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凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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旅と読書 その2 世界編

2005年09月27日 | 旅のアングル
 世界に視点をおいた旅行記について。

<若者よ、世界を目指せ>
 僕は日本に留まっていたけれども、若いうちに世界を旅してみたかった。感受性の鋭さは残念ながらどんどん磨耗していくものだから。行ける人はザック背負って知らない文化圏へ行こう。
 僕も若いときに世界へ出ていたら、帰ってこなかったかもしれないなぁ。

「深夜特急」(沢木耕太郎)
 言わずと知れた旅のバイブル。「黄金宮殿」「ペルシャの風」「飛光よ、飛光よ」の三分冊。詳細は述べるまでもないが、26歳の著者は、有り金かき集め仕事をすべて投げ出して旅に出た。イギリスのロンドンまで、乗合いバスで行くために…。最高の旅のノンフィクション。

「上海の東、デリーの西」(素樹文生)
 「旅々オートバイ」や「クミコハウス」など旅の著書もある作者のデビュー作。
アジアを旅するほんわりとしたデラシネの気分が味わえる。若い時に旅する気分ってまさにこういう感じかもなぁ。放浪癖を喚起してしまうかも。

「貧民夜想會」(関川 夏央)
 行き先はヨーロッパからアジア、メキシコまで多岐にわたり、人間観察と文明批評を繰り返す。ちよっと理屈っぽいが、そこがまた味である。 「ソウルの練習問題」も小難しいが面白い。文庫は「カモメホテルでまず一服」。


<楽しく世界を旅しよう>
 「深夜特急」もいいけれど、もっと世界を楽しく旅したい。肩の力を抜いて、ゆっくりのんびりと。
 それぞれの旅のありかたを考えながら…てな理屈はおいといて、とりあえず旅に身をまかせましょ。

「12万円で世界を歩く」(下川裕治)
 雑誌の企画で、往復運賃及び滞在費含めて予算12万円で世界の各地を旅した旅行記。
 12万円でも行けるんですねぇ。中国、インドから世界一周まで実に過酷に楽しく旅をしている。
 著者はかなり有名な旅人で、「アジアの旅人」他アジア系の旅の達人として著作多数。最近は沖縄本の著作も数多い。

「ゴーゴー・インド」(蔵前仁一)
 マイペース旅の達人の著者のデビュー作。その著者が醸し出す旅の緩さにどっぷりとはまると、「旅で眠りたい」「旅ときどき沈没」「旅人たちのピーコート」と読み進み、著者が主催する雑誌「旅行人」まで購読したくなってしまう。

「バックパッカーパラダイス」(さいとう夫婦)
 これはコミックスです。イラストレーターと漫画家の夫婦が、お金を貯めて二人して2年半の世界一周旅行に出るという話で、実際旅先から原稿が送られ連載された。漫画なので、実に世界の情景とビンボー旅行者の本音が鮮明に描かれ、夢中になることうけあい。


<世界を旅した先人たち>
 旅する心というのはいつどんな時代でも変わらないもの。情報としては古くなっても、気持ちは不変だ。北杜夫氏の「どくとるマンボウ航海記」がいつまでも色褪せないのは、そのとき見たものへの驚き、若者の心情が今と共鳴するものがあるからだと思う。いつも読み返していきたい本が数々存在する。

「なんでも見てやろう」(小田実)
 フルブライト留学生としてアメリカ留学、そして後にヨーロッパ、中東、インドと回り道をして日本に帰ってきた旅の記録。まだ海外旅行が珍しかった頃の、見るもの全て珍しい世界の情景が細かな筆致で描かれ、文明批評を含めた若者の旅として昇華している。もはや古典となった一冊。

「河童が覗いたヨーロッパ」(妹尾河童)
 ヨーロッパ22カ国を旅して、国際列車の車掌は国ごとにどう変わる? 等の疑問点を追及し手描きスケッチで表わしたヨーロッパ。泊まった115室のホテルの部屋の俯瞰図はそれだけで旅する気分に。
 河童さんの「覗いた」シリーズはインド、そして日本に続くのです。

「パリ 旅の雑学ノート」(玉村豊男)
 ガイドブックでは知ることが難しい、生活習慣に根ざした細かな情報にこだわり、いつの間にかパリを散歩にている気分になる著。玉村豊男氏の著作はどれも面白くてわかりやすく、旅の参考というより旅心を喚起させてくれるものが多い。この人も達人だよなぁ。

 次回に続く。
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旅と読書 その1 冒険編

2005年09月25日 | 旅のアングル
 旅情をかき立てるもの。それはあくまで僕の場合「書籍」であることが多い。
 旅へのキッカケは人により様々だとは思う。それは映画のワンシーンであったり、テレビの旅行番組であったり。はたまた友人からの誘い、恋心、いろいろな思いが人を旅にいざなう訳ではあるが、僕は幼い頃からの読書体験と膨らんだ思いが自らを旅好きにした原因であると思うし、読書と旅行は相乗効果を持ち、今も読書をしつつ旅を繰り返している。
 いろいろな場面で「趣味欄」に記載しなくてはならないとき「読書・旅行」と正直に書くと、相手になんだか無趣味の典型のような視線を送られるのはちょっと疲れるのだけれど、本当だからしょうがない。

 「読書の秋」というわけで、僕の書棚から、旅に関係する本をいくつかピックアップしてみたい。1カテゴリ3冊程度あげてみようと思う。
 今回は手始めに冒険に関わる本を。


<冒険小説>
 幼い頃に読んだ本の記憶。それは人生を左右することも時としてある。
 僕の場合は子供用の冒険小説を読んだことが、その後の旅好きになる萌芽を植えつけられた原因と確信している。知らない世界に対する好奇心と憧れのようなものが育てられたのだろう。未知の空間に行ってみたい。「天空の城 ラピュタ」のエンディングテーマ「さあ出掛けよう 一切れのパン ナイフ ランプ鞄に詰め込んで」の気持ちが男の子ならわかるだろう。

「ソロモンの洞窟」(H・R・ハガード)
 伝説の秘宝を探し求めてアフリカの知られざる奥地へ向かう主人公の話。同行者との友情、数々の危険、そして辿りついた先で見たものは…。冒険小説の王道。いつ最初に読んだのかももう忘れてしまったけれど、「血沸き肉踊る」という陳腐な言い回しがピッタリくる。

「失われた世界」(コナン・ドイル)
 ホームズで知られるドイルの書いた冒険小説。アマゾンの奥地に古代のまま残る土地があるという。探検隊は、古代の生き続ける世界、失われた世界への冒険を始めるのです。「ジュラシック・パーク」はこれをヒントにしている。SF冒険小説の傑作。

「ジャングルの怒り」(ガッティ)
 アフリカを舞台に、ピグミー族の少年を主人公とした雄大な小説。少年アララが、子供から自然の圧倒的驚異にもまれながら大人へと成長していくファンタスティックなお話。
 もうこれは手に入れる事は難しい書籍になってしまった。


<冒険の記録>
 冒険心は旅の基本だとやっぱり思う。
 若者はまだ見ぬ自然の驚異に畏怖しながらも乗り越えようとする。そのキラキラした純粋な心をいつまでも忘れたくなくて、冒険者の記録は時々読み返している。

「太平洋ひとりぼっち」(堀江謙一)
 40年以上も前、ヨット・マーメイド号に乗って日本からサンフランシスコまで94日間をかけて太平洋を横断した記録。もちろん世界初の快挙だった。その記録を日記を元にまとめたものであるが、恐怖心と戦いながらも楽しく、自分の信じる道をひた走った若者の姿に限りない共感を覚えてしまう。

「青春を山に賭けて」(植村直己)
 無名であった著者が、狭い日本から飛び出し、五大陸最高峰すべてへの登頂に至る放浪の記録。その後の冒険家としての植村氏は著名人となったが、氏のひたむきな心、強靭な精神と冒険への原点はこの時代にあったと実感出来る。青春の書として珠玉。その他の「極北に駆ける」「エベレストを越えて」などの著作もみんな素晴らしい。

「サハラに死す」(長尾三郎)
 サハラ横断中に、弱冠22歳でなくなった上温湯隆さんの手記で構成された書。
彼は前人未踏のサハラ砂漠横断に挑戦、7000㌔の行程のうち3000㌔地点で枯死してしまう。しかしみずみずしい若者の冒険心と青春は、今も輝きを失ってはいない。


 次回に続く。
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市町村合併について

2005年08月15日 | 旅のアングル
 これは、突き詰めて言えば政治的発言になってしまうかもしれないけれど、そんなつもりは毛頭なく、言ってみれば愚痴だと思っていただきたい。まあ一言だけいえば、政府はそんなことを進めるよりももっと先にやることがあるだろう? とボヤいてみる。本当に困るのだよなあ。これで僕は、日本の地理的感覚が全く狂ってしまうのである。

 僕は旅行好きだと散々書いてきている。そのため、日本の地理には詳しくなった。
 若い頃から、あまり自分に誇れるものはないが、酒と地理歴史くらいは人より強いとなんとか言えた。最近酒も弱くなり、大海を知って歴史知識もさほどではないと知ってからは、せいぜい日本地理くらいがまあ人より勝っているのではと心の拠り所にしてきた。
 しかし、この「平成の市町村大合併」において、そういったささやかな矜持も失われることとなった。哀しい。今までだと、だいたいどんな地名を言われてもたいていは「ああ知ってますよ。あのへんですね♪」と答えられて、それが初めて会う人でも直ぐに打ち解けられる武器となっていたであるが、それもご破算である。
しょうがないので一から出直しとなる。しかし、もう40の手習い状態であり、記憶力も乏しくなっている現状では、「地理には強い」という看板も下ろさざるを得なくなるだろう。こうまで合併して地名が変われば、もう感覚的にお手上げ状況である。
 それでも、合併状況が新聞に載るたびにアガキで記事を切り抜いたりしていた。しかし抜けもあり、ネット情報も錯綜してよくわからない。地図を買ったところでまたどんどんと変わっていく。もうイヤになってしまった。落ち着くのは来年くらいだろうが、そうなったら地図帳も新しく買おうとは思う。住所録もずいぶん訂正したが、疲れた。

