(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十五章 兄と義姉より愛を込めて 一

2013-09-06 20:49:05 | 新転地はお化け屋敷
「……お?」
 きっと随分と早い時間帯なんだろう、カーテンを照らすお日さんはまだぼんやりしている。たまにこうして早い時間に目が覚めても、いつもならさっさと二度寝に入ってしまうところだけど、でも今回はそうはいかなかった。
 違和感。それも強烈な。寝ぼけているせいか真っ先に視界に入ったカーテンの方を一番に処理してしまうオレの頭だったけど、普通ならこちらを優先させたことだろう。
 左腕がない。
 ……ような感覚。実際に左腕がなくなったわけでないのは見ればすぐに分かったけど、でもこの感覚に覚えがないわけではないので、見る前から分かっていたようにも思う。まだ頭がぼんやりしていて、自分が何を思っていたかすら曖昧だったりもするけど。
 というわけで左腕のほうを見てみたところ、しかし真っ先に目に入ってきたのは自分の左腕ではなく、その上に横たえられた成美の頭だった。
 なるほど一晩中この状態だったのならそりゃあ、というわけで、オレの左腕は成美の頭に圧迫されて血の通いが悪くなり、その結果酸素の供給が滞って――まあ要するに、痺れていたというわけだった。
 どうしてわざわざ血の通いがどうのこうのなんて考えてしまったかというと、まあ、その成美の頭を見てということになるんだろう。こんだけ白くて本当に血ぃ通ってんのかなコイツ、というようなことを、別に今だけの話でなく時々思ったりする。
 いや、だからって不健康そうだとかそんなふうに思ってるわけじゃなくて、滅茶苦茶綺麗だとは思ってるんだけど。
 ――じゃなくて。
「どうすっかこれ」
 感覚がなくなる、とはいっても痺れというのはただ何も感じなくなるわけではなくて、違和感と同時に不快感も伴ってくるものだ。せっかく気持ち良さそうに寝てるんだったら我慢してこのまま、なんてちょっと思ってもみたけど、でもやっぱりそれは無理そうだった。腕だけの筈なのに、全身がだるいと錯覚してしまうくらいだるい。
 そのまま腕を引き抜いてしまうと成美を起こしてしまいかねない、というか確実に起きてしまうだろう。というわけで、腕を引き抜きつつ枕を代わりに頭の下へ差し込むことにした。
「くっ……」
 しかしそれは思った以上の難易度だった。まずは枕を手に取りたいわけだけど、それについては左腕が固定されているうえ感覚がほぼない、ということが非常に辛い。なんせちゃんと成美の頭の下に収まっているかどうかすら感覚では分からないので、下手に動くと知らない間に成美の頭を振り払っていたなんてことになりかねない。
 しかも成美、オレの腕に頭を乗っける時に一体どう動いたのか、枕をオレから見て成美の向こう側へ追いやってしまっていた。くぬう、微妙に遠い。寝る時は確かちゃんと枕を使ってたはずなのに。
 ちなみに、オレの枕を使わせれば良かったんだと気付くのは全部終わった後の話になる。
 ともあれなんとか枕を掴み、あとはゆっくりと痺れた腕を引き抜きながら枕を差し込んでやれば良し、といちいち確認しながらその通りに動いていたところ。
 にゅぇ、というかもゅ、というか、ともかく言葉では表し辛い感覚に見舞われた。
 この状況で言葉では表し辛い感覚となれば、それはもちろん痺れている左腕だ。が、見たところ何もないというか、相変わらず成美の真っ白な後頭部が見えているだけだ。コイツ、頭というより顔を腕に押し付けてるように見えるけど、息出来てるんだろうか。あ、もしかしてこの感覚は涎垂らされてるとかか?
 何かが起こっているのは間違いないけど、でもそれを確認するためにはやはり腕を引き抜いてしまわないとどうにもならないだろう。というわけでそのまま作業を続行し始めたところ、ここまで順調に引き抜けていた左腕と成美の頭が一緒に動き始めた。なんだろうか、腕に引っ掛かるようなところなんかないと思うんだが。
 不快感に合わせてじれったさもあり、ここでオレはそれまでより強めに腕を引いてしまった。すると成美の頭が揺れ、それまで見えていた後頭部が向こう側を向き、つまりは顔がこちらを向いたんだが――。
「かっ」
 噛んでるコイツ! オレの腕!
