株式会社プランシードのブログ

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その12.大魔神 逆襲!?

2012-06-19 07:45:25 | 制作会社社長の憂い漫遊記
私の就職した2つ目の会社は「映像館」。
いまから28年ほど前の話である。
2年しか在籍しなかったが、下ズミ生活は後にも先にもこの2年間だけ。
個性的な会社に入社できた事を今も感謝している。マジで!!
経営陣は京大卒で、年齢的には学生運動後期の方々である。
どのような学生生活をおくっていたのか知る由もないが、
社会に出て、思い切り好きな事をして、
そのまま経営陣になったわけだから、一般企業の経営幹部とは色合いが違う。
そもそも映像界の方なので、一般企業と同列で語るのも変なのだが…


(「映像館」で年1回行なっていた大阪・東京合同合宿の
 社内会議=株主総会で大阪メンバーが記念撮影
 入社2年目の総会)

中畑演出部長は、大島 渚監督一門という映画畑出で、
映画界の斜陽と共にPRの世界に変わってきた。
「映像館」の演出部長ではあったが、
PRの世界にきて、いまだ自分の演出法を探していたようだ。
私が言うのも変なのだが、迷いながらも常に走りながら
自分の足場を固めていたような気がする。
ただし、映画畑出身だけあって、スタッフに対する気の使いようは
半端ではなく、スタッフからとても慕われていた。

ある日、中畑部長に誘われて、
京都太秦にある「大映」の撮影所に同行した。
私はその1年ほど前に、『タカラベルモント』という
歯科医用の椅子の商品PRビデオの監督をした時に、
同じ太秦にある「東映」の撮影所でセットを組み、撮影した経験がある。
大阪には商品が3台並ぶ広いスタジオがなく、映画スタジオで撮影したが、
同じ時、五社 英雄監督が映画を撮っており、興奮したものだ。
今回「大映」のスタジオでは、篠田 正浩監督が
郷ひろみ主演で「鑓の権三」(1986年)の準備をしており、くしくもこの日、
撮影所の狭い広場で、郷ひろみが衣装の着物姿で乗馬の練習中。
ファンがフェンス越しに黄色い声をあげていた。
ちなみにこの映画は、ベルリン映画祭銀熊賞を獲得したのだが、
私はMr.郷の乗馬には興奮しなかった。
私はMr.郷を横目に見ながら、中畑部長の後を追ってスタジオに入った。
と、出迎えてくれたのは天井からつるされた『大魔神』。
「ビックラこいた~」

『大魔神』は1966年に大映が制作した特撮映画で、
劇中に登場する守護神だが、実物をみたのは初めてだ。
このスタジオの守り神らしく
いつも天井からつり下げられている(らしい)。
撮影でジャマになった時は皆で移動させて、
映らない所にぶら下げられているそうだ。
実にカッコいい守護神で、映画屋らしい祭り方だった。

山田企画部長は、いつも机に座って企画を練っていた。
その企画のほとんどは、中畑演出部長に回され
私以外の方が演出していたので
私には山田企画部長の仕事ぶりは、記憶にない。
ただ企画は相当練ってから、出稿していたらしく
大きなイボ痔数個といつも戦っていた。
同じ企画部に田村さんがいたが、同じようにイボ痔で苦しんでいた。
イボ痔と格闘しなければならない企画部は、私には性に合わない。

溝口社長については、前回の「その11」で書いたのだが
若手が経営方針に突っ込みを入れても常にまじめに考え、
回答案を必ず出してくる。方程式の名人でもある。
その溝口社長が作った方程式で秀逸なのが「制作費の概算」だ。
1日60万円×ロケ日数+120万円(編集・録音費)
  ※プロデュース費、演出費含む

例えば、ロケが3日なら300万円の制作費である。
交通費や宿泊費は別途実費清算で、雨降らしや雪降らし、
ヘリコプターを使った空撮などはオプションになる。
基本、誰が監督をしても、カメラマンをしてもこの数式は変わらない。
映像館内でゲリラ的に、監督兼プロデューサーをしていた私にとって
この方程式は、非常に単純でありながら説得力があり、助かった。
最も今では価格体系が変わり役に立たない方程式になってしまった。

映画「大魔神」は、「大魔神」「大魔神怒る」「大魔神逆襲」の三部作。
あれから約50年後の2012年、
PR業界、とりわけ映像はPCの登場で風前の灯。
次々と制作プロダクションが閉鎖もしくは縮小している。
もはや怒る元気もない。しかし、逆襲なくては3部作にはならない。
日本映画界はTVの出現で、風前の灯になったが、
現在は逆襲に成功している。
PR映像界は、PCの出現により、風前の灯。
そんな中で私たちはあきらめず業界にとどまっている。
PR映像は「情報伝達」が主目的か?
否、「感情伝達」のメディアである(と私は思っている)。
ここにこそ、逆襲の手立てがあるのでは…

これについてはまた後ほど。はたしてPR映像界の逆襲は…


(2012年6月、㈱データボックスとの合同社員旅行)


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