goo blog サービス終了のお知らせ 

minority resistance

pcfx復活ブログ

カレーとかカレー屋とか

2011年06月23日 | たべもの のみもの
ついに名古屋もフツーに30度を超えるようになってきた。暑い。こう暑いと誰かを殺したくなって
くるが、それはまずいのでエアコンを入れた。むー涼しい。普段は冷茶ばかり飲んでいるpcfx
だが、今日はコンビニで「Bikkle」のペットボトルを買ってしまった。いわばヤクルト7.7本を
一気飲みするカンジだ。

暑くなると「暑いときは熱いもの理論」によってカレーが無性に食べたくなる。また寒い冬も体を
温めるためにカレーを多く食べる。気候のよい春や秋は無理なくカレーが食べられる季節だ。
つまり何かと理由をつけて年中カレーばかり食べているpcfxだ。

カレーは家でも食べるし外でも食べる。外食で何を食べるか散々迷った末に、高確率でカレーを
注文してしまう。喫茶店でもカレー、博物館でもカレー、大学病院の食堂でもカレー、牛丼屋
でもカレー、行政施設の食堂でもカレー、大衆食堂でもファミレスでも旅行先でもカレーだ。
インドでは数カ月間毎日3食カレーだった。
カレー専門店のチェーンにも突入する。名古屋ではやはり「ココイチ」の独壇場だが、最近は
他地域のチェーン店がジワジワと名古屋に上陸を開始している。東京に遊びに行くときには
名古屋にはないチェーン店にいく。

pcfxはカレーの味にさほど拘らない。無論マズいのはダメだが、ミックススパイスの料理に
標準的な味を求めるというのも変な話しだ。アジア各国・各地域で味が違うし、日本独特の
カレーもある。欧風カレーや家庭のカレーもある。「こんなのカレーじゃない」とか言った所で
それは経験の少なさや見識の狭さを露呈するだけだ。ボンカレーだって立派なカレーだ。


pcfxにも好みはある。タイ・カレーのグリーンカレーも好きだし、トマトと生クリームとチョコが
入った欧風カレーも好きだ。ココイチのポークカレーに至福を覚える。インドでは毎日気が狂う
程カレーばかり食べたが、インドの地方都市の片隅にある普通の食堂で、昼時に食べるターリー
(インドの定食)のホウレンソウのカレーが一番ウマかった。

北インドではチャパティ(インドの一般的なパン)で食べる。日本でおなじみの「ナン」は
どこでも食べれるものではなく、大型の釜をもった食堂でないと作れない。しかも高い。
慣れてくるとチャパティのほうがウマく感じるようになる。プーリー(チャパティを油で揚げた
もの)はごちそうだ。

南インドではやたら長い粒の米飯で食べる。この長い米は炊き方も違えば水の質も悪いので日本人
の感覚ではウマいとはいいにくい。だが不思議なことに1週間も毎日食べていると気にならなく
なり、1ヶ月もすれば「これはこれでアリだな」と思えるようになってくる。日本の米飯とはまた
違った「別の食べ物」という認識に変わる。南インドの食堂では、席に座ると何も注文
しなくても店員の兄ちゃんがテーブルにバナナの葉っぱを敷き、コップの水を葉っぱにぶっかけ
る。これで「葉っぱの洗浄」は完了だ。そういう国なんだから仕方がない。そしてボウルを片手
にやってきて、葉っぱの上に飯を適当に載せる。そこにカレーをぶっかける。それをおもむろに
右手で手掴みで食べ、平らげると自動的にまた飯が盛られてカレーをぶっかけてくる。もう
ストップというまで延々とそれを繰り返す。どれだけ食べても同じ値段なのでお得だ。カレーは
大抵ベジタリアンカレーで、具は日替わりだったり昨日と同じだったりとテキトーだ。

このような食事が朝から晩まで毎日容赦なく続く。無論、短期滞在だったり資金に余裕があれば
他になんだって食べられるが、インドでは大抵、「カレーとカレーじゃないもの」には大きな
値段の開きがある。数ヶ月に渡って長期に旅を続けると資金は節約しなければならず、また
インドの金銭感覚に慣れると、食事はカレー一択になるのが普通だ。因みに食堂のターリーは
大体¥50。同じボリュームをマクドナルドで食べると¥150から¥200くらいになる。
20年前のターリーの値段は¥25くらいだった。

