(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十九章 騒がしいお泊まり 前編 六

2008-10-26 20:58:06 | 新転地はお化け屋敷
 その修羅場を想像して、背が凍る思いやらむしろ体温が上がりそうな思いやらを巡らせていたそんな時。
「あのー、すいませーん」
 仕切りの向こう側から声が。それが女性側からだったらとは思うものの、男性側からですはい。ちなみにその声は、僕の声と瓜二つでした。という事は。
「あれ、孝治さん?」
「ああ、日向くんですか? いやあ、誰か来たなと思ったら聞き覚えのある声だったもんで……」
「大吾と清さんもいますよ。他には――誰もいませんけど」
 さて、なら僕は誰にいて欲しかったんだろう。
「そうですか。じゃあ、そっちにお邪魔させてもらってもいいですか?」

 というわけで、混浴風呂に一名追加。混浴なのに男性ばっかりです。
「ふ、服もなくなると、もう完全に見分けがつかねえ……」
 何を仕掛けたわけでもないというのに、大吾が勝手に慄いてます。いやまあ、僕と孝治さんが並んでるだけで仕掛けになってしまうんでしょうけど。
「ここに椛さんが来てしまったら、一体どうなってしまうんでしょうねえ。んっふっふ」
「いやいや楽さん。いくら何でもこの状況じゃあ、騙そうなんて考えませんよ」
 孝治さんは幽霊が見えないものの、声が聞き取れるので会話はできる。とまあそれは今更な話なんですが、しかしその会話内容についてちょっとした疑問が。
「孝治さん、椛さんと一緒じゃなかったんですか?」
 そりゃあ夫婦だからと言って「二人で混浴に突っ込め」とまでは言いませんが、部屋も同じなんだからお風呂へ向かうタイミングくらいは合わせる事になるんじゃないかなあと。しかし現在、女性側からは声も音も気配もせず、どうやらあちらは無人なようだし。
「ここの人と話があるとかで、お義姉さんと二人で定平さんの所へ行ってしまったんです。これでも一応は身内にあたるんで僕もついていったほうがいいかと思ったんですけど、やんわり遠慮されちゃったんで」
 そう言いながら、孝治さんは苦笑していた。その表情はさて、どういう意味合いのもとに形作られたものなんでしょうか。
 それから暫らくの話題は男性ばかりというメンバーな事もあってやはり、ここが混浴であるという事についてでした。と言っても立派な大人である清さんと孝治さんは僕と大吾に比べて落ち着きがあり、もしかしたら男性ばかりという状況は、この二人にとってはあまり関係無いのかもしれません。僕と大吾には関係大有りですが。こんな話題、とても女性の前では披露できません。
 どうやら孝治さんもここへ来て初めて混浴なるものがあると知ったらしく、しかし椛さんも家守さんもここにはいない事を知っていたので、残る可能性は栞さんと成美さん。
「それはやっぱり、万が一にしてもまずいかなと思いまして。彼氏二人を差し置いて以前に一度面識があるだけの僕が、ねえ?」
 孝治さんはそう言いながら、しかしどこか楽しんでいるかのような笑顔を僕に向けるのでした。無論、見えてさえいればそれは大吾にも向けられていたんだろう。
 ちなみに。
 あの日僕と栞さんが行った口喧嘩に近い告白合戦は、薄い壁を越えて月見夫婦の耳にも届いていたそうです。今更ながらお恥ずかしい。

 さて、そんな話題も一段落して入浴そのものに浸っていた頃。
「おい孝一、なんか音が」
「そうだね」
