鹿 政 談
【主な登場人物】
豆腐屋六兵衛 奈良町奉行・曲淵甲斐守(まがりぶちかいのかみ)
目代屋敷鹿の守役・塚原出雲 興福寺の伴僧(ばんそう)良念
町役連中 六兵衛の女房ほか
* * * * *
ところの名物といぅものを自慢するのは、もぉ何千年も前からそぉらしぃ
よぉで、発掘された木簡やとか竹簡やとか、あんなもんにも「若狭のアワビ」
であるとか何とか、みな書いてあるそぉでございます。
まぁ、名物もこの頃は当てになりまへんのでね、外国旅行した人が東南ア
ジアあたりでせんどショッピングに時間かけまして、やっと「これにしょ~」
ちゅうて持って帰ったやつが、メイド・イン・ジャパンやったちゅうことが
よぉある話ですが、まぁ、その土地のものがありがたいんですなぁ。
昔からそぉいぅ三都の名物を詠んだ歌なんといぅのがありまして、自慢を
したらしぃ。三都といぅのは江戸と京都と大阪でございますが、江戸はやっ
ぱり侍の町で、それらしぃもんが並んどりますなぁ「武士、鰹、大名、小路、
生鰯、茶店、紫、火消、錦絵」と言ぅてね、これが江戸の名物やっちゅうん
ですなぁ、紫ちゅうのはやっぱり江戸の色らしぃ。
京都へまいりますといぅと「水、壬生菜、女、羽二重、御簾屋針、寺に、
織屋に、人形、焼物」といぅ、これが京都の名物で、みすや針といぅのは今
でもございますが、三条の縫い針の針なんですなぁ。これが江戸時代からえ
らい有名なもんやったらしぃ。
大阪へ行きますといぅと「橋に船、お城、芝居に、米相場、総嫁(そぉか)、
揚屋に、石屋、植木屋」といぅ、今でも植木屋は盛んでございます。米相場
はこれはもぉ、日本国中の米の値段を堂島で決めてたっちゅうんで、昔は威
張ったもんでございますが「総嫁」といぅのが分からんちゅうんで聞ぃてみ
ますと、これは女性のこってございましてな。
昔、暗ぁいとこで白い手拭をパラッとかぶりまして、こっちの手に菰(こも)
を抱えてね、でこぉ若い男が通ったら引ぃてるといぅ、戦後「パンパンガー
ル」てな言葉がございましたが、あれが大阪の名物やっちゅう、その伝統は
今でも残っとりますわなぁ、関西ストリップやとかピンクサロンやミニサロ
ンや……、ろくなもんおまへんけども。
もぉひと足のばして奈良へ行きますといぅと、こらやっぱり代表選手は大
仏さんでございます「大仏に、鹿の巻筆、霰(あられ)酒、春日灯篭、町の早
起き」といぅて、大仏さまは五丈三尺五寸てなこと言ぅたんですな、今のメー
トル法で言ぃますと……、分かりまへんねやけども、とにかく金(かな)仏さ
までは世界一、手のひらの上でおどりが踊れると言ぅんですなぁ。
熊野の鯨が「大きぃほぉではわしも引けを取らん」といぅので、奈良の都
へやって来て、大仏さんと背ぇ比べをしたちゅう噺がある。ほな、鯨の方が
ちょっと高かったんやそぉです「カネと鯨で二寸違う」ちゅうんですが……、
今日はまぁ、少々お分かりいただけたよぉでございます。
尺貫法やとか何とか、もぉ分かりにくなってしまいました。分からんつい
でに、も一つ分からん噺を聞ぃていただきます、こいつは本当に分からんの
ですなぁ。
大仏さんの鼻の穴へ菅笠(すげがさ)をかぶったままくぐれるか、ちゅうて
賭けをしたやつが居ってね。くぐれると賭けたやつが足場組んで上がって行
きまして、大仏さんの鼻の穴へ笠かぶったままスッとやると、スッと通った
んですなぁ。
で、下向いて「おい、俺が勝ったぞぉ~」ちゅうて、相手に言ぅなり罰が
当たって下へド~ンと落ちた。そら落ちるわけで「カサが鼻へ回ったら、た
いがい落ちる」ちゅうんですが……、これも若干お分かりいただけたよぉで。
分かりまへんねでこれ、瘡(かさ)といぅのが梅毒のことである、と言ぅても