 アタマにくるのは、その新市町村の名称である。簡単に言ってしまえば安直過ぎるのだ。
 地名というのは歴史的遺物であり財産であると思う。今回は市町村合併であり字名まで変更というわけではないのでまだマシかもしれないが、それにしても簡単に名前を付けすぎる。
 奈良県で、斑鳩町、明日香村が現在のところ残っているのは素晴らしいことだと思う。合併にしても、葛城市といった古くからの郡名を採用するのは英断だろう。しかし、その他の地域を見るとそれは惨憺たるものである。

 まず、ひらがな市町村が多すぎる。
 かつてから、「むつ市」「いわき市」「ひたちなか市」などひらがな名はあった。僕はこれにも違和感を覚えてなんとかならないのかと憂いていた。ひらがなは表音文字であり、漢字は表意文字である。ひらがなにすればそれはただの記号で、その地名の持つ歴史的意味などを全く踏みにじってしまうのである。そもそも「むつ」というのは陸奥で、かつての日本では青森県から太平洋側の福島県までを指す国名であった。それを下北半島のごく一部の地域で採用するわけだから、恐れ多くてそりゃひらがなにもしたくなるだろう。その感覚が今合併にも生きているのか。いや、もっと安直に「恐れ多い」などとも考えていないようなネーミングが多い。
「さいたま市」はその最たるものであろう。なんでひらがなにしなくてはいけないのか? 本当にわからない。青森には「つがる市」が出来た。これで木造、車力といった地名が消えた。「かすみがうら市(茨城)」「いなべ市(三重)」「かほく市(石川)」「あわら市(福井)」「いの町(高知)」「うきは市(福岡)」…。何故霞ヶ浦、員弁、河北、芦原、伊野、浮羽としないのか。ややこしい。例えば「みやき町(佐賀)」「すさみ町(和歌山)」などは三養基、周参見では難しいのでしょうがないとも言えるが。また「さぬき市」「さつま町」などはむつ市やつがる市と同様、恐れ多いということなのだろうか。 
 何故こんなにひらがなが? イメージアップになるとでも思っているのだろうか? しかしこれほど多ければPRにもなるまい。

 東西南北をアタマにつけただけの無機質なネーミングも多い。そもそもこれは以前から行われていたことで、「東大阪市」などは最たるものだ。大阪には「大東市」もあり感覚が似ている。「北九州市」「東広島市」なども困った名前だ。考えてみれば、「東京」というのもそうだろう。今は定着しているのでなんとも思わないが、東の京(都)という単純な発想だ。江戸、という立派な名前があったのに。さらに今度は「西東京市」などというのも出来て、いったいなんのことかわからない。西なのか東なのか。
 そして今合併では「東近江市」「南あわじ市」「東かがわ市」なども出来た。長いものに巻かれろ志向なのか。茨城「筑西市」富山「南砺市」山口「周南市」愛媛「西予市」なども広義で考えるとそうだろう。もっと凄いのは「四国中央市」で、愛媛県の最東端に出来た市だが、県では東のはじでも四国の中では真ん中、というわけ。いやはや恐れ入る。
 「北名古屋市」は本当に出来るのか? うーん。

 くっつけただけのものもある。揉めるからそうするので、昔から字名などでよくある。「湯布院町」なども由布院と湯ノ平の合併だったな。これは上手かったが。長野の「更埴市」というのは更級と埴科の合併だったが今度「千曲市」となって消えた。今合併では福岡の「福津市(福間と津屋崎)」兵庫の「香美町(香住と美方)」長野の「東御市(北御牧と東部)」などがそれ。これは双方から文句がでないやりかたであるが、これもなんとも無機質である。それに馴染のない完全に新しい地名なので覚えにくい。

 あやかり地名というものもある。前記の「西東京市」なども東京にあやかっているわけなのだろうが、観光地に追従しているというのもある。岩手「八幡平市」静岡「伊豆の国市」などはそうだろう。伊豆の国市などは「伊豆市」も出来たのでややこしくてしょうがない。修善寺や湯ヶ島が伊豆市で、韮山や大仁が伊豆の国か。だいたい伊豆には西伊豆、東伊豆、南伊豆まであってワシにはもうわからん。伊豆はたしかに観光地で知られるが、頼朝以来の韮山や修善寺を捨ててまで伊豆、伊豆、伊豆に右へならえだ。うーむ。
 「東松島市」というのは松島町が既にあるのだが、どうしても観光地松島を冠したかったのだろう。そういえば、世界遺産の知床、白神の名を冠したくて揉めていた地域もあったっけ。四国には「四万十市」「仁淀川町」「吉野川市」などが出来た。川が四国の人は好きらしい。鹿児島「錦江町」石川「白山市」などもそうだろう。松任まで白山を冠するとは…。

 他にも気になる市町村名。
 最も驚いたのは栃木の「さくら市」。何か郡名で、千葉の佐倉市とカブるからか、などと思っていたら、どうやら日本の国花、桜からきているようだ。調べると公募らしい。市内に桜の名所はあるらしいが、完全にイメージ先行のネーミングである。ついにこういうネーミングが出たかと複雑な気持ちだった。銀行名なら許せるが。これによって氏家、喜連川という歴史好きにはたまらない地名が消えることとなった。
 ところで、北海道の女満別と東藻琴の「大空町」はもう決定なのだろうか。「つくばみらい市」は出来ちゃうのか?
 沖縄の「うるま市」。うるまとは「うる=珊瑚・ま=島」ということ。つまりサンゴの島という意味(例えば波照間島などは、ハテルマ=果てのうるまからだと言われる)で、沖縄全体を指す言葉といってもいいだろう。美しい名前だがこれからは具志川や勝連が代表することになるのだ。すごいな。
 熊本の「あさぎり町」は、このあたり一帯によく朝霧が発生するところかららしい。こういうネーミングもあるんだ。すごいな。ひらがなであるのが困りものだが。こんなふうに地名をつけていくと歴史など関係ない。北海道には「北斗市」が出来るそうで。これもカッコいいな。山梨には同音の「北杜市」が出来たのだが(余談だが、これは杜の都仙台の北に出来たのだと勘違いしていた。ほら地理的感覚が狂った。清里周辺が北杜市)。
 その山梨の「南アルプス市」。本当に恐れ入ります。確か長野には「中央アルプス市」の出来る話もあったはずだが白紙になったか。
 これ以外にも例の「南セントレア市」や千葉の「太平洋市」など驚くべき話が進行していたはず。行政の良識を祈るばかりである。

 これらの地域にお住まいで気を悪くされた方がいらっしゃったらごめんなさい。僕の40の手習いの愚痴なので多めに見てください。
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旅の宿 その8 「野宿」

2005年07月24日 | 旅のアングル
 最後はとうとう野宿について。

 野宿と言うとどうもイメージが悪い。ただゴロンと寝転がっていて白い目で見られる、という印象があるので、とにかくマナーを守って人に不快感を与えないように実行したいものである。僕はさすがにこの歳でもう野宿などはしないのであるが、ちょっと昔のことを書いてみたい。

 若いときの自転車旅行の際は、寝袋ひとつチャリにくくり付けるのみで、テントは荷物なので持参しなかった。寝ようと思えばどこにでも屋根はあるし、YHなどの施設泊と併用していたので、さほど野宿生活を充実させる必要が無かったからであるが。
 鉄道の駅で寝るのが一番ポピュラーだろうと思う。STB(station bivouac)なる言葉もあり、実はSTB友の会まで存在する。この友の会のコピー「夜明け前の空の色を覚えていますか?」という言葉はたまらなく旅愁を誘う。
 駅で寝るのにもルールがある。夜行の通過駅などは有人駅も終夜開いてはいるが、駅員さんに文句を言われたりもするからなるべく無人駅が望ましい。それも、最終列車が行った後から始発までの時間に限る。あくまでも人に不快感を与えてはいけない。昔は札幌駅や稚内駅の周辺に寝袋族がゴロゴロしていたものだが、こういうのは言語道断である。人に嫌われる旅人になってはいけない。
 北海道などは無人駅などは駅舎が取り払われている場合が多いので、そういう場合はバス停が利用しやすい。寒い所のバス停は扉付きが多く快適(?)だ。但し山奥だと相当寂しいが。
 公園のあずまや等で寝た経験もあるが、暴走族やヤンキーなどが現れたこともあり薦められない。海岸で寝ると爽快だが(高知の桂浜とか)、やはりいろいろな人が来る。絶対安全と言うところは無いが、なるべく問題の起きそうにないところでやるのが望ましい。

