(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十一章 万能の過去とお客の現在 三

2008-12-24 20:55:26 | 新転地はお化け屋敷
 迷って、だから焦って、冷静に頭が働いていたかは分からない。分からないけど取り敢えず、僕の頭は口宮さんへどう対応するかを決定した。
「あります。実は僕、始めから異原さんのアレが何なのか知ってるんです」
 さっきは細くなった口宮さんの目。今度は、丸く見開かれた。
「……知ってる? じゃあ何で今まで――いや、つーか結局、俺があいつの事どう思ってるかなんて関係ねえじゃねえかそれじゃあ」
「あります。からかい半分なノリで教えられる話じゃないんです。だから――『今でも好きだ』って言えってわけじゃないですけど、ちゃんとあの人の事を考えて知ろうとしてるなら、教えます。僕は」
 僕は、と最後に付け足していた。多分、他のみんなならどうしていたんだろうと不安になったんだと思う。言ってしまってから不安になるというのも情けない話だけど。
「まあ、教えたって信じてもらえるかどうかは分からないんですけど……」
 そういう事態は充分に考えられたけど、それにしたって言い訳じみた文句だなあ、なんて状況の難しさを量っていると、その部分は耳に入らなかったかのように口宮さん。
「それに俺が答えて、教えてもらって、その後になって『間違ってました』なんてこたねえだろうな?」
「それはないです。僕がいても反応しない時ってありましたよね? その時は毎回、その場にはないものがあったんです。試しにそれを近くに置いたり離したりしてみたら、思った通りの反応だったですし」
「……つーことは、アレはその『何か』を察知してたってのか? なんだそりゃ。実はアイツ、超能力者だったってか? シックスセンスってやつ?」
 この時点で既に口宮さんは信じるつもりがなさそうだった。それならそれでも構わないとは思いつつも、このまま話が終わってしまうのにはやっぱり抵抗がある。……いや、これはムキになったと言うべきか。
「異原さんが超能力者なら、僕はそれ以上ですよ」
「へー。で、何ができるんだ?」
「教える条件はさっき言った通りです」
 すうっ、と口宮さんの目が据わる。もしかしたら気分を害させているかもしれない。下手をすれば、喧嘩になるかもしれない。目を見てそう思える余裕はどこかにあっても、余裕がない部分のほうが多かった。
「……好きだ嫌いだじゃなくて、要はアイツを心配してるかどうかって話だろ? だったらそりゃ、しないわけにいくかっつんだよ。一応は付き合ってた時期があるくれーだしな。――わけ分かんねえもんをずっと引っこずってんだよ、アイツは。心配して悪いのかよ」
 そうですか。
 そうですよね。
 返事を聞いた僕は一度、やや大きく呼吸をしてから、その返事に応じた話を始めた。
「異原さんが感じ取っているのは、僕じゃなくて幽霊です。僕、大学行くのはいつも一緒なんですよ。前に言ってた――引っ越してすぐにできた彼女と」
 口宮さんは、何も言ってこなかった。それどころか、身動き一つしなかった。目の形も変わらなかった。まるで時間が止まったようにこちらを見続けているその目に、僕はもう一言付け加える。
「ここがお化け屋敷って呼ばれてるのは、知ってますよね?」

「日向の客がある度に他所へ避難しなければならないとは、お前も大変だな喜坂」
「一緒にいてあんな事があったオレ等の逆だな」
「ま、まあね。孝一くんと仲がいい人だったら自分もって、やっぱり思っちゃうし。でもそういうところって仕方がないから、折り合いをつけるしかないんだよね」
「承知の上で付き合っている、という事か。それならわたし達も……と言うか、大吾もそうだな。今朝の件がまさにそれだ」
