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桂枝雀の上燗屋

2015年09月23日 | 落語・民話


桂枝雀の上燗屋

【主な登場人物】

 客  屋台の上燗屋  道具屋

【事の成り行き】

 この噺、第一集その二十三「首提灯」でご紹介した噺の前半部分が独立したものです。「首提灯」から抜き出したのか「上燗屋」を発展させて「首提灯」に仕上げたのか、定かではありません(1999/01/15)。

             * * * * *

 え~、ありがとぉございます。一席お付き合いをいただくのでございますが。

 まぁ、お酒といぅものは結構なもんでございまして、この頃また日本酒といぅものが、ちょっといっ時、ちゅうてもだいぶ前になりますが、焼酎に圧(お)されとりましたけど、また昨今はゆわゆる吟醸酒でございますとか、純米酒でございますとか、えぇ結構なお酒がずいぶんとございますねぇ。

 今、そぉですねぇ、普通のその吟醸酒やの何やの、特別のお酒やないお酒で、今ちょっと聞きましたが、一合まぁザッとですけど二百円ぐらいだそぉですねぇ、いわゆるこの立ち飲みちぃますかなぁ、純粋で呑みますのんねぇ。

 あのお酒も、結構なゆわゆる料亭といぅ所で、ゆわゆる山海珍味、いろんなお肴を次々いただきながらチビチビいただくのも結構でございますが、わたしらもっと安直にですね、ゆわゆる立ち飲み屋さんちぃますか、酒屋さんでグ~ッとやりますとか、また、ゆわゆるまぁ、おでんの屋台なんかでね、ゆわゆるこの、気楽に呑むのが好きでございます。

 もぉ三十年ほど前になりますが、うちの師匠の内弟子を出ました頃でございましたが、よく近所の、塚口でございますけれどもね、お酒屋さんで立ち飲み「すいませんねぇ、ちょっと一杯ください」なんか言ぅてですね、その頃そぉでしたなぁ、五、六十円やと思いますけどね、トットットットットッて入れてもろて五、六十円。

 まぁ、六十円なら六十円パ~ンと置いてカッカッカッカッカ~ッてやってシュ~ッと出るのが、まぁ粋な呑み方やと師匠に教わりましてですね、そいでそれカ~ッとやって、そぉするとホッコホッコホッコ、そこらウロウロウロウロしてる間にえぇあんばいに回ってくるんですよね。

 まぁ、あれはあれで何とも言えん気持ちがいたしましたがなぁ。今でももちろん屋台なんかでおでんつまむといぅ、安直な呑み方、わたしはどっちかと言ぅと性に合ぉてるよぉに思うんでございますが。

 そんなんでまぁ、昭和の四十年ぐらいで酒が五、六十円やったと思いますねぇ、上等な酒で九十円とか、まぁそんなもんやったと思いますが。大正から昭和のはじめにかけてでは……

●親っさん。一杯何ぼやねん?

■え~、何でございます、一杯十銭でございます

●一杯十銭。よし、一杯もらおか

■ヘッ、ありがとぉさんでございます。すぐにお付けいたしますんで

●おっき、ありがと、ハハハァ~ッ。

●親っさん何やねぇ、このね、わいなんやで、日が暮れ好っきゃねん。
こぉして仕事終えて帰ってきて、こぉして黄昏時(たそがれどき)、明るいよぉな、暗いよぉな、暗いよぉな、明るいよぉな、ねぇ、皆が仕事終えてゾロゾロと家路につく「こんばんわッ、こんばんわッ!」ハハッ……、いや、知らん人や、知らん人やけどね、人間挨拶して悪いことあれへんがな、せやろ。

●仕事終えてあないして帰る人ご互いが、わいもせやけどやで、見るのん好きや、ハハハハァ~ッ……、何言ぅてるか分かってるか? だいたい分かってると思うけれど、もぉ既にしてちょっと呑んでんねんけどね、仕事終わったらまず一杯呑むのんね。

●それでこの黄昏時、明るいよぉな、暗いよぉな、暗いよぉな、明るいよぉな時分にね、フラ~フラ歩きながら「こんばんわッ、こんばんわッ!」知らん人やで、知らん人やけど、挨拶して悪いことあれへんがな。

■できましてございます

●でけた、でけた? ハハハァ~ッ、でけたやろせやろ、できるまでにちょっと時間かかるやろと思て、ちょっとわたしゃつないでたんや、おおきありがとぉ、黙ってたんでは退屈やろと思てね

■誰に気兼ねしてなはんねん?

