(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十六章 日向家 二

2012-02-10 20:34:48 | 新転地はお化け屋敷
 どうやら栞自身ですら「酒が絡む際の理想的な僕」ははっきりさせていなかったらしく、だったら僕がそれを実践するだなんてことは無理なわけで、ならばどうやら「残念ですが諦めてください」と言う他ないようでした。
 が、しかし栞、僕がそんなことを言おうとしているのを知ってか知らずか、その前に行動を開始。半てるてる坊主と評したその毛布スタイルを崩さないまま、もそもそと僕へ寄り添ってきたのでした。
「えへへ、前にもあったよねこういうの」
 この後栞がどういう行動に出るかを予測するに――ええ、確かにありました。そうか、だから僕は「半てるてる坊主」なんてネーミングセンスを発揮してしまったのか。前も確か、てるてる坊主がどうの言ってたような気がするし。
 というようなことをしっかり考えてから「そうだね」という返事をしようとしたのですがしかし、栞はそれを待ってはくれず、たった今予想した通りの行動に打って出たのでした。
 コートをおっ広げる変質者、という表現はどうかと思いますが、思い付いてしまったので仕方がありません。コートの代わりに毛布をおっ広げた栞は、抱き付くようにしてその毛布の中へ僕を仕舞い込んでしまうのでした。
 頭が二つのてるてる坊主、なんて言ってましたっけね、前回は。
「いや、別にいいんだけどさ」
「ん?」
「唐突だったなあって」
 そりゃまあ今は二人だけでいるわけですから、こういうことになるのは構わないというか、むしろ歓迎するところではあるのです。けれどそれにしたって、酒の話から急にこうなるっていうのは脈絡がないというかなんというか。
「うーん、これでも一応、思うところあってこういう行動に出たわけなんだけど」
 至近距離にある顔を、多少しかめさせてみせる栞。そういう顔をするほどであるなら、こちらとしても耳を傾けないではありません。
「ほう。その思うところというのは?」
「このあと作業に入って、で、それが済んだらケーキ食べてお酒飲んででしょ?」
「その予定だね」
 飲むのは栞だけではありますが。
「息がお酒臭くなっちゃったらこっちとしてもやっぱり躊躇うしさ、こういうの」
 なるほど確かに、この位置関係で酒臭い息を吐かれるとなると、それは辛いものがあるのかもしれません。
 けれど、それとはまた別に思うところが一つ。
「そんなことになる頃には栞、もうすっかり酔っ払っちゃってるんだろうけど、だったら躊躇うとかそういうのはすっ飛んじゃってるんじゃ?」
 酒が好きな割にはすぐ酔ってしまい、酔ったら酔ったで結構残念なことになってしまう栞。今更それ自体をどうこう言うつもりはありませんが、しかし少なくとも、そういう展開にはなるんじゃなかろうかと。
 しかし栞、少し口調を強めて「だからこそだよ」と。
「酔ってからだと平気でそういうことしちゃいそうだから、今のうちに満足しておくの。後でそういうことしちゃわないように」
 酔った後に甘えるであろう分いま甘えておき、そうして予め満足しておくことで酔った後の自分の行動を抑制する。理屈としてはそういうことなのでしょうが、果たして。
「上手くいくの? それ」
「自身はないっ」
 毛布の中で胸を張る栞なのでした。分かり辛いなあそれ。
「まあでもそういう思惑があってこういうことしてるわけだから、酔った私がこれと同じようなことし始めたら、その時は拒否してくれていいからね?」
 らしい考え方、ということでいいのでしょう。未来の、しかも酔っぱらった状態の自分にすら厳しい栞なのでした。
「嫌だなーって思ったらそうするけどね」
 ならば僕のこれはどうなのでしょうか? らしいかどうか、という視点で見るのなら。
「……もう」
 まさか僕がこういう返事をすると予想できなかったわけではないでしょうに、照れ臭そうな表情をみせる栞なのでした。
 相手が栞である以上、嫌だなんて思うわけがないのです。だって僕ですし。
「そこで嫌がられなかったら私、今のこれ、ただ単に甘えてるだけになっちゃうよ?」
「それが駄目な人はそもそもこんな甘え方してこないと思うけどね。二人して同じ毛布に包まるって多分、ただ単に甘えるだけにしてもよっぽどだと思うし」
「うむむ、そう言われちゃうと何も言い返せないけど……」
 真面目に悔しそうな顔をする栞。ころころ表情が変わって見ていて飽きないなあ、なんて思っていたらばその瞬間にもまた変わり、今度は思案顔。
「うーん、私、なんで自分のことを自分で否定して孝さんから肯定されてるんだろう?」
「有体に行っちゃうと、馬鹿っぽいよねえ」
「……ぐぬぬ、こんな単なる暴言にすら何も言い返せないなんて」
 そしてまた悔しそうな顔に。
