(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十一章 万能の過去とお客の現在 二

2008-12-19 20:48:13 | 新転地はお化け屋敷
「そうだよその通りだよ。ほれ見ろ俺、最低じゃねえかよ。成美は気にするだろうって分かってたのに寝てるとこそのままにモゴモゴ」
「……どしたの、孝一くん?」
「あまりに気の毒なんで、これ以上聞いてられないです」
 苦笑になってるかどうかすら危ういくらいに気の毒だけど、とにかく気持ちのうえでは苦笑を浮かべながら大吾の口を手で塞ぐ。いろいろと危険なので詳しい説明は省くとして、大吾の気持ちはよく分かるし、成美さんの気持ちだってよく分かるんですよ。僕と栞さんだって今朝、これより相当マシではあるにしても、同じような気分だったわけですし。
「あはは、噛まれないように気をつけてね。そんじゃアタシはなっちゃんのほうに行ってくるよ」
 起きたら裸のまま小さい身体になっていて、それへの驚きと恥ずかしさからこの事態に。そんな話を展開して当の大吾にそうだと言わしめた家守さんが、ふすまの向こうへと移動。今回ばかりはさすがにいつものニヤニヤ笑いでなく、僕や高次さんと同じ苦々しい笑みなのでした。
「正気に戻った時、女の人が傍にいたらきっついだろうしねえ。この格好だし」
「と言っても、正気に戻ったら全部忘れてるってわけでもないみたいなんですけどね」
 都合よく家守さんの事だけ忘れてくれればいいんだけど、なんてのは無茶な相談なんだろう。体にシーツ巻かれまでしてたら。
 足を抑える高次さんと、上半身もろもろを押さえる僕。こうなってしまうと体に力が入らないらしく、押さえている事自体はそんなに大変な作業でもない。だけど、
「時間がそろそろヤバめです」
「あ、なら俺一人でも大丈夫そうだし行ってくれていいよ。行ってらっしゃい学生さん」
 こちらの返事を聞くまでもなく行ってらっしゃいなのは……ううむ、そういうノリの人だという事だろうか。もちろん、そう言ってもらえるなら断る気もないですが。
「喜坂さーん! 日向くんがもう行くってさー! ちょっとこっち入ってき辛いだろうけどー!」
 ふすま越しという事で、声が大きな高次さん。「は、はーい」とためらいがちに返ってくる返事も、高次さんほどでないにしても大きかった。しかしこちらはふすま越しだからという理由だけでもないんだろうなあ、なんて、芋虫ごっこ中の大吾を見ると思ってしまうのでした。
 最後まで一緒にはいてあげられなかったけど、気をしっかり持ってね大吾。
「モゴゴゴ」
 ……いや。気をしっかり持つには惨過ぎるか、この状況は。

 今回の件について裏庭の住人さん方のお話を聞いてみようかともチラリとは思いましたが、何せ時間が時間です。仕方なく、そのまま大学へ向かう事に。
 そしてその、普段通りに短い道中。
「いくらなんでも、ちょっと可哀想だよね」
「気を取り直した後、家守さんと高次さんが上手くなだめてくれたらいいんですけど」
 現場を離れたところでとてもとても笑い話にできる問題ではなく、なので二人揃って浮かない顔。上手くなだめてくれたらいいとは言ったものの、一体どうなだめれば、あの限りなく最悪な状況を取り成せるんでしょうか。
 二人揃って裸って……あああ。
「大学から帰っても、下手に慰めるくらいならあんまり触れないほうがいいのかな」
「そのほうがいいかもしれませんね」
 と言っても月曜日の講義は一、二、四限なので、二限が終われば一旦帰ることになる。しかしそれはわざわざ付け足さないでおいた。何だったら、ちょっとぐらい暇だったとしても大学に残っていればいいわけだし。

