(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十一章 万能の過去とお客の現在 四

2008-12-29 20:59:31 | 新転地はお化け屋敷
「……知り合いの悩みに幽霊が関係してるって、そこの兄ちゃんに言われたんで」
 こちらを顎で指した口宮さんは、若干ぶすっとしていたふうに見えた。
 間が空いた割にはこれまでの説明となんら差異のない「事情」。という事は、内容ではなくそれを表す言葉を選んでいたという事だろうか? 例えば、知り合いって部分とか。
「だったら、その知り合いさんと一緒に来たほうが早かったんじゃ」
「さっき――蛇さん? が言ってた通り、俺まだこの話、信じてねえんで」
「あ、す、すいません。でも私達は本当に――」
 家守さんの体を借りたナタリーさんの声色に、引けなくなった焦りが浮かび上がる。短い言葉だったからそれは一瞬の事だったけど、慣れない体のナタリーさんを支えている高次さんは、それを聞き逃さなかった。
「当の幽霊目の前にしてそりゃあ、ちょいと酷いんじゃないかな? 口宮くん」
 口調はこれまで通り、あくまでも柔らかい。でもその内容は明らかに、柔らかくはなかった。
「信じるのは難しいだろうし強引に信じろとも言わないけどさ、自分を幽霊だって言ってる人達に向かって『幽霊を信じてない』なんて、言われた側からすりゃあ結構キツいよ、それ」
「……………」
 口宮さんが押し黙り、そして高次さんもそれ以上は言わない。周りのみんな――口宮さんは見えてないだろうけど――の表情が一様に陰っているのは、この雰囲気のせいというだけではないだろう。僕ですら口宮さんの一言にはいろいろと湧くものがあるんだから、他のみんななら、それは察するまでもないだろう。
「あ、あの……」
「ああ、お疲れ様、ナタリーちゃん。……楓、そろそろいいんじゃない?」
 気まずい状況が堪えられなくなったのかナタリーさんが声を掛け、すると応える高次さんは、家守さんの名でそう呼び掛けた。すると、
「そうだねぇ、ちょっと厳しい感じになっちゃったし」
 ナタリーさんだった筈の家守さんが、家守さんの口調で返事をした。
「えっと、じゃあ? うん、そろそろ交代。あ、でもちょっと待ってください、その前に――その前に?」
 一つの口で会話する、というのも奇妙な光景でしたが、取り敢えずナタリーさんは体を返す前に何か言いたい事がある様子。……ナタリーさんの側ですよね? 聞いてて混乱してきますけど。
「せっかく人間の体になれてるんで、やってみたい事があるんです。へえ、アタシは全然構わないけど、何かな? 握手です。手というものが初めてなので。誰でもいいんですけど……やっぱり高次さんのほうがいいですか? 家守さんの体ですし。あはは、それくらいなら気を遣ってもらわなくたって、誰でもいいよ。みんなにしたっていいしね。そ、そうですか」
 長くなってくるとさすがにこんがらがってきますが、なんてその会話を見ながら思っていると、家守さんだかナタリーさんだかは、ゆっくりと周囲を見渡した。今言っていた握手の相手を決めようとしているのか――という事は、今はやっぱりナタリーさんなんだろうか。
「じゃあまずは、高次さん。お願いできますか?」
「まずは」という事は、結局家守さんから言われた通りに全員とするつもりなんだろうか。とにかくそのお願いを高次さんが断るような事はなく、そして以降のみんなも当然断らず(ジョンとマンデーさんはどちらかと言うとお手だったけど)、慣れない体で高次さんに支えられたままのマンデーさんのまえに膝をついて、順々に握手をするのでした。当然、僕もその一人。
 その際、同じ顔が作る笑顔でも結構差があるものなんだなあ、と普段の大人な感じの微笑みと今の無邪気な微笑みとを見比べて、思ってしまうのでした。
「なかなか悪くないだろう、人間の体というのは」
「そうですね。その姿のままで居続ける気持ちも、少しだけ分かるような気がします。……人間の男性を好きになるというのまでは、さすがに分かりませんけど」
「そ、そこは無理に分かろうとするところでもないから気にするな」
 最後の一人、成美さんとの握手ではそんな遣り取りがあったものの、そして周囲からくすくすと笑いが漏れたりしたものの、とにかく握手会は無事に終了。という事で、家守さん口調の「じゃ、戻るよ?」なんて呼び掛けが掛かったのですが――
「いえ、まだもうちょっと」
 ナタリーさん口調でそんな返答。誰かと握手をし忘れていただろうか、とあまくに荘メンバーを見返してみても、自分を含めて抜けはないはず。なら、今度は握手とまた別の何かを試したくなったのだろうか?
 ―-しかし、そういう事ではなく。
「口宮さん」
 ナタリーさんの手は、テーブル越しに相対する人物へ伸ばされていた。これまでの相手となんら変わりのない、楽しみそうな笑みと一緒に。
「俺、ですか?」
「駄目ですか?」
 口宮さんが戸惑い、身じろぎさえしてみせると、手を差し出したままではあるものの、口調がしゅんと萎れてしまうナタリーさん。その表情が余計に戸惑いを増幅させたようで、口宮さんは苦虫を噛み潰したような顔にまで。
「でも俺、さっき……」
「え? 握手というのは仲直りの意味もあるんじゃなかったですか? 今のだって、あんなにいい気持ちだったのに」
