(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 二

2010-01-11 20:52:41 | 新転地はお化け屋敷
 しかし、イメージするのが駄目なら現物に頼ればいいのです。
 通路のベンチとは言え、周囲は女性用の衣服を扱う店ばかり。ちょっと見回すだけでもいろいろと大人っぽい服がずらりと――。
 ずらり、と。
「…………」
「お待たせー」
「!」
 ……栞さんの声。想像以上に早かったですが、それはまあいいでしょう。
 一度持ってもらっておいて今更渋るというのも逆にどうかと思うので、差し出された手へ素直に買い物袋を差し出し返しつつ、ベンチから立ち上がります。
「欲しい服、ありました?」
「気になるのはいくつかね。でも、買うってほどじゃなかったかな」
「時間も短かったですしねえ。――じゃあ、帰りましょうか」
「うん」
 あまり長い時間は取れませんでしたが、買い物の時間はこれで終わり。ほんのちょっとの時間だけお世話になったベンチを後にし、そのまま駐輪場へ向かいます。
 気付いてみれば、下着屋のすぐ横なんて位置に設置されていたそのベンチ。もちろん知りませんでしたとも。知らなかったからこそ、目に飛び込んできたその一瞬でいろいろ想像させられちゃいましたとも。だってそりゃあ、下着も服装の一部には違いないわけで、だったらやっぱり大人っぽい大人っぽくないってことだって――ああもう、自己嫌悪。

 さて、そんなこともありましたがなんとかかんとか無かったことにして、その帰り道。の、そのまた終わりかけ。もうすぐ家に到着だというところで、
「あ、こうくん」
 栞さんから呼ばれました。
「はい?――あ」
 自転車の後ろに座る栞さんは何かを指差していて、ならばとそちらを見てみましたらば、そこはあまくに荘の関係者用駐車場。いつもなら家守さんの軽乗用車一台だけがぽつんと停まっているか、仕事に出掛けてそれすら停まっていない場所です。
 そんな場所に気付くようなことがあるとすれば、それは一つしかないでしょう。見覚えのあるミニバンが停まっているのでした。
「先に来ちゃってましたねえ、椛さん」
「こうなったら待たれてるのは私達なんだろうね、今」
「あー、そうでしょうねえ」
 栞さんの声色が苦笑したようなものになり、釣られてこちらも同じようなものに。家守さんから何か意地の悪い言葉を掛けられるであろうことを覚悟しなければならないとして、今日はそこに椛さんも一緒なのです。
 つまり、単純に考えれば意地の悪い言葉が二倍です。まあそれは単純に考えればであって、もしかしたらそれ以上になるということもあり得ると言えばあり得てしまうんですけどね。恐ろしい話です。
 しかしどんなに不安がったところで、あまくに荘は目の前なんですけどね。

 駐輪場に自転車を停め、買い物の荷物を置きに一度自分の部屋へ戻ってから、101号室前。明らかにここだけ中が賑やかですし、ここなのでしょう。
 チャイムを鳴らし、栞さんと並んでしばし待ちます。
 パタパタと足音がしてから、ドアが開きました。
「おかえり、しぃちゃんこーちゃん。ごめんねえ、せっかくの予定がない日に顔出させちゃって」
 出てきたのは家守さん、ということで早速軽いジャブです。これが家守さんでなかったらなんてことない挨拶で済むのでしょうが、でも家守さんですし、そしていつもの意地悪そうな顔ですし。
 まあ、むしろそうでないとこっちが落ち着けなさそうではあるんですけどね。
「いえいえ。呼ばれたから来たというよりは、こっちから来たくて来てるんですし」
「そもそも予定があり得るのって孝一くんぐらいだもんね。他のみんなは基本的に予定がないのが普通だし」
 それっぽい返答をしてみたところ、栞さんがそれに続きます。家守さんが言っている予定とはちょっと意味合いが違うような気がしますけど、しかしまあそれは分かっていてのことでしょう。