「いや、喜坂のに比べりゃ大した事じゃねえだろ。こっちのはそう滅多にはねえ事だろうし、その……精神的にキツいってもんじゃねえしな。自分が幽霊だって思い知らされるっつーか」
「あんまり大事にされちゃうと、それはそれで困っちゃうかも」
「あ、わ、悪い」
「ふふ、ごめん冗談。これまでで一番思い知らせてくれたの、孝一くん本人だしね。――でも良かった、二人ともすっかり立ち直ってて。正直言ってね、声掛けにくるの、ちょっと躊躇ってたんだよ。気まずいかなあって」
「ふん、反省は必要だがそれを長引かせる必要はないからな。気まずい時間などさっさと済ませたよ、二人でさんざん愚痴り合ってな」
「言い合ってると馬鹿みたいに思えてくんだよな。一人だとそうはいかねえかもしんねえけど」
「うーん、やっぱりお似合いだよねえ、成美ちゃんと大吾くんって。口喧嘩は多いけど、根っこは似てるって言うか。だから誰も何も言わなかったのかな、同じ部屋で住むって言った時」
「似ている似ていないの話ではないと思うがなあ。わたしと大吾が似ているかどうかはともかく」
「て言うか似てるのか? オレとコイツ。なんか嫌だなそれ」

「ふざけてんじゃねえ」
 僕の説明からたっぷりと間を置いて、ようやく口宮さんが言葉を発する。
「って言ったらどうする? 兄ちゃん」
「すっぱり諦めるか、もしかしたら怒るかもしれません」
「間逆じゃねえかその二つ」
 その通り、まるで対極にあるかのような選択肢だった。信じてもらえないだろうとは初めから考えていた。だから、諦める。――そうしようと思っていた。だけど実際にそうできるのかと言われたら、自信はない。信じてもらえなくても仕方がないと思っているのに、それに耐えられそうもない部分がどこかにある。
「……このアパートには本当に幽霊が住んでて、しかもその中の一人と兄ちゃんが付き合ってるって話だったよな?」
「はい。しかも管理人さんは霊能力者です。とんでもなく腕利きな」
 部屋の内部を天井から床からゆっくりと見渡しながら言う口宮さんへ、僕は真っ直ぐに視線を送り続けていた。幽霊は宙をフワフワ漂っているものでもなければ気配がないと言うわけでもなく、そもそも今この部屋にはいない事を知っているからだ。
 暫くそのまま首を動かし続けると、口宮さんは不意にこちらを向いた。
「だったら話は早えな」
 侮るというか、今にも笑い出しそうというか、そんな感じの顔だった。
「その幽霊さんと霊能者さんに合わせてくれよ。実物さえ拝みゃあ、疑うも何もありゃしねえだろ?」
「いいんですね?」
「あん? 俺に損なんてねえじゃんよ」
 損はない。確かにない。だけど――知ればきっと、変わってしまう。人間が生き物に対して持つ決定的なルールが、一瞬でひっくり返ってしまう。
 僕は幽霊が見えたから、その事に驚く暇があったから、ひっくり返ったルールについての衝撃は紛れてしまったんだと思う。ここのみんなと仲良くなれたのはそのおかげだろう。でも、この人は。それに、異原さんは。
「分かりました、みんなを呼んできます。……幽霊は直接見えないでしょうけど」
 呼んで来てくれるかどうかも、分からないですけど。

「おやおや、見えずに霊感だけ。そりゃまたきっつい……」
 101号室。本日たまたま仕事がお休みな家守さんのお宅――そこへ仕事のようなものを持ち込むのは気が引けたけど、それでも僕はここへ来て、家守さんと高次さんに事情を話した。今日初めて異原さんの話を聞いた高次さんは気の毒そうな苦笑を浮かべたけど、
「そっか。じゃあ行きますかね」
 家守さんは僕が説明をしている時の穏やかな表情のまま、何か断りを入れるわけでもなく、そう即断してきた。
「幽霊も呼ぶという事は、私も行ったほうがいいでしょうかね?」
 何故かここにいた清さんもそれに続く。何でいるんですか。いや、ありがたいですけど。
「って事でアタシ達はみんないけるけど、しぃちゃん達とかジョン達は? 呼ぶ予定ない?」
