(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 二

2011-03-04 20:37:52 | 新転地はお化け屋敷
 僕と栞さんが別れを告げると、明くんは机に顔を張り付けたまま、手だけ振り返してきました。もしかしたら本当にあの場で眠り込んでしまうかもしれませんが、それはともかく。
 そんな明くんを教室に残しての移動中、栞さんからこんなことを訊かれました。
「こうくんはいいの? 休講――の、確認しないで」
 言い慣れない言葉であるせいか、休講という言葉を口にする際、僕の反応を気にするふうだった栞さん。しかしまあ、間違っていないならそこを気にすることはないでしょう。
「したほうがいいんでしょうけど、ここからだと教室を除いた方が早いですしね」
 休講確認をする場所といえば学内掲示板なのですが、しかし今の場所からだと、次の教室のほうが近いのです。
「ん? 教室を見れば分かるものなの?」
「休講だったら人が全然いないでしょうし」
「ああ、そっか」
 それが狭い教室だったりすると、たまたま空き部屋でくつろいでるとか休講だと知らずに来てしまったというような人が少しいるだけで、「人がいるし、なら講義はあるな」と勘違いしたりするのかもしれません。しかし栞さんと一緒に行ける以上は次の教室も広いので、そんな心配はないのです。元々の人数が多ければ、そういう人が少々いたところで「さすがにおかしい」と思うでしょうしね。
「次の講義が終わったら、帰る前に見ていきましょうかね」
「そうだね。まあ、私にはあんまり関係なかったりするけど」
 僕と一緒に行動している今日はともかく、いつもなら栞さんは適当な講義に紛れています。なのでもし入り込んだ講義が休講であるなら、別の教室に移動するだけなのです。
 ……休講がどうのというより、そうまでして講義を聞こうとする姿勢に感心するばかりです。僕よりよっぽど学生らしいじゃないですか、栞さん。
「――ああでも、三時間目も広い教室なんだっけ」
「そうですね。四限だけ、狭い教室です」
「じゃあ四時間目が休講かどうかだけ気にしとこっと。……ああ、休講だったらいいな、なんて言ってるわけじゃないからね?」
「真面目ですねえ」
「いやいや、真面目だったらちゃんとした学生でもないのに大学に入り込んでないと思うよ?」
 言われてみればそれもそうでした。
 しかしそうなると、「講義に進んで参加し、そして楽しんでいる」という点だけを見て栞さんを真面目だと評した自分はどれだけだらけてるんだ、という話にも。そんな自分の結構な間抜けっぷりに、ついつい笑ってしまいました。
「あれ、変なこと言っちゃったかな私」
「いえいえ、そういうわけじゃなくて」
 栞さんでなく僕に対する笑いなので、ならば栞さんも一緒に笑ってもらってよかったのですが、そうはならなかったようでした。
 頭上にはてなマークを浮かべた栞さんを隣に、にやけた僕は次の教室へと。

 二限の教室に到着したところ、人の数はいつも通り。というわけで、休講ではないようでした。そりゃまあ明くんの講義が休講だからといってこちらの講義まで休講になる道理はないのですが、ちょっとがっかり。
 しかしそんな僕の隣に座っている栞さんは、何やら嬉しそうにしているのでした。
「どうかしましたか?」
 嬉しそうな顔をしているだけなので、どうもしていないといえばどうもしていません。
 しかし栞さんも、自分の嬉しそうな顔に自覚があったのでしょう。僕の質問がその表情を指してのものだと、すぐに察したようでした。
「二人で勉強できるって、やっぱりいいなあって」
「さっきなんか三人でしたけど」
「……それとはまた別の話なんだけどなあ」
 もちろん冗談のつもりではあったのですが、冗談でなく悲しい顔をされてしまいました。ううむ、これは失敗だったようで。
「いやその――ええと、すいません。間の悪い冗談です」
 そんなふうに取り繕うと、栞さんは少しだけ笑ってくれました。苦笑いの範疇ではありましたが。
「勉強が好きってわけじゃないけど、人ほどちゃんと勉強を受けられてないしね。だからその分、特別なこと扱いになってるっていうかさ」
 そういう栞さんの背景については、何も今知ったというわけではありません。こうして毎日一緒に大学に通っている以上、同じような話はしたことがあるわけで、そしてだからこそ、さっきの失敗がより酷いものに思えてしまいます。
「すいません」
