(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 三

2010-01-16 21:15:26 | 新転地はお化け屋敷
 どういう感情から小声になっているかはともかく、少なくとも何かしら思うということは間違いがないようです。ならばそれは成美さんだけではないのだろう、ということなのでしょう、
「こっちの彼もそんなふうに思ってるのかねえ」
 成美さんと立場が同じである猫さんを引き続き撫でながら、椛さんは言うのでした。
「疑問があるなら猫じゃらし止めてあげたら?」
「あ、そこまでのもんなの? これって」
 家守さんに突っ込まれ、すると椛さんは猫じゃらしを揺らし続けていた手を止めます。会話ができる状態の猫に猫じゃらしを向ける、なんて経験は初めてだったのでしょう、猫の熱中度を甘く見ていたようなのでした。
 ……まあそれだけじゃなく、猫さんがそもそも口数の多くない人で、そうでなくとも遊び遊ばれている最中に真面目な話はし辛い、ということもあるにはあるんでしょうけどね。
 ともあれ椛さんが猫じゃらしをいったん自分の背中側へ引っ込め、すると猫さんも落ち着きを取り戻しました。
「そもそもお前達人間は、他の動物を見る時に年寄りだ若者だということをいちいち気にしているのか? 人間の姿になった成美はともかく、俺についてはまず大前提として『他の動物』だろう」
 落ち着いて、そして即座に真面目なお話。どうしてもついさっきまでの可愛らしい様子が頭から離れてくれませんが、しかしそれでも混同すべきではないでしょう。
「あー、それは確かに。気にしてたらとてもとても、今までみたいなことはできないだろうし」
 という椛さんの返事は、僕が考えたことと似たようなものなのでしょう。猫さんが自分達より遥かに年長者であることを考えれば、そういうことはしにくい筈ではあるのです。
「だろう。もちろん、俺からしてもそれは同じだ。自分と違う動物を前にした時に、いちいちその年齢を気にしたりはしない。――が、そうも言っていられない場合だってあるわけだがな」
「っていうのは、どういう場合?」
 猫さんらしくなく――というのは単なる僕の猫さんに対する印象の話ですが――はっきりこうだと言い切らず、なので椛さんがそこについて質問。するとそれまで椛さんの膝元にいた猫さん、膝元どころかその膝の上へ。
「極端に幼い場合は、やはりそれを意識するということだ。赤ん坊だとか、それ以前にまだ産まれる前の段階だ、とかな」
「いや、これはどうも。――なるほどねえ、あたしらも動物の赤ちゃんっていうと、ちょっと特別な扱いになるもんだし」
「個人的に人間を好いていない俺ですら、今のお前の状況に対しては前向きな感想を抱かずにはいられないんだからな。なんとも不思議なものだ」
 猫さんはそう言って椛さんのお腹に擦り寄るようにしますが、しかしもちろん、「人間を好いていないのに」という部分には、猫さん自身の特殊性もあるんだと思います。猫さんと同じように人間を嫌っている人間以外の動物を指して、ではその全員が今の猫さんと同じような感情を持つかと問われれば、そうではないんでしょうし。
「そういうわけで、言うべきことぐらいは言わせてもらおうか」
 まあそもそもにして、人間を嫌いながらも人間と知り合うことに躊躇いや戸惑いを見せないという点からして、猫さんは少々特殊であるようにも思うわけですけど。
「おめでとう。この場にいない旦那にも、そう言っておいてくれ」
「ありがとう。しっかり伝えるよ」
 にこにこと猫さんを撫でる椛さん。お礼が済んでその手が離れると、猫さんは椛さんから離れ、今度は成美さんのもとへ歩み寄ります。
 猫じゃらしが引っ込められているということで既に大吾からは放されていた成美さん、椛さんと同じくにこにこと、猫さんを膝の上へ招くのでした。
