(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十四章 途上 五

2010-05-06 20:47:02 | 新転地はお化け屋敷
「そう言うからには、なにか問題があるのか? わたしからはそんなふうには見えんが」
 尋ね返したのは成美さん。ちなみに、ということでその成美さんの髪型ですが、身長に似合わないほど長い――というか小さい時の身長と同じくらいの長さなのですが――のはともかく、ストレートになりきれていないストレート、とでも言いましょうか。あちこちで癖っ毛がぴんぴんと飛び出していて、それがあまりにもあちこち過ぎて、単にストレートだとはどうにも言い難いのです。
 しかしまあそれがマイナスだというわけではなく、むしろ綺麗なんですけどね。触った時にふわふわで気持ちいいというのは栞さんが何度か言ってますし、見るだけにしたって見事に真っ白だっていうのもありますし。……僕が触ったら怒られるでしょうか、やっぱり。
 ――という個人的な話はともかく。
「いやその、前に兄ちゃんから『ガキっぽい』って言われたんで」
 そんな話が出た瞬間から全員の視線が大吾に集まり、そして当の大吾は気まずそうな顔になりますが、まあともかく話の続きを聞きましょう。
「その時は怒り返しましたけど、でも男の人から見てそう映るんだったら、あんまり良くないかなーって。なんせあたし、清明くんより二つも年上なんですし」
 二つの差を「も」と言ってしまうのには、自分と自分の彼女との年齢差のこともあるのでしょう、違和感を覚えないわけではありません。ですがしかし、中学三年生の庄子ちゃんと今年中学に入学したばかりの清明くんです。最高学年と最低学年ともなれば、やはり気にはなるでしょう。
「うーむ。すまんが、わたしには髪型から受ける印象なんてものはよく分からんな。運のいいことに、何の工夫もしていない今の状態がそれなりに好評だったりするものだから、考える気になったことがないというか」
「ああ、喜坂とか楓サンなんかはちょくちょく褒めてたりするよな。オマエの髪」
 家守さんはこの場にいませんが、この場にいる栞さんはそれに異論はないようで、まだその成美さんの髪に触ったわけでもないのに気持ちよさそうな顔なのでした。
 しかし、異論も出てきました。
「一番気に入ってるのは兄ちゃん自身だろうに」
 そりゃそうなんだろうけどね。
「一番とかそんな、比べられることじゃねえだろ」
「気に入ってること自体は否定しないんだ」
 そこまで言われたところ、大吾は黙ってしまいました。しかしそれは会話を中断したというより、沈黙を以って肯定とした、というように感じられます。もちろんそれは僕の勝手な判断ではありますが、しかし少なくとも、そっぽを向いてはいませんでした。
 せっかくなのでもう一つ勝手な判断をさせていただくと、大吾がわざわざ庄子ちゃんに突っ込まれるようなことを言ったのは、返事に詰まった成美さんのフォローだったりするんじゃないでしょうか? ええ、勝手な判断ですけど。
「庄子ちゃん、つまり、年上っぽい髪型がいいってこと?」
 勝手な判断はともかく、栞さんのその質問で、成美さんの件はすっかり流れてしまいました。
「あー、まあ、そういうことになるのかな。いやその、今の髪型がどうなんだろうっていうだけで、ならどうしたいっていうのは全然纏まってないんだけど」
 そう言われた栞さん、ふむ、と改めて庄子ちゃんの髪型を見定めるようにしました。
「今でも充分に可愛いとは思うけど、もっと良くだってできるよね。同じ可愛いにしたって、方向性はいろいろあるわけだし」
 その「いろいろな方向性」というのは、この場ではもちろん年上っぽさを指すのでしょう。現状のツインテールにその方向性を求めるのは、確かにちょっと厳しいかもしれません。
「……庄子ちゃん、今、髪ほどける? 切ったりはしないけど、いろいろ弄って実際に見たほうがいいかなって」
