(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十二章 おめでたいこと 七

2010-02-05 21:02:53 | 新転地はお化け屋敷
 清さんだけが絵を描く作業のため自分の部屋へ戻り、そして他全員は再び101号室に集合。椛さんがいなくなったこと以外は、それまでと同じ状況になりました。
「いやあ、皆さんお疲れ様でした。うちの妹が世話になっちゃって」
 台所からお盆に人数分のお茶を乗せて戻ってきた家守さん、笑顔になりつつそんなお言葉を。これまでの展開からすればそういうことになるのも分かると言えば分かるんですけど、しかし引っ掛かる点もあります。
「世話って言えるようなことをしたのは、清さんと成美さんだけのような気もしますけどね」
 もちろん家守さんと高次さんは初めから除外しての話ですけど、あとのみんなは椛さんの世話をするというより、一緒になってのんびりしてただけですしね。もちろん僕も含めて。
「うん? 楽は分かるが、なぜわたしが入るんだ?」
 成美さんから首を傾げられてしまいました。
 もちろんそれも明確な理由があってのことなので、ならば僕はそれを説明すべきなのでしょう。しかし、
「赤ちゃんのことで、いろいろお話してたからじゃないかな。そういうことだよね? 孝一くん」
 栞さんのほうが僕より先に答えるのでした。そしてその内容は、ぴったり僕の意見と一致していました。――まあ、考えられる理由がそれくらいしかないって話なんですけどね。
「そういうことですね」
 正解であることを告げると、栞さんはにっこり。
 ですが一方の成美さんは、眉を八の字にしていました。
「どうしたでありますか? 成美殿」
「あ、いや……」
 声を掛けたのはウェンズデーでしたが、しかしこうなると彼だけでなく全員の視線が成美さんへ集中します。そしてそのせいか、成美さんは更に気勢をすり減らされたようでした。
「成美ちゃん」
 何が成美さんをそうさせたのだろうかと頭を捻っていたところ、栞さんが成美さんを呼びました。
「なんだ?」
「ありがとう。でも私、大丈夫だよ」
「……そうか。そうだな、お前ならそうなのだろう」
 はて、それは一体どういう背景があっての遣り取りなんでしょうか。――と思ったところで、似たような一瞬があったことを思い出しました。
 ウェンズデーが成美さんと猫さんのお子さん達について質問した時だったと思います。途中までは嬉しそうに懐かしそうに語っていた成美さんは、しかしそれを途中で強引に切り上げ、僕と栞さんへさっきのような視線を向けたのです。
 嬉しくて懐かしいお子さんの話と、それに対しての僕と栞さん。なるほど、つまりそういうことなのでしょう。そしてそういうことなら、僕も栞さんと同じです。
 栞さんと僕は話を理解しましたが、では他のみんなはどうだろうかということになります。が、しかしそこは同じ境遇である幽霊さん達と、その幽霊というものに精通している家守さんと高次さん。ジョン以外は気付いたふうで疑問の声が上がることもなく、そのジョンも大人しくしてくれていました。
 ……その静けさを気まずく感じてしまうのは、僕が当事者の一人だからでしょうか?
 とはいえ何か言葉を発するにしてもその言葉を思い付けず、なので結局は沈黙して誰かが何かを喋るまで待つことになってしまったのですが、それに該当することになったのは、成美さんの自分の言葉に対する補足なのでした。
「あ、お前なら大丈夫だろうというのはだな、日向と相談すべきことはきちんとしているだろうなと思ったからで」
 どこか慌てたような口調の成美さんでしたが、対して栞さんは微笑みすらしながらさらりと返します。
「相談って言うより、言い争いのことを言ってるんじゃない?」
「そんなことは――ない、とまでは言えんが……」
 最近はそんなこともないのが実情ですが、しかし周囲から見て印象に残るのはやっぱりあれら怒鳴り合いなのでしょう。なんせ普通の話し合いなんて、盗み聞きでもされてない限りは周囲に聞こえないんですから。
「子どものことで言い争ったことはないけど、まあ、話をするくらいはね。そのおかげで、今こうして平気でいられるんだろうし」