「……もう大丈夫です、高次サン」
「おっ、良かった良かった」
「大丈夫ですけど、やっぱり死にてえ気分です。何なんですか、この状況」
「まあまあそう言わない。怪我しなかっただけマシって事にしとこうじゃないの。さすがにこれは仕方ないし、誰にも何も言えやしないって」
「……じゃあ、オレはもういいです。成美は大丈夫なんですか?」
「いやあ、さすがに見て確認するわけにもいかなくてね。哀沢さんには楓がついてるんだけど」
「ヤモ――いや、楓サンですか。ならまあ、大丈夫なんでしょうけど」
「へえ、楓ってだけで安心なんだ?」
「……すぐ隣に本人がいるのに、あんま詳しくは言いたくねえです」
「はっは、そりゃそうか」
「取り敢えず、服出してもらえませんか?」

「落ち着いた? なっちゃん」
「落ち着いたんだろうがあまり気分は変わらんな。あれしきの事で、今更……」
「そうそう、『あれしきの事』なんだよ。ただ、今回はタイミングが悪かったんだね」
「……確かに今なら、大吾と二人だけでさえあれば、同じようにはならんだろうが」
「でしょ? 二人で同じ部屋に住み始めたのが昨日だし、いきなり何でも上手くはいかないよ、そりゃね。それで失敗したって誰もなっちゃんを責めたりなんかしないって」
「それはただ、周囲の人物に恵まれただけと言うか。大吾はもちろんだが、お前――それに他の皆だって、お人好しばかりだからな」
「なんのなんの、お人好しは無条件にお人好しってわけじゃないんだよ?」
「と言うと?」
「嫌な人にはそりゃあ、辛く当たるさ。相手がいい人だからこっちもいい人でいられるんだよ。それともなっちゃん、嫌な人にまでニッコリ笑い掛けられる?」
「……言いたい事は分かるが、しかしそれでわたしの失敗が帳消しになるのか?」
「あはは、帳消しにするのはなっちゃんが自分で、だよ。周りのみんなはにこにこして見過ごすか、良くて進んで帳消しのお手伝いをするってところまでだね。当然、だいちゃんだってそう」
「つまり今回の場合は、同じ失敗を二度としてくれるなという事か」
「キツく言えばそうなるね。でも大丈夫、あくまでキツく言ってるだけだから。言い方一つでどれくらい差があるのかは――まあ、個人の捉え方次第だけど」
「自戒も込めてそうは思いたくないが、相当に温くなるのだろうな。ここの皆に言わせると」
「だろうね。だからアタシ、ここのみんなが大好きさ」
「ふ、わたしもだよ。……分かった、では無闇に落ち込むのは止めにしよう。それはそれで失敗の一つになるようだからな。ところで家守、たった一日でこの調子だし、もしかしたら大吾との同居について相談事など出てくるかもしれんが……」
「そんときゃどーんと頼ってくださいな。ま、アタシである必要もないけどね」
「ふふ、まずは相談相手を決めるところからか。それは困ったな」
「本当にねえ。……ところでなっちゃん、だいちゃんの呼び方変えた?」

 講義が抜けている時間があるので、昼には一旦帰れる月曜日。しかし、知り合いと同室になる機会がないのでやや学業が物足りなく感じられる曜日でもあります。もちろん他の曜日だって、講義中にべらべら喋ったりはしてませんが。
「お昼に帰るまでには、気持ちを入れ替えないとね」
 と自らを発奮させるように力強く宣言する栞さん。ちなみに僕達の所在地は、一限の講義を受ける教室です。更に言うなら、広い教室の隅の席です。目立たない程度になら、栞さんと二人だけでも会話はできるという事で。
 どうして気持ちを入れ替えなければならないかはまあ、ね。気にしまくりな顔で帰ったりしたら、あの二人が困るだろうしね。
「何だったら、昼に帰らずにここに残ってるって手もありますよ?」
「う、うん。それもそうなんだろうけど、庭のお掃除しときたいなって。昨日おとといはできなかったし」
 そう言えばそうなのでした。朝から出掛けた一昨日はもちろん、帰った直後に引越し作業を手伝うことになった昨日も、栞さんは毎日のお仕事に手を付けていない。それで文句を言う人もいないだろうけど、本人としてはやっぱりすっきりしないんだろう。
「じゃあ僕も帰らないとですね。労いの昼食を作らないと」
 なんせ昨日おととい、そして今日も含めれば、実に三日分の仕事だ。と言ってもまあ、それだけの日数で庭が見違えて汚くなるかと言われたら、もちろんそんな事はないんですけどね。
「あ、ねだったつもりじゃなかったんだけど……ふふ、ありがとう」
 ふわりと微笑む栞さん。さてその結果、空中に向けてニヤケ顔を晒している僕は、他の人から見てどうなんでしょう。まあ僕が向いてるのは窓側なんで、わざわざ覗き込みでもしない限りは顔なんか見られないんですけどね。
 すると急に、栞さんが心配そうな顔に。
「でもこれだけ食べさせてもらってると、お金とか、出したほうがいいよね?」
「いえいえ、お金の問題は現在の雇い主さんと相談しますから」
 そう言えばそろそろお給料とか貰えるかな、なんて。

