(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 三

2011-03-09 20:47:43 | 新転地はお化け屋敷
「本当に高校の時から友達になってたら、どうだったんでしょうねえ」
 栞さんから尋ねられるのを待つか、それとも自分から話を始めるか。どちらか選ぶとするなら、それは後者にしておくべきなのでしょう。前者が正解だとするなら、「よしよし」の時点で栞さんは何か言ってきていたんでしょうし。
「どうなってたと思う? こうくん自身では」
 にこにこと、嫌がる素振りどころか興味ありげに問い掛けてくる栞さん。頭を撫でていた手はもう下ろされていますが、しかしその言葉と様子だけでも随分と、僕の胸の内は軽くなるのでした。
「……情けない話ですけど、どうなってたってわけでもないだろうと思います。多分」
「結局は今と同じで告白できないってこと?」
「はい」
「ふふ、そっか」
 嬉しそうに微笑む栞さん。僕の立場からしてみれば「不幸を喜ばれている」ということになるのですが、しかし悪い気はしませんでした。どうして喜んでいるのか、その理由を知っているからです。
 なので、僕からの話は続きます。
「原因としてはまあ、僕の不甲斐なさが第一なんですけど……一応、他にもあるといえばあるんですよね」
「どんな?」
「友達になって話をするようになってたら、これまた多分なんですけど、他に好きな人がいるっていうのを察するなり直接話されるなり、してたと思うんです」
「ああ、同森さん」
「です」
 そう短く返しつつ、しっかりと頷いて見せました。が、だからといってそれが「告白できない理由」になるのは、これまた自分の情けなさの表れってことになるんでしょうけどね。
 ……まあそれはともかく。音無さんはずっと前から同森さんが好きだったという話なので、例えいろいろな無理をして告白に漕ぎ着けていたとしても、間違いなく良い返事は貰えなかったことでしょう。自分が「音無さんの中の同森さん」に敵うなんて、それこそ無理のある想像ですしね。
「そうなってたら、こうくんなら多分こう考えてたんだろうね。『別に好きな人がいるのに告白するなんて、音無さんを困らせるから良くない』って」
 目を閉じ、立てた人差し指をくるくると回しながら、想像上の僕の考えを披露する栞さんでした。
 なるほど。嫌ってほど見せちゃってますもんねえ、そういうところ。勝手に自分を悪者にするっていう。
「それを指摘してくれる人を好きになれてよかったなー……なんて」
「ふふん、嬉しいけど誤魔化されないよ。今してるのは、音無さんの話」
 ですよねえ。
 僕は音無さんに告白できず、しかし栞さんには、断られ掛けているところへ食いさがってまで告白しました。栞さんが音無さんの話を嫌がるどころか楽しがっているのは、そのことについて優位性にも似た絶対の安心感を得ているからです。
 そしてそれがあるからこそ、遠慮なくビシバシと、音無さんについての話を聞き出そうとしてくるのでした。
「大丈夫、落ち込んじゃったらまた頭撫でてあげるから」
 それで本当に大丈夫になれる自分が、ちょっとだけ恨めしいのでした。

「ただいま」
 結局のところ、もう一度頭を撫でられるようなことはありませんでした。撫でられずに済みました、と言うべきなのかもしれませんが、そんな細かいニュアンスはもう自分の中ですらごちゃごちゃでよく分かりません。
「お邪魔しま――」
 僕に続いて204号室に入ってきた栞さんは、しかし言葉を途中で区切りました。
 そしてゆっくりとこちらを向くと、
「じゃ、ないんだったよね。もう」
「ですね」
「ただいま」