分かりませんわなぁ、今の梅毒、鼻落ちたりしまへんさかいね。
医大の学生さんまでが「昔、梅毒鼻落ちたんですか?」なんか言ぅて聞か
れたことがあるぐらいやから。わたしら子どもの時分にペッチャンコの人が
ちょいちょいありました。この鼻の聳峙(しょ~じ)が落ちると毒気が抜けて
完全に治ると言ぅたもんでございましてな。
大仏さんにはいろんな噺がございます「大仏は見るものにして尊ばず」う
まい川柳ですなぁ、ホンにあれは仏さんやさかいご参詣した以上は拝むのが
普通ですけど、とりあえずみなビックリしまんねやなぁ「うわッ、見てみぃ
大きなもんやなぁ。あの耳たぶなぁ、唇の厚さ、さすが大仏さんや……。さ、
あっち行こか」
見るものにして尊ばずとは、うまいこと言ぅたもんで、ずっと昔のことで
すが、あの大仏さんの目玉が、腹の中へ落ち込んだことがあったそぉです。
近々東大寺で法要があるといぅのに、大仏さんの目が片一方、ブランとこぉ
なってしもた。
「こらえらいこっちゃ」ちゅうんで坊(ぼん)さん寄って相談したんですけ
ど、足場組むだけでも一日ではとても難しぃ、修理してる間ぁがない「どぉ
しょ~、どぉしょ~」と言ぅてると、子どもを一人連れた職人風の男がやっ
て来て、これを十両で請け負うと言ぅ。
どぉやって直す?「十両くれたら直す」足場は?「足場なんか要らん」何
日ぐらいかかる?「そんなもん、一刻(いっとき)もかからん」といぅので十
両の金を渡すと、先に鉤金(かぎがね)の付いた綱を取り出しまして、こいつ
をピュ~ッと振り回してたかと思うと見当付けてツ~ッとやると、これが目
の縁へグッと引っ掛かった。
ガッガッガッ、傍らの柱に結び付けて子どもに「行け」と言ぅと、こいつ
がその綱にぶら下がりましてスルスルスルスルッと目のとこまで行く。体内
へ入ります。あの体内には創建以来か何か知らんけど、足場があるんやそぉ
で、そこへ身を乗せますと鉤金なんか要らんとポ~ンとほってしもて、垂れ
下がってる目玉をグッと押し込んで、腰に差してた金槌でカンカンカンカン・
カンカンカンカ~ンッ……
目玉の修理はでけたけど、子どもは中へ閉じ込められてしもた「おい、え
らいことなったで。あの子どもはどぉなるんかいなぁ?」みんなが心配して
ると、こいつが鼻の穴から出て来たそぉで、賢いやっちゃなぁちゅうて、そ
れから賢い人のことを「目から鼻へ抜ける」といぅ言葉がでけた。といぅ……
まぁ、落語をお聞きになりますと、いろいろと勉強になりますが、よそで
は言わん方がよろしぃ、恥かきまっさかいな。
大仏さんと大仏殿はどっちが大きぃか? といぅクイズが江戸時代からあ
るんですなぁ。大仏殿の中に大仏が入ってんねやさかい、大仏殿が大きぃの
は決まった話ですが、それではクイズにならん。正解は大仏さんの方が大きぃ
んです、なぜなら座ったはるさかいに、こぉ立ち上がったら屋根突き抜ける
やろと。日本人はこんなこと好きなんですなぁ。
あの大仏さんの次に奈良で目に付くのは鹿でございますなぁ。ぎょ~さん
居りますゾロゾロ・ゾロゾロと。昔から「鹿の数と灯篭の数を数えた者は長
者になる」とこぉ言ぅんですが、未だに長者になったちゅう話も、数えたちゅ
う話も聞きませんが、そら鹿ちゅうやつは勘定しにくいですわなぁ、みなお
んなじよぉな顔してるしね、動き回んねさかい「確(しか)とは分からん」ちゅ
うことになってます。
ほな灯篭は動かへんさかい勘定ができそぉに思うんですが、興福寺から春
日大社へかけて、まぁいたるところに灯篭があります。見上げるよぉな大きぃ
やつから、こんな小さな可愛(かい)らしぃものもある「あッ、こんなとこに
もあった、あすこにも」なんて言ぅてるうちに、新規に奉納されたりするさ
