凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

キーロック

2012年04月30日 | プロレス技あれこれ
 「キーロック」という活字をみて「ローキック」と読み間違えた人がいた(嘘)。だが、どうもそれくらいキーロックという技の知名度は下がっているらしい。
 残念ながら、最近はめったに見ない。かつては、大試合にはよく登場した古典的技だった。
 タイトルマッチなどでは、試合中盤に繋ぎ技として相手を痛めつけ体力を奪う技が必ず出る。それは、執拗なヘッドロックであったり、また足にはトーホールドやインディアンデスロック。そして腕には、キーロックがよく出された。ことにUWFがアームロックなどをメジャーにするまでは、腕への攻撃といえばやはりキーロック。これで腕を殺し、終盤相手がバックドロップなどを放とうとするとクラッチが甘くなったりする。「キーロックが効いてますね」。そんな様子をよく見た。重要な技だったはずだが。

 キーロックとは、相手をマットに仰向けに倒した状態で片方の腕をとり、その腕を畳んで、その「く」の字型に曲がったところ(肘関節内側)へ自分の腕を差し込み、その自分の腕が中に入った状態で「く」の字を上から押しつぶすように両足で締め上げる。足でぐっと絞り上げるのだから、肘の内側に棒を差し込み万力で捻じり上げるに等しい。引っ張り込むように力を入れればなおさら効く。そりゃ痛いだろう。さらに、血流も止まってしまう。
 この技の、見た目にもキツさがわかるのはその血流で、掛けられた相手の手が血の気を失い真っ白になってゆく。長時間になれば壊死するぞ。それだけでも「締まってるな」との実感が見えるが、さらに掛ける側も、腕を一本差し込んでいるのだからこっちの血流も止まる。痺れるのか感覚が失われるのか、よく差し込んだ手をもう一方の手で叩いて感覚を確かめるしぐさも、この技の恒例である。
 その形状から基本的にはキーロックと呼ばれるが、古館伊知郎アナはよくショートアームシザースとも言っていた。scissorsって鋏なのね。これも、雰囲気はわかる。
 広義でいえば関節技の範疇であり、極限にまで締めれば肘関節の脱臼にも繋がるが、どちらかといえば関節、ジョイント部分を極めるというよりも絞り上げる技である。筋肉を破壊するとでも言うか。

 元祖は、僕はずっとダニー・ホッジだと思っていたのだが、ホッジよりも古い時代からあるらしい。もしかしたらプロレスのオリジナル技ではない可能性もある。ただ、プロレス技とすれば地味な部類なのだろうが、サブミッション技としては相手への密着度合いがそれほど高くなく、また攻める側が起き上がっているので観客に見やすく、そういう意味ではプロレス的といえる。
 昔は、馬場さんのようなタイプを除けば、みんな使ったのではないか。大木金太郎や猪木。タイガージェットシンまでも使っていたように記憶している。

 キーロックは、簡単には外れない。相手の片方の腕に両脚でもって掛けているわけで、アームロックなどと異なりパワーの違いも歴然としている。何とかロープブレイクに持ち込む以外方法がないが、掛けられている側は概して仰向けであり、ボストンクラブのようにほふく前進でロープには逃げられない。しかも相手の身体が頭部に近いところに位置するため、4の字固めなどのように背中で這ってズリズリとも行けない。また、その相手の位置から、蹴りなどで外させることも難しい。
 何とか起き上がって、自分の腕に丸まってまとわりついている相手を押し込んで、エビ固めの如く両肩をマットにつけフォールに行こうとする、しかし相手が両脚にさらに力をいれ体勢をうんせと元に戻し、また悶絶する、というのもこの技の見どころかもしれない。
 その逃げ方として、最終手段がある。片腕にまとわりつく相手をそのかいな力でもって持ち上げ、ロープまで運ぶというもの。これは、技を掛けられていて痛いうえに、片腕で相手の体重をものともせずよっこらしょと持ち上げなければならないため(レスラーはたいてい100kg超えしている)、非現実的である。重量挙げの世界記録だって260kgくらいで、片腕だとその半分となるが、そんなキーロックを掛けられたまま相手を持ち上げることが出来れば、重量挙げでもオリンピックで通用するはず。
 しかし、これを力自慢のレスラーはやるのだな。これもキーロックにおける名場面のひとつとして挙げられる。
 そんなことを最初に誰がやったのかは知らないが、有名なのはカール・ゴッチである。ゴッチはキーロックの返しに長けていて、猪木のキーロックを逆にエビ固めで返してフォール、なんてのもあったが(体重の掛け方が絶妙なのだろうが猪木の返しをゴッチは許さなかった)、テーズとタッグを組んだ試合では、キーロックを掛けられたままで猪木をよっこらしょと担ぎ上げ肩の上に乗せてコーナーポストまで持っていった。
 常人ではない。
 これは、前述したように非現実的でいくら力自慢であってもなかなか出来ないことなのだ。存在そのものが非現実的なアンドレ・ザ・ジャイアントなら軽いものかもしれないが(しかし猪木もアンドレにキーロックを仕掛けるかね^^;)、100kg超えの人間を、技を掛けられながらそう簡単には持ち上げられない。長州力がやはり猪木を持ち上げようとして失敗していた。腕力だけではなく技術もやはり必要なのではないか。
 僕が印象に残るのはボブ・バックランドで、何度もキーロックを持ち上げている。バックランドも相当なテクニシャンで、しかしWWFのチャンピオンであるからパワーファイトを要求されるという矛盾の中で戦っていたが、このキーロックのリフトアップ外しはそういうレスリングに長けた、ドン・レオ・ジョナサンやバックランドのようなファイターに許されるものであるような気がする。ボブ・サップなどはやはり失敗している。