 ならばということで、改めてもう一度謝るのですが、すると栞さんは、「うーん」と考え込みました。
「……いや、こっちこそごめん。こうくんにまで押し付けるようなものじゃないんだし」
 無論、こちらとしてはそこで「そうですね」とは言えません。が、そこへ栞さんからもう一言。
「同じ気持ちになって欲しい、なんてことは言えないもんね。私とこうくんじゃあ、やっぱり違うものは違うんだし。なのに私の気持ちを分かってくれてるんだから、それで充分だよ。――あはは、講義一つでこんな大袈裟な話になっちゃうこと自体も変なんだしね」
 照れ臭そうに笑う栞さんからはもう、さっきまでの悲しそうな色は消え失せていました。
「さあこうくん、これが終わったらお昼休みだよ。頑張ろう」
「はい」
 こうまでしてもらったならば、問題を引きずるほうが却って失礼なのは明白です。なのでここは気持ちを切り替え、面倒な講義に立ち向かう学生の立場に戻ることにしました。

 僕と二人で勉強ができると喜んでいた栞さんでしたが、しかし何も講義中に二人でどうこうというようなことはなく、至って真面目に先生の話へ耳を傾け、黒板に書かれた説明を食い入るように見詰めていたのでした。二人でどうこう、ということになると、僕が写したノートを横から眺めていたくらいでしょうか。
 毎時間これだと疲れちゃうんじゃないかなあ、なんて自分がだらけているからこその感想を持ったりしつつ、でも時々は真面目な栞さんの顔に見惚れてしまったりもしながら、楽しい――間違いなく楽しく感じていた九十分は、過ぎていきました。
 栞さんと二人で講義を受けたのは、もちろんこれが初めてではありません。なのに今になってこんな感想を持ってしまうというのは、栞さんから「二人で勉強ができる」という話を聞いたからなのでしょう。
 ……何も栞さんにとってだけでなく、僕にとってもしっかり特別なことだったようです。

「お疲れ様。これでいったん休憩だね」
 僕なんかよりよっぽど疲れていておかしくない栞さんは、先生が教室を出るのとほぼ同時にそう声を掛けてきました。
「栞さんこそ、お疲れ様です」
「あはは、自分から好きでここに来てるんだから、お疲れ様っていうのはちょっと変じゃないかな」
 まあ、そうなんですよね。
 ちなみに僕も、そう疲れているわけでもありません。そりゃまあ講義一つでいちいち疲れるようなことはあんまりないですし、更に今回は、栞さんが一緒にいるということを楽しんでもいましたし。
 ……授業に集中してなかったってことなんですけどね、要するに。
「じゃあ家に帰ってお昼ご飯――の前にそうそう、休講確認しに行くんだったね」
「その前にってほど時間が掛かることでもないですけどね」
 なんせ掲示板をちらっと眺めるだけですし。というわけで、休講確認の件を忘れそうになるほど昼食を楽しみにしてもらえていることを喜んだりもしながら、教室を後にしました。
 で、まあ当たり前ながらそう時間が掛かることもなく掲示板の前に到着したのですが、
「あ、日向さん……おはようございます……」
 音無さんと鉢合わせになりました。これまた当たり前ながら、今日も真っ黒ないでたちです。
「おはようございます。えっと――」
 念のために周囲へ気を配ってから、僕はもう一言付け加えます。
「今、栞さんも一緒です」
「あ、そうなんですか……? ええと……おはようございます……」
 向いている方向が微妙にズレてはいましたが、音無さんは栞さんにも挨拶を。となれば栞さんも「おはようございます」と返すのですが、そちらについては音無さんの耳には届きません。もちろん、栞さんもそれは承知の上ですけど。
 さてそれはともかく、どうして音無さんがここにいるかというと、それはやっぱり僕と同じく休講確認のためなのでしょう。個別の呼び出しが掛かりでもしない限り、それくらいしか用事がない場所ですし。
 まあ、見慣れない掲示物がずらずら並んでたりもするんですけど、どうせ殆どの学生には関係のないものでしょう。留学とか、特別な単位のための講義とか。
「休みになる講義、ありました?」
「いえ……ないみたいですね……」
 休講確認だろうという決め付けは間違っていなかったようで、音無さんは少しだけ残念そうに笑ってみせるのでした。やっぱりそういう顔になりますよねえ。
「日向さんは……どうですか……?」
 音無さんの顔だけ見ていても用事は済ませられないので、僕もいざ確認。
 さて、一緒にいられない四限が休講かどうかだけは気にしとこう、なんて栞さんが言ってたりもしましたが、どうでしょうか?