 ちょっと長くなるけれども思い出話を書いてみたい。

 20歳のときのことである。僕は九州を自転車で走っていた。
 前年の夏に、自宅のある京都から北海道宗谷岬(日本最北端)までは走ったため、この年はとにかく南の端、鹿児島の佐多岬まで走ろうと決めていた。そうすればいちおう日本縦断をしたことになるからだ。その夏、僕は山陰の海岸線を走り、九州を南下して、あちこち寄りながら二週間後には鹿児島の街に居た。折悪しく台風がやってきたためそこで停滞を余儀なくされ、ようやく過ぎたので満を持して大隈半島の佐多岬まで走ろうと出発した。
 鹿児島市内からだと桜島に渡って行けばワープルートになるのだが佐多岬までは自力で行くと決めているのでフェリーに乗るわけにはいかない。錦江湾を大回りするように国分、垂水へと走り、大隈半島を南下する。
 風がとにかく強く難渋したけれども徐々にペダルを漕ぐ足も軽くなる。根占という町に夕方4時。佐多の町までにはそれから小一時間かかった。そこからは山道で、自転車にはかなりキツい道だったがなんとか走り終え、夕刻日の暮れる前に佐多岬ロードパーク入り口着。あと少しだ。

 しかしここからなのですよ問題は…。実は最南端佐多岬は、ここからロードパークと言う名の有料道路を約8km進んだところにある。しかしその道路は自動車専用道路で、徒歩、自転車は入れない仕組みとなっているのだ。それを知って僕はあちこち問い合わせたが色よい返事は得られず、「徒歩日本縦断なのに追い返された」「絶対に自転車は入れてくれない」「自転車を置いてバスに乗るより方法がない」等々、芳しくない情報が多かった。悔しい僕はさらに情報を入手し、途中までなら海岸沿いに村落があるため生活道路が自動車道の脇にありゲートをパスして先に進めることを知った。しかしそれも途中までで、生活道路はロードパークに合流しその先は二つめのゲートに阻まれるらしい…。

 僕は非常手段をとった。幸いにしてロードパークの営業は午後5時まで。その後はゲートを閉め、岬にあるレストハウスの従業員も含めみんな撤退してしまい無人になると言う。狙うならそれしかないと決め、とりあえず脇の裏道を行った。一つめのゲートはこれでクリア。
 途中やはり村落があり、その人たちの生活道路であるわけだが、そこを過ぎるともう人家は無く、脇道は再びロードパークに合流してしまう。しばらく行くと二つめのゲートが。
 その時はもう6時半を過ぎており、狙い通りゲートに人影はない。低いゲートだったので自転車を担いで乗り越え、人気の無い有料道路をひた走り、佐多岬駐車場に夜7時過ぎに到着した。
 あたりはもう薄暗い。そこから先は遊歩道になっていてその先に最南端の碑がある。気の逸る僕はそれでも自転車を置いて最南端まで歩こうとしたのだが、日が落ち、遊歩道はジャングルのようで、もちろん誰もいなくて明かりも消え足元もおぼつかなくなり、ついに危険を感じて引き返して駐車場のある広場で明日を期して寝ることにした。

 誰もいない広場の真ん中で、僕は寝袋を広げぽつんと寝転んだ。台風一過の後で風が強く、空に雲は全くない。陽は落ち明かりも全く無い中、星が煌々と輝き始めた。
 僕はしばし感傷的になりそれまでの旅を振り返っていた。去年の宗谷岬のことも思い出され、日本はこんなに広いのか、或いは自転車で行けるのだから実は狭いのか、結論は出なかったが思い出だけは蓄積されていく。空は漆黒の闇の中星座も判らないほど星が輝き、宇宙空間へと飛び出したような錯覚に陥った。見つめていると、流れ星が飛んだ。西の空から東の空へ、放たれた矢のように軌跡を残していく。願い事ならいくつも言えそうな感じだ。天の川も空に広がり、一人きりで寂しくはあるが、旅の喜びをひしひしと感じていた。
 感傷に浸っていたその時突風が吹き、広場の真ん中で寝袋に入っていた僕は芋虫のようにゴロゴロと飛ばされた。外で眠ることの危険さを知り、傍に薄ぼんやりと見える人道トンネルの中に避難した。そこには幸いにベンチも置いてある。
 そこで安眠できると思ったのもつかの間、闇夜に光る目が。これには本当に焦り、懐中電灯を照らすとその正体は野生の猿だった。危険は無いように思われたがやはり怖く、その夜はさすがに熟睡出来ず夜明けを迎えたのだった。しかし、降りそそぐような満天の星は今も心に残って僕の中では神話のようになっている。

 夜明けと共に、僕は昨夜挫折した遊歩道を最南端の碑を目指して歩き出した。結構な山道で、深夜明かりのないときに行ったら遭難していたな…とひとりごちながら岬の突端に到着。
 これで一応ながら日本縦断の完成だ。まあ2年越しではあったがようやく人に誇れるものを自分で持てたような気がした。様々な思いが去来する中、記念撮影をし、涙こそ出なかったもののそれなりに感動した。自分なりに本当に嬉しいひとときだった。
 さて、時計を見ると6時前。早く出て行かないとロードパークの従業員の方々が出勤してくるので、早々に退却を始めた。再びもと来た道を走りゲートを乗り越え、ロードパークとさよならした。

 僕の野宿のなかで最も印象に残る一夜の話。もうこんなことも出来なくなっちゃったけど、気持ちだけはあの頃のままでいたいといつも思い続けて、また繰り返し旅の空の下で眠るのだ。

 「旅の宿」の話終了。読んで下さってありがとうございました。
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旅の宿 その7 「パーキングキャンプ」 

2005年07月23日 | 旅のアングル
 ながらく使用していた愛車のスズキ・ジムニーだったが、10年を過ぎて買い換えることにした。ジムニーは軽自動車だが機動性が高く、どんな悪路も平気だったので楽しかった。この車で北海道も九州も走り、愛着はあったのだが、さすがに乱暴に使いすぎてガタがきていた。
 次に選んだのは、同じスズキでも、エブリイ、つまり軽の1Boxカーだった。これは、よくクリーニング屋さんの配達などで使われている商用車で、普通はあまり個人の遊び用には使わない。ジムニーと違いターボも付いていないので加速しない。しかし、仕事で使うわけじゃないしのんびりでいいじゃないか。また二人家族でデカい車も必要ない。軽なら燃費もいいし経済的。外見のカッコよさは追求しない。そんなつもりだった。
 そして、この車を選んだのはもう一つ理由があった。

 それは、完全に車中泊を意識して選んだということ。旅に出たらもうテントもバンガローも止めて、Pキャン(パーキング・キャンプ~駐車場泊)に切り替えて行こうという魂胆である。
 Pキャンとは何か? 聞きなれない言葉かもしれないが、高速道のSAやPA、道の駅等の夜間も閉まらない公共の駐車場を利用して車で宿泊すること。「それってキャンピングカーがやるんじゃないの?」僕たちは軽の1Boxで立派(?)にPキャンしている。
 後部座席は倒すと完全にフラットになる。この完全フラットが購入の第一条件。そこに断熱材とエアマットを敷き、その上に布団を敷けば、家で寝ているのと寝心地はさほど変わらない。キャンプ時の寝袋より数段上の寝心地で安眠出来る。キャンピングカーでなくても大丈夫だ。あとは寝やすいようにそれぞれ改善、工夫をしていけばいい。僕達はカーテンを取り付け、車内は暗いので蛍光灯を取り付けた。あとは改造らしいことはしていない。
 場所は、高速のSAが一番設備がいいが、道の駅でも十分である。最近はどこでも道の駅があるので、宿泊場所を探す苦労はほとんどない。突き詰めて言えば、トイレ付きの駐車場であればどこでも可能。僕一人ならトイレがなくてもかまわない(失言)。

 さて、パーキング・キャンプにもマナーというものがある。
 その大前提は、ちったぁ遠慮して寝なさい、ということ。
 最近はPキャンも定着していて専門誌があるくらいである。折からの不況で旅行をしたいけど節約したい、という人たちが挙って車中泊をやりだしたので、ゴールデンウィークの道の駅などは考えられないくらい盛況だ。しかし、道の駅その他の公共的駐車場はPキャンのためにあるのではない、ということ。あくまで使わせてもらっているということを忘れないようにしたい。なので、最近よく目撃する、Pキャンの際にバーベキューをしたりして騒ぐなど言語道断である。ターフを張って、食器の後片付けなどを手洗いで行い残飯を詰まらせている人たちなどは実に迷惑である。駐車場とキャンプ場を混同している。だから昨今、「車中泊禁止」の立て札が立ったりするのだ。おとなしくしていれば見逃してくれるのに。環境に十分配慮して行うのはPキャンパーとして当然の責務である。
 アイドリングも当然ダメ。夏場は暑いのでエアコンつけっ放しで寝たいのは分かるが、駐車中はエンジンは切るのが当たり前。僕は外付けの車窓用網戸を持っている。気を遣ってもらいたい。

 さて、Pキャンの利点はどこにあるのか。もちろん予算の節約が一番大きいが、それ以外にもいい点が多い。
 土日利用の旅行の場合、遠くに行こうと思ったら移動に時間がかかって、それだけ現地で楽しむ時間が減る。渋滞もやっかいだ。こういう場合、金曜日の夜にもう出発してしまう。夜帰宅して食事を終え (アルコールを我慢して)すぐに出発、その日のうちに行ける所まで行って車中泊してしまう(ビールはそのとき♪)。翌日は既に目的地にほぼ近いところに居るわけだから、土曜は朝からゆっくりと観光及び行楽、そして日曜日は早い時間に帰路につくと渋滞除けになる。時間の有効活用が出来るのだ。
 また、目的地により近いところで寝ると行動がラクである。登山の場合など威力を発揮する。山に登る場合は、とにかく夜明けとともに出発したいもの。ふもとにある宿に泊まっていたとしても、やはり登山口までは移動しなくてはいけない。登山口と宿が離れていたりすると、早朝5時からバスが動いていることは稀で、タクシーを呼んで移動しなければならないときもある。そんな場合、登山口でPキャンしているとこれほどラクなことはない。起きてすぐに歩き出せる。縦走には向かないが。