 栞さん、実際のところは、僕とその話をする前から「家守さんに教えてもらっていたから」という理由で割り切れていたように思います。だから僕と話をする際も落ち着いていられたんでしょうし、むしろあたふたしていたのは僕のほうだったりもしました。
 ……しかしそれでも、「今こうして平気でいられる」のは僕との話があったからだと、栞さんは言いました。ならば、そういうことなのでしょう。
「ということで心配は御無用だけど、心配してくれてありがとう、成美ちゃん。――あはは、そもそもここで話すようなことじゃなかったかもだけど」
「それもそうだな。――いやいや、それを抜きにしても、礼を言われるようなことではなかったと思うが」
「そう? 成美ちゃんが小さかったら多分、お礼に加えてぎゅって抱っこしてたよ」
「うむむ、そう言われると今からでも小さくなってこようかと――ああいや、何も喜坂が望んだからというだけではなくな? そうしてくれるならわたしもそうされたいと言うか」
 椛さんは成美さんが大人バージョンであることに構わず抱き付いていましたが、栞さんはそうでもないようです。そしてそんな話に成美さんが乗り気だというのは、単なる触れ合いの一環としてだけではなく、話の流れから来る栞さんへの感情もあってのことなのでしょう。
 ――というような僕の想像はともかく、そういうわけで。
「そういえば、喜坂にこうされるのは久々だな」
 言った通りに202号室から小さくなって戻ってきた成美さんは、投げ出された栞さんの足の上で、ぎゅっと抱っこされているのでした。
「ん? 私以外の人にはしょっちゅうこうしてもらってるってことかな?」
「ぐぬっ」
 そういう意味合いに取るのは些か意地が悪く思われますが、しかし成美さんとしては図星だったようです。もちろん、そういう意味合いで言ったつもりではなかったんでしょうけど。
 落ち着かなさそうに大吾がもぞりと身を揺すりましたが、それはまあまあ。
「ふ、ふん。喜坂だってどうせ同じようなものではないのか? 何もないということはないだろう、いくらなんでも」
「まあ、もちろんそうだけどねー」
 というわけでもちろんそうなのですが、しかしだからと言って今の栞さんと成美さんのような体勢は無理です。僕と栞さんは身長がほぼ同じで、それが足の上に座るとなると、なんとなく間の抜けた格好になってしまうんじゃないでしょうか? それに足痛くなりそうですし。
 何も栞さんが重いと言っているつもりではないそんな話はともかく、成美さんとは違って余裕を見せる栞さんなのでした。まあ、単に攻める側とそれを受ける側ってだけのことなんでしょうけどね。先手を取ったこと自体が余裕に繋がるというか、そんな感じで。
 さてそんな余裕を見せつけられた成美さん、ふんと鼻を鳴らしてから話題を変えます。
「お前は、どうするんだ?」
 視線の方向からして「お前」というのは猫さんだろうと予想が付きましたが、しかし何を「どうする」なのかは、さすがに読み取れませんでした。
 で、猫さん。
「どうするって、何をだ」
 読み取れませんでした。……どうやら成美さん、話題の変更が投げ遣り過ぎたようです。
「いや、いつぐらいに帰るのかなーと」
「清一郎に『絵』を見せてもらうという話だったろう。少なくともそれまではここにいるぞ」
「そうだったな」
 ということは、家守さんが椛さんと話していた際の「絵の完成は夜ぐらいになるのではないか」という見立てが当たっているとすれば、まだ随分と時間があるということになります。
 無理矢理な話題変更から得た情報とはいえ、成美さん、嬉しそうなのでした。
 ……これだけ嬉しそうにしているところを見ると、いっそ猫さんも一緒に暮らせばいいんじゃないだろうか、なんて考えたりもしてしまいます。しかし逆に、これだけ嬉しそうなんですから、できるのならとっくにしている筈でもあるわけです。
 考えあってのことなのは明白なので、あまり気に留めないようにしておきましょう。
「大吾殿、大吾殿」
「ん、どした?」
「話に出たら気になってきたであります。清一郎殿の所に戻りたいであります」
「そっか、分かった」