 まだ正式にそういう関係になったわけではありませんが、しかし僕と栞さんの間だけでは、そういうことでいいのでしょう。
 ちなみに、同時に帰ってきた僕が「お帰りなさい」を言うのはちょっと不自然だったので、この場は会釈だけで済ませておきました。それでも栞さんは満足そうでしたし、僕だってそうなんですけどね。
「昼ご飯と庭掃除、どっち先にします?」
「ああ、うーん。どうしようかな」
 いつもなら帰り道の途中で決めていることなのですが、しかし今回は音無さんの話が帰り道の全てを占めていたので、今この場で。
「じゃあ庭掃除。あと、一緒に来て欲しいかな。お昼ご飯、もうちょっと待ってもらうことになっちゃうけど」
「構いませんよ、それくらい」
 その時間を惜しむほど腹ペコってわけでもないですし、だったらここで一緒に行くことを選ぶのは、別に今日は特別べったりという話でなく、いつもと変わらないことなのです。
 が、栞さんはそこでにこにこと、しかし少しだけ照れた様子も見せつつ、こう言いました。
「お昼ご飯、一緒に作りたいなって。ここで待たせておいて『ご飯は作らないでね』って、それはあんまりだしね」
 僕も照れました。毎晩している筈のことなのに。
「いくら僕だからって、暇がある毎に料理を作りたくて作りたくてたまらないってわけじゃないんですけどね。一緒に行きはしますけど、だから別に、少し待つくらいは」
「じゃあ、単なる私のわがままってことで」
 ……そういうことにしてまで僕と一緒に昼食を作りたいというのは、もちろん嬉しい話なのでした。
 返事の前から栞さんがくすくすと笑っていたのは、それがあからさまなくらい顔に出ていた、ということなのでしょう。

 そういうわけで、庭掃除に出発です。とはいえもちろん掃除をするのは栞さんだけで、僕はただ付き添うだけなんですけどね。いつもと同じく。
「おーい」
 昼食作りを手伝ってもらえる、という話をどうにかこうにか上手い具合に絡めれば、そのお礼という形で少しぐらい手伝わせてもらえるんじゃなかろうか。そんなことを考えていると、すぐ傍の――202号室の窓の向こうから、声が掛かりました。
 これももうお馴染みの展開、ということで声を掛けてきたのは成美さんなのですが、しかしそちらを向いてみると、今回は既に猫耳を出していました。つまり、大人のほうの身体です。
「出掛けるところか?」
「あ、ううん。庭のお掃除だよ。……お出掛けといえばお出掛けなのかな? これも」
 まあ、部屋から外に出たことには違いませんが。しかし出た先はあまくに荘の庭であって、つまり家の敷地からは出ていないわけだから――と、そんなことはどうでもよくて。
「成美さんも出掛けるところですか? 耳、出してますけど」
 猫耳を出すと大人の身体になる成美さんですが、しかしどちらかといえば大人の身体になることより、「猫耳を出すと実体化する」ということのほうが、耳を出す理由としては多かったりします。……まあ、傍目から見ていて、ということではあるんでしょうけど。
 実体化しているということは買い物なのかな、なんて思ってみたわけですが、
「うむ。まあ、そういうことになるな。今日の散歩はこっちの気分だ、というだけの話だが」
 実体化がどうのは関係がなかったようです。ううむ、そういうこともあるか。
「今日は確か、また大学へ行くんだったか?」
「あ、いえ、三限が休講になったんで時間はかなり余裕が――」
「よく分からんが、取り敢えず時間のほうは大丈夫ということだな」
 大学、というか学校というもの自体にそう詳しくないであろう成美さんにそれだけ言ったんじゃあ説明不足だろ、と言葉を切ってみたのですが、成美さんは不足した部分をまるで気にしないのでした。