「今の猫さんと椛さんの話、分からないではないんですけど、私は人間の赤ちゃんをじっくり見たことがないんですよねえ」
「あ、自分もであります。散歩の時、たまーに見掛けることがあった程度で」
 床に伏せったジョンの背中に乗っていたナタリーさんの言葉に、これまたジョンに寄り添うようにしていたウェンズデーが続きます。
 そう言えば、ナタリーさんとウェンズデー達が以前に住んでいた家の主である山村夫妻には、お子さんがいなかったんでしたっけ。となれば道ですれ違うとか、ナタリーさんなら一時住んでいた動物園のお客さんの中に見掛けたとか、それくらいのものでしょう。
「ふーむ、実物なしにどんなもんかって説明するのは、ちょっと難しい気もするなあ。――せーいっさん、どうですか? 人間の中で唯一の子持ちとしては」
 お腹の中に子どもがいるからと言って、こんな話題ではそれはあまり関係がありません。ということで椛さん、清さんにバトンタッチです。
「そうですねえ。他の動物との差異、という点を重要視するとすれば……んっふっふ、言葉は悪いですが、とてつもなくか弱い存在、というところでしょうか?」
 バトンタッチの甲斐あって、きちんとしたお話が。
 しかしそれについて、質問者の二人からは疑問の声が挙がります。
「え? でも、赤ちゃんって普通そういうものじゃないですか?」
「そうであります。人間の赤ちゃんが特別というわけでもないと思うでありますが」
 そんな声に対して清さん、再び「んっふっふ」と。
「もちろん私も他の動物の赤ん坊にそれほど詳しいわけではありませんが、しかしなかなか珍しいのではないでしょうか? 少々時間が経つまでは、手足をばたつかせることと泣き声を上げる以外、ほぼ寝転んだまま身動きが取れないというのは」
 なるほど、言われてみればそうかもしれません。例えばウェンズデーになぞって鳥類ですが、巣から出ることはできないにしても、人間のように横になったままというわけではないですし。まあそもそも鳥類は横にはならないんですけど、それでも体を起していられるというのは差と言えば差です。背筋はもちろん、首もすわってないですしね、人間の赤ちゃんって。
 ナタリーさんになぞって蛇は……すいません、知識の範囲外です。完全に想像を頼りにすれば、生まれた直後からニョロニョロ動きまわってそうですけど。
「寝転んだまま、でありますか」
「不自由そうですねえ」
 ウェンズデーもナタリーさんも、意外そうでした。つまり、少なくとも二人からすれば、清さんの言い分が正しかったということなのでしょう。
「暫くすれば、はいはい――えー、手と足の両方を使って歩くことはできるようになるんですけどねえ」
「手と足の両方……マンデーやチューズデーのような歩き方になるでありますか?」
 マンデーさんとチューズデーさん。犬と猫、ということになりますが、まあ概ねそれで合っているでしょう。というわけで、清さんも頷いて見せます。
「そうです。そこからもう少しして、やっと足だけで立てるようになるんですよ」
「なんだか大変そうですねえ。赤ちゃん自身も、お父さんお母さんも」
「んっふっふ、それは確かにそうでしょうが、でもそれについては人間に限った話ではないんじゃないでしょうか? あと、なんのかんのでそれがそこまで苦でないことも」
「うーん、それについては経験のない私には……」
「自分も同じくであります」
 最後の一つについては、そうなのだろう、と言うよりは、そうだったらいいな、というような内容なのでしょう。まさか子育て中の他の動物から意見を伺うわけにもいきませんし。
 そして対話の相手であるナタリーさんとウェンズデーに子育ての経験はなく、ならば真相は確かめようもない――かと言われればそんなこともなく、
「どうだったでありますか? 成美殿と猫殿は」
 人間以外の動物で、子育ての経験あり。そういった方は、この中にもいるのです。