「さて大吾、再び二人だけになったところで」
「なったところで?」
「めいっぱい落ち込もうじゃないか」
「落ち込むのかよ」
「そうだ。誰もいない間に当人同士で気の済むまで落ち込んで、誰かと会う頃にはすっかり立ち直っているという寸法だ。いきなり持ち直せと言われても無理があるだろう?」
「そりゃそうだけどな。あんな――ああ、口にしようとしただけで早速ヘコんできた……」
「……うむ、誇張無しに一生の不覚だ。自分一人の裸ならともかく、お前と一緒にとなるとそれはもう、何があったか白状したも同然だしな……」
「オレなんか、楓サンにシーツ巻かれたんだぞ。見ら……見られ、たんたぞ。どう考えたって」
「そ、そうだな。えーと……なあ大吾。落ち込み加減が深くなる前に、一つだけ言っておきたいのだが」
「何だよ」
「失敗は、確かにした。だがわたしは昨晩の事を、それにお前と同居し始めた事も、間違いだっただとかまだ早かっただとかは思っていないからな?」
「……そっか。オレ、正直言って、ちらっとだけそうなんじゃねえかとか思っちまったんだけど」
「ちらっとだけ思って……それで、今は、どうなのだ?」
「そ、そんな泣きそうな顔すんなよ。ビビってそんなふうに考えちまったってだけで……今はオレだってオマエと同じだよ。少しだけでも考えちまった以上は『そうは考えられない』なんて言えねえけど、少なくとも、そうは考えたくねえ」
「そうか、良かった。……わたしだってお前と同じで、少しは考えてしまったさ。考えもしないんだったらそもそも、こんな事は言えないわけだし」
「――それも、そうか」
「でも、それがたまらなかったんだ。同じ部屋に住もうと言われて嬉しかった。一晩を共にできて幸せだった。それが間違いだったなんて、絶対に嫌だったんだ」
「そっか。……二人とも嫌だと思ってんならもう、それでいいよな。これって二人だけの問題なんだし。なら、もう一個のほうで落ち込むか」
「もう一個のほう?」
「……他人に素っ裸見られたってほうだよ。昨日の事がこれで決着っつったって、こっちは残んだろ」
「そ、そうだな……別問題なんだよな……。よし、そっちに関しては全力で愚痴を吐こう」