「あ、うん。ゴムで留めてるだけだからすぐ戻せるし」
 どうやらとても乗り気な栞さんの提案に、「いくらそれなりに親しいからって年も離れた男の僕がそんな瞬間を見ていいものなのだろうか」と気にはなりましたが、しかしそれは自意識過剰なだけだったようで、庄子ちゃんは躊躇うことなく髪を下ろすのでした。
「普通にしてりゃあ結構な長さになるんだな」
 真っ先に口を開いた大吾の感想は、そんな味も素っ気もないものでした。そりゃあ、実の妹に対して味も素っ気もある感想というのは、ちょっと変なのかもしれませんけど。
「そりゃまあ、そうでもないとゴムで纏めるなんて無理だし」
 そういう返事になるのも当たり前といえば当たり前なのでしょうが、しかしそれを聞いて僕は、短めな髪を彼氏からのプレゼントである青いリボンで無理矢理にぐるぐる巻きにしている女性を思い出すのでした。
 その女性というのはオカマさんを彼氏に持つ諸見谷愛香さんなのですが、背景を知ってさえいれば、あれはあれでチャーミングだと思います。ぱっと見は後頭部から突起が生えているようにしか見えませんけど。
 しかしはてさて当たり前ながら諸見谷さんは今ここにいないので、今ここにいる人の話をしましょう。誰の話になるかと言えば、もちろん庄子ちゃんなのですが。
 ――こっちのほうがいいとかそういうことでなく、普段髪を何らかの形に纏めている女性がそれを解いたところというのは、多少なりともドキリとさせられてしまいます。そりゃあ身内である大吾は別にどうとも思わないでしょうし、僕にしたって相手は結構年の離れた中学生ではあるわけですけども。
「なんか『年上っぽさ』ってことなら、そうしてるだけで良さそうな気がするかなあ」
 思うところがありながら何も言わないというのは、意見を求められている場でそれはどうなのよという気がしないでもないので、まあ言えるだけ言ってみました。
「そ、そうですか? 普段があれなんで、ちょっと手抜きしてる感があったりしますけど」
 何やら照れた様子の庄子ちゃんでしたが、しかしそこへ成美さんが腕を組みつつ言いました。
「何でもかんでも手間を掛けるだけが大人というものでもないだろう。手を抜くべきところできっちり抜けるというのはそれまでの経験則があってのことだろうし、ならばむしろ大人らしいとも言えるんじゃないか? 経験を重ねているというのは、つまり年を食っているということだからな」
 相対的な年齢ではこの中で最年長である成美さん(フライデーさんは正直、年齢の話だとどう扱えばいいのか分かりません)らしいお言葉。なるほど、言われてみればそうなのかもしれません。
「髪に限った話じゃあ、オマエのは手を抜いてるってより手間を掛けるって発想がないだけだけどな」
「ふん、必要を感じればいくらでも掛けてやるさ。『誰か』のおかげでそんなことにはならなさそうだし、だったら大人であるわたしは手を抜かさせてもらうがな」
 余計な茶々を入れてきた大吾に対し、成美さんはすかさず反撃。大吾がやり込められるのは見てて面白いからいいにしても、そこまであからさまにじゃれ合うんだったらもう口喧嘩の体裁を繕わなくてもいいんじゃないでしょうか? なんて。
 そして庄子ちゃんはそんな二人の様子にまた気分をほわほわさせているようでしたが、しかし今度はフライデーさんからのキスの寸止めを待つまでもなく立ち直り、自分で話題を続行させてくれました。
「えーと、日向さんから意見を一つ頂きましたが、他のみんなはどうでしょうか」
 まあ、当然僕の意見だけで結論とはならないわけです。それはもちろんのことなのですがしかし、
 成美さんは、髪型については意見が出せないと予め言っています。
 大吾は多分、相手が庄子ちゃんだという時点でまともに機能しないでしょう。
 ジョンはもちろん、フライデーさんとナタリーさんも、恐らくは成美さんと同じ立場。