「わたし達か? うむ、もちろん大変なことだって多々ありはしたが、しかし楽の言う通りだぞ。無論わたし達に限った話でなく、愛する者との間にできた子なのだから――あー、いや、まあ……」
 そりゃまあそうですよねというお話でしたが、成美さん、それをバツが悪いというような様子で俯きながら中断。
 大吾に遠慮したのかなと思いもしたのですが、しかし成美さんが俯く直前、その視線をどこを向いていたかと言えば、それは僕と栞さんの方向だったように思います。
「お前はどうだ?」
 話を無理矢理終了させた成美さんは、膝の上の猫さんに意見を求めました。
「ここで言うのも情けない話だが、俺は息子達にあまり構ってやれなかったからな。どうだったと言い切ってしまうのも、それを考えると躊躇われるところだ」
「ふん、何を馬鹿な。もしわたし一人だったら、あの子達全員を無事に育て切れた自信はないぞ」
 語気をやや荒げて、けれども猫さんの背中を優しく撫でつつ、成美さんは言いました。もちろん僕はその当時の成美さんと猫さんのことを知りませんが、しかしなんとなくとは言え、ある程度のイメージを構築させられる遣り取りではありました。
「んっふっふ、もしかしたら、男の立ち位置もそう変わらないのかもしれませんね」
 清さんは楽しそうでした。いや、いつでも楽しそうな人だっていうのは、そりゃそうなんですけど。
「男の立ち位置かあ。俺なんかどうなるんでしょうねえ」
 腕を組み、どことなく儚げな声で言うのは高次さん。
「仕事のことを考えたら、今の時点じゃあ楓にくっ付いてる助手みたいなもんですし。この先楓が身重になって働けない時期とかが来たら俺、しっかり男の立ち位置に立てるんでしょうかね?」
 清さんが言った「男の立ち位置」という言葉を、高次さんは仕事と結び付けたようです。まあ、人間だと、そうなるんですよねやっぱり。
 で、言葉を返すのは、清さんでなく家守さん。
「そりゃあ大丈夫でしょうよ。何も腕が劣るってわけでなし、見た目も信用を得られそうな感じだしねえ。胡散臭いこととか考えられそうにない顔だし」
「うーん、『考えそうにない』ならいいけど、『考えられそうにない』ってのはそれはそれで胸が痛いぞ」
 ややごっつい体格に、人の良さそうな笑顔。確かに家守さんの言う通りではあるのでしょう。
 さてその家守さんですが、高次さんから視線を外して全体へ向けるように言いました。
「こういう商売だと、仕事頼んでもまだお客さんが半信半疑ってことがしょっちゅうなんだよね。だから笑い話じゃなく、今のって結構重要なことだったりするんだよ。――ぶっちゃけ、男か女かってだけでも随分違うもんだしね。どっちがどうだとは言わないけど」
 これまた確かに仰る通りで、霊能者に仕事を頼むということはまず間違いなく幽霊が関係する依頼内容なんでしょうけど、だからと言って依頼者さんがみんな幽霊の存在を信じているかということになると、やっぱりそうではないんでしょう。となればそれを説明するためにも、まずは自分を信用してもらわなければならないわけです。
 ……大変なんだなあ、ほぼ毎日のことなのに。
 さて、ところで。信用を得るための作業は、何もその場で依頼者さんと会って初めて開始するというわけではないのではないでしょうか。
 例えば家守さんは、その有り余るほどの才能が広まる所では広まっているとのこと。
 ――まあ、どうして僕がそれを言い切れるのかと言われれば、それが良くない方向へ作用した事件を一つ知っているからなんですけど。高次さんとお付き合いを始めたことで、実家が嫌がらせを受けてしまったという。
 経緯はともかく、では高次さんはどうかという話。これはもう今になって確認するまでもなく、高次さんはそれこそ非常に有名な四方院家の出身なのです。
 もちろんその「四方院」の名を手放したという事実はありますが、ならばそれで知名度が落ちるかと言われれば、実際のところは中々そうもいかないでしょう。……当たり前ながら、本人の前で口に出して言うようなことじゃないですけど。