 基本的に予約不要のPキャンなので行き当たりばったりでもいいのだが、情報収集をしておくとさらに充実する。高速のSAなどで予定する場合、例えば何時までレストランが開いているのか、などは事前に調べておいたほうが無難。一般道ならなんでもあるが、高速と言うのは物の購入手段がSA、PAに完全依存なので外すと困ってしまう。また、道の駅などは数も増えてどこにでもあるような気もするが、ある程度の計画は立てておいたほうがあてが外れなくていい。ネットで検索しておけば安心。快適に過ごそうとするなら温泉が近くにあるとベスト。食料を事前に調達し、ゆっくりと風呂に入って、一杯やって寝ることが出来る。呑んだらもう車は朝まで動かせない。用事は完全に済ませてから呑まなくてはいけない。

 繁忙期に宿の予約が取れなくても困らず、キャンプのように手間がかからず、モーテル泊のように時間が遅くならず、気楽でしかもタダで、早朝から直ぐに活動が出来て、考えようによっては旅のツールとしては最も優れているのではないか(と、僕は思う)。まあ特に薦めることはしませんが。

 次回に続く。
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旅の宿 その6 「キャンプ」 

2005年07月15日 | 旅のアングル
 キャンプ、昨今は「アウトドアライフ」などと言うとカッコいい。
 結婚して何年かは、旅の宿泊にキャンプという手段を取ることが多かった。車で移動することが多かったので、宿泊費節減の為というお題目があるにはあったのだが、実際キャンプは楽しいもので、結構気に入って繰り返していたことがある。所謂「アウトドアライフ」なるものの満喫ですな。自然が満ち溢れている中、地元の新鮮な食材を入手し、単純な調理法で食べる。冷えたビールを飲み、日がとっぷりと暮れたら焚き火を前にバーボンを。眠くなったらシュラフにもぐりこむ。朝は夜明けとともに起きて、一杯のコーヒーを沸かして、鳥のさえずりを聴きながら喫する。いいですねぇ。旅の幸せここに極まれり、である。
 しかし、キャンプ自体は楽しいのだが、旅行と組み合わせるとなると熟練が必要なのだなと実感もしたのである。特に旅行とキャンプが相反するとは考えてはいないのだが…。

 キャンプは基本的にはキャンプ場でする。まあ川原とかでも出来るのだが、女性だとトイレも必要になってくる。炊事場も完備しているので使いやすい。それに、最近は公園などで勝手にキャンプしたら怒られてしまう。
 オートキャンプ場(車を停めるスペースとキャンプスペースが一体化し、一区画を割り当てられるところ)は、快適だが利用料金が高い。一泊5000円とか聞くと、それならホテルに泊まれるとか思ってしまう。確かに自分専用のスペースを割り当てられ、専用の水場や電源、時にはシャワー・トイレまで専用のものが完備しているところもあり設備充実はありがたいのだが、そこまで張り切らなくてもいいと僕らは考えていた。それに、キャンプサイトが区画整理されすぎていると存外味気ないものである。なので、高くても料金は500円まで、出来ればタダの普通のキャンプ場が望ましい。しかしオートキャンプ場以外だと、駐車場から荷物を運ばねばならないのは大変である。荷物運搬用に一輪車を貸与してくれる親切なキャンプ場もあるが。
 理想は、駐車場とキャンプサイトがさほど離れていないところ、また炊事場やトイレが一ヶ所では混むので余裕のあるところがベスト。林間にあって風よけになり、しかも芝生等で覆われ地面がフラットなところ。それで廉価。まあ贅沢なのだけれど。北海道のキャンプ場は無料のところが多く、どこも広々としていてキャンパー天国である。

 しかしながら、キャンプ旅は思わぬ時間の制約も生じる。自由に見えてなかなかやることが多いのがその一因。キャンプというのは野外で行うものであり、テントを張り、食事の準備も日が暮れるまでにしなくてはまずい。日が暮れたらヘッドライトやランタンの明かりを頼りに動かねばならないのだ。これは大変。したがって、その日の行動は夕方4時くらいには終えてキャンプ場探しと食料調達に走らねばならない…。少し旅行としては非効率的なのは否めないのである。日のあるうちは動きたいじゃないですか。

 北海道の美深キャンプ場は、タダでしかも車の乗り入れが自由に出来て、しかも温泉もある素晴らしいキャンプ場である。こういう所に居ると、実際テントを撤収するのも面倒になって、もう一日のんびりしようか? ということになってしまうのです。3日目になって、「あれ、旅行を続けないとな(笑)」とやっとテントをたたむ。活動的ではない。それも楽しいのだが、やはり僕はもっと動きたい。
 時間がありのんびりした立場だと、1ヶ月くらいキャンプ場にずっといる人もいる。北海道の知床の羅臼熊の湯キャンプ場には、そういうキャンパーがわんさか居る。タダの露天風呂は隣接しているし、環境があまりにも良すぎて動きたくなくなる気持ちはわかるのだが。もはや「住人」と化している人たちもいて、そこにテントを張りっぱなしにして昼はバイトをしているツワモノも居た。ウワサでは郵便物もテントに届いているらしい。同様なことを北海道富良野鳥沼キャンプ場や沖縄石垣島米原キャンプ場でも聞いたことがある。それも一つのあり方ではあるが、僕はもう少し動きたいので仲間に入ることはなかった。それにそんなに時間がないし。

 そうこうしているうちに、だんだんキャンプ場へ行ってもバンガローに泊まる事が多くなってきた。バンガローにもいろいろあるが、ログハウスのような立派なものを除き、最も定員の少ない小さいものだとだいたい2000~3000円程度であり、北海道には予約すれば先着順でタダ、なんてところもあった。当然屋根つき、テント設営もいらない。雨でも風が強くても平気。遅くなっても中は明るく出来るので食事も作れるし効率がいい。僕達はだんだんテントを張るのも億劫になりバンガローのあるキャンプ場を選んで探し、日も暮れてからコソコソ入るようになった。バーベキューなどのキャンプ料理はやらなくなり、市場で刺身を買ったりして中でバーボンならぬ日本酒を呑む。そうしてわずか3年程の間に、僕らのキャンプ生活はだんだん堕落していったのだ。焚き火を見つめて思いにふける、はどこへ行ったのか。しかし、冒頭にカッコつけて焚き火を…とは言ったものの、ほとんどのキャンプ場では焚き火が禁止なのであった。そうしたものである。

 しかしながら、キャンプ、アウトドアの世界は実際は本当に楽しいものなのだ。旅行と組み合わせるから面倒になってしまう。旅行の宿泊手段ではなく完全にキャンプだけを目的として、アウトドアライフを充実させて楽しむのが正解ではないだろうか。最近はもちろんテントは押入れの奥である。

 次回に続く。 
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旅の宿 その5 「夜行列車・深夜バス・フェリー」

2005年07月14日 | 旅のアングル
 宿と果たして呼べるのかと言われれば難しいところだが、移動しながら寝られる最強の宿と解釈することも出来る。時間のない旅人には使いでのあるツールだと思う。

<夜行列車>
 夜行列車にはもちろんそれぞれグレードがある。「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」などは贅沢の極みでありそれに乗ること自体が旅の目的になったりする。僕は残念ながら乗車したことはないのだが。また、個室寝台というものもあってこれはミニホテルだが、これも経験がないので割愛。
 ブルートレインに乗る前の気分の高鳴りは「これぞ旅情」。始発から乗れる場合は幸い。ターミナル駅にはよくデパートが併設されているから、デパ地下で旨そうなものと酒を購入、寝台に座りつつ過ぎ行く風景を眺めながら一杯。これはこたえられない。しかし最近ブルトレはどんどん廃止される傾向にある。寝台特急「あさかぜ」と「さくら」も先日廃止された。過去に栄光をもつ列車がどんどん無くなっていく。あまりこんな一流寝台列車とは縁がなかったけれども、寂しい。
 寝台で一人宴会は実に楽しいものだが、急行の三段寝台だと頭が上につっかえる。(昔、急行能登でよくつっかえた。今は能登の寝台も廃止され、三段は「きたぐに」くらいか)
 寝台というのは適度な揺れが眠りを誘い、実に快適である(と僕は思う)が、寝台車を連結していない夜行快速列車などで座席で移動となると少し疲れてしまう。お尻が痛くなったりしますよねぇ。
 昔の大垣発東京行き夜行鈍行の直角座席を知る人にとっては、現在の快速夜行の快適さは隔世の感あり。なんと言っても座席がリクライニングする。でも寝台と比較するとまだまだ寝にくい。僕は空気枕を持参する。首に嵌める式のやつで多少カッコ悪いが睡眠には替えられない。
 かつて若い頃は、北海道周遊券を一枚持って、道内の夜行急行(利尻、大雪、まりもなど)を乗り継ぎ完全に宿代わりとして活用していたけれど、もうそういうことも周遊券の廃止とともに出来なくなった。こういう夜行列車の昔話はまたいずれ記事にしたいと思う。