「いえ、これから声掛けに行く予定です」
 大吾と成美さんは202号室にいるとして、栞さんは203号室か……もしかしたら、二人と一緒にいたりするかもしれない。どちらにしろ自分の部屋を出た僕からすればこの101号室よりもそちらのほうが近く、初めから全員呼ぶつもりなら普通は先にそちらへ向かうだろう。でももし、家守さん達が来てくれなかったらそれらも無駄になりかねないだろうから、まずここに来たというわけで――何が言いたいかというと、こんなにあっさり同行してもらえる事になるとは思っていなかったのです。つまり、口宮さんに幽霊の存在を教えてもいいと許可してもらえるとは。
「んー、見えない人への説明となると、髪束ねてったほうがいいかもね。服は……まあ、このままでも大丈夫かな」
 緊張感はまるでなさそうなものの、髪を束ねるという事は……本当にすいません、せっかく今日、仕事を休みにしたのに。
「んっふっふ、では私はジョン達を呼んできますね。先に行っておいてください」
「今回は俺もついて行っていいんだよね?」
 とまあそんなこんなで、次に向かうは202号室及び203号室。早速行きましょう。

 と思ったら202号室だけでよかったようです。部屋の住人二人に加えて、栞さんもそこにいました。
「え、教えるって事になったの? 大丈夫なのかなあ」
「大丈夫かどうかはともかく、信じさせる事はできるだろう。見えないとは言ってもそれだけなのだからな」
「まあな。適当に騒ぎゃあ音で気付くだろうし、何なら筆談でもすりゃいいんだし」
 栞さん、大吾、成美さん、清さん、マンデーさん、ナタリーさん。確かにいくら見えないからと言って、これだけ集まってどうにかしようと思えば幾らでもどうなかなってしまうだろう。ましてや家守さんもいるんだし。
 でも、栞さんが言った「大丈夫なのかなあ」は僕も気になっている。だからこそこれまで、異原さんの件があるにも関わらず、口宮さん達には幽霊の事を黙っていたのだから。
 しかしそれはそれとして、
「あ、そうだ。なあ成美、オマエ耳出して行ったらいいんじゃねえか? そうすりゃあっちからでも見えるんだし」
「別に構わんが、その後どうするんだ」
「ほら、前に庄子が来てた時、その状態のオマエをオレがおぶったらどう見えるかって試しただろ? 変な格好で浮かんでるって言ってたんだし、それ見せたらいいんじゃねえか?」
 庄子ちゃんといえば、幽霊の声は聞こえるけど姿を見ることはできないという大吾の妹さん。いつそんな事を試してたのかは知らないけど、それは確かにインパクトがありそうだ。到底信じられそうにない事を信じさせるにはやっぱりインパクトがあったほうがいいだろうし、ならそれは是非お願いしたいところ。
 しかし、
「……『変な』格好なのだぞ? 嫌だとまでは言わんが、気乗りはしないな。ましてや面識もない相手に」
 それもそうだ。見られる側からすれば、恥ずかしい事この上ないだろう。だったら無理を言うわけにもいかないし、それに他にもやりようはいくらでもあるわけで、ならここはすっぱり諦めましょう。
 さて、いざその時はどうなる事やら。

 そして、いざその時のその時。栞さん達へ声を掛けている間に清さんも戻ってきて、一気に全員で204号室――つまり、口宮さんのもとへ。
『お邪魔しまーす』
 僕を先頭にしてぞろぞろばたばたと次々に入室。毎度ながらの大人数だけど、この中の三人と一匹しか、あっちからは見えてないんだよなあ。これだけいたら足音とかで違和感ぐらいは感じるだろうけど……。
「呼んできましたよ、口宮さん」
 少々険悪と言えなくもないような雰囲気でみんなを呼びに出てしまったので、自然と声が頑なになってしまう。もちろんそんな事を引きずってる場合じゃないのは分かってるけど、やっぱりそう簡単に切り替えが効いてくれないのが人の心というものなのだろうか。
 なんて、頑な紛れに思ってみたり。