 ……となると、もう。
「あれ?」
 各々が各々の視線を自分以外の誰それの間で泳がせ、その結果、当人を除いた全ての視線は栞さんに集中するのでした。だってそうなるしかないんですもん。
 自分が意見を求められていると察した栞さん、まずはおほんと咳払い。
「まず始めに、正直に言っちゃうと、自分の意見にあんまり自信はないよ? お洒落をした経験ってあんまり――というか、殆どなかったりするし」
 そりゃあずっと入院生活だったんじゃあ、という事情を知っているのはこの中では僕だけなので、その前置きが他の人にどう聞こえたのかは分かりません。が、そこはあまり重要ではないんですし、まあいいでしょう。
 自信がないという前置きの通り、栞さんはとてもとても自信がなさそうに言いました。
「……ポ、ポニーテールって、どうかな」
「ポニーテール」
 庄子ちゃん、感情のない声でただただその単語を復唱しました。それに対する評価の決定が、口が開いてしまうのに間に合わなかったのでしょう。
「大吾、ポニーテールというのはどういうのだ?」
「庄子がさっきまで左右に二つ縛ってたのを、後ろで一つだけ縛るようにしたって感じかな。多分、そういうことだと思う」
 という大吾の説明を受けて成美さん、大吾の言葉通りにまずは左右での二つ縛り、次いで後頭部での一つ縛り、と手でそれを再現してから、
「ああ、仕事中の家守か」
 と。なるほどそのほうが分かり易いですね。
「そうそれ!」
 すると今度は栞さん、成美さんをずびしと指差してえらい食い付きっぷりです。もちろん成美さんとしては予想外のことで、ならば面食らったような顔にもなってしまうのですが、しかし栞さんはそれに構わず話を続けました。
「『年上の女の人』って、なんとなくだけど格好良いってニュアンスも含まれてると思うんだよね。で、私が格好いいと思う年上の女の人っていうと、楓さんなの。だからそのイメージでポニーテールって――言って、みたんだけど……」
 そこまで根拠を述べておきながら何故にそこまで自信なさげなんですかというほどの失速っぷりでしたが、何はともあれそういうことだそうです。
「実例ありってことになると、それはそれでまた別の不安もあるかなあ」
 そう言いながら、庄子ちゃんは両手を頭の後ろへ。するとフライデーさんから「別の不安というのは?」と質問が出たりもするのですが、
「いやあ、あたしはその実例の人に近付けるんだろうかっていうね。さすがに髪型を真似しただけで家守さんみたいになれるってわけじゃないし」
 とのことでした。そりゃまあ、栞さんにとっての家守さんが格好良いという印象は、間違いなく髪型から来ているものではないんですしね。
「というのはともかく、えーと、どうかな」
 庄子ちゃんが頭の後ろにやっていた手を下ろすと、そこには立派なポニーテールが。――いや、ポニーテ-ルという形状をしていることに立派もなにもないというのは分かってますけど、まあともかくツインテールの時に使っていたゴムを使って、ポニーテールな庄子ちゃんの出来上がりです。
「実際に見てみても、私はやっぱりいいと思うなあ」
 発案者である栞さんは、満足しているようでした。
 庄子ちゃんへの返事としてはそれだけで充分だったのでしょうが、その楽しそうな表情から「栞さん自身、髪が長ければやってみたいと思ってたりするんだろうか?」なんてふと深読みしてしまったりも。
 もちろん栞さんが本当にそう考えているという確証があるわけではなく、あくまで僕の勝手な想像なのですが、そんな勝手な想像から更に勝手に話を進め、栞さんの髪が伸びるようになった光景に、これまた勝手ながら想いを馳せるのでした。
「でも、私の案を私が評価するっていうのもね。孝一くんはどう思う?」
 そうして名前を呼ばれた時にはもう勝手なことを考えている真っ最中だったので、危なく間の抜けた声を出してしまいそうになりました。が、それは何とか堪えて平静を装います。
