけのものであっても絵と定義される場合もあるわけです」
「あ、ああ」
「私はあまりそういう絵を描きませんがしかしそういう絵を描きたくなる絵描きの心情やその絵自体が表す絵描きの心情について思いを巡らせるのはなかなか楽しかったりするわけです。とはいえもちろんもしかしたら心情も何もなかったりするかもしれないので結局は見る側である私の妄想でしかないと言われればそれまでのことでもあるんですがんっふっふしかし随分と話が逸れてしまいましたねえ絵というものの説明をしていた筈なのですが」
「ちょっと待て楽」
 久々に清さんが暴走しましたが、止めたのは成美さん。気圧される猫さんを見兼ねたのでしょう。
「現物を見せれば済む話だろう?」
「おっと、それもそうですね。では説明をはりきるより、絵を描くことにはりきりましょうか」
 というわけで清さん、いったん102号室に戻りました。「台風が通り過ぎたような」というのは、こういう時にこそ使う表現なのでしょう。
「……ああいうやつだったのか? 清一郎は」
「ああいうやつなのだ、楽は」
 ちょっと困った一面ではありますが、しかし悪い一面とまではいかないでしょう。そういう人なのです、清さんは。
「お待たせしました」
 時間的には全然待ってませんが、スケッチブックと筆記具を携えて、その清さんが再び。
 さて、そうなったところで被写体となる側から質問が。まずはナタリーさんです。
「あの、やっぱりじっとしてたほうがいいですか?」
「いえいえ、楽しんでいるところの邪魔をするつもりはありませんよ。構図はこっちで固定させますんで、どうぞ思いっきり遊んでいてください」
 それを受けて、今度はウェンズデー。
「こっちが動いていても描けてしまうものなんでありますか?」
「ええ。躍動感を出したい場合なんかは、むしろ動いてもらっていたほうが有難いですねえ。私としては、ですが」
 プールの中でじっとしているのは変でしょうし、ならばそれを写す絵としても、何かしらの動きが欲しいところではあるのでしょう。……しかし動いていたほうが有難いというのは、まるで絵を描いた経験のない身からすればとんでもないことに感じられるのでした。
 それはともかく質問はこれで終わりかな、と思ったら、そこへ成美さんが引き続きます。
「わたしからも一ついいか?」
 質問者の中で、最も神妙な声色でした。
「何でしょう?」
「……完成した後のことなのだが、その絵はどうなるんだろうか? いやその、もちろん絵に描いてもらえるのは光栄なのだが、でもこんな格好だし、やはり誰かの手元に置かれるのは落ち着かないと言うか」
 普段着の白いワンピース。成美さんの言う「こんな格好」とはまさにそれのことなのですが、しかし当初の話の通り、水に濡れてすっかり透けてしまっています。とは言えそれでどうというわけでもなく、これまた当初の話の通り、下にはきっちり水着を着込んであるんですけどね。洋服と水着の差はあれど、白いワンピースの二枚重ねです。
 まあもちろん、「どうというわけでもない」というのは第三者視点での話であって、当事者である成美さんが恥ずかしがるのもそりゃあ分かりますけども。
「そういうことでしたら問題はありませんよ」
 困った表情の成美さんに対し、清さんは表情を崩しません。
 ……いや、清さんの表情はあんまりこういうことの指針にはならないので、態度を崩さないと言ったほうが正確でしょうか。
「出来上がった絵は哀沢さんと怒橋君にお譲りします。ちょっと大きいですが、アルバムの写真代わりにでもしてもらえると有難いですねえ」
「ということだが、大吾はどうだ?」
「そりゃあ、貰えるってんなら断る理由なんか何も――あ」
「どうした?」
「いや、こういう状況の絵を飾ってたら、庄子が来た時にまたスケベ扱いされるんじゃねえかって」
 ほぼ水着同然の妻――外見年齢がどうあれ妻は妻ですし――が、描かれた絵。普通に考えれば水着ぐらいでそれはないだろうってな話ですが、相手が庄子ちゃんで、その庄子ちゃんの相手が大吾で、しかも描かれているのが成美さんとなると、あり得るかもしれません。いや、まず確実にそうなるでしょう。