「……お邪魔してます」
 そのつもりがあるかどうかはともかく、口宮さんも切り替えてはいないらしい。座ったまま家守さんと高次さんに頭を下げるその表情には、未だ疑うような色が隠れようともせずに表れていた。
 家守さんと高次さんにだけ、なんだろう。今はまだ。
「初めまして。アタシはここの管理人です」
「初めまして。俺はここの管理人の婚約者です」
「ワウ」
 挨拶をされた二人と、それに加えてジョンが、返事を返す。既に事情を聞いている他のみんなは、黙ったままだった。
 ……それにしても。のっけからこうもあからさまに不審がられてるのに、どうしてこの二人はこんなにニコニコしていられるんだろう? 最初から話を聞いていたにしたって気分のいい場面じゃあないだろうに。
「初めまして。俺、口宮っていいます。……あの、なんで犬が」
 二人のニコニコっぷりにほだされたのか、初めの挨拶に比べればちょっとだけ柔らかいような気がしないでもない口調。ただどうやら、幽霊とは別の点にも不審を抱かれてしまったようで。
「あ、大丈夫大丈夫。おっきいけど大人しいから噛んだりはしないよ。――ってのはまあ前置きとして」
 そういう事を訊いてるんじゃないと思いますよ、と突っ込む前に自分で捌かれてしまった。いかに家守さんでも、ここでボケる事はなかったようで。
 反応に困っている様子の口宮さんと向かい合うようにして家守さんが座り、その隣へ高次さん。テーブルを挟んだ一方が困惑していてもう一方が微笑んでいるというのは、妙な光景だった。
 残った僕やジョン、それに幽霊さん一同は、それを見守るようにテーブルからやや距離をおいて、各々がばらばらに腰を落ち着ける。
「こ-ちゃ……えー、日向くんから聞いてると思うけど、アタシはいわゆる霊能者ってやつなのね。あと、こっちのおっちゃんも」
「おっちゃんって、そりゃ酷い」
「……………」
 霊能者の二人目が現れた事に驚いているのか、それとも二人のノリについていけていないのか、ぽかんとしたまま何も言わない口宮さん。それはさすがに同情に値するかもしれない。
「で、まあ、口宮さんには見えてないだろうけど、今この部屋って幽霊だらけなんだよね。そこの犬――ジョンっていうんだけど、ジョンを連れてきたのはその幽霊の中に犬の幽霊がいるからだよ。ジョンと仲好しでね」
「それがなくたってみんなが仲良しなんだけどね、ここは」
 あくまでも世間話のような軽い語り口の二人。幽霊の話とは言っても怪談話をするわけじゃないんだから、余計な不安を煽らないようにしようとしたらこうなる、という事なのだろうか。まあ、口宮さんが僕の知り合いだからって部分もあるのかもしれないけど。
 しかしあちら側からすれば、そんなのは些末な事なのかもしれない。
「……幽霊だらけって、どれだけいるんですか今」
 自分で質問した犬の件にはまるで触れず、「だらけ」という言葉に反応してか、急にきょろきょろと辺りを見回し始める。もちろんまだ幽霊の存在を信じてはいないだろうけど、やっぱり不安でもあるんだろう。
 見えないものが怖いというのは、暗闇が怖いというのと同じ事なのだろうか。いや、明るいのに見えないからこそ、暗闇より余計に怖かったりするんだろうか。――見えてしまえば、何でもない人達なのに。
「四人と二匹だね」
「……二匹?」
「うん。今言った犬の幽霊さんと、蛇の幽霊さん。そっちも突然噛んだりはしないから、怖がらないでね。――ってのも、まだ無理があるだろうけど」
「へ、蛇って……」
 言った通り、無理そうなのでした。さすがに蛇となると――ナタリーさんにはかなり申し訳ないけど、たとえ見えてたって怖いと思う。僕と栞さんが初めて会った時だって、かなり恐々としてたし。
 しかしそこで家守さん、ようやくと言うかなんと言うか、とにかくここで霊能者的な発言を。
「不安なら話してみる? その蛇さんと」
「ふぇ、わ、私ですか?」