 リフトアップの話が長すぎた。
 さっきから猪木のキーロックの話ばかりになっているが、のちキーロックは、藤波辰巳へと継承されていく。ヘビーに転向してからの藤波はよくキーロックを仕掛けた。
 「長すぎたショートアームシザース」というフレーズがある。当時新日本プロレスは金曜8時の生放送だったが、藤波が執拗にキーロックを掛けすぎたために放送時間内に決着がつかず、古館伊知郎アナが「長すぎたショートアームシザース!」と叫んだ。ロングとショートをひっ掛けた台詞で、古館さんはうまく言ったと思っただろうな。
 状況によってはキーロックを長時間掛けることで生まれるドラマも当然あったと思う。我慢比べは見ごたえにも通じる。
 しかし、この長すぎたショートアームシザースは批判も浴びた。
 時代が移り変わる途上であったこともあるだろう。昔のような序盤は静かに組み立て徐々に盛り上がって終盤を迎える、ある意味牧歌的なプロレスは徐々に影を潜め、最初からスピーディーで息をつかせない試合展開が望まれる時代となっていた。全日本はまだ馬場さんが君臨していたためにさほどでも無かったが、新日本はスピード化が進んだ。そのスピード化プロレスの先鞭をつけたのは、新日本プロレスにおいては藤波自身であり、タイガーマスクの登場によって決定的なものとなった。ヘビー級においても、タイガージェットシンやブッチャーのような流血、反則、善玉悪玉の時代は過ぎ、ハンセンやブロディ、ホーガンといったテンポの良いレスラーが主役に躍り出た時代。キーロックは試合が膠着するため「掛けた側が休んでいる」「時間稼ぎ」と見られるようになり、野次も飛んだ。
 キーロックの攻防を楽しめなくなった(こう言っていいかどうかわからないが性急な)観客の存在(僕も含めてかもしれない)。それが、この技をリングから追いやった。他にも「消えた技」は多い。首4の字なども時間稼ぎ、休憩と見られた。休んでいるわけではないにせよ、ベアハッグなどの時間がかかる技も。
 関節技はその後UWFの台頭によって「極まれば必殺」の十字固めやアキレス腱固め、さらに各種アームロックや脇固めなどが登場し、ハンマーロックやトーホールドなどのかつては決め技だったもののその後「繋ぎ技」となったものは、衰退していった。昔から残っているものは足4の字固めなどのギブアップを狙える技に限られるようになった。
 かつての「繋ぎ技」の終焉。しかし、プロレスは3分で試合を終わらせるわけにはいかない。技の攻防がどうしても必要になる。したがってかつての必殺技を序盤から中盤に出さざるを得なくなる。そうしてバックドロップもブレーンバスターも、ジャーマンスープレックスでさえも痛め技の範疇になっていった。そうなるとフォール技はさらに過激なものにならざるを得ない。脳天を打ちつける技。首を破壊する技。雪崩式や断崖式。技のインフレへと進むことになる。
 三沢の死までそこに結びつけようとは思わないが、そういうプロレスになってしまったターニングポイントが、この「長すぎるショートアームシザース」(を楽しめない性急な我々)にあるような気がして仕方がない。
 キーロックで手のひらがどんどん血の気を失い白くなっていくのを見て恐ろしさを感じたプロレス。もうその時代に還ることはないのだろうか。