 さてクイズです。本日の男性客は今この場に全員揃っています。では、脱衣所の方向から聞こえてきたこの戸を開くような音は男性側のものでしょうかそれとも女性のものに決まってるじゃないですか。男性側の戸が開いたらそれこそ目で見て分かるし、そもそも今話題にのぼった音自体、女性風呂側から聞こえてきたんですし。まあそれを早く言えって話なんですけどね。
「お義姉さん達、戻ってきたのかな?」
「さて――いえ、これは喜坂さんと哀沢さんでしょうか」
 音に続いて、声。清さんが一番早く反応して口を開いたものの、それはこの中の誰もが気付けた事だと思う。
『なあ喜坂、結局のところ混浴とは何なのだ? つまりは風呂なんだろう? 何がそんなに駄目なんだ』
『あ、あのね、混浴っていうのは、男女で分かれてないって事で――えーと、つまり、もしかしたら男の人と一緒になっちゃうかもっていう』
『なな、何だと!? 何だそれは、何故そのようなものが堂々と設けられているのだ!? 風俗というやつではないのかそれは!』
『だ、大丈夫だよ。栞達が入らなければ問題無いし、それにほら、今日ここに来てるお客さんって栞達だけでしょ? もし誰か男の人が来ても、孝一くんだって大吾くんだってきっと混浴なんて行かないでくれるだろうし』
 どうやらあちらは僕達の存在に気付いていないらしく(こっちが一方的に声を拾えたのは意識が向けられている方向の問題なんだろう、やっぱり)、混浴風呂という存在に大変ご立腹の成美さんはもとより、そのなだめ役に回った栞さんの言葉の端からも批判的な意思が窺える。
 混浴「なんて」行かないで「くれる」って、そりゃかなり耳が痛いですよ栞さん。
「んっふっふ、哀しい生き物ですね男というものは」
 まっことその通りでと頷くしかない清さんの言葉は音量がかなり抑えられていて、つまり清さんも後ろめたいという事だろうか。それとも、僕と大吾に気を遣っただけなのだろうか。
『むう……。確かにその、わたしはこのナリだし、あちらからしてもわざわざ見たいと思える程のものではないのかもしれんが』
『そ、そんな意味じゃないよぉ。成美ちゃん、誰から見たって綺麗だろうし、大きいほうの身体になったらそれこそ……うう、楓さんと椛さんも美人だし、ちょっと立つ瀬がないかも』
『そうは言うがな喜坂。まあその、綺麗だと言ってもらえるのは嬉しいがな、身体を大きくしてもわたしは胸がほぼこのままだという……』
 何故そうなってしまうのかは今一分からないものの、アンニュイな方向へ話を進めてしまうお二人。僕達が塀一枚跨いだ向こうで聞き耳を立てていると知っていたらこんな話はしないんだろうけど、知っていなくてもそれはどうなんだろう。
「アイツ等、なんで自分からあんなにハードル高くしてんだ?」
「卑下するほどじゃないのにね、どっちも」
 先ほどの清さんに倣い、落とした声での大吾との一言会話。それだけで意思疎通が完了してしまうあたり、僕も大吾も想いは同じなんだろう。ここへ来る前の男子部屋でも、同じような話したもんね。
 それはそれとして。
「ねえ、男風呂のほうに移動したほうがいいんじゃない? 清さんと孝治さんはいいにしても」
「いや、僕が残って気付かれたとしたらまず間違い無く日向くんと勘違いされる気が」
「う、それは確かに」
「この状況から動いたら水音とかするだろ、どうしたって。どうせアイツ等こっちには来ねえんだし、ここでじっとしてたほうがいいんじゃねえか?」
「私もそう思いますねえ。どうせお風呂というのは入っている間じっとしてるものですし、さして苦でもないでしょうから」
 裸の男達の密談。文章立てるとかなり気味の悪い響きですが、現状では仕方が無いのです。……さて、では状況に甘んじてゆったりのんびりする事にしましょうか。
『あ、楓さん』
『椛も一緒か。噂をすれば影というやつだな』
 なんですとお!