そのように毎日カレーを食べていると、もう一生分以上のカレーを食べたような気がする筈
なのだが、もう体がカレー体質になっているので割と平気で帰国後空港からココイチへ直行
できる。もう体臭もカレーであり、インド帰りの者は指先が少し黄色くなっている。


さて、そんな旅情をリピートしたくなり、たまにインド料理屋にいく。最近はやたらとそれっぽい
店が乱立し、「ネパール・インド料理」「パキスタン・インド料理」などの看板を出して出店
ラッシュしている。昔は日本のインド料理店というのは高いのが相場で、客単価¥2500
くらいだったのだが、最近はそれも大衆化したようだ。ランチバイキング¥680という店も
見かける。いい時代になったものだ。インド料理屋に多い屋号は「ガネーシャ」とか「デリー」
とか「マハラジャ」というところか。「中華料理・北京」「日本料理・東京」という発想だ。
もっとも、一般の日本人にインドの地方都市の名前などさほど知れ渡っているわけでもなく、
つかみとしては「印度料理・デリー」は妥当な名前だろう。「コルカタ」だとバングラディシュ
料理も混ざっていそうだし、「チェンナイ」だとナンが食べられそうになく、「ゴア」だと
マリファナ入りのカレーが出てきそうで、「ムンバイ」だとカレー食べてる最中に映画の撮影が
始まりそうで落ち着かない。



ここからやっと本題に入るのだが、名古屋の南アジア(イランからミャンマーまでの東西各国)
料理店の隠れた名店に、藤が丘のパキスタン(及びインド)料理店、「カシミール」がある。
「またカシミールか!」とpcfxのkashmir好き好き話にウンザリされているかもしれないが、これがまた
偶然同じ名前なのだから仕方がない。藤が丘には昔務めていた会社があったのだ。

この「カシミール」というのは、インド北部あたりの地域で、国境紛争地域だ。インドと
パキスタンがカシミール地方を南北に分断してそれぞれが実効支配している。そこに中国も国境を
隣接しているのをいいことにちょっかいを出している。そういう微妙な地域故に、旅行者が気軽に
立ち寄れる場所ではない。この地域への入境には外国人入境許可証が必要であり、発行には多くの
時間がかかる上に条件もある。まあいくらか金を乗せればすぐその場で発行してくれるのだが。
pcfxの時は1200ルピーをうっかりパスポートに挟んだまま申請用紙と共に提出する事によって
最優先で発行させた。インド人の仕事など待ってられない。

カシミール地方は多くの場所で銃撃や爆発が珍しくないので、ある程度覚悟が必要になる。
そんな所にわざわざ時間と金を使っていくのだから誠にご苦労さんな事だ。


で、パキスタン人の立場から見ればインドは憎っくき侵略者だ。だから「パキスタン料理店」の
「カシミール」とは、北部カシミール地域の事を指し、pcfxが入境した南部カシミールとは
また別の地域となるわけだ。非常にややこしく微妙な問題だが、元々カシミール地域は山岳に
分断され、それぞれの地区で文化や宗教が違う多彩な顔を持つ地域だ。ここでは平和な仏教徒の
坊さんもAK47をイスラム過激派にぶっ放す[要出典]。実際に「女犯坊そのもの」という僧侶も
いる[要出典]。pcfxも幾度か危ない目にあったが、まあなんとか生きて帰ってきた[要出典]

「インド料理・カシミール」と書けば、知名度でもっと客が入るかもしれないが、そこは
パキスタン人の意地だ。絶対にカシミール地域はパキスタンのものなんだ、という意気込みを
店名から感じる。一方で「インド料理・カシミール」という店名の店も各地にあるようだ
同じ屋号の地域名なのにインド料理の店とパキスタン料理の店がある。我々で言えば
「日本料理・国後」と「ロシア料理・クナシル」があるような感じだ。

話の9割が脱線して別の鉄道会社の路線と交わっているが、この「パキスタン料理・カシミール」
はおいしい店だ。昼のランチは食べ放題で¥650と安いが、肝心なのはそこではなく夜の時間帯
だ。この店は目立たない所にあるので、藤が丘在住者でも知らない人が多い。だから平日の夜に
なると非常に客が少ない。そこでゆっくりとディナーセットを食べるのがよい。注文を受けてから
スパイスを混ぜ始めるので少々時間はかかるがその分おいしい。



