「買ってきましたよ」
「あ、おかえりー。……あれ、自分の分も買ったんだ。コーラ」
「釣られちゃいましてね。こうやって僕の小遣いは徐々に徐々に」
「自分で買っといて文句言わないの。ほらほら続き続き」
「解りましたよ」
ためらいはなかった。だって、ちゃんと考えて自分で出した答えだったから。
「本……当、に?」
一方で香さんは、驚きのあまり目を見開く。
(ホントですよ。だからその……)
告白にためらいはなかったのに、その後に続く言葉にはためらってしまう。
でも、お願いですから、
(ずっと笑っていてください……なんて)
顔が無表情なのはこういう時辛いなぁ。今の僕はどんな滑稽に見えるのだろうか?
すると香さんが土管から降りて、こちらに歩いて来る。その表情は……
「うん。約束するよ」
僕が一番見たかったものだった。
再び土管の上に座る香さん。僕はその膝の上。
そのままじっとしているだけで、とても幸せだった。
「銭湯でさ、生まれ変わりの話してたでしょ?」
空を見上げる香さんの手が、僕の背に優しく乗せられた。あったかい。
(はい)
「その時にね、もしそうだったらもう一回母さんの子どもになりたいなって思ったんだけど」
そこでいったん間を置き、香さんが僕を見下ろした。
「そしたら紅楼くんとお別れだなって思ったら……嫌だなって。それでね」
それで、かぁ。いろいろ考えてやっと気付いた僕に比べたら凄いですよ。
(お母さんが好きなんですね)
自分で自分の話に持っていくのは気恥ずかしかったので、話の主語を替えることにした。
すると香さんは、はっきりと頷く。
「うん。父さんがずっと仕事で留守で、小さい頃から殆ど二人暮しみたいな感じで。
でも母さんは私を大事にしてくれた。だから私は母さんが大好き」
そこまで言うと、香さんが焦ったような表情になる。
「あ、父さんが嫌いってわけじゃないよ? 電話でも優しかったし、
帰ってきたらすぐに遊びに連れて行ってくれたし。疲れてる筈なのに。
でもどっちかと言われると……やっぱり母さんかな。父さんには悪いけど」
悪戯っぽくえへへ、と笑う。香さんが言った様子を想像すると、僕も笑顔になった。
もちろん心の中でだけだけれども。それでは相手に伝わらないので、言葉で表現する。
(羨ましいくらい仲良し家族ですね。僕の家なんかよく口喧嘩してましたよ? 両親が)
「そういうのもさ、仲が良い表れだって。紅楼くんが冗談ぽく言えるってことは、
そんな離婚とかにまで発展しそうな喧嘩じゃないんでしょ?」
言われてみれば、その通り。どこか微笑ましい所もあったなぁ、あの口喧嘩。
(そうですね。喧嘩って言うよりも、毎度のじゃれ合いみたいな感じですかね?
夕食時のお馴染みでしたから。……たまに巻き込まれるのは勘弁して欲しいですがね)
そこから何故か僕の成績の話に繋がってうへぁー、なんて嫌な記憶が頭をよぎった時、
公園の前を自転車が通った。幼稚園の送り迎えだろう。女性が運転するその後ろには、
円つばの帽子、小さいカバンという可愛らしい格好の男の子が座っていた。
僕も香さんも、なんとなくそれを目で追う。すると急に、香さんがパンと手を叩いた。
「そうだ! ねえ紅楼くん、今日は幼稚園に行ってみない?」
(幼稚園ですか?)
「私が通ってた幼稚園。ここからちょっと距離があるんだけど、どうかな?」
と言うと……もしかして、あそこかな?
(すぐ隣に中学校がある所ですか?)
「そうそう! 紅楼くん、知ってるの?」
(まあこの辺は結構飛び回りましたからね)
そんなわけで、その幼稚園に到着。
「小さい子どもって、可愛いよねー」
(いや……あの、これはちょっと入り込みすぎかと……)
すぐ近くでは園児達が先生と一緒にお歌の時間。そう、すぐ近くでは。僕らは今、教室内。
「平気平気。紅楼くんが私から落ちなきゃばれないって」
普通にしてればそんなことはないんだけど、
そう言われた途端に足が震えだすのはなんなんだろう?
