(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十四章 途上 四

2010-05-01 21:06:33 | 新転地はお化け屋敷
 で、そのいい気分のままあまくに荘に到着し、自分の部屋へ向かって二階の廊下を歩いていたところ、
「お帰り、二人とも」
 202号室の網戸の向こうから、成美さんにお出迎えされました。今朝、買い物から帰って来た時も全く同じことがありましたっけね。小さい身体っていうのも同じですし。
「ただいま、成美ちゃん」
 栞さんがそう返事をし、僕もそれに続こうとしたのですが、するとそこへ部屋の奥から声が。聞き間違いでなければ、それはどうやらナタリーさんの声だったように思います。
「ナタリーさん、来てるんですか?」
 ということはフライデーさんとジョンも一緒なんだろうな、と即座に思い浮かんだのですが、
「うむ。庄子が来ていてな」
 そこまでは思い浮かびませんでした。といって、意外だというわけでもないですけど。
 そしてそういうことになれば、
「お前達もどうだ?」
 ということになるわけです。それが一連の流れであるならば、成美さんの質問に対する僕と栞さんの返事もまた、一連の流れということになるのでしょう。
 散歩の時に出た庄子ちゃんの話題のこともあって、いつも以上に楽しみに思ってしまったりも。とはいえ庄子ちゃんからすれば、あんな話題を持ってこられたりしたら、それはいい迷惑なのかもしれませんけどね。

 何はともあれそういうわけで、
『お邪魔します』
 202号室に客が二人追加です。もちろん荷物を自分の部屋に置いてくるぐらいのことはしましたが、呼ばれて即駆け付けたということに変わりはないでしょう。でもまあ、いつものことですしね。
「こんにちは」
 四時を少し回ったところ。その現在の時刻を考えるに、人当たりのいい挨拶をしてくる庄子ちゃんも、まだここへは来たばかりなのでしょう。けれども早速というか何というか、ナタリーさんを首に巻いているのでした。
 僕と栞さんが「こんにちは」を返し、すると庄子ちゃん、何やら照れ臭そうに頬をぽりぽりと指で掻きながら言いました。
「さっき、ナタリーにキスされちゃいました。ここにですけどね」
 言い終わる頃には指の動きが止まり、頬を掻くのではなく指差しています。今現在の状態からして顔と顔が近いので、その瞬間の様子を想像するのはそう難しくありませんでした。
 一方でナタリーさんですが、
「清さんから教えてもらったんです。口と口でなければ、友達の間柄でもキスをすることがあるって。……ああ、もちろん、したのは庄子ちゃんの了解を得た後でしたけど」
 とのこと。清さん、間違ってはいませんが、どちらかと言えばそれは異国の文化なんじゃないでしょうか。いやまあ、異国とか言われてもそれは人間的な事情なんですけど――っていやいや、そんなこと言ったら「そもそもキス自体がそうだろう」ってことにもなるんですけどね。
「いやあ、いきなり『キスしてもいい?』なんて言われた時には何事かと思いましたよ」
 そりゃそうだろうねえ。僕だって友人からいきなりそんなこと言われたら――男同士というのが考慮に含まれるべきことなのかどうかは難しいところだけど――やっぱり、結構驚くことだろうし。
 でもまあ、ナタリーさんは予め庄子ちゃんの了解を得たと言っているわけですから、微笑ましい光景ということで決着させておくべきなのでしょう。惜しむべきは、その微笑ましい光景をこの目で見られなかったことでしょうか。
「それでねえ、孝一君栞君。酷いと思わないかい?」
 ん? 何でしょうかフライデーさん。いや、その前に一体どこに――ああ、ジョンの毛に紛れてたんですか。温かそうですね。