●いや、誰に気兼ねしてるっちゅうわけやあれへんけど。
おっきありがとぉ、アハハハハァ~ッ、そぉそぉ、その前にちょっと尋んねとかんならんねけど

■何でございます?

●「上燗」とこぉ書いたぁるけど、こら何のこっちゃい?

■なんでございます、まぁ、熱なし、ぬるなし、お酒の燗を言ぅたもんでございまして、熱なしぬるなしで上燗でございます。及ばずながら燗だけにはちょっと気ぃ使ことりますよぉなこってございます。

●ハッハッハッハッ、いや俺も恐らくせやと思た。
上燗で恐らく呑ましてくれるんやないかなと思た。
だいたいこれ、帰り道やねんけど、今まで気が付かなんでん、ありがたいこっちゃ、こんな店があるとは思わなんだ、おっきありがとぉ。上燗にしてくれた、おっきありがとぉ、ちょ~どの燗やねぇ、おっきありがとぉ。ちょ~だいします、ハハハハァ~ッ……、す、すみませんね、一杯十銭、あっそぉ、ありがたいことやねぇ、ちょ~だいしますよ。

●(クゥ~、クゥ~、クゥ~……)ど、どこが上燗ですか、これ? 喉へクククッと入りましたですよ。
こんなん上燗とは言ぃませんですよ、どっちか言ぅとぬる燗ですね。
ちょっと熱してもらいたい。

■まことに相済まんこってございます。いぃえぇ、うかうかしとりました。
まだお客さんございませんでしたんで、湯がちょっと、いえ、いっぺん熱したんですけど、また冷めたんやろと思います。
すぐに熱くいたします(パタ、パタ、パタ……)

●済まないねぇ、ハハハァ~ッ「こんばんわッ、こんばんわッ!」知らん人や、知らん人やけど、挨拶して悪いことはない。
え? しやけど、これもそない何べんも続かんと思うで、三べん以上続いたらちょっとひつこいやろと思う、ハハハハァ~ッ……

■誰に気ぃ使こてなさんねん?

●誰に気ぃ使こてるわけやあれへんけど、熱
できました? あぁ、おおきありがとぉ、ハハハァ~ッ、やっぱ熱するのん
にちょっと時間かかるやろ思て、ちょっとつないでてん、おっきありがとぉ、
熱してくれた? おっきありがと。

●こぉいぅ商売はやっぱり客の言ぅこと「はいはい」と聞ぃてもらわな、こちらの心象が違う、おおきありがとぉ。熱してくれた、おおきありがとぉ、ちょ~だいしますよ……、とッ、とととッ、ちょっと熱いのんとちゃうか?
ブヘッ、熱、熱ッ、あっつぅ~、ふぅ~ッ、ふぅ~ッ、ちょっと熱いよこら、呑んで呑めんことはないけどちょっと熱いですよ、熱ッ、いや呑んで呑めんことはないけど、熱ッ……、やっぱ、熱いねぇ、ちょっと熱い。

●熱いねぇ「こんばんわッ、こんばんわッ!」今ちょっと取り込み中ですから挨拶はまた今度にさしてもらいます……、熱いよ、ちょっとうめてんか、うめてんか

■ちょっと待っとくれやす。それはなりません

●なにが、何がならんねん?

■いえ、うめるちゅなことおっしゃいまして、また入れますとお勘定がややこしなりますので。

●えぇ? 何、勘定がややこしなる? そんなことあれへん、そんなことあれへん、何ぼ呑んでも十銭しか払えへん

■ちょちょ、ちょっと待っとくれやすな

●分かってるがな、あとで勘定したらえぇ。ちょっと継ぎ足してんかっちゅうねん。おっきありがと、スビバせんねぇ、ハハハハハァ~ッ。何ぼ呑んでんや分っかれへんこんなん、呑んだり呑まなんだりして……

●(クゥ~、クゥ~……、プハ~ッ)う、うまいッ! なんやねぇ、これでやっと上燗にたどり着いたねぇ、ハハハァ~ッ。いやぁしかし、これだけ呑んで十銭は安いッ!