「もむもむ」
 咀嚼してんじゃねえよ! ていうか今こっち向いた時に一瞬口外れただろ! なんで律儀に噛み直してんだよ!
 ――正直言って、だいぶ怖かった。いや、成美が怖かったとかいう話ではなくて、どのくらいの力で噛まれているかが全く分からなかったからだ。なんせ今オレの左腕は痛みを感じられる状態にない。
 見えた時点で血が出たりはしていなかったけど、それにしたって次の瞬間にはそうなっているかもしれない、と考えてしまうともう、慌てざるを得なかった。
 というわけで再度、強めに腕を引く。すると再度成美の頭が揺れ、これまた再度口が腕から外れたので、やはり再度噛み直される前に一気に枕と挿げ替えてしまう。
「ぐお」
 さすがに成美からは呻き声が漏れたが、あのまま腕の肉を噛み千切らせてしまうよりはマシというものだろう。オレだって嫌だけど成美だって嫌だろうし。なんて呑気なことを考えていられるのはもちろん、痛みを感じていないからなんだが。
 そうしてようやく、というほど時間が経ったわけでもないけど、とにかく無事生還した左腕を見てみると、噛まれていた部分にはうっすらと歯型が付いていた。最初こそそれを見て背筋を強張らせるオレだったけど、これくらいだったら大した力でもなかったんだろうな、とも。
 ……というか、型というなら歯型に合わせて付いていた痣のようなもののほうが目立っていた。まさか痣になるほど殴ってから噛んだというわけもなく、ということはこれはつまり、キスマーク、ということになるんだろうか。とてもそんな光景には見えなかったけど。
「むむぅ」
 再度の呻き声に腕からそちらへと視線を移してみたところ、成美、今度は枕を噛もうとしていた。いや、成美からすれば「今度は」ではなく「引き続き」ということになるんだろうけど。
 とはいってもそりゃあ枕と腕じゃあ噛んだ感触がまるっきり違うわけで、となれば。
「んぐぐむ……ん、あれ。あ、おはよう大吾」
 そう言って上体をむくりと起き上がらせる成美。それはしようとしてした挨拶というより、ただ反射的に日頃の行動が顔を覗かせたというような、何が何だか分かっていなさそうなぼんやり具合だった。
「おはよう」
 さすがにやや呆れ気味な口調になってしまうけど、でもまあそれが尾を引くようなことはない。そんなことがどうでもよくなってしまうくらいに――敢えて言ってしまうと、寝起きの成美はとても可愛い。
 で、それはともかく今更な話として。
 俺も成美も裸だったし、成美はいつものように寝ている間に猫耳が引っ込み、小さい方の身体になっている。事情を知らない奴が見れば完全に犯罪現場だし、もしかしたら知っていてすらそういう判断をする奴もいるのかもしれない。幸いなことに、ここの人達はそんなことはねえみてえだけど。
 いつもなら二つ並べる布団が一つだけで、その一つの布団に男女二人が裸で寝ていた。とまあ、ここまで言えばそれ以上の説明は必要ないだろう。ただくれぐれも、その際の成美は大人の身体だったんだけど。そういう決まりだし。
 で、それはともかく。遠慮なしに大あくびをしている成美に向けて、オレは早速この質問を投げ掛けることにする。
「どんな夢見てたんだ?」
「――くぁ。んん? なんでだ? んぐぐっ……」
 今度は伸びを始めた成美に、「これこれ」と左腕を差し出すオレ。まだ痺れて上手く動かせないのでわざわざ右手で掴んで持ち上げるその様は、言葉通りに「差し出す」格好だった。
「なんだ? 怪我……あっ」
 口元を手で押さえる成美だった。説明する必要はなかったようでちょっとほっとする。なんか責めてる感じになりそうだしな、腕噛まれたなんて。あと痣になるほどのキス――は、まあ、いいとしても。
「すまん。これ、わたしの仕業だよな?」
「そうだけど別になんともねえよ、これくらい」
 割としっかり慌てていた少し前までことを考えると、自分で言ってて吹き出しそうではあったけど。
