桂文治の噺、「反対俥」(はんたいぐるま)によると。
今は無くなってしまった人力車だが、その当時の話です。
今川(いまがわ)橋で客待ちの居眠りをしている車夫に声をかけた。
「万世橋から上野までやってくれ」の注文で、とろりとろりと走り始めた。
と思ったが、かじ棒が上がりすぎ車夫は空中で足をばたつかせ、走り初めても提灯が借り物だからと、丁寧にゆっくりと走らせて(歩いて)いる。
若い車夫に抜かれると「若い者に花を持たせやしょう」と動じない。
今度は年取った車夫に抜かれて「年寄りにも花を持たせましょう」。
心臓が悪いので、走ると死んじゃうかも知れません。
その時は身寄りがないので、お弔いをお願いします。
急いでいるので降ろしてもらった。
「そこにいる若いの、早そうだな」。
俺は早いよ、と言うなりかけだした。
まだ乗っていないのに・・・。角を曲がって戻ってきた「道理で軽かった」。
乗るから「万世を渡って北へ真っ直(つ)ぐやってくれ」、アラよっ、アラよっと走り始めた。
風を切って走った。
土管を飛び越え、しゃべる車夫の唾が風に飛ばされ客に飛んだ。
土手に突き当たり俥はやっと止まったが、そこは埼玉県川口と書いてあった。
「『北に』と言われたのでここまで来たが、上野なら戻ります」。
またアラよっ、アラよっと走り始めた。
「こないだは急行列車を追い抜いた」。
今は汗が目に入って前が見えない。
「止めてくれ」、「勢いが付いているので止まらない。
トラックが来たら避けてください」。
「お客さん、保険に入っていますか」、「そんなのには入っていないヨ」。
「奥さんはいますか」、「二十八だよ」。「二十八で後家さんにしては可哀相。
奥さんだけでも私が引き取りましょう」、「冗談言っちゃいけねェ~」
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