<深夜バス>
 夜行バスは花盛りだ。僕もしばしば利用する。東京~大阪間の座席が狭い「ドリーム号」しか夜行バスがなかった昔と比べ、昨今は広々として寝やすくなった。三列シートは快適だと思う。
 夜行列車と同じく、寝ている間に目的地まで運んでくれるわけだから、時間の有効活用という点では双璧だろう。路線も細かくなり、僕も自分の家から徒歩5分のところに、熊本・鹿児島行きの停留所がある。思い立って夜に出かけて翌朝鹿児島に居ることが出来るなんて、便利な世の中になったもの。
 使いやすさの点で素晴らしいとは思うが、難点は、①狭いこと(3列シートは広いが、列車より閉塞感がある)②暗いこと(読書がしにくい)③揺れること(本読んでると酔う)④酒を飲みにくいこと(隣の人に睨まれる)などがある。
 残念ながら乗ってる間の高揚感と旅情は列車に一歩譲るが、始発→終着なんで乗り過ごすという心配もない。

<フェリー>
 船旅はのんびりして大好きだ。
 豪華な船旅は経験したことはないが、フェリーでも長時間乗ると結構楽しめる。
自動車航送も出来るし、今や路線のなくなった北海道に車を持ち込んで旅をするのも常道になっている。レンタカーより自分の車はいいもんねぇ。
 特に日本海側の航路は、値段が圧倒的に安い。東京の人でも関越自動車道を走って新潟からフェリーに乗って北海道、という人の方が多いくらいだ。「苫小牧発仙台行きフェリー」は高いのだ。なので、夏場はかなり混雑する。休みの予定を早めに立てるのが無難だろう。
 沖縄行きだってフェリーを使いたいくらいなのだ。しかし、航空料金のダンピングにより値段は飛行機の早割りと変わらないのでほとんど利用する人はいないだろう。僕はフェリー「飛龍」が好きなので昔は何回か乗った。2等でもベッドがひとつ貰えて居心地が良い。時間さえ許せば片道は船で行きたい。なかなか今では難しいが。船旅は語ることが多いので、そのうち改めて記事をつくりたいなぁと思う。
 安く上げるコツは「持ち込み」。船の中は物価が高いので食料その他は準備して乗り込む。船ではお湯は大抵無料で出るので(全てとは限らないので確認を)、カップ麺などは有効。いろんな食べ物と一本のウイスキー、そして大量の本を持ち込んで、僕はいつも優雅(?)な船旅をしている。 

 次回に続く。
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旅の宿 その4 「カプセルホテル・サウナその他」 

2005年07月13日 | 旅のアングル
 これは、女性でももちろん可能ではあるのだが、基本は男一人旅という前提での話になってしまう。また、旅を贅沢に楽しみたいと言う人には向いていない。しかし、これほど安直な手段はなく、泊まりなんてどうでもいいやと思っている人、また気まぐれでギリギリまでどこに泊まろうかと考えない人には威力を発揮する。特にお薦めというわけではないが。

<カプセルホテル>
 カプセルホテルと言えば、終電に乗り遅れた酔っ払いが集まるというイメージがあるが旅にも十分活用出来る。慣れれば結構快適である。
 カプセルホテルというところに入ったことのない人も多いと思うが、これは、つまりベッド一つ分の個室であり、その個室が普通はスペースに二階建てでいくつも連なっている。寝台列車を想像してもらえれば当たらずとも遠からずではないか。個人スペースの中には布団とテレビ・ラジオ・アラーム付き時計など一通りのものは揃っていて、ライトもエアコンもついており案外快適である。風呂は共同であるがたいていは大浴場でサウナもあり、ゆったり疲れを癒せるのは嬉しいことだ。寝床は多少閉塞感があるけれども(閉所恐怖症の人はしんどい)、慣れればさほど問題には思わない。
 東京だと一泊4000円くらいしてしまうのでお得感はあまりないが、地方都市だと2000円代からあり安い。いちおう「ホテル」という看板を出しているので、ちゃんとフロントがあり普通は外出自由なので、先にチェックインして荷物を置いて、ゆっくり呑みに出かけるといい。予約は不要。まれに満室になることもあるが、それは終電が終わってからの時間であり、早めにチェックインしておけば問題ない。僕は名古屋や札幌には行きつけのカプセルホテルがあり、会員になっている。
 たいていは男性専用なのだが、女性も泊まれるカプセルホテルもある。そういうところはちゃんと専用フロアがあって男性の好奇の目に晒されることはない。

<サウナ>
 サウナはたいていの街に一軒くらいはあり、終夜営業がほとんどなので泊まることが可能。しかし、ベッドはなく仮眠室で寝ることになるので熟睡しにくい。浴室及びサウナは看板でもあり広くて気持ちいいのだが。僕もよっぽどのことがない限りは利用しない。困るのは、酔っ払いが数多くいてうるさい場合。先にこっちが泥酔してしまうのもひとつの手段ではあるが、こんな自衛方法など絶対に薦められない。それに怪しい人たちが居たりする(男性が好きな男性とか)ので注意しなくてはいけない。
 健康ランドや昨今流行のスーパー銭湯なども24時間営業をしているところは利用できる。しかしたいていの場合は深夜割り増し料金をとるので、安ホテルとあまり値段的に差がなくなってしまう場合があるので注意が必要。

<泊まらない>
 こういう項目を挙げていいものなのかは判らないのだけれど、一人旅の場合、昔は僕は「泊まらない」ということがたまにあった。あくまで若いときの話であるが。街に居て、結構遅くまで呑んでいて、しかも翌日始発の列車に乗りたい場合(18きっぷの旅の場合よくある)、そのまま朝まで呑み続けてしまう…というパターンである。ダラしないとよく非難された。
 しかし始発5時の列車に乗りたくて、泊まっても短時間だし勿体ない(ホテル滞在2~3時間くらいの可能性とか)、或いはイベントなどがありどこも満室で泊まり先が見つからないなど、そんなふうにせざるを得ない要因はいくつかある。
 実際泊まり先が無かったりするアクシデントの際は、サラリーマンが終電に乗り損ねて朝まで時間を潰すパターンと同じことをすることになる。朝まで呑み明かすというのはいくらなんでもまずいが、街には深夜も滞在できるスペースがいくつもある。漫画喫茶・ネットカフェなどはナイトパック(例えば6時間1200円とか)もあったり、ゆったり椅子もあったりで楽。スペースによっては仮眠もとれる。大抵の地方都市にはある。またファミレス、ファストフード等終夜営業の店も利用出来る。もちろん寝てしまうわけにはいかないが。若者たちは結構「オール(オールナイトの略)」と言って遊んでいる。しかし、本来はしない方がいいと思う。いずれにせよ旅の手段としては薦められない。
 繁華街で夜が白々と明けて来るのを見るのが好きという僕は、ちょっと特殊人種なのだろう。もちろん昨今は若い頃の体力もなく完徹すると翌日にコタエる。こんなことをしていたのはあくまで昔の話である。旅はやっぱりどんな形であれ泊まるようにすべきであろう。

 次回に続く。 
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旅の宿 その3 「民宿・ユースホステル」 

2005年07月10日 | 旅のアングル
 いわゆる「安宿」というものについてちょっと書いてみる。安宿、安い宿と書くとどうしてもゴキブリ走る廊下にシミだらけのセンベイ布団、というイメージになってしまうけれども、ここで書くのはそういう宿ではなく、ユースホステルやドミトリーの宿と呼ばれる一群の宿のことで、「旅人宿」と気取って言う場合もある。

<ユースホステル>
 ユースホステル(YH)にはずい分お世話になった。
 これは会員制の宿泊施設で、一人旅には利用しやすい。男女別相部屋が基本で、二食付きで現在だと4,500円くらいだろうか。知らない人に詳しく説明するのは筆力がないので、詳細は日本ユースホステル協会のHPをご覧いただきたい。
 高校生で自転車旅を始めて以来、僕はこのYHを基本的に根城にしていた。泊まると会員証にスタンプを押してくれるので、いつどこに泊まったかが一目瞭然という仕組みになっている。僕もスタンプを数えたら全部で300泊を超えていた。通算で一年近くYHで過ごしたことになる。僕が利用していたときは一泊二食で2500円~3000円程度で安かった。昔はカニ族(キスリングという横広のザックを背負って旅をしている人たち。通路を通るときに幅が広いので横になってあるくことからそう言われる)、僕たちの頃は自転車旅行(僕もそうだったが)、バイク旅、周遊券活用の旅の人が主流だった。
 基本的に一人旅の人が多く、宿泊者同士の交流も当然ながら生まれて、情報交換にも最適だった。
 難点もいくつかある。基本的に食事の配膳・片付け、ベッドメイキングなどはセルフサービスであり、どちらかというと「合宿」的な要素が強い。また、食事後に「ミーティング」なる催しがあり、基本的には観光案内やティータイム形式なのだが、中にはゲームをみんなでしたり歌を歌ったりするところもあり、一人旅なのに一人で過ごしにくいことが多かった。また基本的にはYHにはアルコールは置いてなくて、酒はご法度であった。ちょっと呑んべぇにはつらい。
 いいことは「寂しくないこと」。必ず旅人同士の団欒は始まる。普段街で女の子に声をかけることなど出来ない内気な人でも、ここでは「どこから来たの?」という絶対に答えてくれるセリフがあるため、打ち解けやすい。一人旅のつもりが、翌日は同日程の誰かとつるんで出かけることになる場合が多く、結局帰るまで一人の寂しい旅行が出来なかった、ということも多々ある。
 会員を離れてもうずいぶん経つので最近の事情はよくわかってないのだが、現在は定員の少ないアットホーム型が増えているらしく、昔のような歌うミーティングなどは影を潜めているようで。ニーズは時代と共に変わるのでいい傾向だと思う。
会員制であるため、宿としてはあくまでマイナーであり、夏の北海道などでなければ当日でも簡単に予約は取れるはず。何泊かしてみたら傾向がつかめる。うまく利用すれば楽しい。
 ただ、基本的には若者が多く泊まっている宿であり、結婚しても利用してたのだが、僕も30歳を過ぎてからは一部の常連化しているところを除き足が遠のいている。若者と話題が合わなくなったので交流がしんどい、ということもある。もちろん50歳や60歳で平気で若者と交わって楽しんでいる人もいるのだが。