この店のカレーでお勧めなのが「マトンサグワラ」だ。じっくり煮込まれた羊肉がゴロゴロ
入っており、カレーのベースはホウレンソウだ。とてもクリーミーなカレーで、焼きたての
ふっくらモチモチのナンとの相性はバツグンだ。ディナーセットにはカレー1品に、タンドリー
チキン・ケバブ・サラダ・ドリンクがついており¥1500だが安く感じるおいしさ。それが
藤が丘駅近くにある「パキスタン料理・カシミール」だ。お近くの方は寄ってみてはいかが
だろうか。

地下鉄藤が丘駅前の藤が丘交差点を南西に進むと「GAZA」というファッションビル
があり、その地下にある。表に目立つ看板はないので注意が必要だ。

藤が丘には浮上式リニアモーターカー路線の「リニモ」の駅や、宝塚や鉄道やTRPGに特化した
珍しい本屋「白樺書房」がある。ついでに楽しんでみてはいかがだろうか。


パスタとかスパゲッティとか

2011年03月07日 | たべもの のみもの
pcfxの世代はイタリア麺の事を「スパゲッティ」と呼ぶ。「スパゲティー」とも呼ぶ。
バブルから後に「イタ飯」という言葉が流行り、その後から「パスタ」という呼び方が
一般的になったようだ。

それは単に呼び方が変わっただけではなく、「スパゲッティ」定義に関係している。70
年代までは「スパゲッティ」といえば「ナポリタン」と同義であり、一部ハイカラな家庭
には既に「ミートソース」が加わっていた。ナポリタンという料理がイタリア本国に
あったかはともかく、ケチャップで和えられたナポリタンや濃厚な味のミートソースには
ある程度の太さの麺が求められる。一方、イタリアでの「スパゲッティ」の定義は諸説
あるものの、概ね1.6mm~1.8mmのものを指す。ナポリタンもミートソースも濃厚な味だ。
だから「スパゲッティ」の範疇で、且つ太めの1.8mmが採用された。80年代までは
一般的なスーパーに売っていたのは「1.8mmだけ」で、他には「サラダ用」として短くて
細いものがあるだけだった。また、マカロニもあったが、それはあくまで「グラタン用」
もしくは「サラダ用」の麺であり、スパゲッティと同一視されることはなかった。

つまり、pcfx世代前後の現在のオッサンにとって「スパゲッティ=1.8mm=ナポリタン」
だったのだ。

「イタ飯」ブームに前後して、「スパゲッティには色々な種類がある」という認知が
広まった。80年代中頃から90年代にかけてだ。軽いソースに1.8mmの麺ではソースが
負けてしまう。家庭でも軽いインスタントソースを使う機会が増え、1.4mm程の麺が
スーパーに並び始めた。また名古屋では「あんかけスパ」のソースが家庭用に出まわって
いたので、その頃には2.0mm~2.2mmの麺も普及していた。それらは「スパゲッティ」の
定義を超えたサイズであり、「スパゲットーニ」とか「フェデリーニ」とか呼ばなければ
ならなかったが、ややこしいのでそれらをまとめて「パスタ」と呼ぶ事にしたわけで
ある。

物心ついたのがバブル以降の若者には、既に色々な太さの麺が溢れていたので「パスタ」
でよく、その頃まだ物が揃ってなかったオッサンは「スパゲッティ」と呼ぶ。どちらも
間違いではない。だから何でもかんでも「スパゲッティ」と呼ぶオッサンを責めてはなら
ないよ、若者諸君。呼び方がオシャレだとかそういう事ではないんだから。

今ではペンネとかラザニアとかタリアッテレとかニョッキとか、色々なパスタが気軽に
購入でき、出来合いのソースもたくさんある。外食も本格イタリアンからなんちゃって
イタリアン、パスタ専門店、名古屋には「あんかけスパ専門店」と、そのチェーン店が
並ぶようになった。各自の財布の具合や好みで好きな店を偉べ、どこもそこそこおいしい
パスタ天国が今の日本だ。



pcfxはパスタが大好きで、子供の頃から自分で作って食べるほどだった。特にミート
ソースのスパゲッティは、今でも1週間に1度は食べなければ落ち着かない。子供の頃、
家庭で作るミートソースは「ルーミックソース」という粉末ソースを使った。今でも
時折使う。まずタマネギとニンニクをみじん切りにして炒める。そこに合い挽き肉を
入れ、ハンバーグの香りがしてきた所で人参をすりおろしたものを投入。そこに水を
入れ、ルーミックソースを投入する。15分ほど煮こんでソースは出来上がりだ。1.8mmか
1.7mmのスパゲッティをゆで、ソースをたっぷりかけたら、パルメザンチーズをふりかけ
るか、チェダーチーズを細切りにしたものをのせる。うまい。まるで麻薬だ。やめられ
ない。つい食べ過ぎる。