かい「とぉろぉ分からなんだ」いぅのが結論になってる。
あの鹿が、神鹿(しんろく)と称(とな)えまして春日さんのお遣いと言ぅん
ですねぇ、昔の神さんや仏さんはお遣いとかお遣わしといぅのがございまし
た。お稲荷さんと狐とか、天神さんと牛やとか、弁天さんと蛇とかいろいろ
とございます。
春日さんといぅ神さんは伝説によりますと太古の昔、常陸の国から鹿に乗っ
て大和へやって来た。といぅ言ぃ伝えがあるんやそぉで、明治維新になりま
して神仏が分離するまで、神仏習合といぅて春日大社と興福寺はおんなじも
んやったんですなぁ、坊さんも神主っさんもイケイケなってた。
せやから興福寺の鹿であり、春日大社の鹿であったんです。その時分、徳
川幕府から一万三千石といぅ禄(ろく)が出とぉりまして、そのうち一万石が
賄いで三千石といぅのは鹿の餌料でございます。餌代が三千石、残り一万石
で興福寺と春日さんの賄いをやってた、鹿は偉いもんでございます。
目代(もくだい)屋敷といぅところに鹿奉行といぅのが居りまして、三千石
を預かって鹿の管理をしておりました。さぁ、こいつを殺したりしたらえら
いことになりますなぁ、石子詰(いしこづめ)といぅ、あれは平安朝時分の古ぅ
い話やそぉですが、三作といぅ子どもが手習をしてたんですなぁ。
その時分は紙は高価なもんでございますので、清書に使う白紙を一枚大事
に取っといて、真っ黒になった上、何回も何回もお習字をしてたところが、
鹿が来てこの取っておいた白紙を食べてしまいました。今の紙と違います、
その頃の紙は羊やのぉても鹿でも食べまんねやなぁ。
三作が怒って「何をする」と文鎮を掴んで投げ付けると、当たり所が悪ぅ
て鹿が死んでしまいました。そこで、鹿の死骸と生きてる三作の体をグルグ
ル巻きにして、十三尺掘った穴んなかへこいつを落とし込んで、上から石や
ら土やらで生き埋めにしてしもぉたといぅ。
まぁ残酷な話ですがホントか嘘か知りませんが、奈良公園の辺りをウロウ
ロしてますと「十三鐘」と書いた棒杭が目に入ることがあるかと思いますが、
あすこに「三作の墓」といぅのが今でも残っとります。せやさかい、昔は大
事にしたんですなぁ、鹿殺したちゅなことになるとえらいことになる。
放し飼いにしてあって、この頃は交通事故があるんですてなぁ。可愛らしぃ
バンビちゃんちゅうよぉな小鹿が車にハネられた、母鹿が怒って自動車に体
当たりをした、といぅよぉな痛ましぃ話がございますが、昔はもぉ放した鹿
は大事にせないかんちゅうわけで、噺家は大事にせないかん。奈良は大変あ
りがたいところでございます。
とにかく、朝起きて表に鹿が死んでたりしたら「こらえらいことや、どぉ
しょ~? 隣まだ寝てるわ、隣へ持って行け隣りへ」隣りの家が今度「あッ、
鹿が死んでる……、向かいまだ寝てる、向かいへ持って行け」ウカウカ朝寝
してたら、どんな目に遭うや分からん。ほで「春日灯篭、町の早起き」と言ぅ
て、町の早起きが名物になったといぅぐらいで。
謂われを聞けばありがたやでございますが、まぁそぉいぅ朝の早い奈良で
も取り分けて早い商売が豆腐屋さん。今のよぉに冷蔵庫があるわけやなし、
防腐剤があるわけやなし、朝ご飯に間に合わさないかんといぅので、午前二
時ぐらいにはもぉ十分商売をしてないけませんわなぁ。
で、こぉ朝早よぉ起きて豆を挽きます。豆乳を絞ってこしらえますなぁ。
これを苦汁(にがり)といぅもので固めたらお豆腐になる。絞りかすはオカラ
ですわ。オカラのことを関東の方では「卯の花」と言ぃまして、関西では昔
「キラズ」と言ぅた。
卯の花は分かりますわ、白ぉてパラパラとなって卯の花みたいやけど、キ
ラズが分からん「何でキラズと言ぃまんねん?」と聞ぃたら「豆腐は切って
