評論家の川本三郎先生が曰く、房総というのは、東京の人間にとっては、かつて非常に近いところだったわけです。東京が大きな都市とすると、その後ろに控えている大きな田舎としての魅力を持っていました。
また、明治二十年代の初めに、文豪の夏目漱石はある夏休み、千葉の房総半島に遊びに行きます。帰京後に郷里松山で静養する級友正岡子規に、漢文による紀行文「木屑録」を送りました。それを見ると、後年のあの憂うつそうな漱石先生とは違って、恐らく房総半島の太陽と海の明るさに影響されたのでしょう、非常に明るい旅をしています。
もう一つおもしろいのは、湘南に行く人たちは、やはり山の手族ですから、金持ちが多い。したがって、別荘に行くというのです。ところが、房総半島に行く人たちは別荘を作るほどのお金がないので、どうするかというと、地元の漁師や農家の家に部屋を借りて夏の間を海水浴で楽しむと評論家の安田武先生は書いてあります。