『ありゃ残念、やっぱり二人ともこっちに来てたかあ』
『酷いよねえ。このエロ女、あわよくば混浴で男女がバッタリ、なんてのを期待してたらしいんだよ?』
『おや、そりゃ心外ってもんだよ椛。もしそうなったとして、混浴風呂に向かった時点で当人にそういう期待があるって事になるでしょ?』
『よっく言うよ。もう一箇所のお風呂の事だって、仲居さんが言わないように手回しまでしてさぁ。普通、人の家に泊まるって時にそんな事まで画策する?』
 それを聞いて清さんが小さく小さく、しかしいつも通りに笑う。なんとまあ、ここまでピッタリ言い当てていたとは。「まさかそこまではすまい」と考えていた僕の信頼は、本人を前にしてあっさり砕かれてしまうのでした。前と言っても塀の向こうですが。
『ふん、残念だったな。結果は見ての通りだし、そもそも男どもと一緒に行動していたわけではない。隣からはずっと音も声もしないし、誰もいないんだろうさ』
 ご期待に添えず申し訳ないのですが、男性全員集合してるんですよ成美さん。しかし思い過ごしとは言え、そう認識していただけるのはありがたいです。おかげでこの事態がこれ以上悪化する事はなさそうな――
『あ、そうなの? じゃあアタシ、混浴のほうに行っちゃおっかな。あっちのほうが広いし』
 ひゃああああああああああ!
『え、あっちのほうが広いんですか? ……栞も行ってみようかな』
 わあああああああああああ!
『むう、そういう事ならわたしも行かなくはないが。男がいないのならここと同じ事だし』
 にゃああああああああああ!
『えー、じゃああたしも行くよお。せっかくみんな揃ったのに一人ぼっちなんて嫌だよお』
 どあああああああああああ!
「家守さーん。こちら使用中ですよー」
 この非常事態に際して清さんは冷静だった。これは後になって考えた事だけど、遠慮無くこちらへやってくる女性達と音を殺して逃げなければならない僕達とじゃあそのスピードは断然女性側のほうが上なわけで、今更ばれずに逃げるのは不可能。と言って見さえしなければそれでいいと慌ててバシャバシャ逃げ出したんじゃあ、あちらからの不興はかなりのものだっただろう。なんせ、聞き耳を立てていたあちらの会話内容が会話内容だ。
 逃げるのが無理なのならあちらを足止めすればいいわけで、呼び掛ける清さんの台詞の中に「使用中なのが誰々か」という個人名が入っていなかったのは本当に頭の下がる思いです。ありがとうございます清さん。
『ら、ららら楽!? お前おおおお前、どうしてそこにいる!? 何が目的だ!』
「んっふっふ、そりゃあお風呂に入る事ですよ。今こちらに来ようとしていたそちらも、それは同じでしょう?」
 言いつつ、清さんは手で僕達に「この場を退け」と合図を送っていた。清さんの存在によって女性達がこちらへやってくる事はないであろうものの、だからと言ってここに居続けるわけにもいかないだろう。僕も大吾もそれに孝治さんも、こそこそと移動を始め
『あー、でもせーさんだけだったらまあ大丈夫でしょ。というわけで、今からそちらへお邪魔しまーす』
「わー! お義姉さん、僕もいますー!」
 たまらずなのかそれとも防波堤を打って出てくれたという事なのか、ここで孝治さんが声を張り上げた。
 そうなれば一番手に返ってくるのは、その奥さんだ。
『孝治!? あんた、なんで』
「ら、楽さんとご一緒させてもらってるだけだよ。他意は全然」
 相手の顔も見えないのに、ぶんぶんと首を横へ振る孝治さん。しかしそれを見て面白がっている場合ではない。一刻も早くここから出ないと!