 自分でも甘えていること自体は認めていて、その最中にこれなんだもんなあ。……なんて呆れだか親しみだか判然としない感想を持ったところで、だったらいっそ、と。
 これまで、「毛布で包む」ということのみを目的とした緩い抱擁を受け入れていた僕は、逆にこちらから思い切り栞に抱き付きました。
 すると栞、「わっ!?」なんて大袈裟なくらいに驚くのでした。
 今更そんな、甘えるってこういうことなんだろうに。
「こ、こうさん?」
「やきもきさせられるくらいだったらってことで、こっちから甘えに行くことにした」
「……そっか。あはは、ごめんね。そういうことになっちゃうよね、どっちつかずだと」
「ちなみに、こっちも人のこと言えないくらい馬鹿だってことはちゃんと自覚してるから大丈夫」
「ふーん? もしそうだとしても、馬鹿でいてくれてありがとう、かな。こっちとしては」
「どういたしまして」
 何とも妙なお礼の言葉でしたが、しかし甘んじて受け入れておきました。
 そういうものでもあるんでしょうしね、夫婦とか家族とかの近しい間柄って。みんなで集まっていた時に清さんが言っていた、「呆れてくれる人は案外貴重なもの」に近いような気もしますし。
「馬鹿大好き」
「それは意味が違ってくると思う」
 嘘ではないんでしょうけど。
 もちろん栞だって分かっていて言ったんでしょう、僕の突っ込みに特に反論することもなく、ただちょっとだけ恥ずかしそうな笑みを浮かべるばかりなのでした。
 ううむ、嫌ってわけじゃないけどこれはこれでまた馬鹿らしいやりとりだよなあ。
 なんて思っていたところ、そういえばと。
「そういえば、栞が寝てる間に成美さんと大吾が来てさ」
「そうなの? なんだ、起こしてくれれば良かったのに」
「ああいや、自転車を借りに来ただけだったからね」
 と、本題はそこではなく。
「その時こんな話題が出たんだけど、栞、夫婦でデートするってどう思う?」
「へ? どう思うって、当たり前なんじゃないの? 夫婦なんだし」
 なんともあっさり答えが出た――とも思いましたがしかし、今の説明では質問の意図が伝わってないかもしれないな、と。栞が浮かべている僕の頭の中身を疑ってそうな表情も、そういう意味なのかもしれませんし。
「あーっと、するかしないかって話じゃなくて、夫婦だとデートって言葉を使うより一緒に出掛けるって言い方をした方が合ってないかなっていう」
 すると栞、視線をやや上方へ逸らして考える姿勢。抱き合ってる体勢でそうされると喉から顎にかけてのラインがどうのこうの、という話は、今は控えておきましょう。
 で、逸らした視線が元に戻り、どうのこうのなラインが通常の状態に戻ったところ、
「まあ確かに、親なんかで考えるとそうだよね。『デートに行ってきます』なんて言ってたら間違いなく冗談交じりではあるよね」
「だよね?」
 ちなみに。
 栞にご両親のことを思い起こさせたことについては、今更取り繕ったりなんだりはしないでおきます。それが既に問題でなくなっていることは知っていますし、本人から知らされているわけですしね。
「でもそれって飽くまでも冗談『交じり』であって、完全に冗談ってわけでもないんだしねえ。言い方を変えたってデートはデートなんだし」
「まあ、そうなんだけどね」
 つまりこれは、言い方一つの些細な問題だ。栞にそんな意図があったかどうかはともかく、栞の言葉をそんなふうに解釈した僕は、大吾達との話をわざわざ栞にまで振ったことが、少々ながら恥ずかしくなってくるのでした。
 するとそんな時。
「うぶ」
 栞から、両手で頬を潰されたのでした。
 実は本日二度、僕は栞に同じことをしています。だからといってこれが仕返しだったりするのかというと、栞からそんな様子は見受けられませんが。
「いちゃいちゃ展開になるかと思ったのに、そんな顔されちゃうとなあ」
「うぶぶ」
 夫婦とデートを組み合わせた話題。なるほど、栞はそれを僕達自身に当て嵌めようとしていたのでしょう。それは空気の読めないことですまんこってす。と、「そんな顔」に匹敵するくらい空気の読めてない顔で思う僕なのでした。
 声に出して伝えようともしたのですが、頭三文字だけで断念することに。どうやら、まともな発声ができる状況ではないようです。
「……ふふ、でも、変な顔」
 そりゃそうでしょうよ。左右両側から圧力を掛けられ変形したこの顔が変でなかったら、それはそれで悲しいし。変じゃない時の顔はどんなのなんだって話だし。
 という反論も、声に出すのは諦めていたところ。
「キスしたがってるみたいに見えなくもないかな?」
「むむっ!?」
 鏡があるわけではないので、自分の顔を確かめられるわけではありませんが――前述の通り本日二度、僕は栞に同じことをしており、ならば二度これと同じような顔を間近で見ており、なので今どんな顔になっているかは、ただ想像するよりもはっきりした形で頭に浮かべることができました。
 その顔でキス。
 ――いやだ!