「あはは、そりゃ確かにね。だから今日もこうして無事に――うん、そういうことで二人もどうぞお上がりください。みんな待ってるよ」
 何か言うにしても、さすがに玄関先で延々と、ということはないようです。
 ありがたいようなちょっと肩すかしのような、まあともかく中へと招かれる僕と栞さんなのでした。
『お邪魔しまーす』
「はーいお邪魔されまーす」
 とまあそんな感じに室内へ踏み込んでみれば、
「いらっしゃーい」
 今回のお客様である椛さん、みんなに取り囲まれるようにして座っていました。その光景からは、成美さんの部屋で見た猫さんとウェンズデーの一幕を思い起こされます。
 ところで、少し前にも会っていることから当たり前と言えば当たり前なのですが、お腹が大きくなったりはしていないようです。そりゃまあ、そこまでになっちゃうと、一人で車を運転したりはちょっと控えそうなものですしねえ。
「この度は、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
 ともあれまずはご挨拶。ご祝辞という面からはもちろん、そちらの話を振れば「栞さんと出掛けていて遅れた」という話題を遠ざけられるんじゃないか、という効果への期待も無きにしも非ずです。
「ありがとうございます。――とは言ってもあたし自身、そんなに実感がなかったりするんだけどね。まだまだ、ちょっと気分が悪くなることがあるってくらいのもんだし」
 言いながら、椛さんは笑います。いつも通り、お元気そうでした。
「さあさあ、その話はもちろんだけど、しおりんとこーいっちゃんからは聞きたい話があるんだよ。どうぞ座ってもらって」
 お元気そうでした。
 どうやらその元気さに釣られたようで、周囲のみんなもにやにやしていました。酷い。
 まあしかし、付け入る隙を晒してしまったのはこちらの落ち度。こうなるであろうことは初めから分かってたんですし、むしろどんと来いというくらいの気概で臨もうではありませんか。
 というわけで、二人一緒に適当な位置へ腰を下ろします。
「前に会ったのは高次さん――えー、お義兄さんの家に行った時だったけど」
 そういえば、そういうことになるんですよね。どっちについても。
「それからこれまで、どうだったかな? お二人さん。関係は順調かい?」
「えっと――まあ、順調ですよ」
 答えたのは栞さん。少しだけ考えるような間を挟みつつ、でも結局は当たり障りのない表現に止まったのでした。
「ほうほう」
 しかしそんな返答にでも椛さんはニヤリとし、ならば何かあっただろうかと逆に考えさせられてしまいます。高次さんの家に行った日からこれまで、ということで一日ずつ思い出していくと?
 あ。
「おっ、こーいっちゃん、何か思い付いた?」
「い、いえいえ何も何も」
 高次さんのご実家、四方院家。一泊二日のお泊まりを経てこのあまくに荘へ帰ってきたその当日、僕は……えー、初めて栞さんと一晩を共にした、というわけなのです。この場で口にするようなことじゃないんですけどね、もちろん。
 で、その代わりと言っては何ですが、同じくその日にあったこととして。
「そういえば、大吾と成美さんのことはもう知ってます?」
「同じ部屋で暮らし始めたってこと? だったらさっき聞かせてもらったよ。姉貴から前もって連絡はされてたけど、改めてでも本人から聞いたら感激だよね、やっぱり」
 なら良かった、と嬉しそうにしている椛さんへ頷き返したりもしてみるのですが、
「話逸らすにしても、だからってオレ等の話持ってくるこたねえだろよ」
 ごめんなさい。
「あははは、まあまあ。――しおりんはどうかな、何か思い付く?」
「え、わ、私ですか」
 これで話がお開きになると思っていたのか、栞さん、慌てた様子。