『……まさか、孝一くんと大吾くんまで一緒って事はないですよね?』
 その一言は、いや、内容がどうあれこの場面で栞さんの声というのは、パニック寸前の僕に揺さぶりを掛けるには充分だった。
 つるり。
 湯船の中からその石畳で出来た縁へ足を掛けていた僕は、思いっきり足を滑らせた。
 ――ああ、水に濡れた石の滑り易さよ。
「ごふぅっ!」
 今まさに足が掛かっていた縁へみぞおちをしたたかに打ち付け、衝撃で口から大量に漏れた空気と共に妙な声が押し出され、ついでに上げた足が再び着水する騒々しい音。
『やだ、孝治! どうしたの!?』
「いや、僕じゃなくて――あ」
『へ? 孝治じゃないって事は……』
 終わった。
『孝一くん、本当にいちゃうの!? ――じゃなくて、大丈夫!? どうしたの!?』
 栞さんが声を張り上げた。せっかく椛さんが勘違いしてくれたのにとは言いますまい。この件に関して、誰が悪いだなんて事はないのだろう。強いて言うなら間が悪かった。示し合わせたわけでもないのに、風呂場に全員揃ってしまうなんて。
「い、いえ……ゲホッ! かなり痛かったですけどなんとか。ちょっと大袈裟に転んだだけなんで」
 一瞬息が詰まって落ちるかと思いましたけど、落ちたほうが良かったのかもしれません。この後の展開を考えると。
『日向がいるという事は怒橋! お前もいるだろう!』
「ああいるよ悪いかよ! いや悪いけど!」
 反論になってないよ大吾。
『貴様、一体どういう了見でそんな所に!』
『まあまあなっちゃん、男が数集まったらその場の流れでそっちに行っちゃっても仕方ないよ。というわけで、この際だからみんなであっちに突撃しちゃおう!』
『なっ、何を馬鹿な! わたしは断じて行かな――。いや、待てよ』
 家守さんからとんでもない提案が出たところで機嫌を損ねた成美さんがそれに乗るはずもない、と思ったら、その突っぱねる途中で何か思いついたのか、急にトーンダウン。僕は僕で大吾と顔を見合わせるも、お互い首を捻るばかり。
『もしわたしが行かないと言ったら、家守はどうするんだ?』
『ん? アタシはそのまま行くけど? いや、さすがにタオル巻くぐらいはするけどさ』
 という事は今は巻いてないんですか、とかいう問題はさておいて。さておく事すら難しいですが、なんとかしてさておいて。
『そんなのは当然だ! ――椛はどうする?』
『孝治がいるならあたしも行こうかと思うんだけど……』
 こちらへ来ると言ってのけるのはさすが家守さんとその妹、とは思うものの、成美さんは一体何を思い描いているんだろう。家守さんと椛さんにこちらへ来るかどうかの質問をしたのち、しばし沈黙。
 そして、静かに一言。
『わたしの立場がないではないか』
 さて、どういう意味なのでしょう。関係あるかどうかは分かりませんが、家守姉妹はかなり胸が大きいです。関係あるかどうかは分かりませんが。ああ、笑っちゃ駄目ですよ清さん。
 清さんの小さな笑い声が耳に届いたかどうかは定かでないですが、成美さんが怒鳴り声に近い声で『怒橋!』と。
『そこにいる事は仕方ないらしいから百歩譲って良しとしてやる! その集団から外れて一人で向こうの風呂に入れと言うほどわたしも幼稚ではないからな! だが、絶対に、わたし以外の女を見るな! もしこれを破ったらただでは済まさんぞ!』
「お、おい、オマエ何言って」
『そこで待っていろと言っているのだ! 今から行く!』

 というわけで、「湯船にタオルを浸からせるのは宜しくない」というマナーなんて守れる筈もない状況になってしまいました。
「なんで大人のほうで来るんだよ……」
「ふん、せめてもの抵抗だ。それよりいいか、絶対に後ろを向くなよ」
 湯船の端からやや手前、しかもその位置でありながら湯船の中側へ背を向けている大吾。そしてその向こうには猫耳の生えた成美さん。まるでお説教食らってるみたいな構図ですが、あながちそれで間違ってるわけでもなさそうなのでそういう事にしておきましょう。
「ううう、どうしてこんな事に……。は、恥ずかしい……」
「いやその、僕だって相当なんですけどね、それは」