 完全にギャグだ!
「うゆ! うゆむっつ!」
 発音は無茶苦茶ですが(いや! いや待って! と言ったつもりです。これでも)、ともかく声を上げながら首を左右に振ってみせる僕。ええ、きっとかなり面白いことになっているんでしょう、この顔でこの動き。
「ぷふぅっ!」
 ……僕ではありません、栞です。両手を僕の頬に使ってしまっているので、吹き出す口元を押さえることができなかったのです。
 笑顔、なんて温かみのあるものではありません。その顔は、破顔という言葉がその字面も含め、これ以上ないくらい相応しいものなのでした。それを真正面から見せられ、つまりは真正面から笑われた僕の胸中たるや、もう。
 数秒ほど下を向いて肩を震わせていた栞が、ゆっくりと顔を上げました。
「と、ともかく、嫌がってることは分かったよ」
 数秒掛けた割にはまだ笑いが収まっていない様子でしたが、ともあれ理解を示してくれる栞。なんだか素直に感謝し辛い気もしますが、取り敢えず僕の両頬は解放されたのでした。
「……笑いのほうは、まだ治まりませんかね」
「ご、ごめん、もうちょっと待って」
 手はもう離されてるにあんまり長続きされると、今のこの通常状態の顔を笑われているようで泣けてきます。
 僕だって栞に同じことをしましたが、ここまでじゃあなかったんですけどねえ。――なんて、どさくさ紛れに言い訳じみたことを。
 もう一度下を向いた栞は、そのまま深呼吸。息を整え、肩の震えを抑え込んでから、もう一度顔を上げました。
 ら。
「むぐ」
 また声を出せなくなりました。いえ、今度は頬を潰されたというわけではなく。
「――ふふ、孝さん忘れてたでしょ? 私いま、甘えてるんだよ」
「それにしたってもうちょっと前置きとかさあ。予告しろとまでは言わないけど、それっぽい雰囲気出してみるとか」
 というわけで、キスをされたのでした。さっき言ってましたしね、そんなこと。
「そこまでしちゃうと逆に駄目だよ、区切りがつかなくなっちゃうし」
「ああ、分からないでもない……かな?」
 納得できるできないはさておくにしても、多くは語らないでおきましょう。
 さて、ではここで区切りです。
「じゃあ孝さん、始めよっか」
「ラジャー」
 さて、どんな内装になることやら。
 とは言っても、今あるものの位置を変えるだけなのでそう極端な変化があるわけではないんでしょうけどね、正直なところ。
 二人揃って立ち上がり、栞が今まで使っていた毛布を畳んで押し入れに戻したところで、では早速。
「……どこから手を付けたらいいかなあ」
 途方に暮れる僕なのでした。
 家具の配置というのは家具同士の位置関係、大きさ、置けるスペースが重要になってくるわけで、ならばそれは正解が一つではないパズルのようなものなのではないだろうか。となると、初めにどの家具から手を付けるかで結果が全然違ってしまうのでは?