「むう。とは言えもしそうなったら、さすがにわたしから庄子を諫めるくらいはするが……いや待て、いいことを思い付いた」
 思い付いたそうです。それは結構なのですが、しかしそんな結構なことを無視するかのように、清さんがスケッチブックに鉛筆を走らせ始めました。
「庄子にその絵をあげるというのはどうだ? お前も絵に収まっていれば、喜んでもらえると思うのだが」
 元々、他の人の手元に置かれるのは落ち着かない、という理由で絵の所在を相談しているはずなのですが、庄子ちゃんはその「他の人」に含まれないようです。
「オレどうこうはともかく――そうだな、それなら多分いけるだろう」
 庄子ちゃんから受ける被害を心配しているような口ぶりの大吾ですが、どうせ内心はそうじゃないんでしょう。なんせ庄子ちゃんが喜ぶという話を耳にしたんですから。
「怒橋君も絵に入るんでしたら、プールの傍にいてもらえると有難いですねえ。もちろん、水の中に入ってもらってもそれはそれで結構ですけど。んっふっふっふ」
 清さんはそう仰りましたが、しかしもちろん大吾は水に入りまではしませんでした。

 絵に描かれているという意識もあってか、遊ぶ動作の一つ一つが硬くなりがちだったプール内の面々。しかしそれも初めのうちだけで、数分もしないうちにその硬さは抜けてしまったのでした。もちろんいいことではあるんですが、そのおかげで容赦なく水が飛び散って、結果傍に座っていた大吾がずぶ濡れになったりもしましたけどね。
 というわけで、
「出来上がりましたよ」
「もうか? 思っていたより随分と早いな。描く人数も多いのに」
 自分の背を飛び込み台に見立て、頭の上に今まさに飛び込もうとしているウェンズデーを乗せた成美さんが、その言葉に清さんを振り返ります。ウェンズデーは落ちました。
 成美さんが謝りながらウェンズデーを拾い上げてから、清さんの話が。
「色を付けるとなればまだまだ掛かりますが、それはこの場でなくてもできますしね。庄子さんへの贈り物になるんですし、やるなら部屋でじっくり時間を掛けさせてもらいますよ」
「時間が掛かるのか……。しかし、済まんが頼んでもいいか?」
「もちろんですとも」
「ありがとう」
「ありがとうございます、清サン」
 庄子ちゃんへの贈り物ということで、成美さんとしても大吾としても、できるだけ手の込んだものにしたかったのでしょう。手を込めるのが自分自身でないのは複雑でしょうけど、清さんがどうやら初めからそのつもりだったらしいことを受けてか、安堵のそれにも似た温かい表情になるのでした。
 一方で清さん、早速と言わんばかりに部屋へ戻ってしまいました。あちらはあちらで楽しんでいるらしく、ならばそれは第三者としてもなによりです。
 さて、この場での絵を描く作業は終了したわけですが、しかしそれで水遊びが終わるわけではありません。再びざばざばと水音が立ち始めます。
 その賑やかさに再度触れ、口を開いたのは椛さん。
「やっぱいいねえ、こういうの。うちにも何かしらの動物さんを迎えてみようかな?」
「おや、いいんじゃないの? 赤ちゃんのお友達になってくれるかもしんないし」
「――とは言っても、やっぱうちって食べ物を扱ってるしねえ」
 家守さんにはさらりと同意されたのですが、自分で苦言を呈してしまいました。するとそこへ、「椛サンの家の構造は全く知りませんけど」と大吾が。ずぶ濡れなのはそのままですけど。
「ちょっとした柵くらいでも売場とかに入り込んじまうのは防げると思いますよ。もちろんそれが何の動物かって話にもなりますけど、その動物だけじゃなくて赤ちゃん用にもなりますし」
「おお、そっかあ。工房は危ないし、階段とかもあるから、そういうのを設置するって考えはあったんだけど――そりゃそうか、動物さんにも有効だよねえ」
