(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 一

2010-01-06 20:45:23 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。まあ、今いるここは204号室ではないのですが。
「おはよう、明くん」
「おはよふあぁあ」
 いつも講義が始まると寝てしまう彼ですが、本日は顔を合わせた瞬間から眠たそうなのでした。一般的に考えれば眠る前に眠そうだというのはごく普通なんですが、明くんに限って言えば、珍しいことなのです。
「いきなりだねえ。昨日、夜更かしでもした?」
「そういうわけじゃないんだけどな……でも、なんか眠い。すごい眠い」
 言いながら席につくと、そのまま机に突っ伏してしまう明くん。
「そこまで眠そうにされると、起こしていいかどうか迷うね」
「お手数掛けるけど、起こしてくれ頼む」
 つまり、やることはいつもと変わらないということですね。
 水曜日の一限。教室が狭いので栞さんと一緒にはいられないけど、それが水曜日ただ一つの講義であって、つまりこれが終わればそのまま家に帰ることができるのです。まあそうでなくとも栞さんは最近、僕とは別の教室へ行くわけですけども。
 それはともかく、本日は家守さんの妹、椛さんがあまくに荘へやってきます。まさか僕の講義スケジュールを把握しているわけでなし、なのにこういう日を選んでくれたというのは、実に運がいいことで。
「……ごめん、やっぱ後でノート見せてくれ。無理そうだこれ」
「あはは、ならそういうことで」
 あんまり無理してふらふらのまま起きてても、ノートにミミズが這うような結果になっちゃうだろうしね。

「喜坂さんに悪いなあ、待たせちゃって」
「でもまあ、ちょっとくらいなら」
 講義が終わって周囲の人々が教室を出ていく中、ぐっすりと一眠りした明くんは、せっせと僕のノートを書き写します。もともと筆記量の少ない講義なので、写す量も掛かる時間も、別に大したことはないんですけども。
 ――と思っていたところ、
「孝一くん」
 ぞろぞろと人が流れ出ていく出入り口から、僕を呼ぶ声が。いったい誰だと視認するまでもなく栞さんなのですが、しかしそりゃまあ視認くらいはしますとも。
 そして栞さんの側からも、こちらの状況を確認するような視線が。その先にあるのは今になってノートに筆を走らせる明くんという、一見すればどういうことか分かる状況で、すると栞さん、「あの、先に帰ってるね」と。
「何時になるのか分からないけど、椛さんが来るまでにお仕事終わらせちゃいたいし」
 なるほど、それはいい考え。といってこれだけ人が密集する中で返事をするのもあれなので、その申し出に対してはこっくりと頷いておきます。
「日永さんも、また明日」
 明くんも僕と同じように頷き、そして栞さんは小走りで行ってしまいました。廊下を走ってはいけません、というのはこの際言いっこなしにしましょう。
「急ぐ必要はなくなったね、これで」
「でも余計に悪いような気が……。待たせるどころか、先に帰らせるってなあ」
「まあまあ、一緒に帰るって言ってもたった五分の道のりだし」
 家に帰った後はずっと一緒にいるようなもんだし、とまでは言いませんが。
「んー……。ああ、それはそうと、今日誰かお客さんが来るのか? 椛さんって言ってたけど」
「ああ、うん。管理人さんの妹さんがね。……えーと、おめでたなんだそうで」
 来る理由までを言うべきかちょっと考えてみましたが、隠す必要がそもそもないような気もしたので、そのまま言ってみました。それでも人によっては控えたりするのかな、なんて言った後になって心配になったりもしたんですけども。
「おお。会ったことない人だけど、おめでとうございます」
「いやいや、これはどうも。僕のことじゃないけど」
 なんて言いながら軽く笑い合ったりしますがしかし、そんな中でも明くんはノートを写し続けているわけです。まだ終わっていませんが、お疲れ様です。
「子どもか……」
 お疲れ様と思った途端に、吐き出す息に乗せたような、疲労感を感じ取れなくもない言い方で呟く明くん。でもまさか、本当に疲れたというわけではないでしょう。動かしてるのは手だけなんですし。
「どうかした?」
「いやいや、こっちの話」
「気になるなあ。ほら、どうせ写し終わるまでこのままなんだし」
「そこまで必死に隠し通すような話じゃないけど、聞かされても困るだけだと思うぞ?」