 ――なんて考えてしまうともう、僕にはどうしていいのやら。
「孝さん孝さん」
「ん?」
 悩む、というか軽く混乱すらしていたであろう僕は、気付けば不審なくらいに周囲をきょろきょろと見回していました。栞が二度僕の名前を呼んだのは、その状態あってのことだったのでしょう。
「これはもう動かさないんでしょ? だったら、これを基点にして考えればいいんじゃない?」
 言いつつ栞が指差していたのは、この部屋内で最大の存在感を発揮しているダブルベッドでした。
 なるほど、それはそうだ。――という感心が顔に現れていたのでしょう。こちらから何を言うまでもなく、栞が得意げな表情に。
「掃除好きっていうのは、整頓好きでもあるんだよ」
「おおー」
 栞が掃除好きというのは自他共に認めているところであり、ならば説得力は大いにあったのですが、しかしそれでも後になって「そうなんだろうか?」なんて首を傾げてみたりも。まあ、心の中だけに留めておきましたけど。
「で、好きこそものの上手なれってね。孝さんの料理みたいに」
「それを出されると同意せざるを得ないね」
 料理好きが高じて、料理が得意に。自分で言うのもなんですが、それは僕にとって非常に、非っ常に重要なアイデンティティです。というわけでここは、頷かざるを得ない状況なのでした。
「というわけで孝さん、早速だけど」
「はい」
「ベッドの脇に棚があるといいと思わない? 例えば横になりながら何か飲んだりする時、コップを置いたりできるし――あはは、行儀が良くない例ではあるけど」
 布団の上で飲み食いするな。ああ、僕も言われた記憶がないわけではないなあ。
 病院暮らしだと、むしろそれが普通になったりもするんだろうけど。
 ともかく。
「うん、でも、いいと思う。枕元に電気スタンド置いたりとか」
「おお、私もそっちを思い付けばよかった」
 妙な感心のされ方をしましたが、取り敢えず意見は一致したようです。となれば早速、その棚をベッドの脇へ移動させることになるわけですが――。
「…………」
「…………」
「栞」
「はい」
「寝相とか大丈夫?」
「お酒を飲んだ時だけ、棚と反対側に寝るようにすれば」
 僕が所持していた家具の中に「棚」なるものは存在せず、ならばそれは栞がこの部屋へ持ち込んだものということになります。しかしその棚の上は、栞のコレクションに占拠されていたのでした。
 ええ、陶器の置物です。
 割れ物です。
「僕も自分がそこまで寝相が悪いとは思ってないけど、絶対に安心できるかって言われたらなあ」
 栞にとってそれらがどれほど大切なものかというと、そのうちの一つを僕にプレゼントとして差し出せるほど。……という説明は、なかなかに分かり辛いのかもしれませんが。
 ともあれその価値を知っている僕としては、いくら低くとも割ってしまう可能性があるというだけで、及び腰になってしまうのでした。
「うーん、じゃあ置物をどこか別の場所に置くか、ちょっと窮屈だけど今より纏めて、棚を余らせるか――あ、いや、そうだ」
 何か閃いたらしい栞、手をぱんと叩きすら。
「あれだって棚代わりになるよね?」
 指差す先には半透明な収納ケース。ちなみに栞の場合、その中身は未だ着ているところを見たことがない季節物の衣服群なのでした。
 ううむ、改めて交際期間の短さを痛感するなあ。なんて、今までだって栞の部屋へ招かれる度、目に入ってはいたわけですが。
「今は四段重ねになってるけど、二段二段に分ければ高さも丁度いいだろうし」
 目測ながら、どうやらそのようでした。
 ところでここで、棚としての活用法からは外れますが思い付くことが一つ。
「中身をタンスの普段着と入れ替えて、こっちに普段着入れるってどう? ほら、起きてすぐ手が届く所に服があるっていう」
「そこまで効率化しちゃうと逆にぐうたらさんみたいだねえ」
 ぐうたらさん。批判している筈なのに温かみのある響きなのは何なんでしょうか。
 というのは、ともかく。
「でもまあ、孝さんにしか見られないならあんまり関係ないしね。そうしようかな」
「いや、なんだかんだでこっちに人を呼ぶこともあるんじゃあ?」
「だったら布を垂らすとかで、見ようとしなきゃ中身が見えないようにするよ。柄によっては綺麗に仕上がるかもしれないしね」
「……へえ」
 そんな発想が瞬時に出てくることについて、真面目に感心させられてしまう僕なのでした。もしかしたら栞が感心に値するというより、僕が足りてなさ過ぎるだけなのかもしれませんが。
「ちょっと見直したかも、栞のこと」
「これくらいで見直すって、今までどれだけ評価低かったの?」
「うぐ。ご、ごめん」
「――あはは、冗談だよ。ちゃんと嬉しがってるから大丈夫」
 とは言ってもらえましたし、それが嘘ってこともないんでしょうけど、でもやっぱり軽率な発言だったなあと。
「じゃあ孝さん、取り敢えず今話した通りに動かしてみて」