■ちょ、ちょっと……

●分かってるて、ヤイヤイ言ぃな、十銭にこだわるな

■あんたがこだわってなはんねん。

●あッ、豆こぼれたぁるやないか。おい上燗屋、豆こぼれたぁる、この豆何ぼや?

■あッ、お豆さんでございますか? へぇ、こっちの鉢にえぇのがありますので入れます

●いや、しょ~もないことしなさんな、客の言ぅことしなさい、誰がえぇのん入れてくれ言ぅた。

●違うねん、おらぁ妙な人間や、俺ねぇ、豆のこぼれたぁんのん見るとね、どぉしても食いたいちゅう気になるねん。
このこぼれた豆が好きやねん俺、鉢に入れたぁる豆好きやないねん、こぼれた豆好きやねん。是非ともこれが欲しぃけど、これは何ぼや? ちょっと値ぇ言ぅてくれ、これ何ぼや? 食べる前にちょっと値ぇ言ぅてくれ、これ何ぼや?

■いえ、あのね、豆はねぇ、ございますけど、こぼれた豆でございますのでなぁそれ……、こぼれた豆ではお金が頂戴しにくございますねぇ

●えぇ~?腹の内言ぅてくれてる、真実を吐露してくれてる「お金がもらいにくございます」っちゅうことはどぉいぅこっちゃ? つまり、分かりやすぅ言ぅたらどぉいぅこっちゃそれは?

■ですからまぁ、お金が頂戴しにくいちゅうことは……、まぁ、ザッと言ぅて、まぁただちゅうことですか

●そない遠慮せぇでもえぇねや、もっとはっきり物言ぅたらえぇねん、たらか、たらか? わいに分かりやすぅに言ぅたらタダか? たらなら食てみたろ……

●(シュッ)そらゆわんこっちゃない、思たとおりや、豆はこぼれたんに限るねぇ、ここらのホコリにちょっとまぶれたぁる、これが何とも言えん洒落たぁる(シュッ)やっぱり豆はこぼれたやっちゃないといかん(シュッ)何とも言えん味したぁる(シュッ)ホコリや垢や分からへんけど……(シュッ)こら旨い、もっとこぼそ

■ちょちょ、ちょっと……

●ハハハァ~ッ、ビクビクするな、臆病者め。

●ホンマやで、こんなとこで商売してるならもっと太っ腹にならないかん、どんな人間が来るや分かれへん、せやろ、ハハハハァ~ッ、わいらまだお手柔らかな方やで、せやろ? これれれ~、何や?

■どれれれ~、でございます?

●真似すな、これやこれ

■これでございますか。イワシのカラまむし、イワシのカラまむしでございます。

●え? なに?

■イワシのカラまむしでございます

●イワシのカラララ~まむしか、下に何や黄色いもん敷(ひ)ぃたぁんな?

■ですから、カラまむしでございますので、オカラを酢で味付けしたもんで、こぉイワシをまむしてございます。イワシのカラララ~まむしでございます。

●そぉか、そんなことはどぉでもえぇねんけど、このオカラ何ぼや? 
オカラララ~何ぼや?

■いえいえ、カラまむしでございます。イワシのカラまむしでございます

●何べんも言ぅな、人、アホにもの言ぅよぉに。分かったぁるけどや、俺はなぁイワシはあんまり好きやないねん、オカラ好きやねんオカラ。このオカラだけが食いたいねんけど、こら~何ぼや? 値ぇ付けてくれ、これ何ぼや?

■いえ、その、あのねぇ、これはでございますなぁ、これはイワシをカラまむししたものが、いわゆる商品でござりますんでね。カラはまむしてございますが、イワシが本体でございますんで、カラはまぶしてございますんで、オカラだけでは、ちょっとお金は頂戴しにくございます

●「ちょ~だいしにくございます」ちゅうことは何ぼやっちゅうことや、分っかりやすぅ言ぅたら何ぼやねん?