「そうなの? でもまあ、聞くだけ聞いてみたいなあやっぱり」
 なんて軽々しくかつしつこく掘り返そうとしたのが悪かったようで、
「俺の彼女、人間じゃないだろ? だから子どもとか、どうなのかなって」
 困るどころか、聞こうとしたことを後悔する羽目になるのでした。
「……ごめん」
「いやあ、わざわざ『子どもか……』とか言ったの俺だしな。謝られるほどのことだったら初めから何も言わんよ。むしろ言いたかったんじゃないか? 俺」
 そう笑い飛ばしながら手の動作速度をまったく変えない明くん、その後に落ち着いた口調でこう付け加えました。
「高校の時から付き合ってるんだし、それくらいで塞ぎ込むような時期はもう過ぎてるって」
 それを言われてしまうと、こちらからこれ以上どうと言うこともできなくなってしまいます。僕が高校以前の彼を知らないこと、そして僕自身の経験が彼に及ばないことからも。
 そりゃまあ、彼女と付き合い始めてどれくらい、なんてことを張り合おうってわけじゃないですけども。
「と言ってもまあ時期がどうとかじゃなくて、いつでもそう思うもんなんだろうけどな。実際にどうかは別として」
「あ、それ当たってる」
「当たってたか」
「当たってた」
 もちろんノートを写す手は止めないまま、明くんはくっくと笑っていました。ならば僕もそれに合わせて笑い返すのですが、内心ではあまり笑えていません。実際にはどうなのか、という疑問に直面してしまったわけです。
 しかも、今していた子どもが云々という話。明くんがそのことを知っているかどうかは分かりませんが、まるで同じことに僕も関わりがあるのです。
「いや、いきなり変な話して悪いな。子どもがどうとか」
「いやいや、変な話ってわけでも」
 ……実際、そうなんでしょうけど。大学の一室でこんな、しかも恋人が人間じゃないとまで。
「今年で一人暮らし四年目だけど、そんだけやってると時々考えるんだよなあ。本当に親元離れたらどうなるだろうとか、そういった予想みたいなこと。そしたらまあ、そういうことも含まれてくるっていうか」
 親元を離れたらというのはつまり、大学卒業後の進路の話なのでしょう。僕も同じ状況なのですが、いくら一人暮らしをしているとは言ってもやっぱり仕送りやらがある以上、親元を離れたとは言えないわけです。
「いや、変にオッサン臭くなっただけかもしれんけどな」
 明くんはそう言いますが、そうではないのでしょう。地に足を付けなければならないというか――それをオッサン臭くなるというなら、誰だってオッサン臭くならなきゃいけないんでしょうし。
「うし、終わり。写したこと全然頭に入ってないけど」
 考えた内容の割にどう言葉を返すか思い付けないでいると、その短い時間内に明くんがノートを写し終えてしまいました。言いながら笑っている様子からしてあちらは何とも思っていないようですが、返事のタイミングを逃してしまった身としては、何かこう、もやもやしたものが胸に残ります。
「ありがとうな」
 お礼と共にノートが差し出されますが、しかしこれを素直に受け取るだけで終わらせてしまうというのは、胸のもやもや的にどうなんでしょうかと。
「明くん」
「ん?」
「オッサン臭いどころか、格好良いと思うよ」
「ははは、何だそれ」
 ……笑い飛ばされてしまいましたが、まあそれでもいくらかは胸のもやもやも晴れました。
 考えてみれば、同性から「格好良い」なんて言われても、そりゃ困るだけですもんねえ。

「喜坂さんに宜しくな。時間取ってすいませんでしたって」
「そこまでのことじゃあないけど、まあ一応は言っとくよ」
 そんな感じに明くんと別れ、そして現在、独りぼっちでの帰路。
 もちろんたった五分程度のものであって、ならばどうというほどのことでもありません。が、そうそうない場面での不慣れな沈黙であることに変わりはなく、なのでそれに代わり、必要以上な密度で考え事をしてしまいます。
 ここ最近の僕の考え事というのは、まず始めに栞さんという存在があってのものばかりでした。自分のことについての思案ですら、やはり「栞さんに対しての自分」というものでしたし。
 ですが今回の明くんの話から、それだけでいいというものでもないだろうと。数年先の将来の話であるとはいえ、僕だっていずれは明くんと同じことを考えなければならないのです。本格的に親元を離れ、するとそれからどうなるのだろうかと。――いや、既に「いずれは」なんて言ってる場合じゃないくらいなのかもしれませんけど。