 たまらず声が出てしまうナタリーさんですが、当然口宮さんには聞こえません。――しかし。
「あの、蛇と話すって? いやその前に、その蛇も幽霊で? ……えーと、すんません、どういう事なんですかね?」
 これだけ混乱してしまっているなら、聞こえないでよかったのかもしれません。これに加えて蛇の声が聞こえたなんていうのは、気の毒な結果にしかなりそうにありませんし。
「まあそれが嘘か真かは別にして、テレビなんかでもよくあるでしょ? 降霊術っての。幽霊を体に降ろして、話させたりするっていう」
「は、はあ。まあ、テレビで見た事くらいならありますけど……」
「それをしてみようかな、ってね。幽霊が見えない人と幽霊を直接引き合わせようとしたら、これが一番手っ取り早いんだよ」
「……まあ、じゃあ、やってみてください」
 話だけ聞いて混乱しているところに実践の話が。不安があるとは言っても、口宮さんからすれば見逃せない話なんだろう。見るからに乗り気でない態度なのに、家守さんへその先を促すのでした。
「あの、つまり、今の話だと私が家守さんの体に入るって事ですか?」
「そうそう。でもまあ、ちょっとお喋りするだけでいいよ。下手に動こうとしたら転ぶかもしれないし」
「だだ、大丈夫でしょうか……」
 口宮さん以上に不安がっているナタリーさんですが、見た目には微動だにしません。ポーカーフェイスどころかポーカーボディです。いつも通り、とも言います。
「だ、誰と喋ってるんすか」
「今言ってた蛇さん。女の子だからお手柔らかにね、口宮くん」
「よよよよ、よろしくお願いします。女の子です」
 まだ聞こえてませんってナタリーさん。微動だにせずにテンパらないでください笑ってしまいますから。
「それじゃあナタリー、こっち来て」
「は、はい」
 手招きされてするすると家守さんの傍へ寄ったナタリーさんは、その招かれるままに膝の上へ。
「それじゃあまずは深呼吸。いきなり人間の体になっちゃうけど、落ち着いてね」
 直後、「すー……ふー……」と声付きの呼吸音。これだけ素直なうえに女の子だと知っていると、いかに蛇でも可愛く思えるから不思議なものだ。いや、失礼は承知の上で。
「そいじゃ、いくよ? はいリラックスリラックス」
「リラックスリラックス」
 自分で言ってどうするんですかナタリーさん、と思った途端、その細長い姿がふっと消えてしまいました。という事は。
「……わ、え、あ――え?」
 家守さんが普段からは思いもよらないような黄色い声で慌て始めたかと思うと、そのままふらりと横へ倒れ始めて――
「おっとと」
 それを見越していたかのような余裕のある対応で、高次さんに抱き留められました。
「あの、あれ、体がいろいろと余分に重いです? う……腕? ですか? えっと、あと、足……と、胸? あ、いえその、どうもすいません高次さん」
 抱き留められたまま抵抗もせず、普段とは打って変わって表情豊かに混乱状態を表しているナタリーさん。胸まで余分ですかそうですか。成美さん、渋い顔しない。
 ――こういう「他の誰かが家守さんの体を借りている」状態は、以前に一度、見た事がある。ナタリーさんやマンデーさんの以前の飼い主である山村夫妻をあの世から呼んできた時だ。あの時はその二人ともが高齢だったから、家守さんの口調の変化も「ああ、違う人なんだなあ」と思えた。……んだけど、これは。
「ナタリーちゃん、大丈夫? このまま支えてようか?」
「あー……すいません、お願いします。バランスがうまく取れなくて……」
 気恥ずかしそうに顔をしかめ、伏せた顔から上目遣いなナタリーさん。しかし例えそれがナタリーさんであってもやっぱり体は家守さんなわけで、しかも家守さんと言えば、まあ殆どの人から見て美人と言えそうな容貌なわけで、
「……孝一くん、あんまり見惚れないで欲しいな」
「はぁっ! す、すいません!」
 栞さんに注意されてしまいました。