■まぁゆや、ただといぅよぉなことでございますか

●せやろ、それをハッキリ言わないかんねん、ハッキリ。ただっちゅうことを……、たらなら食てみたろ、ハハハァ~ッ。たらより安いものは無いちゅうねんで、このオカラどんな味付けしとるかいなぁ、こんなものは、オカラそのものには味はないねからな……

●味の付けよぉやね(ムシャッ)ん~、親っさん、これ洒落たぁる。わい、こぉ見えてもこんなものにはちょっと舌うるさいねん(ムシャッ)これ旨い旨い、これならいける、どこへ出しても恥かしない、どこへでも出せる(ムシャッ)これいけるいける。こら人に売れるで、売れるで

■売ってるんでございます。

●売ってるねんけどやで(ムシャッ)こら旨い

■「こら旨い」は結構ですけど、そぉオカラばっかり食べられたんではイワシが裸になってしまいます、風邪ひきますのんでございます

●風邪ひくのんか、こんなことして? 何考えとるねん……、ダッハッハッハァ~ッ、すまないね、すまないね、ビクビクするなバカ、臆病者め。

●おら追い剥ぎか、イワシの。何が裸になりますや、やかましわい。
もっと太っ腹にならなあかんで、どんな人間が来るや分かれへんねん。わいらまだお手柔らかな方やで……、ハッハッハッちょっとぐらいお腹ん中でむかついてんのんとちゃう? ハハハハハァ~ッ、もぉしばらくの辛抱や……、上に赤ぁいもん乗ったぁる、これ何や?

■どれでございます? あぁ、紅生姜でございます

●紅生姜、たまらんなぁ。
何ぼや、これなんぼや? 紅生姜何ぼや?

■いえ、今も申しましたよぉにイワシのカラまむしの上に、ちょっとこぉ付きもんで乗せてますのでですねぇ、紅生姜だけではお金頂戴しにくございます。

●いや、みなまで言ぃな、分かった。お金ちょ~だいしにくいちゅうことは分かりやすぅ言ぅたら、たら言ぅこっちゃないか。お前とこなんや、ただのもんばっかり置いてるんですか?

■あぁたが、ただのもんばっかり尋んねたはりますねん、選(よ)ったはりますねん。

●たまたまそぉなった

■うそつきなはれ「たまたま」やおまへんわい

●ハハハハハァ~ッ、そぉ腹立てるな、腹立ったらこんな商売でけへんねんで、ハハハァ~、ただなら喰てみたろ……、ピリッとして旨いなぁ、なかなかシャレたぁる……、親っさん、これ~ッ何や?

■どれでございます? これでございますか、これニシンの付け焼きでございます。
身欠き(みがき)ニシンの付け焼きでございます

●「ニシンの付け焼き」それもイワシの付きもんか?

■馬鹿なことおっしゃいますな、アホなこと、何でイワシにニシンが付かんなりまへんねん。
どっちか言ぅたらニシンにイワシが付くぐらいなもんですねん。

●理屈は言ぅな、理屈は……、それ~ッ何ぼや?

■五銭になっとりま

●五銭か、こっちくれ。金が払いとないから言ぅてるのんとちゃうで、誤解しなや。
おっきありがとぉ、おぉ、五寸はあるなぁ。
箸要らん、手でいく手でいく、五寸はある大きなニシンやで、これ付け焼きか……、カ・コ・ム・ケ・ク・キ・カ……、か、堅たぁ~、堅いなぁ~、とてもわいの歯に合わん、返すわ。

●ちょ~ど二寸食ただけや、二銭にしとこ

■ちょ、ちょ、ちょっと

●ビクビクするなっちゅうねん、これ~ッ何や?

■どれでございます?

●これ、これ

■鷹の爪でございます

●え?

■鷹の爪でございます

●ちょっと、愛想悪なってきたねぇ、むかついてるの? 鷹の爪、空飛んでる?

■トンガラシです。

●「トンガラシ」何でもかめへん、こっちくれ…… ♪トンガ~ラシィ~ッと♪ フヒ~~ッ、フヒ~~ッ、辛ぁ~、辛ぁ~、辛ぁ~ッ、こぉ辛ろぉてはオカラ食わなしょがない

■ちょちょ、ちょと……

●ハッハッハッハッ、ごっつぉさん、おっきありがと。何ぼになるな?