「あ」
「ありましたか……?」
「三限が、休講みたいです」
「おめでとうございます……」
 という祝福はもちろん冗談なのでしょうが、しかし予想外なことになりました。続けて確認しても四限の講義についての休講連絡は出ておらず、つまり栞さんの期待の真逆になってしまったというわけです。――ああ、期待してるってわけじゃないんでしたっけ。まあそれはともかくとして。
「三時間目かあ。うん、まあ、それはそれで――いやいや、良くはないんだけど」
 口から出そうになった言葉を自分で遮り訂正する栞さん。これがもし音無さんの耳に届いていたら、「なんのこっちゃ」ってなもんだったのでしょう。音無さんがそんな口調でないのはもちろんですけど。
 そういうわけなので栞さんの独り言には触れないまま、音無さんが引き続き話しかけてきます。
「それで……じゃあ日向さん、もう帰ることになるんですか……?」
「そうですねえ。というか、休講じゃなくても帰るんですけどね。昼ご飯はいっつも家で食べてるんで」
「ああ……そうでしたっけ……」
「まあ四限にも講義があるんで、どうせまた来ることになるんですけどね」
 という話になったところでならばそろそろ帰ろうか、とも思わないではないのですが、しかし音無さんについて思い出したことがあり、それについての話をするかどうかで、ちょっと迷いもするのでした。
 それが普通の話であれば迷ったりなんかしないのでしょうが、しかしなんというかその、迷うような話だったのです。
「えーっと……」
「あ……すいません、引き留めちゃって……」
 帰りたそうに見えたのか、はたまた栞さんが一緒だということを気にしたのか、それともその両方か。音無さんは、急に謝ってみせるのでした。
 けれどそれは勘違いなので、だったらこちらとしてはそうでないことを伝えねばなりません。
「あ、いや、そういうのではなくて」
 ……言ってから気付きました。そういうのではない、ということは他の何かがあるわけで、それを伝えてしまった以上、さっき思い付いた話をしなければならなくなったのではないでしょうか? ここまで言っておいて「やっぱり何でもないです」というのは、音無さんからすれば中々のほったらかしっぷりだということになるんでしょうし。
 一人相撲もいいところですが、ともかくそういう思考を経てしまったので、話をしてみることにしました。
「昨日は、どうなりましたか? みんなで諸見谷さんと一貴さんに奢られた後」
「奢られた後……?……あっ。あ、はい……」
 一瞬何の話か分からないというふうに首を傾げた音無さんでしたが、しかしすぐに理解してもらえたようでした。
 僕が具体的には何を尋ねたのかと言いますと、あの後同森さんとはどうなりましたか、ということなのです。同森さんを家に呼ぼうかどうか、みたいな話になってましたしね。食事中に。で、僕は同森さんを呼んでどうなったかという以前に、まず実際に同森さんを家に呼んだかどうかすら把握してはいないわけですが、さてどうでしょうかそこのところ。
 ……この話をするかどうか迷っていた割に、いざ話してみればあとは乗り気。それはなんだかちょっと、宜しくないような気がしないでもありません。
 話一つでここまで悩んだりなんだりしている原因の一つとして、音無さんの外見にまで現れる程に大人しい性格がありました。こういう話はあんまり好きじゃないんじゃなかろうか、という。
「ええと、哲くんの話ですよね……? その、はい……あの後、家まで来てもらって……」
 こちらの気の揉みっぷりを余所に、割とすんなり話してくれる音無さん。どうやら杞憂だったようです、いろいろと。
 するとそんな時、隣の栞さんがこう呟きました。
「うーん、何の関係もない私が聞いちゃっていい話なのかな」
 それもまた、恐らくは音無さんの人柄を鑑みての心配なのでしょう。自分の心配が杞憂だったからといって、それを聞き流すことはできません。
「あー、音無さん。訊いた僕がこんなこと言うのもなんですけど、栞さんが一緒でも大丈夫ですか? この話」
 聞き流すことはできません、ということで実際にそう尋ねてみたのですが、
「あ、それは全然……というか、逆に都合がいいというか……」
 そういって軽く微笑む音無さん。しかしはてさて、都合がいいとはどういうことなのでしょうか?
