(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十一章 戸惑い 七

2010-01-02 21:02:55 | 新転地はお化け屋敷
「となると、嬉し泣きってことなんでしょうか? やっぱりその、猫さんも一緒ですし」
「かもしれないね」
 成美さんと猫さん、これでもう何度目か……えーと、僕が知ってる限りでは三度目になるのかな? の再開ですから、そこで嬉し泣きというのはちょっと大袈裟かもしれません。しかし、だからといってあり得ないというほどのことでもないでしょう。
 その想像が合っているかどうかはともかく、実際に成美さんと顔を合わせた栞さんは、嬉し泣きという部分を否定しませんでした。ならば少なくとも成美さん、嬉しそうな様子ではあったんでしょう。それだけ分かればそれでよし。
「……火の玉が出ない、って話だけどさ」
「はい」
「最近ずっと見てないよね?」
「ですねえ。いや、僕もそう考えてたところで」
 火の玉の話になれば、まず考えるのはやっぱりそこなんでしょう。二日前にも――猫じゃらしのことで大吾と成美さんの考えに相違が出てしまった時も、同じようなことを考えましたし。
 栞さん、僕の返事ににこりと微笑んでから、身を縮めるような体位座りに。口を自分の膝に押し付けるようにしながら、ぽそぽそと呟くように言葉を繋げます。
「必要に駆られてって部分もあるんだろうね、大吾くんと成美ちゃんがあれだけ仲良く――って言うか、べったりなのって」
「……でしょうね。まあ栞さんが今言った通り、一部分でしかないんでしょうけど」
「うん」
 栞さんのその体勢はつまり、意地が悪いことを言おうとしたからなのでしょう。僕自身もそれに同意した以上、意地が悪いからと言って間違ったと思うわけでもないのですが、それでもやっぱりその体勢の、その心境です。
「だからつまり、意識してそうしてるってことなんだろうけど……栞とこうくんだってそうだよね? 意識して、あんまりべったりにならないようにしてる」
「ですね」
 それについてはしっかり頷き返しますが、「ちゃんとできてるかどうかは別として、だけどね」と栞さんは笑います。それもまた、頷けます。今がこれですしね。
「どうなんだろう、何も意識しないで自然に付き合うって、できるのかな」
「やってみたいですか?」
「いやいや、単にできるのかなってだけの話だよ。その……現状に満足は、させてもらってるし」
「ですか」
 それは良かった。で、そういうことならば本題ですが。
「何も意識しないで……うーん、ちょっと想像つかないですねえ。恋人とか以前にまず自分以外の人との付き合いなんですし、しかもそこに恋人だってことが加わるわけですし」
 僕と栞さんは、恋人同士という枠組みの中で「あんまりべったりしないように」というルールを作りました。でも、だからといって意識するのがそれだけだというわけではありません。
 栞さんが今の話でそこまで言及しているかは分かりませんが、正直に言ってしまえば意識していることだらけです。口にできそうなことも、できなさそうなことも。
「ところで、なんでこんな話ですか?」
 答えておいてから何だよって話ですけども。
「あー、うん。栞とこうくんはこんな感じで、成美ちゃんと大吾くんはあんな感じだけど――まだどうなるか分からないけどさ、庄子ちゃんとチューズデーはどうなるのかなって。もし清明くんと猫さんのことが本当に好きで、もし付き合うようなことになったら」
 なるほど、そういうお話で。
「どうなるでしょうねえ。チューズデーさんはともかく庄子ちゃんはちょっと可哀想ですけどね、今の時点でこんなこと考えられると」
「あっ、それはまあ、そうなんだけど」
 と栞さんを慌てさせてみますが、しかし庄子ちゃん、今の時点も何も、あの様子だと既に確定しているような気もします。「何が確定してるんだ」と言われたら、「言うまでもないでしょう」と返させてもらいますけど。
「と言うか、今あんな感じなのが既に『どうなるのかな』じゃないんですか? 庄子ちゃん」
「あー、それはそうかも。あれはあれで独特だもんね。付き合うようになったら、ではないけど」
 機会さえあれば清明くんがどう思っているのかも聞いてみたいところではありますが、どうとも思っていないなんてことも充分に有り得るわけで、それを考えると機会があったところでどうせ聞けない気がします。
 というわけで庄子ちゃん。外野は黙ってるんで、ここは是非とも頑張ってください。
「チューズデーさんと猫さんはどんな感じでしょうね」
「どっちも落ち着いた感じだもんねえ。なんていうかこう、素敵な感じになりそう。大人の恋愛って感じの」