 握手をして仲直りをするのではなくて、仲直りをしたから握手をするんですよ。とここで助言をするのは間違いになるんだろう。多分。だから僕は何も言わなかったし、他のみんなも何も言わなかった。大吾辺りは心配だったけど、やっぱり何も言わなくて――もしかしたら、初めからナタリーさんの勘違いに気付かなかっただけかもしれないけど。
「私の役目はこれで終わりです。この体を家守さんに返したら、また口宮さんからは見えなくなってしまいます。嫌な感じのままでお別れなんて、もっと嫌ですから」
「……………」
「だから、仲直りがしたいです。幽霊の事も蛇が人間の言葉で話している事も信じてはもらえないかもしれないですけど、私があなたと仲直りするのには、信じるも信じないもありませんから」
「俺……」
「私は人間が好きなんです。生きていた頃も死んでしまってからも、今まで会ってきた人間はみんないい方達ばかりでした。口宮さんだって困っているお知り合いのためにここまで来たんですよね? だったら絶対、いい方じゃないですか。いい方とは仲良しでいたいんです。だから、握手です」
 笑顔で握手を求める。それは誰がどう見ても、既に許している振る舞い方だった。
 だというのに、口宮さんは辛そうな顔をしていた。許されているのに辛そうな顔をして、辛そうな顔をしているのに――開いた手を差し出した。ゆっくりゆっくり、恐る恐る。
「……すんませんでした……」
「はい」
 力無いその手を力強く握り締め、その上もう一方の手も添えて、ナタリーさんはにこにこと口宮さんの手を包んでいた。家守さんのものだけど確実にナタリーさんのものでもある、その両手で。
 それから暫く、ナタリーさんは口宮さんの手を掴んだままだった。握手をした全員の中で一番長く時間を取り、沈んだ表情の口宮さんへ、嬉しそうな微笑を向け続けていた。
 それでも最後まで口宮さんが微笑み返すようなことはなかったけど、ナタリーさんは嬉しそうな顔のままで掴んでいた手を放し、告げる。
「ありがとうございました家守さん、もう大丈夫ですよ。ん、分かった。そんじゃ戻るね。……さようなら、口宮さん。困っているお友達にも優しくしてあげてくださいね」
 その言葉に口宮さんは何を返すでもなかったけど、肩を縮め頭を垂らして――どうやら、歯を食いしばっているようだった。しかしそちらを見ているうちに家守さんの膝の上には蛇の姿のナタリーさんが現れていて、つまり、もう口宮さんからは見えない存在になってしまっていた。
「信じます」
「え?」
 ぽつりとつぶやかれたその声に反応したのは、ナタリーさんだった。普段はじっと動かさない体をぴくりと震わせそして停止させ、膝から降りようとしていた顔を持ち上げてそちらを向く。
「いいの? 根拠ないよ? 今のだって、アタシが一人で芝居打ってただけかもしれないんだし」
 会話ができなくなってしまったナタリーさんに代わるように、家守さんが家守さんの口調で尋ねる。実にその通りで、口宮さんからすれば、ナタリーさんの言動は家守さんがやっていたという考え方もできるだろう。いやむしろ、普通ならそう思うはずだ。口調が変わったのだって誰もいない空中で握手をした振りをするのだって、やろうと思えばできない事もない。
 だけど、口宮さんは信じると言う。
「兄ちゃんも含めて、俺を騙そうとしてるとか、そんなふうには見えねえんです。そもそも兄ちゃんの彼女の話はこの話と関係ねえ時から聞いてたんで、今その人が幽霊だって聞いたからっつって、それが嘘ってのは妙ですし」
「それでも確定にはならないと思うけど――うん、信じてくれるんなら嬉しいよ。他にもいろいろ考えてたんだけど、みんなで実験するみたいであんまり気は進まないしね」
「だからあの、蛇さん? に、申し訳なかったって……」
 結局のところ、それが決め手だったのだろう。もちろんそれだって幽霊が存在するという証拠には到底なり得ず、それどころかまるで方向が別の、心情的な話でしかない。だけどそれでも、口宮さんの中では、それが決め手だったのだろう。
「それは大丈夫。口宮さんから見えてなくても、口宮さんの声は届いてるから。もちろんナタリー以外のみんなにもね」
「ほら、やっぱりいい方でしたよ?」
「――ナタリーも、もういいですよって」
 結構な意訳を含んで、家守さんがナタリーさんの言葉を告げる。すると口宮さんは憑き物が落ちたかのようにがくりと肩を落とし、こちらに聞こえてくるくらいの大きな息を吐いた。どうやら自分が働いた失礼について、相当参っていたらしい。
 しかしそれはもう過ぎた事。落とした肩を上げ直し、姿勢を改める口宮さん。
「……それであの、やっぱり俺の知り合いが困ってるのも、本当に幽霊絡みって事になるんですかね」
「アタシが実際に会ったわけじゃないけど、日向くんから話は聞いてるね。その話の限りじゃあ、間違いなく幽霊絡みだと思うよ」
「そいつをここに連れてきたら、何とかしてやってもらえますか? 何とかっつって……何をしてもらえばいいのかすら、分からねえんですけど」
「そりゃもちろん。霊能者として口宮さんに会ってる以上、処置なしなんて無体な事にはしないよ」
 それを聞いて、口宮さんは再び肩を落とす。見ているこっちが疲れてしまいそうな気苦労さだけど、その気苦労が全てあの人のためなんだと考えると――ナタリーさんの言う通り、いい人という事になるんだろう。見掛けはちょっとおっかない人ですけど。
「じゃああの、俺もそいつも午後の講義があるんすけど、それが終わってからもう一回寄らせてもらっていいですか? 終わるのが四時なんで、それくらいになると思うんですけど……」
「いつ来てもらっても大丈夫だよ。今日は一日ずっとここにいるから」