<民宿>
 旅人宿関連で言うと、同系統の宿に「とほ民宿」がある。これらの宿は、YHを利用して旅をしていた人たちが宿の主人となって始める民宿で、言ってみれば「YHみたいな民宿」。特徴はYHとほぼ同じだが、こちらは会員制ではなく、一泊二食5~6000円くらいか。これらの民宿は横のネットワークがあって、「とほ」という小冊子を発行して宿のガイドブックにしているため「とほ民宿」と呼ばれる。僕もよく利用した。やはり北海道に多い。
 「民宿」というくくりで宿を見てしまうとそれこそ無限にあって、とても語れないし語る経験も少ない。「漁師さんの宿」とか聞くと魚が旨そうだが、これもピンキリであって選ぶのに難しい。ネット情報が今は充実しているのでじっくり選ぶ必要がある。僕は普段はいわゆる「民宿」にはあまり泊まらないが、離島へ渡るとそういう宿しかないので必然的に宿泊する。詳しい情報を持っている島もあるが、各論になるのでここではおいておこう。
 沖縄は民宿天国であり、今僕はこの歳になっても那覇では民宿に泊まっている。ここでは、一泊1500円という超格安の宿もある。完全個室でアパートみたいな作りになっていて、ホテルに泊まるより「滞在している」感が強く居心地がいい。値段だけでないお得感がある。

<ドミトリー・ライダーハウス>
 ドミトリーとは相部屋のことで、前述したYHや「とほ」宿もそうなのだけれど、もっと安い自由な宿を指す場合が多い。基本的に素泊まりで、ベッドを一つ与えられる。海外では安宿と言えばこれだ。しかし日本では少なく、例外として沖縄に多い。とにかく安いがプライバシーはない。学生寮みたいな感じかな。若い頃は僕もよく泊まったけれど、もうさすがに足を向けることはない。
 ライダーハウスとは、バイクで旅する人たちのための簡易宿泊所、とでも言えばいいのだろうか。北海道に数多い。施設は畳敷きの大部屋からプレハブ、簡易大型テントにマットを敷き詰めたものまで千差万別。料金もタダかタダ同然(経営している食堂や銭湯を利用すれば泊めてもらえる)から500円程度のものもあり、主としてオーナーがライダー好きであり好意で場所を開放してくれている場合が多い。女性が泊まれるところもあるが、基本的にはみんな相部屋である。オーナーがたいていは儲けようとしていないので、マナーを守って利用したい。僕も昔は自転車のくせにライダーハウスに潜り込んだこともあったが、最近はもちろんご無沙汰している。


 次回につづく。
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旅の宿 その2 「ビジネスホテル・ラブホテル」

2005年07月09日 | 旅のアングル
 もう少し廉価で泊まれる宿について書いてみる。

<ビジネスホテル>
 ビジネスと言えば「出張」であって、普通は旅にはあまり利用しない。僕も出張が多かった時期は、週に2、3泊はビジネスホテルを利用することもあり、それこそ「泊まるだけ」という印象である。しかし、これは旅にも十分利用できる。
 旅のありかたが、「宿に早めに入ってゆっくりしたい」であればビジネスホテルは向かない。狭いし必要最低限の設備しかないからだ。しかし、貪欲な旅をして、日も暮れるまであちこち歩き、夜は夜で地方の美味い居酒屋とかに入って過ごす、ということであれば宿は「寝るだけ」でいい。そうすると、門限もほとんどないビジネスホテルは威力を発揮する。
 実際、都市部に泊まる際はよく利用する。地方都市であれば、探せばシングル一泊5000円程度であり、財布を痛めずにすむ。ツインでも一万円を切るホテルも多い。激安であればツイン6000円からある。狭さや設備の不備に目をつぶればの話であるが。しかし、どうせ酔っ払っていることが多く、この程度でも十分である。
 僕の場合旅行では妻と二人で泊まることが多く、少しでも安くするためツインよりダブルを選択する。1割から2割は安くなる。情報収集をきっちりとして(ホテルガイドをよく見たものだが、最近はネットサイトが充実している)、税サ込みなのかそうでないのか、駐車場は有料か、などはよく確認したい。予算が変わってくる。
 繁忙期になると、大手ホテルチェーン(はっきり書くがα-1など)は、シングルの部屋に(ベッドはセミダブル使用とはいえ)ダブル料金で二人押し込めるという卑怯な真似をするので、注意が必要になってくる。情報誌をよく読んで(じゃらんなどにはビックリするほどの格安プランが載ってる)少しでも損をしないように。ネット予約だと2割引、などのシステムが最近増えた。そういうのをうまく利用する。閑散期だと安かったりする。例えば、大都会札幌の真ん中にあるホテルでも、冬で雪祭りの時期じゃないとダブル6500円で開放していたりする。そういうところを見つけるとうれしくなってしまう。
 とにかく、安くなる方法は探せば結構あるのだ。どうせ寝るだけに利用するのであり、そんなところでムダな金銭を使うのはバカらしい。その分呑んだほうがよっぽど旅が充実する(と、僕は思う)。

<ラブホテル>
 こういうことを言うと、良識ある人は眉を顰めるのだが、うちの家では泊まりによくモーテル、ラブホテル(今はブティックホテルと言うのか?)を利用する。
 ラブホテルは本当に利用しがいがあるのだ。安いし広いし予約はいらないしどこにでもある。
 結婚してからは、旅の泊まり先としてラブホテルを利用することが普通になった。だって、一泊二人で5000円~7000円(もっと高いのも多いがそんなホテルには入らない)であり泊るには格安である。それに風呂は広いしベッドは広い。ホテルに泊まっていちばんつまんないなぁと思うのは風呂で、ビジネスだと狭いユニットバスが普通であり、ちょっといいホテルでも広い「洋式バス」である。旅で疲れたら湯を溢れさせたバスタブにザンブと入りたいじゃないですか。ラブホテルは風呂だけは絶対に広い(ただしガラス張りなんてのもあるが)。また、時にはカラオケやり放題なんてのもあって、こりゃ利用しない手はない。もっとも一人旅の人もしくは家族連れにはすすめられないけど。
 探すコツは、車の人なら高速のインター周辺、街の中なら飲み屋街のはずれにたいていある。回数をこなすと、この地方のどこにホテル街があるのかのカンが働くようになってきて、外装を見ただけで値段もわかるようになってくる。一時期、ラブホテル評論家になれるなと思ったこともあった。
 さて、表にはたいてい値段表示が出ているので、それを確認して最も安いところを選んで入る。泊まりに入るわけだから、派手な内装、SM装置なぞ必要ない。料金が高い方が実際はキンキラで落ち着かなかったりする場合が多い。居住性重視で選ぶと必然的に廉価になる。
 唯ひとつの問題点は、宿泊時間の設定が宿によって違う場合があることである。宿泊PM10:00~と書かれているのにPM9:30に入っちゃうと、休憩料金が加算されてしまう場合が大抵である。それだけで3000円とか余分に払うのはつまんないので、よく確認する。無意味に高くなってもアホらしいですからね。僕たちなどはヒドいもので、ホテル前で時間待ちすることもある。あと10分経てば休憩料金が不要になるならそりゃ待ちます。チェックインして、ゆっくりと広い風呂に入って、持ち込んだビールを飲んで(持ち込みに限る。ホテル内料金は高い。持ち込み禁止であっても、ホテルの人と顔をあわせる事はまずないので絶対にバレない)、そしてぐっすりと眠るのだ。

 次回に続く。
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旅の宿 その1 「旅館・ホテル」

2005年07月08日 | 旅のアングル
<旅先で目覚めたい>
 もちろん日帰りの旅というのも立派に存在する。旅というのは、「ああ旅に出たなぁ」と思えばそれが旅であって、宿泊するしないは別である。
 しかし、やっぱり旅先で夜が更け、旅先で朝を迎えるのが旅の醍醐味であることは確かで、朝目覚めて、「あれ、僕は何処に居るんだろう?」と一瞬錯覚を起こす、その瞬間がたまらなく僕は好きだ。非日常の場に身を置いている証しがそこにあると思う。
 どこで泊まるかと言う事は、旅の中でかなり大きな部分を占めている。せっかく素晴らしい風景を見て美味しいものを食べても、泊まった場所の印象が悪いと旅の印象が半減しかねない。自分に合った宿を探して充実した旅行をしたいものだと思う。
 僕はどういうふうに旅先で寝ているかについて少し記してみたい。