 ともあれ少々しょげ気味になった成美の頭を右手で撫で――支えを失った左腕は肘からガクンと折れ曲がってしまった――それによって機嫌を取り戻した成美は、「夢、夢……」と。
「おおそうだ、庄子が出てきた気がするぞ」
「庄子?」
 夢に出るほど仲が良いのは兄妹として嬉しい、という話は今回は横に置いておこう。なんで庄子の夢でオレの腕が噛まれなきゃならんのかと、重要なのはそこだろうし。
「内容は?」
 敢えて腕の噛み跡に触れるようなことはせずに夢の詳細を尋ねたところ、すると成美、その途端にもじもじと恥ずかしがり始めた。素っ裸だってのに今更何を、とは、言わないでおく。
「それがその、ふふ、夢ならではの荒唐無稽さというか、説明するのがちょっと恥ずかしいのだが」
 もし成美が今大人の身体だったら手を出していたかもしれない。いや、それは別に今の成美に何も思うところがないというわけではもちろん、ああ、そりゃあ小さかろうが何だろうが嫁さんである以上もちろんないんだけど、「小さい身体の時はそういうのナシ」という決めごとが先に立ってくるわけだ。
「猫だった時は息子達を移動させる時、首の後ろ辺りを咥えて運んでいたのだが」
「庄子にそれやったってことか?」
「もちろん実際にやるわけじゃないがな。人間の身体では無理だ」
「そりゃな」
 歯が折れるわ首痛めるわ庄子の首がえらいことになるわ、同じ哺乳類なのにえらい差なのだった。って、さすがに哺乳類っていう括りは大き過ぎる気もするし、それ以前に猫の場合でも咥えるのは子猫であって、庄子は身体だけならもう大人のそれだし。それともアイツ、まだ伸びるんだろうか?
「じゃあまあそれで噛んだってことなんだろうけど、それにしたって庄子の首とオレの腕か?」
 疑問文としていろいろ不備がある言い方ではあったけど、それでもまあ伝わりはしたようで、成美は苦笑を浮かべながらこう言った。
「はは、まあ、少なくとも匂いは」
「……同じなのか? 臭い」
 庄子が怒る、っつうかあれでも一応女子なんだし、家族とは言え男と同じ臭いがするとか言われたら、それって下手したら泣くくらいの暴言なんじゃないだろうか。いやむしろ、家族だから余計酷いような気もするけど。
「そりゃあ同じではないがな。だが同系統ではあるぞ。落ち付くというか親しみやすいというか、そういう匂いだ」
「まあ、同じじゃねえってんなら良かった」
「ふふ、照れ屋だな」
 今回ばっかりはそういうんじゃねえよ。と言っても信じてもらえそうにないので、一々言わないでおいたけど。
「で、じゃあこっちは?」
 そろそろ痺れも取れてきたので今度は支えなしで腕を持ち上げ、キスマークを指して尋ねる。とは言ってもそれが本当にキスマークなのかは分からない――いや、十中八九口で付けた痣ではあるんだろうけど、果たしてそれがキスと呼んでいいような行為だったかと言われると、あまり自信がなかった。噛み跡がなければそうでもなかったんだろうけど。
「これもわたし、なんだよなやっぱり。で、見た感じあれか、キスかこれは」
「多分な」
 猫にキスという文化は本来ない。ということはつまり、痣を見ただけでそれがキスの跡だと分かる程度に成美はオレに、なんて話は今どうでもいいとして。
 いや、そういう文化を積極的に取り込んでくれてるのは嬉しい、どころか頭が下がる思いだけど。
「キスなあ。ううむ、はっきりと思い出せるわけではないのだが」
「っていうのは、夢の話か?」
「うむ。ナタリーも出てきたと思うのだ、その夢に。そういう場面があったかどうかはちょっと分からないんだが、でもナタリーだろう? ナタリーといえばキスだろう」
「それもちょっとどうかとは思うけど、まあな」
 庄子が出てきたというのなら、その庄子と仲が良いナタリーが一緒に出てきたというのも不自然ではないだろう。で、そのナタリーは何かに付けてキスをしまくる――いやさすがにそこまで言うほどでもないとは思うけど、まあ、感謝の印としてキスをする場面が結構ある。