麺は多めに茹でておき、残った麺はジップロックなどにいれて冷蔵しておく。今度は
「あんかけスパ」を食べる。残り物の麺をフライパンでいため、タマネギやピーマンを
短冊にしたものと、ソーセージを小さく切ったのも一緒にいためる。塩を少しいれる。
湯煎で「ヨコイのソース」を温めておき、麺にかけて食べる。うまい。これも麻薬だ。
このソースは安い他社のではだめだ。必ず「ヨコイ」でなければならない。高いが、
それに見合う味だ。

まだ麺が少し余っていたら、最後に「納豆スパ」にする。冷蔵した麺が乾燥して少し
カピカピになっているくらいが丁度良い。それをフライパンで油を少なめにして軽く
炒め、そこに納豆・ネギ・卵黄・マヨネーズ少々・醤油・マスタード多めでかき混ぜた
ものを和える。めんつゆを少し足し、かき混ぜる。仕上げは切り海苔をパラパラと。
マジうまい。ヘロインと同じだこれは。


スパゲッティ以外にマカロニもpcfxの常食だ。特にアメリカの代表的な家庭料理である
「チーズマカロニ」は危険だ。簡単な上安く、カロリーと炭水化物のオンパレードで
あり、だからこそうまい。日本で最も簡単に作れるレシピは、「クリームシチュー」の
ルーを使い、そこに「とろけるチーズ」を「これって致死量かな?」というくらい入れ、
茹でたマカロニを投入したあとオーブンで表面がちょっと焦げるくらい焼く。pcfxは
それに加えて冷凍の「ミックスベジタブル」を入れる。また、これを食べる時はフォーク
をわざと不器用に持ち、まるで「アメリカのバカなガキが食べるように」アプローチ
する。倍はうまく感じる。BGMがオールディーズならもう完璧にアメリカンだ。コーラを
飲みながら食べたい。


「パスタ」とか呼んでる麺料理も、所詮は「塩と炭水化物」がメインの「土方メシ」で
あり、エネルギー効率を最優先した低価格食品の一味である。しかしだからこそ世界中
で受け入れられ、少しでもおいしく食べられるように研究され、庶民に愛されてきた。
健康も大事だが、設定された寿命の倍以上生きる現在の人間が、いつまでも健康という
のがそもそもおかしいのであって、消化吸収に使うエネルギーや負担を出し惜しみせずに
食べる時には食べ、死ぬときにはきちんと死にたいものだ。必要以上に長生きしたいの
なら、来世はゾウカメかチューブワームにでも産まれればいい。

などと鉢植えのバジルに水をやりながら、オイルサーディンと生バジルをコンソメで
味付けしたスパゲッティを食べ過ぎる言い訳と共に考えるpcfxだ。マジチョーうまい。
麻薬でんがなコレ。やめられまへんがな。少し七味入れると最高ですがな。

名古屋あじ

2011年02月28日 | たべもの のみもの
「名古屋めしはマズい」ともっぱらの評判だ。味覚などはおおかた相対的な物なので、
「絶対味覚」を信望する気にはなれない。視覚と比較すれば味覚などはセンサーの量が
少なすぎ、また度々嗅覚と未分化に語られ、多分に主観的過ぎて議論に値しない。
感想や信望として味覚を語るのは楽しいが、自身の感覚を絶対値と盲信した拒絶と嫌悪の
味覚の表明をする事からは何ら得る情報がない。しかしそれは誰しも表明したくなる
普遍的な心情であり、「あれはマズい、これはマズい」と語りたくなるのが人情だ。
人情の否定は大局を見誤る原因となるので、「名古屋めしはマズい」と堂々と言うべき
だとpcfxは考える。


pcfxは博多生まれの名古屋暮らしなので生粋の名古屋人ではない。しかし名古屋に住んで
もう長いので準名古屋人と言えるかもしれない。
博多から名古屋に移り住んだ頃、名古屋の料理はひと通り食べた。意外においしかった
のは「味噌かつ」「味噌やっこ」「味噌煮込みうどん」などの味噌料理。味噌煮込み
うどんの麺の固さには多少戸惑った。名古屋では当たり前とされる「赤だし」という
赤味噌の味噌汁もすぐ好きになったが、「ひつまぶし」や「きしめん」は特においしい
とは感じなかった。うな重やうどんとの大きな違いを感じない。「あんかけスパゲティ」
は今では大好物だが、初めて食べた時は「ミートソース」と色味が似ていたため、その
つもりで食べてギャップに苦しんだ。名古屋の喫茶店などで「ミートソーススパゲティ」
を注文すると、ステーキなどのように鉄板の上に乗った状態で提供される場合がある。
スパゲティの下に卵が敷いてあり、麺は油で炒めてある。「洋食」というカテゴリに
入れられているのだろうか。