「ああ、相手は清明くんなんですし、僕とか大吾の意見のほうが重要だったりするのかもしれませんね」
 そうやって話題を微妙に大吾のほうへ逸らしてみたのですが、すると庄子ちゃん、「おお」と感嘆の声を漏らしました。
 もちろん僕としてはそんな反応が相応しいような回答を用意しているわけではなく、なのでこれは、話題逸らしというせこい手を打ったつもりがそれ以前に回答のハードルを上げてしまった、ということになるのでしょう。一言で言うなら自業自得ってやつです。
 しかしともあれ、何かしら言わないといけないのには変わりありません。自分の発言のせいで「男から見てどうか」という条件が追加されてしまいましたが、まあ実際に男なわけですから大した問題にはならないでしょう。というわけで、その条件に合わせた答えを考えます。
「庄子ちゃん相手にこんなこと言っちゃっていいのかどうかは、正直言ってちょっと気が引けてるんだけど」
 思い付いた答えについてそんな前置きを入れることとなったのですが、すると庄子ちゃんの顔がやや強張りました。もしかしたら、色良くない返事が来ると思わせてしまったのかもしれません。
 が、そういうことではなく。
「うなじって、いいと思う」
 後ろ髪を全部纏めて括った庄子ちゃんは、首筋があらわになっているのでした。
 ……中学生相手に何言ってんだとかそういう批判は、もちろん間に合ってますとも。そういう自覚があるからこそさっきの前置きがあるんですし。
「大吾、うなじというのは何なんだ?」
 庄子ちゃんや栞さんからの反応がないまま、成美さんの質問だけが室内の空気を震わせます。
「このへんだな」
 質問を受けた大吾は、それまでと変わらぬ調子で自分の首筋をぺちぺちと。
「ほう。いいものなのか? 男からすると」
「んー、まあ人それぞれだろうけど、基本的にそういうことでいいんじゃねえかな。首って言っときゃいいのにわざわざうなじって呼び方があるくれえなんだし」
 その解釈はかなり乱暴なような気もするけど、でもまあもしかしたらそういうことだったりするのかもしれません。なんせ僕が「うなじ」という単語を用いた理由は、言い訳をする余地もなくそれなんですし。
「孝一くん」
 びっくうぅ、と背中が跳ね上がる思いでした。そんな思いをすると分かっていてなぜあんな返事をした、と今更ながらの後悔も。
「間違っては、ないんだけどね」
 もう思いっきりわざとらしい笑顔でした。そしてその「間違ってはいないけど」の後には、何の言葉も続いてきませんでした。
 ストレートに非難されるよりダメージが大きい気がするのは、気のせいでしょうか。
「あ、いやでもでも、あたしが訊いてるのってそういうことですし」
 庄子ちゃんは僕を庇うようにそう言ってくれましたが、しかしその笑顔には栞さんと同種のわざとらしさが窺え、しかもその手は自身のうなじを覆い隠しているのでした。まるで、誰かからの視線を嫌うかのように。
 それが清明くんの視線だったら嫌うどころか歓迎なんだろうなあ、なんて考えてしまったりもするのですが、すると自分との対応の差、そしてそんなことを考えてしまったというそれ自体について、余計に落ち込んでしまうのでした。
 庄子ちゃんと僕の両方が気分を斜めにしてしまっていたその時、そんなこと流されることなく、ナタリーさんがいつもの調子で言いました。
「好きな男の子から容姿を褒められるのって、確かに嬉しい以上に恥ずかしかったりするのかもね。私は経験がないし、うなじについてもよく分からないけど」
 恐らくそれは、「庄子ちゃんを褒めた僕と、それに対して困り気味な庄子ちゃん」という単純な一面を見て思ったことなのでしょう。僕が落ち込んでいるという部分をスルーしてくれてありがとうございます、ナタリーさん。
 で、それに対して庄子ちゃんですが、そんな良い意味で単純であるナタリーさんの話に、何やらはっとさせられたような表情でした。
