私は、8年越し(いや6年?)に、出会いたいと思っていた「松木正さん」のお話を聞く機会が、
名古屋エコラボ会(株式会社フルハシ環境総合研究所内)でありまして、ちょっと背伸びをしないといけない参加費でしたが、参加してきました。
以下は印象に残ったメモをeco-Tのメーリングリストの書いた内容です。
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みなさま
15日に名古屋エコラボ会という講座で、環境教育のパイオニアであり、アメリカ
の先住民からさまざまな知恵を得て日本で活躍している松木正さん(マザーアー
スエデュケーション主宰)のお話しを聞いてきました。
松木さんとははじめての出会いでしたが、お話を聞きたいと思って8年越しぐら
いの出会いでした。
環境教育のはじっこをかじったこともありますが、環境教育って何なのか?と再
び自分に問いかけるステキなお話が聞けました。
関西どくとくのイントネーション(脅すような言葉、優しい言葉)で、スリリン
グなときもあればほっとするときもある講座でした。
話半分、いや3分の1くらいのメモです。
何かのご参考になればと思います。
---(以下、メモです)
環境教育とは4つの領域がある。そのいずれも軸は自分。
○私と自然=インタープリター
五感を使って自分と出会う、私と自然のつながりを感じる
○私と人(他人)=ファシリテータ
人と一緒にやることで、新しい気づきや葛藤がある
○私と自分=カウンセラー
自分自身の感情と向き合う
○私と大いなるもの(神のような存在)
20年前は私と自然の領域(インタープリター)の仕事しかなかったあ、最近は私
と人、私と自分の領域の仕事が多くなってきた。
ここ5年は、公教育(学校)の仕事も増えている。
昨年は40校で授業をやった。その半分は学級崩壊のクラス。
学級崩壊が問題だというが、学級崩壊は本当の問題ではなく、現象や結果のひと
つに過ぎない。
木でいえば枝葉の部分。幹や根っこを変えなければ変わりようがない。
太い根っこのひとつは、自己肯定感。
私は存在していてもいいという安心感。
今日は、自己肯定感を中心に話を進める。
beingとdoing
Beはそのまま。Doは動き。
人は誰かに認められようと動く(Do)
Doが失敗すると自分自身の存在を否定しているような気になる。
存在(Be)を認めていること、そのままでもいいということが大事。
親に認められようとdoingをがんばりすぎてします。
ニートの支援のワークショップをやったことがある。
みんなでダンボールハウスを作ろうというイベントを仕掛けた。
最初に「ダンボールはどうやって集めればいいんだろう」と話し合ったときに、
ある子が「薬局にある」と。
でもほかの子は「断れたらどうしよう」と。
否定がすぐに出てくる。自信がない。
インディアンの社会教育システムに参考になるところがあるのではないか。
インディアンは263部族あるが、自分たちの言葉があるのが12部族。
同化政策で文化がなくなってしまった。
「人民の人民による人民のための政治」で有名なリンカーンでさえも、インディ
アンの人権は認めなかった(人権を認めると侵略者ということを認めることになる)
存在そのものの価値=フル バリュー
存在価値を下げた価値=ディスカウント
ありのままの自分を認めてもらえるか、何かに迎合して自分の価値を認めてもら
うか。
自分のことは、相手の反応(レスポンス)を見てわかる。
同じコト(現象)を見ても反応が違う。
それは、コトの見方→受け取り方→感情→反応(表現)
でもコトと反応は普通は無意識にやっている。
例えば、ペットボトルにジュースが半分はいっているとする。
減っている量を見て、「なんで減っているの」と反応する人もいれば、残ってい
る量をみて「半分残っていてありがとう」と反応する人もいる。
反応は無意識にやっているので、自動選択起(じどうせんたくき)ということも
ある。
無意識の意識化、ついつい人と合わせたり、相手の感情を気にせずに反応したり
する。
いったん、自分自身に問いかけをすることができるか。自分に問いかけること
(問いかけられること)で、自分の感情に気づくことができる。
自分の気持ちを大切にできるだろうか。
人と違和感があっても、いやと言えずにやっていないだろうか。
「いや」というと、人と違う、異端児と思われる自分がいやで躊躇していないか。
インディアンは、謝らない。謝らずに行動で示す。
存在が肯定されているから、間違った行動は行動で修正する。
自分が生まれて最初に反応してくれる人は誰だろうか?
ほとんどの人は、母親ではないだろうか。
乳幼児期は、相手の都合がわからず要求を出す。
お腹空いた、オムツが濡れている、眠たい…
泣くということは、的確な反応が欲しいこと。
的確な反応って、何を求めているのだろうか。
赤ちゃんは、見て欲しい、抱いて欲しい、ニッコリして欲しい…
つまり、安心感を求めている
安心感を得られないと、成人しても自立できない。
甘えられるときに甘えられた子の方が自立できる。
安心できるから離れられる。
逆に大きくなっても子どもがべたべたしてくるというのは、安心が満たされてい
ないから。
コミュニケーションで相手から受け取るもの
声の調子 38%
ボディランゲッジ 55%
合わせて、ノンバーバルコミュニケーションという
小さい子ほどこれが大事になる。
ボディランゲッジは、表情、目線、身振り手ぶり、姿勢(聞く態勢)、スキン
シップなど
言語で伝えられるのは7%
子どもは、怒られている意味がわかっていない
怒られている意味がわからないと自己否定になってしまう。
行為が悪いのではなく、私が悪いのだと。
授業の始まる前にざわざわしているときに
静かにしろ!というのか、ちょっと聞いてねというのか。
どちらも相手に求めることは同じ
感情は、一次、二次、三次とある。
怒るということは二次感情
一次感情は、「はっ!」「あ~」「う~ん」といったこと。
さみしさが怒りに発展する
最近、モンスターペレンツの研修が多い
親は自分の子どもの「かけているところが気になる」
子どものかけているところは、実は親が欠けているものも多い
自分のできなさを外部化している
二次感情が進むと三次感情へ
うらみ、ねたみがでてくる
「お前のせいで」「私だけが」のような感情
今の組織(会社)は、一人ひとりを大事にしているだろうか。
目的に対する評価はするが、チームワーク・集団形成はうまくいっていないので
はないだろうか。
この人と一緒にと思えるか。自分自身が認めてもらえているか。
仲間内で言っている「自己肯定を殺す4つの必殺技」
①無視(反応がない)②遮断(でもねと切る)③話題の転換(話を奪う)④限界の提
示(無理でしょう)
そんな話のあとに、なんでインディアンの生活を体験してそのスピリットを伝え
るようになったか話してくれました。
インディアンの価値観では、大地の上で生きるのに一番大切なものは信頼である。
まず自分自身の信頼があって、他人への信頼が得られる。
信頼は受け入れることから始まる。受け入れるというのは同感することではな
く、あるがまま、そのままを受け入れること。
最近のお母さんは、あまえる・甘やかすの関係がうまくない。
ダダをこねるとお金で解決しようとする。
甘えるということは自立に向けた第一歩。
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そんな話でした。
講座が終了後著書を買ってサインをもらいました。
「自分の原点を改めて思い出しました」と感想をお伝えしたら「当たり前のこと
を話しただけ」と。
そんな講座を聞いてきました。
眠くて稚拙な文章になっていますが、ご容赦ください。
●松木正さんの本
自分を信じて生きる―インディアンの方法
eco-Tにも置いています。