(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十五章 兄と義姉より愛を込めて 二

2013-09-11 21:00:24 | 新転地はお化け屋敷
 とはいえこっちが放置しようが何だろうが栞サンのそれは孝一にとって随分と不都合な発言だったらしく、何も訊いてないのに「悪いこと訊いたな」と思ってしまうくらいに困った顔をしていた。まあ、そうなっても可笑しくないとはいえ格好が付く話ではないよな、やっぱり。
「わたしも胸があれば『そっち』になれたんだろうがなあ」
 成美が言った。最近ではもうそういう点を引け目とも思わなくなってきたようで、同じ食い付くにしても冗談を交えられるようになってきている。いちいち不快になられるよりは、という意味でももちろん嬉しいことではあるけどもう一つ、オレの言い分を理解してくれたんだなという意味でも、それは同じく嬉しいことだった。
 平たい胸だからこそ完成している。
 と、成美についてオレは常々そう思っている。いやもう慰めとか同情とかじゃなくて、本当に。首から下だけ写真で撮ったりしたら作りもんと見間違う人もいるんじゃないかアレ。もちろんそんなこと絶対誰にもさせねえけど。
「あはは、抱き留めるだけだからあるなしはあんまり関係ないような気もするけど――それより成美ちゃん」
「ん?」
「大吾くんがいろいろ考えちゃってるみたいだよ?」
「なんと」
 気付いても放っといてもらえると有難いです栞サン。なんて思ってみたところで、孝一がまたしても苦い顔。
「栞、最近そういうの多くなってきたよねえ」
「あんまり言わないほうがいい?」
「僕は構わないけど、他の人にはね」
「そっかあ。分かった、そうする」
 オレはそんなふうに思わなかった――っていうのは前からそうだったっていう意味じゃなくて、多いとか少ないとかそんな考え自体がなかったってことなんだけど、孝一によるとそういうことらしかった。ということは、孝一に対しては「多くなってきた」んだろう、最近。
 こういうのを邪推って言うんだろうか? それはつまりどういうことなんだろうか、と、要らんことを考え始めてみる。人の表情を見てあれこれ指摘する、ということはつまり人の表情をよく見ているということになるんだろうけど、だったらそれは逆に言って、これまではあまり人の表情を見てこなかったということになるんだろうか?
 それにしたって「人と話をする時に相手のどこを見るか」というだけの話であって、こんなふうに思うのは筋違いなんだろうけど……栞サンは別にそんな暗いイメージじゃなかったけどなあ、なんて。
「大吾?」
「ん」
 呼ばれて胸元を見下ろしてみると、成美が心配そうな目でこちらを見上げていた。
 それを見て、ああそんなに考え込むようなことでもないか、と。今成美がこうなってるみたいに、夫婦にまでなったんならこういう機会もそりゃあ増えるんだろうし。
「いや、なんでもねえよ」
「な、なんでもないなら頭を撫でなくても」
 そこら辺はまあ、変な考えを吹き飛ばしてくれた礼、みたいな感じでひとつ。説明はしないけど。
「ふふっ。それされると抵抗できないよね、成美ちゃん」
「むむう」
 本人としては大人の身体、つまりは猫耳を出してる時のほうが気持ち良いらしいんだが、そうでなくてもこんな感じではあるので、こっちとしても撫で易い。いや撫で易いっていうのは言い方がおかしい気もするけど。
「でも日向、お前だってこういうことの一つや二つはあるんじゃないのか? ないほうが可笑しいだろう、多分」
 なんで最後にちょっと弱気になったんだよ。というのはともかく、成美から栞サンへ反論。積極的に気にしていくわけじゃないけど教えてもらえるなら気になるところ、という回りくどい位置付けではあるけど、どうでしょうか栞サン。
「あるけど、どうだろうなあ。自分からしてってお願いしちゃうかな、私の場合は」
「おお……」