「ここがこんななんで、オレとしては前向きに検討して欲しいです」
「うん、今のでかなり前向きになったね」
 言葉の通り、椛さんはすっきりした表情に。
 一方のすっきりさせた大吾。さすがは動物好き、というほどの話でもないかもしれませんが、しかし「そうなって欲しい」という気持ちは、恐らくここにいる中で一番強いんでしょう。だから真っ先に椛さんへ柵のことを助言したんでしょうし。
「言葉が通じさえすれば、よっぽどの捻くれ者でもない限りは柵も必要ないだろうがな」
 椛さんの表情が明るくなって意見を口にしやすい雰囲気になったということでしょうか、ウェンズデーに代わって成美さんの頭に登った猫さんがそう仰いました。
 それは実にその通りで、現にこのあまくに荘には柵というものがありません。ジョンが唯一の「言葉が通じない相手」ではありますが、よっぽどの捻くれ者の正反対をいく内面がそれを打ち消しているわけです。まあ、マンデーさんの通訳を通しての会話も、あるにはありますけど。
「ははは、人間嫌いなやつの口からそんな言葉が出るとはな」
 成美さんが笑いました。すると猫さん、返事の前に成美さんの頭から水の中へ飛び込みます。
「ふん、何も俺以外のやつにまで人間嫌いでいろと言うつもりはないからな。柵がどうのという程度の点を気にされる時点で、そいつは人間との生活がまんざらでもないんだろう」
 ……確かに、本気で人間を嫌がっているとなると、柵どころの問題ではなくなるのでしょう。柵だけでどうにかなる程度の問題しか起こさないのなら、人間との生活を望んでいると見ても間違いではないのかもしれません。
「人間との生活がまんざらでもないと思っている奴と、動物と生活を共にしたいという人間が揃うのなら、そうすればいい。俺がそうではないというだけの話だ」
 器が大きい話でありながら、しかし寂しい話でもあります。が、そんな猫さんと連れ添っていた成美さんは、笑顔を崩しません。
「正直なところ、お前だって相手の人間によってはまんざらでもないんだろう?」
「……ややこしくなったものだな。お前が人間の姿になったおかげで、俺まで人間のことをあれこれ考える羽目になった」
「その程度で嫌な顔をするな。一番ややこしかったのはわたし自身だぞ?」
「ふ、それもそうだったな」
 内容だけ見れば危うさが漂う会話なのに、雰囲気は和やかなものでした。頭に元が付くとは言え、さすがは妻と夫です。
「ねえ姉貴、あたしの話はどこ行っちゃったんだろう」
「どこに行ったっていうか、完全に消え失せたね」
「そりゃちょっとグサッとくる言い方だね」
「まあまあ、あれで解決したってことでしょ。あとは月見家で存分に話し合ってきなさいな」
「へーい」
 何となく不服そうですが、椛さんの話は終了していたそうです。と言って猫さんと成美さんの話ももう終わっているわけで、ならば次の話題が持ち上がるのか、それとも水遊びが続けられるのか、というところ。
 ナタリーさんが成美さんの頭に登ったところで、大吾が思い出したように口を開きました。
「あ。そうだ旦那サン、あの話ですけど」
 その時猫さんは大吾にお尻を向けて泳いでいたのですが、犬掻きのままゆっくりとそちらを向き直りました。
「あの話とは?」
「あの、二人だけの時に話すって言ってた」
 それは成美さんと栞さんが買い物に出掛けていた時のこと。猫さんが「大吾は成美さんの身体を服越しにしか見たことがないのか」という、本人からすればちょっとした、でも人間からすればちょっとどころの話ではない疑問を投げ掛けてしまったことから、「二人だけの時に説明する」という話になったのでした。
 要件を理解したらしい猫さん、犬掻きで大吾のほうへと近寄ります。その猫さんを大吾が抱え上げると、しかし当然、成美さんが気にするわけです。
「二人だけでとは、何の話なんだ?」
「ここで言ったら二人だけの話じゃなくなるだろ」
「むう、それもそうか」