「結局、全員集まった意味は無かったね」
「ナタリーさんと握手したくらいですね。まあ喜んでもらえてたみたいだし、それはそれで良かったんですけど」
 三限の講義に出なければならないという事でいったん口宮さんがこの場を離れ、それに続くようにして他のみんなもそれぞれの場所へ。大吾と成美さんは動物さん達と一緒にいつものお散歩ですが、多分あちらの主役はナタリーさんになっていることだろう。
 で、ここに残ったのは僕と栞さん。僕は三限に講義を取っていないのでもう暫く休憩時間を取る事ができ、そして栞さんは作り置きのお好み焼きを美味しそうに食べています。自分もさっき食べたのに目の前でもぐもぐ頂かれてしまうとまた食べたくなるのって、なんでなんでしょうね。
「握手かあ。あそこまでじゃないけど、誰かと手を握り合ってる時って嬉しくなるよね、確かに」
「『握手』と『手を繋ぐ』で若干ニュアンスが違ったりもしますけど、基本的にはまあ、そうですよね」
 手を繋ぐのほうは、最近その相手ができた事もあって、自分で体験する機会はちょくちょくある。だけど握手のほうは、もうずっとした事がないような気がする。握手と言えば――真っ先に思い浮かぶのはデパートの屋上なんかでやってるヒーローショーだけど(真っ先なのがそれっていうのもどうかと思うけど)、今でもやってるのかな、ああいうのって。
 なんてのはまあいいとして。
「それにしても口宮さん、なんで今になって気になりだしたんでしょうね? 異原さんのアレ」
「うーん、前から気にしてはいたんじゃないかな。ただ、行動に出たのが今日だったってだけで」
「なら、どうして今日なんですかね? 異原さんと何かあったとか?」
 そりゃあもちろん僕と口宮さん達とは知り合ってからあんまり日が経ってなくて、それ以前に異原さんのアレについて誰がどう思っていたかというのは、分かりようもない。でもそれにしたって今回の口宮さんの行動は急だったというか、僕が煽ったって面もあるけど、切羽詰ってたというか。
 という事で気にしてみたものの、それを栞さんに尋ねたところで明瞭な返事が返ってくるわけもなく。食事中だというのに無理難題で悩ませ、箸を持つ手を止めてしまうのでした。やや反省。
「……結局、口宮さんと異原さんってどうなのかなあ?」
「飛びましたね、話」
「そう? でも、結構重要だと思うよ? そうじゃないと駄目だってわけじゃないけど、まずはそうなのかどうか、気になるよやっぱり」
 あの二人がどうなのかというと、以前付き合っていた事があるという話。でもその話を聞いた時に栞さんはその場にいなかったから、そのあたりの事情はご存じないのです。まあ知ってたからと言って「今でも好きなんですか?」なんて質問をした身としては、それが強みだとかとは思いませんけど。
「まあなんにせよ、切っ掛けは何なのかって話になるんだけどね。それ以上はただの野次馬根性になるのかな、やっぱり」
「気にするなってほうが無理な話題ですけどね」
 しかしまあ今ここで気にしようがしまいが、四限が終わって再度口宮さんが来るまで何も進まないんですけどね。