 しかしさっき「順調です」と答えてしまった以上、その順調であることを示すエピソードを無理に聞き出されないとも限らず、そしてそこから話が広がることを考えると、僕も胸の内をざわざわさせてしまいます。
 が。
「ん? 私? しおりん、前からそんなだったっけ?」
「あ、いえ、これは昨日……」
 無理に聞き出されるよりも前に、話題が飛び出してしまいました。これはちょっと予想外で、ピークを迎えたざわざわ感はむしろそこで静まり返ってしまいます。
「昨日、こうしようって決めたんです。孝一くんと話してて」
 栞さん、それまでの柔らかい表情は崩さないまま、しかしどこか力の籠ったような表情と声。
「へーえ」
 対して椛さんはこれまで通りだったのですが、
「うん、ありがとう。いい話が聞けたよ」
 話自体はそこで切り上げてしまうのでした。良かったと言えば良かったのですが、玄関での家守さんとの遣り取りと同じく、これまた肩透かしな。
「今の話は、私も初めて聞きましたねえ」
「うむ、私もだ。まあ昨日の話らしいしな」
「あれ? なんだ、あたしだけが知らなかったってわけじゃないんだ」
 わざわざ伝えるほどの話ではなかった、ということなのでしょう。椛さん以外のみんなも、栞さんの「栞」が「私」になったことは今初めて知ったようでした。まあ、僕が知らないところで伝わるとすれば、それができるのは今朝の講義が終わって別れた時くらいですもんねえ。
 さて、それはともかく。
「日向くん、昼ご飯はもう済ませてたりする?」
「あ、まだですけど――」
「よし、じゃあみんなで一緒にってことで」
 ああ高次さん、遠慮の言葉を差し挟む暇すらなく。まあどうせ、遠慮し切れはしないんでしょうけど。
「出前でいいよね?」
 家守さんから続けて提案。いつもながら人数が人数なので、今から料理を準備するとなると、鍋にでもしてしまわない限りは結構大変なことになります。というわけでそれについては文句の出しようもないのですが、
「そういうことなら姉貴、あたしパン持ってきてるからさ。できればそれに合ったものをお願いします」
 と、椛さん。
「というようなこともあろうかと、さっきの買い物でチンするだけの唐揚げを買ってあります。そっちもどうでしょう?」
 と、僕。みんなが集まることは分かってたわけですしね。
「おおう、ありがとう二人とも。なら――じゃあ、ピザにしよっか。ポテトとかも付けてさ」
 家守さんの決断は早いのでした。すると、それに続くのは成美さん。
「ふむ、じゃあこいつとウェンズデーに魚でも買ってくるか」
 こいつというのはもちろん猫さん。話を聞いて嬉しそうに羽をぱたぱたさせているウェンズデーと比べると反応は薄いですが、それでも尻尾を短くくねらせ、お礼の言葉もしっかりと。
「んっふっふ。となれば、ジョンとナタリーの食べ物も持ってきましょうか? ナタリーのものも、まだぎりぎり残っていた筈ですが」
「そうしてもらえると嬉しいですけど……うーん、どうも、別の場所で隠れて食べたほうがいいような気が……」
 ナタリーさんのお食事。それは、冷凍鼠の丸飲みです。
 食べるものがバラバラではありますが、しかしもちろん、この場の全員で一斉に食事をしたいとは思います。思うのですが、ナタリーさん自身が躊躇しているその通り、ナタリーさんの食事風景はちょっとこう精神的に辛い部分があるのです。まっこと失礼な話ではあるのですが、しかしそれについてはすいませんとしか言いようが。
 さてどうしましょうかという雰囲気が僕の中だけでなく広がったその時、声を上げたのは大吾でした。
「別の場所じゃなくても、ここでだっていくらでも隠れられるだろ。単純にオレの後ろとかでもいいし」
「んー……じゃあ、そうさせてもらいますね。ありがとうございます、怒橋さん」
「そういうのがオレの仕事だしな」