「じゃあナタリーに釣られて庄子に、っていうかオレの腕にキスしたってことか?」
「もしくはわたし自身がナタリーに成り切っていたとかな。なんせ夢だし。……いや、本当にすっかり忘れてしまっていて」
 少し申し訳なさそうにする成美だったけど、当たり前だが別にこれはさして重要な話でもないわけで、だったら思い出せないからってそんな顔をすることもない。
 というか、客観的に見ればオレのほうが気持ち悪いのかもしれない。夢の中と現実で対象に違いがあるにはせよ、キスがどうのこうのの話を詳しく聞き出そうとしているなんて。少なくとも庄子には遠慮なく蹴り飛ばされるだろう。
「別に無理して思い出せなんて言わねえけどな。で、どうする? 起こしちまって悪いけど、まだ起きるには早過ぎる時間っぽいぞ」
 これが起きるのに丁度いい時間だったらそりゃあさっさと服くらい着てる。なんて言い訳は、まあ誰にぶつけるものでもないんだけど。他に誰もいないからって成美に言ってどうすんだって話だし。
「じゃあ二度寝だな。ふふ、もしかしたらさっきの夢の続きが見られるかもしれんし」
 申し訳なさそうな表情が一転、それが晴れるどころか笑みを浮かべすら。どうやら随分良い夢として扱っているらしい成美だったけど、でもどうなんだろうか、本当にそうなったらオレ、また噛まれるんじゃあ?
「あ、そうだ大吾」
「ん?」
「また噛んだりしないように、今度はしっかり抱き締めていてくれ」
「…………」
 普通逆じゃねえかなあ、とは、なんとか言わないでおいた。そりゃあ丸い腕に比べてまっ平らな胸なら歯は立て難いだろうけど、それを乗り越えて胸を噛まれた時のことを考えると――。
「駄目か?」
「んー、別にいいけど」
 アホだなあ、オレ。

「おはよう」
「うむ、おはよう」
 再度目を覚ましたところ、どうやら成美は先に起きていたようで、眠気の残っていない顔でにこにこしていた。それはまあいいとしても、起きたのなら動けばいいのにまだオレの腕の中に、と、まあ別に文句をつけるところでもないんだろうけど。成美、ちょっと体温高くて温かいし。
「えーと」
「はは、大丈夫だ。噛んでない噛んでない」
 胸元を確認しようとしたところ、そんなふうに笑われてしまった。いや、どちらかと言えば自嘲の意味だったのかもしれないけど。
 ……まあともかく、服を着よう。
「で、夢の続きは? っていうかそもそもオマエ、ちゃんと寝れたのか? オレより先に起きてたっぽいけど」
 着替えながら、いや元々が裸だったんだから、着ながら、だろうか。季節のこともそりゃああるけど、オレは基本的に重ね着というものをしないので、服はあっという間に着終えてしまう。そしてそれは成美だって似たようなもんで。
 というわけで尋ね終える頃にはもうお互い服を着終えていたので、今度は布団を畳み始めつつ。あと、自分の枕を手に取ったところで「ああそういえばあの時」なんてことを想ったりもしつつ。
「もちろんぐっすり眠れたとも。ただなんだ、夢のほうは駄目だったな」
「そっか。まあそうだよな、狙って好きな夢見るなんて無理だろうし」
 多分。
 もしそんなことができるとしたらどんな夢見るかなあ、なんてついつい余計な想像をしてしまいそうになっていたところ、すると成美はここでくすっと照れたような笑みを。
「ある意味、狙って好きな夢を見たんだがな」
「ん? 庄子の夢は駄目だったんだよな?」
「うむ。いやその、抱き締められるというのは流石に強過ぎたというか」
「…………」
 オレの夢見たってことか……。い、いや、だからって即中身がアレな感じってことでもねえんだろうけど。いくら現実が素っ裸同士だったとはいえ。
「大吾」
「ん」
「楽しみだな、明後日」
「そういう夢だったってことか?」