 そして、ならば話はこう続きます。
「今日も一緒に行かせてもらいますね、散歩」
「はは、先に言われてしまったか。――では二人とも、庭掃除が終わったら声を掛けてくれ」
「うん。まあ、庭掃除するのは私だけだけどね」
 僕が「たまには手伝わせて欲しい」という交渉に入る前から、ガードの固い栞さんなのでした。諦めたほうがいいでしょうかねえ、やっぱり。

「それだけは了承しないよ、絶対に」
 箒と塵取りを取り出した栞さんに、つんとそっぽを向かれてしまいました。
 諦めないではおきましたが、しかし結局は、この結果に行き着いてしまうのでした。当初の予定通り、「昼食の手伝いのお礼に」という手札を使ってみても、です。
 あまりにしつこく食い下がると、もしかしたら栞さんが機嫌を悪くして昼食の手伝い自体を反故にしてしまう、なんてことも考えられます。なのでここは、諦めが肝心ということにしておきました。栞さんが悪いわけでもないですしね、この場合。
「気持ちだけ有難く受け取っておく、ってことじゃ駄目かな」
 すっぱり諦めてみたところ、栞さんからそんなお言葉が。
「なんていうかこう、形式的な断り文句ってわけじゃなくて、本当にちゃんと有難くはあるんだけど……」
 その濁されたような言葉尻からして、どうやら困らせてしまったようでした。これまでにも手伝わせて欲しいと言ったことは何度かありましたが、お礼だのどうだのと理屈を付けてまでというのは初めてだったから、ということでしょうか。
 しつこくならないようにと、自分でも気を付けてはいたんですけどねえ。
「分かりました。じゃあ、そういうことで」
「ありがとう」
 礼を言うのはこっちなんじゃないだろうか、とも思いましたが、それはそれで「しつこくならないように」に反する話だろうということで、思うだけに留めておきました。
 ――というわけで掃除が開始されるわけですが、暫くの間、僕と栞さんの間に会話はありませんでした。それは僕が「手伝わせてくれ」と言ったことが影響してはいるのでしょうが、しかし何も、気まずいというわけではなく、むしろその逆なのでした。
 まあ、少なくとも僕は、と付け加えたほうがいいのかもしれませんが。
「おや。んっふっふ、今日もお疲れ様です喜坂さん」
「あ、清さん今日は」
 少しずつ進む掃除が102号室の前に到達したところ、さっき成美さんから声を掛けられたのとほぼ同じ形で、清さんから声を掛けられました。
 僕も一緒にいるのに「お疲れ様です」と言った相手が栞さんだけだったというのは、つまり清さん、僕が一切手伝っていないと分かっていた、ということなのでしょう。果たしてそれが栞さんの性格からそう判断したものか、はたまた掃除用具を一つも持っていない僕を見てそう判断したものかというのは、判別できませんが。
「今日は出掛けなかったんですか?」
 返事に続けて栞さんがそう尋ねます。相手が清さんということで、僕もそれは気になっていました。
「ええ。ただ、そろそろジョン達を呼びに来るであろう怒橋君の散歩に私も混ぜてもらおうか、なんて考えてはいるんですけどね。言ってみればそれが今日のお出掛けです」
 さっき上でも似たような話をしたなあ、なんてことを考えると頬が若干緩んでしまいます。しかしまあ僕の頬はどうでもいいとして、同じくさっき上でした話から、栞さんは少しだけ眉をひそめてこう返します。
「ああ、それ、私の仕事が終わるのを待ってもらってるんです。ちょっと待っててくださいね、急ぎますから」
 が、やっぱりというかもちろんというか、栞さんが眉をひそめたところで清さんの笑顔が崩れるようなことはありません。
