何年か前から「ツイッター」なるものがあるのは知っていたが、縁が感じられず無視していた。
「2ちゃん」のまとめサイトを見るようになって、そこに「ツイッターがどうのこうの」という
表示が出ていたのを見たが、そのツイッター連動部分は非常に読みにくく、「何だか知らない
けど邪魔だな」程度にしか思えなかった。
去年、割とあちこちで「ツイッター」という言葉を聞くようになったので、「ツイッターって
何だろ?」と調べてみたが、ネットでの「つぶやき」だという。全然意味が理解出来ない。
つぶやいてどうするのか?誰に対してつぶやくのか?ネットで独り言を書くってこと?どうして?
特定の相手に対するメールでもなく、ホムペでもブログでもない。2ちゃんなどのBBSでもない。
ツイッターがなぜあるのか、なんで皆んな使ってるのか、概念がつかめずにいた。
そんな中、マンガ家のkashmir氏のサイトを見る機会があり、そこにも「ついったー」という欄が
あった。やはりそこにも「唐突な話題」が並んでいるようにしか見えなかったが、ファン心理に
よってkashmir氏をもっと知りたいという欲求にかられ、ツイッターをいじりまわしてみた。
アカウントを取り、kashmir氏の過去のつぶやきをずっと読み続けた。
幸いにも、kashmir氏のつぶやきが面白いものが多かったため、「よし、自分でもやってみよう」
という気になり、入力画面と対峙する。
だが、「いまどうしてる?」という設問に、どうしても答える気にならない。気恥ずかしさと、
誰に聞かれてるのかわからないのと、なんでそんな私的行動を垂れ流す必要があるのかわからない
事と、「そんな事してどうするんだ?ナルシスト?構ってちゃん?」という自戒しかなかった。
無名人のpcfxの独り言を聞きたい人がいるのか?
と考えた所で、やっとツイッターが何なのか少しわかったような気がした。要は、ツイッターは
「一行ブログ」なんだと。そういわれると、自分がやってるブログも「長文ツイッター」みたいな
ものだ。以前、ブログに対しても同じ印象を持ったのを思い出した。「ブログって、要は簡易
ホムペだよね。それも日記サイトのたぐい」と思っていた。2ちゃんで長文が読めない多動児が
よく「三行にまとめろ」というが、それがツイッターの需要だったのだろう。
で、現在に至る。努めてツイートなるものをするようにしているが、まだ多少のためらいがある。
「こんなのを誰が読むというのか。読まないと思っているのに書いている自分はなんだ?」
それに対する自分の中の「分析くん」の答えはこうだ。
「データはそれ自体に価値はないが、需要が発生した時に価値が生ずる。データの質とは量だ」
しかし自分の中の「批判くん」は更に追求してくる。
「そのデータを最も活用できるのは運営者だ。お前がどうやって活用できるというのか」
確かに。使用される単語のトレンドやフォローする傾向からマーケットを識別する事ができる
のは運営会社だけだろう。「有名人の生の書き込みが見れますよ」「うまくいけば直接チャットを
交わせますよ」というのは大きなエサだ。猫でいえばモンプチみたいなものだ。そのエサに
飛びつくと、マーケティングに利用されるという代償を支払う事になる。猫でいえばエサ喰ってる
時に背中をモフられるようなものだ。
だが、よくよく考えてみると、このマーケティングには色々と欠点があり、結論をいうと失敗に
終わるだろう。このやり方を進めると、ある地点である事に気がついた者にオセロのように
ひっくり返される事になる。面白そうだからその「欠点」は書かずに様子を見ることにする。
ヒントは「メッサーシュミット」だ。
これでマーケティング利用については杞憂となったので、今後はもっと気楽にツイートして
いきたい。データの海の中の水滴は蒸発して雲になり、雨となって降り注ぎ、川を流れてまた
海に帰るのだ。その間に塩分濃度が変わったりイオン化傾向が変わったりするが、データは
プラズマ状態の電子とも言えるので問題ない。むしろソリッドである事に問題があるのだから。
「2ちゃん」のまとめサイトを見るようになって、そこに「ツイッターがどうのこうの」という
表示が出ていたのを見たが、そのツイッター連動部分は非常に読みにくく、「何だか知らない
けど邪魔だな」程度にしか思えなかった。
去年、割とあちこちで「ツイッター」という言葉を聞くようになったので、「ツイッターって
何だろ?」と調べてみたが、ネットでの「つぶやき」だという。全然意味が理解出来ない。
つぶやいてどうするのか?誰に対してつぶやくのか?ネットで独り言を書くってこと?どうして?