 かなり漠然とした意見ですが、だからこそカバーされる範囲は広く、なので僕も同意見だと言わざるを得ません。しかしそれはともかく、わざわざそう仰るからには。
「僕達のは大人の恋愛じゃあ――ない、ですよねやっぱり」
「ないねー」
 あんまりベッタリしないでおこうと決めてすらこんな感じで……いや、そもそも「大人の恋愛」だということがそういう点で決まるのかどうかもよく分かりませんけど、でも僕達はそうではないということだけは分かります。なんとなくですけど。
「でも、それが唯一の正解ってことでもないでしょ?」
「ですよね」
 つまり、僕達にとっては現状のこれが正解であると。もちろん僕だってそう思っていたわけですけど、面と向かって言われてしまうとやっぱり嬉しいです。
「ねえ、こうくん」
 そういうことを言われて喜んだというのが栞さんにも伝わったのか――いや、そういうことを言われるような状況というものが既にそういう雰囲気を孕んでのことなんでしょうけど、栞さん、こちらへ擦り寄るように動きます。
 とはいえ、今になってそれに対してどうするということもありません。素直に擦り寄られつつ素直な返事をします。
「何ですか?」
「栞は、こうくんのことが好き。迷ったりだとか不安だったりとかは、もうないよ。こうくんはどう? 栞のこと」
「僕だってそうですよ。まあ、今そう言われて初めて考えたんですけど」
 迷うことはありませんでしたが、不安だったということはありました。しかしそういうことがあったと認識しているからこそ、今初めて考えたことなのに「現在はそうでない」とこうも断言できるのでしょう。不安だった時期もあると認識しているならば、それと同時にその不安がもう解消されたとも認識しているのですから。
 そしてそれは、もうないよと言った以上、栞さんも同様なようです。
「ありがとう」
 そう言いながら、僕の肩に額を押し当ててくるのでした。
 今になってもまだ礼を言われるんだなあ、なんて思ったりもするのですが、しかし当然、悪い気がするというわけではありません。
 不安だけだった僕とは違い、栞さんはそれに加えて迷いもあったわけなのです。なんせ、その不安なことの原因が栞さんの内にあったのですから。
 そしてその表れとして僕は栞さんへの告白の場面で怒鳴ることになり、栞さんが「原因」を晒してくれたその場でも怒鳴ることになったのです。どちらも大切な思い出であるだけに、当時の栞さんの不安や迷いが計り切れないほど大きいものだったということは忘れ難く、なので同時に今こうして礼を言ってくる心境についても、理解しているつもりです。
 ――が、この場で言っておくべきことくらいは言っておくべきでしょう。言っておくべきことなんですから。
「そういうことについてのお礼は、もうしてもらわなくても大丈夫ですよ?」
「そうなんだろうけど、でも、言いたかったから」
 僕の肩に額を押し当てていた栞さんは顔を上げ、にこにことしながらしかしこちらの出方を窺っているような控えめさをもって、そう返してくるのでした。
 具体的に不安や迷いの原因、つまり胸の傷跡のことだと言ったわけではありませんでしたが、この言い方で伝わるということは、やはりそういうことだったんでしょう。
「まあ、してもらって問題があるってわけでもないんですけどね」
「良かった」
 栞さんがこちらの出方を窺っていると察してのものではありましたが、同時に本心でもあるその答え。今度こそ純粋に微笑んだ栞さんは、毎度の如くではありながら、僕の中では最高に可愛らしいのでした。
 ――そういえば、僕からというのは、もう一方に比べて少なめかもしれない。
「栞さん」
「ん?」
「キスしていいですか?」
「うん」

「それでね、不安とか迷いとかはもうないって話に戻るんだけど」
 戻るも何もそれ以外の話を間に挟んでいないわけですが、話以外のものを挟んだので、まあそういうことになるのでしょう。
 というか、すいませんでした。てっきり話はあれで終わったものだと思ってました。そうでないと分かってれば、あのタイミングでということは流石になかったと思います。
「はい」
「さっき言ったのはこうくんを好きでいることそれ自体についての不安とか迷いだったんだけど、その……いや、大したことじゃないんだけどね? ちょっと、自分自身のことでこれから先、どうなのかなっていう」
「大したことないって言われてもそれ、すっごい気になる言い方なんですけど」
 それこそ不安を覚えてしまいますが、一体どんな話なのでしょうか。
 さて栞さん、大したことじゃないとは言いつつしかし大したことであるかのように真剣な面持ちで、こちらを向き直しつつ姿勢を正します。ならばとこちらも正し返し、正座で向き合う形に。
 たった今キスをしたばかりということを考えると妙な気もしますが、それはまあ僕がタイミングを読み違えたということで。