「んっふっふ、その必要はありませんよ。むしろ、急いでもらわない必要があるというか」
「どうかしたんですか?」
「私はどうもしないんですけどね。ただ、せっかく日向君もご一緒なんですし、だったら急ぐなんて勿体無いんじゃないですか?――という、年寄りの要らぬお節介です」
 これがデートだったりするならともかく庭掃除の付き添いでそんな大袈裟な、と思わないでもなかったのですが、しかし勿体無いという意見に賛同している自分も確実に存在していまして、さあどうしましょう。
「あー……えへへ、お気遣い、感謝します」
 僕がどうするよりも先に、栞さんがそうしてくれました。まあ、ここまで一言も発していない僕がそこだけ張り切って反応するというのも、ちょっと格好悪いような気がしますしね。確実に自意識過剰なんでしょうけど。
「それじゃあ清さん、また後で」
「はい。ご苦労様です」
 そういうわけで清さんは窓から顔を引っ込め、ならばこちらはそれぞれ、掃除とその付き添いを再開するのでした。
 作業が少し進んで103号室前辺り。清さんと別れてからも引き続き会話がなかった僕と栞さんですが、ここで栞さんのほうから、こちらへ声を掛けてきました。
「清さん、もしかしたらあれなのかな。私とこうくんが一緒に暮らそうとしてるって、そのことを気にしてくれてるとか」
「『掃除を急ぐなんて勿体無い』って話ですか? さっきの」
「うん。考えすぎかもしれないけど、ちょっと大袈裟だったかなって」
 僕も似たようなことを考えていたのですが、しかしそれは似ているだけであって、結局は随分と違うのでした。徹頭徹尾自分だけについての話だった僕と、それよりもうちょっと広い視点を持った栞さん、といいますか。
「どうですかねえ……。もしかしたら、普段からそんなふうに思われてるってことかもしれませんし」
「あはは、まあ、やっぱりそっちのほうが可能性は高いのかな。自分で言うのもなんだけど」
 大袈裟に感じるようなことを言われてしまうくらい、同じく普段から大袈裟にベッタリしていると。それについては僕も栞さんも、「そんなことは絶対にない」と言い切れないことは承知しています。
「でもどうであれ、少なくとも今日はそういう日ですし」
「うん。ただし、あくまでも気楽ぅにね」
 ずっと一緒にいよう。ただし、重苦しい話は無しで。今日はそういう「気楽ぅにベッタリ」な日にしようと、朝一番に決めてあるのです。……いや、「気楽」の発音はどうでもいいんですけどね? なんか栞さんがえらく引っ張ってますけど。

 急ぐ必要はない、ということになった栞さんの庭掃除ですが、しかしもともとからしてそう時間がかかる作業ではなく、なので今日も結局は、割とすぐに終わりを迎えます。
「お疲れさまでした」
「お待たせしました」
 掃除用具を倉庫に仕舞う栞さんを労ってみたところ、相槌すらなく即座にそう返されてしまいました。だからといって「庭掃除が早く終わりますように」なんてことを考えていたわけではないのですが、しかしそういえば――。
「そういえば、昼ご飯はもう少し後になっちゃいますね。次は散歩ですし」
「今気付いたんだ? 優先順位が低いんだねえ、お昼ご飯のこと。私なんか、そればっかり考えてるんだけどな」
「ああ、いや、ええと」
 そんなふうに言われると、「栞さんが楽しみにしていることを僕はどうでもよく思っている」なんてふうに聞こえてしまいます。もちろんそんなことはないんですけど、でも似たようなものではあるわけなので、返事に窮してしまいました。
「あれ?――あ、困らせるつもりはなかったんだけど……。ごめん、ちょっと意地悪な言い方になっちゃったね」