■……、せやから、はじめから「勘定がややこしなる」言ぅてましたでしょ、はじめなんや「ぬるいぬるい」言ぅてグ~ッといかはりましたでしょ、それに「熱してくれ」言わはったんで、だいぶ減ってましたんで、あのまま熱したんでは愛想ないかいなと思て、わたい実は少し足して、そいで熱いたしましたんでっけど。

■ほたら「熱いわ~い、熱いわ~い、けど呑めんことないわ~い」ガブガブ、ガブガブ、また「うめうめ、うめッ」言ぅて入れて、どんだけ減ったんや分からへんねん、もぉ……、豆はいかれてるわ、ニシンはかじりさしやわ、唾ベチャベチャ付いて売られへんこんなもん……、そぉでんなぁ、ほなまぁ、二十五銭だけもろときまひょか。

●な、何ぼれすか? 何ぼれすか?

■大きな声出しなさんな、二十五銭もろときまひょか

●え~ッ、聞き違いじゃ~ないの? 二十五銭? ありがたいなぁ、わいら今まで何百軒、大阪であちこち呑みに回ったけど、これだけ呑み食いして二十五銭、こいつは安い。
こんな安い店初めてや、ハハハァ~ッ、何ぼか負からん?

■何言ぅてなはんねん、人を安心さしといて何言ぅてなはんねん

●かからんか?

■何でかかりまんねん

●わいねぇ、はじめに言ぅたか知らんけど、ここちょ~どうちの帰り道やねん、今まで気が付かなんだけどね。
おら腹決めたで、これから毎日寄って呑みたいと思うねん。
毎日寄ろといぅ、わたし、今気持ちになりましたですね。

■ありがとぉございます。どぉぞご贔屓に、お得意さんでひとつよろしゅお頼の申します

●そぉやで、そぉいぅ気持ちに、今、なりましたですよ。
それでまた、あした、あさって来て、顔見て知らんちゅな顔されたら、わいも客の気ぃとして嫌やよってね、ちょいと顔覚えといてもらいたい「あぁ毎度ッ」なんて言われたら、また嬉しぃ気になるので、顔は覚えといてもらいたい。

■へぇへッ、なんでございます、かしこまりましてございます

●よぉ、顔覚えといてや、これから得意やで、毎日来るで、顔覚えといてや

●へぇ、ありがとさんで、ご贔屓にお願いしますで

●顔、覚えたか?

■へッ、覚えさしてもらいました

●おっきありがとぉ。ほなまぁ貸しといて

■ちょちょ、ちょっと、初めてのお客さんでございますがな、そんなことおっしゃらずに

●ダハハハァ~ッ、かからんか?

■かかりますかいな

●アハハハァ~ッ、分かったやかまし言ぅな、ちょっと待ってくださいよ……、おっ、五円で釣りくれ

■鈍なこってございます、いえ、まだ宵からお客さんございませんでしたんで、何でございます、細かいもんが

●こまかいもん無かったらしゃ~ないがな。

■ちょっと、向こぉに夜店出しの道具屋が出てますので、向こぉでちょっと替えてまいります

●やかましぃ、それならわいが行て替えてくる。
わいが行く……、やかましぃ、こらッ、そんなとっから妙な目つきでこっち見るな。
二十五銭ぐらいの銭でわいが逃げ隠れするとでも思てるのんか、この臆病者め、ハハハハァ~ッ。

●せやけどこれ、どれぐらい時間が経ったんかな思うねんけど、あんまり長いこと時間経ってもいかんので、ぼちぼち降りよかないぅ気はしてんねんけれどやで、ハハハハァ~ッ、どれぐらい時間経ちました? わっかりますか?

●(十九分)なに? 十九分、十七分? まだもぉちょっと演らなしゃ~ない……。
ハハハハァ~ッ、だいぶ経ったよぉに思たけど、まだそんな経ってなかったんや、ほなもぉちょっといこ(場内大爆笑)

●おい、道具屋

▲もぉちょっとお演りですか?

●じゃかぁしぃわ! いろいろなもん出たぁんなぁ

▲へぇ、もぉいろいろとございますんで、見とくれやす

●おおきありがと、あんなもんにこんなもん、こんなもんにあんなもん、いろんなもん出たぁる……、お前のその膝元にある、それ何や?

▲どれでございます? これですか、毛抜きでございます

●なに?

▲毛抜きでございます

●毛抜きか、ちょっとこっちかしてみ、ちょっとかし、やかまし言ぅな。ちょっと道具屋、ちょっと聞くけど何するもんや? これ何するもんや?