食べる、オカラは切れへんさかい切らずや」何でそんな苦労して言ぃ換えん
ならんかいぅと、カラといぅ言葉はゲンの悪い言葉でしてね、ことに我々の
よぉな興行ものの世界で客席が空てな、こんな困ったことはないんで、これ
を言ぃ換えるんですな、キラズて。
むかし楽屋で「オカラ買ぉてこい」てなこと言ぅたら張り倒されたもんで
「なんちゅうゲンの悪いことぬかすねん、キラズを買ぉてきて、オオイリに
せぇ」あれ、炒りつけるよぉにして炊くもんでっさかいな「キラズで大炒り
にせぇ」芸人ちゅうもんはしょ~もないことで喜んでた、空と大入りえらい
違いやさかい。
最前からチンチキ鳴ってるチャンチキの鉦(かね)、あれ元来は伏せ鉦なん
ですが、楽器に使う場合は裏側を摺り鳴らしますので、あれ「摺鉦」と言ぅ
んです。こらもぉ楽屋の言葉でスルといぅのはゲンが悪い「すってしもた」
とか。で、あれを我々「当たり鉦」とこぉ言ぃます。
当たるといぅ言葉は縁起がよろしぃわなぁ「興行が当たった、大当たりを
した」なんか言ぅんですなぁ。摺るを当たるに言ぃ換えます。すり鉢のこと
を当たり鉢と言ぅ「よく当たりまして」とか、料理番組で言ぅたりするんで
すなぁ。硯箱のことを当たり箱と言ぅたりする、これも当たる。
スルメのことをアタリメと言ぃますが、スリッパのことをアタリッパ言ぅ
たやつがありました。まぁ、何でも言ぃ換えりゃえぇっちゅうもんでもない。
アタリッパはおかしぃけど。
不思議に忌み言葉は逆にいたします。浪速の葦(あし)といぅ植物がある、
水際に生えてます。葦(あし)は「悪し」悪いといぅ意味になるので、あれを
「葦(よし)」と言ぃ換えますなぁ。bad が good になるわけです。よしず張
りの葦、葦葦(よしあし)は一緒でございます。
江戸の吉原、むかし花魁(おいらん)が威張ってたところ。あら一面に葦が
生えてて葦原やったんですが、あぁいぅ客寄せ場所に「あしはら」はいかん
といぅので「吉原(きつげん)」良い文字を当てまして吉原になったと。梨と
いぅ果物がある。無いといぅのはゲンが悪いさかい、あれは昔「有りの実」
なんか言ぅてね、無いが有るに換わるんですなぁ。
兵庫県に、今はもぉやってまへんけど、生野といぅ鉱山がありました。銀
やら銅やらがよぉ取れたところなんです。有毒ガスが発生しまして、鳥や獣
が死んだんで「死に野」ちゅうてたんやそぉですなぁ。ほな、何とかのみこ
とちゅう偉い人が来て「死に野なんてゲンが悪いさかい、生野」と死ぬが生
に換わる。みな不思議に逆に言ぃ換えるもんでございますが。
奈良、三条横町(よこまち)の豆腐屋の六兵衛さん。今朝も暗いうちから起
きまして、臼を挽きまして、絞った絞りかす、キラズの桶を表へ出して、二
番目の臼をゴ~ロゴ~ロと挽ぃてると、ドサッと音がした。
ヒョッと見たら、キラズの桶ひっくり返して犬がムシャムシャ食べてる。
朝っぱらから商売もんを食われるのはゲンが悪い「シャイッ! コラッ!」
と追ぉたが動かんので、傍らにあった薪(まき)をつかんで投げつけると、ド
サッと倒れたきりじっとして動かん。
「あんなことぐらいで……」と出て見ますといぅと、これが犬ではなかっ
た、鹿でございます。ビックリして介抱したが息が止まってる「嬶(かか)、
嬶、えらいことした」「何がいな?」「鹿を殺してしもたがな」「何やてあ
んた、奈良に住んでて鹿を殺すやなんて……」「犬じゃと思たんや、鹿とは
思わなんだじゃが、息が止まってるどぉしょ~?」
律義な夫婦で、寝てる人の家の前へ持って行く、てなことはよぉしまへん
なぁ。二ぁり揃ろぉてオドオドしながら「どぉしょ~、どぉしょ~」と言ぅ
てるうちに、朝の早い奈良の町、一軒二軒と起き出した「豆腐屋の表で鹿が
死んでる」町中大騒ぎになります。