「ま、いざとなったら最終手段もあることだし」
「最終手段? って、何ですか?」
 長々とした僕の考えはともかく、家守さんが何やら気になることを言い始め、栞さんがそれに食い付きます。中々に不穏な響きです、最終手段。
「仕事を休みにしちゃって暫く引っ込んどくの」
 まさに最終手段でした。
「会社勤めとかだとこうはいかないけど、何しろ気楽にやらせてもらってるからねえ。今日みたいな臨時休業をぽこぽこやっちゃうとことかさ」
 椛さんが来る、ということで仕事を無しにした本日の家守さんと高次さん。それが昨晩急に決めたことだと言うんだから、なるほど実に自由です。
「普段しっかり働いてるからそういうことができる余裕もあるんだよ。――なんて言っちゃうと、ヒモみたいだな俺。一緒に働いてるのに」
 なんとも寂しい話ですが、当の高次さん自身は笑っていました。
「孝一くん、ヒモって何?」
「えっ」
 疑問に思うのはともかく、それをなんで僕に振るんですか栞さん。そりゃ隣に座ってるわけだから位置は近いですけど、高次さんが言ったんだからそこは高次さんに訊いてくれればいいんじゃないでしょうか? その、答え辛いんですよなんとなく。
「巻いたり結んだりの紐じゃないよね?」
「自分も知らないであります」
「あ、私もです」
「わたしも知らんぞ」
「俺もだな」
「ワウ」
 栞さんに続き、ウェンズデーにナタリーさんに成美さんに猫さんに多分違うでしょうけどジョンにも、と一瞬で大人気になってしまう僕でした。全く嬉しくないですけど。ていうかなんで僕なんですか本当に。
「はっは、いやー、ごめんね日向くん」
「高次さん、酷いですよ……」
 どうして答え辛いのかと言えば、その後ろ向きな意味はもちろんですが、何より自分を「ヒモみたいだ」と高次さんが言ってしまったからなのです。そこで正直に意味を言ってしまったりしたら、みんなが高次さんに引いてしまうかもしれません。――というのに、なんで高次さんが笑ってるんですか。あんまり気にしませんか、そういうこと。
「うーん、じゃあせめて説明を引きうけるぐらいのことはしようかな。印象を悪くされちゃうのは望ましくないしね、やっぱり」
 というわけで、結局は高次さんご自身が首を捻る各々様方に説明を。
「ヒモっていうのは、簡単に言うと働かないで女の人の脛をかじり続けてるような男のことだね。となればもちろん、働くのは女の人のほうってことになるわけ」
「へー。あんまりいい意味の言葉じゃなさそうな感じですね」
 僕の予想とは違い、栞さんは更に食いつきます。あんまりいい意味じゃなさそうと言うよりはっきりと悪い意味の言葉であって、もっとはっきり言ってしまえばそういう人に対する蔑称なのですが、どうやらそこまでは掴み切れなかった様子。
「まあね。女の人が働くこと自体はもうそんなに珍しいことでもないけど、だからって男がそれに頼って働かないっていうのは、やっぱり色々と具合が宜しくないだろうからねえ」
 当初の僕の心配をよそに、高次さんは気楽に語ります。そしてそのせいか、当初の僕の心配は杞憂に終わりそうな感じに。
 しかし話の流れが予想と違うなら、話に対する感想もそれに合わせて変わってくるわけです。
 気楽に語ってはいる高次さんだけど、「自分がそれっぽい」なんてちょっとでも思うとしたら、それって結構な重圧なんだろうなあ、なんて。本当に働いてないならともかく、ちゃんと働いてるのにそう思ってしまうとなると余計に。
「人間は生活をするのに働いて金を稼がなければならない、というのは分かるが――」
 と、ここで口を開いたのは成美さん。
「しかしどうであれ、わたし達にはあまり縁のないことだな。仕事を貰っている身とはいえ、ならば仕事をする必要があるかと言われれば、実際のところないわけだし。なんせ幽霊は食事をする必要がないのだからな」