 僕は、掃除をしている栞を眺めるのが好きです
 そしてどうも、今の栞はそれと被って見えるのでした。
「手伝えるっていいなあ」
「ん? 何か言った?」
「いえいえ」
 手伝うも何も初めから二人での作業ですし、それにそれを抜きにしたって、収納ケースを運べと言われてニヤついているというのはかなり気持ち悪いんじゃないでしょうか。
 というわけで、首を振ると同時に表情を通常時のそれに固定させる僕なのでした。
 さて、収納ケースを四つ移動させる程度、大した作業ではありません。なのでそんなことをしている間にさっさと済んでしまうわけですが、
「おー」
 済んだ瞬間、つまり僕が四つめの収納ケースを配置し終えた瞬間、栞から感嘆の声が漏れてきました。その時点での僕には目の前の収納ケースは見えてもベッドも含めた全体像は見えておらず、なので若干気持ちを逸らせながら、そこから一歩引いてみたところ。
「おお」
 栞とほぼ被る反応をしてしまいました。もちろん、意識的にそうしたわけではなく。
 二つ積んだ収納ケースはベッドよりケース半個分ほど高く、それは棚としてみれば丁度いい高さに見えました。同じ高さだったりすると、それこそ寝転んだ拍子に置いてあるものを落としたりしそうですし。
 という話に加えてもう一つ。こちらはあまり具体的な話ではないのですが、単にベッドがそれ単体だけで配置されていたこれまでと比べて急に生活感が増したと言いますか、言ってしまえば「浮いていた」ベッドが、ここで急激に室内に馴染んだような気がしたのです。
 とはいえ、今の状態で初めてベッドを見る人がいればやっぱり浮いてると思われるんでしょう。要は前の状態と比較しての話です。
「なんかいいね」
「なんかね」
 ふんわりぼんやりした感想ながら、しっかりはっきり肯定し合う僕と栞。……ではありますがしかし、いい感想ばかり持ったというわけではなく。
「でもこれだと、コップ置くのは危ないかな」
 僕も思ったことでしたが、口にしたのは栞が先でした。何やらえらく意見が合致しますが、それはともかく。
 この収納ケース、模様なのか何なのか上部の板に溝が刻まれていて、小型の物を置くには安定性に難があるのでした。縦に積めるよう縁が少し高くなっているのはいいにしても、この溝は一体――って、まあ模様なんでしょうけど。
 ううむ、どうやら栞のコレクションをここに配置するのは、寝相がどうの以前の問題だったようです。
「丁度いいサイズの板があればいいんだけど、デパートで売ってたりしないかなあ」
 日曜大工――というには、買ってきた板を上に乗せるだけで済んでしまう話なのですが、ともかくそんな案を出してみました。
 すると栞、「あっ」と。そのタイミングからして、どうやら今の僕の案から更に何か思い付くことがあったようです。
「孝さん、下敷きとか余ってない?」
「え?――あ」
 縦に積めるよう、縁が少し高くなっているこの収納ケース。ならばその縁の中に収まりさえすれば、別に丁度いいサイズの板でなくてもいいわけです。滑って落ちる、なんてことは縁に阻まれるおかげで起こり得ないわけですしね。
「よく思い付くなあそんなこと」
「そ、そう? 大したことじゃないと思うけど、やけに感心してくるね孝さん。さっきの布を垂らすって話の時もそうだったし」
「あ、いや、もちろん馬鹿にしてるとかじゃなくて」
「あはは、それは分かってるって」
 大したことじゃないと栞はいいますが、しかしそれは逆で、大したことだったら僕でも思い付けると思うのです。木を見て森を見ずの逆バージョンとでも言いましょうか――例えば航空写真を見た時、広い森の存在には気付けてもその中のたった一本の木に注目するのは難しい、みたいな。
 慣用句から更に例え話をするという無茶な論法ながら、そんなふうに考えたならば栞へ向けた感心はしっかりした形を持ち始めます。
 嬉しくなる、というのはしかし、これが自分ならともかく栞の話なので、変と言えば変なのでしょう。
 けれどそう思っていてすら、なんだか嬉しくなってしまうのでした。
「ねえ孝さん」
「ん?」
「そういうの、私と楓さんはほぼ毎晩感じてるんだよ?」
「……そっかあ」
 それだけということはないだろうけど、こんなふうにも思われてるのか、僕。
 なるほど、ならばこれからは一層気を引き締めて先生を努めなければなりますまい。そうでなくとも、栞も家守さんも上達してきてるわけですし。
「ふふ、そこで遠い目になるの、なんか格好良いね。ちゃんと中身があるんだなあっていうか」
「必死なだけかもよ?」
「それは大体そうでしょ? 孝さんって」
 …………。
 前提なのね、もう。こと栞に言われたとあらば、否定する気にはなれないわけですけど。


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