 さすがは動物のお世話係、こういう場面では頼りになります。解決方法がやや力押しのような気もしますが、それはまあ言いっこなしでしょう。
 さて、いろいろ決まったならあとは準備です。

『いただきます』
「いきなりだけどさあ椛、ちょっと気になることがあるんだけど」
「ん? 何さ、またその蒸しパン作ったのが誰かって話?」
「いやいや、そうじゃなくて」
「ちぇっ」
「そんないきなり拗ねなくても。そう言うからには椛なんだろうけど、大丈夫だよ、ちゃんと美味しいから。まだ口付けてないけど」
「ふふん、口付けたらそれどころじゃ済まない筈さ。で、気になることって?」
「うん、やっぱその状況だと、普通よりお腹空いたりすんのかなって。よく言うじゃん、お腹の赤ちゃんの分も食べないと、とか」
「あー、どうだろ。うーん……実感としては特別そんなこともない、と思う」
「へー。まあそりゃそうか、胃の大きさが変わるわけでなし」
「それでもちょっとくらいは多めに食べといたほうがいいんだろうけど――でも、量よりはバランスのほうが気掛かりかな」
「と言うと?」
「栄養のバランス」
「ああ。……言われて見てみりゃ酷いね、今回。ピザにお肉にポテトにパン。なんとアメリカンな」
「まあまあ、帰ってから野菜スティックでも齧っとくから。それにその言い方だと、アメリカの方々に失礼だって」
「うん、まあそりゃそうだ。――ところで椛、周囲の方々が揃ってこっち見てるね」
「あららあ、いつもならすっごい賑やかなのに」

『ごちそうさまでした』
 食事の肝は団欒であるとしている僕ですが、今回ばかりは不覚にも黙ったまま食べ続けてしまいました。なんせ今回のお客さん兼主役である椛さんの状態が状態なので、それにまつわる話から興味を引き剥がせなかったのです。
 しかしもちろんその話自体は食事と何ら関係がなく、なので「ごちそうさまでした」と手を合わせたその後も、同様の状態は続くわけですけども。
「言い方は悪いけどさ、今のあたしって、お腹の中に別の生き物がいるわけでしょ? なんか、すっごい不思議な気分なんだよね。どんだけ凄いことになっちゃってんだおいって」
「神秘ってやつだねえ。そんなことができるほど精巧な造りだって感じなんかしないもんねえ、普段の生活からじゃ」
「ねえ。もう、パン一つまともに作れるようになるまで、どれだけ頑張らなきゃならなかったか」
「美味しかったよ、椛の蒸しパン」
「ありがとうございます。――はは、売り物として一緒に並べちゃってるから、そうでなきゃ困るんだけどね」
 話の本題はもちろん椛さんのお腹なのですが、自分の作った食べ物がお店に並ぶというその個所について、僕としては興味を引かれてしまいます。自分が作っているのがパンではないにしても、まあ、その、やっぱり憧れる部分はあるわけです。一応、ただ料理ができるというだけでなく、好きで料理をしている身ではありますんで。
 ――しかし、よくよく考えれば現状も似たようなものかもしれません。みんなで作ってみんなで食べているとは言え、お金をもらって自分の料理を食べてもらっている、と捉えることも出来ないではないでしょうし。
「ところでそのパン作りだけど、今のところは仕事とかしてても問題ないの?」
「あー、それは全然。なんせここまで一人で来れるくらいだし。でも、お義父さんお義母さんもそんなこと言ってくれるね」
「孝治さんは?」
「孝治はそんなでもないね。逆にお義父さんとお義母さんのなだめ役に回ってもらいっきりかな」
「へえ、そういうもんかね」
 家守さん、意外そうにほうと息をつきます。
 椛さんのお義父さんお義母さんということは、孝治さんのご両親。ということは必然的に出産の経験もあるわけで、今回のような場合にもその経験から余裕を持って――と思ったら、実情はその逆であるようです。