 まあ、それは確かにそうなのです。必要がないというだけであって、したいと思えば食事をすることもあるわけですが、でもやっぱり必要があるということにはならないのです。そもそも幽霊は殆どの人から見えないわけで、お金を持っていたところで使えないわけですし。自動販売機とかなら何とかなるでしょうけど。
「そんな中でしっかり仕事してもらっちゃってるんだし、改めて感謝だねこりゃ」
「なに、見返りは充分過ぎるほどあるんだ。感謝するというなら、それはむしろこちらからだな」
 感謝するという家守さんに対し、感謝し返す成美さん。その見返りというのは恐らく、ここでの生活全般を指しているのでしょう。
 もちろん、仕事をしないとこのあまくに荘には住めないというようなルールがあるわけではない以上、その「見返り」は仕事と直結してはいません。しかし仕事そのものが生活の一部となっていること、そして恐らくはここで生活させてもらうことへの恩返しという意味も込めて、自分の仕事に対しての「見返り」という表現を持ってきたのでしょう。
 しかしもちろん、幽霊でない僕は食事の必要どうこうの前提からして違ってくるわけで、ならば今の話は単なる想像でしかありません。……いえ、だからと言ってそう間違ってるとも思わないんですけどね。
「へへ。……っと、なんかいつの間にか本題からえらく話が逸れちゃってるね」
 照れたように微笑む家守さんでしたが、その照れがあってか、話を別の所へ移します。
「ごめんなさいね、主役さん」
「いえいえ、お気遣いなく。相変わらず暇しないしね、ここのみんなの話って」
 本題、かつ主役。というわけでそれは椛さんなのですが、本人は特に自分が本題や主役でなくても構わないようです。まあそりゃそうですよね。
 しかしそれでも話がこうなればやっぱり話題は椛さんに移るわけで、すると早速、清さんが。
「そう言えばですが椛さん、今日は何時頃までここに?」
「ああ、あんまり遅くなっちゃうとまた心配掛けちゃうでしょうし、暗くならないうちにはって感じですね」
「んっふっふ、大変そうですねえ」
 いつものように笑いながら、一方で清さんは壁に掛かった時計を確認しているようでした。それに際して僕の視界にも時計が入るわけですが、しかしまだまだ昼になったばかり。暗くならないうちにという話で考えても、余裕はたっぷりとあるようです。
 ――が、それから数分。
「では、私はそろそろ」
 椛さんを中心に月見家のご両親がどれだけ心配症であるかということについての話をしていたところ、その切れ目で清さんが立ち上がりつつそう言いました。それはつまり、と説明するまでもなく、帰るということです。
 さっきも確認した通り、椛さんの帰宅まではまだまだ時間はあるんですけども。
「んー、じゃあ、オレらもそろそろ」
「そうだな、そうするか」
 続けざまに大吾と成美さんも立ち上がり、するとウェンズデーが不安そうな声を挙げます。
「あ、あの、自分やナタリー殿やジョン殿もそうするべきでありますか?」
 何がそう不安なのかというと、つまり、みんなが唐突に帰り始めたその意図が掴めなかったのでしょう。
 ちなみに僕ですが、確認したわけではないにせよ、分かっているつもりではあります。
「そうするべき、なんて話じゃねえけど……そうだな、一緒に来るか? プールやってもいいし」
「おお、じゃあご一緒させてもらうであります!」
「あの、それなら私も……」
「ワフッ」
 世話自体は大吾が担当している動物さん方ですが、住んでいる場所は清さんの102号室。その清さんが声を掛けずに帰ろうとしたということは、彼らは残っていても支障がない、と判断されたのでしょう。
 もちろん、だからといって帰ることに支障があるわけでもなく、なのでプールに誘われて喜んでいる姿を見ても、清さんは笑顔のまま何も言いませんでしたけど。
「じゃあ僕もそっちに混ぜさせてもらおうかな」
「私もそうするよ」