 えらく感心してみせる成美だったけど、いやオマエだってそういうことはあるだろうと。今朝だって二度寝する時あんなだったし、その後も顔洗って歯ぁ磨いて、とか言ってたんだし。
「ち、ちなみに、それがどういったことかは訊いても?」
「無理なのもあるけどね、やっぱり」
 言えるとこだけ言ってくれりゃいいんじゃないですかね栞サン。言えないようなことがあるってはっきり言われてしまうとその、やっぱりアレな想像もしてしまうわけで。
「髪触られるのと、あと膝枕とか好きだなあ」
 さらっと言ってくれたものだったけど、その隣で孝一はガチガチになっていた。とはいえ今言ったことでそうなったとは思い難いので、ならその逆の言わなかったこと、つまり「無理なのもある」に当たるものが出てきてしまうことを不安がっているんだろう。
 まあそこで嫌がらせみたいなことをする栞サンでもないだろうけど、なんて思ったところで、成美が自分の髪を軽く撫でながら。
「髪を触られるのは――はは、さっき実演してしまったばかりだし、わたしも好きではあるんだがな。しかし膝枕か、こうして座るのはしょっちゅうだが枕にすることはあまりないなあ」
「寝るにしても枕じゃなくて敷布団扱いだろ、オマエの場合」
「うむ、こちらの身体ならそうなるだろうな」
 いくら小さいにしたってかなり無理矢理ではあるものの、身体を丸めればオレの膝の上だけでも横になってしまえる成美。そしてその無理矢理を自分から進んで実行したことは、これまでに何度かあったりする。とはいえその場合はオレだってさすがに足伸ばすけど。
「むしろ枕にするとなったら大人の方の身体でないと、ちょっとこの身体には高過ぎるしな」
「だろうな」
 なんせ今言った通りに膝の上で横になれてしまうほどの体格差なので、膝程度の高さでも枕にすれば首が痛くて仕方がないだろう。まあ、だったら無理にそうしなければいいだけの話であって、それで困るということはないんだけど。
「そう考えるとあれだな、やはり腕の高さは丁度いいな」
「なんでわざわざそこに話を戻すんだよ」
 その話してた時顔赤くしてたろオマエ。
「じゃあまあ、話が戻っちゃったところで切り替えるとして」
 今回は変な探りを入れてこなかった孝一、どうやら別の話を始めるらしい。
「ついに結婚式が明後日に迫ってまいりましたが」
「毎日気にしてるからついにって感じでもねえけどな」
「あはは、まあね」
 ついでに言うと、毎日、というほど日にちも経っていなかったりする。軽く考えてるわけじゃないにしても、ぽっと出てぱっと決まった話、ということになるんだろう。実際に経験したわけじゃないけど、普通の結婚式とかだったらもっと前々から、それこそ数ヶ月とか、もしかしたら年単位で、予定を組んでやることなんだろうし。
 ――ともあれ、結婚式の話。切り替えるにしたって急に変わり過ぎだろと思わないでもないけど、オレらが集まったらまあその話になるよな、とも。なんだったら家守サン達を呼んでもいいんだろうけど、そこはまあいつものように仕事に出ているわけで。
「もし今日、本当に庄子に会えたとしたら、その話もしておきたいところだな」
 成美が言った。が、そうだなとは言ってやれず、
「なんかあったっけか? 今から言っとくことって」
 という受け答え。格好が付かなくはあるんだろうけど、でも実際、式について話すことなんて本当に何もなかったりする――正確には、話せるようなことは何も、ということになるんだろうか。オレ達はオレ達の結婚式について四方院さんのところにほぼ任せっきりで、正直なところオレら自身ですら細かいところは把握していないからだ。はっきりしているのなんて日取りと、あと先日見せてもらった式場の様子くらいのものだろうか。
 それもまず間違いなく普通のそれとは違ってくる部分になるんだろうけど、でもまあそういうもんなんだろう、程度にしか思わなくもある。任せてしまって間違いはない、と思えるところではあるわけだし。
 というわけでそれはそれとして成美の話なんだけど、
「しなければいけないというようなことはないがな。だしておきたいという程度の話なら、いくらしてもし足りなくはあるだろう?」