▲毛抜きでございますから、あごの髭を抜きますのでございます。

●何? あごの髭抜くんか。おい、ちょっと尋ねるけど、痛いことないか?
痛いことないか?

▲本家産毛屋のんでっさかい、決して痛いことございません

●そぉか、お前がそない言ぅねやったら、いっぺん抜いてやろ。
毛抜き、髭抜き痛いことないか、痛かったら承知しないよ。
ちょいちょい痛いのんあるねんでこれ、痛かったら怒るよ……、痛ッたぁ~ッ! こらッ、痛いやないかい。

▲ちょっと灰を付けてみなはれ

●灰付けるのか? それを先言ぃなさい、何や手あぶりみたいなもん持って来てんのか? タバコ吸ぅたりいたしますので? そぉ、いろいろ事情あるわい……。
今度痛たないか? おッ、痛たないわ。
これ面白いねぇ……、あらッ、ちょっと灰付けたら痛たないねぇ、えらいもんやなぁ上手に抜けるわこれ。

●はぁ~ん、これ毛抜きかそぉか、ふ~ん。これ何で毛抜きっちゅうねん?
えッ、髭抜くんのに髭抜きちゅうたほぉがえぇのんちゃうか。
何で毛抜きっちゅうねん、ちょっと尋んねるけど。

▲髭はみな、毛ぇでっさかいね、せやから毛抜きですなぁ

●えぇ~? 髭、みな毛ぇ? そぉかなぁ、知らなんだなぁ、髭みな毛ぇか?

▲みな、毛ぇです

●えぇ~ッ? ほな大根やニンジンの髭もあれ毛ぇか? ファッハッハッ、嫌んなってきた……

●ちょっと尋んねるけど道具屋、お前子どもやみなあるんか? 妙なこと尋んねるけど、ころもやみなあるのんか?

▲夫婦(みょ~と)の間に一人男の子ございます

●一人男の子?

▲小倅(こせがれ)が一人

●「小せがれが一人……」馬鹿なことを言ぃなさんな、子どもは子宝ちゅうぐらいや、大事にして大きせなあけへん、そら結構なこっちゃ。

●ちょっと尋ねるけろね、夜寝る時などはどぉいぅふぅにして寝てるんですか?

▲もぉどぉぞ、しょ~もないことお尋ねならんよぉに

●俺こんなん好っきゃ、聞くのん。どぉいぅふぅに寝てるん?

▲どぉぞご勘弁を

●かめへんやん、何かもらうからちょっと言ぅてくれへんか

▲さいでございますか、まぁなんでございます、子ども真ん中にしまして、両側へ我々夫婦……

●みなまで言ぃな、分かった「川といぅ字に寝る夫婦」ちゅうねんね。
せや、こんな川柳知ってるか?「子沢山、州といぅ字に寝る夫婦」っちゅうねん、知ってる? 
どぉいぅことか分っかる?
「州」ちゅう字ぃ知ってる? 
こぉこぉこぉなってやで、で子沢山やからこぉいぅふぅに寝るちゅうねん。
こないだ本読んで覚えたんや、どっかで使わんならんと思てたんや、ここで使えるとは思わなんだ。

▲誰と話してなはんねん?

●毛抜き、そっちやっといて

▲あらッ、買いなはらしまへんのん?

●みな髭抜いてしもてあれへん。その代わり他のもんもらう。
おッ、お前の横手にあるそれ何や?

▲大将、えらいものがお目に止まりました。
普通の杖やございませんねん、
このとおり、仕込になっとりま。

●うわッ、ちょっと待て、仕込の杖か、オモロイもんあるなぁ。な、何ぼや?

▲宵からどなたさんも値ぇ付けとられますが一文も負かりません、五円でございます。

●五円かぁ……、仕込の杖やみな五円ぐらいするやろなぁ、困ったなぁ……、えらい済まんけど、そこ二十五銭だけ負からんか?

▲ケッタイな値切りよぉでんなぁ

●いや、今そこで一杯呑んだ二十五銭要るねん

▲それなら、負けさしてもらいます。

●そぉか、よっしゃありがとぉ……、釣りはこっちくれ、これは上燗屋に払わないかん。仕込の杖こっちくれ、よぉ~し、でや? 似合うか?