 最後に僕と栞さんも立ち上がり、これで101号室における椛さん以外の客が全員帰ることとなったわけです。
 つまり、こういう状況なら身内だけで話すようなこともあるだろうなと、そういうわけです。なんせその身内が増えるという話なんですから。
 ……まあ、プールは裏庭でやるんだろうし、なら部屋を出たところで距離的にはすぐ近くなんですけどね。
「どうもありがとうね、みんな」
 こちらがどういう意図で動いたのか、椛さんは気付いていたのでしょう。唐突なことに面食らう様子もなく、笑顔で送り出してくれたのでした。

 さて、送り出されたと言ってもそう離れた場所に行くわけでもなく、裏庭。ここで発した声が101号室に届いてもおかしくないほどの距離ではありますが、それはともかく、部屋に戻った清さん以外の全員が集合です。
 大きなタライにホースからの水を溜め、即席プールがあっさりと完成です。もちろん、大きなタライとはいえ、プールとして見る分には小さいわけですけど。
「ウェンズデーとジョンだけならともかくナタリーも入るとなったら、ちゃんとしたゴムプールとか買ったほうがいいかもな。いっぺんに入るにゃあ狭いだろうし」
 今ですらジョンからすればプールというより風呂のようなサイズで、入ってしまえばほぼ身動きが取れないのです。いくらナタリーさんが細いとは言っても、そう考えるのも無理はないのでしょう。
 ところで、蛇って泳げるんですね。前にみんなでプールへ行った時のナタリーさんはほぼずっと庄子ちゃんにしがみついてたんで、その時点では分かりませんでしたけど。
「む、買い物か? そういうことなら喜んで引き受けるぞ」
「いや、別に今日じゃなくてもいいんだけど」
「そうかもしれんが、しかし今日でもいいんだろう?」
 いくらそれが成美さんの仕事とは言え、やけに食い付きがいいようです。大吾もそんな成美さんに怪訝な表情なのですが、しかしその怪訝そうな口から言葉が発せられるよりも前に、成美さんが口を開きました。
「いや、散歩の時の自転車のこともあるし、その練習がてらにな。それに……なんだ、ちゃんとしたプールというなら、わたしや喜坂だって入れるんじゃないのか? もちろんそんな、泳げるほど大きいものを期待するわけではないが」
 言いつつ、その栞さんへちらりと視線を送る成美さん。どうしてそこで栞さんが出て来るかと言えば、泳ぎが好きだからなのでしょう。
 泳ぐほど広くないというのはもちろんですけど、それでも栞さんは目を輝かせているのでした。
「ここで水着になるっていうのはちょっと考えさせられるところもあるけど、それを含めても魅力的な話だね」
 考えさせられるところがあって尚この期待感、感じ取っている魅力は相当なものなのでしょう。ならばそれをちょっと後押ししてみたり。
「水着になるっていうより、濡れても構わないような服を着ればいいんじゃないですか?」
「なるほど! じゃあ全く問題なくなっちゃうね!」
 最早「今すぐ買いに行くべきだ」と訴えかけてくるような勢いの栞さんなのでした。まあ、栞さんのことだけでなくウェンズデー達が使うという側面もあるので、言い出した大吾からしても同じような気持ちではあるんでしょうけど。
「……プールというものに詳しいわけではないが、要は大きな水たまりを作りたいのだろう? それの何について、栞はそんなに楽しげなんだ?」
 成美さんの足元から冷ややかな質問が。それが誰かと言われれば、当然ながら猫さんです。
「猫じゃらしで楽しめるのはわたし達だけだろう? それと同じようなものさ。――とはいえ、やってみればお前も楽しめるとは思うがな。気持ち良いものだぞ、水に浸かって遊ぶというのも」
「そういうものか」
 成美さんからの説明である程度の納得はしたらしく、タライの縁に飛び乗って中を窺う猫さん。水が少なかったら重みでタライがひっくり返るかもしれないところでしたが、そうはならずに一安心です。


コメントを投稿