 それだけで納得してしまうというのは、話の流れを知っている身としては安堵すべきこと。成美さんの残念そうな顔が、これまた話の流れを知っている身としては見ていて辛いですけど、そこは心を鬼にさせてもらいましょう。まさか事情を教えられるわけもなし。
「私も気になりますけど、それなら仕方ないですね」
 ナタリーさんも同じく残念だったようで、しかしそう言うと、それを吹っ切るかのように水へ飛び込むのでした。
 ……とはいえナタリーさん、成美さんと違って猫さんが大吾に質問した時、この場にいたんですけどね。多分、質問の内容を知っているからこそ余計に大吾の返事が気になる、ということなのでしょう。
「じゃあ、部屋に戻るな」
 ずぶ濡れの猫さんを抱える大吾は水遊びのとばっちりでこれまたずぶ濡れですが、しかしそのまま裏庭を後にするのでした。部屋に着いたら、話の前にまずはタオルと着替えの準備から入るのでしょう。その後の話も内容がアレですし、お疲れ様です。
 さて。
「ふふ、ついに大吾と二人で行動するまでになったか」
 ウェンズデーとナタリーさんがジョンの背中を滑り台代わりにして遊び始めた中、成美さんは腕を組んで笑いました。それは言うまでもなく猫さんのことなのでしょうがしかし、一つ引っ掛かることが。
「今まではそういう雰囲気じゃなかったんですか?」
 笑顔を見せるほどのことなのかな、と思ったわけです。なんせ、傍から見ている分には仲が良さそうでしたし。
「そうは言わんがな。しかしやはり、実際に目にすると嬉しいものだぞ?」
 そういうものでしょうか、と視線を大吾と猫さんが歩き去った方向へ。しかしもちろん、そこにはもういません。
「自分で言うのもなんだが、あの二人の接点はわたしだ。大袈裟に言えば、わたし抜きではあの二人に接点はない、ということになる」
 本当にかなり大袈裟な言い方でしたが、けれどもまあ、分からないでもないのでした。
 そしてもちろん、成美さんの話は続きます。
「しかしああして二人だけで行動するということは、二人にわたし以外の接点ができたということだ。今までそう思っていなかったというわけではないが、嬉しいじゃないか、やっぱり」
 複数の異性から愛される、というような状況に陥りようもない身としては、自分の身に置き換えて想像することすら困難な話でした。できたらできたで栞さんに申し訳ないような気がしますが、そんなこと気にする前に身の程を知れってなことにもなってしまいます――と、それはともかく。
 そりゃまあ、自分の身に置き換えるまでもなく、成美さんの気持ちを察する程度のことは可能です。好きな、どころか愛してまでいる二人が仲良くなるんですから、嬉しくて当然ではあるのでしょう。
 大吾と猫さんが二人で移動する場面を見るまでもなく、大吾と猫さんの仲が良いことを成美さんは知っていました。ただ、知っていてさえその場面を見て微笑み、かつ声に出して確認し直してしまうというその喜びの大きさまでは、僕には想像できなかったのです。
「椛」
「ん?」
 自分の話を終えた成美さんは、ここで椛さんへ声を掛けました。
「子どもが産まれることと何かしらの動物を飼うことのどちらが先になるかは知らんが、先になったほうがまず触れるのは、当然ながらお前とその家族だ。後になったほうが来た時に両者がむやみに戸惑わないよう、しっかり仲良くなってちゃんとした接点になってやるんだぞ?」
「分かった。ありがとうね、なるみん」
 産まれたばかりの赤ちゃんも、人間に飼われることになったばかりの動物も、周囲の環境に慣れるまでは戸惑うことの連続なのでしょう。となれば、赤ちゃんが先だった場合は動物が月見家にやって来た時、動物が先だった場合は赤ちゃんが無事に産まれた時、これまた環境が変わって戸惑うことになるわけです。
 しかし椛さんも含めた月見家の皆さんは、その戸惑いを無くすとは言わないまでも軽減することができる、というのが今の成美さんの話なのでしょう。
 ……纏めたつもりなのに成美さんの話より長くなってしまいましたが、そうなってしまうくらいに含蓄のあるお話なのでした。