 一人であちらに残るというのはやっぱり気が引けたようで、栞さんまでこちらに来てしまっていました。もちろん初めはこういう事態を期待して混浴を選んだわけですが、いざとなると顔を見合わせる事すらできません。顔以外なんてもってのほかです。
 向かい合っている大吾達に比べ、僕と栞さんは湯船の縁にもたれて横に並んでいるのでした。
「さっき転んだっていうのは、本当に大丈夫?」
「ええ、それはもう何とか。相当痛かったですけど」
 横に並んでいるのに正面を向いたまま、気を紛らわせる意図が見え見えな会話。言い出したのは栞さんですが、僕もそれに同調するしかありません。自分の意思でこんな所に飛び込んだ割には些か情けない話ですが。
 しかも話は長続きせず、一言交わしただけでお互い沈黙。大吾のほうは成美さんのお説教――と言うかお小言が続いているようで、一方の清さん達大人四人はというと殆ど動じる事もなく、その話題は家守さんと椛さんが定平さんの所へ行っていた事のようでした。
「あの、駄目とまでは言わないけど、できれば栞も……ほかの所は見ないでくれると落ち着く、かな」
 広い湯船の中で綺麗に三つのグループが出来上がったこの場の中において、ほか二つのグループへ目を向けてくれるなと栞さんは言う。
「ほかどころじゃないですよ。今、栞さんの方すら向けないのに」
 実際に他グループへ目を向けたのは、その結成までの流れの時のみだ。一応栞さんをチラ見ぐらいはしましたが、やっぱりいつもの赤カチューシャはしてないな、程度にしか見ていられませんでした。
 無論、気恥ずかしいと言うのもある。だけどそれだけじゃなくて、栞さんは半ば仕方なくここへ来たようなものだったから。こっちへ移動すると提案した家守さんやそれに乗り合わせた椛さん、触発された成美さんとは違って、納得しないままこっちへ来る羽目になっただけだから。――どうにも、好奇心に申し訳無さが勝ってしまう。
「いや、それくらいは大丈夫だけど。多分。何とか」
 そう言われてようやく、ゆっくりと首を回す僕。視界の隅からだんだんと栞さんの姿が入ってきて、……やっぱりまた逸らした。
「孝一くん?」
 まさか、まさかここまでとは。
 もちろんバスタオルはしっかりと巻かれていて、言うなれば水着と同程度かその種類によっては水着以下の露出度という事になる。だけども、だけども、何なんだこの艶っぽさと言うか色っぽさと言うかは。水着姿なら以前プールに行った時に見た事があるのに、何なんだこの破壊力は。いや、何が破壊されたのかは知りませんが。
「もう少し、時間をください」
 顔を手で押さえ、もう一方の手の平を栞さんの眼前に押し付けて「タイム」の要求を。すると、膨れたような声が返ってきた。
「それはそれで張り合いがないなあ。すっごく無理してこっちに来たのに」
「ごめんなさい。ホントごめんなさい」
 この場面で男の側から謝るって、周りから見たら凄く間抜けな絵なんだろうなあ。
「まあ、真正面からじろじろ見られるよりはマシだけどね」
 膨れた声は、あっと言う間に楽しそうな声になっていた。つまりこれはからかわれたという事になるのだろうか? ……あうう、負けてるなあ。
 初めは恥ずかしいと言っていた割に順応が早い栞さんですが、まあそれはそれとして。
「そう言えば喜坂、前々から思っていた事があるのだが」
 不意に隅っこのグループからお声が掛かる。が、一番に反応したのは呼び掛けられた栞さん当人ではなく、こちらにその広い背中を向けている大吾でした。……その背中を確認した際に成美さんの姿をも一緒に捉えてしまう僕の目でありますが、やっぱり綺麗でした。それ以上は勘弁してください。
「オマエ、オレにはあっち見んなって言っといて」
「う、五月蝿い馬鹿者。仕方ないだろう」
 馬鹿者とは言いつつ後ろめたくもあるんだろう、成美さん、どうにも大吾を責め切れない様子。しかし大吾はその弱みにつけ込んだりはせず、ただむすっと仏頂面。優しいんだか意地が悪いんだか。
「あの、この状況で質問っていうとやっぱり……」
