「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

今年のラスカー賞の栄冠はHPVワクチン研究者に ~がんを防ぐワクチン開発への功績を讃えて

2017-09-06 | 学術全般に関して
「ノーベル賞」にも勝るとも劣らない国際賞は幾つかありますが、そのうちの一つに米国ラスカー財団が授与する「ラスカー賞」があります。ラスカー賞は主に医学分野を対象としていますが、実際、例えば利根川進博士や山中伸弥博士のようにラスカー賞とノーベル賞を重複受賞するケースも多く、ノーベル生理学・医学賞やノーベル化学賞の将来の受賞者を予想する一つの指標となることもあります。
ラスカー賞の一つである「ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞(Lasker-DeBakey Clinical Medical Research Award)」は臨床医学の分野において世界最高峰の栄誉とされますが、本日、今年のラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞はDr. Douglas R. LowyとDr. John T. Schillerの2人の米国人医学者に授与されることが発表されました。
授与対象は「HPVワクチン研究開発の功績」です。言うまでもなく、このHPVワクチンは、ヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus:HPV)を対象とした、女性の子宮頸がん罹患率の低下につながる画期的な予防ワクチンであり、「がんに対する予防ワクチン」としての先駆けになります。

世界的には、このワクチンに関しては、やはり、とても高く評価されています。ここで「世界的には」と敢えて書いたのは我が国の特異な現状を念頭に置いているからです。
「副作用のない薬は存在しない」ように、副作用のないワクチンは存在しません。HPVワクチンにも、当然、副作用が生じる可能性はあります。しかし、副作用/有害事象が生じる可能性と、子宮頸がんによって命を落とす可能性やHPV感染がコミュニティへ拡散する不利益などを天秤にかけて、公共の福祉の観点から予防ワクチンとして施行するか否かを総合的に判断すべきであり、「世界的には」HPVワクチンの普及によって女性の子宮頸がん罹患リスクを低下させることが出来るという共通理解があります。予防接種ワクチンによって、がんにかからずに済む、命を落とさずに済む人が統計学的に多くなるのであれば、それはやはり素晴らしいことでしょう。

しかしながら、我が国では……
HPVワクチンをめぐる日本の現状についてここでは詳しく書きませんが、個人的には、残念に思うのです。

たしかに、ごく稀な可能性とはいえ、いったん生じた副作用/有害事象のケースについては、深く同情します。日本ではこの報道がセンセーショナルでした。医療とは、ときに統計学的な観点や経済学的な観点を度外視してまでも、病に苦しむひとりひとりの患者さんに寄り添おうとする営みです。私も医療従事者の端くれとして、不幸にもHPVワクチンの副作用/有害事象で苦しむことになってしまった方々が、その辛さをなんとか乗り越えてほしいと祈っています。
一方で、ワクチンによってそのリスクを低減できる可能性があるにもかかわらず、性交渉の低年齢化と性感染症対策の未熟によって、若い女性たちを中心に広がるHPV感染の拡大と子宮頸がんリスクの増大への対応が遅れてしまった我が国の状況をとても残念にも思います。

率直に言って、我が国では副作用/有害事象に関する扇動的な報道がエスカレートし、HPVワクチンに対する正しい理解が損なわれたように感じています。将来、「HPV感染者の輸出国」である等と、日本が世界各国から不名誉なレッテルを貼られるようなことにならなければいいのですが……