 もしもご両親の心配が無用なものでなければ孝治さんのなだめが通るものでもなさそうなので、つまり、言いにくいですがそういうことなのでしょう。なるほど確かに意外です。
 ところで家守さんですが、息をついた後、その視線を隣の高次さんへ向けていました。
「俺かあ。さて、どうなるだろうねえ」
 いずれは同じ状況に立たされるであろう高次さん、肩を竦めます。すると、それを見た家守さんが重ねて肩を竦めました。
「ありゃあ、でっかい体で頼りない」
「体格は関係ないだろう? それに、今この場で無暗に強がってどうって話でもないだろうし」
「あはは、そりゃそうだ」
 こういう場合に相手にどういう態度を取って欲しいかというのにはいろいろと意見もあることでしょうが、家守さんとしてはこれで良かったようです。
 もし僕だったらどうしただろうかと考えれば、高次さんが言うところの「無暗に強がって」を実行してしまいそうな気がしますけど……まあ、結局はその時にどうするかってことですよね。僕に「その時」は来ませんけど、個々の対応の仕方というのは特にこの件に限る話でもなく、ならばそこは重要視すべきところとはまた別だと思いますしね。
「――さてさて、こういう話ばっかり続くのもあれだし、一旦はここまでにさせてもらおうかな。他の話題もあるわけだし」
 楽しそうに家守さんと高次さんの遣り取りを眺めた椛さん、ここで話題を切り替えようとします。
 ではどんな話題に切り替わるのかと言えば、その視線の先の猫さんについてなのでしょう。
「……しまった、買い物帰りにでも一度部屋へ戻っておけばよかったか」
 ここで何やらうろたえるのは、どういうわけだか成美さん。はて。
「ではだいごん、例のブツを」
「はい」
 成美さんに構わず話を進めた椛さん、大吾から何かを受け取ります。そして、受け取った何かを猫さんへ向けます。
 一方で成美さんは大吾にその大人バージョンな身体を押し付け、大吾もそれを受け入れたまま椛さんから距離を取るのですが、それは何も唐突にいちゃつき始めたとかそういうことではなく。
 椛さんが大吾から受け取ったそれは、最近よく見るあの猫じゃらしのおもちゃ。猫さんが椛さんの手元へ駆け寄り、成美さんが大吾に押さえられたまま目付きを鋭くします。
「あっはっはっは、いやあ、こんなこと言っちゃっていいのかどうか分からないけど、可愛いなあもう」
 名実ともに年長者である猫さんですが、猫であるが故、猫じゃらしにはじゃれつきます。以前に経験済みの光景であるとは言え、椛さんと全く同じ感想を抱かずにはいられないのでした。
「た、頼むぞ大吾。小さい身体ならまだしも、今の身体で椛に飛び掛かるわけには……」
「分かってるよ。お腹のこともあるしな」
 こっちはこっちで大変そうですが、しかしやはり、傍から見ていると機に乗じてじゃれ合っているようにしか。状況が状況なので当人達からすればそれどころではないんでしょうけど、やろうと思えば成美さんは目を瞑ることだってできるわけですし。
「なるみんもビンビン反応してるみたいだけど、じゃあだいごん、これでなるみんと遊んでたりってするのかな?」
 あちらがあんな様子ということで、ならばそれを見逃す椛さんではありません。揺れる猫じゃらしをぺしぺしと叩いている猫さんを撫でながら、にんまりとした視線をそちらへ向けているのでした。
「……まあ、時々は」
 否定したところで信憑性なんて殆どないと自分で分かっているのか、渋々とながらも認める大吾。そうでなかったら、じゃあ何のためにわざわざ買ったんだって話になりますしね。まさかいつ来るか分からない猫さんのためだけに買ったというのも、無理があるでしょうし。
「も、椛、しかしな、それには約束事があってな、他に人がいる状況では控えることにしているのだ」
 興奮しっぱなしではありますが、成美さんから注釈が。息が荒いのか息継ぎの間隔が短いものの、言うべきことはきっちりと。