「当たり前だけど、こういうのってあたしからの一方的なものじゃないんだもんね。――そっか、上手くいったからって何でもかんでも嬉しいことばっかりってわけでもないか……」
 上手くいかなかった場合に残念な気分になるのは、まあ当たり前のことです。けれども、じゃあ逆に上手くいったら残念の逆で常に嬉しい気分になるかと言われれば、今ナタリーさんが言ったようなこともたまにはあるのでしょう。
「あー、まだまだいろいろ考えが足りてないんだなあ、あたし」
 そういう結論に達した庄子ちゃんでしたが、しかしそれについては残念というわけではなく、むしろ嬉しそうですらありました。人柄について「気持ちのいい」という形容をするのは、こういう人物を前にした時ということになるのでしょうか。
「初めから全部足りている、なんてことはどの道ないだろうさ。あったとしても、それじゃあつまらんだろう?」
 そんなふうに続いたのは成美さんでしたが、いかにも年長者らしいことを言いながら、さっきからずっと後ろ髪を手で掴み、ポニーテールっぽくしているのでした。
 そこまでは事実として、一方これは考え過ぎになるのかもしれませんが、そうしてあらわになったうなじを大吾に見せ付けているふうにも。もちろんたまたま大吾との位置関係がそういうことになっているだけというのも、充分に考えられるんですけどね。
「それもそうですよね。――成美さんもやっぱり、足りてない部分ってあったんですか? 兄ちゃんとのことで」
「もちろんだとも」
 自信たっぷりにそう答えると成美さん、手で作ったポニーテールをばっさばっさと上下させます。なにぶん普段から結構な癖っ毛なので、それらが集まったポニーテールは開き切った松ぼっくりみたいになっていました。
 悪気がなくとも不快にさせること必死な例えなので、口にはしないでおきますが。
「例えば今だって、こうして初めて髪型に感心を持っていたりするしな。誰を相手取った感心かと言われれば、やはり大吾になるだろう?」
「ですよね」
「というわけで大吾、どうだこの髪型とうなじは」
「…………」
 大吾、すぐには返事ができないようでした。
 髪型はともかく、うなじというのはそんな積極的に見せにいくようなものではない気がするのですが、たった今うなじというものを知ったばかりの成美さんにそこまでを求めるのは酷というものなのでしょう。
 で、すぐには返事ができない大吾ですが、少し考える間を空けてから返事をし始めます。
「そもそも今してるのって、年上っぽさがどうのこうのって話だっただろ?」
「ああ、そうだな」
「うなじも多分そんな感じで、厳密に自分より年上とかそういうことじゃねえけど、なんつーかこう……可愛いとかじゃなくて色っぽいって感じの良さだと思うんだよ」
「ほう」
「だからオマエの場合、大人の身体だったら良い感じなんじゃねえかな」
「なるほど。確かにこの身体では、年上らしさもなにもあったものではないからな」
 なんとも曖昧な言い回しが多い大吾の話でしたが、しかし同じ男だからでしょうか、何となく同調してしまいました。アダルトチックな魅力とでも言いましょうか、女性のうなじに惹かれる時というのは、そういうものを感じているような気がするのです。
 ――となるとますます、中学生の庄子ちゃんにそれを感じた我が身を恥じることになるわけですけども。
「なんか兄ちゃん、地味に失礼なこと言ってない?」
 僕のことはいいとして、庄子ちゃんが大吾に不審そうな眼差しを向けました。
「言いたいことは分かるが庄子、わたしは何とも思わんぞ。この身体を子ども扱いされて怒るような時期はもう過ぎたからな。小さい時と大きい時で体格にこれだけの差があれば、それに合わせた似合う似合わないの一つや二つはあって当然だろう?」
 成美さんがそう言い、そしてそれは庄子ちゃんが言ったことと合致していたのでしょう、庄子ちゃんの目付きから刺々しさが抜け落ちます。すると成美さんは得意げに「ふふん」と鼻を鳴らし、