「私もナタリー君に倣ってみようとしたら、却下されちゃったんだよ? しかも庄子君本人からでなく、大吾君にだよ。どう思う?」
 ……どうなんでしょう、それは。
「そもそも私にはみんなみたいな形での『口』ってものがなくてさあ、キスと言っても実際は鼻っ面を押し当てるだけなんだよ? まあ、鼻だってないんだけど。大吾君だったらそれくらい知ってるだろうに、それでも駄目だって言うんだよ? 何なんだろうね、この仕打ちは。およよ」
 自分の頭で答えを模索する前に、大吾の顔色を窺ってみました。
 知ったことか、と言わんばかりの冷めた表情でした。そしてその冷めた表情は僕が送る視線に気付き、すると冷めた表情なりの冷めた口調で、話し始めました。
「普段から人間のオッサンみてえなことばっか言ってっからだよ。女の子がどうとかこうとか」
 明快なお話でした。
「そんな、冗談に決まってるじゃないか大吾君。私はこれでも人間じゃなくてセミの抜け殻だよ?」
「どうもこうもなく完璧にセミの抜け殻だっつの」
 ……まあ、セミの抜け殻であることは当然として、冗談だというのもまた本当なのでしょう。
 以前「女性の胸は出っ張ってて掴まり易い」なんてことを悪気なく、冗談ですらなく言ってしまい、それを女性陣(特にその時点ではまだ自分の胸のサイズを気にしていた成美さんとか)から責められた際、責められる流れになったことに驚いたりしてましたし、ならばつまり、フライデーさんが発揮しているのは本物のスケベ心ではなく、あくまで「スケベな人間の真似」なのでしょう。
 どこで覚えたんですかそんなもの。
「うう、どうしてもお許しは出そうにないなあ……。じゃあ孝一君、君はどうだい?」
「え、僕ですか?」
「うん。栞君にキスしちゃうぞーとか言ったら、今の大吾君みたいに嫌がるかい?」
 ああ、僕がされるのかと思いましたよ。
 というのはともかく、そんな質問をされると栞さんの顔色を窺いたくはなるのですが、しかし尋ねられているのはそういうことではないのでしょう。栞さんがどう思うかではなく、栞さんの恋人であるところの僕がどう思うのか、という質問なんでしょうし。
「まあ、駄目だとまでは言いませんかね。ああでももちろん、口と口でってなると話は別ですよ?」
「ほほう、それは有難い話だね。で、当の栞君はどうかな」
「その前後に変なこと言われたりしないんだったら、別にいいよ?」
 返事の前段に力が籠っていた栞さんでしたが、一方。
「ほ、ほほう……」
 なんとも返事に力の籠らないフライデーさんでした。ということは、変なことを言うつもりだったのでしょう。まあわざわざ「スケベな人間の真似」ということでキスを迫っているわけですから、そうでないとむしろ妙なんですけどね。
 ――というわけでフライデーさん、せっかく「別にいいよ」と言われたにも関わらず、それを行動には移さないのでした。
 するとそこへ、ナタリーさんがこんなことを申し出ました。
「じゃあフライデーさん、私にキスしてもらえませんか? さっき庄子ちゃんにしたばっかりですけど、されてもみたいんですよね」
 ナタリーさんらしいといえばそうなのですが、ナタリーさんを基準にしないと頭を捻ってしまいそうな話でもあります。
「うーん、変なことを言っても通じなさそうというか……」
「え、何か言いましたか?」
「いやいや何でも。そうだね、そういうことならご厚意に甘えさせていただきます」
 キスをされても構わない、ではなくキスをしてくれという話なので、栞さんの時のように流すのは躊躇われたのでしょう。しかしだからといって、ナタリーさんに「スケベ心から来る冗談」を言ったとして、それは冗談で済むでしょうか? 好奇心旺盛なナタリーさんのこと、スケベ心についてあれこれ尋ねられるようなことになるのではないでしょうか。