「いやあ、意外とすんなり信じてもらえて、良かったねえ」
「だねえ。まあ殆ど――って言うか全部、ナタリーちゃんの手柄みたいなもんだけど」
「なんて言うか、嬉しくなるよ。アタシ等が仕事としてやったんじゃなくて、他の誰かがああいう感じで納得させてくれたっていうのは。口宮さんの立場で考えたってそっちのほうがいいだろうしね」
「理詰めで説明するのって、相手をじわじわ追い詰めてるようなもんだしな。……それはそうと、つくづく楓の周りっていい人ばっかりだよなあ。住人同士でこんなに仲の良いアパートなんて、今時そうそう無いんじゃないか?」
「うん、自分でもよくそう思う。ここがなかったらアタシ、霊能者なんて仕事、続けてられなかったかもしれない。そもそも、この仕事を始めた動機が立派なもんじゃないんだし」
「その立派じゃない動機を完遂させるための、神様の采配だったりして」
「あはは、天国の実情知ってるのに神様なんて言うんだ? そんな人いないのに?」
「いやいや、リアルな話じゃなくてね。――でも楓、立派じゃなくたって、完遂させられるならしたほうがいいだろ?」
「うん。まあ、ゴールなんてないんだけど――でも、この仕事続けられてて幸せだしね、アタシ。ここのみんなはもちろん、そのおかげで……高次さんとも、出会えたし」
「そこでちょっと照れが入るの、たまんないね。ああ、長期間遠出してて良かったなあ。たまに食べると美味しいよ、みたいな」
「キシシ、じゃあ、毎日食べるとちょっと飽きるんだ?」
「いや、それはないけどね。……ところで、周りには良い人ばっかりってのに俺は含まれてるんでしょうか?」
「分かり切ってる事訊くの好きだよねえ、高次さん。それも長期間遠出してたからかな?」
「はっは、そうかもな」