「これもまた、わたしには足りなかった部分ということになるんだろうさ。少し前なら、お前と同じように気分を害していただろうからな」
 とのこと。
 相手が尊敬の域にまで達していそうな成美さんであることを考えれば、不満があるというわけではないのでしょう。しかし庄子ちゃん、そう言われて浮かない表情に。
「あたし、そこまで大人になれますかねえ。いやもちろん、そんなこと心配する前にまず清明くんと……その、そういう関係になれるかどうかっていう問題が、あるわけですけど」
 きっと、本題である前者よりも後者のほうが気になる度合いが上だったるするのでしょう。
「心配するな。そう難しいことでもない――というかむしろ誰でもそうなって当たり前というくらいのことだろうし、それすらできないほどの馬鹿者となると、普段から目で見て分かるほどの馬鹿さ加減だろうしな」
 なかなか辛辣な言い回しをする成美さんでしたが、要は普段からしっかりしている庄子ちゃんにその心配はないとか、そういうことなのでしょう。
「それに考えてもみろ。お前がいつも馬鹿扱いしている大吾ですら、その点に関してはきちんとしているんだぞ?」
「そう言われてみたら、それもそうですね」
「さすがに怒るぞオマエら」
 そこで怒るから馬鹿扱いされるんじゃないだろうか、と思わないでもないですが、まあ大吾だって本気で怒っているわけじゃなし、これ以上弄くるのはやめておきましょう。
「ふふ、では怒られる前に退散するか」
「どこ行くんだ?」
 立ち上がった成美さんに大吾が声を掛けましたが、それから返事までの間に成美さんが向いた方向から、私室へ行こうとしているのは誰の目にも明らかでした。となれば、では私室に何の用があるのかということになりますが、
「着替えだ。大きい身体のほうが合うんだろう? うなじの良さというのは」
 だそうでした。同じことをついさっきも思ったのですが、うなじというのはそう「さあさあ見せるぞ見せるぞ」という姿勢でアピールするものではないと思われます。
 しかし僕を含めてそれを成美さんに伝える意思のある人は誰もおらず――もちろん、そんなことを考えたのが僕だけだという可能性もあるのですが――なので成美さん、そのままぴしゃりとふすまの向こう側へ。
「まあでも、不安に思うことが悪いってわけでもねえと思うけどな」
 ふすまの閉じる音から一拍置いて、大吾が唐突にそう言いました。一瞬何の話をしているのか分かりませんでしたが、しかしそれはあくまで一瞬です。僕にとっても、他のみんなにとっても。
「そうなの?」
「なんでオマエの言う大人になろうとするかっつったら、その理由ってやっぱ『不安があるから』ってことなんだろうしな。問題が何もねえんだったら、変わる必要もねえわけだし」
「あー、まあ、それもそう……なのかな?」
「それだけってわけじゃねえだろうけど、そういうことが全くないってわけでもねえと思うぞ。オレと成美は多分、そうしてきたんだろうと思うし」
 成美さんの名前が出たから、というわけではないのでしょうが、庄子ちゃんは黙り込んでしまいました。しかしそれは会話の放棄ではなく、思考を巡らせ始めた結果のように窺えました。だからと言って、その思考の内容が口にされるということはなかったのですが。
 首に巻き付くようにして庄子ちゃんの肩にその身を預けているナタリーさんは、そんな庄子ちゃんの顔を覗きこんだ後、しかし庄子ちゃんに声を掛けるようなことはなく、その代わりのように大吾へ声を掛けました。
「これからも、そうなんですか?」
「そうだろうな、多分」
 不安があるという話を、しかも「多分」と曖昧な言い方をしながら、けれど大吾は毛ほども不安そうにはしていませんでした。むしろ、軽く笑ってすら。


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