 ――というようなことをフライデーさんも考えたのかどうかは分かりませんが、ジョンの体からふわりと浮きあがると、そのままナタリーさんの小さな頬にキスをし、そして冗談を言わないまま礼だけを言うのでした。
「いやあ、ありがとねナタリー君」
「いえいえ、こちらこそ」
 フライデーさんがそこで礼を言うこと自体、もしかしたら冗談の範疇だったりするのかもしれません。が、案の定ナタリーさんは普通に返事をするのでした。
 というわけで、キスの話についてはこれで一件落着です。
 では次に出てくる話は何なんだということになりますが――しかしそういえば、誰かからの話題提供を待つまでもなく、僕から話すべきことがあるんでした。
「あー、庄子ちゃん」
「何ですか?」
「今日ちょっと、明美さんに会ったんだけど、その時に清明くんの話になってさ」
 清明くんとはどうなんだい? なんて、それこそフライデーさんみたいなことを言いたいわけではなく、
「明美さんから、庄子ちゃんに会うことがあったらお礼を言うように頼まれたんだよ。清明くんが最近、清さんのことで気持ちの整理ができてきてて、それでそれは庄子ちゃんのおかげだからって」
「えっ、いきなりそんな。……あたしがですか?」
「うん。聞き間違えようもないし」
 この話は今日の散歩の時にもしたので、もしかしたら僕が言うまでもなく大吾や成美さんとかから既に聞いたりしてるんじゃないだろうかとも思ったのですが、どうやらそうではない様子。
 そして初めて聞くのならそういう反応になってしまうであろうことは何となく想像できていましたが、実際にこの目で見ると、奥ゆかしいというか何というか。まあ、改めていい子だなと。
「確かにまあ、学校でそれっぽい話をしたと言えばしましたけど……でもそれ、相談されたとかじゃなくて、遠回しなお互いの身の上話みたいなものだったんですけど。だって学校ですもん、人がそこらにいるのに何から何まで喋るっていうのも」
「家に遊びに来てもらって、とかじゃなくて?」
 それがもし大吾の台詞だったりしたら、庄子ちゃんはまた怒って「んなわけあるか!」ってな感じに蹴りの一発でも入れていたのでしょうか? しかし実際は大吾でなくナタリーさんだったので、ならばそれとはかけ離れた対応になります。
「いや、そこまではちょっと」
「そうなの? 好きとかじゃなくても、友達ではあるんでしょ?」
「うーん、男友達かあ。言ってみればそういう関係ってことになるんだろうし、現にそういうのが清明くんの他にいないってわけでもないんだけどねえ」
 男友達がいる、というのは初めて聞きましたが、しかしまあ庄子ちゃんの性格ならいてもおかしくないというか、いないほうがおかしいくらいなのかもしれません。と、一応は男友達ということになるのであろう大学生は思うのでした。
「まあ、それにしたって男子だけを家に呼んだってことはないけどさ。女子に交じってって感じだね、そんな時はいつも」
「へえ、そういうものなんだ」
 男女がどうこうの前に「自分の家」というものが割と特殊な扱いだったり、ということでいいんでしょうか? ともかく、そういう面でもなかなか面倒なのです人間というものは。いやそりゃあ、全く構わずに誰でも家に呼んじゃうって人も中にはいるんでしょうけどね。
 ……あれ?「中には」どころか、ここのみんながそれに当て嵌まるような。
 しかしそれはいいとして庄子ちゃんですが、何やら気難しい表情です。ナタリーさんとの会話にそうなる要素があったようには思えないのですが、はて。
「ナタリー……というか、みんなに言っておきたいことがあるんですけど」
 はい。
「今日はそもそも、それを言うために来たようなものなんですけど」
 はい。
「あたし、やっぱり清明くんが好きです」
 はい。はい?