 清さんの話になったところで清さんが気になりだしたウェンズデーですが、一人ではドアノブに手が届かず、裏の窓にしても重くて動かせないでしょう。ということで、付き添いとして大吾に声を掛けるのでした。
 もちろん彼も幽霊なので、やろうと思えばドアや窓がどうこうの前に壁を抜けて102号室へ入ることもできます。しかしここでは、壁抜け禁止という決まり事があるのです。幽霊でない僕にとっては、普段あまり気にならない決まり事ですけども。
「あ、それなら私も一緒に」
「ワウ」
 ナタリーさんとジョンも同行を申し出て、ならば大吾がそれを断るわけもなく、四人一緒に101号室を出て行きました。
 実際のところ清さんと別れたのはついさっきなのですが、その時には気にならず話が出た今になって気になったというのは、清さんが独りで絵を描いている場面を思い描いてのことなのかもしれません。まあ、そうだとしても清さん自身は、独りでいることをどう思ったりもしないんでしょうけど。
 ――さて、「ドアを開ける係」として部屋を出た大吾はすぐに戻ってきまして、ならば現在101号室にお邪魔しているのは、僕と栞さん、それに大吾と成美さんと猫さんです。
 するとお邪魔されている側である家守さん、不意に気難しそうな表情になり、「うーん」と声に出して唸りさえ。
「どうかしましたか?」
 誰かと誰かが話している最中だったとかならともかく、そうなる前に家守さんの声だけが部屋に広がりました。呼び掛けたのは栞さんでしたが、ならば高次さんも含めその場の全員が気になったことでしょう。
「いや、言おうか言うまいかって話があってね。……ってまあ、こうして唸ってみせたってことは言う気満々なんだろってことにもなるんだけど」
 軽く笑いながらかつもったいぶったような言い方ですが、しかしからかっているふうではなく、むしろどうも軽々しい話ではないような雰囲気です。
 そうなると、言う気がありながらしかしそれでも躊躇っているというのは、緊張すべき状況なのかもしれません。と言うか実際、緊張してきました。
「俺が聞いてもいい話なのか?」
 話についてまず質問をしたのは、猫さんでした。
「ウェンズデー達が出て行ったから切り出せるようになった、というような頃合いだったが。何なら俺も外に出るぞ?」
 それは確かにその通りなんでしょうが、猫さん、それが自分についての話であるとは考えていないようです。まあ、そうだったとすれば、成美さんと大吾はともかく僕と栞さんがいるこの場で話を切り出しはしないでしょうけどね、家守さんも。
 というように話を切り出すかどうかを悩んでいた家守さんですが、投げ掛けられた質問には即座に答えます。
「ご想像の通りで、猫さんに直接関係のある話じゃないけど、でも外に出てもらうようなこともないよ」
「そうか。しかしそう言われると、話の中身に入るかどうかは別として、何の話かぐらいは聞いておきたいところだな」
「だよねえ」
 家守さん、そう言いながら困ったように笑い、すると高次さんも「やられたな」と笑いました。そんな高次さんも、家守さんが何の話をしようとしているかはまだ知らないはずなんですけど、その軽さからして、もしかしたらそうでないのかもしれません。
「何の話かを言っちゃうと、それだけで全部話したことになるようなものなんだけど……ま、うだうだ言ってても仕方ないね」
 それはつまり、話してくれるということなのでしょう。
 家守さん、隣に座った高次さん以外の全員と向き合うように姿勢を正し、すると高次さんも同様に。やっぱり、高次さんは話の内容を知っているようでした。
「自分が幽霊だとか幽霊と関わったとかをひっくるめて、幽霊のことを知っているなら、もしかしたら一度くらいは考えたことがあるかもしれないけど――」
 そんな話し始め。猫さんに直接関係のある話ではないということとその言い方から、この話の対象は、僕と栞さん、それに大吾と成美さんなのでしょう。
「身寄りのない人が殆どなんだよ、幽霊って。大人も子どもも関係なくね」
 それはまあ、そうなのでしょう。このあまくに荘だって、言ってみれば身寄りがない人達が集まっているわけですし。
 しかしもちろん、今更それを悲観するような人もいないだろうとは思います。ならばさて、家守さんは一体何について、あんなに言い難そうにしていたんでしょう?