「いやオレはそうでもねえけど」
「ははは、こんな時でも素直じゃないのは相変わらずだな。ああ、それとも逆か? 話なんぞするまでもないくらい気持ちが通じ合っているとか、そういうことなのか?」
 コイツはオレ達兄妹にどうなって欲しいんだろうか。素直じゃないけど気持ちが通じ合ってるって、お互い死ぬほど恥ずかしいだけだろそれ。
「通じ合ってるとまでは言わねえけど、まあどっちかっつったら後のほうだな。一から十まで説明してって感じでもねえだろ、そろそろ」
「ふむ、それはそうかもしれんな」
 式の話はもちろん、オレと成美が幽霊であるということについても、あと、オレに対する成美という話についても。あの馬鹿な庄子とはいえ本当の意味での馬鹿ではない――と思う――ので、あっちが勝手に察してくれるというならそれに任せてみたいところではある。オレ個人に対しては厳しいけど、成美と合わせて見た場合には概ね祝福してくれてたりもするわけだし。
「あれは将来いい女になるぞ。中も外も」
 何を根拠にそんなことを断言しているのかは不明だが、しかしそれ以前の問題があるので敢えてそこに触れに行くようなことはしないでおいた。なんとなく、痛い目を見させられそうな気がしたからだ。
「将来がどうとかより今現在をなんとかすべきなんだけどな、アイツの場合。万が一いい女になって知らねえ男にモテても意味ねえだろあれじゃ」
 なんせベタ惚れだ、清明くんに。しかも来年にはその清明くんを中学に残して庄子だけ高校生になるわけで、となるとそうなる可能性は大いにあるわけだ。いやもちろん、いい女になるという仮定が正しかったとして、という話だけど。しかも成美の言う「将来」が高校生でいる間に来るという、かなり厳しい条件のおまけ付きで。
「さすがは兄、的確な意見だな」
「あんま言うと今ここでアレやらコレやらするぞオマエ」
「うわわ、済まん済まん」
 というのは普通なら「本当にやりはしないけど」というような話になるんだろうけど、オレの場合はそうでもなかったりする。
 というのも、部屋でやったゴロゴロだってそうだけど、オレ個人としては全く恥ずかしがるようなことではないからだ。なんせ喉を撫でるってだけだし、と言っても納得してくれない人もいるかもしれないけど、だとしてもそれは成美が人の姿をしていることが原因なんだろうと思う。例えば猫を飼っている人が人前で猫の喉を撫でることを恥ずかしがるかといえば、もちろんそんなことはないだろう。
 成美は猫だ。どんな姿をしていても。
「ん? 大吾?」
「あ」
 気が付くとオレは成美の前に腕を回して、緩く抱くような格好になってしまっていた。
 それこそ別にこれくらい、いちいち照れるようなことではないのかもしれないけど、不意のことだったのもあってそうはいかなかった。
「んふふー」
 照れたからといって何をどうするってわけでも、ましてやそれを誤魔化そうとするわけでもなかったんだけど、でも成美はオレの顔を見上げて何やら満足そうにニヤついているのだった。とはいえあっちもオレと同じで、だから何をどうするってわけでもなく。
 といって、何かをどうにかしてくれた方が楽だったような気もしないではないけど。見ろあの孝一と栞サンの顔。
「話戻してもらっていいか?」
「うむ、構わんぞ。わたしはもう満足だ」
 満足させてしまったらしかった。別に不都合があるわけじゃなし、だったらむしろ好都合だ、というのはそれこそ照れ隠しってことになるんだろうけど。
「とは言ってみたものの、庄子の話をこれ以上続けるというのもなあ。本人がいないわけだし」
「まあな」
 清明くん絡みの話になり掛けていたところではあったけど、それについても本人が居ない場であれこれ勝手なこと言い続けるのもどうかと思うし。
「あ、じゃあ全然関係ないんですけど質問いいですか、成美さん」
「なんだ日向」
「大吾と一緒に寝る時はどうしてるんですか? あの抱き枕」
 関係なさ過ぎるだろオマエそれは!