町役人、町役連中、今で言ぅと町内会長とかそんな人が寄って来て「これ、
どないしょ~なぁ? ぎょ~さんもぉ見てしもたがな。いまさら誤魔化せん、
可哀想ながしょ~がないなぁ」目代(もくだい)屋敷へ言ぅて行きますと、役
人が来て、縄を打たれて六兵衛さん引っ立てられます。
そこで目代屋敷の方では鹿の守役塚原出雲といぅのと、興福寺の伴僧良念、
二名が連署をいたしまして、お恐れながらとこれを奈良の町奉行所へ届けま
した。その時のお奉行さん曲淵甲斐守(まがりぶちかいのかみ)といぃまして、
のちにこれが名奉行と言われた人。さっそくお白州が開かれます。
もぉテレビや映画や、すぐお奉行さんが出て来て「桜の彫りものが……」
なんか言ぅたりするんですが、そぉ再々開かれるものではなかったんやそぉ
で、たいがいは吟味与力といぅのが「目安方」といぅところで片付けてしま
います。
「白州」は奉行が直々に調べるところ、鹿殺しは奈良では大罪でございま
すので、さっそくお白州が開かれます。
正面に奉行、与力連中が側(そば)に居ります。一段下がったところに同心
が二ぁり恐ぁい顔して座ってます。原告の塚原出雲と僧良念は一段下がって
縁側のところに座らされてる。砂利の上のゴマメムシロといぅ目ぇの粗いム
シロへ六兵衛座らされる。後ろの方にはほかの町役連中がズラッと並んどぉ
ります。
■豆腐屋六兵衛、面上げぇ。その方、何歳に相なるな?
●四十二でございます
■そちゃ生まれは何処(いづく)であるな?
●わたしは奈良三条横町で……
■あぁ待て、三条横町はその方が住まいをいたすところ。奉行、生まれ在所
を聞ぃておる。落ち着いて答えねばならん。生まれは何処であるか?
●わたしは奈良三条横町で……
■控え。お白州へ出れば上のご威光に打たれて、うろたえた返答をなす者がある、落ち着かねばならんぞ。そちゃ奈良の生まれではあるまい。生まれ在所を真っ直ぐに申し述べよ
●お情けのこもりましたお言葉、涙が出るほど嬉しゅ~ございますが、わたしは嘘をよぉつかん性分で、爺の代から三代、三条横町で豆腐屋を営んどります六兵衛に相違ございませんので。
■三代にわたる奈良住まいとあれば、鹿を殺せばどのよぉなことになるか存知おろぉ。その方、いかなる意趣遺恨をもって鹿を殺したか、真っ直ぐに申し述べ。
●相手が鹿のこって、意趣も遺恨もあるはずがございません。今朝もいつもとおんなじよぉに暗いうちから起きて、豆、臼で挽ぃとりましたらドサッと音がした。ヒョッと見たらキラズの桶ひっくり返して、犬がムシャムシャ食べとります。まだ一文も商いせん先に、商売もん食われんのはゲンが悪い、追ぉたが動かんので、そばにあった割木つかんで投げつけますとドサッと倒れて動きませんので「あんなことぐらいで……」と思いながら出てみますといぅと……
●犬にはあらでこれ鹿、南無三宝、薬はなきかと懐中を……
■控え、それは忠臣蔵六段目である
●いろいろと介抱いたしましたが息吹き返しまへん。鹿殺したらどないなるかはよぉ存知とぉります、わたしは覚悟しとりますが、あとに残りました女房や子どもには、ご憐愍(れんみん)の沙汰願わしゅ~存
じます。
■神妙なる申しじょ~である、鹿の死骸をこれへ持て、薦(こも)を跳ね……。奉行これより見るところ、なるほど毛並みは鹿に良く似ておるが、しかし、これは犬ではないか? 一人(いちにん)の鑑定にてはもとない……、おぉ、そちゃどぉ見る?
▲はッ、手前もこぉ見ましたるところ、これは毛並みの鹿に良く似た犬かと存じますが。
■ほぉ、そちもそぉ見るか……。その方はどぉ見るな?
▲おッ、手前もこぉ見ましたるところ、これは鹿に良く似てはおりますが……、犬かと心得ます
■おぉ、そちもそぉ見たか。町役連中はどぉ見るな?