 そんなふうに思ったところ、家守さんは「ここでいったん話は飛ぶけど」と話を切り替えました。そうして持ち出された話は、
「幽霊は子どもを作れない、というのはみんな知ってるよね。みんな自身がそうだってことも」
 というものでした。
 幽霊は身寄りのない人が殆どだ、ということとその話がどう繋がるのかは分かりませんが、しかしそれでも繋がるというのなら、なるほど確かに言い難くはあるのでしょう。
 話をされている「みんな」が静かに頷くと、家守さんはここで、ふう、と小さく息を吐きました。それはどうやら溜息ではなく、言い難い内容に息が詰まった、というふうでした。
「身寄りのない幽霊の子どもを養子として迎えるっていうのも、望むのなら可能なんだよ」
 …………。
 いきなりな話でした。
 話されたのがいつであっても、同じようにいきなりだと思ったんでしょうけど。
 話をされている側としては即座のリアクションは取り辛く、しかし家守さんもこちらの反応を窺うように口を閉じたので、部屋の中がしんと静まり返ってしまいました。
「……家守。一応訊いておくが」
 初めに口を開いたのは、成美さんでした。未だ栞さんの足の上に座ってはいるのですが、それに似つかわしくない極めて真剣な表情でした。
「今の話に出てきた身寄りのない子どもというのは、人間の子どものことだな?」
 恐らくは予想していなかった質問だったのでしょう。家守さん、返事としては「はい」か「いいえ」だけの簡単なものだった割に、実際の返事まで一瞬の間が空きました。
「――うん。そういうことになるね」
「ならばわたしには難しい話だな。少なくとも、現状では無理だ」
 即座に、かつきっぱりと、成美さんは言い切りました。
 何をもって難しいと、現状では無理だと判断したのか、成美さんは口にしませんでした。しかし、言われずとも想像はつきます。耳を出して実体化しかつ大きくなり、更には青い火の玉というものもありはしますが、それより何より、成美さんは猫なのです。
「……すまん、大吾」
「謝るとこじゃねえだろ」
 そんな成美さんが謝り、しかし大吾がそれを却下すると、成美さんを抱えていた栞さんの腕が解かれました。栞さんがそうしたのか成美さんがそうさせたのかまでは分かりませんでしたが、とにかく成美さん、大吾の傍へ移動して座り直します。
 そしてそれに次いで口を開いたのは、高次さんでした。
「楓は――それにもちろん俺も、そうするように勧めてるわけじゃないんです。ただ、そういう選択肢があるってことだけは知らせておくべきだと思いまして」
「うむ、それは理解しているつもりだ。ありがとう、二人とも」
 状況としては成美さんに向けられたその言葉でしたが、しかしそれは当然、僕と栞さんに対しても同じなのでしょう。
 そういう選択肢があることだけは知っておくべきだ、と。
 栞さんのほうへ目を遣ると、それに気付いたように栞さんもこちらを見返しました。かといって何を言うわけではなく、何か動きがあるわけでもないのですが、それでも栞さんが思考を巡らせていることだけは、その眼の色で分かりました。
 視線を外し、そして僕も頭を働かせます。
 ――成美さんは「現状の自分には無理だ」と判断したけど、なら僕はどうだろうか? 成美さんが挙げたであろう理由の全てが当てはまらない僕だけど、なら僕には可能なんだろうか?……もちろん、そんなふうには思えません。
 なら、何が理由でそう思うんだろうか?
「しぃちゃんとこーちゃんも」
 家守さんでした。
「知っておくだけは知っておいてね、このこと」
 二人揃って「はい」と頷き、すると家守さんが姿勢を崩しました。どうやら、この話題はこれでお終いになるようです。
 始まりが唐突なら、終わるのも唐突なのでした。今ここでどうこうするという話ではない以上、そうなって当然なんでしょうけどね。
「いやあ、この話、椛とアタシと高次さんだけになった時に出たんだけどね? だからって今すぐみんなに話していいものかなーって、不安だったんだよ」
 それまでの真剣さが一転、崩した姿勢に似合う脱力感溢れる笑顔で、家守さんが言いました。椛さんはああいう状況ですし、ならばそういう話が出ても不思議ではないでしょう。
「私の場合、楓さんのおかげなんですけどね。こういう話をちゃんと聞けるようになったのは」
「わたしはまあ、自分の子を持った経験があるわけだしな。今更になって話を聞く程度でうろたえたりはしないさ」
 栞さんと成美さんは、家守さんの心配をよそに快活な口調でそう言いました。
 しかし一方、僕と大吾の口はむっつりと横一文字です。
「……男子諸君は?」
 それは実に厳しい質問ですね高次さん。
 返答が思い付くには思い付くのですが、しかしそれはどうも口にし難いと言いますか。――ところで、大吾もなんとなく僕と同じ返答を考えているような気がするんですけど、気のせいでしょうか?
「あれ? 孝一くん、こういう話駄目じゃなかったよね? 私ともしてたんだし」
「大吾もそうだろう? わたしとこいつの子ども達の話から、そういう方向に話題が進んだこともあったじゃないか」
 女性陣から揃って首を傾げられたところ、僕と大吾は自然と視線が重なってしまうのでした。そしてそれでも口は相変わらず横一文字。ううむ、返答を急かされてもいるわけだし、これは割とピンチです。
「お、オレの場合は」
 大吾が動きました!