「ふむ、それはだな」
 オマエも答えるなとまでは言わねえけどそれにしたってちょっとは躊躇えよ!
「割と色々だ。邪魔だと思って普通の枕を使う時もあれば、わたしはそのまま抱き枕を使って大吾が後ろから抱いてくれるとか、あとは横長二人用の枕として大吾と一緒に使ってみたりとかもあるぞ」
 ちなみに昨晩から今朝に掛けては一番めだった、というのはどうでもいいとして――ど、どうなんだろうかこれは。単に寝方の話ではあるんだから変に気にする方がおかしいんだろうか? とはいっても一緒に寝てる時点でそういうアレの前後だってのはまあ、孝一も栞サンも分かってはいるんだろうし。
 というような話になってくると、普段から一緒に寝ざるを得ない孝一達のダブルベッドが羨ましくも思えるんだけど、そういう羨ましがり方はなんか違うだろうとも思う。
「では逆にわたしからも質問なのだが」
「なんですか?」
「毎晩一緒に寝ていたら毎晩そういう雰囲気になってしまわないか? どうもそうではないようだが」

「あれはない」
「むう」
 なんか孝一も栞サンも普通に答えてくれてたけど。と、借りた自転車の荷台部分に腰を下ろしながら。走り出してから飛び乗る感じにしたほうがスムーズなんだろうけど、成美曰く怖いから止めてくれとのことで。
 とそれはともかく、孝一達の部屋を出る前の話だ。そりゃあ確かにあんな質問でも平気で答えてくれる二人ではあるけど、だからといって遠慮なしというのはちょっとどうだろうかと、それくらいはオレだって思うわけで。
「栞サンと女同士で話すとかだったら分かるけどな」
 自転車の運転の為、一度部屋に戻って大人の身体になってきた成美。どっちの身体だからどうの、なんて勘違いしたようなことを言うオレではないけど、まあどっちがより違和感がないかと言ったらやっぱりこっちになるよな。やらしい話をするとなったら。
「分かった、今後は気を付けよう」
 叱り付けてばかりになるほど深刻な話でもないので、着地点はそんなところへ。声色からして成美もそれほど気に病んだわけでもないらしく、つまりはこちらの想定通りに話が進んでくれたということになるわけだ。
 というようなことを考えている間に成美運転の自転車が走り始め、ぐんぐんとあまくに荘を遠ざからせていく。
 …………。
 で。
「逆に言って、オマエは毎晩一緒に寝たら毎晩そういう雰囲気になるって言っちまってるようなもんだろ、あれ」
「だって、そうなると思うし」
 思っちまうかあ、そうなると。
「変、だろうか」
 声色とこっちに向けてる背中のどちらも、特にどうなったというわけではなかったんだけど、それでも成美が不安を覚えたことはなんとなく察せられた。
「そうだってんならそれはそれで、変だとまでは言わねえけどな。まあ、人に向かって自慢げに言えるようなことじゃねえかなってくらいで」
「そ、そうか」
「だからもし、オマエがそうしてえってんならオレはそれでも構わねえぞ?」
 布団を二つ敷くところが一つだけになるなら労力も減るし、なんてのは冗談としても、問題だと思わないんだったらそれに応えてやれるくらいの度量はもちろんあるつもりだ。
 とは言ってもこれまたもちろん、度量だけで受けるわけじゃあもちろんないんだけど。
 というわけで、オレの中では成美の返事を待つまでもなくそうすることに決定したようなものだったんだけど、
「……いや、そう言ってくれるのは嬉しいが、気持ちだけ貰っておくよ」
 声でも背中でもない何かを平時のそれに戻しながら、成美はそう返してきた。
「そうか?」
「うむ。わたしだって現状に不満があるわけじゃない――どころか、気に入っているからな。普段は別々の布団で寝て、一緒になりたい時だけそうするというのは」
「そっか」