 驚きました。驚くようなことではない筈ですが、驚きました。あまりに唐突だったんで自分でもよく整理ができてませんが、とにもかくにも驚きました。
 ――周囲を見るにどうやらそれは僕だけではないらしく、では誰が一番初めに整理をつけて庄子ちゃんに声を掛けるかですが、一拍置いた結果、それは栞さんということになりました。
「あの、庄子ちゃん、気持ちがはっきりするのはいいことなんだろうけど、それをここで言っちゃって大丈夫? みんないるんだし――ああ、大吾くんとかは、いいのかもしれないけど」
「いや、オレだって正直疑問なんだけど」
 こういうのって、気の迷いで親しい友達一人に誰が好きかを教えたらその友達から他の友達にバラされた、というのが一般的な拡散のしかたじゃないでしょうか。それが、尋ねられてもいないのに自分からみんなに言ってしまうというのは、どういう?
「でもほら栞さん、最近はこの話ばっかで、なのにあたしが好きかどうかはっきりさせてないから、話が変にややこしかったでしょ? だからもう、いっそのことっていうか」
 正直なところを言ってしまうと、みんなもう庄子ちゃんは清明くんを好きだと認識しちゃってたんじゃないでしょうか。とはいえもちろん、話をする際には「まだ好きかどうか分からない」という体で話をしてましたけど。
 ならやっぱりややこしいと言えばややこしいのかな、なんて思ってみたところ、庄子ちゃんは慌ててこう付け足しました。
「……あっ、当たり前だけど、『ややこしいから好きってことにした』とかそういうのじゃないよ? 本気、本気の話」
 そりゃもう、言われるまでもなく。
「でもさあ庄子君。そうなると、『じゃあどこで好きだって確信したの?』って話になっちゃわないかい?」
 ジョンの毛の隙間からひょこりと顔だけ覗かせているフライデーさんから、そう考えて妥当であろう質問が。しかし庄子ちゃんとしても、そういう質問をされることは織り込んだ上での告白だったのでしょう。驚くようなこともなく、はっきりした口調で返すのでした。
「それだけかって思われるかもしれないけど、学校で何度か話してるうちに、だね。さっき言った遠回しな身の上話なんかも含めて」
 すると栞さんと成美さん、
「ううん、それだけで充分だと思うよ」
「うむ、わたしもそう思うぞ」
 と。それは自分の経験と照らし合わせた意見だったりするのだろうか、なんて考えると、不必要に照れてしまったりも。一方で大吾は、さすがに自分の妹の話だからか、僕ほど気楽ではないようでしたけど。
「清明くんはそれ、知ってんのか?」
「うぇっ!? いや、まさかそんなわけないじゃんか」
「いや、呼び方が楽くんから清明くんになってるし。まあそれだけでどうこうって話でもねえだろうけど」
「そんなん当たり前じゃ――って、そっか。兄ちゃんはそうだったんだよね」
 強い口調での否定をしかけた庄子ちゃんでしたが、しかしそれを踏み止まっての納得。「兄ちゃんは」ということで大吾が成美さんからどう呼ばれていたかを考えると、言われてみれば、と。
「確かにわたしが大吾を大吾と呼ぶようになったのは、今の関係が成り立ってからだな。大吾のほうは初めからわたしを成美と呼んでいたが」
 それは大吾と成美さんが一緒にこの部屋に住み始めてからのことで、それ以前の成美さんは大吾を「怒橋」と呼んでいたのです。呼び方がどうあれ仲が良かったのは変わりないんでしょうけど、しかしそれで一つ関係が進んだというのも、事実としてあるのでしょう。
 すると大吾、ここでやや気落ちした表情に。照れたり喜んだりなら分かるにしても、どうしてこの場面でそういう顔に?