「……成美がこうだったもんで」
 話し始めるまでの間も考えるとかなりの躊躇があったようですが、見事大吾は言い切りました。ならば、大吾が作った流れに乗るようで卑怯かもしれませんが、僕もここで言ってしまわなければなりますまい。
「僕も、栞さんがこうだったもんで」
 分かってますとも、情けない理由だというのは。だからこそ言うのを躊躇ったんですけど、それが更に情けないことだというのも分かってますとも。
「はっは、なるほどなるほど。気持ちは分かるよ二人とも」
 高次さんは笑ってくれましたが、栞さんと成美さんはもう一度首を傾げてしまうのでした。そして残る家守さんですが、高次さんとはまた違う趣で笑っているのでした。いつものように、ニヤニヤと。
 さて、そんな状況で僕と大吾がますます口を開き辛くなるのは、当然と言えば当然なのでしょう。当然であってください。
「あー、それに際してこーちゃんとしぃちゃん」
 ニヤニヤ笑いを内へ押し込め、家守さんがこちらを名指しに。となれば、口を開き辛いも何もありません。まあ、そうは言っても「はい?」の一言だけなんですけどね、栞さんともども。
「今日の料理教室はお休みさせてもらうよ。もちろん、食べるだけの高次さんもね」
「今晩は楓の手作りかあ。楽しみだけど不安もある――っていうか、不安がそのまま楽しみだな」
「ふんっ、不安なんか今日の晩ご飯一食で消し去ってくれるわ」
 教室の先生としても結果がどうなるのか楽しみです。
 というのは別として、家守さんと高次さんがそうした理由です。家守さんの初めの一言に「それに際して」という言葉がくっ付いていたことを考えると、養子の件について栞さんと話し合うこともあるだろうから、というところでしょうか。
 加えてもう一つ。わざわざ夕食を別にしなくとも栞さんと二人だけになる時間はいつも通りにあるわけでが、しかし家守さん高次さんとご一緒する時間があるとどうしても、この話を意識してしまうことでしょう。家守さんも高次さんも、「ならばそれは避けたほうがいい」という判断をしたのではないでしょうか。
 相談事があれば快く乗ってくれる家守さんですが、基本的には当人の判断を尊重しているようなところがありますしね。相談事以外ではそりゃもういろいろ言ってくださっちゃいますけど。
「頑張ってくださいね、家守さん」
「頑張らせてもらいますとも。先生の顔を潰すわけにはいかないしね」
 本来なら「頑張ってくださいね」ではなく「頑張ります」なのでしょうが、養子の話を避けようとしているところへそれもどうかと思うので、こうなりました。
「ああ、一番の理由は俺じゃないのかあ」
 頑張る理由として挙げられた人物が自分でなかったことを、高次さんが嘆いていました。対して家守さん、言葉のあやだと取り繕う――わけでもなく、意地の悪そうな笑みを浮かべるのみなのでした。
 ……もちろんそれは単なる戯れで、本当の一番は高次さんなんでしょうし、高次さんもそれを分かって戯れに付き合っているだけなんでしょうけど。

 夕食を別にしてまで席を同じくしないようにして、なのに今101号室に留まり続けるというのも変なので、僕も含めた101号室のお客さん全員は各自の部屋に戻ることになりました。
「いったん、わたし達の部屋に来ないか?」
 しかしその途中で成美さんからそんな提案が。断る理由があるわけでもなし、僕も栞さんも即座に首を縦に振るのでした。
 というわけで、202号室。僕と栞さんはまたもお客さんポジションです。猫さんは――同じくお客さんになるんでしょうか? 一応は。
「いやあ、急な話だったな」
 それぞれが床に腰を落ち着けたところで、成美さんは恐らくこの場の全員が思ったことを口にしました。
 分かってはいましたが、やっぱりその話題になるようです。
「だったねえ」
「つっても、言われる前に思い付いててもおかしくねえ話だったけどな」
「言われた後だからそう思えるんだろうけどね」
「まあ、そうだけどな」
 猫さん以外の全員が口を開きましたが、全員が息を吐くついでのような喋り方なのでした。家守さんと高次さんからの話はそう長くもなかったのですが、それでも疲れの貯まる話ではあったようです。僕だけでなくて良かった、というのは軟弱な発想でしょうか?
「養子かあ……うーん、孝一くんが言ったことと重なっちゃうけど、全く考えたことなかったなあ。そういう話が出て来る理由が自分にあるのに」
「オレだってそりゃ同じだけど」
 栞さんの言葉に大吾が同意。幽霊であるという立場からして同じなので、そりゃまあそうなるんでしょう。しかしそうなると、考えは同じでも立場が違う僕は、大吾のように「自分もそうだ」とは言い辛いわけですけど。
「わたしは、お前達とはちょっと観点が違うだろうな。考えたことがなかったというのは同じだが」
 大吾と違い、成美さんは同意しませんでした。
「何が違うかというのは言うまでもないかもしれんが、まあその、子どもを持った経験があるわけだからな。――101号室でも同じことを言ったっけな、そういえば」
 幽霊であるという立場が同じで、考えたことがなかったというのも同じ。しかしそれでも、成美さんには違う部分があるのでした。


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