「あの……質問してもいいですか……?」
「なんですか?」
 栞さんが一緒で都合がいい、と言った直後の質問。となれば栞さんもその質問の対象に入っているのでしょう。もしかしたらむしろ僕を抜いて栞さんだけが対象だったりするのかもしれませんが、そうなると今の「なんですか?」という返しが間抜けなことになってしまうので、考えないようにしておきます。
「日向さんと喜坂さんは……二人だけの時、どんなふうに過ごしてますか……?」
 なるほど、そういう話ですか。――このタイミングでその質問が出てくるということに少々の不安を覚えないでもないのですが、しかしついさっき杞憂を味わったばかりなので、その不安については控えさせておきます。
「どんなふう……。どんなふうですかね、栞さん」
「うーん。口で表すとなると、ちょっと難しいかなあ。甘えたり甘えられたりっていうのは、まあ当たり前ってことになっちゃうんだろうし」
 でしょうねえ。話の流れからして、音無さんの言う「二人きり」っていうのはそれが前提でしょうし。「いい雰囲気の時にどんなふうに過ごしてますか」と尋ねて「いい雰囲気になってますよ」と返されても、ねえ?
 となるとつまり、具体的にどんなことをしているかを答えればいいんでしょうか? 栞さんの言葉を借りるなら、どんなふうに甘えたり甘えられたりしているか、という。――言っちゃいますか? そこまで。
「……話をしてることが多いですかね。ああいや、何かしら喋るっていうのはそりゃ当たり前なんですけど、こう、真面目な話とか」
 などと言ってはみたものの、しかしもちろんそれだけでなく、甘えたり甘えられたりなりの話だってもちろんあります。がしかし、それは別に言うまでもないというか、言わずに済むならそうしておきたいというか、まあそんな感じで。
「真面目な話、ですか……?」
「えーと、栞さん、やっぱり幽霊なんで。それについてのことが多いですね」
「あっ……」
 今更口にすることを躊躇うような話ではないのですが、しかし音無さんは「不味いことを訊いてしまった」というような表情に。いや、判断材料は声色と口元だけなんですけどね。
 それはともかく、ここで僕は栞さんにお伺いを立てました。
「話しても大丈夫ですか? 今度の土曜日に関するような話」
「うん。音無さんなら嫌がる理由もないし」
 という栞さんの返事が音無さんに届かないのは幸か不幸かと言ったところですが、ともかく栞さんの中で音無さんは好評価らしいというのは、僕にとって喜ばしいことでした。そりゃまあ勝手に惚れて勝手に失恋していたという情けなくかつ一方的な間柄ではありますが、それでも縁は縁。一般以上に大事な人なのです、音無さんは。
「土曜日……?」
 首を傾げる音無さんでしたが、それについての説明は正にただ今これから。
「今度の土曜、僕の親に栞さんを紹介するって話になってるんです。そこまでとんとん拍子に進むかどうかはまあやってみなきゃ分からないんですけど、できることなら同棲まで認めてもらえたらな、っていう」
「わわ……」
 その話ばかりしていたことや、あまくに荘のみんなには既に話してあるということもあって、照れるようなこともなく割とすんなり言葉にすることができました。そしてそれを聞いた音無さんは驚いたようだったのですが、あまりに大人しい驚きっぷりだったので、驚きの程度が掴めませんでした。
 それから音無さんがぽかんと開いた口を閉じるまで、やや間がありました。
「ど、同棲、ですか……。凄いですね……わたしなんて昨日、部屋に来てもらっただけで緊張しちゃって……」
 緊張してしまったという話自体はもちろんのこと、同棲の話をそういう比較に持っていってしまう辺りからも、当時の緊張っぷりが窺えるようでした。
「あ……す、すいません、わたしなんかと比べることじゃないですよね……」
「いえいえ、結局はその延長線上の話でしょうし」
 栞さんが初めて僕の部屋に来たの――は、料理教室だから除外として。僕が初めて栞さんの部屋に入ったのは、告白した時だったけ。
 ……うーむ。延長線上、なんて言ってはみたけど、どちらにせよ緊張はさほどなかったか。まあそれは僕と栞さんがたまたまそうだっただけだし、お隣さんだってことが関係したりもしてるんだろうけど。
 しかしともかく、今は音無さんの話が主題でしょうから、だったらあまり自分の話を長引かせるものではないでしょう。というわけで、話題を振り直します。
「満足のいく結果にはならなかったってことですか? 昨日」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
 そんなふうに聞こえていたのですが、しかしそうでないと音無さんは言いました。ついでに恥ずかしそうにも俯いてしまい、ならばこちらから詳細を求めたりはしないにしても、何かしらあったのでしょう。同森さんと、それっぽい出来事が。
「ええと……あの、キス、を……」
 いや音無さん、こちらから詳細を求めたりはしないにしても、なんて考えたばかりなんですが僕。