 栞さんが何かを言おうとし、しかし言葉尻を濁して曖昧に済ませる。はて何の事だろうかとそちらを向くと――あ、しまった。ついつい自然に栞さんのほうを。
 また目を逸らしてしまいそうになったものの、けれどもさっき謀られての事とは言え謝ってしまった以上、そうもいかないだろう。
 という事でかなり色々と無理をしつつもそのまま眺める限り、栞さんが言いたいのはどうやら「質問は体型についてだろうか?」という事らしい。自分の胸元に視線を落とたり二の腕をくいくいと握ってみたりといった様子だった。そしてその様子と意図は、成美さんにも伝わったらしい。
「いやいやそうじゃなくて――と言って、それと似たような話になるのかもしれんが。えーとだな、皆で出掛けて今回のように服を脱いだり着替えたりする事になった時、そう言えばお前と家守はいつも着替えるのが遅いな、と思ってな。今回は家守が一緒ではなかったし、お前が服を脱ぐのも特に遅かったりはしなかったが」
 その言葉についつい脱衣所の様子を妄想してしまうのは、僕が駄目な奴だというだけの話なんでしょうか。
「そう言やあ、前にプール行った時も着替えて出てくんの遅かったよな。あん時も喜坂とヤモリだったのか?」
「うむ。わたしは初めから服の下に水着を着込んでいたから、随分と待ったな」
 僕がそういう場面に立ち会ったのは大吾が今言ったプールでの一度きりだけど、確かにそこそこ待ったと思う。でもその時は「男より女の人のほうが着替えに時間掛かるよねやっぱり」なんて思うばかりで、特に不審だとも思わなかったけどなあ。
「あ、いやその、えーと……今回は脱ぐだけだったから、かな? 脱いだ後に何か着るのが遅いのかも」
 なんとも今考えてとって付けたような言い方次いで言い分だけど、まあ特に理由もないところから無理矢理捻り出すとしたらこんなものなんだろう。
「ごめんねえなっちゃん、次からはちょいと急いで着替える事にするよ」
「いや、別に急かしているわけではないのだがな」
 謝られるとは思っていなかったのか成美さんは肩を竦める。するとこれを好機と見たか、家守さんが畳み掛けた。
「ほら、やっぱり色々とサイズが大きいから。身長やら。だからそれに比例して手間暇も――ねえ、しぃちゃん?」
「ね、ねえって言われても」
 もう明らかにいつもの茶々入れモードでニヤニヤと話を振る家守さん。「……そういう事なのかもしれないですけど……」と続ける栞さんはしかし、成美さんの顔色が気になって仕方がない様子。怯えるような横目がちらりちらりとあちらのグループのほうへ向けられていた。
「くぬうう! これ見よがしに家守貴様ぁ!」
 何見よがしですか。いや、訊くまでもなく分かってますけど。身長「やら」ですよね。

 次第に周囲の状況にも慣れてきて(と言うか、目が肥えて)気持ちにも余裕が出始めてくる。こうなればもう誰とだって話くらいはできそうですが、と言って全員が全員そうだというわけでもなく、大吾はみんなに背中を向け、成美さんはその正面に座したまま。大人さん達は普通に談笑してるし、僕と栞さんも夕食がどうだっただとか、顔を見て話せるようにはなったんですが。
 そういった情勢の中、大吾と成美さんの組へざぶざぶという音が歩み寄っていく。誰かと思えばそれは、水を滴らせて尚触覚のような髪を維持している椛さん。成美さんの猫耳も似たようなものだけど、意外と丈夫なんだなあ髪のクセって。
「そろそろ勘弁してあげなよぉ。そんなに気にしなくても、どうせだいごんはなるみん一筋なんだしさぁ」
「一筋とかはともかく――マジで勘弁してくれ成美。んな格好のオマエだけ見続けるとか、殆ど拷問だぞこんなの」
 大吾も本当に参っているようで、その非難の声には気力がまるでこもっていませんでした。「過ぎたるは及ばざるが如し」なうえ「絵に描いた餅」まで併用。成美さんにそのつもりがあったとは思いませんが、大吾からすれば生殺しでしかないのは容易に想像できます。なんせ同じ男だもんで。


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