「それだけが原因ってわけじゃないとは思うけど、栞、ずっと病院暮らしだったでしょ? だから……」
「だから?」
 病院暮らしだった。そこが絡むとなると、やっぱり大したことではあるんじゃないでしょうか。まあ、何にせよ栞さんの言葉を待つしかないわけですけども。
「その、子どもっぽいんじゃないかなって」
「え、何がですか?」
「栞が」
「栞さんが?」
「うん」
 こくりと頷いた栞さん、そのまま顔を上げずに俯いてしまいました。しかし声色それ自体は落ち込んだようなものでもなく、なので気を落としたというよりは、照れてしまったというほうが正解に近いのでしょう。……となると、もしかしたら「何がですか」と尋ね返したのは、追い打ちになってしまったのかもしれません。
 しかしそうは思いつつも、やっぱり聞かないと分からない部分はあるわけです。
「例えば、どういうところですか? 栞さんが子どもっぽいって」
 全くもって子どもっぽくはない、とまで言うつもりはありませんが、しかし積極的に子どもっぽいかと言われれば、僕にはそうは思えません。なのでそんなふうに尋ねてみたところ、躊躇うような短い間を置いてから、躊躇うような声色で栞さんは言いました。
「……例えば、自分のことを名前で呼んでるのとか」
 栞さんは、自分のことを指す時に「栞」と言います。それは確かに事実です。
「そういえば、話してる相手によっては『私』になりますよね」
「うん。それは別に今みたいなことを意識してるつもりじゃなかったけど――でもわざわざ使い分けてるっていうのは、結局そういうことになるのかもね」
 ふと思ったことを言ってみたところ、またも追い打ちをかけたような感じになってしまいました。
「どっちだって言われたら、確かに子どもっぽいかもしれませんね」
 そうは言いつつ、ただその後に「だからって僕はそれをどうとも思いませんけど」と付け加えも。何故ならそう思ったからです。
 しかしいずれにせよそれが慰めになっていないのは、重々承知です。が、いくら慰めになるからといって出任せを言ってしまうというのは、何か違う気がしたのです。
「そうだよね、やっぱり」
 栞さんは引き続き照れているようでしたが、しかしただ照れるだけでなく、照れ笑いでした。
「それ、僕が言ったことのどっちについての『そうだよね』ですか? 子どもっぽいっていう方か、それとも僕がどうとも思ってないって方か」
「どっちもだよ」
「ってことは、初めから僕がどう返事をするか見当が付いてたってことですか?」
「うん。ふふ、ごめんね」
 不意に謝られてしまいましたが、もちろんこちらが気分を悪くしたというようなことはありません。これまで色々なことを話した仲なんですから、返事の内容一つを見当付けられるくらいのことはあって当然でしょう。むしろないと凹みます。
 ただ、気分どうこうとは別の場所で、疑問に思うことはあります。だったらどうしてわざわざ尋ねたんでしょうか、と。
「それで、ここから先は見当が付かないんだけど……」
 疑問に思ったことの答えは、即座に出てきました。それを僕に訊いてみたいがための質問だったということなのでしょう。
 栞さん、再び真剣な表情でこちらを見据えてきます。
「こうくんは、栞がこのままでいいと思う?」
 それが「自分のことをどう呼ぶか」という点についてだけの話ではないというのは明白でした。それも含めた、栞さんの子どもっぽい部分全てについて言っているのでしょう。
 ならば僕は、こう答えます。
「僕から積極的に『あれをこうして欲しい』っていうのは今のところないですけど、栞さんに『あれをこうしたい』っていうのがあるんなら、僕はそれを歓迎しますよ」
 要は「お好きにどうぞ」というのを格好付けて言ってみただけの回答ではあるんですけど、くどいようですがそれは僕の本心なのです。
 すると栞さんはにこりと微笑んで、しかし僕の回答内容にすぐには触れずに、話を続けるのでした。
「さっきも言ったけど、栞はこうくんが大好きだし、今の付き合い方にもすごく満足してる。一緒に大学に行ったり、一緒に晩ご飯を作って食べたり、その後にこうして話したり」
「僕だってそうですよ――というのも、さっき言いましたけどね」
 栞さん、くすくすと小さく笑いながら「そうだね」と。初めから微笑んではいたのですが、つまりはこういう雰囲気の話なのでしょう。ならば歓迎も尚更です。
「……それでね、だから栞、こうくんのことも付き合い方のことも、今のままでいいと思ってる。と言うか、今のままがいいと思ってる。さっきこうくんが言ってくれたことだって、素直に『だったらそうしよう』って思えたし」
「ですか。あんまり自信のある答えじゃなかったんですけどね、我ながら」