今では全国に名の広まった「マウンテン」という喫茶店があり、昔から「罰ゲーム」や
「怖いもの見たさ」や「過食者御用達」的な使われ方をしてきた店だ。基本的に量が
多く、普通の店の倍量がこの店の「並」だ。大盛りを注文する際は「それはいいけど
残すなよ」という念押しがある。また「甘口イチゴスパ」に代表される珍奇な味付けと、
食後の皿に残る大量の油が客を食の臨界点に誘う。だからといって大勢で一皿という
行儀の悪い注文は受け付けておらず、一人一品が掟である。では飲み物だけ、とコーヒー
フロートなど注文しようものなら、ビールジョッキにガムシロ入りアイスコーヒーが
満タンであり、その上にてんこ盛られたバニラアイスがいつまで食べてもなくならず、
コーヒーを飲むまでに相当の発掘作業が義務付けられる。
これは「名古屋めし」ではないし「名物」でもないただの「変わった店」だが、この店を
目的に遠方から来客がくる。話のネタには最適の店だ。


名古屋人はなんでも味噌をかけるというが、それは正解でもあり間違いともいえる。
毎食何にでも味噌をかけるのではなく、「たまに味噌カツなどを食べたくなる」のだ。
その一方で、「つけてみそかけてみそ」という調味料商品がスーパーで売っており、
家庭料理で「一味足りないな」と感じた時に味噌をかけるのだ。毎食ではない。
名古屋人だってソースのかかったカツを食べたくなる時はあるし、目玉焼きには
ソースか醤油がマヨネーズかオーロラソースかでモメごとに発展することはある。つまり
「味噌」は調味料の選択の一つであり、味の幅が拡がっているだけなのだ。もちろん
問答無用で味噌味が突き出される事もあるが、それはそれとして試しに食べてみては
どうか。

味噌の好みは愛知県でも東部の三河地方に強く、尾張ではそれほどでもない。三河に
行くとそこかしこに「五平餅」の看板を見かける。尾張は「みたらしだんご」が優勢だ。
五平餅はワリバシのような木の棒に餅米を小判状にとりつけ、味噌をつけた食べ物だ。
三河はどこへ行っても五平餅五平餅で、「五平餅しかないんかい!」とツッコミを
いれたくなるほどの五平餅空間だ。甘くて赤い豆味噌から身を守る術はない。

ちなみにpcfxは、目玉焼きに何をかけるかは固定されていない。醤油もソースもマヨも
オーロラも味噌も気分次第で、たまに塩だけ、塩コショウだけという選択もある。
焼き加減にもこだわりはなく、レアもミディアムレアもウェルダンもアリだし、片面も
両面も思いのままだ。シングルでもダブルでもいい。そんなことは焼き始めてから
考えればよく、食べる直前に決定すればよいのだ。卵料理はもっと自由なものだった
筈だ。いっそ焼かずにフライでも茹でてもいい。日本なら生という選択肢すらある。
そこまで言うなら鶏の卵でなくともよい。手に入るのなら鴨でもアヒルでもダチョウでも
構わないし、爬虫類も鳥とさほど変わりはない。実際海外で何度も食べたし、どれも
うまかった。



名古屋には九州出身者が多くおり、その九州人の好みが名古屋の食文化に影響を与えて
いるケースも多い。名古屋と九州の繋がりは古く、信長の死後、織田に仕えていた家臣
の一部はそのまま秀吉に仕え、文禄の役(俗に朝鮮出兵)の際に九州まで連れてこられた
兵や九州に領地を与えられた武将が、そのまま九州に住み着いた。そのせいで今でも
名古屋に親戚を持つ九州人が多いのだ。pcfxもそのような家系であり、博多と名古屋や
岐阜に縁者がいる。名古屋に引っ越したのもその縁あってのことだ。