<一流の宿>
 仕事及び社内旅行などを除いては、僕はテレビに出てくるような一流旅館にはほとんど泊まったことがない。「一生に一度の旅だから贅沢したい」と思うのは人情で、僕もそういうふうにしてみたいけれども、旅好きがたたって一生に一度とはとても言えない状況であり、どちらかといえば「質より量」ということになっていて一泊にさほど多額の金銭を投入するほど裕福ではない。なので残念ながら一流の宿について語るに値するほど経験はないのであまり書くことはないのだけれど、ものには順序というものがあるので一応書いてみる。
 一流の宿、といえばやはり歴史のある老舗旅館で、湯量豊富な温泉、贅沢な食事、静かな環境、清潔で心地よい寝具、客への細やかな対応といった点があげられる。しかし本当に満足しようと思えば、やはり一泊3万円以上の金額がかかるのは事実である。ちょっと値切って1万円~1万5千円程度にすると、必ず不満足な点が出てくる。循環温泉であったり、天ぷらが冷めていたり、隣室の宴会がうるさかったり、といったことである。ツアー客を受け入れているところはたいていそのレベルなので、舌打ちを何回も繰り返すことになってしまう。難しいのである。割りきりが重要、というアホらしい結論が出てしまう。
 しかし、家族旅行などであるとそういうところしか泊まるところがないのもまた事実であって、子供でもいるともうしょうがないのである。家族4人で一泊10万円、ともなるとそれこそ何年かに一度しか旅行に出られなくなってしまうので、やはり値段は抑えざるを得ない。そうなると、「一芸に秀でた宿」を探して泊まる、ということが一番いいのではないかと思う。食事なら食事、温泉なら温泉が他のどこにも負けない宿であれば、他の事は多少目をつぶるつもりで泊まればある程度印象に残って満足感が得られる。中途半端が一番いけない。全部が及第点でなくてもいいので一点豪華主義でいくほうがいい。
 僕だって豪華旅館には泊まりたい。仕事では何回か経験があるが所詮自分のゼニではなく、旅の範疇には入れられない。自腹で、例えば京都の俵屋とか柊屋などの老舗旅館に一度は泊まってみたいが、今のところ夢の話になっている。そんな宿に泊まれば旅のグレードはグンとアップするだろうなと思って、ネットの懸賞にいつも応募しているが未だに当たらない。
 高い宿に泊まって満足いかなかったらこれほど残念なことはないので、行かれる方は予約等でしっかり確認して、大枚叩くに値する宿に泊りたいものである。

<温泉旅館>
 温泉旅館には、団体旅行で宴会のために行くところという認識につい僕はなってしまう。残念ながら。団体旅行だと、自分の意思で行動が出来ないのでなかなか不自由である。僕は温泉が大好きなのだが、そうそう自分の好きな時間にひとっ風呂浴びる、というわけにもいかずストレスが溜まる。やはり個人で行く方が楽しい。温泉については山ほど語りたいことがあるので、いずれ折を見て記事にしたい。
 僕は一度、湯治の経験がある。昔の話だけれど、車の事故でムチウチ症になってしまい痛くて旅に行けなかったので、夏休みをそのまま温泉逗留に使ったことがあった。とある山陰の自炊の宿に10日間居続けた。これは気分が良かった。滾々と湧き出す温泉に好きな時間に浸かり、あとはひたすら本を読んで過ごした。何もしなくてもいいということがどれだけ貴重か分かった様な気がした。食事も自分が好きなものを作って食べればいいので問題はない。怪我が治るとかいう以前に気持ちがリフレッシュした。こういう温泉逗留ならまたやってみたい。 

<シティホテル>
 都市部の一流ホテルには何度か泊まったことがある。主として自分の意思ではなく、一緒に行った人が泊まるので付き合わざるを得なかった、というのが実情。確かにベッドはフカフカで、内装もよく王様気分に浸れるということはある。
 しかし、なんだかもったいない気分だったのも本当のことで。夜は外で食事をせねばならないし、呑んでると部屋に入るのが遅くなる。朝も早くに出かけると、ホテル滞在時間が短くてせっかくのゴージャス気分を味わう時間が短い。せっかくの一流ホテルなのだから、もっと時間的余裕を持ってホテル自体を堪能したいものなのに。
 結婚一周年のとき、三重の「志摩観光ホテル」に泊まったことがある。まあホテルの割引券を持っていたからなのだけれども、ここはレストランが有名なところなのだ。知っている人は知っているが、ここの海の幸フランス料理は日本屈指である。そのときはもう3時くらいにチェックインしてゆったりとした気分を味わい、夕刻盛装してレストランへ。有名な「伊勢海老のビスク」「アワビのステーキ」などを堪能し、ワインもいいのを開けた。これは確かに散財だったけれど、そのくらいをしてようやく満足感を得られたのである。やっぱり中途半端はいけないなと、しみじみ思った。


 今記事は、ちょっと自分の実情に合致していない話を書いてしまった。なお、「その7」か「その8」まで続く予定。


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何を求めて旅をする?

2005年06月25日 | 旅のアングル
 「何のために旅行するの?」

 僕はしばしば旅行に出かけるので、よくこんなふうに聞かれる。
 その問いかけが一番答えにくいし難しい。一応、「趣味ですから」と答える。でも、これって実は答えになってはいない。
 旅に出たいという衝動は常に心に内包しているのだが、その衝動を説明するのは実に難しい。「好きだから」としか言いようがないのが現実。趣味ってそういうものなのだから。
 総論は実に答えるのに窮するが、各論なら少しは話せるのではないか? そう思って少し記してみたいと思う。

<達成感を味わうため>
 徒歩や自転車で旅をする人は、常に達成感を求める。白地図を用いて辿った道に朱を入れたりして悦に入っているタイプ。僕ももちろんそう。
実際に自転車で日本縦断を終えた時の爽快感は比類がなかったし、小さなことでは自転車で目の前にある峠を登りきったときの気持ちよさは本当に何度経験しても良いものだった。
 達成感は、自力で旅をする人ばかりに限らない。鉄道乗り潰し全線完乗の人、温泉入湯数をカウントしている人、郵便貯金の局数を増殖している人、みんなそうだと思う。コレクターと同じことだが、やはり達成感を目指して旅をしているのだろう。

<素晴らしい風景と出会うため>
 旅の王道であり本筋ではあると思う。
 果てしなく続く地平線、そそりたつ山々、神秘の湖、様々な自然の美が目の前に現れる感動は旅の醍醐味。瞳に映じるいくつもの風景は一生の思い出となって心に残るもの。
 しかし…。ガイドブック通りの景色にちゃんと逢えるかどうかは、天候等に左右されるし、行ったけど見られなかった、ということは幾度もある。霧の摩周湖がその最右翼だろうか。悔しい思いを繰り返している人はいるはず。頑張ろう。
 また、「絵葉書みたい…」と言うセリフはよく聞くけれども、ちょっとそういうのはつまんないような気もする。実際は部分を切り取った写真より実際の風景は何倍もいいはずなのだ。感受性を磨きたいもんだなぁと自戒も含めて思う。
 それから、絶景には季節物がある。花と紅葉が双璧だろう。そのシーズンに行くと絶景が見られるはずなのだが、なんせそういう季節は人が多い。人ごみを掻き分けて桜やモミジを見なくてはならないのだ。難しいところだな…。僕は人垣の中ではせっかくの美しさも半減するようで避けたいのだが、同居人は「そういう時行かなくてどーするの」と言って無理にでも行こうとする。なので、いつも喧嘩だ。難しい。そういう場合は早朝がいい。人の集まってくる前。朝日の斜光線も相乗効果で、さらに美しい風景が見られる。

<美味しいものを食べるため>
 僕のように呑んべで喰い意地が張った男だと、食は旅の重要な要素となる。エンゲル係数が高ければ高いほどその旅は充実したものになるような気がしている(ホントか)。
 旅にはやはりその土地ならではの食材や料理を求めて行きたいし、それは旅の主たる目的に立派になりうるもの。今、確かに東京その他の都会で全国の味は簡単に手に入り、また通販も充実しているから居ながらにしてどんなものでも食べられる。しかし、旅情はないんだなぁ。その食べ物を食べた時の状況と周りの空気全てが味の記憶に反映されるわけのだから、思い出としてこれもまた結実するはず。
 全国のラーメンを食ベ歩いてHPを開いている人はたくさんいらっしゃるが、そういう人たちは旅人だと思う。「ちょっとラーメンを食べに札幌へ…」というのはギャグではなく本当の旅好きの姿ではないか。 

<歴史散策・文学散歩>
 日本を旅していると、どんな土地にも歴史の足跡が必ずある。歴史マニアの僕としては見逃せないのだ。「今回は高杉晋作をテーマにしよう」とか、特定の人物の足跡を辿って旅をすることもよくある。また、例えば宮沢賢治が大好きで岩手に旅立つ人も多いだろう。そういう旅は楽しい。
 そういう旅に重要なポイントが二つある。
 まず一つは事前の下調べ。ガイドブックに載ってないことも歴史の本には載っている。よく調べておかずに、帰って来てから「見逃した」と嘆くことは往々にしてある。案外現地の観光案内所は歴史的事象についてはアテにならない。詳しいことを求めすぎているのかもしれないが、案内所ではラーメンマップは置いてあっても「○○さんの旧居は何処でしょう」と問うても、残念ながら首を傾げられることが多い。自力で調べておくに限る。また、文学館や歴史資料館が現地にあれば最初に訪ねるのもいい。視野が広がり散策に厚みが増す。
 もう一つは想像力が挙げられる。幕末歴史ファンが京都に行って「ここで池田屋事件があったのか」とその場所に立つも、そこには石碑が一つ建っているだけ。往時を偲ぶ空気はほぼ無い。これは古い史跡になればなるほどそう。となれば、その石碑一つで思いを当時にどれだけ馳せられるかが勝負となる。交通量の激しい京都の三条通で、新撰組がここで大立ち回りをした、その刀の音がなんとなしに聞こえるような気がしたならその人は一流だと思われる。何倍も旅の楽しみが膨らむかと。何とか頑張ってみたい。