「そういうことをちゃんと考えながら話してくれるところが、こうくんのいいところなんだよ」
 あんまり褒められると流石にこちらが照れてもしまいますが、それはまあいいとしまして。
「でも、良かった。『栞さんは今のままがいいです』なんて言われたらどうしようかと思ってたし」
「あれ、そんなふうにまで思ってるんですか? それだと今の自分は良くないって感じですけど」
 そりゃあこういう話をしている以上、多少はそういうふうに考えているんでしょう。けど、僕がそう答えてくることに不安を覚えるほどとなると、それは多少どころではありません。むしろ、今すぐにでも変わりたいと思っているようにすら受け取れます。
 多少どころでないのは分かりましたが、しかしそれでも、栞さんは困ったように微笑みます。
「結局はそうなるかな。例えば自分のことを名前で呼ぶっていうのだって、こうくんが何とも思ってなくても、ちょっとどうだろうって思うもん。これから先ずっとそうするかって考えたら」
「これから先ずっと……」
 恋人として付き合い続けていくうえでの話なので、ならばそういうことを想定するのは至って普通なのでしょう。しかし僕は、不意を突かれたかのように、思考が一瞬停止してしまうのでした。
「うん。本当によっぽどのことがない限り、栞はずっとこうくんと一緒にいるだろうし……その、ね?」
 僕がぼんやりしていると栞さん、俯き加減になり、言葉を選ぶような間を置いてきました。すると何やら言葉を発し辛いような雰囲気が出来上がってしまいますが、しかしどちらにせよ、栞さんの言葉を待つほかないでしょう。
 顔を上げた栞さんは、照れ笑いを浮かべているような、けれどどこか必死さが伝わってくるような、そんな表情でした。
「こうくんと一緒に年を取りたいなって、はっきりそう思えるから」
 …………。
「――あはは、おばさんになっても子どもっぽいままってわけには、いかないもんね」
 幽霊は年を取ることができません。
 しかし、条件によってはそうでもないのです。
「栞さん」
 呼び掛けても、返事はありませんでした。
 僕はそのまま、栞さんを抱き寄せました。それでも栞さんは何も言いませんでした。
 何も言わない分、抵抗もありませんでした。
「愛してます、栞さん」
「……うん」
 抱き寄せた栞さんは、僕の胸に顔をうずめています。となれば僕の視界には、栞さんの栗色の髪が。
 僕は、この髪が大好きです。温かな色だけの話でなく、柔らかい匂いもさらさらとした手触りも、そしてそれら全てが喜坂栞という人物を連想させてくれるところも、です。
 僕と栞さんが愛し合い、そして栞さんが年を取ることを望めば、この栗色の髪は再び伸び始める。初めてそれを聞いた時から、僕は大なり小なり、ずっと思っていました。「だったら伸ばさせてあげたい」と。
 ……けれど、どうしてそう思っていたんだろうか?
 この髪が伸びたところを見たいから? でも、髪の好みについてなら、今のままで充分。
 年を取るほうが栞さんにとっていいことだろうと思ったから? でも、そう思う理由を深く考えた覚えはない。
 全くそういうことを考えた試しがないとまでは言わないけど、でも、どちらにせよそれらが決定打になるほどの理由だとは思えない。それじゃあ、僕はどうして?
 思い付いた答えが一つ。
 髪が伸びるということは、僕と栞さんが愛し合っているということの証明になるから。
 もちろん、深く考えるまでもなく、それでは手段と目的があべこべだ。愛し合っているから髪が伸びるのであって、愛し合っていることを確かめるために髪を伸ばさせるわけじゃあない。
「愛してます」
 同じ台詞をもう一度。でも、その中身は入れ替えたつもりだ。当然それはまだまだ「つもり」であって、完遂できている自信なんて全くないけども。
「うん」
 同じ台詞に対して、同じように頷いてくれる栞さん。でも、当たり前ではあるけど、こちらの台詞の中身が入れ替わっていることには気付いていないのでしょう。
 自分には変えたい部分がある、と栞さんは言っていました。それはもちろん自分に対してだけの話だったんだろうけど、でも今回、僕が気付かされたこともありました。
 僕にだってあったのです、変えたいと思える部分が。――いや、あったと言うより、栞さんに変えたいと思わされたと言ったほうが正しいのでしょう。
 そして、そういうことがあるからこそ僕はこの人を選んだし、これから先もずっと一緒にいたいと思っているのです。
 だからずっと一緒にいます、栞さん。
『こうくんと一緒に年を取りたいなって、はっきりそう思えるから』
 この一言が、どれだけ嬉しいものだったか――。


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