「うむ。と言ってもわたしは具体的なところを知らんし、だからまあ夢の中ではみんなでわいわいやっていただけなのだが――ふふ、お前はずっと抱き締めてくれていたぞ、わたしのことを」
 どうやら想像した以上にアレな感じとは掛け離れていたらしく、どうやら成美、明後日の結婚式の夢を見たようだった。結婚式中ずっと抱き締めてたってどんなだよと思わなくはないけど、でもまあ、良いか悪いかで言えば良い夢なんだろう。しかもかなり。
「さあ大吾、そんなことを言っている間に布団も畳み終わったことだし、なら次は」
「次は?」
「顔を洗って歯を磨いて――」
「すっげえ普通だな」
「歯磨き粉のスースーした感じが抜けたらキスをしよう」
 ああ普通じゃないな、すげえ機嫌良くしてるわこれ。そんなことをわざわざ前もって宣言してくるところもそうだけど、「したい」じゃなくて「しよう」ってとこからしても。でもまあ、そりゃあ最初に起きてからここまでの流れがこんなのじゃあ、そうなるしかないんだろう。
 あと、そんだけ機嫌が良くても歯磨き粉のスースーした感じには負けるんだな、なんて嫌味も浮かばなくはなかった。浮かべただけにしておいたけど。

 というわけで顔を洗って歯を磨いて、歯磨き粉のスースーした感じが抜けてキスもし終わったところ。
「しかし何だな、あんな夢を見たせいか」
「キスなら今しただろ」
「なんだ、一回だけで済むと思っていたのか?――はは、そうではなくてな、庄子に会いたいなという話だよ」
 いつものようにオレの足の上に座りながら、成美は尚も上機嫌そうだった。キスをした直後に上機嫌じゃなくなられても困るけど、という話は余所に置いておいて、そのキスをした直後に客を呼びたいとは中々に忙しいヤツだ。
「なんだかんだで金曜はよく来てるしなあアイツ。まあ来なくてもこっちから呼びに行けば喜んで出てくるだろうけど」
「そりゃあお前に呼ばれればな」
「はいはい」
 お前のほうがよっぽど慕われてるっつうの、なんて言ってみたところで今の成美に掛かれば反撃の機会にしかならなさそうなので、余計なことは言わないでおく。しかしだからといって泣き寝入りというわけでもなく――いやそもそも泣いてないけど、
「くおぉおぉおぉ」
 喉をゴロゴロしてやった。
 よっぽど猫に疎い奴でもない限りは知っているであろうこのゴロゴロ、ではそもそも何故喉を撫でることを「ゴロゴロ」なんて呼び方をしているかというと、それはこれをされた猫が喉をゴロゴロ鳴らすからだ。が、成美の場合はこんな感じなのだった。それでもそのまま「ゴロゴロ」って呼んでるけど。
「むう、お前は困るとすぐこれに逃げる」
「ただ単に困ってるよりはいいだろ」
「ま、まあそうなのだが」
 嫌がるどころか気持ち良さげにし、更に言えば顎を上げて自分からやりやすい状態に持っていったりまでしている以上、成美に非難はできないんだろう。できないからこそやっているという面もあるし、となれば逆に、されるようなことだったら初めからやってないわけで。別に嫌がらせでやってるわけじゃないんだし。
 精いっぱいの抵抗ということなのか、暫くそのまま喉を撫で続けてやったものの、それ以降は声を上げるようなことはない成美だった。
 とはいえたまに堪え切れずに声が漏れてきたりもするんだが、それがこう、なんていうか、喘ぎ声みたいで困ると言えば困る。同じスキンシップの一環ではあるにせよ、こっちはそういう体でやっていることではないんだし。いやそのは成美だってそうなんだろうけど。
「あ、そうだ」
「なんふあっ」
 ……せめて手を止めてから呟けばよかったか、つられて口を開いた成美は件の喘ぎ声まで一緒に飛び出させてしまうのだった。いや、普通に口を開いた時はそっちじゃなくて「くおぉおぉおぉ」でいいだろうがよ。
 ともあれそうなればオレとしては手を止めざるを得ないわけで、すると成美、「おほん」と咳払いをしてから改めて尋ねてきた。
「なんだ大吾?」