「いやはや、何やら今日は朝から大変だねえ。こーちゃんしぃちゃんに引き続き、だいちゃんなっちゃんまでとは。たまたまとは言え仕事休みにしてて良かったぁ」
「喜坂さん達のほうはすっきりして帰っていってたけど、怒橋くん達のほうはあれ、大丈夫かね? 洒落になんないでしょさすがに」
「まあねえ。でも正直、アタシ等が何か言ってどうなるってもんでもないし。……元はと言えばアタシが起こしたイレギュラーのせいなんだから、こんな事言っちゃ駄目なんだろうけどさ」
「ああ、人魂ね。どうしようもない事だっていっても、やっぱり割り切れない?」
「割り切っちゃったら駄目でしょ。ただの責任放棄だよ、そんなの」
「そういうふうに考えられるからなのかな、楓がみんなに信用されてるのって」
「ん? 随分と急な話題転換だね」
「はっは、本人からすりゃやっぱり急なのか。喜坂さん達の時も怒橋くん達の時も俺、そういう場面に出くわしたんだけどなあ」
「と言うと?」
「喜坂さん達の時、外に出たでしょ俺。つまりは楓にしか話せないって事でしょ? もちろん、俺の面識が少ないってのもあるだろうけどさ」
「……なっちゃん達の時は?」
「それは秘密。教えられません。ノーコメント。ね、『ヤモ――じゃなくて、楓サン』」
「うっわ、わざとらしい言い方。高次さん、演技とか駄目そうだね」
「ほほう。それって良く言えば、嘘がつけない無垢な性格って事だよなぁ」
「性格の話じゃなくて、単に演技力の話だよ」
「おりょ。確かに小さい頃、お遊戯会の木の役で失敗した事はあるけど――」
「どうやって失敗すんのさそんなの。って言うか、そういう役を回されてる時点でねえ」

 一限終了のチャイムが鳴り、それまで時間をまったく気にしていなかった先生が不意を打たれたように講義を締め括る。先生によっては区切りのいいところまで話を続けちゃったりするけど――ふう、やっと終わった。
 いつもは疲労感が募るだけな講義も(いやもちろん、得るものはありますけど)、真面目に打ち込めば気分転換には効果覿面らしい。まあ、気分サッパリとはいきませんけど。ああ手が痛い。
「まずは一つめ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
 ひたすら手を動かす僕とは違って話に耳を傾けていただけなのに、それでも栞さんは僕と同じく気分転換に成功したようです。……ううむ。毎度の事ながら、栞さんにとって大学の講義はそんなに面白いものなんだろうか? まあ、尋ねたら「うん」って帰ってくるんだけど。
「次の授業も一緒にいられるんだったよね?」
「ですね。まあ、講義が始まったらあんまり関係ないのかもしれませんけど」
「あはは、喋るわけにもいかないもんね。でもやっぱり、できる限りは一緒に行動したいし」
「そりゃ、まあ」
 話し込むわけでなくとも知り合い同士で講義を受けてる人なんてのはたくさんいるわけで、僕達はその一組に過ぎない。特別な事でないのなら特別気に掛ける必要もなく、ならば気に掛けずにこのまま次の講義へ臨みましょう。
 次も上手く隅の席を取れればいいんだけど。

「信用されてる、かあ」
「ん? おや、あんまり嬉しくなさそうな顔してるなぁ。どうした?」
「いやね、そりゃアタシ、嬉しいんだよ? みんないい子達だし、みんなからもアタシを良く思ってくれてるってんならそりゃいい気分なんだけど……信用とまで言われちゃうとちょっとプレッシャーかなーって」
「へー。やっぱり、仕事みたいにはいかないって?」
「……さすが同業者だね、話が早いと言うか」
「そこは『さすが同業者』じゃなくて『さすが夫』って言って欲しいかな。まだ夫じゃないけど」
「あはは、それは失礼しました。そうだよね、同業者な部分もひっくるめてまずアタシの夫なんだもんね、高次さんは。まだ夫じゃないけど」
「そうそう。だからまだ妻じゃない楓さん、そういう事を前提に続きをどうぞ」
「えっと、そんじゃあ改めまして……おや、誰か来た?」
「良いタイミングだねえ」
「はいはーい。って、ありゃせーさん。なんだ、上が騒いでた時に出てこなかったからてっきり」
「遊びに出ていると思われてましたかね? んっふっふ、まあ、数が集まってどうにかなる事態でもなさそうでしたので」
「え、何があったかは知って――や、まあ取り敢えずは上がってもらって」
「お邪魔します」