「結局のところは信じたから良かったけどよ、なんかいけ好かねえ。あの口宮っての。孝一の友達っつうからその場では言わなかったけど」
「まあまあ、ほんの少し見ていただけでそう言うな。日向の友人なんだし、それにさっきのナタリーの事もある。悪い男ではないのだろうさ」
「見た目は少々悪そうな方でしたけど、見た目で中身が測れないというのはお二人がいい例ですものね」
「ワンッ!」
「うふふ。だからこそ今そうして、何のためらいもなく『おんぶ』なのだし。――だそうです。違いないですわね」
「ふん、今更否定はしてやらんぞ」
「私はまだあんまり、人間の見た目で良さそうだとか悪そうだとか見分けられませんけど――口宮さんは良い方だと思います。これはちょっと、頑固になりますよ」
「あ、いや、別にオマエが言ったのが間違ってるって言いてえわけじゃなくて……悪い」
「あらあら、さっきと似たような状況ですわね」
「似たような、か。ふふ、だから大吾はあの男を好きになれないのかもな。こいつは自分の性格に自身がないのだ。さっき喜坂に大吾とわたしと似ていると言われたのだが、こいつは何と答えたと思う? 嫌だなそれ、だぞ?」
「……今みてえに謝る事になってばっかなのに、どうやって自信持てってんだよ。持っちゃ駄目だろどう考えても」
「でも哀沢さんが好きになったのは、そんな怒橋さんなんじゃないんですか?」
「そりゃ、……そうだろうけどよ。でもなあ」
「これこれこういう――という話ですけど、どうですか? ジョンさん」
「ワウ」
「悪いところが存在しない人格なんて存在しない。大吾さんのそれは表に出やすいが、つがいというのはそもそも、相手のそういうところまで受け止めるものだ。――だそうです」
「おお、まさにそれだ。そうだぞ大吾、欠点のない人格などあるものか。それに言いたい事をぱっと言ってしまうのは、状況によっては良いところにもなるのだし」
「でもわたくし、ジョンさんの悪いところなんて一つも思いつきませんわ……」

「あ、清さん」
「おや、お仕事ご苦労様です喜坂さん。んっふっふ」
「昨日おとといとできなかったんで、今日はちょっと念入りです。清さんはお出掛けですか?」
「いえいえ、お出掛けというほどのものでも。じっとしてられなかっただけで、特に目的もないですし。――という事で、年寄りのお話相手になっていただけますか?」
「ヒートアップしなければ、大丈夫です」
「んっふっふ、気をつけましょう。で、今このタイミングでする話というと、やっぱり先程のお客さんについてですかね」
「ですね。幽霊の事以外にも気になるところがあったりしますし」
「ほほう、それはどういった点でしょうか」
「口宮さんが言ってた困ってる知り合いって人、会った事があるんですけど――って言っても、あっちからは見えてないんですけどね。その人、女の人なんです。ちょっと意地汚いけど、口宮さんとその人、どうなのかなって」
「なるほど。その人のためとは言え冗談でなく真剣に幽霊関係の話をするほどですし、ちょっとやそっとの関係ではなさそうですねえ。しかも、場所がここですし」
「ここですもんね」
「んっふっふ。もちろん喜坂さんが期待しているような関係である必要はないですが……少なくとも今現在は、そういう関係でないという事ですか?」
「直接そういう話を聞いたわけじゃないですけど、見てる限りは、そんな感じじゃなかったです」
「そうですか。ふーむ……いえ、ここであれこれ考えても詮無いですね」
「あはは、孝一くんと話した時も同じ結論でした」
「おや、そうでしたか。――そうだ喜坂さん、一つ質問が」
「ん? 何ですか?」
「日向くんとのお付き合いは、どんな具合です?」
「それは……えへへ、変わりないです。ずっと順調ですね」
「んっふっふ、それは何より。何事も順調なのが一番ですからねえ、早過ぎず遅過ぎず」
「まあ、自分でそう言ってるだけって事になっちゃうんですけどね。あはは」