▲もぉわたしら、どっちゃでもえぇこってございますのんで……
■そのよぉな胡乱(うろん)なことを申さず、とくと見定めて返答いたせ
▲次右衛門さん、こら犬や
▲犬やがな、犬やがな。三次郎はん、こら犬や
▲犬や犬や、最前ワンワンと鳴いたがな
▲嘘つけお前、死んだもんが鳴くかい
▲それが、あまりのありがたさに嬉し泣きをしましたよぉなこってございます。犬に相違ございません。
■んッ、町役連中も犬と見たか。奉行も犬と見た。与力どもも犬と見た。いやなに、塚原出雲、その方もお役目大事と心得たればこそ、すみやかに届け出でたるものであろぉゆえ、粗忽(そこつ)の儀は咎(とが)め立てはいたさんが、これは毛並みの鹿に良く似た犬である。犬を殺したる者に咎はない。
書類は取り下げてよろしかろぉ。
★恐れながら塚原出雲、申し上げます。手前、長年鹿の守役を務めてまいりました。いかに毛並みが似たればとて、犬と鹿を取り違えるよぉなことはございません。
今一度、とくとお改め願わしゅ~存じます。
■しかし、鹿にしては肝心の角が無いではないか?
★これはお奉行様のお言葉とも心得ません。総じて鹿と申すものは、春、若葉を食し、その精に当た
るものか角を落とします。これを鹿の落とし角、こぼれ角などと申して俳諧の手提灯、言葉歌語(このはかご)なんぞにも載っております。角の落ちたる跡をば、袋角または鹿茸(ろくじょ~)などと称え……
■黙れッ! 奈良の奉行を務むる身が、鹿の落とし角、袋角を存知おらぬと思いおるか。
俳諧の講釈聞きとぉない。
これをその方あくまでも鹿と言ぃ張るならば、尋ねんければならぬことがある。
■鹿には年々、上より三千石の餌料が下しおかれおる。しかるに、その餌料のうちを金子に替え、奈良の町人どもに高利をもって貸し付け、役人の権柄(けんぺぇ)にて厳しく取り立つるゆえ、難渋いたしおる者あまたあること、奉行の耳にも入りおるぞ。
■三百頭内外の鹿に、三千石の餌料ならば、鹿の腹は満ち満ちておらんければ相ならん。それを碌様(ろくざま)餌も与えぬまま、鹿はひもじさに耐えかね町中をうろつき回り、畜生の悲しさとて、豆腐屋においてキラズなんぞを盗み食ろぉに相違あるまい。
■その方、これをあくまで鹿と言ぃ張るならば、犬か鹿かはさて置き、餌料横領の方より吟味いたそぉか、どぉじゃ! たとえ神鹿たればとて、他人のものを盗み食ろぉにおいては、これ俗類にして神慮にかなわん。打ち殺しても苦しゅ~ないと奉行心得る……。これは犬か鹿か? 返答いたせッ!
★おぉ、その儀につきましては……、いや、平にひらに……、そのぉ早い話が……
■何を申しておる。その方とてお役目大事と心得たればこそ、すみやかに届け出でたるものであろぉゆえ、奉行において粗忽の儀は咎め立てはいたさんと申しておる。今一度、性根を据えて返答いたせ……、これは犬か?
★はッ……
■鹿か?
★はッ……
■犬か鹿か?
★い、犬、鹿、ちょ~かと……
■何を申しておる?
★恐れ入りましてござります。全く手前の粗忽より、毛並みの鹿に似ましたる犬を、鹿と取り違えて
お届け申したに相違ございません。粗忽のゆえ、平に、お許し願わしゅ~存じます。
■しからば、これは犬であるな
★犬に相違ございません
■が……、良く見れば鹿のよぉなところもあるなぁ
★はッ?
■額に二か所、角の落ちたるよぉな跡がある。あれは何じゃ? こりゃ、よく承れ。鹿と申すものは総じて、春、若葉を食し、その精の強きに当たるものか角を落す。これを鹿の落し角、落ちたる跡をば鹿茸などと申すが、それでも犬か? あの跡は何じゃ?