「なんかオマエ機嫌良さそうだし、今日は家でボーっとしてるよりは孝一に自転車借りてどっか出掛けたりとかどうかなって。庄子は来るにしても呼ぶにしてもどうせ四時とかになるんだし」
「ほほう、良さそうだな。となれば善は急げだ、日向が大学へ行ってしまう前に」
 金曜日は確か午後だけだったような気がするけど、まあいいだろう。もし部屋に上がらせてもらえたりするんだったらそれはそれでアリなんだし。

「せっかくだし上がって貰ったらー?」
 まあそうですよね。というわけで栞サン、玄関まで出てきたのは孝一だってのに部屋の奥からオレらを呼び込もうとしてくるのだった。
「だそうなので、どうぞお上がり下さい」
「うむ、お邪魔させてもらうぞ……って、ん? あれ日向、お前大学は?」
「金曜日は昼からですね」
「ああ、そうだったか」
 どうやら成美は本当に気付いてなかったようで、というのはさっきまでの様子を見てればそりゃそうなんだけど、なんせオレ自身が気付いていたのでついそんなふうに思ってしまう。
 つまり、あわよくば部屋に上がらせてもらおう、なんて打算を抱えてここに来たのはオレだけということだ。
「お邪魔しまーす」
 悪いな孝一、朝っぱらから。

「ごめんねえ、デートのところ引き留めちゃって」
「なに、そうは言っても所詮は午後までの暇潰しだしな」
 部屋に入り、元々座っていた栞サンと向き合うようにして座ったところで、早速と嫁さん二人がそんな遣り取り。まあデートってことになりますよね、この時間帯じゃあまだ買いものでもないし。
「午後まで? 何かあるの?」
「あるというわけではないんだがな。――ふむ、一から説明してみるか」
 言いつつ、何故かこっちを向いてニヤリと口の端を持ち上げてみせる成美だった。いやオマエ、意味は分かるけどオレに嫌がらせしてる場合じゃないだろ全部話すとなったら。あと隣に座ってるんならまだ分かるけど、膝の上に座ってこっち向くっていうのは動きが大き過ぎて全然こっそりしてないから。嫌がらせしてやるぞとか口で言っちゃってるのと変わらねえから。
 ともあれ、説明。
 孝一と栞サンならむしろこのほうが自然ってことになるんだろうけど、成美、本当に一から十まで全部説明してしまうのだった。夜中に声がどうのこうの、なんて話すらちょくちょくしてるわけだし、これくらいはまあ何でもないんだろう。
 ……と思ったら成美、ちょっと顔赤かったけど。いやだったら無理はしなくていいだろうに。
「その噛み跡ってまだ残ってるの?」
「ん? ああ、どうだろうな」
 孝一が尋ねてきたので、自分が確認するのも兼ねて左腕を突き出してみる。二度寝を挟んでるから時間はそこそこ経ってる筈だけど、そういえばそれ以降は気にしてこなかったな。
「ギリギリ残ってるなまだ」
「へえ、こんなとこをねえ」
 成美の説明だけで状況は充分伝わった筈なんだが、それでもわざわざ目で確認し、そのうえニヤニヤした笑みをこっちに向けてくる孝一。基本的には大人しいけど、案外こういうところもある奴だったりする。
「噛まれるのはねえにしても、位置関係のほうは別にオマエだってあるだろこれくらい」
「うーん……? あ、いやいや、そりゃああるよ? そりゃあね?」
「何を迷ってたんだよ今」
「いやいや、なんでもないよ」
 あからさまに何かある様子だったけど、さて突っ込んで訊くような所か否か、なんて考えていたところ、
「どっちかなーって話だよね、孝さん」
 自分を指差しながら言う栞サンなのだった。つまり、まあそれが腕かどうかは別にしても、枕にする側される側がどちらかという話なんだろう。
 ちなみに自分を指差していた栞サン、その指していた個所というのは胸元だったんだけど――うん、そこら辺は放置しとこう。女側が腕枕でもないだろうし、じゃあまあそういうことにもなるんだろうけど。


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