「さすが、実践してちゃんと接点になってる人が言うと説得力があるねえ」
 今回ばかりは家守さんも至ってストレートに成美さんを褒めるのですが、
「いや、わたしの場合は、なるつもりもなかったのに勝手になってしまっていただけだしなあ。大吾とあいつが知り合うだなんて考えてもいなかったし、そもそもわたし自身、あいつとまた逢えるなんて思ってもいなかったんだし」
 成美さん、もじもじしながらそう返すのでした。
「……はは、遊ぶような雰囲気ではなくなってしまったな。わたしはそろそろ」
 言いながら逃げるようにプールから出る成美さんでしたが、
「そうでありますか? じゃあナタリー殿にジョン殿、自分達もどうでありましょうか」
「そうですね。充分楽しみましたし」
「ワウ」
「そうか? なら、プールの後片付けぐらいはわたしがしよう。大吾は部屋だしな」
 というわけで、今すぐにはここを去れなかったのでした。
 とは言え、結構な人数が集まっているこの場で、片付けを成美さん一人にさせるということにはもちろんながらなりません。
「あ、プールは俺がやっときますよ哀沢さん」
 初めに名乗り出たのは高次さんでした。
「部屋に戻って着替え――は、今のところ無理みたいですけど、顔と頭ぐらいはうちのタオル貸しますから。それと一緒に他のみんなもお願いします」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
 202号室では大吾と猫さんが秘密のお話し中なので、それが終わるまではびしょびしょの服を着替えられない成美さん。しかしまあ着ているのが水着なので、そう気持ち悪くもないでしょう。重ね着している普段着を無視すれば、ですけど。
「じゃあタオル持ってくるね、みんなの分」
「すまんな家守」
 いつもならこういう「大吾の仕事」の事後処理にあたるものは清さんの部屋で行われるのですが、家守さんと高次さんが仕事に出ていないおかげで、今回はこういうことに。代役を立てられるということはもちろん、絵を一枚頼んでいる以上、それを邪魔するようなことはし辛かったのでしょう。
 さて、水遊びをしていた一行が家守さんに連れられて101号室の窓際に集まっていく一方、プールの片付けを引き受けた高次さん、何やら手が止まりました。
「これ、水ってこのまま捨てちゃっていいのかな」
 誰にそれを尋ねたかというと、栞さんでした。
「え? は、はい。問題ないと思いますけど」
 ここは裏庭。当然ながら水が流れて困るような場所ではありません。一面を覆う草のことを考えれば、むしろちょっとくらい水を流したほうがいいかもしれないぐらいです。
「そっか。いや、普段毎日掃除してもらってるんだし、なんだか申し訳ないかなってね。一応は流し場に捨てるって選択肢もあるし」
「いえいえ、そこまで気にして頂かなくても」
「だよねえ、やっぱり」
 栞さんに質問をする前からこう返されると思ってはいたんでしょう、高次さん、しっかりと笑顔なのでした。
 そんな時、「皆を拭くくらいはわたしがやるぞ」と成美さんの声が。見ていたわけではありませんが、察するにタオルを持ってきた家守さんが誰かを拭こうとしたんでしょう。
「一応、これはもともと大吾の仕事だからな。引き継ぐとすればまずわたしだろう。高次に手伝ってもらっておいて何を今更、という話にもなるが」
「いやいや、そんなふうには」
「そうか? まあ、そうでなくともお前は雇い主だからな。そのお前に手伝わせるというのは筋が通らんだろう」
「言われてみりゃあそれもそうだね。じゃあなっちゃん、お願いします」
「うむ、任されたぞ」
 成美さんは嬉しそうでした。ならば目の前にいる家守さんはもちろん、既に笑顔だった高次さんを含めたこちら側の全員も、それに倣うことになるのでした。


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