<いろんな人と出会う>
 旅している以上、人との出会いは避けて通れない。
 団体旅行だと、なかなかその仲間以外の人との交流は難しいが、一人旅だと出会いの機会は山ほど訪れてくる。
 人に道を聞くことですら、「出会い」と言える。そこでは、社会での肩書きや、自分が置かれている状況、そういったものは全く関係がない。自分と言う一個人がそこに存在するわけだから、先入観のない真っ白な自分をさらけ出していくこととなる。そんな中で、様々な人と出会うのは実に楽しいこと。思わぬ親切を受けたり、困っているときに助けてもらったり、いろんな出会いがあると思う。
 例え自分の性格が社交的でないとしても、旅先では高揚感があるから、普段の自分とは全く違う自分が表面に出てくることに驚くこともあるはず。そんな自分を発見するのも、人との出会いにおいてではないだろうか。
 安宿などでは、旅人同士の交流が深まることが多い。そんな場では特に、自分の社会的立場等とは違う出会いばかり。共通項は「旅が好き」ということだけ。そうして、しがらみのない友人を作ることも出来るし、思いがけない出会いもある。

<ただなんとなしに出かける>
 旅はもちろん観光を主たる目的とすべきで、見聞を広めその後の人生に深みを増すのが第一義であるべきだ。うんうん。なので、よく巷間で言われる「ふらりと風になりたいから」「あてもなく行くのが本当の旅さ」などというのは鼻先で笑ってしまえばいい。「鼻先で笑う」などと挑発的な物言いをしたが、しかしながら、そういうセリフって鳥肌が立つと思いませんか。
 そんな「風になる」人たちと昔はよく逢ったものだ。昭和の時代の安宿にはよくその手の人が居た。そういう人に限って「旅と旅行とは違うのさ」などと説教を垂れてくる。「君の旅は旅とは言えない」えーいやかましい。「僕は放浪を愛する男さ」あんた2泊3日でしょうが? 「旅は計画を立てちゃいけないのさ」うるせーなー。そんなことを言う自称「永遠の旅人」に、実に鼻持ちならない思いをさせられたことが多かった。なので、つい挑発的になってしまったのだ。
 ただ、逆説的なことを言うけれども、人に同意を求めたり強要したりしなけば、風になるのもいい。生きているといろんな辛いこと悲しいことがある。そういう時に本当に目的もなく旅に出てしまうのもまた事実で、言わば現実逃避のために出かける旅も存在することは否定できない。カメラも持たずに適当に列車に乗って、行ったことのない町に降りて、そのへんをぶらぶらして、古本屋に入り、喫茶店に入り、居酒屋で酒を呑んで眠る。そうして意味のない行動をしているのにも関わらず実に充足感がある。「知らない町を歩いてみたい」を地でいっているわけだが、そんなことをしてわりと元気になるのも本当で、日常と違う場所に身を置くということだけでどれだけ気持ちが楽になっていくかがわかる。
 しかしながら、そういうのは傍目には怪しい人物に見えるのもまたしょうがないことであって、これが旅の究極であるとか言うつもりはもちろん毛頭ない。やはり旅はもっと貪欲に見るべきものを見て充実させるのが正しいと思うし、これからも「風になるのが目的」などと嘯くのは自戒も含めてせせら笑ってしまおうとは思う。
 

※エントリがこれで100回となりました。読んでくださった方々に感謝いたします。
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仏像が好き

2005年06月11日 | 旅のアングル
 奈良の唐招提寺の鑑真和上座像をやっと見ることが出来た。

 この彫像は、教科書にもよく載っているもので国宝であるが、毎年3日間だけしか公開しない。なのでいつもチャンスを逸していた。ところが今年は唐招提寺金堂解体修理中ということもあって特別サービスなのか一週間も公開してくれる。なので、ようやく都合をつけることが出来て勇躍奈良に向かった。

 鑑真さんは本堂と少し離れた御影堂に居られる。さすがに人が多い。人気者だ。御堂に入ると、鑑真さんは厨子の中に座っている。ちょっと暗いな。しかしステージ上のスターではないのだからしょうがないか。じっくりと面前に座って堪能させてもらった。
 唐招提寺は前述したように、2010年まで金堂を修理していてその雄姿を見ることが出来ない。地震対策なのだろうな。しかし唐招提寺と言えば、南大門を入ったときに目前に現われる、如何にもあおによし奈良の都の「天平の甍」然とした金堂の姿が真骨頂であり、その姿が拝めないのでは値打ちが半減してしまう。ここは以前に見た金堂を脳裏に浮かび上がらせて想像力で補うこととする。
 しかし、得なこともある。金堂に座していた仏像さんたちも解体修理にかかっていて、その修理中の姿を特別に見ることが出来るのだ。これはなかなか出来ないことである。
 修理特別公開の建物に行くと、千手観音立像のその「千手」が全て外されている。これは凄い。また盧舎那仏座像のすわる蓮華座の花びらが一枚づつ取り外されている。しかも、金堂で見るより明るくて近い。手が届きそうだ。いやぁ初めて来た人がこれだったらガッカリだが、僕にとってはかえって興味深かった。おまけに、いつも閉じている新宝蔵も開けている。サービスがいい。ここには日本一古いとも言われる大日如来がおられる。これは得をした。

 このように、僕は実は仏像マニアである。特別公開、というセリフに弱く、ついつい足が奈良に向く。
 いつからこのような仏像好きになったのかは記憶にないのだが、実家の書棚には保育者発行の「仏像(入江泰吉著)」があった。これはいわば仏像の写真集であり、小さい頃からこれに僕は興味を示していつも眺めていたらしい。なので、不空羂索観音だの虚空蔵菩薩だの大威徳明王だのと普通に口にする一風変わった小学生だった。今考えると気持ち悪いな。
 といって、信仰心が篤い、というわけではなく、また美術的才能があるわけでもなく、マニア的視点のみで見ていたと言ってもいいのではないか。分類的なことや手の形(印相)などには詳しかった。むろん今でもその傾向は続いている。なので、「信心深いですね」などと言われると逃げ出したくなる。
 京都に住んでいたのであちこちの寺には行っていたが、中学生の時、法隆寺夢殿の「救世観音」御開帳があり、とうとう奈良に遠征した。この救世観音は「隠された十字架(梅原猛)」を読んだことのある人には垂涎の仏像である。どうしても見たくなって一人で出かけた。
 ようやく厨子の扉が開き、救世観音が姿を見せた。…しかし暗い。よく見えないぞ。この仏像は光背が頭部に直接付けられていることが眼目なのだが、光背すらよく見えない。秘仏というのはこのくらいしか見せてくれないのか。僕はストレスを溜めて帰路についた。
 翌年、僕はまた法隆寺に出かけた。今度は秘密兵器のサーチライトを携えている。
 昨年と同様に厨子が開けられて救世観音の顔が闇の向こうに見える。僕はライトを照らした。そのちょっと不気味にも見える尊顔が浮かび上がり、まわりから声が上がった。僕は内心得意だったが、同時に怒っている老人の声も聞こえた。不敬だ、ということだろう。怒られる前に逃げました。

 かのように不信心で不敬な僕なのだが、仏像好きということは今だに変わらない。
 ずっと京都に住んでいたのだが、京都の寺は一部を除き(東寺とか三十三間堂とか)、寺のウリは庭園であって仏像ではない。やはり本場は奈良、ということになる。中でも法隆寺などの大寺は素晴らしい。
 しかし困ったこともある。例えば東大寺と興福寺は隣接しているのだ。
 東大寺の秘仏「執金剛神立像」の特別公開と聞きつけて東大寺へ走る。しかし、それだけ見て帰るというわけにもいかないのだ。執金剛神の厨子は東大寺三月堂の裏にある。この三月堂(法華堂)には日光、月光菩薩を始めとする仏像スター軍団勢ぞろいなのだ。当然入る。そこまで行くと、戒壇堂にも足が向く。ここには日本一格好いい四天王が居るのだ。おっと、良弁僧正坐像も特別公開しているぞ。行かなくちゃ。うーむ、ここまで来たら大仏さんにも顔を出しておかないと…。
 夢中のようであるが、それぞれに拝観料がいるのである。そしてようやく帰路につこうとするが、最寄の近鉄奈良駅に向かうには興福寺の中を通らないと行けないのである。
 東金堂の文殊菩薩と維摩居士が僕に手を振るような気がする。うーん、やっぱり寄っていかないとダメか。そこは振り切っても「国宝館」がある。ここにはあの「阿修羅像」が居るのだ。素通りできない。早く駅に向かおう。おっと北円堂だ。世親・無著像が居るんだよなぁ…。
 それぞれで拝観料がかかる。なんだかあっという間に財布が軽くなる。どこかでこの感じを経験したことがあるな、と思ったら、呑み歩いてあっちの店、こっちの店にも寄らないと義理がたたん、おにーさん寄っていかない? おっとこの店はボッタクリ…というのと似ている。
 仏像好きというものも因果なものだ。

 しかしながらこの歳になって、仏像の尊顔を拝しているとなんだか落ち着くような気もする。そんなこと若い頃にはあまり考えなかったことだ。自分が信心深くなったとはとても思えないが、癒しにはなっているのだろうか。
 そんなことを思いながら、次の機会をまたうかがっているのである。

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