「終わる時間が同じなんだし、待ち合わせとかしとけばよかったですかねえ」
「そうかもねー。……あ、でも、今会ったらちょっと気まずかったりするのかも。異原さんだって幽霊の事、すんなり信じたりはしないだろうし」
 掃除が終わった栞さんと再度大学へ向かい、そしてまた九十分が過ぎ、ノートの書き取りでちょいと手が痛いのはさておいて、その帰り際。
 言われてみればその通りで、口宮さんが異原さんにあまくに荘へ行こうと声を掛ける際、多少なりともその理由について触れた話をするのだろう。となればそこからは、口宮さんの時と同じ。真剣な悩みなのに笑えない冗談だ、という話になってしまうのだろう。その場に件の建物の住人である僕がいたりしたら……きっと、話がこじれるだけだ。
「むしろ、ここで出くわさないようにさっさと帰っちゃう?」
「そうですね」
 あちらがあまくに荘に着く頃にはほんの少しでも心の準備ができているように、と今は願うしかない。
 というわけでさっさと出発したのですが、そこで何気なしといったふうに空を見上げる栞さんから一言。
「上手くいくといいなあ。栞も最近悩んでるのを助けてもらったばっかりだから、余計にそう思うよ」
「そ……いえ、えー、そうですね。上手くいくといいんですけど」
 それって最近って言うか昨晩なんじゃないですか、と尋ねかけて、しかし慌てて取り繕う。当人同士なんだからその時期なんてお互い知っているのに、それでも尚ぼかした表現にしているのは、どう考えてもわざとそうしているのだろう。そりゃあ、昼間の道端で思い返す話でもないですし。
 上げていた顔を下ろし、栞さんがこちらを向いた。僕が返したのはその場凌ぎの当り障りない相槌だったのに、とても嬉しそうだった。
「手、繋いでいい?」
「あ、はい。そりゃもういくらでも」
 というわけで、今更断りを入れてもらわなくたって全然構わないんですけど、とにもかくにも手を繋ぐ。今更と言うからには全く珍しくも何ともない事なのですがそれでも、ナタリーさんが言っていたのは本当だなあ、なんてしみじみ思ってしまったり。
「孝一くんが幽霊の見える人で、良かった」
「――それについては同感です」
 自分があそこのみんなに、とりわけ栞さんに出会う事ができる人間で、良かった。

 結局のところ僕達が帰ってから口宮さん達が尋ねてくるまでの間に、それほど長い時間は掛からなかった。四限は同森さんも一緒だったそうですが、大学で別れたそうです。
「こいつだけが言ってるならともかく、日向くんにまで言われちゃうとねえ」
「でも、本当なんです。ちなみに今でも感じてますよね? いつものアレ。今ここに、僕の彼女がいますから」
「……こ、怖がったりしたら、失礼になるのかしらね……。確かに、ピリピリきてるけど」
 異原さん本人、それに口宮さんはそのまま真っ直ぐ僕の部屋へ来たらしく、今ここでお二人を出迎えたのは僕と栞さんだけ。やっぱり入った事のある部屋のほうが入りやすかったんだろうし、そもそも家守さんの部屋が何号室なのかを教えた記憶がない。管理人さんなんだから101号室だ、というのはそこに住んでいるからこそ言える事なのだろう。


2 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-12-31 21:57:53
本年最後の更新お疲れ様でした。また来年も楽しみにさせて頂きます。

良いお年を!
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Unknown (代表取り締まられ役)
2009-01-01 00:52:13
日付が変わってその来年から今晩は。
明けましておめでとうございます。

普段から夜更かしが常なのでいつもとあんまり変わらない心持ちですが、年が明けたんですねえ。ガキ使で年越ししちゃうと実感も何もあったもんじゃないですね。

それはそれとして、今年もよろしくお願いします。
そして良いお年を。
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