「だからだな、あまりこういう場で、虐めないでやって欲しい」
「うん。分かった、そういうことならね」
 約束事という話まで持ち出されると、さすがの椛さんでも意地悪の対象外になるようです。以前にその猫じゃらし関連でのトラブルを目の当たりにしていたので、これには一安心。
 しかし対象を失った椛さんの意地悪さは、そのまま引っ込むのではなく対象を別に移すことを選んだようです。
「姉貴だったらどうだか分かんないけど、あたしはそれよりちょっと空気が読めるつもりでいるし」
「なんだとー? それはちょっと聞き捨てならないぞ妹よ」
「またまたあ。どうせいっつもみんなのこと虐めてるでしょ? それどころか、下手したらお義兄さんまで虐めちゃってるんじゃない?」
 話を振られた高次さん、しかしまるで動じずにゆったりにっこりと返答を。
「ああ、むしろ専ら俺がターゲットですよ、最近は」
「ほら、さっそく強力な証言者が」
「ぐぬぬ、夫婦間のコミュニケーションは除外すべきじゃないかな……」
 勝ち誇る椛さん、そして否定しない家守さん。家守さんに比べて椛さんは空気が読めているのか否かという話だったはずなのですが、単に家守さんがどうだというだけのことで決着が付いてしまったようでした。
 すると家守さん、愚痴るようにこう言います。
「いや実際さあ、最近はもうなっちゃんとだいちゃんも、しぃちゃんとこーちゃんも、突っ込みどころが少なくなってきちゃったんだよねえ。ラブラブだね、なんて言おうにも、本当に心底からラブラブなんだもん」
「ああ、なるほど。さっきなるみんに――しおりんのもそうか。二人の話もあるし、それは分かるなあ」
 成美さんの話というのはさっきの約束事の話だとして、ならば栞さんの話というのは、自分のことを「私」と呼ぶようになったことでしょうか? ともかく、家守さんの言い分に納得してしまう椛さんでした。
 が、「ラブラブ」なんて言われると、たとえ多少であれ、こちらとしては今でもダメージがあったりします。
 とは言え、開き直るという手段を取ることができる程度にはなりましたけど。なんせまあ、事実と言い切るには少々厳しいですが、それでも事実としてラブラブではあるわけですしねえ。
「んっふっふ、何だか寂しいですねえ。寂しがられるほうは、こんなこと言われても困るだけでしょうけど」
 ここまで来て、ついに清さんまでが話に加わり始めてしまいました。そして仰る通り、こちらとしては本当に困るだけです。
「まあでも楽さん、年を取るにつれて来るものより去るもののほうが多くなるわけですし、そういう寂しさも楽しもうじゃないですか」
「確かにその通りですねえ。物事の行く末を見届けられるというのは、実に幸運なことです」
 なんて言っちゃってますけど、もちろん高次さんも清さんも、そんな悟ったことを言うほどのお年ではありません。悟るほどの年齢、というのならばむしろ――。
「ふん、年のことを言うのなら、お前達よりわたしとこいつだろう? まだまだ若いのに、取り越し苦労もいいところだな」
 と、目だけはしっかり猫じゃらしを追い続けながら成美さんが憎まれ口。しかしそれは単なる憎まれ口というだけでなく、絶対的にでなく相対的に考えれば、今ここにいる中で最も高齢なのは実際に成美さんと猫さんなのです。なんせ成美さんは天寿を全うされたわけですし、となればその成美さんの夫だった猫さんも、そうは変わらないでしょうし。
「これはこれは、若輩者が生意気を言ってしまいまして。んっふっふ」
「……まあ、この状況だ。若く見られて文句は言えんし、そもそも若く見られて文句があるわけではないがな」
 紛うこと無き若者である大吾に抱きとめられている成美さん、文句があるわけではないと言う割に、小声なのでした。


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