特定の相手に対するメールでもなく、ホムペでもブログでもない。2ちゃんなどのBBSでもない。
ツイッターがなぜあるのか、なんで皆んな使ってるのか、概念がつかめずにいた。
そんな中、マンガ家のkashmir氏のサイトを見る機会があり、そこにも「ついったー」という欄が
あった。やはりそこにも「唐突な話題」が並んでいるようにしか見えなかったが、ファン心理に
よってkashmir氏をもっと知りたいという欲求にかられ、ツイッターをいじりまわしてみた。
アカウントを取り、kashmir氏の過去のつぶやきをずっと読み続けた。
幸いにも、kashmir氏のつぶやきが面白いものが多かったため、「よし、自分でもやってみよう」
という気になり、入力画面と対峙する。
だが、「いまどうしてる?」という設問に、どうしても答える気にならない。気恥ずかしさと、
誰に聞かれてるのかわからないのと、なんでそんな私的行動を垂れ流す必要があるのかわからない
事と、「そんな事してどうするんだ?ナルシスト?構ってちゃん?」という自戒しかなかった。
無名人のpcfxの独り言を聞きたい人がいるのか?
と考えた所で、やっとツイッターが何なのか少しわかったような気がした。要は、ツイッターは
「一行ブログ」なんだと。そういわれると、自分がやってるブログも「長文ツイッター」みたいな
ものだ。以前、ブログに対しても同じ印象を持ったのを思い出した。「ブログって、要は簡易
ホムペだよね。それも日記サイトのたぐい」と思っていた。2ちゃんで長文が読めない多動児が
よく「三行にまとめろ」というが、それがツイッターの需要だったのだろう。
で、現在に至る。努めてツイートなるものをするようにしているが、まだ多少のためらいがある。
「こんなのを誰が読むというのか。読まないと思っているのに書いている自分はなんだ?」
それに対する自分の中の「分析くん」の答えはこうだ。
「データはそれ自体に価値はないが、需要が発生した時に価値が生ずる。データの質とは量だ」
しかし自分の中の「批判くん」は更に追求してくる。
「そのデータを最も活用できるのは運営者だ。お前がどうやって活用できるというのか」
確かに。使用される単語のトレンドやフォローする傾向からマーケットを識別する事ができる
のは運営会社だけだろう。「有名人の生の書き込みが見れますよ」「うまくいけば直接チャットを
交わせますよ」というのは大きなエサだ。猫でいえばモンプチみたいなものだ。そのエサに
飛びつくと、マーケティングに利用されるという代償を支払う事になる。猫でいえばエサ喰ってる
時に背中をモフられるようなものだ。
だが、よくよく考えてみると、このマーケティングには色々と欠点があり、結論をいうと失敗に
終わるだろう。このやり方を進めると、ある地点である事に気がついた者にオセロのように
ひっくり返される事になる。面白そうだからその「欠点」は書かずに様子を見ることにする。
ヒントは「メッサーシュミット」だ。
これでマーケティング利用については杞憂となったので、今後はもっと気楽にツイートして
いきたい。データの海の中の水滴は蒸発して雲になり、雨となって降り注ぎ、川を流れてまた
海に帰るのだ。その間に塩分濃度が変わったりイオン化傾向が変わったりするが、データは
プラズマ状態の電子とも言えるので問題ない。むしろソリッドである事に問題があるのだから。