 それはオレもそう思っているし、だからちょくちょく成美にそう語る場面もあるし、成美もその度に今のような返事をしてくれてはいた。が、それでも、言われる度に同じだけいい気分にさせられてしまうというのは、我ながらちょっと照れ臭い。
 なんたってこれは別にやらしいだけの話ではなくて、コイツの場合は――。
「表面的には順番が違うだけだが、中身もいろいろ違ってくるのだろうしな。そういう気分になったから一緒に寝るか、一緒に寝ているからそういう気分になるか、というのは」
「ああ、まあな」
「お前が教えてくれた人間の生活の一部だ。愛しいよ、どんな些細なことであっても」
「些細じゃねえけどな、今回ばっかりは」
「はは、確かにそうだな」
 人間の姿で、人間と二人、人間とそう変わらない生活を送っている成美。しかしそれでも成美は人間になったとかなりたいとかそういうわけではなくて、あくまでも自分は猫であるとしている。
 それはオレが勝手にそう思っているという話ではなく、だからといって逆に成美だけがそう思っているという話でもなくて、オレと成美の間でしっかりと交わされている共通の認識としての話だ。こういう状況――人間の男と夫婦になって――になりまでしたうえでそう思い続けていられる成美のことをオレは心底から尊敬しているし、だから、そこに自分が関われていることを同じく心底から誇りに思う。
「成美」
「ん?」
「愛してるぞ」
「はは、どうした急に? もちろんわたしもだが、今出てくるような台詞か?」
 何とも思ってねえんだもんなあ、さっきみたいな話すること。敵わねえかな、まだまだ。
 なんてことを考えていたところ、成美、ぐっと肩に力を入れつつこんなことを。
「今走っている道が真っ直ぐだからよかったが、あんまり驚かせると転んでしまうぞ。割と冗談抜きに」
「わ、悪い」
 そうだった。慣れてきたとはいえ成美、まだまだ自転車の運転については初心者なんだった。初心者がいきなり二人乗りしてるんだから余裕なんて全くないだろうし。
 うーん、こういうとこもまだまだだなあオレ。思ったことさらっと言っちまうというか、状況を考えろっていうか。出発の時に成美にあんなこと言っといて。
「ちなみに、どこに向かってるとかは?」
「もちろん適当だ」
「だよな」
 買い物以外はいつもそうだもんな。

 で。
「確かに行き先は適当だったんだろうけど……」
「ははは」
 感情の籠らない笑いを浮かべてみせる成美。適当に走り回るにしてもえらく狭い範囲をぐるぐる回ってるな、なんて思ってはいたんだが、
「…………」
 成美に抱きかかえられたその人は、いつものように黙り込んでいた。いやまあ人じゃないんだけど、というのはともかく、成美はこの人を探して走り回っていたということなんだろう。
「おはようございます、旦那サン」
 というわけで、旦那サン。もちろん今そんなことを言ってみたところで言葉は通じないわけだけど、それでもこれが朝の挨拶だということくらいは察してもらえることだろう。
「すんません急に押し掛けて。何か用事とかあったかもしれませんがコイツが勝手に」
「こいつじゃなくてわたしに言ってるよなそれ」
 そりゃもちろん。何言ったって通じないんだから。
「んで真面目な話、いいのか? 多分だけど一緒に来てもらうつもりだろオマエ」
「良くなければ抵抗するさ。雰囲気に流されるようなやつではないからな、お前と同じで」
「オレがどうこうってのはともかく、まあそうか」
 必要なことしか言わないけど、必要なことはちゃんと言う。成美は旦那サンのことをそう言っていたし、実際喋ってみると確かにその通りの人ではあった。まあ、家守サン達がいる時じゃないとそもそも喋れないんだけど。
「んー」
 というわけで思った通りに旦那サンを連れていくつもりらしい成美は、でもすぐに出発するというわけでもなく、旦那サンに頬ずりをしてその感触を楽しみ始めていた。
「…………」