 栞さん、僕よりよっぽど困った顔になってしまいました。
 しかし困らせるつもりはなかったと言うのなら、僕が困り顔になる理由は一つもありません。僕が困り始めたから釣られて困った栞さんだって、ならばそれは同じです。
「すいません、変に早とちりしちゃいまして」
 自然に浮かんだ笑顔を、念のため少しだけ自発的に強調させておきつつ、僕は栞さんの手をとりました。
 今の今まで箒を掴んで仕事をしていた手は、僕の手を柔らかく握り返してきます。その力加減は、顔色を窺うまでもなくしっかりと、栞さんの機嫌が直ったことを示していました。
 とはいえもちろん、実際には顔色もちゃんと窺うんですけどね。
「じゃ、大吾の所に行きましょうか」
「うん」
 考えてみれば、いや考えるまでもなく、嫌なことがあった時にあんな嫌味な言い回しをしてくるような人じゃないですしね、栞さんって。批判的なことを言わないという意味じゃなく、批判をする場合は回りくどい言い回しを抜きにしてストレートに批判する、という意味ですけど。
 それがいいんですよね。――というのは、随分と贔屓した感想なんでしょうけどね。怒り方の善し悪しなんて考えるくらいだったらまず怒らせるなって話でしょうし。
 しかし誤解が解けたことがあってか、ただ手を繋いでいるという状況以上に嬉しそうにしている栞さんを見ると、贔屓もやむなし、などと自分に甘い考えが浮かんでしまうのでした。

「庭掃除、ご苦労さん。んじゃあ今度はオレの番か」
 掃除前と違い、チャイムを鳴らした僕達への応対には大吾が出てきました。俺の番、などと実に作業然とした言い方をしてはいますが、みんなの中で「好きでしている仕事」度合いが一番強いのは、間違いなく彼なのでしょう。僕がそう思うというだけでなく、これもまた間違いなく、満場一致で。
「おーい成美ー、行くぞー」
 応対に玄関まで出てきたその足で部屋を後にしようとする大吾。そして奥からは、「おー」と成美さんの返事が聞こえてきます。僕と栞さんも土曜日の話が上手くいけばこんな感じに、などと場にそぐわない想像をしてしまいますが、しかし同居人ということで、一つ思い出すことがありました。
「そういえば大吾、今日は清さん、出掛けてなかったよ。さっき下に行った時に会ってさ」
「お、そうなのか。じゃあ清サンも一緒に来るかな」
「うん、混ぜてもらおうかなって言ってた」
「そっか」
 それを聞いた大吾は、口の端を嬉しそうに持ち上げるのでした。清さんの参加は大吾でなくとも歓迎することで、ならば同じ気持ちである僕は、その大吾の笑みを当然のものとして見過ごしたのですが、
「清さんが一緒だとジョン達も嬉しそうだもんね、やっぱり」
 栞さんは、そんなふうに見過ごさないのでした。
「そりゃまあ、やっぱりな」
 両者揃って「やっぱり」なのだそうですが、ならば「やっぱり」ということでいいのでしょう。
「大吾くん、ちょっと羨ましかったり?」
「アホか」
 笑みを浮かべたまま栞さんをアホ呼ばわりした大吾は、その笑みを栞さんから「ん? ん?」と覗き込まれていました。むしろ僕が大吾を羨んでもいいでしょうか、栞さん。
「待たせたな――と、なんだなんだ、随分と仲良しだなお前達」
 猫耳を隠すためのニット帽片手に現れた成美さん、大吾と栞さんの様子をそう表しつつ、笑みを浮かべるどころか「ははは」と声を出して笑うのでした。
「ふむ、ならばわたしは日向と仲良くしようか」
「えっ!? あっ、いや」
 そんな残り物みたいな理由で仲良くされても、という話ではなく、僕なんかで宜しいのでしょうか成美さん。――というのもやっぱり違うような気がするけど、じゃあ僕は一体どうすればいいんでしょうか?
