(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十章 騒がしいお泊まり 後編 七

2008-12-13 20:58:20 | 新転地はお化け屋敷
「どうやらそろそろ眠れそうですわね。……まさか、日付が変わった途端にこんな事になるだなんて」
「んっふっふ。耳が良いというのも考え物ですねえ、こうなってしまうと」
「各部屋のお話が聞こえるぐらい良かったらそれはそれで楽しそうなんですけどねえ。眠れない程度に物音だけ聞こえてしまうというのは、正直言って生殺しですわ」
「この夜だけで三組のつがい……じゃなくてカップル、ですっけ? 三つとも結ばれるなんて、良い事じゃないですか。人間ってこういう事、とても回りくどいのに」
「それはそうなのですけど、何も全部同じ日じゃなくても、とも思いますわ。こうして夜中に起きる事になってしまったのですし」
「私も同感ですねえ。自分では聞こえていないと言っても、どうにも申し訳ないですから」
「そういうものなんですか? 別に構わないじゃないですか、好き合ってる同士だったらいずれはこうなるって分かり切ってるんですし」
「……さすがにお爺様お婆様のお屋敷では、こういう事はありませんでしたものねえ。ナタリーさんも今しばらく若い人間と一緒に暮らしていれば、そこのところの機微が分かると思いますわ」
「機微、ですか」
「はい。人間は恥ずかしがり屋ですが、同時に『二人だけ』という状況をとても大切にしているのですわ。人目さえなくなってしまえば、あとはわたくし達とそう変わらないのかもしれませんわね」
「うーん、やっぱり上手く理解できないです……」
「わたくしも初めはそうでしたわ。でも最近はわたくし自身、ジョンさんとのデートは二人きりだったりするのです。分かってさえしまえばなかなかいいものですわよ」
「へええ。でも私の場合、まずはお相手探しからですね。この辺りに蛇がいるのかどうかは分かりませんけど」
「この辺りにはそうそういないと思いますが……んっふっふ、では良ければ私が山に行く時、声を掛けましょうか? そちらならそこそこ蛇さん方も住んでらっしゃるでしょうし」
「あ、じゃあ、機会がある時はよろしくお願いします」
「うふふ、ナタリーさんも年頃の女性ですものね。……ふう。それにしても騒がしい夜でしたわ。それでは楽さん、ナタリーさん、こんな夜中にお騒がせ致しました」
「おやすみなさい、マンデー」
「おやすみなさい、マンデーさん」
「おやすみなさい」

 暫くの間、お互い何も言わずに抱き合っていた。するといつの間にか、まだ電気を消してもいないのに、すうすうと寝息が聞こえてくる。栞さん、寝てしまったらしい。
 これまでにも何度かその寝顔を見た事はあるけど、栞さんの側から躊躇いなくそれを晒してくれたのはもちろんながらこれが初めてだ。寝ているわけだから栞さんは当然何も言わないけど、それでも僕の隣なら安心できるとその無防備な寝顔が囁いてくるようでたまらなく愛くるしく、このまま思い切り抱きしめたくなる。起こしてしまうから我慢しておくにしても。――だからここは、頭を軽く撫でるだけに留めておいた。
 しかし「留めておいた」と言ってもその対象は、軽く触れただけで指の間をさらりとくすぐる栗色が鮮やかな髪。それは「留めておいた」というだけでしかない筈のこの行為だけで、僕に充分な気持ちの良さを与えてくれた。だからそこで切り上げようという考えに、抵抗はなかった。
「おやすみなさい、栞さん」
 眠りの妨げにならない程度の音量でそう告げ、電気を消す。暗闇に陥った直後の目は殆ど何も映してくれないけど、すぐ傍の温もりは暗闇の中でも感じ取れる。二人ともが入るように掛け布団を被り、中の空気がじわじわと温まっていくのを感じながら、僕は目を閉じた。
 多少の疲労感と、多量の幸福感と、そして体が感じる温もり。それらが合わさって僕を眠りに落とすまで、そう時間は掛からなそうだった。
 一秒後に夢の中へ入っていてもおかしくないぼんやりとした意識の中で、最後に改めて栞さんの寝顔を見る。現実と夢の狭間にその無防備で幸せそうな寝顔を置いた瞬間、恐らく僕は、人間が持ち得る限界まで幸せだったんだと思う。
 それがもし誇大妄想であったとしても、少なくともそう自負できる程度には幸せだった。それにもう一つ、栞さんもそうであって欲しいと願える程度には。
 ――そしてじわりと、目蓋が落ちた。


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