また、新しいところでは戦後に集団就職で名古屋に出てきてそのまま住み着いた人や、
最近ではトヨタの工場などに就職を求めた九州人も多い。中間の大阪をすっ飛ばして
名古屋にくるのも昔からの地縁があるからだ。一方、ここ最近の不況になるまで名古屋で
東北人を見ることは稀で、東北の影響を受けることはほとんどない。彼らは皆東京で
止まってしまう。多くの名古屋人にとって東北は縁のない地域であり、生の東北なまり
を聞くこともない。pcfxも東京で電車に乗った際に聞こえてくる東北訛りや、旅行会社の
車内広告に「東北の旅」という言葉を見ると、遠い所に来たんだな、という感慨がある。
「東北の旅」は名古屋の日常では目にしない。

名古屋で一番有名なラーメンチェーンに「すがきや」がある。スーパーなどのテナント
で入ってる店が多く価格も安いので、名古屋人の子供はこのラーメンを食べて育つ。
この「すがきや」のラーメンのスープは「和風とんこつ」と言われており、豚骨をベース
に魚介のうまみを織り込んでいる。また「すがきや」以外にも昔から豚骨ラーメン店が
多く、醤油ラーメン専門店を探す方が苦労する。いかに九州の味が浸透しているかが
わかる。「手羽先」は九州でいうところの「かしわ」であり、あまり身がない部位で
安いことから庶民に親しまれたものだ。九州は煮込み、名古屋では揚げるのが一般的だ。
アメリカの黒人がフライドチキンを食べる心情に似ている哀愁の料理だ。



一方、名古屋名物といわれている「きしめん」は絶滅が危惧されているほど食べられて
いない。きしめん文化を保存しようとする人たちが活動するほど、名古屋人のきしめん
離れが加速している。まあうどんと似たようなもので単に麺が平べったいだけだし、
うどんの麺のような食べ応えに欠けるのだから、あえて食べようとする人が少なくなる
のも仕方がない。大抵の人が飲食店のメニューにあってもスルーしてしまう悲しい郷土
料理だ。

最後に「エビフリャー」だが、これが名古屋名物だという理屈もわからなければ、名古屋
人が好きな理由もよくわからない。「特にエビフライが好き」という名古屋人に会った
事がない。また本気で「エビフリャー」と呼んでる人も見たことがない。名古屋人は
冗談で半ば自虐的に「エビフリャー」と呼ぶが、元々そうは発音しない。


「名古屋叩き」の起源は「タモリ」が昔ラジオで名古屋の悪口を散々に吹聴した事から
始まっており、「巨大な田舎」「飯がまずい」「なんでも味噌」「エビフリャー」など
は全てはタモリの軽口によるものだ。名古屋は特に特徴のない地方都市で情報が薄い
ため、他地域の人の名古屋のイメージはタモリの言葉で固まったようだ。

しかしタモリが言っていることはウソばかりではない。博多から移り住んだpcfxも同感
に思う事がたくさんある。名古屋という町の「人情」が割と「特殊」なのは紛れも
ない事実であり、他地域の人から見れば受け入れがたいものはたくさんある。そして
現在もpcfxは名古屋が特に好きだったり愛着があったりはない。先祖の因縁でたまたま
住んでいるだけの地方都市であり、名古屋で事足りたので東京に出てないだけといった
理由だけで住んでいる。だから名古屋や愛知県を叩かれても全くの他人ごとに聞こえ
るし、「ああ、まったくその通りだよなあ」と同意してしまう事がままある。

でもまあ、悪いことばかりではない。東京にも大阪にもすぐ行けるし、街もまあそこそこ
の規模なので不便もないし、物価もそれなりだし、住宅事情も悪くない。景気も他所に
比べればマシなほうだ。派手な観光名所はないが歴史的におもしろい立地だから色々
飽きない。そんな普通の生活ができる特徴の少ない都市が名古屋だ。そして「特殊な
人情」も信長の時代から歴史が作ってきたもので、決して「人がいい」とは言えないが、
それにも歴史的な意味合いがある事を考えると感慨深いものがある。

「名古屋めし叩き」や「名古屋人叩き」は正当な評価だと思うが、まあそう言わずに
とりあえずもう少し冷静に観察してみてはどうか。「名古屋がそうなった理由」を
pcfxはあえて詳しく書かないが、調べると「叩くより面白い事」が名古屋にはたくさん
埋まっているのだ。でもpcfxの「長続きしている親しい友人」は皆他の都道府県出身者
だったりする。意図して選んだわけではないが、真実はこの辺にあるのではないか。