「……まあ今だから正直に言うけど、見た目がこんなんだから軽く見てたってのはあるんだけどな。喜坂と楓サンが下の名前で呼んでたってのもあって、じゃあオレもそれでいいかって感じで」
 見た目がどうあれ大人の女性だと分かっている相手を初めから名前で呼び捨てというのは、不自然といえば不自然にあたるのでしょう。しかもその「小さな女の子」が今では妻なんですし、思い返せばいい気分はしないのが道理というものなのかもしれません。
 というわけで大吾がこんな表情なのはそんな理由からでしたが、
「いいじゃないか、わたしだって庄子や清明を下の名前で呼んでいるんだし。もちろん、怒橋と楽が既にいてややこしいから、というのもありはするが」
 成美さんはまるで気にしていないようでした。
 猫である成美さんと人間である大吾では名前というものに対する認識がどうのこうの、という話はあるのでしょうが、当人はともかく周囲の人間がそこまで口出しするのは野暮というものでしょう。大吾もハッキリとした口調や動作ではないものの、成美さんの話に頷いてはいるようですし、ならばそれはそれということで。
 一つの話題が終わったならば、その大元である「庄子ちゃんと清明くん」の話題に戻ってしかるべきなのでしょう。ではそうして戻るために司会進行を務める誰かが必要になるわけですが、今回のその役は流れ上、庄子ちゃんということになるのでしょう。なんせ庄子ちゃん自身の、しかもデリケートなものとして扱うべき話題なんですし。
 ……しかしその庄子ちゃん、司会進行なんてすっかり忘れて仲の良さそうな大吾と成美さんに見惚れていました。どうしましょう、話が進みません。
 とはいえ、司会進行役である以前に庄子ちゃんはこの場の主役であり、ならばその庄子ちゃんが幸せそうにしているなら、このままぼーっとしているのもアリということにはなるんでしょうか。
「隙ありーッ!」
 ふやけた空気に突然の緊迫感をもたらした声の主は、フライデーさん。僕が気付いた時にはジョンの体から勢いよく飛び出し、庄子ちゃんに迫っているその最中でした。
 隙があったとして何なんですか、と突っ込みたくなるもそれが間に合うわけもなく、その勢いのままフライデーさんがどうしたかというと――
 庄子ちゃんの頬に、優しく触れるのでした。
 少し前の話を思い返すに、それはきっとキスだったのでしょう。
「えっ?」
 庄子ちゃんが小さく声を上げました。
 そして、間。
「……清明くんが好きだっつった直後に何やってんだおい!」
 初めに動いたのは大吾でした。怒っているというわけではないようですが、しかし必死ではあるようです。
「ああいやいや大吾君、もちろん冗談だよ?」
「冗談かそうじゃねえかの問題じゃねえっての! したかしてねえかの――」
「待って待って兄ちゃん。触れてないから。寸止めだったみたいだから」
 ……というわけで、したかしてないかの意味でも冗談なのでした。となれば、大吾も大人しくならざるを得ません。
「えーと、じゃあ話を戻して――ってもしかして、あたしがぼーっとしてたから話が止まっちゃってたとか?」
「ふっふっふ、そのおかげで私は隙を突けたわけだけどね」
「ありがとうね、フライデー」
 フライデーさんにその意図があったかどうかは分かりませんが、フライデーさんのおかげで話が再開することになったのは事実です。しかしそれにしたってあまりにもさっぱり礼を言う庄子ちゃんは、恐らく寸止めでなく本当にキスをされていても全く平気なのではないでしょうか。
「えーと、あたしの話に戻る前に、もう一つ参考意見、いいでしょうか」
 えらく畏まりながらそう言いつつ、庄子ちゃんが視線を送っていた相手は、
「私?」
 栞さんと、それにどうやら僕も含まれているようでした。
「栞さんと日向さんって、『孝一くん』と『栞さん』でしょ? そうなったのはどういう時期からなのかなって」
 つまり、大吾と成美さんがしていた話と内容は同じなようです。
 ……しかし、残念ながら全く参考にはならないでしょうが、
「それが、初めて会ったその日からずっとこうなんだよ。確か、栞さんのほうから名前で呼ぶように言われたと思うんだけど」