「そこで慌てられると微妙に腹立つな」
「ねー」
 これまた仲良さげに意見を合わせてくる大吾と栞さんなのでした。

「私もご一緒させて貰って構いませんかね?」
「ええ、そりゃもう」
「んっふっふ、ではお言葉に甘えて」
 確認するまでもないことを確認し、清さんがいつものメンバーに加わります。というわけで、
「ぷくー!」
 サーズデイさんは嬉しそうに瓶の底を転がり回っていました。そんなに激しく動いて崩れたりしませんか、と不安になるくらいの転がりっぷりでしたが、そういえば崩れても何の問題もないんでしたっけ? その場面に立ち会ったことはないですけど。
「あ、じゃあ私、今日は清さんの肩に乗せてもらいたいです」
「ワフッ」
 ジョンの背中に乗った状態で現れたナタリーさんは、これまた嬉しそうにしていました。乗られているジョンも、ぱたぱたしている尻尾を見る限りはサーズデイさんナタリーさんと同様なのでしょう。
「……清サン、ジョンのリードも任せていいですか?」
「ん? ええ、構いませんよ」
 どこか寂しそうに見えなくもないような気がしないでもないっぽい大吾の提案で、清さんは最終的に肩の上にナタリーさん、右手にサーズデイさん入りの瓶、左手にジョンのリードを持つこととなりました。大吾で見慣れているとはいえ、やっぱり重装備です。
「ふふ、仕事がなくなってしまったな」
「さっきの喜坂みてえなこと言うなっつの」
 含みのある笑みを浮かべる成美さんに苦笑する大吾でしたが、当の成美さんは「ん? なんだ、そういう話をしていたのか」と今知った様子でした。
 出てきたタイミング的にそうであってもおかしくはなかったのですが、しかしそれはいいとして成美さん、「そういえば」と僕の方を振り返りました。……え、僕ですか?
「さっきの話で思い出したが――だからといってさっきみたいな冗談は抜きにして、日向。そういえばお前からは、あまり頭を撫でられたり膝の上に座らされたりしていないなあ」
「えっ、あ、ああ。言われてみればまあ、他の人みたいには」
 何故そういう話になったかといえば、それはさっきの「ならばわたしは日向と仲良くしようか」という冗談からです。でも、そりゃそうでしょう? 大吾とか栞さんとか、あと庄子ちゃんも含むでしょうか。あんな感じで抱っこしたり頭撫でたりなんて、僕が、というか大吾以外の男性が、やっていいことじゃないでしょう? ないですよね?
「それだったら清さんも同じじゃないですか?」
 大吾以外の男性が、ということで清さんもこの問題に引きずり込んでみました。
「おや、これはこれは。んっふっふっふ」
 案外楽しそうにしている清さんでした。
「うむ、そうだな。……いやまあ、言いたいことは分かっているつもりだぞ? 大吾以外の男とそういうことをすべきでないとか、そういう話だろう?」
 ドンピシャでございます成美さん。
「だが少なくとも、わたしは構わんのだがなあ。少し前の常に舞い上がっていたような時期ならともかく、そろそろ大吾とのことも落ち着いてきたことだし。なんというか――『異性』と『友人』をごっちゃにするような慌てぶりからは脱した、というか」
 言い終えた成美さん、今度は大吾のほうをちらりと窺いました。するとその視線に気付いた大吾は、視線が意味するところにも気付いたようで、
「オレも別に構わねえけどな、そういうこと」
 とのこと。そして成美さんと同じく僕のほうを向いて言うには、
「だってオマエ、要するにナタリーを首に乗っけたりすんのと同じことだろ? 今の清サンみてえに。何も知らねえ赤の他人ならともかく、成美がどういう奴かって分かってるオマエとかだったら、構うほうが変だろ」
 ……まあ、理屈としてはその通りなんですよね。ナタリーさんの例以外にも、成美さんと同じく猫で女性であるチューズデーさんを膝に乗せたことだってあるんですし、だったら見た目が人間だからって、成美さんについて躊躇するのは確かに変な話です。
 で、今度はまた成美さん。大吾の同意を得られたからか随分と機嫌が良さそうに、腕を組んでしかも若干ふんぞり返りさえしつつ、笑顔でこう言いました。
「そういうわけだ。気が向いた時にでも構ってやってもらえると、わたしとしては嬉しいぞ。もちろん楽もな」
 きっちりした理屈を通されてしまったので、ここは「はい」と答えるしかありませんでした。躊躇するのが変な話だとは思っていても、やっぱり躊躇してしまうんですけどね。
「くいくい」
 声がしたのでそちらを見ると、サーズデイさんが自分を指(?)差していました。
 ……いやあなたの場合、まず性別が不明なんですが。というか、あるんですか? 性別?


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