 例えば僕は、栞さんを恋人としています。親元を離れて暮らすというなら、当然そこへ栞さんを迎えたいとも思うわけです。が、ならばそこで栞さんのことばかり考えていられるでしょうか? それより何より、自分についての諸々をしっかりとさせておかなければならないのではないでしょうか。分かり易いところを挙げるなら、仕事はどうするとか住む所はどうするとか。
 栞さんを迎え入れるというなら、それはまず自分の土台をしっかりさせてからだよなあ――なんて考えてる間にもうあまくに荘の前です。近いですねえ本当。
「ただいま、栞さん」
「あっ、おかえりー」
 言っていた通りに庭掃除の最中だった栞さんへ挨拶をし、そして明くんからの言伝を。
「時間取っちゃってすいませんでしたって言ってましたよ、明くん」
「あはは、でもまあ、それほどのことでもないし」
「ですよねえ」
 そりゃあこうなるでしょう、ということで次のことを考えます。と言ってもこちらも大したことではなく、このまま栞さんと話を続けるか、それとも邪魔にならないよう自分の部屋へ戻るか、ということなんですけど。
「あ、それでねこうくん」
 しかしその答えが出るよりも前に、栞さんのほうから話し掛けられました。そういうことならもちろんこの場に残らせてもらおう、と即座に考えたのですが、
「成美ちゃんが呼んでたよ。帰ってきたら部屋に来てもらってくれって」
「成美さんが?」
 考えた通りにはなりませんでした。ほんのちょっとだけがっかりです、と言ってしまうのは成美さんに悪い気もしますけど。

「自転車を貸してもらえないだろうか」
 そういうわけで、202号室。わざわざ部屋にまで呼んでもらった割には簡素なお願いだな、と思ってしまいますが、ともあれ既に大人バージョンである成美さんからそんなお願いです。
 ならば迷う必要などなく、「いいですよ」と二つ返事。
「ありがとう。いや、ジョンの散歩に使ってみようという話になってな」
「歩きだけだったしな、ずっと」
 202号室というのは成美さんだけの部屋ではなく、なので傍にいた大吾から、補足の説明が。とはいえその二人だけというわけでもなく、成美さんの前の夫である猫さん、そしてペンギンのウェンズデーも、一緒なのですが。
 ところでその猫さん、観察するかのようにウェンズデーをじっと見詰めてるんですけど、あれは何なんでしょうか。
「それでな、わざわざ部屋に来てもらったことなんだが」
「あ、はい」
 やっぱり自転車のことだけじゃなかったのか、と若干身構えますが、成美さんは猫さんを抱き寄せてこう言いました。
「今日も家守に話せるようにしてもらったんだ。宜しくしてやってくれ」
 すると猫さんも「今日一日、世話になる」と続けるのですが、これまたやっぱり部屋にまでお呼ばれするようなことかな、と。
 ……でも、成美さんの立場を考えると分からないでもないかな、とも。とても繋がりの深い身内なんですしね。
「いえいえ、こちらこそ。――椛さんが来るからってことですか?」
「うむ、それもあるのだが……」
 考えられる理由を挙げつつ尋ねてみたところ、合ってはいたようですが、どうやら他にもある様子。
 成美さんが苦笑いをしながら視線をウェンズデーへ向けると、説明はそのウェンズデーから。
「朝起きてからずっと、猫殿が自分を怖い目付きで睨んでいたであります。何か気分を害するようなことをしてまったでありましょうかと気が気でなくて、だからその理由を聞くために話ができるようにしてもらったであります」
 その気が気でないというのも相当だったんでしょう、羽をパタパタさせながら話すウェンズデーでした。
「で、結局何だったの?」
 そう結論を求めてみると一変、ウェンズデー、今度はがっくしと前傾姿勢に。
「『この奇怪な生き物は何なんだ』と言われてしまったであります……」
「ああ、まあ、見る機会なんてないだろうしね……」
 これには流石に同情せざるを得ませんでした。物珍しさを抜きにして見るなら、むしろ可愛いんですけどねえ。
「済まなかった」
 まあ、猫さんの気持ちも分からないではないんですけどね。僕がここへ来てからもずっとウェンズデーを見詰めていたということは、まだいろいろと納得できてはいないんでしょうけど。
「さて、では早速散歩に行くか。椛が来るまでに終わらせておきたいしな」
 声高に話題を切り替える成美さん。栞さんと同じく「椛さんが来るまでに」ということで、仕事がある人は皆同じ考えのようでした。まあ実際、散歩は大吾の仕事なんですけど。

「行ってくるぞー!」