「い、言っちゃって大丈夫ですか? そんな話」
 心配してそう尋ねてみると案の定、はっとしたように顔を上げる音無さんでした。
 が、それから数秒考えるようにしたのち、
「……大丈夫、だと思います……日向さんだったら……」
 嬉しいこと言ってくれますねえ。
 で、済む筈もなく。
「なっ、ななななんで僕だったらってどうしてまた?」
 だからってこれは驚嘆し過ぎなんでしょうけどね。
 大丈夫だと思います、であり、大丈夫です、ではなかった音無さんの返事。なので少しは恥ずかしそうにしていますが、しかしそれでも言い淀むようなことなくこう返してきました。
「いつもしてる話って……結局、こういう話なんですし……」
 言われた途端、頭からすぽんと何かが抜けたような感覚が。
 そういえばそうですよね、言われてみれば。
「特に……諸見谷さんと一貴さんなんて、結構大胆なところまで話してますし……それを見て『格好良いな』なんて思ったりもしてて……だから、わたしも……」
 諸見谷さんと一貴さん。確かに開けっ広げな感じではありますが、しかし大胆とまで言ってしまう辺り、やはり音無さんは向いているかいないかで言えば向いていないのでしょう。
 ただし、だから宜しくない、止めたほうがいいというわけではありません。むしろ「向いていなくとも望んだからにはそうあろうとする」というのは、それこそ格好良いのではないでしょうか。
「そういうことだったら、喜んで話し相手になりますよ。いやその、無理させちゃってるかな、なんて思っちゃってたんで」
 納得して見せると同時に、さっき大袈裟に驚いてしまったことをそんなふうに弁解してもおきました。丸っきり嘘というわけでもないのですが、驚きの主だった原因は、やっぱりそれが「過去に好きだった人」なことだったんでしょうしね。
「はい……これからも宜しくお願いします……」
 笑っていたので、その大仰なお願いも冗談ではあったのでしょう。しかし冗談ついでに深々と頭を下げられもしたので、こちらからも「いえいえこちらこそ」と頭を下げ返しておきました。
 下げた頭を元の位置に戻し、区切りも付いたところでそろそろお別れかな、なんて思ってみたところ、音無さんがくすくすと笑い始めます。
「考えてみたら、ちょっと勿体なかったですね……」
「勿体ない?」
「後でこうして友達になれるんだったら……高校の時からそうしておけばよかったなって……」
 ちくり。
 ――どころではなく、ズドンと。
「そうですね、本当に」
「そうしたら……クラスメート同士なのに敬語で話すってことも、なかったんでしょうかね……?」
「かもしれませんねえ」
 嫌だったら今からでも直しましょうかとか、そういう返事を思い付かないわけではありませんでした。しかし楽しそうに話す音無さんからそんな様子は見受けられませんでしたし、それに何より、万が一それで話し方が敬語でなくなってしまったら、それはそれで辛いような気がします。
 以上二つの理由により、僕は余計な一言をぐっと堪えるに至りました。
「ふふっ……それじゃあ日向さん、喜坂さん、また今度……」
「はい、また今度」
 音無さんが別れ際に挙げた名前には、栞さんもきちんと含まれていました。もちろんそれは喜ばしいことなのですが、しかし今の僕は、その名前につんつんとつつかれるような錯覚を覚えたりもするのでした。

「よしよし」
 思いがけず三限が休講になりはしたものの、家に着くまでの五分の道程は変わりません。そしてその道程の途中、栞さんから唐突に頭を撫でられました。
「な、なんですか?」
「んー? ふふ、さっきの音無さんとの話、ちょっと辛かったんじゃないかなって。黙ったままだしね、音無さんと別れてから」
「……否定はしませんけどね、まあ」
 でもそこから頭を撫でるって発想に繋がりますか、という言葉が喉を通らなかった辺り、感じた辛さはちょっとどころではなかったのかもしれません。弱ったところで優しくされると、やっぱりそれに甘えてしまうものなのでしょう。
「今更になって失礼ではあるんでしょうけど、一応訊いていいですか?」
「なに?」
「嫌――だったりはしないんですよね? 僕の、音無さんについての、そういう話」
「全然」
 笑顔を一層強くした栞さんは平然とそう言い、再度頭を撫でてきました。
「むしろそういうことを気にされる方が嫌かな。っていうのも、今更なんだろうけど」
「……ありがとうございます」
 栞さんにとってはそれが当たり前なのでしょうが、しかし僕からすれば、栞さんのそういうところには大いに救われるものがあります。というのも、もし音無さんの話を嫌がるようであれば、話以前に音無さんと会うようなこと自体、避けるようになっていたかもしれないからです。
 今となっては友達なんですもんね。さっき、音無さんからもそう言われたように。


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