「おばけなんてなーいさっ! おばけなんてうーそさっ!」
とても楽しそうに歌う園児に釣られて歌いだす香さん。ふ、不謹慎……
「紅楼くんも歌おうよー。大声出すと楽しいよ?」
(いえあの、歌詞が……)
「ねーぼけーたひーとがっ! みまちがーえたっのさっ!」
(だけどちょっとだけどちょっとぼーくだってこわいなっ)
……まあ子ども向けの歌で不謹慎なんて考えるほうが子どもっぽいかな。
半分ヤケだった。
「あ、おかえりー。……あれ、自分の分も買ったんだ。コーラ」
「釣られちゃいましてね。こうやって僕の小遣いは徐々に徐々に」
「自分で買っといて文句言わないの。ほらほら続き続き」
「解りましたよ」
ためらいはなかった。だって、ちゃんと考えて自分で出した答えだったから。
「本……当、に?」
一方で香さんは、驚きのあまり目を見開く。
(ホントですよ。だからその……)
告白にためらいはなかったのに、その後に続く言葉にはためらってしまう。
でも、お願いですから、
(ずっと笑っていてください……なんて)
顔が無表情なのはこういう時辛いなぁ。今の僕はどんな滑稽に見えるのだろうか?
すると香さんが土管から降りて、こちらに歩いて来る。その表情は……
「うん。約束するよ」
僕が一番見たかったものだった。
再び土管の上に座る香さん。僕はその膝の上。
そのままじっとしているだけで、とても幸せだった。
「銭湯でさ、生まれ変わりの話してたでしょ?」
空を見上げる香さんの手が、僕の背に優しく乗せられた。あったかい。
(はい)
「その時にね、もしそうだったらもう一回母さんの子どもになりたいなって思ったんだけど」
そこでいったん間を置き、香さんが僕を見下ろした。
「そしたら紅楼くんとお別れだなって思ったら……嫌だなって。それでね」
それで、かぁ。いろいろ考えてやっと気付いた僕に比べたら凄いですよ。
(お母さんが好きなんですね)
自分で自分の話に持っていくのは気恥ずかしかったので、話の主語を替えることにした。
すると香さんは、はっきりと頷く。
「うん。父さんがずっと仕事で留守で、小さい頃から殆ど二人暮しみたいな感じで。
でも母さんは私を大事にしてくれた。だから私は母さんが大好き」
そこまで言うと、香さんが焦ったような表情になる。
「あ、父さんが嫌いってわけじゃないよ? 電話でも優しかったし、
帰ってきたらすぐに遊びに連れて行ってくれたし。疲れてる筈なのに。
でもどっちかと言われると……やっぱり母さんかな。父さんには悪いけど」
悪戯っぽくえへへ、と笑う。香さんが言った様子を想像すると、僕も笑顔になった。
もちろん心の中でだけだけれども。それでは相手に伝わらないので、言葉で表現する。
(羨ましいくらい仲良し家族ですね。僕の家なんかよく口喧嘩してましたよ? 両親が)
「そういうのもさ、仲が良い表れだって。紅楼くんが冗談ぽく言えるってことは、
そんな離婚とかにまで発展しそうな喧嘩じゃないんでしょ?」
言われてみれば、その通り。どこか微笑ましい所もあったなぁ、あの口喧嘩。
(そうですね。喧嘩って言うよりも、毎度のじゃれ合いみたいな感じですかね?
夕食時のお馴染みでしたから。……たまに巻き込まれるのは勘弁して欲しいですがね)
そこから何故か僕の成績の話に繋がってうへぁー、なんて嫌な記憶が頭をよぎった時、
公園の前を自転車が通った。幼稚園の送り迎えだろう。女性が運転するその後ろには、
円つばの帽子、小さいカバンという可愛らしい格好の男の子が座っていた。
僕も香さんも、なんとなくそれを目で追う。すると急に、香さんがパンと手を叩いた。
「そうだ! ねえ紅楼くん、今日は幼稚園に行ってみない?」
(幼稚園ですか?)
「私が通ってた幼稚園。ここからちょっと距離があるんだけど、どうかな?」
と言うと……もしかして、あそこかな?
(すぐ隣に中学校がある所ですか?)
「そうそう! 紅楼くん、知ってるの?」
(まあこの辺は結構飛び回りましたからね)
そんなわけで、その幼稚園に到着。
「小さい子どもって、可愛いよねー」
(いや……あの、これはちょっと入り込みすぎかと……)
すぐ近くでは園児達が先生と一緒にお歌の時間。そう、すぐ近くでは。僕らは今、教室内。
「平気平気。紅楼くんが私から落ちなきゃばれないって」
普通にしてればそんなことはないんだけど、
そう言われた途端に足が震えだすのはなんなんだろう?
「おばけなんてなーいさっ! おばけなんてうーそさっ!」
とても楽しそうに歌う園児に釣られて歌いだす香さん。ふ、不謹慎……
「紅楼くんも歌おうよー。大声出すと楽しいよ?」
(いえあの、歌詞が……)
「ねーぼけーたひーとがっ! みまちがーえたっのさっ!」
(だけどちょっとだけどちょっとぼーくだってこわいなっ)
……まあ子ども向けの歌で不謹慎なんて考えるほうが子どもっぽいかな。
半分ヤケだった。
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