『行ってらっしゃーい』
 庭掃除を継続していた栞さんと一緒に、成美さんのお見送り。とは言ってもジョンはもちろん、前籠に入った猫さんとウェンズデー、それに自転車を後ろから押して(支えて?)いる大吾も一緒ではありますけど。
「成美ちゃん、転ばなかったらいいけど……」
 言わないであげましょう栞さん。
 ところで、自分の自転車が出ていく様を見て思い付いたことが一つ。
「散歩組が帰ってきたら、買い物にでも行きましょうかねえ」
 もちろんそれくらいなら歩きでも充分なのですが、楽な手段があるならそちらを頼りたくなるもの。そういうわけで、自転車の帰還を待つことにしました。
「あ、それなら……えーと」
 何かを思い付いたらしい栞さん。といって何を思い付いたかは大体想像が付くのですが、しかしその前に何やら言葉を詰まらせます。
「私も、一緒に行こうかな」
 何を思い付いたかはこちらの想像通り、僕の買い物に付き添おうかというものでした。
 そしてもう一つ、言葉を詰まらせた理由のほうも、承知済みのことでした。
「その間に椛さんが来ちゃったりしたら、早めに掃除した意味がなくなっちゃいますけどね」
「まあ、そうなったらそうなったで仕方ないよねってことで」
 昨日の夜、栞さんは自分を名前で呼ぶのを止めることにしました。しかしそう決めたからと言ってもやはりこれまでの慣れというものがあり、つまりさっき言葉を詰まらせたのは、自分のことをこれまで通りに「栞」と言い掛けてしまったのでしょう。
 そんな推測と並行して昨晩の会話を思い返してしまうと、今この場で栞さんに抱き付きたくなってしまいます。もちろんそう思うに止めてはおきますけど。

 さて、椛さんのこともあるので出来れば早めに帰ってきて欲しい散歩組でしたが、
「た、ただいまぁ」
 ある程度進んでいた栞さんの庭掃除が終わるとほぼ同時、ということで本当に早かったのでした。まあ自転車なんですから、普段より早くて当然ではありますけど。適当とは言っても、散歩のコースはある程度は決まってますしね。
「おかえりなさい。ところで、成美さんが一番疲れてそうなんですけど? 走ったのは大吾とジョンでしょうに」
 ジョンが平然としているのはもちろんのこと、大吾にしたってちょっと呼吸が深くなっている程度なのですが、成美さんがどう見てもヘトヘトです。自分で漕いでいてもこうはならないでしょうに、しかも後ろから押してもらってこれというのは?
「怖かったんだ……」
 なるほど、精神のほうから来る疲労ですか。そりゃ軽減のしようがありませんね。
「でも見た感じ、転んだりはしてないみたいだね。良かった」
 真っ白なワンピースであるが故に汚れの有無は簡単に判別でき、なので見送った直後から心配していた栞さんは、出発時と変わらないその真っ白さに一安心。
 すると成美さん、ぐったりしていた胸をしゃっきりと。
「ふん。自分が怪我をするのはともかく、人からの借り物に傷を付けるわけにはいかないからな」
 それは僕の自転車のことを言っているのでしょうが、しかし今の成美さんを見ていると、ママチャリのほうがよっぽど丈夫なような気がします。実際、ちょっと転んだくらいでどうなるというものでもないですしね。籠が凹むくらいはあるかもしれませんけど。
「つーか、それよりも前に旦那サンとウェンズデーが吹っ飛ばされるだろ」
 大吾からの突っ込み。それもそうでした、というところで当のお二人の感想ですが、
「転ぶにしたところでこの程度の高さ、いくらでも着地できそうだがな」
「あわわわ……危なかったであります……」
 こんな感じでなんとも対照的な内容なのでした。
 しかし自信満々、そして猫の身のこなしを考えれば自信だけというわけでもないであろう猫さんはともかく、ウェンズデーが籠から放り出されても、ぽよんぽよんころんころんという調子で結局は怪我なんかしない――というのは、僕の勝手な想像ですよねやっぱり。
「毎回とまでは言わねえけど、ちょくちょくはこうしてやりてえな。ジョン、嬉しそうだし」
 言いながら、わしわしとジョンの頭を撫でる大吾。そうなるとジョンが気持ちよさそうにするのはいつものことなのですが、しかしそれだけということこもないのでしょう。大吾がこう言ってるんですし。
「自転車だったらいつでも使ってくれていいよ?」
「そうか? いやまあ、いつでもって言われても、借りる前に声くらい掛けるけど」
「そうなるとしても、散歩の前にまずは練習だろうがな……」
 先のことを考えさせられたのか、成美さんが再びお疲れ気味になってしまいました。