★あれは、腫物(しゅもつ)が、出来物が二つ並んで出た跡かと心得ます
■ん、しからばいよいよ犬であるな
★犬に相違ございません
■犬を殺したる者に咎はない。書類は取り下げてよろしかろぉ。裁きはそれまで、一同の者、立ち
ませ……
■六兵衛、待て。その方は豆腐屋じゃなぁ、キラズ、にやるぞ。
【さげ】
●はい、マメで帰ります。
【プロパティ】
木簡・竹簡=古代、文字を書きしるすために用いた木や竹の札。
せんど=長らく。長時間。また、何度も。何べんも。十分。たっぷり。千
途であろうか?『大言海』には「千度」とある。
みすや針=福井みすや針:中京区三条通河原町西入る。1651(慶安5)年、
後西院天皇よりみすや針の称号を賜わり商標とする。
みすや忠兵衛:下京区松原通高倉西入る。京都みすや針本舗・三栖屋
権兵衛に見習い奉公、1855(文政2)年許されて京都みすや針本舗・三
栖屋忠兵衛として創業。ほかにも「本家本みすや針」などがあるが、
現在、京都以外でも作られ「みすや針」の名称は商標ではなく普通名
詞となっている。
総嫁(そうか)=江戸時代、京坂地方で夜、街頭に立って客を引いた下級の
娼婦。辻君(つじぎみ)。そうよめ。
揚屋(あげや)=江戸時代、太夫・格子など上級の遊女を呼んで遊ぶ家。
菰(こも)=マコモやわらで織った筵(むしろ)。薦(こも)。
パンパン=売春婦。街娼。特に、第二次大戦後、米兵を相手にした女性を
いった。語源は、インドネシア語説、手をたたく擬音説などがある。
巻筆(まきふで)=芯を立てて紙で巻き、その周囲に獣毛を植えて穂を作っ
た筆。明治初期まで和様書道で使われた。
霰(あられ)酒=焼酎に浸して乾燥させたあられ餅を味醂に加え、密封して
熟成させた酒。奈良県の特産。
五丈三尺五寸=約16.2メートル。ただし、1891(明治24)年曲尺(かねじゃく)
1尺を33分の10メートル(約30.3センチメートル)と定義し、メートル条
約加入後尺貫法における長さの基本単位とした。実際の奈良の大仏は諸
説あるが像高約14.85メートル。
曲尺(かねじゃく)=大工・建具職人などが用いる直角に曲がった金属製の
物差し。現在の尺の単位。1尺は30.3センチメートル。鯨尺の8寸に
あたる。
鯨尺=江戸時代から主に布地の長さを測るのに使われていた尺。
尺貫法=日本古来の度量衡法。メートル条約加入後、1891(明治24)年メー
トル法を基準として、尺・坪・升・貫を定義。1958(昭和33)年までメー
トル法と併用されたのち廃止。
瘡(かさ)=梅毒の俗称。
聳峙(しょうじ)=そびえたつこと。
神仏習合=日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。
すでに奈良時代から寺院に神がまつられたり、神社に神宮寺が建てら
れたりした。平安時代頃からは本格的な本地垂迹(すいじゃく)説が流
行し、両部神道などが成立した。神仏混淆。
神仏分離令=1868(明治1)年3月、明治政府によって出された、古代以来
の神仏習合を禁じた命令。これにより全国に廃仏毀釈(きしゃく)運動
が起こった。神仏判然令。
イケイケ=相殺。勘定が差し引きなしになる。「行き行き」であろう。ま
た、隣家との境に何の設備もなく互いに行き来できる場合にもいう。
禄(ろく)=官に仕える者に支給される手当。俸禄。
石(こく)=体積の単位。米穀などを量るのに用いる。1石は10斗、約180
リットル。かつて、大名・武士の知行高を表すのにも用いた。米相場
の変動はあるが、米一石=金一両。
鹿の餌料=三千石は三千両に相当し、現在の価値換算で約1億2000万円。
目代屋敷(もくだいやしき)=江戸時代、目付(めつけ)のこと。国の地方管
理事務所(国司代理が詰めている)
石子詰(いしこづめ)=中世・近世に行われた処刑の方法。罪人を生きたま
ま穴の底に入れ、上から小石を入れて埋め殺すもの。各地で私刑とし
て行われた。
三作塚=春日大社一の鳥居の西、三条通南側にある興福寺の支院「菩提院
大御堂」の東側に石子詰の刑にされた三作供養塔が建つ。三作の死を
悲しんだ母が植えたモミジの木があり、鹿とモミジのとり合わせはこ
こから出たという。なお、三作は興福寺の修行僧(当時十三歳)という
説も残る。
キラズ=おから。東京では卯の花。豆腐は切って調理するがオカラは切ら
ずに調理する(出典:屠竜工随筆)。スルメをアタリメというのと同じ
発想。空は良くないというゲン担ぎ。
験(げん)=ゲンがえぇ、ゲンが悪いなど、兆しの意味に用いられる。現在
は験の字を当てるが、縁起(えんぎ)の倒語ギエンをゲンと約めたもの。
奈良三条通=JR奈良駅から興福寺、猿沢の池を経て春日大社へ延びる通り。
嬶(かか)=もとは幼児語、父(とと)、母(かか)。近世、庶民社会で、自分
の妻または他家の主婦を親しんで、あるいはぞんざいに呼ぶ称。かか
あ。
ぎょ~さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ~さん」たくさ
ん、の訛りかも?