 そうでもないと、初対面の女性(女性に限った話でもないですけど)を下の名前で呼ぶというのは、僕にはちょいと無理そうですし。自分で自分にそんな評価を下すのも変な話かもしれませんけどね。
「いや、そっちのほうが親しみやすいかなって。だって孝一くん、あの日は叫んだり気絶したりで大騒ぎだったし」
「何度言われても恥ずかしいですねえ、そのことは」
 だからこそ栞さんも話題にするんでしょうけどね、というのはともかく、庄子ちゃんが「何ですか? それ」と。加えて、その肩の上のナタリーさんも興味ありげな様子です。
 そういえばどちらにも話したことはなかったっけ、と思うと同時に、人間の目から見て表情の変遷がまるでないナタリーさんの気分を何となく察せられていることに、気付いてからちょっとばかり驚いたりも。
 というわけで、ここへ引っ越してきたその日の出来事の説明を手短に。恥ずかしい過去の暴露、と言い換えても違和感のなさそうな内容ではありますが。
「――へー、ちょっと意外です。日向さんって、何でもニコニコしながら受け入れてそうですけど」
 と、庄子ちゃん。
「同じ感想ですねえ。私をここに連れて来てくれたのも、日向さんと喜坂さんですし」
 と、ナタリーさん。すると続けて庄子ちゃん、
「あ、その話も聞きたい」
 話が更によその方向へ広がってしまいましたが、まあともかく、いい印象を持たれていたというのは素直に嬉しいです。それに実体が伴っていればもっと素直に喜べたんでしょうけど、そこまでの贅沢は言いますまい。
「ナタリーの前でこんなこと言うのもあれですけど、家に蛇を連れて帰るって、なかなか凄いですね日向さんも栞さんも」
「多分、私がしつこく追い掛けたからなんでしょうけど……」
 何となく申し訳なさそうにするナタリーさんでしたが、こちらとしてはもちろんそれを悪く思うようなことはありません。そりゃあ蛇ということで初めて会った時は戦々恐々でしたけど、今ではすっかり可愛げのある女の子という印象ですし。庄子ちゃんがされたというキスをもしも僕がされたら、心拍数が上がるくらいはするだろうというくらいに。
 無用に気落ちするナタリーさんにどう声を掛けたものかと逡巡していると、その答えが出るよりも前に、ジョンが庄子ちゃんの膝元へ歩み寄り、ナタリーさんを見上げるようにしました。
「ワフッ」
 尻尾を振りながらの軽い一吠えに、ナタリーさんはジョンのほうへ顔を突き出し――そしてそのまま、鼻先にキスをしました。
「そうですよね。ありがとうございます、ジョンさん」
 こればっかりは、言葉が通じなくとも言いたいことを察せられるのでしょう。
「おやおやジョン君、マンデーというものがありながら」
 ナタリーさんの返事に満足したのか、その場でジョンが座りこんだその時、フライデーさんが不穏な一言を。しかし、
「ああごめんよマンデー、もちろん冗談だって。いや、分かってる、分かってるとも」
 即座に怒られてしまったようでした。今日のフライデーさん、なんだかこんなのばっかりですね。
 それはともかく、
「えー、話を戻します。自分から質問しといて脱線ばっかでごめんなさい」
 と、庄子ちゃん。面白いからいいんだけどね、こっちとしては。
「呼び方に関してはまあ、栞さんと日向さんみたいな例もあるみたいなんで、自分の状況に合わせて臨機応変にってことにしておいて……その、本当に真面目な質問なんですけど、いいですか?」
 庄子ちゃんが敬語を使う相手というのは、この場においては僕と成美さんだけということになりますが、しかしどうやらその質問はこの場の全員に向けられているようでした。
 年頃の女の子からの真面目な相談ということでやや緊張もしてしまいますが、さて、その内容は。
「あたしのこの髪型って、どうなんでしょうか」
 庄子ちゃんのこの髪型。それはいわゆる、ツインテールというものであります。
 ……どうだと言われると、似合ってるとか可愛いとか、そんな返事しか浮かばないんだけど、そういうことでいいんだろうか?


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