 しかしそうは言っても、自分から練習という言葉を持ち出す辺り、乗り気ではある様子。あとは自転車に慣れてしまいさえすれば、といったところでしょう。
 で、その成美さん、自転車を押して駐輪場へ向かうのですが、
「あ、僕いまから乗りますから」
「ん? どこか出掛けるのか?」

 そういうわけで、いつものデパートでお買い物です。栞さんを後ろに乗せて出発した際、成美さんが羨ましそうでかつ恨めしそうな目をしていましたが、それは仕方がありません。頑張れ成美さん。
 さてそれはいいとして買い物の内容ですが、目当ては単なる食材の確保です。栞さんと一緒に来たからといって、今のところは何をどうするというわけでもありません。なんせいつ来るか分からない椛さんのことがありますし。――と言って、全く何もしないというのも、それはそれでやっぱりどうかとは思います。
 なので、
「栞さん、寄っときたい所とかあります?」
 食材の調達をちゃっちゃと済ませたところで、尋ねてみました。
「あー……」
 どうやら栞さんもあまり考えていなかったらしく、すぐにこうだという返事は返ってきません。そうなってしまうと無理に案を捻り出させているようで気分が落ち着かないのですが、
「服屋さん、かな」
 無理に捻り出してくれる栞さんなのでした。
 何か出てくるならあの陶器の置物とかが置いてある店だろうなと思っていたので、正直ちょっと意外にも。でもまあ無理に捻り出してくれてのことなんですし、そうでなくとも女性となれば、やっぱり気に掛かるところではあるんでしょう。いつも似た服装ばかりではありますけど。
 そうとなればということで早速、そういう店が集まる区画へ。
「見るだけだけどね、成美ちゃんもいないし」
 今この場にいるのは僕と栞さんの二人ですが、周囲からすれば僕ただ一人だけ。ただ単に服の店というだけならともかく、女性服の店ということになると、買うどころかうろついてるだけでちょっと嫌な目線を向けられてしまいそうではあるのです。
 これが逆、つまり女性が男性服の店にとなると、そこまで目立つものでもないでしょう。買い物係が成美さんだというのは、実体化できるということだけでなくそういった面からしても適切なのです。
「ちょっと待っててね、すぐ戻ってくるから」
 買い物袋は二つあり、そのうち一方は持ってもらっていたのですが、言いながらそれを差し出してくる栞さん。そういうわけで、待つことになりました。
 男性に不似合いな店とはいえ、ちょっと店に寄って買いたい服を指定してくれれば代わりにそれを買うくらいのことは多分したんでしょうけど――ホッとした部分もあるにはありますよね、そりゃあ。
 近くのベンチに座り、ぼけーっと時間が経過するのをただ待ちます。が、やはりずっとそのままというわけにはいかず、暫くしてからは考え事を。こういう状況ですから、考える内容と言ったらやっぱり、栞さんがどういう服を気にいるのかということです。
 ……まあまず基本的なこととして、普段の栞さんは、複数の似た服を着回しています。で、その似た服というのが、下はピンクが基調で膝上ちょいくらいのスカート。上も同じくピンクが基調のノースリーブ。そして服装とはちょっと違うかもしれませんが、赤いカチューシャ。なんと言うかまあ、総じて風通しのよさそうな格好です。
 それに対する僕の感想は、別に語らなくてもいいでしょう。栞さんの買い物の話なんですし、「栞さんの」という時点で自分ですら呆れるほどに愚問だと思いますし。強いて言うなら脇が見えてしまうのは反則に近いとは思いますけど。
 さて、ともかく栞さんの普段着はそんな組み合わせ。軽装さに加えてその色もあり、どういう感じかと問われれば「可愛い」方面に分類されるんだろうなと思います。
 ではそこで思い出したいのが、昨晩の会話。子どもっぽいままでは駄目だろう、というあれです。栞さんのこととなれば手を尽くしてでも褒めちぎりたい僕ですが、現在の栞さんの格好を大人っぽいかと問われれば、大人っぽいですとは返せません。大人っぽくはないと認めたうえで褒めちぎるまでの話ですけど。
 ……ともかく、もし栞さんが服選びに昨晩の話を加味させるなら、選ぶ服は現在のそれと随分イメージの違うものになるんだろうなと。と言って、だったらどういう服を選ぶだろうかと予想が立てられるわけでなく、そもそも僕の中の「女性の大人っぽい服装」というイメージに自信が持てるかと言われれば、そうではないんですけどね。


コメントを投稿