伴僧=法会・葬儀・修法などのとき、導師に付き従う僧。
曲淵甲斐守(まがりぶちかいのかみ)=名は景漸(かげつぐ)八代将軍吉宗の
治下、1769(明和6)年、大阪町奉行を経て江戸北町奉行に就任、1787
(天明7)年辞任。奈良町奉行職は務めていないという。
鹿政談の奉行=奉行の言葉「控え、それは忠臣蔵六段目である」より、仮
名手本忠臣蔵の人形浄瑠璃初演は1748年であるから、それ以降の歴代
奈良奉行。候補者は石黒易慎、神尾元籌、山本雅●(土偏に慮)、山岡
景之、酒井忠高、小菅武第、菅沼定亨、松田勝易、小出有乗、三浦正
子、柴田康成、加藤正脩、岩瀬氏紀、鈴木正義、川井久徳、本多重賀、
井上正章、梶野良材、本多繁親、池田頼方、川路聖謨、佐々木顕発、
戸田氏箸、根岸衛奮、桑山元柔、山岡景恭、安藤次誠、小俣景行。
鹿政談の奉行=曲淵甲斐守ではなく、根岸肥前守または松野河内守を登場
させる噺がある。しかし、松野河内守が奈良奉行についた記録はない。
根岸肥前守なら根岸肥前守衛奮が相当する。任期は1858(安政5)年11
月8日~1861(文久元)年8月12日。
根岸肥前守衛奮(ねぎしひぜんのかみもりいさむ)=新潟奉行・奈良奉行・
外国奉行・勘定奉行・大目付・勘定奉行・江戸南町奉行・講武所奉行
並・関東郡代・一橋家家老など幕府の要職を歴任した。ちなみに根岸
鎮衛(やすもり)は祖父。
吟味与力=刑事事件取調べ役。調書を作ったのち例繰(れいくり)方が過去
の判例を当たり、相当の刑罰を付記して奉行に送る。
目安方=吟味方からの調書を元に、原告・被告の取調べを行う(公聴)。
意趣=他人の仕打ちに対する恨み。
遺恨=長い間もち続けていた恨み。宿怨。
割木=薪(たきぎ)を小割りにしたもの。まき。
三宝(さんぼう)=仏と、仏の教えである法と、その教えをひろめる僧。仏・
法・僧。三宝絵。
それは忠臣蔵六段目=早野勘平切腹の段「……山越す猪に出合い、二つ玉
にて撃ち留め、駆け寄って探り見れば、猪にはあらで旅人、南無三宝
誤ったり。薬はなきかと懐中を探し見れば……」
憐愍(れんみん)=憐憫:あわれむこと。なさけをかけること。同情。
胡乱(うろん)=不確実であること。あやふやなこと。疑わしく怪しいこと。
胡散(うさん)。
粗忽(そこつ)=軽はずみなこと。注意や思慮がゆきとどかないこと。
儀=ことがら。こと。形式名詞的な用法。
俳諧手提灯=「俳諧手提灯」という書名の豆本が存在する。内容は不明。
歌語=主に和歌を詠む時にだけ用いられる特殊な言葉や表現。鶴を「たず」
蛙を「かわず」と表現する類。
袋角=鹿の若角で、夏に生えかわったばかりの、皮をかぶり瘤のようになっ
ているもの。
鹿茸(ろくじょう)=鹿の袋角。陰干しにして強壮剤とする。
権柄(けんぺい)=権力をもって人を威圧すること。
犬、鹿、ちょ~=猪・鹿・蝶:花札の役の一種。猪・鹿・蝶が描かれた、
萩・紅葉・牡丹の10点札3枚をそろえる。
まめ=忠実(まめ)と当てる。まじめによく働くこと。よく気がついて面倒
がらずにてきぱきと動くこと。体が丈夫である・こと・さま。達者。
音源:桂米朝 1991/06/10 米朝落語全集(MBS)