 旦那サンが迷惑そうにしているように見えるのは黙っているから、だと思う。というか、だといいなと思う。まあ連れていかれるのが不都合なら抵抗するという話と同様、迷惑だったらさっさと成美の腕から抜け出してるんだろうけど。
 なんてことを考えていたら、成美がこっちを向いていた。頬は旦那サンに押し付けられたままだったけど。
「んふふー」
「なんだよ」
 幸せそうにしてるのは分かるとしても、それをオレに向ける場面ではないと思うんだが。それともあれか、もしかしてオレにもやれと言ってるんだろうか。でもまさか旦那サンにそんな――いや、これが何の関わりもないただの野良猫だったらオスもメスも関係ないんだろうし、それを考えると旦那サンだからどうのこうのっていうのは変な気もするんだが。
「いや、つくづくわたしは幸せ者だなあと」
「みてえだな」
 それは見れば分かるとして、どうやら危惧した展開にはならなかったようでホッとする。一方で、まあ、ちょっとくらいは残念だったりもしなくはなかったけど。
「待て待て大吾、そこは『なんでそう思った?』とか、そういうことを訊き返してくるところだろう」
「旦那サン抱きながらそんな顔してるとこになんでも何もねえだろ」
「おお、確かにそれはそうだ」
 浮かれてるなあ。大丈夫だろうか、この後の運転。旦那サンは前籠に乗せることになるだろうし、見惚れて前方不注意とか冗談抜きで有り得そうで怖いんだけど。
「しかもお前がこれを受け入れてくれてもいるわけだしな」
 先行きを不安がっているところで、成美は続けてそんな一言。それが言いたかったってことなんだろう、要するには。
「喜んでもらえるのはそりゃあ有難えけど、でもそろそろ、それが当たり前と思ってもらっても不都合はねえかなあ」
 こっちは既に当たり前だと思っているわけで、じゃあ成美の側からだけ特別なこと扱いされ続けるのもどうかと思うし。そりゃあ人間は、というか日本人は一夫一婦制だとか、猫はそうじゃないとか、でも成美はその一夫一婦制に近い結婚観を持っているとか、そういう話も絡んではくるんだろうけど――。
「おほぅっ」
 なんてことを考えていたら、成美が物凄く間抜けな声を飛び出させた。オットセイか何かかオマエ。
「なんだよ?」
「あ、いや、もしかしてやきもちを焼かせてしまったかなーと」
「なんでだよ?」
「ほらその、こいつにばかり構っていたから」
「なにがだよ?」
「だから、今のはいい格好を見せようとかそういう……」
「どこがだよ?」
「…………」
 黙り込んでしまった。どうやら意地悪するにも度が過ぎてしまったようなので、
「悪い」
 と。
「ちょっと調子乗った。やきもちはねえけどちゃんと分かってるぞ、一応」
「むう。そりゃあ、それくらい分からないお前ではないということぐらいは、こっちだって分かっているとも」
 怒られるならともかく、謝りに入ったところで逆に褒められるというのは中々に辛い。それが分かっていての台詞なのか、そんなことはなくただ本当にそう思っただけなのかは――どうだろうか、コイツの場合。どっちもありそうだし、じゃあどっちもってことにしとこうか。
「ほらほら早く座れ。出発だぞ」
 想像していた通りに旦那サンを前籠に乗せ、でも心配していたようにそっちに見惚れるような雰囲気はないまま、サドルに腰を下ろした成美は荷台を手で叩いてみせた。
「へいへい」
「全く、我ながら夫選びの基準が分からんな。前と後ろでまるで逆ではないか」
 似てるとか言われた覚えがあるんだけどなあ、結構。とは、言い訳がましくなるので言わないでおいた。……いやそもそも、何であろうという必要はなかったんだろうけど。成美、機嫌悪くするどころか逆に良さそうだったし。
 オレらの基準は同じってことになるんですかね? 旦那サン。


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