▲よぉお似合いでございます

●おっきありがとぉ、また来るよって……

●よぉ~し、こら、えぇもんが手に入ったぞ。考えてみりゃ、あの上燗屋はまことに無礼な男や。安せぇ言ぅても安せぇへん、貸しとけ言ぅても貸さんちゅな、実に無礼なやっちゃ。怒りが込み上げて来た……、上燗屋~~ッ!お前いっぺん叩き切ったる~ッ!

■アホなこと言ぃなはんな。


【さげ】

 わぁわぁ、わぁわぁ……、おなじみの「上燗屋」でございます。


【プロパティ】
 「首提灯」=このあと、上燗屋への払いを済ませ、仕込の切れ味をためそ
   うと空き巣を待ち構える「首提灯」へと続きます。
 日本酒=日本特有の酒。特に清酒。
 清酒=日本特有の米と米麹とで醸造したもろみを濾して得た澄んだ酒。日
   本酒。酒。(濁酒に対して)澄んだ良質の酒。
 伊丹屋酒店=伊丹の鴻池村に山中新六が住みつき酒作りを始めた。濁り酒
   を造っていたが1600(慶長5)年、双白澄酒(もろはくすみざけ=清酒)
   の醸造に成功、伊丹の酒の隆盛に繋がる。後に山中新六は鴻池村にち
   なんで鴻池姓を名乗り、大坂に出て鴻池家の始祖となった。というこ
   とから「伊丹屋」の屋号は酒屋の定番。
 焼酎=蒸留酒の一種。穀類・芋類・糖蜜などをアルコール発酵させ、それ
   を蒸留してつくった強い酒。
 吟醸酒=日本酒のうち60%以下に精米した白米を原料とし低温発酵させて
   醸造した清酒。
 純米酒=米と米麹のみで醸造した清酒。
 上燗=酒の燗にはおおむね、日向燗(30度位)人肌燗(35度位)ぬる燗(40度位)
   上燗(45度位)熱燗(50度位)飛び切り燗(55度以上)の種類がある。また
   直接火にかける「じか火燗」お湯につける「湯せん燗」湯せん燗には、
   水から暖める、熱湯につける、80度くらいの湯につける、と細かに分
   かれる。
 うめる=湯に水を混ぜてぬるくする。差し水をする。
 しょ~もない=つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
 まぶれる=まみれる:一面に付いて汚れる。
 カラまむし=おからまぶし:酢と砂糖で味付けしたおからをからめて調理
   した料理。
 鰯のカラまむし=鰯を酢でしめ、おからを甘酢で炒って冷まし和えた料理。
 付け焼き=醤油・味醂などで調味したたれをつけながら焼いた料理。
 身欠き鰊(みがきにしん)=頭・尾・内臓を取り去り二つに裂いて干したニ
   シン。欠き割り。
 鷹の爪=トウガラシの栽培品種。果実は小形の円錐形で赤く熟す。辛みが
   強く香辛料にする。
 鈍=のろいこと・へまなこと。また、愚鈍。
 宵の口=日が暮れて間もないころ。
 じゃかぁしぃ=やかましいの転訛。
 本家産毛屋=毛抜きは古くから、金沢市や越後高田(上越市)、江戸など、
   工芸品として伝わった。現在「産毛屋」を名乗る店が越後高田、東京
   浅草人形町にある。
 仕込み杖=中に刀を仕込んだ杖。座頭市でおなじみの仕込み杖、刀の文化
   は日本のお家芸と思っていたら、実は本場はヨーロッパだったのです。
   ヨーロッパではステッキが紳士の身だしなみとしてなくてはならぬも
   のでした。同時に治安の悪かった街中を歩く際には護身用として、こ
   の仕込み杖が重宝されたのだそうです。聞けば、普通の杖よりもよく
   売れたとか。日本では杖をつくのは足腰、体の弱い方ですから、そん
   な人と仕込み杖は似合いません。
 ケッタイ=妙な・変な・へんてこな・おかしな・奇態な・嫌な・不思議な
   など、実にいろいろな意味を含んだケッタイな言葉。エゲツナイと並
   んで上方言葉の両横綱。怪体とも奇態とも希代とも卦体とも当てる。
 音源:桂枝雀 1993/08/13 枝雀寄席(ABC)

 

  

 

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