 二限の講義は筆記量が少なく、配布プリントとその説明が内容の殆どを占めるので、楽といえば楽。気を抜くと寝てしまいそうですが、それは真面目に話を聞いている栞さんの手前なんとか堪えておきまして。
 という事を考えるからには実際に眠いのですが、「いやあ寝不足ですかねえ」なんて軽口は冗談にもならないのでごにょごにょ。それはともかく――
「これで一旦帰れるね」
「いやあ、長かった……」
 眠気と戦っていた分かなり長く感じてしまいましたが、ようやく二限も終了。栞さんの言う通り、これから暫くは休憩時間という事になります。栞さんにとってはお仕事の時間なんでしょうけど。
「あ、でもその前にちょっと掲示板でも見とこうかな」
 学生生活における先輩であるところの女性である、おでこヘアーと相方さんへの暴力行為がトレードマークな異原さん。以前彼女からは掲示物はチェックするように言われた事をふと思い出し、ちょろっとだけ寄り道をしてみようかと。いや、寄り道を思い付いてから異原さんのお言葉を思い出したのかもしれませんが、まあ順番なんてどうでもいいでしょう。
「掲示板って言っても、確かたくさんあったよね。どれ見るの?」
「まあ、取り敢えずは休講連絡だけ」
 確かに掲示板は結構な数があり、それらが一箇所に纏めてずらりと並んでいたりする。留学がどうだとか、学校からの個人呼び出しだとか、あまり関わりたくないもので言うなら単位関係のどうのこうのだとか。しかし入学したてで特に問題もなく学生をさせて頂いている僕なんかは、休講連絡ぐらいにしか用がありません。もちろんそのほうがいいのですが。
 ――なんて歩きながらぼんやり考えている間に、その掲示板が並んでいる場所へ到着。すると栞さん、「あれ? あの人って」と。
「口宮さん」
「お? おお、兄ちゃんか」
 さっきちらっと頭に浮かんだ、異原さんの暴力行為を一身に受けている相方さん。つむじ周辺だけが黒く他が金髪というプリンみたいな頭の口宮さんが、僕と同じ目的で同じ場所に立ち寄っていました。
「口宮さん、今日は一人なんですか?」
「『今日は』っつーか、『今は』だな。昼からはやかましいのとむさ苦しいのが一緒だ」
「……それって、異原さんと同森さんですか?」
「他にいねえだろが」
 わざわざ確認なんか入れてくれるな、とでも言わんばかりに目を細められた。こんな感じで少々ヤンキー入ってるような気がしないでもない喋り方をする人だけど、そう悪い人でもない事はこれまでのあれこれでなんとなく知っている。
 ――しかしそれにしたって、自分がこういう人と知り合うような事があるなんて、とついつい思ってしまったり。「見掛けで人を判断してはいけない」なんて文句はよく聞くけど、やっぱりそれくらいは、ねぇ?
「あー……。にしてもまあ、いいとこで会ったかもな」
 顎を上げ、細めた目を宙に泳がせ始めたかと思うと、何やらそんな事を言い出す口宮さん。「いいとこ」って何の事でしょうか?
 数秒そのままやや上方を見上げて何やら逡巡していた口宮さん、細くなくなった目をこちらに向ける。
「兄ちゃんはこの後どうすんだ? 食堂で飯か?」
「いえ、一旦家に帰るつもりですけど。四限だけあって三限がないんで」
「そっか。じゃあなんだ、えー、また上がらせて貰っていいか? ちっと話があんだけど。……いや、別にここでも構やしねえんだけど」
 話があると。場所は――まあ、ここか僕の部屋かで迷うような問題でもないだろう。前に一度来てもらった事もあるわけだし。とにかく、話があると。何の話かは当然知らないにしても。
「あ、じゃあ来てもらって」
 そうしたら栞さんと昼食がご一緒できなくなると気付いたのは、返事の後に栞さんをちらりと見てからだった。
 迂闊。