 いや、「キーロックの終焉」を語るには少し早かったかもしれない。我々にはまだ渕がいた。
 渕正信。大仁田厚、ハル薗田と共に若手三羽烏と呼ばれマットに上がっていた頃が、僕が最もプロレスをよく観ていた頃と重なる。その若手だった渕も、58歳となった(2012年現在)。永遠の独身であり、ラッシャー木村に「おい渕…結婚しないのか…心配なんだよ…」としみじみネタにされていたが、その頃のラッシャー木村の年齢を超えた。
 全日育ちとしては珍しくカール・ゴッチの薫陶をうけており、そのテクニックは観ていてたまらない。また「悪役商会」などのユーモラスなプロレスも懐ろの内であり、幅が広い。世界Jr.ヘビー級王座には5度輝いており、3度目のときは防衛14回の記録を持ち(当時の最多防衛記録)、そのときの在位期間3年7ヶ月は歴代最長である。馬場さん死後の全日分裂のときは敢然として全日に残った。カッコいい。
 もうキャリア39年目だという(→渕ブログ)。この人は、馬場さんと猪木がタッグを組みブッチャー&シン組と戦ったあの伝説の"ハッテンニイロク"プロレス夢のオールスター戦(1979年)に出場しており、それから月落ち星流れ昨年「ALL TOGETHER」武道館大会にも登場した。これは、特筆されてもいいことではないのか。渕正信は、凄い。
 そのフッチーが、キーロックを今も使い続けている。
 特に、ベテランとして前座試合をこなす最近は、派手な技を避けてキーロックを多用しているとも聞く。前座は技を絞ってメインイベントを盛り立てるという馬場さんの教えからなのだろうが、そこでキーロックの出番となる。しかも、ギブアップさえ奪っているという。何が繋ぎ技だ、キーロックは、決して一休みでも時間稼ぎでもない、と言わんばかりに。痛快極まりない。
 と言いつつ、この話は伝聞である。僕は最近全く生観戦をしていないため、その渕の前座試合を観ていない。これはいかんな。一度、その大ベテランのキーロックを観に行かなくては。

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4 コメント

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渕さん (rollingman)
2012-05-05 22:55:02
渕さんへの繋ぎが良かったです。(笑)

当時、その言葉があったなら"絶対王者"と呼べたでしょうJr.ヘビーの防衛。この超ハイスパートレスリングな現代において、ボディスラムで沸かせるというくだりは、ハッとさせられるものがあります。

何気に、渕さんの等身大の解説も好きです(笑)。
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>rollingmanさん (凛太郎)
2012-05-06 07:09:32
ども♪
どこかでフッチーのことを書きたくてねぇ。渕正信は、僕の「プロレス観戦黄金時代」の最後の戦士であるような気がしましてね。あとはみーんな第一線を引いたか、引退したか、死んじまった。
「当時、その言葉があったなら"絶対王者"と呼べたでしょう」
おっしゃるとおりです。ただ絶対王者にしては、地味なのかなあ(笑)。
返信する
失礼致します (モンゴール)
2012-07-02 06:21:56
早朝から誠に済みません。久々に投稿させて戴きます。

キーロックはかなり昔から存在していた技の様です。
ルー テーズの師匠、エド'ストラングラー,ルイスの著書に-ジャックナイフアームシザースと云う技名でー紹介されています。
サンボや柔道でも十字固めからの連続応用技として使いますー但し、しっかり極まった場合かなりの確率で'参った,をします。余り我慢出来る技では無いですー。

最近のプロレスリングを観て思うのですが、
技と技の間を繋ぐ息の入れ方、間合いの取り方が今一つ希薄な様に感じますし、
ひとつひとつの業ーの漢字が合う様に思いますーに気魄が込められていない気がします。

昔程、若手や中堅に課せられる技の枷が無い為でも有りますし色々な技の変化発展は興味深いのですが、基本的な技のみで構成される試合も復活して欲しい、と 愚考しております。

又々の長文駄文にて何卒御赦し下さい。

それでは失礼させて戴きます。

敬白

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>モンゴールさん (凛太郎)
2012-07-04 05:42:02
ありがとうございます。「ジャックナイフアームシザース」とは、カッコいいですね。さすれば、キーロックという名称の方が新しいということなのかもしれません。アームシザースという名のほうが形状どおりですので、そこは頷けます。

プロレスの「間」については難しい部分もありますよね。キーロックも十字固めも、極まれば一瞬で終り、となれば、間が生じません。これについての視点を「わざと緩めて時間稼ぎをしてるんだ」と見られるか、「わざと緩めてジワジワといたぶっているんだ」と見られるか、ですね。後者のほうがもちろん一流で「業」と冠されてもいいように思えます。
でもそういうのは、減ったなぁ。
「基本的な技のみで構成される試合も復活して欲しい」そのとおりだと思います。派手さよりも凄さが見たい。そんなふうに思います。
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