「あはは、仕方ないとは思うけどね」
 とまあこちらはこちらで少々騒いでいるものの、本題はあちら。
「えーと、お待たせしました。ご紹介に預かりました、蛇のナタリーです。口宮さん……でしたっけ? あの、どうぞお手柔らかに」
「は、はあ……」
 コンタクトが可能になったところで改めて自己紹介。
 は、いいのですが。
『……………』
 お互い、言葉が続かないようです。いきなりの事で身動きがとり辛い口宮さんの立場も分かりますし、そんな人への対応に急遽借り出されてしまったナタリーさんの立場も分かりますけど、それでもなんとかして喋り出して欲しくなるような息苦しい空気が。清さんはいつものように笑ってますけど。
「ナタリーちゃん」
「は、はい」
 そんな時、それでも尚ニコニコとしている高次さんが、ナタリーさんを自分の胸にもたれさせている格好のままで肩越しに語り掛ける。その体勢というのは見るからに恋人然としたものだけど、ナタリーさんはあまり気にしていない――と言うか、そういう体勢だと気付いてすらいなさそうです。
「幽霊どうのはこの際横に置いとこう。ここでの生活ってどうなのかな、ナタリーちゃん自身とか他のみんなとか」
「生活、ですか」
 肩越しのアドバイスを受け、しかしナタリーさんはそれでも「うーん」と視線を落としてしばし考える気構えに。やっぱりそんなに急には難しいものがあるかな、とついつい気の毒に思ってしまったりしたけど、それでも考え続けたナタリーさんの目が口宮さんを真っ直ぐに捉え直すまで、そう時間は掛からなかった。
「あの、私は、最近ここに住む事になったばかりなんです。その前は……動物園で死んでしまってからは前の飼い主の家に居着いていたんですけど、そこに日向さんと喜坂さん――あ、喜坂さんっていうのは今一緒にここにいて、日向さんのつがい……じゃなくて恋人さんなんですけど」
「恋人?」
 反応し、控えめな程度に視線を左右へ巡らせる口宮さん。
「その恋人さんも幽霊、なんすよね。今ここにいるって事は」
「あ、はい」
 僕の彼女が幽霊である、というのはみんなが集まる以前にも説明していた筈だ。だけど口宮さん、今のナタリーさんの説明で初めて知った、みたいな……。やっぱりまだ、信用はされてないって事なんだろうなあ。
「えーとですね」
 それ以上口宮さんが何も言わない様子だったので、引き続きナタリーさんが語り始める。
「とにかくその、ここのみなさんはいい人達です。幽霊がいない事になってる人間の方達には理解し辛いでしょうけど、幽霊だってみんな、生きている頃とそう変わらずに生活してるんです。変わらないから、それにみんながいい人達だから、その中で恋人になる人達がでてきたって不思議じゃないと思います。……信じてもらえるかどうかは、分からないですけど」
 口宮さんが恋人という箇所に食い付いてきたためなのか、それとも自身が栞さんの名前を出した時点でそういう方向に持っていくつもりだったのか、とにかくそんな締め括りを迎えるナタリーさんの話。しかし最後に、
「あの、口宮さん。一つ訊いてもいいですか?」
「なんすか」
「幽霊を見られない口宮さんが、どうして幽霊の事を気にしたんですか? ――群れ全体で幽霊が無い事にされてるんですから、よっぽどの事情がないとそこまで踏み込もうとは思わないかな、と」
「それは……」
 どうやらナタリーさん達を呼びに行った清さんから、その辺りの事情は説明されてないらしい。そんな暇がなかった、と言ったほうが正確だろうけど。
 しかしそれはともかく、口ごもった口宮さんだ。勝手な解釈なのかもしれないけど、僕に話して「みんなを連れて来い」と言った以上、その事情が周囲へ拡散する事は承知の上だっでしょうに、どうしてここで引っ掛かるんだろうか。


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