 さて、少々残念な気がしないでもない中、でも当の栞さんはまるでニコニコしている中、口宮さんとの本題ではなさそうな適当な話題で時間を潰しつつ、大学から家まで五分の道程を踏破。ただいま。
 さて、栞さんは前回と同じく他の幽霊さん方にあまり騒がしくしないよう伝えに行ってもらいつつ、僕と口宮さんは204号室。昨日の今日ならぬ今朝の今で成美さんと大吾の両名と話をする事になってしまった栞さんには、大変申し訳ないですけど。
「何か作りましょうか? お昼」
「いや、菓子パン買ってあっからいいわ」
「あれ、それじゃあもともと食堂で食べるつもりじゃなかったんですか?」
「込むから嫌なんだよ、あそこ」
 そりゃまあ、今の時間に学内にいる人達の殆どが一斉に集まるから、込むと言えば込む。だからと言って嫌だとまでは言いませんけど。
 ちなみに、今回予定していた料理はお好み焼きです。栞さんが来れないからと言って変更はなく、まあ、大きめなのを四枚ほど焼いて後で食べてもらってもいいかな、なんて。温め直したらちょっとパサついちゃうんですけどね。
 お給料が入ったらホットプレート買えるかなあ、無くても何とかなるものを買うのに親の懐をアテにするのも何だしなあ、とかなんとかフライパンの前で思いつつ、まあジュウジュウと。
 タネ練って野菜切って混ぜて焼くだけだから、非常に楽なメニューだ。まあ、これを真っ当な食事と見るか間食と見るかはかなり人によりそうだけど。
 で、簡単に出来上がり。

「いただきます。――で、口宮さん。結局話って何なんですか?」
「ん? ん、ああ……いや、改めて兄ちゃんに話したって無駄かもしれねえけど、一応な」
「改めて? 僕、知ってる話ですか?」
「おう。ほら、異原がよく言ってる『よく分かんねえ感じ』ってやつ。俺もなんか気になってな。兄ちゃんはそれが何か知らねえにしても、明らかに兄ちゃんがいる時ばっか来てたし」
「……………でも異原さん、もう気にしてないって言ってませんでしたっけ? 前に」
「言ってたな。んで、その前は気にしてるって言ってた。じゃあどっちだと思うよ?」
「……気にしてるんでしょうね、物凄く」
「だろ。だから、何も知らねえってのは前に聞いたけど、なんか気付いた事とかあったら言ってくれって――まあ、そんだけの話なんだけどな。あーカレーパンうめえ」
「……………」

「ごちそうさまでした」
 口宮さんに、僕を疑う素振りはない。つまりはただ純粋に、異原さんの霊感が僕に反応していると思い込んでいるだけなのだろう。つまり、公園で追い掛けられた時と事情は同じだ。口宮さんも僕も。
 少々、気まずい。
「なんか疲れた顔してねえか? ああ、まあわけ分かんねえ話だし、しゃあねえか」
 どっこい、僕はわけが分かってるんですよ口宮さん。――しかし、それはそれとしても。
「異原さん本人が話してくるなら分かりますけど、口宮さんからそう言われるのってなんていうかちょっと、意外です」
 悪い人でない事は確かだけどあまり人に気を遣うタイプでもなさそうだ、というのが僕から見た口宮さん像。もちろん、知り合って間もないんだから言い切る事はできないけど。
 しかし口宮さんはこともなげに「そうか?」と。そしてにやりついた笑みを浮かべ、
「弄り甲斐のある話は引っ張るぞ、俺。しかもあの暴力女が関わってるとなりゃ一層な」
 なのだそうです。それはつまりちょっかいを出す事に意義があるという事なのでしょう。が、しかしそれがあの人に対してとなると――。
 以前二人に恋人として付き合っていた時期があったという話を知っている身としては、窺った見方が拭い切れません。もしかして今も、なんて。
「立ち入った事をお訊きしますが」
 だから僕は訊いてみた。あまり真剣にならないよう、わざと大仰に言ってみたりしながら。
「異原さんの事は、今でも好きだったりするんでしょうか?」
 返事までには一瞬の間があり、その間だけ、口宮さんの目が細くなった。
「……んだよ、急だなおい。今の話と関係あんのか?」
 そしてまた間が。僕はどう返したものだか迷っていた。訊く前に決めときなさいよって話ですけど。


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